統一教会と自民党の癒着と専横

2026年2月 9日 (月)

ファシズム国家への移行、それは府市ズム選挙から始まった。

今回の衆議院選挙がその幕開けだ。憲法第7条の第3項に基づく衆議院の解散は
天皇の国事行為の規定に基づくものであり、内閣の権能の規定ではない。

しかし問題は、これら十項目の国事行為は政府の人事や、法令の公布など国政を左右する重大な政治的行為が入っている。

安倍元総理の例の国葬は第10項の「儀式を行うこと」で遂行された。天皇の国事行為が、実際には内閣の国事行為となっていて、内閣は憲法(第5章内閣の章全部)に定められた権能のほかに、天皇の国事行為すべての権能を執行することができるということになる。だからこのファシズムは天皇制ファシズムの様相を呈する。

内閣が勝手につくった法令も天皇の名前で公布し憲法とすることができる。内閣総理大臣は即座に天子(皇帝)となる。
すなわち高石早苗総理は女王(女の天皇)となる。。右翼が大事にする皇統はここで断絶する。

衆議院を解散するも永久に解散しないのも天皇の意のままであり、国会を召集するかしないかも天皇の専断だ。儀式程度だけでなく法令や国会、大赦、人事の認証にまで及ぶ天皇の国事行為を内閣の専権事項とすれば、これは立派なクーデターであり、今回の解散・総選挙はファシズムへのクーデタというべきだ。

天皇制を打倒せよというかつての全国部落青年戦闘同志会のスローガンは今こ真実だ。私は今も戦闘同志会の委員長の座を誰にも譲っていない。今は実力部隊を持っていないが裁判で争うことはできる。安倍国葬事件では裁判を提起し一敗地にまみれたが、今回の無法解散・衆議院選は国葬事件以上に座視傍観できない。

まさに曲がりなりにも民主主義体制がファシズム国家に転換される重大な画期なのである。全国から無法解散に対し反対の訴えが澎湃と上がることを切に希望する。

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衆議院解散権

この度の衆議院解散 総選挙は無法行為である。法的根拠が全然ない。
憲法で衆議院の解散について規定があるのは、第7条と69条であるが、
  第69条は名合格の不信任案が衆議院で可決されたときに内閣が国会を解散できるというものであり、それは何も問題はない。これまでそんなことがあったかどうか知らない。問題は第7条の衆議院解散の規定である。これは内閣の解散権などについての規定ではない。天皇の国事行為の内容を10項目に列記したものであり、その第3項で「衆議院を解散すること」との規定が第2項「国会を招集すること」第4項国会議員の総選挙の施行を公示すること」の2項に挟まれて掲示されている。


 


しかもこの天皇の国事行為は「内閣の助言と承認により」行うとなっている。内閣が天皇に衆議院を解散させなさいと助言する
または天皇が解散するということを内閣が承認する、ということであって、その衆議院解散は69条以外には任期満了だけである。第7条の規定では内閣の承認があれば天皇が独断で衆議院を解散させるtことができるとも読めるから、これについては法令をつくって規制をつくるべきだ。いずれにしても7条解散は内閣総理大臣に国会の解散権を与えたものではない。権力の乱用だ。


 


法令に依らず国会の死命を制す大権を持ち、行使するというのはファシズムの先行行為だ。


 


 この選挙の歴史的意味日本国は今高市総理の下で大変な国政の転換点に立った。ファシズムの国体である。
トランプの強要で軍事費の大幅増額 巨大な軍拡路線に進みだした。軍拡路線はGDP2%から3・5%そして5%と急速に跳ね上がっている。5%になる前に軍拡の財源を確保するために消費税の大幅値上げなど財政の大改造が必要だ。


 


そのためには国会の勢力の大変革なしには進まない。だから300議席の勢力が翼賛的多数派として形成されねばならない。
先端技術を使った経済成長が望めなくなった日本ブルジョアジーも軍需産業で生き残りをかけてくるからこの国体のファシズム体制を応援するだろう。選挙中に大紙面を使って新聞はそのファシズムへの大合唱だ。ファシズム派の大勝利の前祝だ。
2026年2月の総選挙は残念ながら軍靴の音が高く響く冬の時代への幕開けとなる。


 

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2026年1月25日 (日)

私の思想形成について


私の思想は、共産主義(マルクス主義)である。それは大学2回生の秋、立命大学の日本史研究会の図書でマル・エン選集の補完4を読んだときヘーゲル法哲学批判序説を読み終えた時、感動してマルクス主義を信奉しようと決意した時からであった。それまで私は高校時代から河合栄次郎の思想にかぶれ、その著作を一生懸命読んできた。

大学1回生の時河合の「T・Hグリーンの思想体系」という大著を暑い夏のアパートの一室で読破した。だから私はマルクスを批判するリベラリスト・ミリタントで理想主義哲学者の学者の思想で武装して大学に入ったのである。

そのような傾向で次に夢中になったのは ロシアのNA・ベルジャーエフの著作であり、大学図書館でノートに筆写しながら勉強した。特にかれの「ドストイエフスキーの世界観」で、深い感銘を受けた。「カラマーゾフの兄弟」についてでその中でも大審問官物語は圧巻だった。そういう思想的傾向の中でマルクスの初期の論文集に出会ったのである。
それまでマルクスの著作としては[共産党宣言」やエンゲルスの『フォイエルバッハ論」程度であった。

科学的社会主議は、その通りであるが、それらは新カント派の理想主義哲学の洗礼を受けた私の革命的パトスの思想的根拠にはなりえなかったのである。しかし、初期マルクスの論文にはドイツのプロレタリア革命に向けた滴るようなヒュウマニズムの情熱が存在していた。

それ以来私は、河合学派から脱却し、マルクス主義に全霊全身没入した。立命にマルクス主義研究会を作った。そうして、デトロイト方面で活動していたラーヤ・ドウナエフスカヤを知った。その著作は私のマルクス主義の理解と完全に合致するものであった。立命大の新聞社と共同で彼女を招待し講演会を開いた。最後に壇上で私はラーヤ女史と肩を組んで
インターナショナルを歌った。彼女の声はドイツ語であった。ラーヤはトロツキーの秘書であったから私は彼女を通じてロシア革命につながったと感じた。


だが、私の精神の形成はそれだけではない。母親から受けた教育があった。
それは母が受けた尋常小学校の唱歌を通じてである。楠正成の[桜井の別れ」(青葉茂れる・・・)とか『児島高徳』の歌(船坂山や・・・・)熱盛(一之谷の戦破れ・・・・)とか、はては戦時中のとどろく つつおと 飛び散る弾丸・・・・とか、 見よ東の・・・・など今の右翼が好んで歌う歌を小学校入学以前から歌わされて育った。だか国心をたたきこまれていた。

いまでもふっとその歌が鼻歌に出てくる。なにか恥ずかしい気がしていた。
しかし、考えてみれば愛国心は何も右翼連中の独占物ではないだろう。 

  本居宣長の歌 
  
敷島の 大和心を 人問はば 朝日に匂う 山桜花

 私はこの歌を聞くと身が震える。祖国を愛し、祖国の美しさをたたえ、誇りに思う気持ちは、止められない。
私は、このような自然の感情を右翼や自民党らに横取りされるべきではないと思う。
参政党や右翼連中は愛国者でなく亡国の売国奴に過ぎない。アメリカや韓国中心の統一教会にいかれている連中は祖国日本の破壊者である。左翼こそが日本の歴史も国土も正しい承継者であって、再び他国へ侵略する道に導いてはならない。

責任を負っているのである。美しい日本の山河を、原発からの放射能で汚染させ住めなくさせてはならない。
原発を推進する連中は、放射能よりも恐ろしい。日本国民は、放射能と 朝日に匂う山桜i とどっちを選ぶのか
今度の総選挙でも地方の選挙でも常に賢明な判断をしなければならない。 美しい日本をこれ以上汚染させてはならない。

ゆがめられた権力に奉仕する愛国心ではなく、日本列島の自然とそこに住んできた人間を愛するという意味の愛国心。
売国奴に取り込められている愛国心を左翼のものに取り返そう。

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2026年1月24日 (土)

義挙の社会的な背景を無視する裁判所


奈良の駅頭で銃殺された安倍元首相。その銃撃事件の主役山上さんに対し、
無期懲役の刑が言い渡された。それは一つの殺人事件として扱われた。

なぜ彼が安倍を襲ったのかということが量刑には何も反映されなかった。
そうすることによって裁判所は、この事件の政治性を隠そうとしたと言える。
この銃撃事件は高度に政治性を持っていた。

第1に、大義名分や正義が踏みにじられている事案が糺されず放置されていることに対し、被害者が独自に糾弾に立ち上がった。それは忠臣蔵であり、桜田門外の変であり、高知の帯屋町での藩の参政吉田東洋暗殺であり、様々な仇討ちであった。

安重根のハルピン駅頭の伊藤博文銃撃もそうだ。義挙には必ずわが身の犠牲がある。
だから奈良の駅頭での銃撃は義挙の高い政治性を持っていた。単なる一個人の殺人事件ではない。

当局が野放しにしている犯罪(統一教会やそれを利用してきた自民党)の被害者が復讐すること、又は反撃するということには正当防衛の意義があり、その行為を余儀なくさせた当局の無作為の責任が大きい。

刑罰の軽重とは別に、裁判所がこの事件の背景であり、直接の動機を量刑の判断に何ら酌量しなかったことは、山上被告へのもっとも痛苦の仕打ちであったし、何よりもいくつもの歴史上の義挙に快哉を叫んできた日本人の精神文化を踏みにじるものでもある。

ちなみに私は2度ほど赤穂浪士討ち入りの心境を経験した。一つは69年の浦和地裁占拠闘争であり、もう一つはその先年、解放同盟の総理府突入闘争であった。赤松英一君らの佐世保基地への突入や、羽田闘争などかつての革共同中核派の青年・学生達にはこの義挙の精神が横溢していた。

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