歴史哲学評論

2026年1月25日 (日)

私の思想形成について


私の思想は、共産主義(マルクス主義)である。それは大学2回生の秋、立命大学の日本史研究会の図書でマル・エン選集の補完4を読んだときヘーゲル法哲学批判序説を読み終えた時、感動してマルクス主義を信奉しようと決意した時からであった。それまで私は高校時代から河合栄次郎の思想にかぶれ、その著作を一生懸命読んできた。

大学1回生の時河合の「T・Hグリーンの思想体系」という大著を暑い夏のアパートの一室で読破した。だから私はマルクスを批判するリベラリスト・ミリタントで理想主義哲学者の学者の思想で武装して大学に入ったのである。

そのような傾向で次に夢中になったのは ロシアのNA・ベルジャーエフの著作であり、大学図書館でノートに筆写しながら勉強した。特にかれの「ドストイエフスキーの世界観」で、深い感銘を受けた。「カラマーゾフの兄弟」についてでその中でも大審問官物語は圧巻だった。そういう思想的傾向の中でマルクスの初期の論文集に出会ったのである。
それまでマルクスの著作としては[共産党宣言」やエンゲルスの『フォイエルバッハ論」程度であった。

科学的社会主議は、その通りであるが、それらは新カント派の理想主義哲学の洗礼を受けた私の革命的パトスの思想的根拠にはなりえなかったのである。しかし、初期マルクスの論文にはドイツのプロレタリア革命に向けた滴るようなヒュウマニズムの情熱が存在していた。

それ以来私は、河合学派から脱却し、マルクス主義に全霊全身没入した。立命にマルクス主義研究会を作った。そうして、デトロイト方面で活動していたラーヤ・ドウナエフスカヤを知った。その著作は私のマルクス主義の理解と完全に合致するものであった。立命大の新聞社と共同で彼女を招待し講演会を開いた。最後に壇上で私はラーヤ女史と肩を組んで
インターナショナルを歌った。彼女の声はドイツ語であった。ラーヤはトロツキーの秘書であったから私は彼女を通じてロシア革命につながったと感じた。


だが、私の精神の形成はそれだけではない。母親から受けた教育があった。
それは母が受けた尋常小学校の唱歌を通じてである。楠正成の[桜井の別れ」(青葉茂れる・・・)とか『児島高徳』の歌(船坂山や・・・・)熱盛(一之谷の戦破れ・・・・)とか、はては戦時中のとどろく つつおと 飛び散る弾丸・・・・とか、 見よ東の・・・・など今の右翼が好んで歌う歌を小学校入学以前から歌わされて育った。だか国心をたたきこまれていた。

いまでもふっとその歌が鼻歌に出てくる。なにか恥ずかしい気がしていた。
しかし、考えてみれば愛国心は何も右翼連中の独占物ではないだろう。 

  本居宣長の歌 
  
敷島の 大和心を 人問はば 朝日に匂う 山桜花

 私はこの歌を聞くと身が震える。祖国を愛し、祖国の美しさをたたえ、誇りに思う気持ちは、止められない。
私は、このような自然の感情を右翼や自民党らに横取りされるべきではないと思う。
参政党や右翼連中は愛国者でなく亡国の売国奴に過ぎない。アメリカや韓国中心の統一教会にいかれている連中は祖国日本の破壊者である。左翼こそが日本の歴史も国土も正しい承継者であって、再び他国へ侵略する道に導いてはならない。

責任を負っているのである。美しい日本の山河を、原発からの放射能で汚染させ住めなくさせてはならない。
原発を推進する連中は、放射能よりも恐ろしい。日本国民は、放射能と 朝日に匂う山桜i とどっちを選ぶのか
今度の総選挙でも地方の選挙でも常に賢明な判断をしなければならない。 美しい日本をこれ以上汚染させてはならない。

ゆがめられた権力に奉仕する愛国心ではなく、日本列島の自然とそこに住んできた人間を愛するという意味の愛国心。
売国奴に取り込められている愛国心を左翼のものに取り返そう。

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2023年6月 8日 (木)

虚偽の哲学「梅原日本学」

『日本思想の古層』(2017年8月10日藤原書店 梅原猛 川勝平太)という本を読んでいる。
川勝氏は梅原猛の哲学を賛嘆して次のように言う、
「・・・日本において信仰が芸術に昇華したことは疑いないところである。芸術は文化の花である。

 

「花」自体が信仰と芸術の統合シンボルになる。・・・・芭蕉は「西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、その貫通するものは一なり。しかも風雅におけるもの、造化にしたがひて四時を友とする。見るもの、花に非ずという事なし。おもふところ、月にあらずといふ事なし。像、花にあらざるときは、夷狄にひとし」(『笈の小文』)と言った。」

 

梅原日本学という哲学の中核的思想は 草木国土悉皆成仏 という概念であり、それは縄文時代以来の日本の基層をなす文化・信仰である、という。それはそうかもしれないが、「夷狄」を差別・排撃する芭蕉の芸術論を称揚するのとどういう整合性があるのだろうか。

 

芭蕉の「笈の小文」は上の引用に続いて「心花にあらざる時は鳥獣に類ス。夷狄を出、鳥獣を離れて、造化にしたがひ造化にかへれとなり。」
造化とは天地自然のことか。しかし夷狄も鳥獣も草木国土悉皆のうちに入るのではないか。夷も狄も人間である。

 

梅原人間学は、西洋の哲学ではなく東洋の思想、特に空海の密教を高く評価する。しかし、空海こそは、その有名な「性霊集」でその夷狄である蝦夷を「非人」と激しく非難し断じた最初の人間であった。梅原ら日本の美学をいう連中は、その思想の根底に日本の神道的な聖と俗、貴と賎の感情的概念を持っている。梅原は蝦夷を縄文の血を引くもので、後から入って来て大和朝廷を樹立した朝鮮系の人間集団によってカースト的差別を受けてきたと正しく位置付けていた。(『海人と天皇』268頁)

 

私は、蝦夷に対する激しい差別と収奪の名残が部落差別の原因だという考えをもって部落史を研究している。だから、梅原の日本学には大いに期待してその著作をよく読ましてもらったが、上に引用した芭蕉の美学論の差別性の無批判的な評価はいただけない。部落問題をまともに考えられない学者は、結局そこで陥穽に落ちてその思想の学問性を崩してしまうのである。

 

 

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