り・ボルト社

2012年9月21日 (金)

高知県庁の防災対策意識

News & Letters/310

別添の申し入れしたところ、すげなく断られた。

わが社の ㈱東洋リ・ボルト(白浜ホワイトビーチホテル)は県の海岸緑地公園内にある。今は、民有地となっているが、東洋町の台帳ではこのホテルは今でも「東洋町青少年旅行村」が建っているはずである。白浜観光地の県の条例の下にこの緑地公園は運営されている。指定管理者制度で東洋町が委託管理をしているが本体は県庁の管理下だ。
この白浜海岸は海水浴客やサーファ、キャンプ客、それに海の駅の買い物客でここ3、4年間は十数万人のビジターでにぎわっている。

国や県の警告するところでは、次の南海地震ではこれまでの予想をはるかに超えて19メートルの津波が襲来するとなった。

5分か6分ぐらいで最初の津波が押し寄せやがて数十分のうちに十メートル以上の津波が押し寄せる。この海岸に夏は千人以上の客がい集しているが、近くには以前に県が造った高さ7メートルほどの人工地盤という避難所があるだけである。
地元住人からは、海に向かって避難する人はいないのに、と不評であるが、海辺で遊ぶ人にとっては唯一の避難場所であり得た。しかし、今や7メートルの高さでは避難所にはならなくなった。

そこで、 ㈱東洋リ・ボルトが別紙のような申出をしたのである。
ホテルの海側の全ての扉を開放し、海辺や芝生、駐車場にいる全ての人がホテルの20数メートル以上ある屋上に避難させることである。

しかし、県庁の答えは、避難所を提供なんていう事は、市町村がやることで県庁が直接するという事はない、という返事。
しかし、県の施設に集まっていた観光客らが津波にのまれて死んだという事になれば何も対策を講じなかった県として申し訳が立たないだろう。
市町村に管理を委託しているのは通常の公園管理であって、それでは危機管理については委託契約上、県と市町村とはどのような協定を結んでいるのか。

県の海岸公園の近くの高層のホテルの経営会社が、観光客のためにホテルを避難所に提供すると申し入れているのに、縦割り行政の筋を通し、涼しい顔をしていいのであろうか。明日来るか、今晩来るかという大地震を控えて、南海地震対策課の課員が県の施設のお客さん達の逃げ場所の確保について、これまで何も考えず、提案されても人ごとのようにしている。

先日フィリピン沖の地震の際に津波警報が出された。その深夜、ホテル前の芝生のキャンプのお客さんがホテルへ駆け込んでこようとした。
キャンプを経営している町役場はこちらが催促しなければ浜辺のキャンプ客を誘導することも知らないのである。
わがホテルは、何の協定もなくとも、いざという時には避難民を収容するであろう。
しかし、県の施設が正規に、したがって事前に、ホテルを避難場所と指定することは、その時の避難行動をスムーズにする。避難者も遠慮なく入ってこれる。ホテル側も責任感が違ってくる。それだけの準備もしなければならない。

沿岸部の高知県民を全て津波から避難させるには、3000基の鉄骨高台が必要だ。
これを遅くとも3年以内に建設しなければならない。
1基3000万円としても300億円の費用がかかる。そんな巨額の金は出せないというかもしれない。しかし、高知県にはそのぐらいの金はある。
県庁にはないが、県民が持っている。銀行や郵便局にタダ同然の金利で死んだ金が眠っている。

公募債を募って金利1%程度にすれば、あっという間に300億円ぐらいの金は集まる。その金利は、銀行に払う金ではない、県民に払うのだから、決して損にはならない。福祉と思えばよい。県民も持っている金を有効に生かし、しかも自分たちの命が守られるのだから、これほどハッピィなことはないだろう。そしてこの事業を失業対策事業として位置付けたら、土木関係の労働者も助かる。
この公募債は誰もすぐに元金を返せとは言わないであろう。金利を払う代わりに100年単位で子々孫々まで引き継いでもらえるかもしれない。
この避難鉄骨高台をどこへ建てるんだ、土地がないではな
いか、というかもしれない。
そうであれば、交差点等の道路を利用すればいい。普段は駐車場や介護の詰め所などに使い、いざという時には最上階を避難所にすることだ。


今の県庁は以前とは違って掛け声は勇ましくなったが、依然として県民に犬馬の労をとるという姿勢がない。そして、危機管理に危機感がないのである。

甲浦緑地公園での避難場所提供についての申し入れ

             平成24年9月18日
高知県知事 殿

     ㈱東洋リ・ボルト

 大地震・大津波が高知県沿岸に襲いかかってくることは確実であります。
県営甲浦海岸緑地公園(白浜ビーチ)には、近年年間十数万人のビジターが訪れるようになっています。キャンプ場も公園内にあります。
既にこの公園には、津波に備えて人工地盤の避難所が建設されていますが、高さは7メートルほどしかありません。周知のとおり甲浦・白浜地区では最大19メートルの高い津波が押し寄せてくる可能性が警告されています。
当ホテルは、この公園に隣接し、白浜ビーチで目立った建物で、堅牢な鉄筋コンクリート建て6階の造りで、地上から20数メートルあります。

一番高い場所では25メートル以上あろうかと思います。
屋上には数百人の人が避難できます。

津波の第1波は2,3メートルの高さで地震後5分か6分ほどで襲来すると言われています。この海岸公園ではそれこそ1分1秒を争って、高所に避難をしなければ助かりません。

幼児やお年寄りが逃げ遅れる可能性があります。この近辺では10メートル以上の建物は他にありません。幸い当ホテルへは海浜から数分~5分で大方の人が逃れて到着できると思います。

申入れ

1、大地震・大津波の際には、多数の県内外の観光客ら近辺に集まっている人を一時避難させる施設として当ホテルを利用させること。

2、玄関はもとより駐車場側のホテル側面扉も全て開放し屋上へ上がれるようにすること。

3、ホテルにある水や食料、布団類をすべて無償で供与又は貸与すること。

4、この申し入れの趣旨を公園内に告知して頂くこと。

5、避難民が浜、駐車場側からホテル側面扉に殺到すると思われるが、低い旧堤防があるので、ホテル側面扉側にゆるい階段(数メートル幅)を設置すること。

6、上記趣旨につき県と当社との間に何らかの協定書を締結すること。

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2012年3月15日 (木)

出資金返還

News & Letters/294

高知新聞の報道(3月10日朝刊)によると、東洋町議会は、9日、「出資金返還要請を決議」したとのことである。町が4年前に立ち上げたリ・ボルト社に出資した500万円は用が済んだので返せということだ。東洋町はリ・ボルト社200株のうち、1株10万円の株を50株保有している。

この発議した議員は、例の架空の住所をでっちあげ町外から立候補して当選した西岡議員であった。

一体この様な非常識な決議がどうして公的機関でまかり通るのであろうか。
地方新聞とはいえ高知新聞も、この様な決議がおかしいという事がわからないのであろうか。知的レベルが疑われる。

法律では出資者への出資金の返還は出来ないことになっている。これは商法(会社法)では常識だ。そんなことが許されるのなら会社の存立する信用が崩壊し株式制度も崩壊するであろう。それであれば、都合が悪くなれば株主は、いつでも元の出資金をひきあげることができるということになる。株主に許されるのはその持ち株を他人か会社に譲渡する以外にない。

株式というのは、いわば会社に対する株主の一定限度の所有権である。
例えば、金を出して購入した土地が4年後にもう使用済みだからと言って、元の地主に金を返せ、といえるであろうか。

それは、元の地主との間で土地の再売買の商談をするべきことであって、支払った金を返せという話ではない。松延町長もこの馬鹿げた議会の決議を「重く受け止める」という。

西岡議員ー松延町長ー高知新聞真崎記者のこのトリオのリ・ボルト社攻撃はかくも無茶苦茶であり、ほとんど正気を失った行為というべきであろう。
議会がこの様な無法行為をする場合には、本来なら、町執行部はそれに異議を申し立て、是正させなければならない。

たとえば、飲酒運転をさせろ、とか売春をさせろとか、してはならないことを議会が決議して、町執行部がそれを「重く受け止める」という、こんな話があっていいであろうか。新聞がそれを何の批判もなしに報道するであろうか。

この報道は、商法に疎い読者たちを惑乱させ、リ・ボルト社への信用をかく乱するというのがその狙いであろう。

出資金の返還要請という非常識な決議は町議会の権威を失墜させ議会を世間の笑いものにする愚行である。直ちに町民に謝罪し、決議を撤回すべきである。

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2011年10月 8日 (土)

高知新聞糾弾状2

平成23年9月8日高知新聞地域報道部長への

糾 弾 状

高知新聞の㈱東洋リ・ボルト及び同社社長澤山保太郎に対する業務妨害及び誹謗中傷記事に対して徹底糾弾をする上で、執筆者の室戸市局長真崎裕史記者と責任者として岡村啓太郎地域報道部長に9月8日午後東洋町に来ていただいて、おおよそ次の内容の糾弾を行った。新聞社は今後適正な記事を書いてゆくつもりだと答えた。糾弾の内容は以下の通りだ。

一、産地表示事件について二つの高知新聞記事、とりわけ8月30日高知新聞朝刊記事について

   1、落花生などの誤表示事件

 1月の落花生事件では、リ・ボルト社が徳島の八百屋から産地等一切の表示のない落花生と干し芋を購入した際、購入先の県名を産地として表示した誤りがあったことは事実であるが、高知新聞はこれをことさら大げさに取り上げ、われわれがあたかも産地を偽装して販売したかのような記事を書いた。

     元の徳島の八百屋の産地無表示の事実については一切報道せず、これを擁護した。

  件の八百屋は、県の立ち入り検査を受け一定の行政指導か何かをうけているの  であり、その証拠に店内に、産地表示についての謝罪と落花生及び干し芋の販売中止を掲示していた。公正な報道であれば当然海の駅が商品を購入した元の八百屋の問題性も指摘するべきはずであるが、一方的に問題の八百屋の話を好意的に報道し、海の駅だけを攻撃した。著しく不公正だ。

  その八百屋こそは落花生らがどこの産地であるか知っていたのであり、故意に産地を表示しなかったと考えられるものである。

  過誤を犯すものがたくさんいるとしてそのうち誰を攻撃してももちろん構わない。

  人は、政治的、思想的傾向に基づいて、あるいは個人的恨みでもって数ある犯罪や過失の中から特定の人を選んで攻撃することは自由だ。しかし、報道機関は自由ではない。報道機関は事案について公正な取り扱いが求められる。他の地域では何が起ころうと問題にしないが特定の地域の犯罪については徹底的に大きく報道する、とか、一連の事件で、2社が関連して起こしていながら、他方の会社については何も問題にせず、片方の会社の事だけ書きなぐる、という事では報道機関とはいえない。

     記者らから落花生等の事件を聞かされてから、澤山は町長として町役場の公用車で海の駅の店内とリ・ボルト社の倉庫を探索し、二つの商品の残りをその車に収容した。

その車を町の温浴施設の駐車場に置いて、さらに関係者の話を聴取していた。そこは人通りのある場所で車の荷台や座席は誰でも除く事ができた。

 新聞記者がたずねて来たので、その車の荷台を開け落花生の袋と、さらに座席に置いてあった干し芋の残品を記者に見せ、写真を撮らせた。

所が、新聞記事は、問題の商品を澤山が隠蔽しようとしたかのような内容であり、さらに商品が箱に入れたものを仕入れたのに、そうでないといっていた。短時間のうちに前言を翻したなどと悪しざまに書いた。澤山は基本的に社長と記者とのやりとりの立会にはいっていたのであって、箱に入れた商品の有無について質問のやり取りが新聞記者と澤山の間であるはずもなく、第一そのような応答があったとしても、1個か2個買ったのではなく、数十個購入してきたから商品は全て何らかの箱か袋に入れられて販売され搬送されたのである。箱で買ったと言えばその通りであり、箱に入れたものを買ったとしてもそれらは個々にばらばらの袋であるから、箱買いではないともいえる。箱で買ったのかという質問に何の意味があるであろう。前言を翻すといっても前言の質問自体ナンセンスなのだ。

そこの八百屋で買う場合は、車に乗せる前に段ボール箱に入れてくれたが、その段ボールはほとんど外国産のバナナやパイナップルなどの空き箱であった。箱に印刷されている商品名と中身は大概違っていたのである。

     最後の日に仕入れた落花生は中国から直輸入したと思われる梱包物であった。

その事については購入したリ・ボルト社の社長も気が付いていない。

要するにその梱包物は1週間以上開封されず倉庫に入れたままであって、一殻も売られていない。落花生を担当している販売員も触っていず、何物か知らなかったという。

今までは、落花生購入は100グラムほどの透明の子袋か、赤ちゃんほどもある大きな透明の袋入りであった。それは店の高い棚に載せてあって、こちらがあれをといって指をさして注文し、レジを通してから、店員が大きなカートに他の商品と一緒に載せて私が運転する車に載せていた。もちろんなんの表示もなかった。

最後に購入した中国直輸入と思われるその梱包物は、レジを通さず店長が裏の倉庫から駐車場の澤山の車に直接載せたという。その日澤山は、買い物にはまったく関与せず、となりにある本屋で本を物色して、帰る用意ができたという連絡であわてて駐車場に帰った。

社長はレジを通過する商品については全て把握していたが、裏の倉庫から店長が運んできた大きな箱については何の商品か知らなかったが注文した何かの商品だと思ったという。その時は既に夕暮れとなっており、たくさんの荷物を積んでそのまま運転して東洋町に帰った。すでに夜8時ごろになっていた。帰着して荷物を積んだまま車を置いて別の車で澤山は立ち去った。その荷物は当時の社長らによって倉庫にそのまま収容された。

翌日以降、倉庫に入れた商品を点検し仕分けして販売するのは海の駅等の社員であり、倉庫に出入りする社員は4、5人である。中国直輸入の梱包物はしばらくそのまま1週間以上は倉庫に置かれていた。

誰かが「偽装」するとすれば、そのままの形ではおかなかったであろう。

澤山が記者の取材のあと、倉庫に調査に入ったところ、密封された梱包物は、誰かが上部を垣間見るためにか少しはがしてあったが、ほとんど梱包されたままであった。よく見ると箱には中国語が印刷されていた。その梱包物については購入した社長も、運搬した澤山も中身がなんであるか知らなかった。倉庫によく出入りする落花生担当の社員も知らなかったという。

われわれは、徳島の八百屋に商品を外国から輸入することを依頼したものではない。

あくまでもその八百屋から仕入れようとしたものである。八百屋は中国のものであればそのように表示するなり、われわれに告げるべきであろう。そこの野菜や果物類は大概外国産品の段ボールに入れてわれわれに渡されてきた。中国語の段ボールに入れてあるから中国産と分かるはずだ、とか、産地表示のラベルは貼らなくてもいいという事にはならない。県庁も確認したが、そこの商店からの伝票を見ても産地表示は何もなかった。伝票にも産地表示は義務付けられている。われわれは産地を確認すべきであったが、真実の産地を知っている販売者がまずもって表示なり告知なりをするべきではないか。今でも、中央市場の卸商から送られてくる商品の伝票には産地表示の欠けているものが見受けられるのである。

     高知新聞は2月21日の朝刊で、われわれが購入した仕入れ先の店は産地表示をしていたと大見出しで弁護した。

高知新聞社に聞きたい、正しく産地表示をしていたものが、どうして県庁に指導されて店内に販売中止の告示をしなければならなかったのだろうか。

東洋町の担当職員が、事件の後徳島のその八百屋に行ったところ次のような張り紙が店内にしてあったので写してきたという。

徳島県くらし安全課よりラベル表示が適切でないとの指摘を受け、

しばらくの間、落花生と干し芋の販売を中止します。

仕入れ先が産地を誤って表示、または、まったく表示しなかったかであろう。

その八百屋の話では、商品を載せてある箱の中かふちに、段ボールの切れ端で中国産と表示していたという。

しかし、われわれはそのような表示は一切見ていない。落花生1袋120円とかの立て札は確かにあったと思うが、その立札に中国産の文字はなかった。東洋町の課長が高知新聞の記事の出たあと数日たって見に行ったが、落花生を入れた袋の箱にうつぶせになってその段ボールのような紙切れがあって、中国産と書いてあった。それで、それを起こして見えるように立ててきた、という。これが事件が判明してからのちの高知新聞が擁護する徳島の八百屋の産地の表示である。

われわれが購入に店に入っていた当時は、安くていいものがないか、眼を皿のようにして店内を見てきたが、他の国の名前や県名は見たが、中国産の産地名は見た覚えがない。

仮に段ボールの切れ端に産地を書いてあったとしても、それは正規の産地表示ではない。

高知新聞の記事には写真が添えられていてそれにはちゃんと中国産、落花生、1袋120円と表示した立て札が立てられている。しかし、新聞社が写真を撮った以外の時に、その段ボールの切れ端が産地表示をして置かれていたかどうかは分からない。置かれていても目につくように置かれていたかどうかわからない。事件直後でもぞんざいな形で置いてあって倒れて表示面が伏せられていたという程度なのだ。

落花生は加工品であるから、正規には商品1袋1袋に産地を含む品質表示のラベルが貼られていなければならない。果物のようにその近くに紙きれや厚紙か何かに表示すればよいというわけにはいかない。だから徳島の八百屋の落花生の表示はJAS法に則った表示はしていなかったのである。善意に見ても高知新聞はJAS法で示された加工品の表示基準を知らないのであろう。読者や消費者の多くもJAS法の定めなどは知る由もないだろう。

だから、読者は、高知新聞の写真で徳島の業者は立て札で品質表示をちゃんとしていたと感じるであろう

しかし、高知新聞朝刊平成23年2月11日号「(25頁)の写真の立て札をよく見てみると、横文字で小さい文字を含めると5段に表示がある。立て札は、縦25センチ、幅15センチ程度の長方形のものだ。すなわち、

中国産

落花生 

1袋  

 120

    

 この新聞に載った写真の立て札表示では、落花生以下の文字の濃さと中国産の文字の濃さは明らかに相違している。他の文字は鮮やかな黒であるが、高知新聞が「明記されている」と太鼓判を押す「中国産」の文字は薄くかすれた感じだ。

この立札の文字について合理的な推定は、①中国産の文字と他の文字は濃さの違うボールペンで書きこまれている、②中国産の文字を書いた時期が違う③それを書いた人も違うということだ。なぜなら落花生の生の字と産地の字の産の中の生という字の書き方が違っていること、落花生、1袋、円のそれぞれの字の横線が全て細くなっているが、中国産の文字は縦横の線は同じ太さである、だから、筆跡が違うので筆者が違うと考えられるのだ。

右下のにんにくの表示(にんにくの場合は加工品ではないから立て札だけでも構わない)は産地の表示文字と商品名や値段の文字は同じ濃さであるから、一枚の紙の上のそれらの文字が同じボールペンで同じ時に同じ人が書いたものと推定される。

落花生の立て札の文字の濃淡、特に産地表示の文字が他の文字と明らかに濃さが違う事実は誰も否定できないだろう。問題の表示であるだけにそこに不自然さ、すなわち作為を感ぜざるを得ない。新聞社の取材が始まったのちにあわてて産地名を書き足したと推定される。その作為には、お客さんには産地表示が薄くて気が付かなかったかもしれない、しかし、チャンと産地表示はしていましたよ、という店の弁解の声が聞こえる。

事実高知県職員の海の駅の確認書では、それは薄くて見えぬくかったかもしれないが・・・とその八百屋が社長に言いわけをしたという記録がある。

当時の社長に言いわけを言ったとしても一枚の立て札を書くのに同じ人がわざわざ違うボールペンを使ったという言い訳は通らないだろう。作為の歴然とした証拠に基づいて、徳島を擁護し、我々を攻撃する高知新聞。徳島の八百屋が「中国産と表示」という大見出しの唯一の証拠がこの写真に見る作為の痕跡だ。この写真を見ても、落花生の袋には何のラベルの表示もないことがわかるであろう。それが、違法だということは読者にはわからないし高知新聞室戸市局長にも分からないのであろう。

文字の表示を商売にしている新聞屋の頭に、1枚の紙の上に書かれた産地表示の文字と他の文字の明らかな相違について、書いた時期が違うのではないかという疑念がどうして浮かばなかったのであろうか。われわれには産地を偽装する必要性はなかった。

われわれは間違った表示をしたことは確かであるが、高知新聞がわれわれを産地偽装だと攻撃する根拠は何もない。徳島の業者は、店頭でその商品を天日乾燥をしていたから、当時のリ・ボルト社長らは徳島で加工して製品にしている、自分所で製造しているから産地表示を省略しているのだ、だから徳島産と考えて販売したというのであった。

安く仕入れられたので安く販売した、せいぜい300グラムかそこらで販売価格が150円程度で20円程度の利を取っていたのであるから、海の駅の手数料15パーセントを除いたり、傷んだものを差し引くと仕入れて販売したリボルト社にはほとんど利益はのこらない。ほとんどない利益、あってもわずかな利益しかない仕入れのために「偽装」までしなければならない動機はあり得ないだろう。それでは中国産を隠そうとしていたのか。しかし、中国産品は、他種類の落花生や春雨や小豆など多数の商品を同時に海の駅で販売しているのであるから、われわれが中国産であることに引け目を感じこれを隠そうとしていたということにもならない。

あたかも中国産の商品を意図的に産地偽装して販売していたという高知新聞の記事はほとんどでっちあげだという事になる。

     高知新聞はでっちあげを補強するために、その中国産の落花生が薬臭いという話を付加した。薬臭いという事になると、農薬などの薬品が残留又は混入していたということになり、商品のイメージ、販売店の信用性は致命的である。

薬臭いという事実は全くない。薬物は何も入っていない。

海の駅の販売員は毎回大袋に入った落花生の封を開けて匂いを嗅いでいるが、香ばしい落花生のにおいがした、他の異臭はなにもなかったと証言しているし、大阪の中国の領事館や中国の落花生出荷工場に問い合わせても、その落花生については薬物混入や農薬の残留はあり得ないという回答であった。中国では今は出荷については厳しい検査をしているし日本でも中国産品について厳しいチェックがなされているという。

われわれは、中国山東省の「山東糧花生製品進出口有限公司」という出荷先に問い合わせた。その企業体の回答では、「この商品は100%落花生で、添加物は一切使いません。」といい、加工工程も明示してきた。

誰かが、薬臭いと言ったとしてもそれを記事として書いた場合どうなるか。

人が根拠もないことを口走ったからと言ってそれを記事にするからには、記者そのものがその記述の責任者である。誰それが泥棒だとか、売春婦だとか言う話を聞いたのでそれを記事にした、何が悪いのだ、と言えるだろうか。あくまでもその話が事実かどうか記者自身が確かめなければそんなことを書けるわけはない。

生産元や製造元を尋ねるなり、うわさの根拠を確認するべきだ。

海の駅が売った落花生が、薬の臭いがしたという人が本当にいたのかどうか、さらに、その人の話が真実なのかどうか、高知新聞は如何なる根拠で薬物の話を載せたのか、説明しなければならない。このような悪質なでっちあげを平気でするのは週刊誌以下であり、新聞というレベルではない。

   2、キャベツ事件

本年7月から8月にかけて海の駅に商品を持ち込んでいる地元の出店業者が、群馬県産のキャベツを徳島産で売っていた事件について、海の駅側はこれを委託販売していたが、この事実を探知できなかった。海の駅の店員はそれを知らずに売ったわけで、その事によって消費者と海の駅そのものが被害をこうむったのである。7月中旬から全国的にキャベツは群馬県産がほとんどの市場を占めており、当然関東域からの出荷物については福島第1原発の放射能汚染が大なり小なりかかっていることが予想された。

群馬県庁の発表ではこの夏以降ではキャベツその他ほとんどの野菜類からは放射能は検知されない、安全だとなっているが、疑わしいのである。消費者は産地選択の権利がある。

わが社は消費者でもあるので、群馬県産と正しく表示せず徳島県産として海の駅に持ち込んで売りだした業者に厳重に抗議し、10日間ほど出店を禁止した。

しかし、今のところ福島産はともかく、関東地方の根菜類まで海の駅が取り扱いを控えるというところには至っていない。

今回のキャベツの産地表示には、直接的には、海の駅には法的な責任はない。

海の駅には地元町民は誰でも出店できる。

よほど不良品や不潔なものでない限り、海の駅はこれを拒むことはできない。

出店者は自己の責任で生産したり、仕入れをしたものを、自分で商品の品質表示のラベルを貼って定められた店内の棚に出品する。商品に対する苦情も出店者が対応し、残品の処理も出店者の責任で処理することになっていた。だから、委託販売をしているにすぎない海の駅としては責任をとる余地はない。不心得な出店者があって、海の駅で問題のある商品を出店した場合は、海の駅を利用している消費者はもとより、海の駅にとっても他の出店者にとっても迷惑なことである。そういう意味では海の駅も被害者なのである。

産地の誤った表示だとか、記入漏れが分かれば海の駅の販売員はそれを指摘し出店者に是正させる。しかし、仕入れや生産の段階のことまで責任をもってチェックできない。それらはすべて出店業者の責任だとしてスタートしたのである。

ところが、高知新聞は、本年8月30日の朝刊で県庁職員の言葉だとして海の駅に道義的責任があるかのような記事を書いた。県庁職員に私が尋ねたところそんなことは言っていないと高知新聞の引用箇所を言下に否定した。県庁は今回の事件で調査のため、海の駅にやってきて、海の駅に責任はなく、出店業者に責任があると言明して帰った。その県庁の担当職員が、新聞で公表されることを知った上で海の駅に責任があるような発言をするはずはない。高知新聞は何故嘘まで書いて他の業者のキャベツ誤表示事件の責任を海の駅に、すなわち澤山攻撃に向けるのであろうか。しかも、問題の業者の名前は伏せて報道した。

問題の業者は海の駅とともに店内に自分の名前でお詫びの告示をしたのであるから、店に出入りをする消費者には名前は公表されているのである。仮に公表され社会的制裁を受けるべきであるならば、それは、違法行為をなした業者でなければならない。

以前の落花生事件でもそうだが、元凶の行為は容認され、とばっちりを受けた者を罰せよというのである。高知新聞にとっては、要は、事件の真相や、本当の責任の所在を明らかにするのが目的ではなく、澤山個人への攻撃になれば何でもいいということなのだ。

二、高知新聞の澤山町政についての誹謗中傷

澤山町政に対する高知新聞室戸市局長真崎の攻撃はすざましい。新聞の公正、中立などかなぐり捨てた記事は一体何に由来するのであろうか。何らかの政治的思惑があるものと判断されるが、その攻撃性は、やはり私のやった行政に由来すると考えて糾弾するほかない。

それはこうだ。

1、平成23年5月4日高知新聞朝刊

その攻撃の最たるものは、本年5月4日の朝刊であるが、それに次のようにのっている。

「沢山氏は当選後、町長の月額報酬20%削減や住民投票条例の制定など`オンブズマン町長`らしい大胆な行革を推進。一方で議会との亀裂を生み、教育長不在という・・・町内対立を深めた。」と。

この文章では、オンブズマン町長らしい「大胆な行革」が町内の「亀裂」や「対立」を生んだという事らしい。報酬の20%削減や住民投票条例の制定も行革ではあるが、これらが何か問題を起こしたというものではない。それらは誰も反対する者はいなかった。

高知新聞は、町内の亀裂や対立を引き起こした澤山の「大胆な行革」について当日の新聞では何も書いていないし、これまでも書いたためしはない。この朝の記事でいくつか澤山行政の悪口を書いているが、それらを「大胆な行革」に入れているのであろうか。そうではあるまい。

悪口の数々は次の通りだ。

     議会との対立②近隣自治体(室戸市)や関係団体(社協)と疎遠③サーファーへの補助金カット④町長の独走、トップダウン⑤教育委員長不在⑥東洋リ・ボルトの不透明な運営

①議会との対立について

議会と執行部が対立するというのはよくあることだ。何もかも対立していたら行政は混乱するから、議会は執行部に是々非々でくる。否決や修正を受けることは日本の地方自治のあり方、議会制度上やむを得ないことだ。私の4年間の町政においてはほとんどの議案は議会の承認があった。人事案を含めても否決された議案は片手の指で数えるほどで、私の町政遂行上大した支障のあるものではなかった。それがどうして、問題となるのだ。議会と執行部は形式的には対立する。一方は執行部のチェック機関なのだ。

最終的には合致して行政を進めるが、合致しない場合は執行部が妥協するか、引き下がる以外にない。対立関係のない翼賛議会では、執行部と議会が何らかの利権関係などで癒着している可能性があり、執行部も議会も腐敗するのは必至である。

私の任期中では議会との癒着などは最も遠く、人事案を含め議案について議員個別の事前根回しは一切していない。議会と対立しながら行政を進めていくのは困難なことではあるが、理想的であると私は考えている。問題は対立の内容なのだ。

新聞は、無内容な「対立」とか「亀裂」とかをかき立てる前に、東洋町においては、議会から「どんどん、どんどん事業をやっている。」とか、「あまりにも素晴らしい議案だから私たちは賛成できない。」などと町長が批判されたことについてその内容を少し解明したらどうだろうか。

     近隣自治体との関係

特に室戸市の清掃関係事業であるが、これは東洋町の総合計画でもむしろ

 疎遠にして行こうというのが基本政策だった。ゴミ収集・処理事業は安芸広域に入り、室戸市の関係は全体として解消段階にあり、清掃行政の二重行政を解消することは喫緊の課題であった。し尿処理事業が残っているが、これも転換期にあり、室戸市と離れて効率性と経済性を勘案して独自処理を目指そうとしていた。

 室戸市の無駄行政についていくことはもうこりごりだというのが本音だ。

 無論私に代わる町政ではまたぞろ巨額の負担のある室戸市と協同の道をたどることになるであろう。

 室戸市との消防での関係は元々希薄だ。何故消防事業で室戸市と組んでいるのか不可思議なほどだ。消火活動はほとんど東洋町の地元消防団がやっている。室戸市からではとても間に合わない。むしろ東隣りの徳島県海陽町と組んだ方が合理的だ。

 室戸市と何か関係が悪化したわけでもないが、し尿処理の新たな巨額事業を計画している室戸市に私が簡単に乗らず、東洋町にある下水処理施設を利用した格安で合理的な独自計画を練っていることについて、室戸市関係者が不快に思っていたことは明らかであろう。室戸市とは手を切り、東洋町独自のし尿処理事業によって、私は数千万円の年間経費を削減し、かつ、汲み取り料の無料化、下水料金の半額化を達成しようとしていた。

 また東洋町の社協(社会福祉協議会)であるが、私が町長に就任した当時にはその本拠である地域福祉センターはほとんどその活動を止めていて、閑古鳥が鳴いていた。

機械類も錆ついて使い物にならなかった。それは何故かと言うと、福祉事業は損だ、これを「全廃」し町外近隣の施設経営者にお年寄りの世話をしてもらおう、という政策をとっていたからである。だから盛況だったデイサービスや訪問介護など社協の主な仕事はなくなっていた。にもかかわらず、社協の職員の給料などは従来通りと言うことであったので、私がそれはだめだと言ったのである。補助金は補助事業がなければ出せない、これが国の補助金に関する法律の原則だ。以前にやっていた福祉事業をやってくれるならこれまでの補助金も出すが、そうでないなら、職員は臨時職員並みの給料にしてくれと私が迫ったのである。そして当時、東洋町の社協には補助金の残額を町に返さずに、勝手に蓄積した700万円以上の裏金があることも判明した。さらに社協の団体として何よりも問題なのは、役員ばかりで会員がいない、法で定められた構成会員が存在しない、いわば幽霊組織であるということだ。今でも社協は頑として会員組織を作ろうとしないのである。

社協の「総会」だと言うので行ってみても役員の「総会」だったのである。理事は誰が決めたのですか、評議員が決めました、では評議員は誰が決めたのか、理事が決めた、という鶏と卵の問答で、要するにお手盛りであり、しかもその理事には兼職を禁じられている町会議員もはいっているのであった。すったもんだの挙句、何とか社協は以前の福祉事業を再開するという事で補助金は出すことになったが、正常化するまでに「軋轢」があったことは確かだが、それを乗り越え福祉センターに再び多くの高齢者が集まり、居宅サービスも復活したのである。その「軋轢」がなければ、町の福祉事業の拠点は閑古鳥が鳴いてやまなかったであろう。新聞は、社会が騒々しい時には、騒動があった、と記事にするだけではなく、その記事に騒動の原因や経緯も書かなくてはならず、その結末も書くべきであろう。

③徳島県のサーファーへの補助金削減

 私は最初の年は、従来通り徳島のサーファー団体に補助金を出した。そしてその効果を探ってみたが、地元への経済効果はほとんどないという事がわかった。サーファーらは地元の旅館や民宿にもとまらず日が暮れたら徳島方面へ引き上げていった。弁当も徳島で買って浜に持ち込んでいた。しかも、年度が過ぎても何度も催促するにもかかわらず、補助金の実績報告をあげてこなかった。実績報告もないのにまた補助金をくれという。事業報告書は嘘か本当か分からないが一応夏ごろになってやっと出してきた。

私は補助金を出す上において条件を二つ出した。宿泊は主として東洋町の民宿などで行う事。弁当は東洋町内で注文する事。この二つの条件を受け入れるなら補助金を前年並みに出すと。ところが、徳島の団体ははっきり、そんなことはできませんと言って私の提案をにべもなく拒絶した。交渉は決裂したままであった。

そもそも、具体的な経済効果がはっきりしないのに県外の団体に補助金を出すなどというのはありえないことだ。

④町長の独走、トップダウン。

高知新聞は、私を攻撃するのに私が独断専行するイメージを描く。

しかし、記者は、この4年間その180度逆の現象を見てきたはずなのに、敢えて、独裁者として断罪させようというのである。私が町政を独断専行できるわけはない。

最も独断専行しづらかった町政というのは澤山町政であろう。議会の承認がとれるかど

うか、与野拮抗し一票差でいつもやきもきしながら、町政を進めてきたのである。

 もちろん、行政事務はすべて最終的には首長の決裁で決まる。部下が実質上決めたことにただハンコを押せばいいというものではない。いかに議論を尽くしても最後に決断するのは一人の首長だ。町の行政実務で澤山がやったことで議会にかけず、庁議にもかけず、一人で勝手にやったことは何もないし、ありえない。

    高知新聞は、鹿児島の阿久根市長のように議会の承認もないのに副町長を決めたとか、何か具体的に「独走」とか「トップダウン」とかの事実をあげなければならない。 

 例えば私は議会の質疑では発言者の質問をメモするぐらいで原稿も作らずに答弁してきたが、それでも、庁議で質問の一つ一つを討論し合い、さらに、あらかじめ担当課長らに答弁の原稿を作らせ、十分打ち合わせたうえで議場に臨んでいるのである。

 議会が終わればその日のうちに庁議を開き、議会での質疑応答を反芻し、指摘事項ですぐに取り組むこと、検討課題を拾い出すなど必ず総括をしてきた。

日常業務の上でも、私ぐらい担当職員の意見や提案をほしがった者はいないのではないかと思っている。毎週の各課職場会議の励行、総務課では毎朝の職場会議の実行、そして、各課職場会議への町長の出席をやってきた。

私が他の首長と大きく相違していると思われるのは、事業を実行する上で現場で先頭に立ったという事だ。出来る限り現場に出、新しい事業ではまず私がやって見せたという事だ。予算編成する場合でも屋根の上でもどこでも這い上がって現状を確認し、じかに現場や町民の声を聞きながら仕事を進めたということだ。そしてついでに言っておくが私は町民の陳情については、予算がないなどと言って断ったことはほとんどない。今スグにやります、か、なんとかします、とか、言って極力実行してきた。

 そういうやり方が、これまでの首長のあり方と比べて異常であり、突出していて、独断専行に見えたのであろう。それは「独断専行」ではなく、率先遂行とか有言実行とかいうものではないか。

 ところでトップダウンという言葉自体何か悪いように使われているが、会社でもどこでも学級会でない限り組織は基本的にトップダウンである。

 軍隊であれ市民運動であれ組織行動はすべてトップダウンしなければ、てんでばらばらとなるわけであるから、問題はトップが物事を決定する場合に、どのようなプロセスで、どのような知見に基づいて決定し実行するのか、なのだ。その事を論ぜずにトップダウンしているから悪いという印象を醸し出し人を非難するのは、畢竟、読者の知能を低く見(あるいは低くし)てその水準でその首長を貶めるという事に外ならない。

⑤教育長の選任について

それは、町長の責任と言うよりも、教育委員の人事を否決し続けた議会の責任であり、また、教育長を互選して決めなかった教育委員の責任でもある。

国の教育委員会の法令では、教育長が不在の場合は、教育次長が代行する規定であり、教委はその法令を実行した。それは法令に則っていて、制度の枠内の適法な処置である

町長が教育委員会の業務に直接関与するわけにはいかないのである。

東洋町では教育委員会を統括するのは教育次長となっていて、管理職である。

県の教育委員会は長年この東洋町の教育次長が教育委員会の事務局を統括するという独特な方式を是認してきた。その方こそ異常であり違法なことだったのだ。

⑥東洋リ・ボルトの経営の不透明さ

この題目も高知新聞のおはこになっている。「不透明」だという攻撃は、第三セクター㈱リ・ボルト社は澤山の独占するところであり、経営実態が不透明だ。不正と専横がまかり通っているのではないかという疑惑を感じさせるのに効果的な言葉だ。一部の町会議員らが言っている事をうのみにした形をとっているが、繰り返しこれを載せるからにはこれは新聞社の主張と言う事になる。

読者にとっては、リ・社の経営の実状はまったく分からないから、「不透明」だという記事は全く正しいという感じになる。それは、高知新聞社の経営は不透明だ、と人が言えば、多くの人はその通りだと感ずるであろう、というのと同じである。読者のほとんどは誰もその経営の実態を知り得ないからだ。仮に、どこかの新聞なりテレビが、高知新聞社の雇用はコネばかりだ、採用試験は不透明だ、と言えば、社員採用試験の実態を知らない(又は知り得ない)多くの人は、その通りだ、と思うであろう。そして、どこの会社も経営や採用試験の中身を公表して説明するわけにはいかないから、反論の仕方に窮するであろう。

リ・ボルト社への攻撃はそこが狙いだ。

何を誰にどの程度明らかにすれば「不透明」でなくなるのか、誰にもわからない。

しかし、おそらく東洋町と言わず県下一円探してもリ・ボルト社ほど透明な株式会社はないのではないか。

例えば最近こういう事件があった。ある町会議員が、リ社内部の取引の資料を調べて、不当な取引があると言って追及しだした。海の駅に出していたある商品についてであるが、リ社が原価で購入している、問題だというのだ。確かにある商品について原価で購入していた。しかしそれは売れ残りの恐れがあるので、担当者がリ社に買ってくれと言う事でリ社が原価で受けたというものであって、そこには何の不正もない。その資料はリ社が出したのではなく、町会議員が役場に開示請求して役場から取り出したものであった。その出された資料には、個人名も含め細かい商売上の取引が記載されていて、普通の会社では到底外に出さないものである。東洋町役場の担当課は何時でもリ社の内部資料を見ることができ、持ち出すこともできる。

この事件でリ社の経営実態が不透明であるといえるかどうか判断してみるがよい。

情報開示では町会議員だからといって特別扱いはない。取引の機微に至るまで一般町民である町会議員がその情報資料を取り出している。私は、社長として、そのような資料を公開する場合会社の了解を求めてもらいたいと申し入れた。

その運営実態を役場が把握するのはいいとして、それを全て公開されるわけにはいかない。

会社には企業秘密があり、とりわけ出店者の個人情報や社員のそれは秘匿する義務がある。

情報開示の実態を知らない多くの読者には、何もかもすべて開示されなければ透明とはいえないと思うかもしれない。例えば公共的団体である農協や漁協の決算書でもその団体に請求しても手に入らないし、それら団体の経理状況の監督官庁である県に開示請求しても出される情報はごく限られ、具体的数値は墨で真っ黒にされている。

新聞社が特定団体の経営について透明だとか不透明だという記事を書く場合は、その団体の情報開示の枠を十分説明し、その範囲での透明性、不透明性を評価するべきだ。

社会の木鐸であるとか公器であるとかいう高知新聞社は、例えばその新聞が高レベルの核廃棄物の処分を進める原環機構の宣伝を大々的にやってきたが、そのことについて新聞社の内部決定はどうだったのか、その経緯や広告料の多寡などを公に説明できるであろうか。そして3・11のあと、その宣伝を打ち切ったのかどうか、その決定の過程や役員会の議事録を公開で説明できるであろうか。新聞社の内部の動向こそ読者にとって最大の関心事だが、まったく闇の中だ。表現されたものは見えるが何をどのように表現するかの過程はまったく見えないし、表現者が如何なる者か、その姿もまったく分からない。

新聞社の特定の記者が、県庁幹部らと一緒に飲んだり食ったりしている実情があるとした場合、それについて説明してもらいたいものだ。

株主や社員が知ることができる情報でも株式会社として公表するものとしないものがある。

リ社の場合、町役場はすべてを把握し、問題があれば直ちに是正させることができる。

しかし、海の駅の出店者の売り上げとか取引先、ホテルの宿泊者名簿など知り得た情報ならなんでも公表していいというものではない。

高知新聞は、リ社の経営状況が[不透明]だと攻撃するが何をもってそういうのか具体的事例に即していうべきだ。その攻撃そのものが不透明な動機から発出しているのではないか。

リボルト社の経営について新聞社の攻撃はもう一つある。私の姉が1カ月余り臨時に社長になった事だ。それは何も不透明なことではなく、正規の株主総会を開き、株主皆が頼んでそうしたことだ。他に引き受け手がなかったのである。現在の出資金の構成では町長は法令で社長になれない。

平成21年、旧東洋町青少年旅行村であったホテルを買い戻す議案が町議会で否決され、やむなくそれをリ社が独自の資金を集めて購入した。議会内外でホテル購入反対の激しい運動がなされた。ホテルは赤字経営で町が損をするという合唱だ。このホテルは元々は町の公共施設「青少年旅行村」が建っていたところだった。平成6年ごろ当時の執行部と議会が政府から多額の補助金をもらって建てたこの施設をぶち壊し、無法にも土地を民間会社に格安値段で売り飛ばしたのであった。正式には今でも東洋町の「青少年旅行村」は存在していることになっていて条例や特別会計まであるのだ。れっきとした行政財産だ。ホテルを買い戻し、「青少年旅行村」を回復することは、東洋町にとっては絶対的な責務のはずだ。私は、国に申請し、全額国の交付金で買い戻しの議案を出したが、理不尽にも町議会はこれを葬ったのである。やむなく私ら姉弟らが私財をなげうって第3セクターにこの財産を確保したのであった。高知新聞の記事では、私ら姉弟がこの会社の財産や経営を私物化している印象を描いているが、それは全く逆であって、私らは返済されるあてもない巨額の金を公のために出資したのである。私の姉はある時期、臨時に社長に就任したが、何の報酬もない。私たちには多くの従業員の世話と苦しい経営努力だけがその報酬なのである。

私らが出資する事によって町一人であったリ社の株主は数人の出資者に拡充され、町の持ち株は4分の1に縮小された。すなわち当初500万円から2000万円になったのである。ホテルを購入するために、私は自分の持ち金を全部出し、さらに給料や退職金を担保にして銀行で2千万円近く借り、それでも足らないので実姉や友人に頼んで数千万円借り入れた。私の分はともかく、姉にはとんだとばっちりを食わせることになった。

すなわち、私ら姉弟で5000万円近い金を第3セクターリ・ボルト社に注ぎ込んだのである。町内の事業を発展させるために町の出資を導引とし町内外から資金を集め雇用を増やすことは町として大事なことだ。それを妨害し非難するものはすなわち反動分子であり、東洋町の町是である総合計画に反するのである。資本が町主導から民間主導に変わることこそ理想的であり、それを乗っ取られた、などと言う頓馬な徒輩の尻馬に乗るのが新聞社の役目ではないだろう。そしてもちろん主たる出資者が会社経営の責任を担うのは当然のことなのである。

私は町長職をやめて、そのあくる日からホテルの夜勤を毎晩やって会社全体の管理監督をして月々15万円の報酬を頂いている。毎日数時間の休息の時間以外は、会社の仕事をしている。休みの日はない。金を出し労力を出し日当程度の報酬を得ている。

会社はいざという時、金を用意できる者が、経営の任につかねばならない。

誰が、現在のリ社のために、金を出すであろうか。会社を黒字経営するには、率先垂範、1銭でも節約するしかない。

2、平成23年8月30日朝刊

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2011年10月 3日 (月)

高知新聞への糾弾状

平成23年9月8日高知新聞地域報道部長への糾弾状

高知新聞の㈱東洋リ・ボルト及び同社社長澤山保太郎に対する業務妨害及び誹謗中傷記事に対して徹底糾弾をする上で、執筆者の室戸市局長真崎裕史記者と責任者として岡村啓太郎地域報道部長に9月8日午後東洋町に来ていただいて、おおよそ次の内容の糾弾を行った。新聞社は今後適正な記事を書いてゆくつもりだと答えた。糾弾の内容は以下の通りだ。

一、産地表示事件について二つの高知新聞記事、とりわけ8月30日高知新聞朝刊記事
  について

   1、 落花生などの誤表示事件

 1月の落花生事件では、リ・ボルト社が徳島の八百屋から産地等一切の表示のない落花生と干し芋を購入した際、購入先の県名を産地として表示した誤りがあったことは事実であるが、高知新聞はこれをことさら大げさに取り上げ、われわれがあたかも産地を偽装して販売したかのような記事を書いた。

①元の徳島の八百屋の産地無表示の事実については一切報道せず、これを擁護した。
 件の八百屋は、県の立ち入り検査を受け一定の行政指導か何かをうけているのであり、 その証拠に店内に、産地表示についての謝罪と落花生及び干し芋の販売中止を掲示していた。公正な報道であれば当然海の駅が商品を購入した元の八百屋の問題性も指摘するべきはずであるが、一方的に問題の八百屋の話を好意的に報道し、海の駅だけを攻撃した。著しく不公正だ。

 その八百屋こそは落花生らがどこの産地であるか知っていたのであり、故意に産地を表示しなかったと考えられるものである。

 過誤を犯すものがたくさんいるとしてそのうち誰を攻撃してももちろん構わない。
 人は、政治的、思想的傾向に基づいて、あるいは個人的恨みでもって数ある犯罪や過失の中から特定の人を選んで攻撃することは自由だ。しかし、報道機関は自由ではない。報道機関は事案について公正な取り扱いが求められる。他の地域では何が起ころうと問題にしないが特定の地域の犯罪については徹底的に大きく報道する、とか、一連の事件で、2社が関連して起こしていながら、他方の会社については何も問題にせず、片方の会社の事だけ書きなぐる、という事では報道機関とはいえない。

②記者らから落花生等の事件を聞かされてから、澤山は町長として町役場の公用車で海の駅の店内とリ・ボルト社の倉庫を探索し、二つの商品の残りをその車に収容した。
その車を町の温浴施設の駐車場に置いて、さらに関係者の話を聴取していた。そこは人通りのある場所で車の荷台や座席は誰でも除く事ができた。

 新聞記者がたずねて来たので、その車の荷台を開け落花生の袋と、さらに座席に置いてあった干し芋の残品を記者に見せ、写真を撮らせた。

所が、新聞記事は、問題の商品を澤山が隠蔽しようとしたかのような内容であり、さらに商品が箱に入れたものを仕入れたのに、そうでないといっていた。短時間のうちに前言を翻したなどと悪しざまに書いた。澤山は基本的に社長と記者とのやりとりの立会にはいっていたのであって、箱に入れた商品の有無について質問のやり取りが新聞記者と澤山の間であるはずもなく、第一そのような応答があったとしても、1個か2個買ったのではなく、数十個購入してきたから商品は全て何らかの箱か袋に入れられて販売され搬送されたのである。

箱で買ったと言えばその通りであり、箱に入れたものを買ったとしてもそれらは個々にばらばらの袋であるから、箱買いではないともいえる。箱で買ったのかという質問に何の意味があるであろう。前言を翻すといっても前言の質問自体ナンセンスなのだ。
そこの八百屋で買う場合は、車に乗せる前に段ボール箱に入れてくれたが、その段ボールはほとんど外国産のバナナやパイナップルなどの空き箱であった。箱に印刷されている商品名と中身は大概違っていたのである。

③最後の日に仕入れた落花生は中国から直輸入したと思われる梱包物であった。
その事については購入したリ・ボルト社の社長も気が付いていない。
要するにその梱包物は1週間以上開封されず倉庫に入れたままであって、一殻も売られていない。落花生を担当している販売員も触っていず、何物か知らなかったという。
今までは、落花生購入は100グラムほどの透明の子袋か、赤ちゃんほどもある大きな透明の袋入りであった。それは店の高い棚に載せてあって、こちらがあれをといって指をさして注文し、レジを通してから、店員が大きなカートに他の商品と一緒に載せて私が運転する車に載せていた。もちろんなんの表示もなかった。

最後に購入した中国直輸入と思われるその梱包物は、レジを通さず店長が裏の倉庫から駐車場の澤山の車に直接載せたという。その日澤山は、買い物にはまったく関与せず、となりにある本屋で本を物色して、帰る用意ができたという連絡であわてて駐車場に帰った。

社長はレジを通過する商品については全て把握していたが、裏の倉庫から店長が運んできた大きな箱については何の商品か知らなかったが注文した何かの商品だと思ったという。その時は既に夕暮れとなっており、たくさんの荷物を積んでそのまま運転して東洋町に帰った。すでに夜8時ごろになっていた。帰着して荷物を積んだまま車を置いて別の車で澤山は立ち去った。

その荷物は当時の社長らによって倉庫にそのまま収容された。
翌日以降、倉庫に入れた商品を点検し仕分けして販売するのは海の駅等の社員であり、倉庫に出入りする社員は4、5人である。中国直輸入の梱包物はしばらくそのまま1週間以上は倉庫に置かれていた。

誰かが「偽装」するとすれば、そのままの形ではおかなかったであろう。
澤山が記者の取材のあと、倉庫に調査に入ったところ、密封された梱包物は、誰かが上部を垣間見るためにか少しはがしてあったが、ほとんど梱包されたままであった。よく見ると箱には中国語が印刷されていた。その梱包物については購入した社長も、運搬した澤山も中身がなんであるか知らなかった。倉庫によく出入りする落花生担当の社員も知らなかったという。

われわれは、徳島の八百屋に商品を外国から輸入することを依頼したものではない。
あくまでもその八百屋から仕入れようとしたものである。八百屋は中国のものであればそのように表示するなり、われわれに告げるべきであろう。そこの野菜や果物類は大概外国産品の段ボールに入れてわれわれに渡されてきた。中国語の段ボールに入れてあるから中国産と分かるはずだ、とか、産地表示のラベルは貼らなくてもいいという事にはならない。

県庁も確認したが、そこの商店からの伝票を見ても産地表示は何もなかった。伝票にも産地表示は義務付けられている。われわれは産地を確認すべきであったが、真実の産地を知っている販売者がまずもって表示なり告知なりをするべきではないか。今でも、中央市場の卸商から送られてくる商品の伝票には産地表示の欠けているものが見受けられるのである。

④高知新聞は2月21日の朝刊で、われわれが購入した仕入れ先の店は産地表示をしていたと大見出しで弁護した。
高知新聞社に聞きたい、正しく産地表示をしていたものが、どうして県庁に指導されて店内に販売中止の告示をしなければならなかったのだろうか。
東洋町の担当職員が、事件の後徳島のその八百屋に行ったところ次のような張り紙が店内にしてあったので写してきたという。

徳島県くらし安全課よりラベル表示が適切でないとの指摘を受け、しばらくの間、落花生と干し芋の販売を中止します。
仕入れ先が産地を誤って表示、または、まったく表示しなかったかであろう。
その八百屋の話では、商品を載せてある箱の中かふちに、段ボールの切れ端で中国産と表示していたという。

しかし、われわれはそのような表示は一切見ていない。落花生1袋120円とかの立て札は確かにあったと思うが、その立札に中国産の文字はなかった。東洋町の課長が高知新聞の記事の出たあと数日たって見に行ったが、落花生を入れた袋の箱にうつぶせになってその段ボールのような紙切れがあって、中国産と書いてあった。それで、それを起こして見えるように立ててきた、という。これが事件が判明してからのちの高知新聞が擁護する徳島の八百屋の産地の表示である。

われわれが購入に店に入っていた当時は、安くていいものがないか、眼を皿のようにして店内を見てきたが、他の国の名前や県名は見たが、中国産の産地名は見た覚えがない。
仮に段ボールの切れ端に産地を書いてあったとしても、それは正規の産地表示ではない。

高知新聞の記事には写真が添えられていてそれにはちゃんと中国産、落花生、1袋120円と表示した立て札が立てられている。しかし、新聞社が写真を撮った以外の時に、その段ボールの切れ端が産地表示をして置かれていたかどうかは分からない。置かれていても目につくように置かれていたかどうかわからない。事件直後でもぞんざいな形で置いてあって倒れて表示面が伏せられていたという程度なのだ。

落花生は加工品であるから、正規には商品1袋1袋に産地を含む品質表示のラベルが貼られていなければならない。果物のようにその近くに紙きれや厚紙か何かに表示すればよいというわけにはいかない。だから徳島の八百屋の落花生の表示はJAS法に則った表示はしていなかったのである。善意に見ても高知新聞はJAS法で示された加工品の表示基準を知らないのであろう。読者や消費者の多くもJAS法の定めなどは知る由もないだろう。

だから、読者は、高知新聞の写真で徳島の業者は立て札で品質表示をちゃんとしていたと感じるであろう。

しかし、高知新聞朝刊平成23年2月11日号「(25頁)の写真の立て札をよく見てみると、横文字で小さい文字を含めると5段に表示がある。立て札は、縦25センチ、幅15センチ程度の長方形のものだ。

すなわち、

中国産
落花生 
1袋  
120円

 この新聞に載った写真の立て札表示では、落花生以下の文字の濃さと中国産の文字の濃さは明らかに相違している。他の文字は鮮やかな黒であるが、高知新聞が「明記されている」と太鼓判を押す「中国産」の文字は薄くかすれた感じだ。

この立札の文字について合理的な推定は、①中国産の文字と他の文字は濃さの違うボールペンで書きこまれている、②中国産の文字を書いた時期が違う③それを書いた人も違うということだ。なぜなら落花生の生の字と産地の字の産の中の生という字の書き方が違っていること、落花生、1袋、円のそれぞれの字の横線が全て細くなっているが、中国産の文字は縦よこの線は同じ太さである、だから、筆跡が違うので筆者が違うと考えられるのだ。

右下のにんにくの表示(にんにくの場合は加工品ではないから立て札だけでも構わない)は産地の表示文字と商品名や値段の文字は同じ濃さであるから、一枚の紙の上のそれらの文字が同じボールペンで同じ時に同じ人が書いたものと推定される。

落花生の立て札の文字の濃淡、特に産地表示の文字が他の文字と明らかに濃さが違う事実は誰も否定できないだろう。問題の表示であるだけにそこに不自然さ、すなわち作為を感ぜざるを得ない。

新聞社の取材が始まったのちにあわてて産地名を書き足したと推定される。その作為には、お客さんには産地表示が薄くて気が付かなかったかもしれない、しかし、チャンと産地表示はしていましたよ、という店の弁解の声が聞こえる。
事実高知県職員の海の駅の確認書では、それは薄くて見えぬくかったかもしれないが・・・とその八百屋が社長に言いわけをしたという記録がある。

当時の社長に言いわけを言ったとしても一枚の立て札を書くのに同じ人がわざわざ違うボールペンを使ったという言い訳は通らないだろう。作為の歴然とした証拠に基づいて、徳島を擁護し、我々を攻撃する高知新聞。徳島の八百屋が「中国産と表示」という大見出しの唯一の証拠がこの写真に見る作為の痕跡だ。この写真を見ても、落花生の袋には何のラベルの表示もないことがわかるであろう。それが、違法だということは読者にはわからないし高知新聞室戸市局長にも分からないのであろう。

文字の表示を商売にしている新聞屋の頭に、1枚の紙の上に書かれた産地表示の文字と 他の文字の明らかな相違について、書いた時期が違うのではないかという疑念がどうして浮かばなかったのであろうか。われわれには産地を偽装する必要性はなかった。

われわれは間違った表示をしたことは確かであるが、高知新聞がわれわれを産地偽装だ
と攻撃する根拠は何もない。徳島の業者は、店頭でその商品を天日乾燥をしていたから、当時のリ・ボルト社長らは徳島で加工して製品にしている、自分所で製造しているから産地表示を省略しているのだ、だから徳島産と考えて販売したというのであった。

安く仕入れられたので安く販売した、せいぜい300グラムかそこらで販売価格が150円程度で20円程度の利を取っていたのであるから、海の駅の手数料15パーセントを除いたり、傷んだものを差し引くと仕入れて販売したリボルト社にはほとんど利益はのこらない。ほとんどない利益、あってもわずかな利益しかない仕入れのために「偽装」までしなければならない動機はあり得ないだろう。

それでは中国産を隠そうとしていたのか。しかし、中国産品は、他種類の落花生や春雨や小豆など多数の商品を同時に海の駅で販売しているのであるから、われわれが中国産であることに引け目を感じこれを隠そうとしていたということにもならない。
あたかも中国産の商品を意図的に産地偽装して販売していたという高知新聞の記事はほとんどでっちあげだという事になる。

⑤高知新聞はでっちあげを補強するために、その中国産の落花生が薬臭いという話を付加した。薬臭いという事になると、農薬などの薬品が残留又は混入していたということになり、商品のイメージ、販売店の信用性は致命的である。

薬臭いという事実は全くない。薬物は何も入っていない。
海の駅の販売員は毎回大袋に入った落花生の封を開けて匂いを嗅いでいるが、香ばしい落花生のにおいがした、他の異臭はないもなかったと証言しているし、大阪の中国の領事館や中国の落花生出荷工場に問い合わせても、その落花生については薬物混入や農薬の残留はあり得ないという回答であった。中国では今は出荷については厳しい検査をしているし日本でも中国産品について厳しいチェックがなされているという。

われわれは、中国山東省の「山東糧花生製品進出口有限公司」という出荷先に問い合わせた。その企業体の回答では、「この商品は100%落花生で、添加物は一切使いません。」といい、加工工程も明示してきた。

誰かが、薬臭いと言ったとしてもそれを記事として書いた場合どうなるか。
人が根拠もないことを口走ったからと言ってそれを記事にするからには、記者そのものがその記述の責任者である。誰それが泥棒だとか、売春婦だとか言う話を聞いたのでそれを記事にした、何が悪いのだ、と言えるだろうか。あくまでもその話が事実かどうか記者自身が確かめなければそんなことを書けるわけはない。

生産元や製造元を尋ねるなり、うわさの根拠を確認するべきだ。
海の駅が売った落花生が、薬の臭いがしたという人が本当にいたのかどうか、さらに、その人の話が真実なのかどうか、高知新聞は如何なる根拠で薬物の話を載せたのか、説明しなければならない。このような悪質なでっちあげを平気でするのは週刊誌以下であり、新聞というレベルではない。

   2、キャベツ事件

本年7月から8月にかけて海の駅に商品を持ち込んでいる地元の出店業者が、群馬県産のキャベツを徳島産で売っていた事件について、海の駅側はこれを委託販売していたが、この事実を探知できなかった。海の駅の店員はそれを知らずに売ったわけで、その事によって消費者と海の駅そのものが被害をこうむったのである。7月中旬から全国的にキャベツは群馬県産がほとんどの市場を占めており、当然関東域からの出荷物については福島第1原発の放射能汚染が大なり小なりかかっていることが予想された。

群馬県庁の発表ではこの夏以降ではキャベツその他ほとんどの野菜類からは放射能は検知されない、安全だとなっているが、疑わしいのである。消費者は産地選択の権利がある。

わが社は消費者でもあるので、群馬県産と正しく表示せず徳島県産として海の駅に持ち込んで売りだした業者に厳重に抗議し、10日間ほど出店を禁止した。
しかし、今のところ福島産はともかく、関東地方の根菜類まで海の駅が取り扱いを控えるというところには至っていない。

今回のキャベツの産地表示には、直接的には、海の駅には法的な責任はない。
海の駅には地元町民は誰でも出店できる。

よほど不良品や不潔なものでない限り、海の駅はこれを拒むことはできない。
出店者は自己の責任で生産したり、仕入れをしたものを、自分で商品の品質表示のラベルを貼って定められた店内の棚に出品する。商品に対する苦情も出店者が対応し、残品の処理も出店者の責任で処理することになっていた。だから、委託販売をしているにすぎない海の駅としては責任をとる余地はない。不心得な出店者があって、海の駅で問題のある商品を出店した場合は、海の駅を利用している消費者はもとより、海の駅にとっても他の出店者にとっても迷惑なことである。そういう意味では海の駅も被害者なのである。

産地の誤った表示だとか、記入漏れが分かれば海の駅の販売員はそれを指摘し出店者に是正させる。しかし、仕入れや生産の段階のことまで責任をもってチェックできない。それらはすべて出店業者の責任だとしてスタートしたのである。

ところが、高知新聞は、本年8月30日の朝刊で県庁職員の言葉だとして海の駅に道義的責任があるかのような記事を書いた。県庁職員に聞いたところそんなことは言っていないと高知新聞の引用箇所を言下に否定した。県庁は今回の事件で調査のため、海の駅にやってきて、海の駅に責任はなく、出店業者に責任があると言明して帰った。

その県庁の担当職員が、新聞で公表されることを知った上で海の駅に責任があるような発言をするはずはない。高知新聞は何故嘘まで書いて他の業者のキャベツ誤表示事件の責任を海の駅に、すなわち澤山攻撃に向けるのであろうか。しかも、問題の業者の名前は伏せて報道した。

問題の業者は海の駅とともに店内に自分の名前でお詫びの告示をしたのであるから、店に出入りをする消費者には名前は公表されているのである。仮に公表され社会的制裁を受けるべきであるならば、それは、違法行為をなした業者でなければならない。
以前の落花生事件でもそうだが、元凶の行為は容認され、とばっちりを受けた者を罰せよというのである。高知新聞にとっては、要は、事件の真相や、本当の責任の所在を明らかにするのが目的ではなく、澤山個人への攻撃になれば何でもいいのだ。

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2011年9月29日 (木)

8月30日付高知新聞朝刊記事 産地問題相次ぐ「海の駅」ついて

      高知新聞への抗議声明

                  平成23年8月30日
                                    ㈱リ・ボルト社長澤山保太郎

       全体としてでたらめな内容

問題点は、5点ある。

1、「海の駅」は民業圧迫か

海の駅の営業が[民業圧迫だ]批判があるという。
  しかし、「海の駅」も「民業」そのものであり、「海の駅」出店者の主なものは町内の商売人または生産者達であって、地元商店を圧迫するなどというのは見当違いだ。
  例えば主力である鮮魚の販売は5店であるが、それぞれ独自に町内において営業をしながら「海の駅」に出店しているものたちである。
  「海の駅」には地元優先であるが、誰でも出店できる。地元商売人らが独自の営業をする傍ら「海の駅」に出店し商売を拡大するのは何も「民業圧迫」にはならない。それは、民業の進展であり産業振興ではないのか。これくらいの事が新聞記者に分からないのか。
  「町内の小売店経営者も憤りを隠さない。」という発言が本当にあったかどうか疑わしいが、もし本当に憤っているとしたら、見当違いもはなはだしい。
 「海の駅」に商品はそんなに多くは出せないが、誰でも自由に出店できるのに、自分は出店しないで出店して努力している人の営業に「憤り」を示すことも非常識だが、その邪悪な「憤り」を新聞記事に載せるというのも常軌を逸している。

2、地場産品の直販だけか

また、「海の駅」の取り扱う商品について、運営規約を引用して「地場産品の直販」だけだという解説であるが、その運営規約は、平成19年の仮設プレハブ時期の暫定的なものであり、正規の管理・運営規則は平成21年3月19日に制定された条例である。

    条例はどう書いてあるか

①東洋町の「海の駅」設置条例には、第3条の業務の規定で「地場・近隣地域産品」の販売と「名産品」の販売と明記されている。
 リンゴやダイコンやジャガイモ、海藻類など各地の名産品を集めて売ることは条例の趣旨にかなっている。県境にある東洋町は、高知県も徳島県も近隣地域である。

②そしてまた、「海の駅」の位置づけは条例第1条に「観光物産交流拠点施設」と定義され、その中に「地場・近隣産品等の直販及び特産品の広報・・・・」がうたわれている。
したがって、地場産品だけではなく近隣の産物、さらには各地の名産品の販売を通じて観光と物産交流を「海の駅」で展開することになっている。
物産の交流とは、地元のみならず各地の産物をも集めて販売することを意味している。
主として近隣地域である高知県産や徳島県産の物産を扱う事は何ら問題はないし、その他の名産品を扱う事も問題ない。
さらに、高知新聞はゴミ袋を売ったり筆記用具を売ることも非難しているが、ゴミ袋を取り扱うのは消費者へのサービスであり、町役場の仕事の一端を委託されたものであって、公共施設では自然な事だ。また全部売っても数千円程度のボールペンやノート類を扱ったからといって如上の施設の目的を損なうものではない。社会の公器を誇る新聞社がそのような言いがかりをしてはずかしくないのか。

③ 何が想定外か
県外産青果の販売を「想定外」と「町関係者」が言ったという。
東洋町役場の、担当課の職員が、この様な発言をするとは思えないが、仮にそういったとしても、上記の通り「海の駅」の施設設置・管理条例では、この施設は観光物産の交流を目的に建設されているのであり、東洋町内の産物だけの直販所ではない事は最初から明らかであるし、担当課は、開業の第1日から「海の駅」の毎日の販売や仕入れのデータをすべて把握してきたのであるから、営業しているうちに「想定外」の事が起こって驚いている等と言うことがあるはずはない。もし、そういう風に言って驚いているとしたら、担当職員が故意にでたらめ新聞記者に媚しているか、気がどうかなって聞き違えたのか、何かおかしな状況だったのであろう。

「海の駅」のスタート当時は、地元からの出品物が過小状態でほとんどはよそから間に合わせに購入した雑貨類で棚を飾ったものである。
それがだんだんと町内の日曜市の主力が出店し出すなど、地元住民が生産物や自分が売っている弁当・総菜類を棚に並べ始め、やっと現在の段階にまで到達したものである。
役場も「海の駅」も地元産品の出店を極力優先し奨励してきた。
地元産品で大半の棚を埋めることは理想だが、主力の魚でも100%地場産とはいかない。

鮮魚、ポンカンなど幾種類かのかんきつ類は別として根菜類や雑貨など加工品を地場産業として出店する力は、2年や3年の短期間ではこの東洋町の実状では到底不可能だ。
「海の駅」の出品物の実態を「想定外」というとしたら、それは東洋町の第1次産業の実態を何も知らない者の言であって、それを真に受けるとすれば新聞記者の無能力を証明するというものである。野にも山にも耕作を放棄した草ぼうぼうの残骸が広がっているのであり、わずかに耕されている農地には高齢者の疲れ切った姿があるのみだ。
そのような中で、事態はむしろ逆であって、ここまで地場産物の出品を伸長したかという点で想定外というべきなのである。

取材をチャンとすればこれくらいの事はすぐにわかる。

3、当社に道義にもとる行為があったのか

今回の群馬産キャベツの誤表示販売について、海の駅の販売側の責任について県庁の発言として「道義的部分は残るのでは」と言ったという。
しかし、高知新聞の取材を受けた県庁の職員(地域農業推進課の主幹)はそのようなことは言っていないと明言し、高知新聞の記事中の発言をはっきり否定している。
高知新聞は何故うそを書くのか。新聞の記事は今回のキャベツの誤表示についてリ・ボルト社が社会的に非難される責任があるかのような記事を書こうとしている。
「海の駅」を経営しているリ・ボルト社は今回のキャベツの事件について責任がないと言っているのではない。出店者の仕入れ、出店者の性格などまで十分に把握しきれなかった、問題を防ぐための努力が足らなかったという点で、社長は責任を感じているのである。

それは今回のキャベツ事件の法的責任、道義的責任とは全く違うものだ。
この事件については社長も海の駅の店員も直接的にはまったく関知していない。
一部出店業者の行為について結果として消費者の皆さんに迷惑をかけたのでお詫びをしているのであって、その業者の行為そのものには道義的にも責任を取らなければならないような関与の事実はない。

4、県や町には全てありのまま報告している

高知新聞の記事では「町もリ社にキャベツ産地表示問題の詳しい経緯などの報告を求めている」という。しかし、町からそのような求めは一度もない。その必要性もない。
求められるまでもなく、リ・ボルト社は最初の日(8月20日)から、口頭や文書類ですべて町役場に報告している。
翌日21日には日曜日であったが県庁にも詳しい報告をファックスで送ってある。
店内の告示は、事件を社長が察知して数時間後に貼りだしてある。

5、不透明感とは、何が不透明か不透明だ

高知新聞は、運営実態に対する町民の不透明感は強まるばかり、という。
商品販売について何が「不透明」というのであろうか。商品はすべて店頭や販売だなに公然と並べられている。各出店業者の営業実績についてはプライバシイだから公表するわけにはいかないが、リ・ボルト社の「海の駅」の営業実態はすべて公然としている。毎日の売り上げも町が集計し、それについては非公開ではない。以前には町長のブロッグから月々の営業実績を公表もしてきた。販売商品は「情報公開」しなくても店に入ってくればわかる事だ。

品質表示事件については、処罰性のあるものは「公表」の措置が取られ、社会的制裁が加えられる。それは悪質な詐欺的偽装販売であって、事例は極めて少ない。それ以外の年間何百件もの無数のこの種事件は、処罰性がないとして公表されない。近隣のスーパーでも、生協の共同宅配販売でも時々産地などの誤表示の張り紙や通知を見るが、大々的に新聞報道されることは聞いたことはない。長い商業の慣習の中で急に出てきたJAS法と無数の基準に適応すること、その法の周知徹底は時間がかかるという事だろう。

長い間日曜市などで露店で商いをしてきた農家には、厳格な法令順守への急速な意識転換は困難であろう。監督官庁が処罰せず公表もしないものを新聞社がリンチよろしく特定会社だけをターゲットに大々的に報道することは異常であろう。
その魂胆こそ不透明である。
この前の落花生事件でも当社が正確に産地を確かめずに誤って仕入れ先の県名を産地として表示したのは、われわれの落ち度であるが、問題の商品を当社に販売した徳島の業者も、当該県当局によって店内お詫び文書の告示を余儀なくされており、何らかの処分又は指導の対象となったのであり、その事実については高知新聞も徳島新聞も報道しようとしない。むしろその間違い表示事件の本元店を擁護さえしていた。無数の類似事件が発生しているのに当社だけを取り上げるその報道基準の不透明さをこそ多くの県民がいぶかしく思っているのではないか。

       海の駅の産業振興効果

海の駅の産業効果は、年間13万人以上のレジ通過客の数を記録し、売り上げも20年度途中から4千万円、21年度1億1千万円、22年度1億3千万円と順調に伸びてきていること、また、県境の東洋町内の消費者の大半が、隣県海陽町のスーパーに買い物に行き、そこのいくつかのスーパーが東洋町からの客でにぎわっていたが、「海の駅」が出現してから、それらが売れ行きが画然と落ち込んだと言われる。地元町民が消費先をUターンし出したのだ。それだけではなく、事実、徳島方面の飲食店旅館の主人らが格安新鮮な生鮮食品を求めて「海の駅」に買い出しに来ている姿が見える。つい最近まで東洋町の商店は寂れ切ってしまい、商工会の存続も危ぶまれていたが、二つのスーパーをはじめ町内の商店はここ数年やや活況を回復してきたと言われている。

その原因は、町内にのみ通用する商品券が町役場関係から一億円近く流通するようになった事もあるが、いくつもの町内商店が海の駅に出店して合計一億数千万円以上の売り上げをしている事も一つの要素であろう。

今回の高知新聞の記事は、地元民業対「海の駅」の虚偽の対立構図を作り、県下一円に虚偽事実をばらまいたことで、「海の駅」に対する意図的な業務妨害をなしたものであると断定される。

       高知新聞の取材拒否について

なお、リ・ボルト社社長としての澤山保太郎が、高知新聞室戸支局の取材について拒否していると高知新聞は書いている。それは事実ではない。
これまでの高新の度重なる悪意あるでたらめ報道記事があり、また、新聞社をかさに着た強引な取材態度には社員一同納得していない。

営業を終わって電灯を消し玄関を閉めた深夜のホテルのドアをこじ開けて侵入してきたり、社長は不在だと言って断りをしているのにホテル2階の事務所に強引に入り込んだり、リボルト社の内部の会議に勝手に侵入して、議長席に座りこんで動かなかったり、威圧的行為を繰り返し、また、リボルト社販売の落花生に薬物が入っているかのごとき虚偽の報道をしたり、また、昨年町会議員選挙の折、入ってはならない選管開票場に侵入して自分ら記者が「騒然」行為をしていながら、東洋町住民がそれをやったように偽装記事を大々的に書いたり、・・・数々の無法行為をしてきたこと、その事について抗議したり質問しても高知新聞は一切答えず無視し続けてきた。

これらによって、社長澤山は高知新聞室戸支局には誠意がないのでその取材を拒否したいと考えてはいる。今回の記事も又、でたらめな内容であって、まともな新聞記者として認めることはできない。しかし、取材そのものは事実上拒否していない。必要なコメントや回答はしている。
海の駅など現場のリ・ボルト社の社員にも取材については自由であり誰も拒否していないが、この間も以前の落花生事件でも高知新聞からの海の駅販売員への取材は一切なかったという事である。

新聞社が取材に来たか、と販売員に何度も聞いたが、一度も取材はされていないという答えだった。ラベル貼りなど誤表示事件の直接の担当部署の者に何の取材もしないというのも不可解である。
また、社長は昼間ホテルや海の駅周辺で行き来し、用事がある人は海の駅周辺でほとんど毎日仕事をしている社長と出会う事が可能である。記者がリ・ボルト社の会議に侵入して出て行ってくれ、出ていかないというやりとりをした時以外は、社長は記者から直接声をかけられた覚えはないし、出会ってもいない。話をするかどうかは別として自然体で接触しようとすればいくらでも可能であったであろう。真崎ら高新記者二人が、宿泊客以外の者の立ち入りを厳重に禁止しているホテルの深夜、仮眠中に無断で侵入して来た時は、はっきり対応を断ったことはあるが、それは当然であろう。
今回の事件について真崎記者から取材の要請が一度ファックスであったので、直ちに丁寧に文書で回答しファックスで送信した。

事件の公表は数日後に予定されている県の調査と判断のあとにしてくれと、答えた。
また、事件について社長のコメント文や発行文書は担当部署(海の駅)で自由に手に入るようになっていると回答している。今回の真崎の記事でもファックスの通信文や社長コメント文の文章が引用されている通りだ。実際には必要な取材材料は提供しているし、回答もしている。今回の8月30日の「取材拒否」記事は事実に著しく反する。
ちなみに、

リ・ボルト社と出店者との勉強会を兼ねた最近の会議について高知新聞はこれを秘密集会だという誹謗記事を書いているとのことであるが、新聞社の同席のもとに団体内部の運営等について相談したり会議をすること自体異常であり、民間団体は新聞社の監視のもとで会を開かねばならないのか。高新記者真崎は、公共施設で開く会合だから自分は出席する権利がある、町長の許可も得ている、などと言って一時会の開催を妨害した。異常な感覚の持ち主であろう。町役場の説明では、記者が公共施設に入るのは自由だが、そこで誰かに取材をする場合には相手の同意を得なければならないとはっきり記者に言ったと、言っている。

公共施設の会議場であれどこであれ、任意の住民の会議でも娯楽会でも一人でも部外者を入れることを嫌だというものがあれば、部外者は入室を断られるのは当然であって、関係者だけで会議をしたからと言ってそれを「秘密集会」だなどと非難する方が異常であろう。

これら誹謗中傷記事や記者の行為は度が過ぎており、リ・ボルト社への業務妨害行為と言わざるを得ない。
リ・ボルト社は、創業から数年であり、試行錯誤、時々過ちを犯すことはあるが、常に公明正大であり、50名以上の地元の雇用を確保し、地元産業復興の基盤の一つとなるべく、休むことなく活動している。立ち上がる時町から500万円の出資金を受けた以外は、運営について国からも町からも1銭の補助金も受けていない。
経理は公認会計士が総覧し、役場のリ・ボルト担当職員が毎日の収支の動きを把握し監視している。会社として昨年払った公租公課は1千数百万円に達する。何の不正もない。
特定新聞社から業務妨害、会社つぶしの攻撃を受けるいわれはない。

「海の駅」事業は、県知事のアクションプランの一環に位置付けられ、施設建設に当たっては県から千数百万円の補助金も交付された戦略的な事業である。この事業に何の魂胆で妨害行為を続けるのか高知新聞社は答える必要がある。多くの人が喜んで利用し、出店者や従業員が一生懸命働いている重要な地場産業を、これのつぶしに躍起になっている新聞社の姿は異常と言うほかはない。
高知新聞は最近一連の当社への業務妨害的事実について釈明し、責任を負うべきである。

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2011年7月28日 (木)

避難民受け入れについて協力を

News & Letters/263

福島原発事故による
避難民の受け入れについて協力の呼びかけ

社員
町民の皆さん
町役場の皆さん 殿
平成23年7月28日
                      ㈱東洋リ・ボルト

福島原発の恐るべき事故によって、放射能汚染は全国的規模で広範囲に及んでいます。福島原発からの放射能雲はアメリカやヨーロッパまで広がっています。農産物、海産物、家畜などが大きな被害を受けていますが、特に子供たちへの被害が心配されています。
東北地方はもとより関東方面は深刻な汚染状況となり、続々と避難する人が増えています。

当社としては、今一番忙しい時期ですが、出来るだけ避難民を受け入れようとしています。

すでに、7月24日には第1陣の母子が到着し、当社ホテルに受け入れ中です。
今回は夏休みの林間学校という事で短期間の受け入れですが、これからもっと多くの避難民がやってくるのではないかと思います。

私たちの町の財政はほとんど他の国民の税金などで賄っています。
こんな大きな災害の時には、出来る限り困っている人に援助の手を差し伸べたいと思います。宿泊代は無料ですが、食事その他で費用もかさみます。

現在、私たち東洋町を頼って避難されている方に対し、お金はもとより米や野菜、魚などを少しでもご提供・ご支援をしていただければ大変うれしく思います。

連絡先:東洋リ・ボルト
(0887-29-3344)

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2011年7月21日 (木)

改善報告書

News & Letters/261

 今度は、町執行部は、「行政指導」ではなく「改善報告書」の提出を求めてきた。
  それに対する回答を掲載する。

すでに終わったことを鬼の首でも取ったかのようにして、殻つき落花生の残渣に拘泥し続けている。高知新聞の落花生事件についての大々的なキャンペーンにもかかわらず、海の駅への人波は絶えず、その成績はいや増しに増しており前年度比数千万円の売り上げ増を記録した。

 中国製品を徳島産として売ったというキャンペーンには、中国産物への偏見を前提にしている。徳島産はいいもので、中国産は問題があるということだ。若いころ運動資金集めに中国産物を売った事のある私には元々中国産物に対する偏見など何もない。

 ひところ、数年前に、中国産物について店に並べておくだけでひんしゅくを買ったこともあったが、そんな事を言っていたら日本人の食生活はあがったりになるであろう、ということで気にもしなかった。

中国産物を徳島産と間違って表示したことについて、謝罪しなければならないが、悪いものを売ったという意識は全くない。安く仕入れたから安く売ったのであり、商品そのものについては何も問題はないのである。誤表示は是正し、今後このような過ちがないように注意すればいい事だ。

 中国産を売ったということで犯罪か何かのように騒ぎ立てする方が異常ではないか。今回の事件で中国への偏見を持っていた証拠に、高知新聞は、くだんの落花生に薬の臭いがしたかのような根拠のない記事を書いて偏見をあおったのである。

だが、今、福島原発の放射能汚染の広がりでは、日本産物への拒否反応が深行し、逆の現象が起ころうとしている。日本市場の落花生の8割ぐらいが中国産であるという。放射能まみれの国産と違って、中国産物は中国産としてむしろある程度の安心感を持って販売し購入する状況になってきている。

 放射能汚染は事実であり、国産物は全てその評価をうけることを免れないのである。
  その運命は日本人が原発を許容して自ら選んだ運命である。

23東産第111号 改善報告の求めについて

     報 告 書

東洋町長殿
            平成23年7月21日
              東洋リ・ボルト代表取締役
                  澤山保太郎

貴庁平成23年7月14日付、ならびに平成23年7月6日付通知につき
以下の通り回答いたします。

1、改善内容及び目標について

 これについてはすでに監督官庁である高知県庁に提出しております。貴庁にも報告したはずですが、手違いにより受領されていないようですので、これを提出します。
  提出文書

日付:平成23年4月20日

  提出先:高知県農業振興部地域農業推進課長、
      高知県文化生活部県民生活・男女共同参画課長

  内容:別紙添付書類

2、4月25日以降は、各商品の品質表示の状況については、社長がほとんど毎日店内の商品を抜き出し、確認行為を続けている。週1回程度は、他の役員と一緒に点検に入っている。特に海の駅では、店内の責任者らに時々、質問をし、マニュアルや法令を示し、表示基準の確認を行っている。

 4月以降の点検で発見し、従業員らと現場や事務所で協議学習したのは以下の通り。
①6月に地元魚屋の商品表示で魚の名称の記入漏れがあったので直ちに店員が是正した。魚屋にも店員が指導し、その後、手書きでもれなく記入されている。

②7月に海の駅で布袋で生地の原料(ナイロン)表示が抜かっていて、直ちに是正した。

③7月の最近では、ドレッシングに価格の表示がなかったので直ちに是正した。
価格の表示については品質表示の問題ではなく、また、他の不当表示防止法にも規定がないが、不当(無)表示に当たる恐れがあるので直ちに是正した。

3、今後の課題としては、町の担当課職員と合同で学習会を開く事が必要である。
   8月に予定をしている。その際には漫然とマニュアルや法令を見るのではなく、
   実際場面を想定して、テスト形式で実施する。
   貴庁職員の参加をお願いします。

落花生等中国産品の品質表示事件について

   「業務に際し不正行為」の判断について

貴庁の文書(23年7月6日付)では、標記事件について、リ・ボルト社の不正事件であるという認識をされているようでありますが、この事件については、県当局の調査及び指導がなされ、事案としてはすでに終結しているものであります。もちろん日常不断に適正な品質表示については努力を重ねなければなりませんので、そういう一般的な意味ではこれからも常に当局の監視と指導は続いているものでありますが、1件については落着しておりますので、ご承知くださるようお願い致します。

この事件は、品質表示の過ちであって、故意に何らかの利益を図るために産地を偽装したというものではありません。県当局の調査記録は貴庁産業建設課が確認している所であります。

当社では、以前、中国産物が問題になった時にも、あえて出品し販売を続けた経緯もあり、中国産品については何の偏見もなく取り扱ってきました。問題の殻つきのもの以外にも、同時期には別種類の中国産落花生を含め、練りあずき、はるさめなど、いくつもの中国産品を陳列し販売しており、何ら中国産である事を隠したこともなく、その必要もありません。

この産地誤表示については、当社が産地の確認を怠った結果、起こったものであります。
この点については、当社の責任は免れられません。しかしながら、阿南市の購入先において、その中国産品について的確な産地表示がなされていなかったということが、直接の原因であり、そのことは、その業者が何かにと弁解しているようですが、何よりも今回の事件に関連してその業者が徳島県庁から産地表示が不適切だとして指導を受けていることからも実証できる事であります。

阿南の業者はその商品が中国産だという事を初めから承知していたと考えます。この商品の最後の購入時に、問題の落花生は輸入したままの包装でわれわれの車に搬入した事で明らかなように、先方は中国産である事を知っていたと思います。残念ながらわれわれは、夜間でもあり最後に購入した包装物を開封せず、そのまま1週間ほど倉庫に入れてあり、外部から指摘されるまで気が付かなかったものであります。

阿南の業者は、たとえ輸入品であっても販売取り扱い店である以上は、産地国名等自己独自の品質表示をそれぞれの商品に貼付する義務があったわけです。
先方からの売り渡し伝票にも、大袋にも、小分けされた商品の包装物そのものにも産地の表示がなく、(産地どころか何の貼付もなかったから)正確な産地を知る由もなかったし、地元で製造している風を装っていたので、徳島産だと信じてそのように表示したものであります。

確かな根拠も確認せず産地表示をしたことは当社の誤りでありますが、業務上の「不正行為」というものではありません。

この点についての高知新聞の報道は、阿南市の業者がJAS法違反で「行政指導」を受けている事実を隠ぺいして報道しないとか、落花生が薬臭い等根拠のない風評を発表するなど極めて偏奇に満ちており、当社の名誉を著しく傷つけるものであります。また、JAS法上の「指導」は問題の企業名の「公表」を免ずるという措置であることを考えた場合、この事件を大々的に報道するなどは言語道断であり、東洋町は第3セクターであるリ・ボルト社の名誉のために間違った新聞報道に抗議すべきであります。

品質表示の問題で行政指導を受けるケースは毎年全国でおびただしい件数がありますが、それらの事件や事件にかかわった企業の名まえは一切公表されておらず、したがって新聞にも報道されることはありませんでした。

本件事件で常軌を逸した高知新聞の報道について当社は新聞社に何らかの社会的制裁が加えられるべく訴訟を用意している所でありますので、よろしくご支援をお願いします。

    町役場からの企業への「行政指導」について

第三セクターであっても当社は株式会社であって、業務について「行政指導」を受けるのは、国又はそれに権限委任された都道府県であることは言うまでもありません。
町内の民間企業の業務について不正があるかどうかを判断し、処分をするのは、警察を含む国の諸機関や都道府県であり、町村ではありません。

従って、海の駅の管理に関する基本協定の第27条の第1項の[業務に際し不正行為があった]と判断するのはあくまでも企業を所管する当局の判断であり処分の謂いでありますので、町村のレベルで軽々に権限ゆ越がなきよう、よろしくお願い致します。

もちろん貴庁が当社又は町内一般の企業において業務上不正行為があると判断された場合は、しかるべき監督官庁や司法当局に通報又は告発して、措置を仰ぐ必要があることは言うまでもありません。くれぐれも貴庁独自の判断だけで町内企業に何らかの行政処分が下されことがないようご注意をよろしくお願いします。

今回の落花生等中国産品の表示事件はあくまでも誤表示であり、「不正行為」というものではありません。県の措置もそのような趣旨でJAS法の処分外の「指導」という段階にとどまっております。

しかし、処分が軽かったからといって、油断することなく、今後、この様な過ちを繰り返す事がないよう全力を挙げて努力する所存であります。
ただ、素人の集団が起業してから数年しかたっていない浅い経験ですので、今後もなにかと関係当局に相談を持ち込んだり、指導を仰いだりご迷惑をかけるかもしれませんが、その節には、貴庁にもお骨折りをお願いすることもあろうかとおもいますので、よろしくお願い致します。

    今回の通知文について

7月14日付の通知文の最後尾に「本件につきましては、第16条業務実施状況の確認と改善勧告の第1項~第4項に基づき報告を求めるものです。」とありますが、海の駅の管理に関する基本協定書では、「実施状況の確認」は、「甲の確認を・・」とあるように当社の仕事ではなく、貴庁のなさることであります。業務の実施状況についてはごく最近7月まで、貴庁は職員を町施設の事務所に出向させ当社の業務の全てにわたって巨細なく把握してこられて「確認」そのものは遂行されておりました。これからも、何時にても個人情報の守秘義務についての注意をしていただける職員には、業務の状況を現場でも帳簿上でも引き続きお見せしますし業務実施状況の貴庁の「確認」作業は是非必要であります。その確認行為は協定通り実施されねばなりません。是非そうして頂きたいと思います。

貴庁からは、失対事業を含む巨額の事業が委託されており当社の業務となっていて、役場から大きな資金の出入りがありますから、それらの業務を日常的に管理する職員を引き続き置かれることが望ましいと思いますのでよろしくお願い致します。

また、「改善勧告の第1項~第4項」というのは、海の駅に関する本件協定にはありません。

第16条第3項に「前条及び本条第1項による確認の結果、乙による業務実施が甲の示した条件を満たしていない場合は、甲は乙に対して業務の改善を勧告するものとする。」とありますが、業務改善勧告には、貴庁が業務実施上の何らかの「条件」を示す事がなければなりません。

その「条件」の提示と、それを満たしていないという事実が改善勧告の前提です。
貴庁は当社に対していまだ何らの具体的な「改善勧告」もされていませんし、特別な「条件」の提示もありません。本件協定の「業務実施状況の確認」というのは、あくまでも海の駅の事業目的の遂行状況の確認であり、その中で不正常な事実を発見した場合、監督官庁に報告し、権限ある機関から「改善勧告」を招来する必要があります。

協定の条文は直截な表現を取っていますが、その点の注意が必要であります。
町の施設の管理・運営上での改善勧告ならともかく、地方自治体が民間企業と結んだ任意の協定には、企業の業務内容についての監督についてまでは、法令を超えて権限を行使することはできません。その点について重ねてご留意されますようお願い申し上げます。

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2011年7月 5日 (火)

悪意

  News & Letters/255

高知新聞の悪意ある記事が続いている

  数日前の新聞で東洋町の新執行部に対して新聞記者が「脱澤山」を催促してやまない。それより前の記事でも町長として新人を選択した以上選択しただけの行政をやれという趣旨の扇動的な記事を書いていたが、いまだに態度のはっきりしない新執行部に対してさらに尻を叩くというまるで右翼の政治新聞並みである。

  脱澤山行政の第一は、澤山町長の独断専行を強調する。澤山は予算執行でも課長に一銭の専決処分権も認めなかったという。それを新町長では元の通り30万円までの専決処分を課長に戻したという。

  確かに私は、課長の専決できる支出を全面的に取り上げてすべての支出を町長の決裁にした。課長に許される30万円以下の範囲での専決権とはいっても、それが積み重なれば何百万にも膨らむ。およそ節約精神がほとんどない連中に湯水のように金を自由に使われたら財政はどうなる。?

  この高知新聞の記者は、行政機関の職場でお金がどのように使われているかまったく知らないのであろう。

一銭の支出も町長が決裁するという体制は、ほめられることはあっても非難されることはあり得ない。例えばこんなことがあった。海の駅がプレハブ小屋の時、入口前の側溝の蓋に穴が開いておりお客の足元が危うい。1ヵ月かそこらの期間応急措置が必要であったので、私は板でその穴をふさごうとした。ところが誰が発注したのか業者が鉄板の上等のものをもってきたのであった。業者の値段は5万円であった。

  私の手製のものはタダである。5万円というのは行政の予算では些々たるものだ。
  しかし、臨時職員の給料でいえば半月分であり、年金暮らしのお年寄りの生活費では1ケ月分である。課長連中の金銭の感覚と庶民の感覚とは大きな差異がある。
  お金はもっと有効な事に使わねばならない。この様な事例が万とある。

  行政の長は、極力節約を旨とし些細な支出にまで目を向けて点検しなければならないのである。何故首長に民間人が必要かというのは、その点にある。
  東洋町には金銭出納の係はいるが、一つのものを買うのにもいろいろな所に問い合わせて値段の吟味をし、値下げの交渉を粘り強くやったかどうかまでは、問題にはしない。役場では中古品など目もくれなかった。私はそれを徹底的にやってきた。

  東洋町役場では、文房具など物品の出納は誰もやっていなかった。使いたい放題に使い、なくなったら購入する、誰が何に使ったのか何の記録も残されていなかった。
  親方日の丸だったのである。

  高知新聞は、私がいなくなって職員は大きな安堵の息をしているという。
  何かわたしが独断専行の圧政をしいてきたかのような書き方だが、役場に出入りする人が言うのには、活気がなく弛緩した状況に舞い戻ったという人もいる。
  私は職員に指示するだけではなく、私自らが現場に入り先頭に立って事業を推進してきた。それが、「独断専行」の姿に映ったのであろう。

  私が「独断専行」してきたのはすべて議会の承認を受けた事業であり、何度も何度も庁議で論議してやってきた事ばかりである。

  高知新聞の記者は、澤山は懲戒処分の審査委員会を設置して職員を脅かしてきたようにもいう。しかし、懲戒処分の審査委員会は本来なければならない組織である。
  東洋町には条例や規則類そのものが存在しなかった。

  東洋町役場には懲戒事案はなかったであろうか。ありすぎるほどあったのではないか。無責任でずさんな行政事務に対して常に目を光らせる組織がいることは言うまでもない。どんな組織にも職場の秩序や人事管理上統制機関が存在する。
  その機関がなければ長が独断で処分を遂行しなければならない。

  問題は、審査に係る事件の内容なのである。大小の事件は日常茶飯事に惹起する。
  実際に処分に至るのはまれであるが、審査にかけて議論することは必要な事であるし、関係者に反省を促さなければならない。役場は仲良しクラブではない。

  行政機関の日常がどのようなものであるか、外部のものは知らないであろう。国レベルでも地方自治体でも同じことだ。極めてずさんだということを知るべきである。
  行政機関を舞台に大小の利権がうごめき、弱い立場の声は踏みにじられている。

  オンブズマンの外部からの追及は、ごく限られ、しかも証拠がつかみにくい。
  行政機関自体に自浄能力を持つようにすることが何よりも重要だ。
  高知新聞は、役場内の厳しい自己点検機関の設置の解除を称揚するのである。
   
  また、リ・ボルト社への攻撃にも余念がない。何かリ・ボルト社はその経営が不透明だという。はたしてそうであろうか。リ・ボルト社は第3セクターといっても民間主導である株式会社であるが、町役場から見れば完全に透明になっている。

担当課の職員は、リボルト社のすべての事業の毎日のお金の出入りを把握してきた。リ・ボルト社対策室があって、それがパソコンですべての日日の業績を集中管理してきた。行政機関が民間会社の事業実績をここまで把握している会社は何処にもあるまい。ほとんど町の公金で運営している社会福祉協議会でも役場はその日常の経理は知る由もない。

  もちろん会社も役場も、株式会社の営業内容を一般には公表できない。
  たくさんの企業や個人の取引など営業内容はプライバシイに係るからである。

だが、町の新執行部は、巨額の委託事業を含むリ・ボルト社の事業実績を把握する部署を廃止したので急に会社への透明性を失った。また、私がいくら説得しても新執行部はリ・ボルト社の株主総会にも出席をしてこない。

 委託事業がたくさんあるからその説明だけにでも担当課長が出てくるべきだと執拗に言ったら前の課長補佐がやっとやってきた。委託事業の話がすんだら途中で帰った。
  経理を把握する部署も廃止し、株主総会にも出てこずに、リ・ボルト社は不透明だというのはどういう了見であろうか。

前にも何度か高知新聞は、他に頼む人がなく、株主である私の姉に一時的に社長に就任してもらったが、なにかそれが私がリボルト社を私物化しているかのようにかき立てた。私の姉は会社の為に巨額の金を出資したうえに、忙しい時には何カ月にもわたって無償で会社の為に労役奉仕をしてくれていた。

 1ヵ月かそこら社長に就任してもらったが労役をしてもらったほかは何の報酬も与えなかった。何の見返りもなしに金銭上の責任と会社の労務を負わせたものを、会社私物化といえるであろうか。

  むしろ、労役を含め私物を会社の為に提供してきたのである。
  その会社は、会社に大きな負担ばかりがかかる町の失業対策事業などを請け負っているのである。1億円に上る失業対策事業など委託事業では、人事管理やトラブル処理などの負担があるだけで会社は1銭も実利はないのである。
   
  こうして高知新聞室戸支局の記者は、「脱澤山」という反動的な記事を書くのに躍起となっているが、室戸市で進んでいる利権行政や、東洋町で復活しつつある新たな利権行政には何一つ批判の手をつけず、腐敗と無気力の温床に肥をやり続けるのである。
   
  ところで、新聞社は、新聞記者の内部学習、教育はどうしているのであろうか。
  新聞記者は完成された教養人ではない。行政や法律、人権問題や環境問題、原発など様々な問題に正しい視座を持つように勉学が欠かせない。

  誰か住民の声を反映しているかに装って、自己の陋劣な思いを新聞紙上に書きなぐる連中をのさばらせるわけにはいかない。

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2011年6月21日 (火)

東洋町の実験 続き

News & Letters/253

3、自立

  自立といっても東洋町がすぐに自立できるというものではない。税収はきわめて少なく滞納も多い。

  国の交付金など国庫の支出金がなければやっていけない。ここでいう自立というのは、核の交付金、電源3法の交付金に頼らず、自力で町政を運営できるような方向に進むという意味であるが、私が町長に就任してから果たして財政を傾けずこれまで以上の行政施策ができるかどうかが問われた。

  行財政面では、その方向性は十分にこたえられた。50億円近い借金は30億円台にまで落とした。正職員の賃金カットは廃止し、職員数を増強さえした。退職職員数の倍以上を増強したのである。臨時職員の賃金も1万円アップした。

  産業復興の面では、十分ではないが相当な活性化の徴候を示すことができたと考える。町が管理する広い駐車場のあった白浜ビーチは特定利権業者に占領されていたが、海の駅建設によって年間10数万人の人出でにぎわっている。

海の駅の建設も議会内外で得猛烈な反対にあったが、多くの地元商店や生産者の出品を呼び大活況を呈している。いまでは誰も海の駅にケチをつけることはできない。ホテル購入赤字になるから反対だ、といって反対の請願運動がおこり、ついに議会で購入の議案が否決されたが、民間の資本で購入したホテルは2年連続黒字が続い
ている。

福祉や教育面では、他市町村では見られない高い水準の施策を展開した。高知新聞が「ばらまき」だというほどにやったのであった。たとえば、義務教育をほとんど無償化にしたということは、なにもばらまきではない。憲法の趣旨を文字通り実施しただけである。福祉事業を次々と無償化したのは、福祉が有料だというのは矛盾であって、元々無償でなければならないからである。

  公共土木事業も盛んにやったし、東北大震災が起こる前に、防災避難高台建設を実施したが、このような防災対策も見るべきものがあったであろう。

前にも紹介したように、議会で、ある反対派議員が演説したように、「余りにも素晴らしい予算案であるから、私は賛成できない」というものであり、又別の反対派議員が非難したように「次々と新しい事業をやって行くのでついていけない」などという状況となった。これらの地域活性化の施策を遂行する上では旧来の利権をびしびし切って行かざるを得なかったから、その方面から怨嗟の声が上がったのは当然であろう。

  短時日で急速にこれらの改革行政をやったので、多くの軋轢を生じたことも事実だ。
  しかし、他方あの1970年1月16日のNHK「現代の映像」がしめしたように町民というよりも議員や地域の有力者の民主主義の意識の改革には進まなかった。
  予算編成前や新しい事業の説明会の会場には、一部地域を除いて、ほとんどの人が集まってこなかった。

  核廃棄物反対闘争の折には、放射能の恐怖の前に、地域有力者自身が分裂し、有力者が住民を抑え込むという従来の選挙構図(地縁血縁○縁)が崩れ、住民の自由投票が現出したのであった。

  しかし、急速な改革行政の反動によってむしろ古い地縁血縁の構図は徐々に回復したというべきであろう。地元出身だ、地域のものだということだけで他にほとんど何も具体的な施策を示さずとも選挙に勝てる、そうでないと落選するという昔の雰囲気が重く町を覆った。

  行財政の改革や地域復興の政策の方向性ははっきり定まったが、それは行政側の主導によってのみ推進され、それを支える住民の意識や運動は形成されなかった。
  それは成果を急いだこともあり、時間が少なかったこと、など弁解できるであろうが、
  私の力量不足であったことは否めない。

  しかし、東洋町のこの4年間は、首長がやる気になれば、健全財政、地域復興、福祉充実の施策は完璧に実行できるのであって、核の交付金に頼らなくてもやっていけることを十分に実証した。

  東洋町の核施設の政府の企てがとん挫した事の意義とともに、東洋町の4年間の行政実験は、福島原発や全国に散在する原子力施設の立地市町村が陥った原発依存症にたいする、一つの有効な処方箋として歴史的意義があると考える。

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2011年5月25日 (水)

東洋リ・ボルトの社長

News & Letters/246

  私は5月から再び東洋リ・ボルト社の社長となった。
  最初は私が社長であった。その後、資本構成の変化で私が社長を続けることができなくなり、誰彼に頼んでなってもらった。社長のなり手がなかなかいない。

それというのも、リボルト社は様々な事業を行ってきているが、ホテル以外はそのほとんど町がらみの委託事業であり、町の意向が直接支配的に影響する。誰が社長になっても、社長の独自性は見えず、実質的には町執行部の方針が貫徹する。だから、経営的に独自の意欲で会社を運営するという企業心が発揮できない、町の下請けのようなものだからつまらないわけだ。

町の委託事業では人件費など経費以上のものはあげられないし収益はないのである。収益はなく、ただ、雇用を確保するというだけの事業で人事管理だけが仕事であるから、金銭上の苦労はないが管理上の負担は負うことになる。委託事業の遂行では社長はただのロボットであり、社長の個人的な意向や経営努力、まして個人的な利害的関与の余地は皆無である。町の委託事業は個別にも全体的にも経営の状況は行政が完全にコントロールしている。

 誰が社長になっても私物化出来る筋合いのものは何もない。責任はあるが、メリットは何もない。
  私が社長を退任してから社長に就任するものが無く苦労した。数人短期間づつ転々としてきたが、結局私にお鉢が回ってきた。
  これからは私が社長をやって行くが、委託してくる事業が続く限りは雇用確保事業として淡々と遂行する以外にない。それは会社にとっては無収益・負担事業にすぎない。

  それどころか、税金の負担がのしかかってくる。
  これまで短期間に社長に就任したものは4、5人いた。私の姉以外はすべて報酬があったが、それは、一般従業員以下の金額にすぎなかった。私も社長の報酬として月額15万円という事になった。私は会社全般の業務遂行と監督の仕事の上に、毎日ホテルの夜勤をしている。従って私には休暇の日はない。

  従業員も含めせめて公務員並みの給与や報酬にしたいと考えている。

そのためには、独自の収益事業を拡大していく以外にない。今は、リボルト社では、ホテル経営だけが誰にも指図されない、独自の収益事業だ。一昨年ホテル購入について公的資金は一銭も入っていないから、行政からの関与は全く入る余地はない。出資者の独断場であり、気を抜いた経営をしているとたちまち赤字となり自分に跳ね返ってくる。今、リ・ボルト社の社長として経営能力が問われるのはこのホテル経営だけである。幸いホテルは購入して2年連続黒字である。

  将来誰が経営するようになっても大丈夫だという経営基盤を固めなければならない。
  独自収益事業を少しずつ拡大し、雇用の場を広げながら、東洋町の復興に寄与していかねばならない。

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