司法のありかた

2017年11月15日 (水)

日本国憲法の前文の排除の論理

News & Letters/604
総選挙後憲法改正への自民党を先頭とする反動勢力の動きが活発である。
憲法を変えるとしても憲法前文に書かれた基本原則を変えることは許されない。
憲法前文では、戦争放棄(平和主義)、主権在民、代議制民主主義がうたわれていて、
続いて「われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」と明記されている。
憲法前文の基本原則に反する憲法や法令は、改変したり「加憲」することも禁じられているのである。
ドイツの憲法(ボン基本法)のように現行日本国憲法の基本的人権など基本的な原則は改変できないのである。
憲法前文で禁じられている新たな憲法は初めから「排除」されている。
憲法前文の「排除」の論理はこれまでの憲法論議で決定的に欠如してきたと思われる。
9条を改正することはもとよりできない。自衛隊を憲法に記載することもできない。
自民党憲法草案の基本条項はほとんど排除される。
憲法前文に照らせば緊急事態条項そのものも許されない。仮にそれが法令で定められても憲法で保障された基本的人権、言論や学問の自由等々は一切手を付けることは許されない。
憲法前文の排除の論理は、永久に不変であり、憲法についての論争でこれが明らかにされるべきである。

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2017年10月29日 (日)

最高裁判事への審判

News & Letters/597
今回の総選挙と合わせて最高裁判事への国民審判が行われる。
従来のやり方では、国民の審判が十分になされるためしはない。
新聞やテレビでもほとんど話題にならず、批判的な意見も支持するという意見も何もない。
審判される裁判官も国民に何を訴えて当確を期しているのか、選挙運動も何もない。
大体この最高裁裁判官の選定については国民には何の関与も許されていない。行政権力の恣意に任されている。
憲法では、国政は国民の厳粛な信託による、となっているが、三権の一つ司法の世界では、行政府の独断的な信託による、ということになっている。
国民は日常的には裁判にかかわらないから何もわからないのでほとんどが支持となる。
わずかに選挙公報と一緒に各裁判官の経歴や判決例、それと「裁判官としての心得え」
という抱負が記述されているのを見るだけだ。
今日の最高裁が行政府の鼻息をうかがい人民の権利ではなく、法を曲げ権力の権限の強化に躍起になっていることは周知のとおりである。
裁判の実績は別にして、今回の国民審判の広報からその「裁判官としての心構え」のいくつか見てみよう。
評価の基準は、この裁判官は、法令順守についてどう考えているか、という一点である。
1、ややまともな「心構え」
*小池 裕判事(裁判官及び裁判所行政官僚出身)
「証拠に基づく実証性と法に基づく論理性をもって、検証可能な形で判断を示す裁判の・・・」
 *菅野 博之判事(裁判官出身)
  「裁判では、法令及び論理性とともに誠実さと共感が大切と考えています。」
2、危うい「心構え」
 *山口 厚判事(法学者出身)
 「このようにむつかしい問題・事件の法的な解決に用いるべき基準・考え方には、過去・現在・未来という時間軸の中で変わらずに維持されるべきものと、状況の変化に応じて変えていくべきものがあります・・・」
私のコメント:この裁判官は、何を考えているのだろうか。「法的な解決に用いる規準・考え方」とは何なのか。憲法などの法令が裁判官の判断基準ではないのか。「状況の変化に応じて」法令の解釈を変えていくというのか。
「人を見て法を説け」という言葉があるが、説く方法は変えても法を曲げてはなるまい。裁判官が勝手な「基準」をつくりそれを振りわされたのではたまったものではない。その「状況の変化」とは権力の状況変化だ。 
 *戸倉三郎判事(どっちか言うと裁判所行政官僚)
 「・・事実認定の場面でも法解釈の場面でも、普遍的な価値を守ることと変化に柔軟に対応することとのバランスの取り方に・・・」
私のコメント: 「普遍的な価値」とは何のことやら。何やらわからぬ「普遍的な価値」も「変化に柔軟に対応」して変えていくという。憲法を「普遍的価値」というならわかるが、憲法や法令順守の言葉が出てこない。
最高裁判事なったから、憲法や法令を超越する「普遍的価値」を想念して国民の訴えを専断するつもりであろうか。
 *その他の最高裁判事の「心構え」
、      
私のコメント:
憲法とか法令順守とかの言葉が見られないのはどういうことであろうか。
最高裁の基本は下級審の判断が憲法違反かどうかを裁断することだ。今回審判の対象となる7判事のうち、「憲法」という言葉を語った判事は一人もいない。
法令を尊重する趣旨を述べた者はわずかに2人だ。
法令を無視して自分の価値判断で裁判を行おうと構えている不敵な奴もいるぐらいだ。

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2017年9月27日 (水)

原発裁判

News & Letters/591
9月22日の千葉地裁の原発訴訟の判決は極めて矛盾したものであった。
巨大津波について国も東電もそれを予見できたと認定し、東電に一定の賠償責任を課していながら、国の責任は全面的に免じた。「国が東電への規制権限を行使しなかったことは著しく合理性を欠くとは認められず、違法とはいえない。」という。リスクの全てに資金や人材を費やすことは不可能だから、という理由である。
確かに航空機や自動車、船舶など人間が発明した機械や装置ではあらゆるリスクに対応できるとは限らない。
飛行機は時々エンジントラブルなどのリスクがあり、それで墜落し多数の乗客乗務員が死亡してきた。船も沈没のリスクがあり事故を起こして
多数の犠牲者を出してきた。自動車や列車もしょっちゅう事故に見舞われている。それらが持つ事故のリスクは解消されていない。
しかし、問題はそれら固有のリスクの性質とそれによる事故の性質を問わなければならない。原発は、地震などの自然災害や人為的ミス、装置の劣化などによる事故のリスクがあまりにも多い。
通常の稼働でもトラブルが発生した場合、制御不能に陥る可能性が高い。とりわけ日本では火山活動や地震や津波、風水害など
自然災害が原発を襲った場合、それに耐えるだけの耐震性を担保することはきわめて困難である。
船舶、飛行機や自動車などでは自然災害が起こる場合、必ずしも直撃されず、退避したり防護措置を講ずることもできる。
原発は一定以上の地震動の直撃を受けた場合、退避することはできない。また、1か所の破損が連鎖的に全施設に及び、中核装置の機能不全に達し装置全体の制御不能に陥る危険性もある。原発の場合リスクの不可抗力性が著しく高い。
また、いうまでもなくそのリスクによる結果(事故)の性質が極めて深刻且つ広範である。一基の原発の事故が、広範囲にわたる放射能の汚染をもたらし、
その汚染は半永久的に人間や生態系を攻撃する。チェルノブイリや福島に見る通りこの事故を収拾する方策を人類は知らない。
さらにリスクと事故の中に入れなければならない問題が二つあり、何人も否定できない。
それは、通常運転中に排出される放射能の周辺地域への汚染と、処理できない使用済み燃料の堆積である。
これらは純然たる事故である。これだけでも原発はリスクを構造的に持つ欠陥装置なのである。
福島原発でも原子炉を突き破った核燃料デブリとともに堆積してきた使用済み燃料もそれ自体がどうしようもない事故である。
これら二つは、人類が作った機械装置では石炭や石油類を燃焼させて大気を汚染する物質を排出してきたことと同程度の深刻な排出物であって、
永続的に人類や自然を攻撃してやまない猛毒物である。これらを無害にする方策を人類は知らない。
裁判官も我々と同世代の人類である。原発の持つリスクの深刻さを認識しなければならない。

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2017年8月 4日 (金)

国民機関説

News & Letters/582
篠原英朗著の『ほんとうの憲法』は、戦後反改憲派の東大法学部の国民主権論が、戦前の美濃部達吉流の国体論(天皇機関説)の焼き直しであることを暴露した。
しかし、その基軸となるのは、憲法前文の国政信託論であるが、その点では、天皇機関説を攻撃した戦前の右翼と同様に篠原らの現代右翼論客も同じであって、国政は国民が政治家や官僚に信託したという説の上に立っている。
現代憲法学の国民主権論は結局、天皇機関説を→国民機関説に変更しただけなのである。
実態は、国民が主権を行使できるのは基本的に選挙の時だけであって、選挙権を行使した後は、政治家どもに国政は「信託」したことになり、政治家は信託(はく奪)された以上
何をやってもいい。選挙で美辞麗句を並べうそを言って当選して「統治権」を握れば独善的な権力行使をしてもかまわない。
森友学園、加計学園、PKO日報事件などは氷山の一角にすぎない。三権分立などというのはちゃんちゃらおかしい。刑事裁判、行政事件訴訟、原発や自衛隊、安全保障などの裁判では司法が行政権力と一体となって国民の真実、権利を踏みにじる、破たん調の判決文も恥じることはない。
わたしはこれまで、市民オンブズマンとして数えきれないほどの住民訴訟をやってきた。それに対する裁判所の支離滅裂な判決文をいつかまとめて本にしたいと思っている。
日本の地方裁判所(高等裁判所)がいかにでたらめか人が知ればびっくりするだろう。司法が行政権力の藩壁になって原告住民をあざ笑うのである。
戦前の国体と同じく現代の国民主権国家も国民主権は虚構であって実際は
天皇機関説の天皇と同じく粉飾にすぎない。憲法や法令で国民が直接主権を行使できるのは、憲法改正についての国民投票と地方自治法で若干の直接請求権が認められているに過ぎない。
あとは「信託」された政治家と官僚が国政を牛耳っているのであって、その姿は、何ら戦前と変わらないのである。
我々は、三権全般にわたって本当の意味の国民主権の政治のありようを構想し、それを構築しなければならない。

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2017年6月14日 (水)

玄海原発裁判の敗訴

News & Letters/571
住民訴訟、沖縄の訴訟、そして原発の訴訟では、住民側がほとんど敗訴する。
それは権力の意思を忖度する裁判官が日本の裁判所、特に最高裁で支配的であるからだ。
玄海原発再稼働差止の裁判の今日の判決もその一つである。
私もたくさんの住民訴訟をやり、次々と敗訴を重ねてきた。
だが、私は、ほとんどすべての裁判で、法律的にも論理的も私の勝利であったと総括している。
相手側の弁護士もそれをよく知っていると思う。裁判の後こっそり是正したりしているのである。
佐賀地裁の今回の敗訴判決について、果たして実際は勝利であった、といえるであろうか。
判決文の骨子を見る限り、そうは言えないとおもう。
最重要争点の規準地震動の経験式について電力会社や規制委員会の入倉三宅方式に対して
反原発側は、武村方式を対置した。裁判所は一発でこれを葬った。
批判には、外在的と内在的の二つの方法がある。電力会社の方式にこちら側の方式を対置するのもいいが、敵側の論理の矛盾を突く内在的批判は極めて有効である。
武村方式を対置するだけでなく、地震本部が出した新レシピの方式を出して権力内部でも電力会社の規準地震動では、原発は安全ではないということを証明するべきであろう。政府の出した新レシピで玄海原発直近の竹木場などの活断層を計算すれば、九電の現行の規準地震動の想定が崩れるということを示すべきであった。
権力内部の矛盾を衝き裁判官を動揺させなければ勝てる見込みはない。
裁判には負けても、だが法律的にも論理的にも我々の勝利だ、分かる者にはわかる、ということが言えなくてはならない。
私は、これまでの原発訴訟で、使用済み燃料の問題の争点化が極めて弱いと考えている。
原発の稼働上の問題と同等の危険性を持つものとして使用済み核燃料の処分を問題にすべきであった。
これが争点化されていれば、電力会社も政府もろくに答えられないから裁判官も住民敗訴の判決の書きようがないだろう。
敵の重大な弱点を衝くことを怠っては勝利はおぼつかない。
大事なことは、今はいくら負けても、実際は勝利していた、といえるほどの論理を尽くしたのか、なのである。
私自身の反省として、弁護士先生や一部専門家に訴状や準備書面をすべてゆだね金と動員だけで裁判に参加しているだけでは住民訴訟とは言えないということである。

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2017年3月30日 (木)

伊方原発広島地裁判決と高知新聞記事

News & Letters/563

大阪高裁の逆転判決に続いて、伊方原発の差止仮処分申請却下された。
理由はまだわからなが、国民は暗澹たる気持ちだ。
この不当判決が出る日の高知新聞の朝刊で広島地裁での裁判の争点について解説記事があった。

この記事では「基準地震動」が争点となっている。
しかし、この記事をいくら読んでもその「争点」がはっきりしない。
中央構造線断層帯の地震動の評価が争点であるとするが、「住民側は様々な学説を引用」て、現行の基準地震動は過小評価だという、としか説明されていないから、意味が不明である。

原告住民側の裁判記録を見ればわかるが、原告が主張している根拠は、IAEAの国際基準とそれを具現化した日本政府の推本が出したレシピである。レシピといわれるのは正確には「震源断層を特定した地震の強震動予測手法」のことであり、その最も新しいのが2016年6月10日にでたものである。これによればほとんどすべての日本の原発は稼働できない。

今回の伊方判決ではどうもその判断を避けたようであるが、最大の争点は、日本政府が出した地震評価の方式を規制委員会や電力会社が拒絶している事実について裁判所だけでなく、国民や報道各社がどう考えるのか、ということなのである。

政府推本が出している地震評価方式は、高知新聞が言うような「学説」の一つではなく、日本の大方の地震学者の一種の統一見解なのである。

レシピは、規準地震動に関する地震学者の統一見解であり、この見解は、全国の都道府県の地震についての指針であり、原発についても最低限これを踏まえなければならない規準なのである。従って報道各社がこのレシピについて何も報道しないのはなぜなのかが問題になる。

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大阪高裁の判決

News & Letters/562

高浜原発についての大阪高裁の判決は、玄海原発の福岡高裁判決(2016年6月27日)と基本的に同じ趣旨で、司法は行政に従う、原子力規制委員会という行政機関が決めた安全基準に適合しておればそれでよい、というものである。これはもう裁判所の自殺のような判決である。

この判決の趣旨について何ら法的根拠も示されていない。行政の決めたことについて批判的に分析することもしない。
安倍政権の意思を忖度したものというべきであろう。これは、憲法第76条第3項の規定
「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法および法律にのみ拘束される。」

に違反する。良心や憲法や法令を打ち捨てて行政の決めたでたらめな基準に従って、権力の奴隷となる。

地裁段階では、まだ裁判官に良心が残っているものもいるが、高裁になると感性がほとんど麻痺していくのであろうか。
もともと国家権力を守る擁壁としての裁判所に多くを期待するのが間違いなのである。
裁判の意義は、勝つことによって人民の権利を守ることであるが、裁判を通じて真実を人民に知らせ、闘いを広めることにある。

そして、敗北の主な理由は、裁判官の良否にあるのではなく、人民の間に真実が十分浸透せず、そのため権力側がでたらめなことを言い続けることができている状況にある。

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2017年3月19日 (日)

前橋地裁判決の新聞評価

News & Letters/557

昨日3月18日の高知新聞の社説で前橋地裁判決について論評があった。
「市民感覚から言っても明快な判決ではないか」と支持した。

そして、結論として「国や東電は今一度、被害者救済の在り方を見直すべきだ。」
過去の事件についての評価でしかも裁判所の判決であれば、手放しで賛同するのも容易であろう。

しかし、今回の前橋地裁の判決は、過去の事故による被害の救済だけが問題になったわけではない。
原発の安全性、危険性を認知しながら対策を打たなかった電力会社や国の在り方を焦点にしている。

それは特に、地震の専門家による政府が出した二度にわたる指針(特に2002年7月の「長期評価」を、同じ政府機関である原子力関係機関が無視した
事実について厳しく責任を問うという判決になっている。訴訟記録を読んでいないが新聞報道などで判断するに、原告の被害者側は、そのことを申し立てたと考えられる。
裁判所側としても、自己の判断ではなく政府推本(地震調査研究推進本部)の知見をもとに原発側の非を論難できたのである。

高知新聞などマスコミ側の問題は、

第1に、

二度にわたる政府の来るべき大地震や大津波についての指針が出たにもかかわらず、原発側がこれを無視し続けてきた事実をなぜ克明に報道しなかったのか
被害を受けた後になって、しかも裁判所判断の後にこれらを明らかにして何の意義があるであろうか。

第2に

、問題は現在だ。政府推本は、昨年6月に来るべき地震の算定方式を国民の安全側に改正(改正レシピといわれる)した。
これによればほとんどの原発の現行の規準地震動を大きく超え、原発の稼働ができない。
玄海原発でもある学者の試算ではその原発の規準地
震動520ガルを大きく超え1000ガル近くの値が出るという回答が私になされた。
この改正レシピは衝撃的であり、脱原発全国弁護団会議の海渡、河合弁護士連名の規制委員会あての要請書も出され、各地(玄海原発以外)の住民訴訟で大きく取り上げられている。

マスコミや学者にとって過去の事件についての批判的評価は容易である。かれらはしかし、現在のついての評価は常に大丈夫という。
常に過去は悪く、現状は良好だという。

福島原発については、前橋地裁判決のように過去はだめだった、という。しかし、現状の原発については過去に対する批判のメスは振るわない。
原発に関して特に基準地震動について政府の正規の地震評価の総本山が出している算式を、原子力委員会や電力会社がこれを拒否、無視している。
この重大な事態、反逆行為について、報道は何も取り上げない。
大事故が起こった後で、またぞろ、実はこうであった、こうではなかったと、いくら論評しても後の祭りだ。

過去の事案について振るったメスを、現在の事案にこそ腕をめくって振るうべきだ。
規制庁や電力会社が政府推本の出している方針に逆らった事実は過去だけでなく現在も進行中なのである。
しかもこれは国民全体の生命に直結する事案なのである。

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2016年11月21日 (月)

原発の規準地震動

News & Letters/536

九州の玄海原発に対して二つの訴訟団がある。私が所属しているプルサーマル裁判の会と「原発なくそう九州玄海原発訴訟」の会である。両方に特徴のある有意義な訴訟だ。
だが、共通したものがある。両方の訴状や準備書面を見ても政府「地震調査研究推進本部」の「修正レシピ」又は最近の「新レシピ」が出てこない点である。

他の原発の裁判では住民側が政府作成のそのレシピを強く押し出して、それで計算せよ、そうするとほとんどの原発はそれぞれの電力会社が作成し規制委員会が認めた基準地震動を超過し、再稼働ができなくなる。と主張している

。両方の規準地震動に対する批判、一方では入倉方式はだめだ武村方式を使えという主張、他方では基準地震動が過去の地震の平均像にすぎず、平均を超える地震動が無視されているから、基準地震動そのものが無効だ、という主張はその通り正しいと思う

しかし、その主張に加えて、政府作成のレシピの試算を示すことを入れてもその主張を何も損なうことはないだろう。むしろ、それぞれの主張を補強する証拠となるし、裁判官や一般国民には分かりやすい。規準地震動というのは原発が受けるであろうと想定される最大の地震動のことである。

各原発の定めている基準地震動は政府の作成した計算方式で計算した地震動の数値を大きく下回り、原発施設の耐震性がない、という話は難しい地震学の話が分からない者でもだれにでもわかるし、素人の裁判官に受けやすいだろう。まさか政府の定めている計算方式を裁判官が電力会社と一緒になってこれを否定するわけにはいかないだろう。

裁判に勝利する、原発を止める、ということより以外の目的があるのではないか、という深い疑念を持たざるを得ない

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2016年10月 4日 (火)

東洋町長による不正融資事件

平成23年に起こった東洋町長による不正融資事件は、今二つの裁判に発展している。
一つは、原町長松延宏幸にその不正融資の責任を直接問う裁判であり、これは高知地裁(原告住民敗訴)→高松高裁(原告住民勝訴)→最高裁(原告住民敗訴)→高松高裁(原告住民敗訴)→原告住民最高裁へ上告という自体になっている。これについて上告理由書を掲載します。

上告理由の最も重要な点は、裁判所はいずれも本件貸付金の制度は一般に交付されていず無効だと判断している。

すなわち町長が一般の住民に知らせず特定の者にのみ知らせてこの制度を実行したという事実は裁判所も認容した。
そうすると、このような行政は憲法14条の平等原則に違反することになる。

もう一つの裁判は、上記の裁判で松延宏幸町長が不正融資の責任を逃れたとしても1000万円貸し付けの公金が現時点で一銭も返済されていない以上は、松延宏幸にその貸付金の回収義務は発生している。納期を過ぎた貸付金については地方自治法や町の財務規則(第30条)に基づき法的措置(差し押さえなど滞納処分)をしなければならない。
松延宏幸はこれを放置している。

現在これについては東洋町の監査請求を経て高知地裁に債権回収の怠る事実があるとして提訴している。
これについても訴状を掲載します。

平成28年(行サ)第6号
損害賠償請求行政上告提起事件
上告人 澤山保太郎
被上告人 東洋町長松延宏幸
          上告理由書
                        平成28年9月7日
最高裁判所御中
                        上告人 澤山保太郎
【一】、上訴権について

本件において平成26年12月18日の第2審高松高等裁判所の判決の後、被上告人は平成27年2月5日最高裁に上告及び上告受理申立をした。
しかしこの上告又は上告受理申立は平成14年に改正された地方自治法(242条の3「訴訟の提起」が追加された)に照らせば、最高裁がこれを受理したのは間違いであり、民事訴訟法第316条第1項第1号に該当し無効であると考える。

この主張は、上記上告及び上告受理申立に対する本件上告人(当時被上告人)の「答弁書」また、差戻し審の高松高裁での審理において主張したが、最高裁も高裁もこれについて判断をしなかった。

本件は地方自治法242条2の1項4号規定(これを単に4号規定と呼ぶ)に基づく住民訴訟であり、被告 東洋町長 松延宏幸 であって、
町長という執行機関を当事者とする訴訟という事で、町長側は応訴したことになっている。
したがって本件は応訴であるから、地方自治法第96条1項12号(訴訟の提起の議会議決 これを単に「12号規定」と呼ぶ)に該当しない、東洋町議会の議決はいらないということになる。

①応訴したということもあり、また、②「12号規定」が適用されるのは、首長ら執行機関ではなく「普通地方公共団体が当事者となる・・・訴訟の提起・・・」となっているからである。
しかし、上告人は、これまでの「4号規定」訴訟について、首長側が上訴する場合「12号規定」の適用の要否について新たなる判断が必要であると考える

理由:
1、改正される前の「4号規定」では、住民訴訟は直接首長や職員を相手に損害賠償請求の訴訟を起こすことになっていた。しかし、平成14年以降現行の「4号規定」では、「執行機関」の長や職員を当事者とする住民訴訟は、新設された242条3の2項以下の規定に見るとおり、究極的には普通地方公共団体が、首長や職員に対しての訴訟に転化することになった。すなわち住民の起こす訴訟の究極目的は当該普通地方公共団体をして、問題を起こした長や職員に対して損害賠償の訴訟を起こさせることを求めるものと変更された。住民訴訟は必ず当該普通公共団体による訴訟にまで発展するわけではないが、最終的には地方公共団体が訴訟で決着させることになった。

税金などの支払い督促は普通地方公共団体の長の事務であるが、これ自体は訴えの提起ではない。しかし、異議が出されると訴訟に移行するので議会の議決が必要とされている。(昭和59年5月31日最高裁第一小法廷判決)
地方自治法242条3の第3項で、提訴する場合には「12号規定」の議決は不要でほとんど自動的に地方公共団体が当事者とする訴訟に移行することになっている。
したがって、現行地方自治法では、「4号規定」による訴訟は、当該普通地方公共団体を当事者とすると考えられる。

2「12号規定」では、地方公共団体が提訴する場合に議会の議決が必要で応訴の場合は議会議決は不要とされている。
ところで、住民訴訟で首長や職員が訴えられて首長らが敗訴した後上訴する場合は、これは応訴でなく提訴であると考えられている。
通説(「逐条地方自治法」長野士郎著平成8年4月20日発行 学陽書房 289頁)では、「訴訟を提起された場合、その判決に不服ありとして地方公共団体が上訴する場合には議会の議決を得なければならない。」とされている。
議決を必要とするという「12号規定」は本件のような執行機関を当事者とするが、やがて当該普通公共団体を当事者として登場させる場合には、敗訴後の上訴についてはこれを適用させるべきである。
  「4号規定」の訴訟が当該普通公共団体を前面に引き出すことを目的とし、究極的には当事者として登場することになることは地方自治法第242条3の2項、3項、4項、5項の各規定から明らかであ。
従って本件は、上告提起の重要な手続きを履践していず、民事訴訟法第316号第1項1号に該当して上告を受理することは出来ないはずである。
  ちなみに、被上告人が本年2月24日に東洋町議会議長に対し、当該議決についての公文書開示請求をしたが、町議会議長は被上告人に、その公文書は存在していない、本件上告の提起及び上告受理申立てについて議会に議案を上程されていない、と回答している。

 【二】、原判決の問題点と批判

一、事件の経過

 本件は平成23年夏の台風により高知県東洋町の沿岸漁民がその漁具などを被災し、これにつて地元漁業組合(野根漁協と呼ぶ)が町役場に支援を求め、被上告人東洋町長が被災漁民のうち特定の一家に野根漁協を経由する形で1000万円を又貸し融資をした事件であるが、住民がこの融資を不正であるとして訴訟を起こしたものである。
 訴訟は町側の融資手続き上の瑕疵(特に貸付規則)と漁業組合側の借受手続上の瑕疵(特に理事会の成立)をめぐって争われた。

①第1審高知地裁判決(平成25年9月20日 棄却)では、貸付規則については公布されており瑕疵はないが、漁業組合の借受を決議した理事会の成立については、「理事会決議には手続上の瑕疵がある可能性がある。・・・上記瑕疵が組合員の総意でもって追認されたとは言い難い。・…この点において違法な公金の支出という余地がある。」と判断したが、町長側に「その違法性を認識していたと認めるに足りる証拠はない。」として住民側を敗訴とした。

②第2審高松高等裁判所判決(平成26年12月18日 1部認容)では、貸付規則は公布された事実がないとしてこれを無効とし、漁協理事会についても、決議に参加した理事6人の中に特別利害関係者が2名入っており、理事会は成立していないとしてこれを無効と判断し、町長松延宏幸に、貸し付けて返済される見込みがない1000万円全額について弁済責任を認定した。

③最高裁第二小法廷の判決(平成28年1月22日)では、町長側の上告を認め、漁協理事会は、特別利害関係者を除いて残り4人の理事の全員が賛同しており理事会は成立したとえ本件貸付規則が無効なものであっても町長の裁量で遂行したものと考えられるから本件貸付は合理的なものである、と判断し、高松高裁に差し戻した。

④差戻し高松高裁判決(平成28年7月15日判決 控訴棄却)は、上記最高裁の判決と全く同趣旨である。理事会も成立しており、貸付規則は無効であるが、貸付は町長の裁量行為で何の問題もない、というものであった。

二、差し戻し高裁判決の問題点

1、判断と事実認定の矛盾

原判決21頁上段で「本件規則は、地方自治法第16条5項において準用する4項の定める公布手続きを欠いたものであり、効力を生じていないというべきである。従って本件貸付が本件規則に基づいて行われたものということはできない。」という。
 しかし、公布手続きに瑕疵があり効力を生じていないという事実はそのとおりであるが、「本件貸付が本件規則に基づいておこなわれたということはできない」というのは事実に反するし、原判決自身の記述(原判決6頁「本件貸付に至る経緯等」)に反する。

①「東洋町議会は、・・本件規則に基づく貸付資金としての1000万円・・」6頁下段
②「野根漁協は、・・・本件規則に基づき ・・・本件申請をした。」6頁最下段
③「松延は・・・本件申請に基づき・・・野根漁協に対し、1000万円を貸し付けることを決定する旨・・・・」7頁上段
④「野根漁協は、・・・・本件規則2条(1)に基づき本件申請をするとの本件理事会決議をした。」18頁上段
⑤「東洋町議会は・・・本件規則に基づく貸付資金としての1000万円の歳出・・・」 
          18頁下段
⑥「野根漁協は・・・東洋町に対し本件申請をした。野根漁協はその際、申請書・・とともに添付書類として・・・理事会議事録、・・・確約書、・・事業計画書、・・・償還計画書・・・を提出した。」19頁下段
⑦「初回の返済まで1年以上据え置き以降5年間の分割払い」23頁下段
⑧「・・台風6号の被害復旧に限ってその資金を野根漁協に無利子で貸し付け、理事の連名による確約書の提出以外には担保を求めない・・・・」27頁中段・・・
このように、原判決の大半の頁で本件規則に基づいて貸付が行われたことを詳述している。前掲原判決の文章「本件貸付が本件規則に基づいて行われたということはできない」は、本件裁判の最も重大な事実についての認定と、判決に直結する判断が根本的に矛盾し、その矛盾について合理的な説明がなされていない。

2、無効な規則に基づき実行

本件貸付は、原判決の認定する通り、本件貸付規則に基づいて実行された。
 このことについては、第1審~最高裁に至る間、上告人も被上告人も何ら争うものではない。そして、国民の福祉に関することで民衆に公布されていない法令(条例・規則含む)は無効であり、本件貸付規則も公布されていないので無効であった。
 従って合理的に本件行政行為を理解する方式は、本件貸付は無効な規則に基づき実行された、という風に把握されねばならない

3、憲法第14条法の下の平等の否定

国民の権利や福祉に関する事業で一部の者以外は国民全般に知らされていないことを理由として無効な法令(法令の目的や様々な手続の規定を含む)だと断定されて、それが実行された事件について、裁判所はどのような判断をするべきであろうか。
 例えば国民に公布されずに何らかの新しい刑法が施行される場合、それが国民のためにいいものであれば、法務大臣の裁量権で実行され得るということになるのであろうか。
 刑罰がある法令を知らされていない国民がその法令に違反したということで罰せられるということが「合理的」だといえるであろうか。

 あるいは、国民全般には知らせず一部の者にだけ知らせて国民への新たな給付事業が実行された場合、それはいい事業であるから厚生大臣又は地方首長の裁量権でやっても構わない、ということになるのだろうか。その給付事業を定めた法令や条例規則を知らされていない国民の受ける経済的不利益、不平等な取り扱い、知らせてもらった一部の国民の不当な特権は、日本国憲法のどの条項に適い、「合理的」な行政だといえるのであろうか。
 本件の場合、貸付規則は無効であるというが、その無効の内容は、貸付規則を住民一般に知らせなかった、という無効であり、ごく一部の者にだけ知らせその者らのみに申請手続きの書類を渡して貸付事業を実施した、というものであるが、これが「合理的」であるというには、日本国憲法から法の下の平等などの基本的人権に関する憲法の規定を削除する必要があるのではないか。

 憲法第14条第1項は、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と規定している。ここに列挙された人種、信条、などのほかにも例えば衆議院選挙での議員定数の不均衡(1票の価値の不平等)などが法の下の平等原則違反とされている。
 国民の福利に関する法令が、国民全般に知らされず、一部の者にだけ知らされて施行された場合、知らされなかった国民は経済的に不平等な扱いを受けたことになり、法の下の平等が拒絶されたということになる。

本件の場合も本件規則の存在が住民全般(少なくとも被害漁家全員)に知らされず、一特定漁家にのみ知らされて実行された場合、知らされなかった者については行政施策が施される機会が奪われたということになり、不当な差別を受けた、法の下の平等が侵害されたということになるであろう。
 本件貸付規則は無効であるが、事実として本件貸付はその無効な規則に基づいて手続等がなされた。無効な法令に基づく行為、法の下の平等を侵害する行為を、首長の裁量行為だと言い換えても、日本国が憲法に基づき統治されている以上、憲法違反の事実を「合理的」だなどということはできない。

三、本件理事会の不成立

 原判決は24頁~25頁において、平成23年11月3日開催の理事会について、本件についての最高裁第2小法廷判決と同じ趣旨でその有効な成立を認めた。
 しかし、第1審から最高裁、原判決に至るどの時点でも、野根漁協の理事が誰であったかについて一度も確定していない。

 原判決は、上告人が提出した書証(項39号証、33号証)について「控訴人の指摘する上記報告書中の記載は、これを裏付ける証拠がないし・・・本件理事会決議当時の理事がこの記載通りであったと認めることはできない。」といって、甲11号証、甲21号証の別紙4No1 などに署名押印している6名の理事(桜井菊蔵、井崎勝行、松吉孝雄、松吉保、桜井勇、松吉保彦)を「本件理事会の決議をしたものと認める」というのである。

上告人が出した平成23年当時の野根漁協の理事会の構成メンバーの書証は、野根漁協が作成し県庁に届けたものであって、これ以上に理事会メンバーを「裏付ける証拠」などはどこにもない。その理事や役員は平成21年6月の野根漁協の総会で選任(任期3年)されたものであって、平成22年、平成23年度に有効なものであった。任期期間中数名が辞意を表明し辞表も出していたが、新たな後任の選任行為はなされなかったから、辞表を出した理事も野根漁協定款の規定で引き続き理事の任務を果たす義務があったものである。
 原判決は、「議事録「」や「確約書」に署名押印している理事が、真実の理事であるということをいかなる証拠に基づいて判断したのであろうか。

 特別利害関係人についても松吉保彦と松吉保の二人だけしか認定していないが、松吉孝雄も融資を受けた小式網の松吉保の実弟であり明らかに特別利害関係者である。
 原判決も最高裁判決も、理事の構成メンバーについて証拠に基づいて判断をしていない。
誰が特別利害関係人なのかについても無知のまま判例を適用し、数の計算をしている。
 正規の理事会名簿について一つも審理せず、上告人の出した確定的な証拠を否定し、何の証拠もないのに一方の拵えた理事名簿を採用した原判決は、少なくとも審理不尽であり、虚偽の事実に基づく判断として非難される。

 挙げられている「議事録」や「確約書」で署名押印している理事そのものについて現在の野根漁協や上告人が、それを認めないと主張している。
野根漁協の当時の正規の理事は甲第39号証や33号証であって、その正規の理事で判断すると、特別利害人2名(松吉保彦、松吉孝雄)をのぞいて本件理事会の決議に出席できるものは6名(桜井菊蔵、井崎勝行、桜井勇、桜井淳一、桜井春雄、松田博光)であり、松吉保は正規の総会で選任された理事ではない。そのうち出席したのは桜井菊蔵、井崎勝行、桜井勇の3名にすぎず、これでは特別利害関係者を除く理事6名の過半数に達していないのである。

四、首長の裁量と法治主義

1、原判決は、本件貸付規則は無効であるが、首長の裁量権限で貸付を行ったものであるので本件貸付は適法である、とした。
しかし、いくら裁量行為であるとしても貸付けに係る公金の支出については地方自治法、各地方自治体の財務規則など厳しい規定があり、それに基づかずに公金の支出をすることは許されていない。貸付は裁量行為ではない。
 本件について最高裁が高裁に差し戻しをしたのは、最高裁が判断した事項以外のその他に違法行為がなかったかどうか審理せよということであった。
 例えば、東洋町の財務規則第39条では、支出命令をする場合には、「支出の内容を示し、債務の履行の確認を証する書類を添付しなければならない。」として貸付金の場合の添付書類としては、「貸付金の支出については、名称、金額、目的、根拠規定等の事項」を示す証拠が必要だとされている。この財務規則は全国共通のものであって貸付金の支出の際には、貸付金の根拠規定の書類すなわち貸付規則の第何条に該当するものかを示さねばならない。首長の自由裁量というわけにはいかないのである。
 
2、原判決が、「普通地方公共団体は、制定された条例、規則に基づく場合のほか、裁量により他者との間で消費貸借契約を締結することができる。」という。
 しかし、消費貸借契約であれ請負契約であれ、およそ公金の支出の原因となる行為については全て法令や条例規則に基づかねばならない。
 第一に公益目的があり、平等原則が守られ、既定の適法な手続きに従わねばならない。
 原判決が言うように制定された条例や規則があるのにこれに基づかずに、長の裁量で施策がなされてもよいということになれば、法治国家の実質がなくなってしまう。
 確かにに災害被災者を救済するのに、補助金制度を使うか、貸付金制度を使うか、あるいは別個の条例規則を作って対応するか、その内容も有利子にするか無利子にするか、
 償還期間はどの程度にするかなどは首長の裁量に任されていると言えるだろう。
 あるいは又、法令の定めや条例規則の定めがない分野の事業では、どうしても首長の裁量で事業が選択され、遂行されるという場合もあるかもしれない。
 しかし一旦、これと決めたら、その制度に関する法令、規則に従わねばならないし、なければ制定しなくてはならない。

3、憲法第31条は、「何人も、法律に定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない。」と定めている。これは刑法に関することであるが、その枠を超えて法律に基づく行政行為(行政手続)一般をも規定するものと解釈されている。
 法律に基づく行政 は今日行政法学五の基本テーマであり、特に公金の支出など財務会計行為については、厳格に法律に基づいて執行されねばならない。上掲の原判決の判示は、制定された法令や条例があってもこれを無視して首長の裁量で行政を行ってもよいという途方もない無法行為の容認であり断じて許されない違憲判断である。

以上の通り原判決は憲法違反や、理由齟齬、理由不備など重大な欠陥があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと思料する。

東洋町職員措置請求書
                    平成28年7月  日
東洋町監査委員殿
                    請求者
                    住所
                    氏名           職業
                        
(措置請求の趣旨)

東洋町は平成23年11月に野根漁協を介して特定漁家に対し1千万円の貸し付けを行ったが、現在において1銭の返済も受けていない。1年間の据え置き期間を置きその後毎年200万円の返済を受けることになっているが、町長はこれまでその徴収を怠り、今後もそのまま放置する可能性がある。町長松延宏幸は、速やかに本件貸付金の回収をする義務があり、そうしないなら、松延宏幸自身がこれの全額賠償責任がある。

(請求の理由)

東洋町は、平成23年11月野根漁業協同組合に対し、特定漁家に対して又貸し資金として1千万円(無利子)を貸し付けた。返済は貸し付けた年度を除外して翌年から年に200万円となっていた。新聞報道では、現在まで東洋町は貸付先関係者から1銭も返済金を徴収していない。

平成25年度から計算してもすでに4年目(24年度から計算して5年目)であり、このまま未回収では1千万円がまるごと町の損害金となる。この貸付金については現在の漁協は理事会、組合員総会で正規のものではないとして否認している。
しかし、貸付当時の漁協理事を名乗る者に責任があることは明らかであり、また、その理事の手による返済について滞納した場合法的措置を取られても構わないという「確約書」も東洋町は徴取している。

町長松延宏幸は貸付金のうち少なくとも3年度分の徴収を怠っていることは明らかであり、残る2年度分も徴収しない可能性がある。
東洋町は、すみやかに、又貸しを受けた漁家(その連帯保証人)又は当時の野根漁協理事を名乗る者らから本件1千万円の返済金を徴収するか、それともこの貸付を実行した町職員に弁済させるなど適切な措置を取る義務がある。

よって地方自治法第242条の規定に基づき、住民監査請求を行う。

 (添付書類)1、借用書
  同    2、確約書(6名分)
  同    3、確約書(2名分)
  同    4、高知新聞記事(平成28年7月16日号)

訴   状
          高知県安芸郡東洋町大字河内405番地1         
          原告 澤山 保太郎
          高知県安芸郡東洋町大字生見758番地3      
                被告 東洋町長 松延 宏幸

  損害賠償請求事件 
 訴訟物の価額 160万円
貼用印紙額  1万3000円

   【請求の趣旨】

1、被告は、東洋町長松延宏幸に対し、東洋町財務規則第30条に基づき前任の野根漁業協同組合理事らに対して貸付金1000万円の弁済を確保する法的措置(滞納処分)をとらなかったことによる損害金(少なくとも600万円)を松延宏幸が町に対して弁済することを求めよ。

2、訴訟費用は被告が負担する。
との判決を求める。

【第1、当事者】

1、 原告は、東洋町の住民であって、本件について平成28年7月19日に東洋町監査委員会に住民監査請求をし、平成28年9月15日付の請求棄却の通知を受けたものである。

2.被告東洋町長松延は、平成23年4月から現在まで東洋町長であり、本件貸付を実行し、その貸付金を回収する義務あるものである。

【第2、請求原因】

一、監査委員の請求棄却理由

前記東洋町監査委員の棄却理由によると、松延宏幸東洋町長は、
①平成25年度分、②平成26年度分、③平成27年度分について納入通知書や督促状
を野根漁業組合(以下野根漁協と呼ぶ)に書留郵便などで送付しており地方自治法240条第2項、地方自治法施行令第171条の義務を履行し、かつ東洋町財務規則第29条に基づき期限を付けて督促状を出しているから、松延宏幸に本件貸付について違法行為はない、というものである。

二、しかし、仮に、上記①、②、③、の督促等の行為が事実有効に行われたとしても、地方自治体は、滞納金についてただ督促状を発行しておればよいというものではない。
前記東洋町財務規則の第29条に続く、第30条第1項には
「歳入管理者は、前条の場合において、当該督促を受けた者が指定された期限までにその金額を納付しないときは、法第231条の第3項の規定により地方税の滞納処分の例により処分することができるものについては、速やかにその処分に着手しなければなら ない。」との規定があり、第2項には

「2 前項の場合において財産の差し押さえについては、町長が、その命じた職員をして行わせるものとする。」との規定がある。上記①,②,③についてはすでに指定した納期を過ぎているか、間もなく過ぎるものである。
東洋町財務規則第30条に基づき松延宏幸は、「地方税の滞納処分の例により」本件貸付金の滞納について処分をする義務がある。

少なくとも、平成25年度分、26年度分、27年度分、各200万円の債権について法的な滞納処分を取らないのは、違法であり、松延宏幸に弁済の義務がある。
また、28年度分、29年度分の各200万円についても督促する相手が間違っているなどの理由で回収する見込みが全くなく、回収しようとする意思さえ不明確である。
三、本件貸付金は、東洋町が、平成23年6月の台風で東洋町沿岸の多数の漁業者が甚大な被害を被り、その救済策として、被害漁具などの修繕などのために1000万円を限度とする貸付金制度を設けたものである。しかし、松延宏幸はこれを一般に公布せず野根漁協を迂回して特定一漁家にだけこの資金を全額融資することにした。

 迂回融資された漁家は、この資金を申請した通りの使途に使用した形跡は全くなく、融資金を得て間もなく漁業から手を引き、返済の意思は毛頭見せていない。
 しかし、野根漁協はこの借受けについては正規の理事会、正規の総会の決議を経過していず、返済の義務を否定していて督促状等も全て東洋町役場に返えしているとのことで、本件貸付金の弁済は全く見通しが立っていない。
四、被告は、松延宏幸が、野根漁協に対して本件貸付金について納付書や督促状等を送付したというが、野根漁協は別訴事件において本件貸付金を否認している。
実際本件貸付金について野根漁協の理事会、野根漁協の組合員総会においてこれを借り受けるという正規の決議は存在していない。後の野根漁協組合員総会においてこれを明確に否定している。

 但し、平成23年11月本件貸付金1000万円の借受けについて当時野根漁協理事会を名乗る「理事」達が、この借受け金について返済の責任を取るとの「確約書」(甲第3号証)が存在し、それによると、差し押さえなど法的措置を取られても構わないという趣旨の誓約が明記されている。松延宏幸もその「確約書」を信じて本件貸付金を融資したと推定される。

従って、松延宏幸が本件貸付金返済の督促をする相手は、1000万円の又貸しを受けた本人(松吉保、松吉保彦親子)を含む「確約書」に署名している当時の「理事」を名乗る者に対してするべきであり、そのことが分かっていながら無関係な野根漁協に対して、督促を繰り返すのは、真面目に公金の回収をする意思がないことの証左である。
従って、無関係な団体に納付書や督促状などを送ったとしてもそれらは何の意義もなく、これまで全く借金の督促をしなかったと同然であって、これからも同じである。

 【立証方法】

一、甲第1号証  監査請求書 
二、甲第2号証  監査請求棄却通知書 
三、甲第3号証  「確約書」   
  四、甲第4号証  支出命令書
  五、甲第5号証  貸付金規則
  六、甲第6号証  借用書
  七、甲第7号証  償還計画書
八、甲第8号証  東洋町財務規則(抜粋)
     【添付書類】
一、訴状副本 1通
二、甲号各証 各1通
平成28年9月  日
高知県安芸郡東洋町大字河内405番地1
                   澤山 保太郎
高知地方裁判所 御中

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