東洋町議会報告

2017年6月25日 (日)

大川村議会

News & Letters/574

超過疎の高知県大川村の議会が村民総会を検討しているという。
ふたつほど意見がある。

一つは、村民総会は議会が成立しづらいから仕方なしに検討する、という考えは
正しいとは思わない。議員のなり手がなくて困ったなどといって嘆く必要はない。
村民総会の開催は民主主義の原点であって、否定的に考えるべきではない。
代議制・議会制度は市町村民の総会、直接民主主義ができ難いから仕方なくとっているに過ぎない。

ヨーロッパの古代の民主主義は奴隷制の問題はあるが、公民の直接民主主義だ。
数万人規模の都市国家ですべての公民が参加して社会を自らあ統制した。
大川村で600人ぐらいの住民ならむしろ議会制度を止めて喜んで直接民主主義を実行すべきだろう。

もう一つ私が言いたいのは、最近大川村だけでなく高知県の各地で議員の立候補者が少ない、無投票選挙が多くなったという嘆きだ。しかし私の経験では、東洋町では澤山町政の終わりごろ(平成23年1月)の町議会選挙では10人程度の定数にその倍の20名ぐらい立候補しひしめき合い激戦となった。

何故か。私の身びいきの考えでは、それは私が絶えず町内に行政がやっている事業についてどんどん報道し町内世論を?き立てる活動をしてきたからだと思っている。

事業について住民説明会を繰り返し、町長の機関誌を発行し、毎日の本ブログに町政について考えを披瀝し、・・・議会では、議員から、どんどん、どんどん新しい事業をやるので議会がついていけない、とか、あまりにも素晴らしい予算案だから、だから賛成できない、とかの発言があり、毎議会、丁々発止の激論を町長と議員が交わしてきた、その結果町民の行政への関心が大いに高まり定数の2倍の立候補者が出現してきたのではなかったか。

だが今、東洋町の最近の選挙では無投票当選であった。死んだような静かな議会では立候補する者も少ないであろう。
給金や人口の過多の問題ではない。

これまでにない新しい事業、町民への情報公開、沸き立つような議会、それを実現すれば議員のなり手に困ることはないだろう。 

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2012年3月15日 (木)

出資金返還

News & Letters/294

高知新聞の報道(3月10日朝刊)によると、東洋町議会は、9日、「出資金返還要請を決議」したとのことである。町が4年前に立ち上げたリ・ボルト社に出資した500万円は用が済んだので返せということだ。東洋町はリ・ボルト社200株のうち、1株10万円の株を50株保有している。

この発議した議員は、例の架空の住所をでっちあげ町外から立候補して当選した西岡議員であった。

一体この様な非常識な決議がどうして公的機関でまかり通るのであろうか。
地方新聞とはいえ高知新聞も、この様な決議がおかしいという事がわからないのであろうか。知的レベルが疑われる。

法律では出資者への出資金の返還は出来ないことになっている。これは商法(会社法)では常識だ。そんなことが許されるのなら会社の存立する信用が崩壊し株式制度も崩壊するであろう。それであれば、都合が悪くなれば株主は、いつでも元の出資金をひきあげることができるということになる。株主に許されるのはその持ち株を他人か会社に譲渡する以外にない。

株式というのは、いわば会社に対する株主の一定限度の所有権である。
例えば、金を出して購入した土地が4年後にもう使用済みだからと言って、元の地主に金を返せ、といえるであろうか。

それは、元の地主との間で土地の再売買の商談をするべきことであって、支払った金を返せという話ではない。松延町長もこの馬鹿げた議会の決議を「重く受け止める」という。

西岡議員ー松延町長ー高知新聞真崎記者のこのトリオのリ・ボルト社攻撃はかくも無茶苦茶であり、ほとんど正気を失った行為というべきであろう。
議会がこの様な無法行為をする場合には、本来なら、町執行部はそれに異議を申し立て、是正させなければならない。

たとえば、飲酒運転をさせろ、とか売春をさせろとか、してはならないことを議会が決議して、町執行部がそれを「重く受け止める」という、こんな話があっていいであろうか。新聞がそれを何の批判もなしに報道するであろうか。

この報道は、商法に疎い読者たちを惑乱させ、リ・ボルト社への信用をかく乱するというのがその狙いであろう。

出資金の返還要請という非常識な決議は町議会の権威を失墜させ議会を世間の笑いものにする愚行である。直ちに町民に謝罪し、決議を撤回すべきである。

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2011年4月 4日 (月)

再議

News & Letters/233

国の緊急の交付金が出たので、これでプラネタリュウムなど理科の教育機材を購入しようと議会に提案したところ、全て否決されました。国からの交付金1500万円は喪失です。

これは昨年の年末、仕事納めの数日前に総務大臣の片山さん肝いりで作った「光を注ぐ・・・」という交付金のことです

この交付金の申請は翌月の1月4日が締め切りというものでした。
東洋町では特別な交付金が出た場合は大概地区懇談会や産業団体を集めた集会で説明会を開いてきましたが、今回年末の交付金はまったく時間的余裕がありませんでした。部内でこの特殊な交付金の性質を理解し、事業を検討する時間もろくにありません。公共土木事業や福祉事業、農林水産関係の事業などではなく、これまで日のあたらないもので大切な事業ということで
した。

 町議を開いて協議したけれど提案はなく、私が提案したのが図書とプラネタリウムや天文観測機器でした。
図書は年々予算を組んでいますが、自然科学系の機器類はまったく手を出すことはできないものでした。

年末年始の休暇をはさんでいるから実質上数日で決定しなければなりません。
議会など他にはかる時間がない場合は、首長は専決処分をします。実質上私は専決処分をして県庁にこの交付金の申請をしたわけです。しなければみすみす得るべき大きな財産を失うわけで、批判は免れない。

天体望遠鏡はもとより、今日では天井に映像するプラネタリウムも理科の機材としては重要なものです。
文部省の新学習指導要領にも、数回にわたってプラネタリウム活用の指示があります。

議会で審議をして決定した私たちの町の過疎計画にも教育機材の充実は挙げられています。

国の方針にも町の計画にも何の齟齬もありませんでした。

然るに議会は、わけのわからない理由で私の提案を拒否し、交付金で教育機器を購入するという事業費を抜いた修正案を可決し、これに対する私の再議も認めませんでした。

ここで問題になるのは、

①、天文観測などの理科機器の重要性についてどう考えるのか

②議会の理不尽な議決について法的に対抗手段が設けられていない現行の議会制度である。

①については、教育とりわけ自然科学教育に何の関心もない人には、議論の余地はないであろう。

②については、議会無答責ともいうべき議会制度を放置していいのかということです。

 戦前はほとんど国家は無答責で、国のやる事業で国民が被害を受けても何の弁償もされないということでした。

 だんだんに改められた来ていたが、戦後になって、憲法や国家賠償法で償われることになった。
 天皇が無答責であることは今も昔も変わるまい。
だが、現代、公の重大な行為をしながら無答責である存在がもう一つある。それが議会である。

どんな議決をしても基本的に責任が問われない。政治的責任はあるが、政治的責任というのはほとんど無責任と同義である。

 市町村の財産となるものを平然と放擲する議決をしても何の責任も問われない。

 福島県の海辺の村や町の議会が、原発を誘致する決議をして現在の悲惨な事故を招いても何も責任が問われない。

一番の責任者が免罪されているのである。A級戦犯が免罪されて、一般兵士が断罪されるのである。

 議会無答責は許すべきではない。この世に自己の行為についてあらかじめ責任が免ぜられているという存在はあり得べきではない。支出や財産処分についての議決については議決した議員にも応分の責任を負わせるべきであろう。

 それをいやだというのであれば、絶対的な現在の議決力を相対化するべきであろう。
同じように町民から選出され、大きな責任を負うていながら、最終的には無答責な議会に拘束され牛耳られている首長の現状は不合理である。現行の議決の効力を持つなら、議会もそれ相当の責任を負うべきであろう。

 たとえば今回の東洋町の場合、1500万円以上の交付金を失ったことについて、町民が議会や議員にその損害の賠償を求める訴えをすることができるように地方自治法を改正するべきではないか。

 もし、仮に首長が交付金を申請せず、得るべき財産を失った場合には、住民訴訟の対象とされるであろう。

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2010年12月30日 (木)

謝罪

News & Letters/210

この間の12月議会で私は謝罪を一つしました。
それは、私が、海の駅の出店者に当てた通知文が問題になりました。
どこが問題なのか議会の一般質問では事前に明確にされなかったので、まったくわかりませんでした。

どうも私の通知文にある「海の駅の貧しい出店者」という表現が問題のようだとのことでまったく合点がいきませんでした。
実際の議場での質問でわかりました。

この通知文は、出店者に対し、公共施設で売店の従業員に物品の授受をしないように呼びかけたものでした。

その際、貧しい出店者には従業員にプレゼントする余裕がありません・・・・という言葉を使ったわけですが、議員の質問では、出店者の誰かが、「私らも貧しいのですか」という苦言が議員に呈せられたということであります。
要するに、その出店者は、自分らも貧しい者の仲間にされたということに憤慨したようなのであります。

私は、謝罪を求めるこの質問に対し、謝罪しました。私の言葉が、貧しくない出店者の沽券にかかわる及んだのであるというのですから、謝る以外にありません。
ただ、その議員は心優しく私の真意を問うという形で私の逃げ道を用意して下されましたので、私はその真意について弁解を一席やらせてもらいました。それを補充します。

1、この「貧しい出店者」はあくまでも海の駅数十人の出店者のうち貧しい人に限定された言葉であることは言うまでもありません。貧しい人に言った言葉を貧しくない人がその範囲を拡大して自分に当てはめるというのは牽強付会ではないでしょうか。

 東洋町の貧しい町民は、とか貧しいお年よりは、とか私はしょっちゅう貧しいという言葉を使っています。これまでゑ一度もこの表現について苦情はありませんでした。これは貧しくない町民には耳障りなことかもしれませんが、厳密に言って決して豊かな生活を送っておられる人は含んでいないということは明らかなことだからです。

2、東洋町は全体として貧しいです。税などの徴収率は県下最低でありおそらく全国最低でしょう。
 町民が生活を依拠するのは第1次産業しかないが、その産業が廃れていっているのです。
 海の駅の出店者は一人か二人を除いて貧しくないものはいません。だから、一生懸命年中無休で商品を出店しているわけです。

もしかすると、広大な屋敷に住み資産をいっぱい持って生活していらっしゃると思われる人が混じっているかもしれませんが、しかし、出店する以上は、わずかな利益でも得ようというのであるから、その人も何らかの意味で手元不如意で貧しい人のうちに入るのではないでしょうか。

3、ところで、私は、東洋町の圧倒的大勢の貧しい人々の立場に立って行政を遂行している。東洋町役場も議会も貧しい人々のために主として働いているわけです。
 満ち足りた人のために行政はあるのではありません。戦後どこの国の行政も福祉が中核であることは知れたことです。
 特に地方政治では福祉行政が行政の代名詞です。福祉は自分で生活をできない人のためにあります。

 介護保険制度など福祉を金で買う時代になっていますが、それは邪道です。福祉はあくまでも無償でなければなりません。
 有償の福祉 などというのは自家撞着です。お金持ちには福祉は無用でしょう。だから、東洋町では極力町の福祉事業は無償にしようと努力しています。 住民は貧しいということを前提にして福祉行政は全住民に行われます。

4、さて、私の貧しいという言葉に不快な思いをしたという貧しくない出店者に言いたい。貧しいということは何も恥ずかしいことではないし、人の威厳を損なうことでもないのです。

 実は、貧しいということはいいことなのです。先年『清貧の書』とかいう本がよく売れたそうです。『貧しい人々」とか『レ・ミゼラブル』とか、多くの文学作品で貧しい人々のことが描かれています。描かれた主人公や登場人物は何も恥ずかしい人々ではありません。働けど働けどわが暮らし楽にならざり・・・と啄木は歌いましたが、誰も啄木を卑しんだりしません。

 聖書にも、貧しい人こそしあわせなれ・・という言葉もあります。
 貧しい人々は決して人を搾取したり、交易で差額をせしめて儲けたりしません。貧しい人は、贅沢をしないから電気やガスを使う量も少ないし自然破壊もその分少ないはずです。肉食は膨大な家畜の飼料を必要とし、穀物生産のため広大な森林破壊進められるが、肉も食えない貧しい人々には、その責任もわずかでしょう。

 貧しいということは、苦しいことですが、衣食住最低限度の生活の保障が確保されていれば、むしろ貧しいほうがいいのです。

5、私が学生自分には大変貧しかった。一日一食で、京都の百万遍の食い放題の食堂で腹いっぱい食べて暮らしていました。

 私はいつも70円出して、お櫃(ひつ)を一個平らげて揚々として引き上げていきました。私がその食堂に現れると女子店員がいつもくすくすと笑うのでした。
 その時分に、日本書紀を読んでいるとき、その天智紀のくだりで次のようなわざ歌に出会いました。前にも紹介したと思います 
 が、
   み吉野の 吉野のあゆ
       あゆこそは 島辺もえき
        ゑくるしゑ 
          なぎのもと せりのもと
            吾は 苦しゑ

 王朝の正史にさえも、民衆の苦しみの声が反映されています。
 この日本最初の民謡に私は独自の節をつけて、これを今も歌っています。

 東洋町の役場や議会が貧しい町民の、苦しい苦しいという声で満たされるよう、住民の本当の声が私たち公務員の胸に響き渡るようにしなければなりません。

 美しい清流ですいすいと泳いで生きている人のことではなく、なぎの木やせりの水草の泥沼であえぎ苦しんでいる人のために地方行政は存在しなければなりません。

皆さん、いい年を迎えてください。

6、貧しいということは何も恥ずかしいことではない。

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2010年12月20日 (月)

議会の風景

News & Letters/219

議会の風景 決議1

町長発行の行政説明広報発行費の返還決議
平成22年12月定例議会では、町行政に直接関連する2つの議会決議がなされた。
1つは、町長が発行している町民への行政報告の新聞についてである。

この新聞は町長就任以来不定期に発行しているものですでに5、6回になる。
これは、町長交際費の使用についての規則に基づいて公費でもって発行している。
町長個人ではなく行政機関としての町長が住民への行政施策などの説明責任を果たすために発行しているものであって、何ら私的なものではない。

この新聞の最近の号外が議会の気にくわないということである。
この号外は、議会が町長に対して前回の議会で辞職勧告決議なるものをしたことに対し、

町長が住民に対して辞職などしません、任期いっぱい頑張りますよという回答を掲載して発行したものである。

内容的にも何ら問題がない。新聞にでかでかと辞職勧告決議が出て、町長が辞めるのではないかと住民が不安がっておりどういう理由でこんな勧告決議が出されたのかその背景も知りたいであろうから、町長が説明文を書いたのである。

議会の辞職勧告決議の内容は、社協の内部で起こったお金にまつわる不祥事件で町長が責任を取れ、給料カットの額が少ないとかいう話であって、それも何か誤解か何かに基づくものもあり、辞職勧告を受けるほどの事件ではあり得ないのである。

外部の団体の不祥事件を摘発したのは役場の方であり、責任のあるのはその団体の当事者と役員であって、役場の方では誰も処罰をするものはいない。社協の扱いの金は町に納める金であった。出納関係職員が適切に納められていなかったことに気付くのが遅かったという謗りは逃れられないが、気付いてすぐにきちんと完納させており損害は回復していた。

そうである以上は、職員への処罰性はない。厳重注意の程度である。しかし、不祥事全体の政治的責任は誰かが取るのであるから、町長が自ら減給処分をしたのである。その減給が少ないなどといって町長をやめろというのであるから不当きわまりない。
役場において処分性があるのであれば担当職員と会計管理者がまず第一に問題になる。出納員として責任が問われる。

そして、役場においては出納や会計は、首長と相対的に独立している。以前は かい とかいう難しい漢字の会計行政の組織があり、収入役や出納長が独立的に統括していた。出納員の会計組織は長の収支の決裁行為をもチェックし、制止することも出来る独立した機関なのである。

収入について責任があるとすれば、その出納組織の責任者を飛ばして直接首長に来るべきではない。首長が重い懲戒処分を受けるのであれば、出納職員も当然に処罰を受ける。今回は出納職員は厳重注意であり、町長は減給7%なのである。
それが不服だといっての辞職勧告なのであった。これについて事件の経緯と町長の見解を町長の名前で発表したのである。

どうしてこの説明資料の発行費を返還する必要があるのであろうか。外の私事ならともかく、重大な行政事件についての説明であることは明らかであろう。行政の施策について隠したりせず、詳細に住民に説明するというのは現町長の一貫した公約であり、今後もますますこの方針で努力するつもりである。事の詳細が発表されて都合の悪いことが掲載されたからといって町長への一方的な決議を乱発することは控えるべきだ。
議会は一方的な抜き打ち的決議をせず、決議の前に町長の意見もよく聞く、という弁明の機会も与えなければなるまい。

公費の返還などは明らかな違法行為が立証されねばならない。正当な行為、説明責任を果たすという開明的な行政行為をせき止めようという行為こそ批判される必要がある。

決議2

又今12月議会では、元選管委員達の訴訟費用を弁済してやれという一方的な決議もなされた。

この様な申し出は元委員達から一度も正式には出されていない。
元委員達が住民に訴えられた事件で弁護士を雇ったのでその弁護士費用を公費でまかなえとのことである。

しかし、これも単純ではない。公務員のしたことで国民に被害を与えた場合には国賠法の規定で公機関がその償いをするということになっている。その通りだ。しかし、国民は公機関に国賠法に基づいて訴えると同時に、公務員個人を相手にして損害賠償の裁判を起こすことも許されている。その訴えの内容の当否はともかく現行の裁判制度はそうなっているのである。

今回住民によって選管が訴えられた内容は、誠に個人の責任が問われても仕方がないと思われる。判決は、個人が責任を負うほどのことではないとかいうものであったということであるが、私はそうは思わない。公務中の外形、公務の姿をしている分には公務員個人の失敗や怠り、過失などは国賠法の規定で責任を免れる。

そうでないなら、個人の責任も問われる。また、公務の外形を持っていても余りにも非常識で逸脱した判断や行為、故意に近い重大な過失などはやはり個人の責任が問われるべきだ。公務の外形をもっていても故意に自己の欲望か何かで国民に被害を及ぼす場合もやはり、個人の責任は問われる。

勤務中警察官の服装をして戸別訪問をしていても、その警官が泥棒をしたり、婦女暴行をしたりしたら、司法機関の責任だけではなく個人の責任も問われる。
今回も田島毅三夫議員リコール請求に関係した事件だ。

問題の一例:元の選管は平成20年5月、議員リコール請求の署名簿をすべて無効という決定を下した。

1、この判断は結局間違っていたが、判断の内容も極めて異常であった。
 すなわち、選管の審議の結果、法定数を越える署名者全員は選挙人名簿に照合した結果、該当しないというものであった。

 有権者の三分の一以上のものが選挙人名簿に存在していないとなると、この選挙人名簿は住民票や課税対象などに連動し   
 ているから、直ちに行政執行上重大な支障を来しかねない。事実そのように判定された署名者達は、選挙人名簿にないのであればそれでは私らに課税をしてくるな、と憤りの声を挙げたのであった。

そのような全く非常識な根拠による処分は直ちに撤 回し是正されねばならなかった。当時町長もそれの是正を迫ったことは確かだ。しかし選管はあくまでもそれを是正しなかったのである。結局選管は、ずっと後になって訴えられてから、全員無効の処分についての根拠法令を変更したが、元の処分の是正はしなかったのである。今でも選管では署名者の住民は有権者名簿に存在しないという決定のままである。実務上そのような決定は明らかに事実無根であり無効だから無視しているが。

選挙人名簿に掲載されているかどうかは、選管委員の能力がないとか、判断が誤ったとかいう次元の話ではない。全員が名簿にあることを百も承知で故意にこの決定を押し通したのである。そこには悪意と何らかの政治的意図を感ぜざるを得ない。

町民として最も大事な選挙権(直接請求権)を理由なく剥奪されて、これに憤慨する町民がその是正と慰謝を選管や委員個人に求めるのは当然であろう。それには公務員としての正常な姿でなく、公務を逸脱した個人的な我意の露出以外には何も見えないのである。公務としてではなく個人の責任が問われるべきであろう。

2、さらに、問題はこの決定を下すに当たって公務の外形を取っていたか、ということである。

 選管のこの決定をするには正規の選管委員会が開かれねばならず、しかも原則公開でなければならない。

 しかし、当時の選管が、総ての署名が無効であるという重大決定をしたのは、誰も知らない場所で誰も知らない期日に密かに されていたのである。この事実は、私などもずっと後になって知ったことである。

 もし、議会が、あらかじめ誰も知らない期日にどっかの料亭などで開かれて住民の権利に関わる重大案件を決議した場合、その決議は正規のものと認められるであろうか。そして、その議員の行為を公務であると言えるであろうか。

権利を奪われた住民は、その決議を正規のものとした議会を訴えると同時に、やはり、公務の外形でさえ装わずにした行為を議員の個人責任であるとして訴えることもありうるであろう。その他にも選管委員個人の恣意的な処分がいくつもあり、公機関の責任だけではなく個人責任も追求される理由が多々あったと考える。

公務員の個人責任が追及される裁判には、特別な条例規則があればともかく、今は弁護士代金など公費を出すことは出来ない。ただ、訴訟費用は住民側が全部負担している。公務員が訴えられた場合、損害賠償金は公費負担となっても弁護士費用まで公費負担となるかどうかは、これも難しい。以前は訴えられる幹部職員は、そのため積立金を用意していたという。、

ただ、この裁判には町も訴えられているので弁護士を雇っていて、この町の主張を援用するなどで元委員達が裁判に対応することは問題ないとして黙過してきた経緯がある。
以上のような事情についても、町長に意見をいわせるという機会を設けて、その上に立って決議をするべきであろう。

裁判の内容もよく知らず一方的な決議は、議会の独走・独断という印象となろう。
それは、大阪の橋本知事、名古屋の河村市長らがやっているような首長独裁的な政治手法の裏返しに過ぎず、現在の議会と首長が政治的に聳立して互いに批判しかつ協調しあって行政を行っていくという民主的な制度に反するものであろう。
私は、大阪府や名古屋市、また鹿児島の阿久根市などで見られる首長の独裁的な傾向は好ましくないと考えている。

現行の地方政治制度については、議会無答責などいろいろな点で改革が必要であると考えるが、首長と議会の二頭立てのコントロールのシステムは良いものだと思う。但し、お互いが、言いたいことは言うが、しかし、その立場を尊重し合う、我慢し合うという礼儀が必要だ。

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2010年9月18日 (土)

辞職勧告決議

News & Letters/208

東洋町議会は、本日、私に対して辞職勧告決議5対4で可決した。
余りにも唐突であり、あきれた決議だ。

決議の理由は、町の委託事業を受けている社会福祉協議会での不祥事件について、町長の減給処分案が物足りないというだけのことである。この不祥事件は社協内部の嘱託職員がデイサービスの利用料(同額の商品券と交換する代金)を数百万円着服していたという事件であるが、町としてはこの事実を摘発した側にあり、社協に対して損害を補填させて町の公金を回復したのであった。

町としては、この事実の摘発が遅れたという叱責は甘んじて受けねばならないが、この事件そのものの直接的な責任を負うわけではない。摘発してから一件落着させた上、担当職員には厳重注意をし、公金を収受する委託関係団体への監視を強めることを確認してきた。社協に対しても、公金の扱いは正職員自らが担当し現金出納の記録をきちんととるように強く指導し、そのようにして頂くようになった。

町長としては、摘発が遅れたことについてお詫びし、お詫びの印としてまた、総体的な責任を明確にするために、自らに実質的な懲戒処分をすることにした。当初減給5%、今回減給7%(実際には自主的に減給している20%を合わせると27%)の議案を上程した。その減給の幅が不服だということで議案を否決し、その上町長職を辞めろと言うのである。

町長の職はそれほど軽いものであろうか。
摘発が遅れた事の責任を問うことと、辞職を迫る決議の間に何かの脈略があるであろうか。

町が摘発したこと、どうして摘発が遅れたかについては、これまでさしたる質問も追求もない。
不祥事の摘発が遅れたことについて、町長が妨害したとか、知っていて故意に摘発を遷延したとか、事実を隠蔽したとか、何か公職を辞職するだけの行為や悪意が町長にあれば、辞職勧告もやむを得ない。そのようなことは一切無く、出張から戻って事案の概要を確認するや直ちに公表し処理しているのである。

辞職勧告のねらいは、私を辞職させて、夢よもう一度、ということであろう。そうはいかない。

この様な訳の分からない決議は断固として拒絶する。議員の権限を濫用して町政を麻痺させて町民に何の得がある。
このとき、ある古参の議員は、辞職勧告というのは伝家の宝刀であって、軽々に使うべきではない、という趣旨の言葉を残して議場を退席した。議会はもっと厳粛な場であるべきだ。

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2010年3月19日 (金)

修正議案

News & Letters/182

 今朝の高知新聞に東洋町が当初予算を撤回して修正議案を出したことについて、大きく報道された。
議会審議の後、議案を修正することが異常であるかの如き取り扱いだ。

1、しかし、議会での審議の後議案を修正すること 
 は極めて民主的なことであって、そういう趣旨で記 
 事にするなら新聞として値打ちがあろう。
 修正することを異常扱いでは、この新聞はどっち 
 を向いているのか。良いことをしているのを非難 
 する、いわゆるけちをつけるという行為であって、
 社会の公器たるもののするべきことではない

、論議となり修正した内容について何の批評もな
  い。修正した箇所は

  ①お年寄りへ毎月5㎏の米の配給
  ②小中学校の修学旅行費用の助成金
  ③ホームセンターの人件費であった。

 高知新聞は意図的に②については何も書いていない。
③はべつにしても、①と②は画期的な事業であって、それ自体で全国ニュースになるべきものである。東洋町は昨年から保育園児(5㎏)から小中学高校生(10㎏)まで毎月米の配給を行ってきたが、さらに22年度からお年寄りにまでこれを拡大しようとしたのである。このことがどうしてニュースにならないのであろうか。今回は、75歳以上のお年寄り全員にと思ったが、委員の意見も無視しがたく低所得層に限ることにして減額修正をした。

 それでもお年寄りに米の配給制度は打ち立てられた。生活保護率全国一位、税の滞納率全国1位、高齢化率40パーセント以上、1600戸ほどの小さな町で、この3~4年間で生活保護の新規申請が200人を超すという地域では直接救護米を出すこともやむを得ない。借金を大幅に減らすなど健全財政をやっていて、その範囲内で出来る限りの手を差し伸べるは行政として当然なのである。

 室戸市の羽根町には、江戸時代の義士岡村十兵衛がまつられているが、彼は、窮民を救うために藩米の倉庫を勝手に開いて分配した、その責任を取って切腹したのであった。郷民はかれを神(鑑雄神社)としてあがめてきた。米の支給は貧しい市民を抱える市町村福祉行政の範となるものである。

 私が町長になる前東洋町議会は、全ての福祉行政を「全廃」するという前町長の福祉行政を支持していたのである。誰でもではなく支給の枠組みをつくれと言う議員の意見は道理の範囲の意見であるから、修正議案を出すことにした。それでもなお反対する議員がいるのはしかたがあるまい。
これまでの行政と正反対の突出した私の福祉行政にアレルギーを感じる人がいるのはむべなるかなである。

②の修学旅行への助成金も画期的なことで全国に先駆けた事業である。
修学旅行は強制的な正規の学校課程である。この費用の負担は保護者にとって過重であったことは、子供心にも分かっているはずだ。しかし、これまでの市町村教委はこの負担を無視してきた。
東洋町がこれに風穴を開けようとした。
私は、義務教育無償の憲法を掲げ、この修学旅行本人負担の悪習を破り、助成予算を押し通そうと考えていたが、議員の意見を入れて段階を踏んで進むことにし、減額修正した。

①②の事業の意義が何であり、それが全国の市町村にどのような影響を与えるかということは新聞として重大な関心事でなければならない。

 修正議案は、委員会審議ではいずれも可決となったことも高知新聞は記載していない。

 高知新聞の記事にはジャーナリストとしての矜持もヒューマニズムのかけらも感じられない。

 なんせ、さる1月17日、町議会選挙の開票場で、有権者以外入ってはならない開票場に他の記者たちと一緒に侵入し自ら大騒ぎをする不法行為をしておいて、会場が「騒然」となったという記事をでっち上げたほどの新聞であるから、これ以上言うべき言葉はない。

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2009年8月25日 (火)

議会の不法な決議について県への申立

News & Letters/140

東洋町議会の議決(平成21年8月18日)について

            審査申立書     

                                           平成21年8月25日

高知県知事 尾崎正直殿
                      東洋町長澤山保太郎

              記

以下のとおり、町長が、失われていた行政財産を回復するために補正予算措置をしましたが、これが町議会で否決されました。町議会の議決は違法であり、このままでは公正な行政が遂行出来ないと考えますので地方自治法第176条第5項に基づき、知事の審査と正しい裁定を求めます。

【審査申立の趣旨】

東洋町長は、さる7月22日 、東洋町の行政財産上にあるホワイトビーチホテル(所有者(株)アイエスアール)を買いとる補正予算案を町議会(臨時会)に提出したところ、これが否決され修正案が可決された。8月18日、法令に則りその修正案を臨時議会での再議に付したところ、修正案は否決されたものの再び町長提案の原案のうち、当該ホテル購入費が否決されました。

よって、地方自治法第176条第5項の定めるところにより、知事に審査を申し立て、正常な町行政が出来るような裁定を賜りたいと考えます。

【申立の理由】

1、現在、ホワイトビーチホテルの建っているところ(東洋町白浜88-3)は、町の管理条例上は「東洋町青少年旅行村中央管理棟」(昭和48年建設 以下「旅行村」という)が建っているはずのものであります。

しかし、実際はこの「旅行村」は平成5年の春までに破却され、その敷地(937㎡)は同年6月に売買契約(1418万円余)が成立し、民間企業((株)オレンジマリーン)に売り渡されていました。その間同年8月中までには町の建設課を通じて建築物(ホテル)の確認申請書が提出されていました。
その後、同年9月16日の町議会臨時会で譲渡の決議がなされましたが、県や国には、補助事業の廃止等の届け出も手続もせず、また、町としても管理条例もそのままのこり、財産台帳にも行政財産のまま存続したまま今日に至っています。

2、以上の経過に見るとおり、本件「旅行村」の事業は存続し、維持管理する義務を行政が負っているにもかかわらず、その実体が不法に消失せしめられているものであります。

①不法行為の第一は、地方自治法238条の4の規定に違反している事実であります。
  いうまでもなく、行政財産に私権を設定させ、これを譲渡することなどは固く禁じられ、この禁制に違反する行為は無効(同法同条第6項)と規定されています。

②不法行為の第二は、補助金適化法(「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律」)第22条違反の事実であります。
  本件「旅行村」は全国のいくつもの市町村が旧運輸省の補助金を受けて建設した補助事業であります。
  補助事業は格別の理由がない限り、耐用年数(木造の場合は22年間)のある期間中は継続して事業を遂行しなければなりません。上掲法律第17条によれば、これを他の用途に使用する場合は補助金の取消があり、また、返還命令(同法第18条)があるということになっています。平成5年当時適法な手続きを経ない東洋町の「旅行村」事業の廃止行為は、国の法律に違背することは言うまでもないことであります。 

③また、第三に、「旅行村」の破却については、何ら処分上の適法な決裁記録も予算措置の資料も存在せず、議会の承認も何も存在していません。仮に町長がその破壊を命令したとしても、行政財産の建造物を勝手に破却したことについては、何ら合法性はなく、建造物損壊等の刑事責任が問われる行為であると考えます。

、なお、本年7月22日の臨時議会、8月18日の再議に関する臨時議会の前には、2種類の請願書が提出されていましたが、町議会は、この請願書の審議を回避し、これを議会運営委員会に付託するとしました。しかし、議会運営委員会は常任委員会ではないから、議案を審議する権限はありません。しかも関係議案が議会で議決された後に審議しても何の意味もありません。町議会は二つの関連する請願書を事実上却下してしまった、という状況であり、これは国民の公機関に対する請願権を著しく侵害するものであります。大多数の住民の請願を無視して議案を採決することは議会運営上極めて不公正であります。

4、町には現在宿泊も可能な観光施設は他になく、民宿がいくつかある程度であり、ホテルと言える施設は他にありません。青少年「旅行村」の機能を回復することは町の観光振興にとっては欠かすことが出来ないものであります。全体が官有地であり、全ての施設が県か町に所属する白浜ビーチにおいて、その目立つ一角にあるホテルが町と全く関係のない私企業の手に渡っていることは、観光地全体の管理運営にも支障があり、イメージを損なうものがあります。
  
 以上の通りでありますので、条例で義務づけられている行政財産の管理を適正に回復する上で本件予算の執行を妨害する議決は無効である、町は行政財産を回復し補助事業の適正な管理・運営をするべし、との裁定を賜りますようお願い致します。

【添付書類】

1、平成21年7月22日 補正予算案
2、平成21年8月18日 再議書
3、平成5年9月16日  町議会議事録
4、平成5年6月23日  売買契約書
5、平成5年8月11日  建築確認申請書
6、青少年「旅行村」写真
7、ホワイトビーチホテル写真
8、図面
9、町管理条例
10、特別会計
11、請願書2種
12、建物台帳
13、ホテル売買契約(案)

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2009年8月13日 (木)

再議

News & Letters/138

再議権の発動

地方自治法(176、177条)では、異議のある議決のみならず瑕疵ある議決や違法な議決・選挙が地方議会で行われた場合、首長は、再議権を発動できる。再議権は、これは議会が何でも優位にあるのではなく、それを執行部と対等な立場を保持させるために、議会の行き過ぎを是正する措置を首長に与えたものである。

このたびの東洋町の8月12日臨時議会の修正案は、この再議にかかるものであり、再議権の発動は首長として義務的なことである。
田島毅三夫議員の出した修正議案は無茶苦茶な内容で、こんなものがよくも町議会で賛成多数になったものだ、と思われるものであった。
再議には二種類ある。

一般的再議(地自法第176条第1項)と義務的再議(同法176条第4項、同法177条)である。

下の理由は両方を兼ねている。

修正案再議の理由******

第1、ホテル購入費に反対するのはいいとしても、その予算額6500万円を減額し、それを「予備費」に回すというもので、全体の歳入歳出は執行部原案と同額というものであった。
しかし、予備費に回したその6500万円の財源は何かという問題がある。
ホテル購入等の6500万円は国の地域活性化・経済危機対策の臨時交付金であり、これは、事前にその事業計画が国に認められたものに交付されるものである。ホテル購入は国がその事業計画を認めたものであり、従って国の交付金を財源とすることができる。「予備費」などというもののために交付金がおりてくるわけはないのである。
一体5人の議員たちは、6500万円のお金をどこに見つけたのであろうか。自分たちで調達して来るとでもいうのであろうか。修正案といえども予算案であるが、財源不明の予算書を可決して何とするのであろうか。いい大人がこんなばかげた予算案を可決した、といって手をたたいて喜んで良いのであろうか。

再議理由第2

このホテル購入については、賛否両方の請願書が出ていた。ところがこの議会では請願書の議案をパス、議運委に付託することにして審議・採択しなかった。しかし、これは請願権をないがしろにする行為であり、当該案件の審議採決が終わってから当該案件の請願書を審議するというのであるから、請願書を実質上むげに議案にもせず却下したも同然となる。

就中、ホテル購入の請願者の方が1000人を超えて圧倒的多数なのに、それの半分にも充たない反対者の請願だけを通したと言うことになり、極めて不公平で公正を欠いている。請願権は憲法の保証するところであるが、それをないがしろにしてなされた議決は重大な公民権の侵害であり許されない。

再議理由第3、

ホテル購入は、町の行政財産(青少年「旅行村」)の回復行為であり、管理条例上行政はそれを昨日させる義務を負っている。15年も前にこの行政財産が何者かによってぶっ壊され、跡地は民間ホテル業者に売り飛ばされた。行政財産上に「私権」を設定することは固く禁じららており、その行為は無効と明記されている(地方自治法第238条の4の第6項)。本来あってはならないものによって占有されているのであるから、それを元に回復する措置が必要であり、平成5年の町議会の譲渡議決(無効なもの)にかかわらず、行政は、青少年「旅行村」の現行管理条例を実行する義務を負っている。

売り払ったのであるから、今となっては買い戻す以外にこの義務を履行できない。故にこの購入による行政財産の回復行為を妨げる議決に対しては、地方自治法第177条2項第1号にある(普通地方公共団体の義務に属する経費)の支出を妨げることになり、首長としては義務的な再議となる。

第4、この行政財産の回復措置を執らない場合は、行政目的の施設を運営し所期の効果を実現できないばかりか、補助金適化法に抵触し、返還金等の罰則の適用を受ける可能性がある。
罰則を適用されることは法令違反によるのであるから、これは、地自法第177条第4項(議決が法令違反)に該当するから、義務的再議事項となる。

なお、今回の場合議会で、首長のホテル購入・行政財産回復の予算措置が通らない場合は、県に審査を申し立て、その裁定を仰ぐことになる。それでも県が認めない場合は、裁判所に訴訟を提起することが出来ることになっている。県庁もこの案件をどこまで正しく裁けるか。

継続中の補助事業の拠点施設を勝手に破却し、それを売り飛ばすという蛮行が許され、まっとうな行政行為(その回復措置)を阻害し続ける議会、これが日本の地方行政の現在の姿である。

東洋町(だけではないが)ではこのような理不尽なことが行政・議会の全面を覆ってきたのであった。

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2009年3月31日 (火)

修正案否決

News & Letters/166

 国からの地域活性化交付金の受け入れ事業計画について臨時議会を開いた。その事業計画の中に、町の施設である自然休養村という研修宿泊施設の改装予算を5000万円ほど組んだものがあった。主として内部の温浴施設の拡張工事だ。
現行のものは湯船が畳一畳ぐらいの大きさで2人ぐらいしか入れない。二階には子供で言えば100人、大学生なら50人ぐらいが合宿できる部屋がある。現在の家族風呂程度の湯船では、お客は隣県の温浴施設まで行かねばならない。

 観光地で、10人程度の風呂も存在しないというていたらくだ。これを国の資金で改装するという事業計画に対して田島毅三夫議員からこれを全額削除するという修正議案が出された。その理由は新聞に出されていないのでここに明らかにしておく。
いろいろの理由を述べていたが、田島毅三夫氏が言うのは、大変なことだ、東洋町の風呂が繁昌すれば隣県の宍喰の風呂屋がつぶれる、というのであった。

 この方は、どこの町の町会議員なのであろうか。

このたびの臨時議会には、他にも徳島の利権にとって「大変なこと」がいくつかあった。
 低額老人ホームの建設もその一つである。
ほとんどの東洋町のお年寄りが、旧執行部の政策(福祉事業を「全廃」する)で、隣県の施設でお世話になってきた、そのため数億円の町の金を他県に送金し続けてきた、澤山町政は、この方策を根本的に破棄し、町で福祉事業を全面的に回復し、金を外へ出さないように努力し始めた。その事業の一環で低額老人ホームの建設に踏み切ったのである。
また、「海の駅」の建設と稼働も隣県にとっては「大変なこと」だった。東洋町民でもってきたという隣県のスーパーにとっては巨大な打撃であり、東洋町民が来なくなるばかりか徳島県民までが地元スーパーを素通りして東洋町の「海の駅」に吸引されているからである。

 田島毅三夫氏らがこの1、2年澤山町政のやることについてことごとく「大変なことになる」、大変だと言って騒ぎ議会内外で反対してきたのは、このことであった。
徳島の利権が澤山町政によって破滅的打撃をうける。
今度の臨時議会で、そのことが本人の口からはっきり表現されたのであった。

 これが、東洋町議会内外で現町長を攻撃してきた連中の正体であり、動機である。これからもその対立は議会の基調となり来年1月の町議会選挙、次期町長選挙まで続くであろう。
 臨時議会の出席議員(「所用」で欠席が3人もいた)はその事を見破り、修正議案を一蹴し否決した。

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