社会思想

2020年9月19日 (土)

ゾンビの登場

最近の報道によると中核派の清水丈夫がある政治集会に登壇したという。
60年安保闘争の輝ける指導者であり、70年前後の激動の時代の勇者集団、
革共同中核派の牽引車であった。だが最近の集会の様子では何か「反省」を強いられたようで昔日の面影がない。

私は一度だけそのシミタケに面談した。私が27歳ぐらいの時だ。
関西のAという男に付き添われ東京へ出て、東京からは車で何度も乗り換えてぐるぐると走り回ってやっとアパートのような一室に案内され、畳の座でシミタケに会った。

何を語り何を答えたか覚えていない。
その時から私の日常生活はがらりと変わった。私は当時狭山闘争の勝利のため解放運動の全国的な戦闘化、革命化を図ることに全力を挙げていた。中核派の組織的な運営には携わることはある程度は仕方がないにしても、それどころではなかったのである。

狭山闘争の大規模な闘争を展開するためには、組織力と資金力が私の細い肩にずしりとのしかかっていたのである。解放運動が革命戦線の一翼に登場することが、私の夢であったから、誰も助けてくれない組織と資金作りの苦労もなんとか切り抜けてきた。

シミタケに会ってから以降警察の私への尾行がほとんど24時間体制で布かれた。
前進社のいろいろな任務が私に課せられた。迷惑至極であった。・・・・・
シミタケらが領導した闘争はたしかにすごかった。敬服に値する。
しかし、私の思想とシミタケの思想は根本的に違っていたと思う。

一つは、シミタケの思想にはブンドの名残が色濃くあった。前衛主義だ。
前衛主義は、プロレタリアの主体性思想を否定する。その実践的帰結は大衆運動を軽視することだ。哲学でいえば梯明秀的なマルクス主義の思想性が、シミタケ派には欠如していると感じた。

もう一つは、農業問題や民族問題、そして部落問題の捉え方において、宇野経済学的資本主義(帝国主義段階論)の解明が必須であるが、シミタケや中核派は全体にその傾向が希薄であった。

労農派的資本主義の認識から出ていない。レーニンでいえば「ロシアにおける資本主義の発展」の段階の経済学であり、後年の「帝国主義論」の段階の認識ではなかったのである。

それは部落問題でいえば部落解消主義になるのである。
現代資本主義の宇野経済学的捉え方をしない実践的帰結は、民族排外主義と部落差別主義である。

プロレタリアの主体性論と宇野経済学的資本主義の解明の、この二つの思想的基盤がなければ革共同中核派の再生はない。

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2020年7月19日 (日)

矛盾


コロナ感染の急増のなかでGo to トラベル をめぐってにっちもさっちもゆかなくなっている。

政府は、感染対策と社会経済活動の「バランス」をとるなどともいう。

しかし、有効な治療薬がない今、三密を避けるなど感染対策と経済活動は、根本的に対立するものであり、バランスのとりようがない。類的存在である人間は、社会的経済的に相互依存し密接に交流しなくては生きていけない。

とりわけ資本主義経済では、人の命や健康よりも資本の増殖が優先される社会では、アメリカやブラジルのように社会経済活動がコロナ対策を無視して推し進められる。

仮に有効なワクチンや医薬品が開発されても、次々に発生する新たな新型ウイルスの蔓延には対処できない。

新型コロナに対する有効な感染対策はこれまでの人類の生活・文明そのものの存在の在り方、存在の意義そのものをゆすぶるものである。広くは国際社会、国内社会全体、地域や職場、学校や電車・飛行機、家庭まで感染対策はくさびを打ち込んでくる。社会的活動をしなければ人類は生きていけない。コロナ対策はそれを問題にして社会活動の遮断を要請するのである。

資本主義を揚棄することはもとよりであるが、新しい人間の生き方と思想の模索が始まらねばならないだろう。その社会は、自然・環境の破壊をやめ自然と共生し、都市の政治経済の集中をやめ、それへの人口の集中をやめ自立性の高い地方の創生・・・・。

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2020年5月 6日 (水)

縄文の血

日本列島には相当なコロナウイルスが蔓延していると思われる。
検査をろくにしないので陽性者の数は極端に抑えられているが、例えば慶応大学の病院の外来患者の検査、最近の兵庫県内の検査などから推定して数十万人以上の患者がすでに東京や兵庫県に存在しているといわれる。

しかし、いくら隠したとしても日本人のコロナ死亡者は少なすぎる。
ロックダウンをしている欧米に比べるとそれをしていない日本で感染者は相当広く存在しているが死亡者が少ないのは幸運な何か理由がある。もちろん少ないといっても欧米と比べてということで、500人以上の犠牲者が、少ない、という意味ではない。

日本全体が欧米に比べて少ない。特に岩手県に注目すべきだ。東北全体も少ない。

四国・九州も割合少ない。大都会と比べ人口の密集度が格段に少ない、過疎地帯だといえばそれまでだが、私は、少しかじった人類学が気になる。

日本列島にははるか昔、縄文時代人が住んでいた。この縄文人は、周辺の地域の如何なる人種とも異なった
独特の形質を持っているといわれる。いわば日本人の源流種族は、孤島のように日本列島に屹立していた。

やがて大陸や朝鮮半島方面から続々と大量の渡来人が来て日本を征服した。
渡来人たちは縄文人と混血をしながらも彼らを征服した。彼らは列島の隅に追いやられた。
その最たるものが東北の岩手を中心とする蝦夷だ。彼らは平安・鎌倉時代まで独自の文化と生活を構えて大和朝廷と対峙した。征服された蝦夷は奥州俘囚として列島、特に西日本各地に配流されている。

各地に配流された奥州俘囚の裔孫こそ被差別部落民だというのが有力な説だ。
この縄文人の血が色濃く残る地帯と、コロナ感染の地帯を重ねると相当に重なる。

特に岩手は蝦夷の拠点だった。コロナウイルスに一人もかかっていない岩手。
これを説明できる有力な説はこれまで聞かない。
北海道は以前はエミシ・アイヌ系統の人間の原郷だったが、今残っているのはアイヌ民族のごく少数だ。

核兵器、原発などで放射能の地球的拡散が人類の免疫機構を毀損し弱体化した。そして放射能によって微生物・ウイルスの突然変異・新種猛毒のウイルスの出現蔓延をもたらした。

その中で、縄文の血・縄文の遺伝子はこのコロナウイルスに何らかの強い抵抗力を示しているのではないだろうか。

そうであれば数千年間日本列島で抑圧され差別されてきた縄文の血がやはり尊いものであることを人は知るべきだろう。
多かれすくかれ、縄文の尊い血は日本列島の人類の血管に残流しているはずだ。

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2020年4月15日 (水)

コロナ感染爆発 死に至る虚構

元は習近平中国から発生したコロナウイルスは安倍自民党内閣の浅はかな患者隠蔽政策―検査・治療拒否政策によって病原菌は日本の隅々まで蔓延し、病院崩壊すらも始まった。

それは、直接的には安倍―小池体制でコロナパンデミックのさ中にオリンピックを強行しようとしたところに原因があるし、それは今も続いていて医師や看護師の力ではどうすることもできなくなっている。韓国でさへも徹底的な検査と早期治療という医療の原則を実行してコロナを抑えつつある。なぜ政府はこれを見習わないのだ。地方自治体は国の非人間的な愚策にとらわれることなく独自に韓国方式をとって、コロナ消滅策を実行すべきだ。
が、しかし、問題はもっと深刻なところにある。

中世の人類社会あるいは現代の発展途上国は別として、現代のように医療が発達した社会でどうしてこのような爆発的な疫病が流行するのかである。イタリア、フランス、ドイツ、イギリス、そしてアメリカ、中国、日本・・・これらの「先進国」が軒並みやられている。
なぜか。

回答:私は、核兵器製造・爆発実験と原発など原子核施設の稼働による大量の放射能の地球的規模の拡散・蔓延が人類の免疫機構を破壊し、弱体化して「免疫不全」の病変を起こしていると考える。現在、新型コロナウイルスの蔓延で苦しんでいる欧米・中国・日本などはみな核施設の密集地だ。

それは、かつて肥田舜太郎さんらが翻訳した『死にいたる虚構』(ジェイM。グーグルら)の本で、核実験やスリーマイル島原発事故、チェルノブイリ原発災害などでまき散らされた放射能によるがんの発症やエイズの発症の詳細な証明によって、推定できると思うのである。

それは人類の側の免疫不全だけではなく、放射能は野生動物に宿っていた病原菌にも影響し、突然変異によって人間に感染するような強力な伝染性を持つようになってきたのではないか。近代医学を麻痺させるほどの猛威を振るうウイリスの登場と、放射能によって免疫力が衰えた大勢の人類の存在が今回のコロナパンデミックの背景にあると考える。

だから、人類は核分裂をエネルギーや兵器に利用するという政策の恐ろしさを今こそ感ずるべきであり、一日も早く核を封殺しなければならないのである。
安倍政府の非人間的な愚策によるコロナの蔓延で、多くの中小の企業や貧しい多勢の労働者が路頭に迷い始めている。わずかな施しでは一時しのぎにすぎず、収入の道を絶たれた母子家庭の親子が餓死するかもしれない、大多数の貧しい日本のプロレタリアに終戦直後の社会的混乱と不安が押し寄せている。

中世ヨーロッパの詩人が警告したように
誰がために弔鐘(かね)が鳴るとおもうなかれ・・・。
政府。それに追従するテレビや新聞が社会的ディスタンスとかを強調している。

だが、日本や世界のプロレタリアートは今こそ団結し、連帯し、世界中の帝国主義とスターリン主義体制を打倒するために立ち上がるべきである。戒厳令下のごとき外出禁止を突き破って コロナ革命 ともいうべき変革にまい進すべきだ。

香港の労働者や学生のように分厚いマスクの大集団をあらゆる都市の街頭に登場させ、今日の破滅的な病気を蔓延させ、その前に無力をさらしている権力者たちを引きずり下ろすことだ。病原菌のその元の病原菌は、安倍政府であり、トランプであり、習近平・・・である。
日本の労働貴族のリーダーはメーデーをやめるというが、とんでもないことだ。

病院のベッドの上で死ぬのか、それとも戦って街頭で死ぬのか。
パンデミックを乗り越え日本のプロレタリアートの前進を期待する。

古陵の松柏天ぴょうに吼ゆ
山寺春を尋ぬれば春寂寥
眉雪の老僧時に掃くことをやめ
落花深きところ南朝を説く

今、この清らかな漢詩を口ずさみながら、遠く四国の山で、桜花はないが落葉の舞う中で、南朝ではなくマルクスを思いながら、眉雪の私は、京都河原町を翩翻と翻した赤旗の波を、夢見ている。

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2020年3月27日 (金)

オリンピックの延期

安倍総理を核とする悪代官のクラスターも利権の山・東京オリンピックの延期を言い出した。
そもそも日本は福島原発が全然収束もしていない、むしろ危機的状況が変わらず続いているのに
世界を偽って五輪を招致したのである。

福島原発の現状では、もう一発大型の地震が起こったなら、日本はもとより世界的に壊滅的な被害を及ぼす状態であり、何も起こらなくても膨大な放射能を海や天空に放出
しているのを止めることもできないでいる。万余の避難民が今も望郷の思いの中で異郷の地で苦しんでいる。
こんな中でオリンピックの饗宴などと浮かれるのは天を欺くものであって、天罰を誘因する所業であろう。

あまつさえ毎年しり上がりの数千万人のインバウンドで利益をむさぼってそれによる疫病の蔓延に対し
何らの防疫対策もしてこなかった。コロナウイリスの侵入に対して検査体制を最小にし、やむを得ない者しか
検査・治療をしないという非人間的な対応に終始して患者数を隠ぺいした。

このようなやり方は、結局、社会全般の隅々にウイリスを浸潤させ、やがて手におえない爆発的パンデミック
を引き起こすことになるだろう。医者が要求しても検査を認めないなどという政策をとる政府をそのままにしていいのか。
どう対応したらいいのか。

1、現代のような経済・文化などグローバルな交流が発展する中では、今もこれからもコロナウイルスの
ような疫病が起こるだろう。人類は、これらを直ちに絶滅することは困難だ。だから、ウイルスと共生する
という生活と体質を構築するしかない。休校や会社や地域、都市の封鎖をしてもウイルスの流行は防げない。
薬の開発と人間自身の身体内の免疫力をつける以外にない。休校や封鎖は長期戦には無効だ。

2、あらゆる病気と同じように、それ以上に流行性ウイルスの感染は早期発見、早期治療が肝要だ。
それを妨げる政府や地方自治体の権力者(自民党など政治的クラスターを形成している)を粛清することだ。
その権力クラスターらは原発稼働や原爆製造・実験で地球上に放射能をまき散らしているが、それが人類の
免疫力を大きく低下させていると考えられている。エイズ発症もそうだといわれている。

3、免疫力の強化には断食(fast)が有効である。毎日の夕食を抜くだけでも風邪などの病気罹患を著しく抑制する
といわれている。私は毎年風邪で苦しんできたが、それを実行してここ5年以上風邪をひかなかった。
日光浴でビタミンDを補充することも大事なことだ。ビタミンDの欠乏は脚気だけでなくがんや糖尿病など種々の
病気に関係しているといわれる。

また、紅茶や緑茶を飲むことも上気道の殺菌の効果的な方法だ。
オリンピックで使う巨額の資金を、国民(特に母子家庭など貧しい家庭)の食生活の改善、防疫対策(研究、スタッフの育成と  
維持など)の費用、そして、東北の震災・被曝者への賠償や救済費に充当すべきであったし、これからもそうだ。

1年後に東京オリンピックは成立するであろうか。福島原発が収束しない限りオリンピックのお祭りは喜ばれない。

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2020年1月 2日 (木)

謹賀新年

新しい年を迎えたが、何の感慨もない。

私は昨年3月29日に何者かによって家が焼かれ、焼け残った離れの一室に新たに物置を手作りで建ててなんとかこの身を収容し生活する場を確保した。

その間、裁判三件を続行し、地元の困った人の手助けをしながらなんとか生きている。これまで絶望的な状況に何度か陥ったことがあるが、最も酷烈な打撃を受けた。

中でも大事な本がほとんど灰燼に帰し、また3台のパソコン全部が焼けて、フロッピーディスクやUSBなど保存していたあらゆるデータが消えたことは、痛恨であった。まるで戦災に会ったようだ。

通報があり駆けつけて燃え盛る火の中に私は入ろうとした。それはフォイエルバッハの原作著作集をそれだけは取り出したかった。
だが、私服の警察数人が私を強力に抑留し一歩も家には入れなかった。年齢も高く、肉体も衰えた。絶望の中から私は立ち直れるだろうか。

わかっていることは、私はオンブズマンを続行すること、部落問題を研究すること、現代の政治問題、とりわけ原発問題にかかわり続けることである。私はケチではないが、質素倹約的生活が好きである。昔の子供の時代のつつましやかな生活が好きなのである。最期は誰にも迷惑をかけずに死ぬことだ。

だが、この汚濁に満ち、人類的危機が迫るこの世界をこのままにしては死ねない、悪党どもを一人でも多く粛清しないでは冥途の旅には出られない、そう思っている。イタリアパルチザンの歌を歌いながら日課の庭内散歩をしている。

新年に臨んで悪政に苦しんでいる人々に少しでもいいことがあるように祈っている。

私には七難八苦がこようともびくともしない。

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2019年10月16日 (水)

不自由展 愛知トリエンナーレ2019事件

10月15日の国会予算委員会で野党の質問と政府答弁を聞いた。
隔靴掻痒の感をぬぐえない。企画展の混乱予想を事前に申告しなかったということで
政府は補助金不交付を決定した。政府は内容ではなく手続き上の問題で決定したという。
野党の側もそのレベルの追及に終始したようだ。

しかし、安倍権力側の狙いは、河村名古屋市長があらわに示したように慰安婦少女像であった。
安倍政府は、積極的あからさまには表現の自由や文化の統制を始めたのではない。
今の段階では、真の狙いは煙幕を張って、反日本主義的傾向を抑える、申請など手続き上の事務段階で妨害をする

ということである。だが、煙幕は薄くその真の狙いは誰にでも透けて見える。徴用工や慰安婦問題で過去の植民地支配や侵略戦争を肯定する、そのためには隣国との対立・敵対も辞さない。
だから野党は、手続き上の瑕疵を追及するだけでなく、慰安婦問題や徴用工問題、日本の植民地支配・アジア太平洋への侵略戦争そのものを問題にしなければならない。

この内容の論戦を避けて、あるいは敵の狙いに内心同調して、政府と対決するといっても所詮は迫力のないアリバイ作りに過ぎない。

新聞やテレビの報道もそうだ。手続き上の形式論議は政府の日本主義的文化統制という実質的な内容をかくす役割を果たす。日本主義的イデオロギーはかつて(戦前に)戸坂潤(「日本イデオロギー」岩波文庫)が明らかにしたように、本体は無内容を特徴とする俗物の思想であるが、民主的なもの、科学的なもの、ヒューマニスティックなものなどを押しつぶす思想と行動を本命とする。

今次の安倍内閣は、一層日本主義的で反動的であるが、これを衝く好個の材料が愛知の企画展事件だ。
展示された朝鮮の少女の尊さと安倍権力の醜さをあぶりだすことなしに、権力の文化統制、表現の自由への弾圧を糾弾することにはならない。

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2019年9月12日 (木)

香港人民の決起

香港の学生・労働者市民、そして中高生達の粘り強い戦いには
本当に頭が下がる。世界史的な素晴らしい戦いだ。

その特色は、前衛党的な政治的党派が存在していない、まさに自然発生的な民衆の革命的行動だ。
アメリカの革命思想家ラーヤ・ドウナエフスカヤの思想を地で行く。
直接的には、中国スターリン主義体制への反乱であるが、それにとどまらない。
やがて、香港を支配している自由主義(資本主義)体制に対しても根底的に反乱しだすだろう。
戦術的にはデモや集会、官憲との乱闘だけに終わらず、市民の投票による人民議会の樹立、
そして言論集会の自由など暫定的憲法を制定し、・・・・プロレタリア革命に進むべきだ。

プロレタリア独裁権力は、反革命的内乱を企てる者以外で徹底した民主主義(行政だけでなく生産現場に至るまで市民のあらゆる所で)を施行し、福祉や教育を無償化する・・・・・。1871年のパリコミューンの再来を2019年香港にみる。

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2019年5月 3日 (金)

天皇狂騒曲

天皇の退位、2019年5月1日から新天皇の即位、令和への改元などで新聞やテレビは大騒ぎだ。改元で何か新しい時代が来るかのごとき雰囲気を作ろうと躍起になっている。
天皇、などという尊大な称号を得てご本人は何とおもっているのであろうか。

前天皇(現上皇)はその尊称の荷物が重くてつらいのでなるだけ庶民的な装いを
こらし、膝を曲げて国民の手を取った。昭和天皇裕仁の先の大戦での戦争責任を償うようにして沖縄などの戦跡を精力的に訪ねまわった。

それは戦没者への祈りというよりも天皇が犯した戦争犯罪の贖罪行為としてそうしたのであろう。地震・津波・風水害などの被災者に膝まづく行為には、天皇制を否定し、自分は人民と同じだ、というメッセージが込められているようだ。

前天皇明仁と美智子妃の思いと傾向は、天皇退位ではなく廃位、天皇制廃止の方へ傾斜していたというべきであろう。宮廷奥深く象徴としての天皇ではない。
宮殿を脱し修羅の場で身を焦がす自己否定行為だ。

天皇制を廃止し、天皇一族を普通民・自由民に返す絶好の機会であった。
それなのに、政府や御用新聞、NHKなどテレビ、そしてかなりの国民が再び天皇制を盛り立て否が応でも尊く立派で高貴な存在に押し立てようとする。

天皇一家は、まいったなあと思っているかもしれない。

天皇制が再び反動勢力に利用され、ファシストの政治的象徴とならないためにも、天皇制を廃止することが肝要であり、また、本人たちはどう思っているかわからないが、生まれながら高貴な人類と生まれながら卑しまれる人類の存在は自由平等の民主主義からはるかに遠く、階級社会の永続化を支えるものである。

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2018年4月26日 (木)

幕末維新博

News & Letters/630
土佐の高知のはりまや橋で
坊さんかんざし買うを見た
よさこいよさこい
 
この民謡で歌われているのは純真という四0歳近い五台山竹林寺の坊さんと
十五、六のうら若いお馬という女性とのラブアフェアである。
中岡慎太郎や坂本龍馬らが活躍していた幕末安政の頃の話だ。
坊さんは妻帯できないという破戒の罪があるので禁断の恋ということである上に
許可なく女を連れて藩外に駆け落ちしたということで土佐藩吏によって二人は追捕され県外で捕縛された。
そして二人は三日間面縛の刑(公衆にさらされる)を受け、さらに城下から追放された。
坊さんがかかわったとはいえ厳しい封建倫理の犠牲だ。
だが、封建権力とは違って当時の土佐の世論ではこの事件を決して非難せず、
むしろおもしろく民謡にしてもてはやした。
幕末土佐城下でも、封建倫理と市民社会の対立、自由な恋愛観、近代へ息吹との相克・分裂が見られた。
人通りの多い街角に縛られ面縛の刑にさらされた二人の姿とその苦闘は、中岡慎太郎や
坂本龍馬らと相呼応して日本近代社会に向かって、むしろ光り輝いていたのではないか。
高知県庁が取り組んでいる維新博に武士やお偉さんばかりでなく、歌にまでうたわれた民衆の幕末・維新も登場させるべきであろう。

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