日本の歴史

2024年4月 3日 (水)

部落の歴史を一冊の本に残さなければ死んでも死にきれない。

私も予想したよりもはるかに長生きをしている。何にも社会に役に立つこともせず、
毎日なぜか生きている。貧しく困窮している市民の相談に乗り、その手足となって働いている。
しかし、何事もうまくはいかない。街灯一つをつけるにも難しい。

2週間ぐらい前、コロナにかかり高知の病院に隔離された。さいわい5日ほどで解放された。
しばらく人と話すことも避けて逼塞していた。

私の残りの人生もわずかだが、生涯の研究である部落問題の総仕上げをしようとしているが、
なかなか時間が取れない。部落解放運動関係出版で私のことについて書いた本が数冊あるが、
的を得た評論はない。

今地球温暖化(灼熱化)の中で、人類の生存そのものが危機的な状況で
部落問題に注力するのはどうかと言われるかもしれない。解放運動の理論などもいくつも読んでいるが、
今、部落問題を研究したり論じたりする意義については焦点の合わない主張が多い。

私が大学の卒論で出したのは、近代日本においてどうして部落が問題として残ったかであった。
私は、講座派や労農派の対立を止揚してそれを宇野経済学的に帝国主義段階論で乗り切った。
今、私を取り上げた数冊の解放運動の歴史の本では、その理論的功績は無視されている。
当時その新機軸ともいわれた論文を載せた「立命評論」という雑誌は何度も版を繰り返して需要にこたえたという。

私は当時先生方の勧めを断って理論を精緻化する研究者にはならず、解放運動の実践の世界に入った。
部落問題は、なぜ今に残ったのか、部落大衆の苦しみの解決を優先したのである。
しかし、いま私の部落問題の解明の努力は、部落がどうして残ったかではなく、どうして部落が形成されたのかに移っている。そのこと、部落の歴史を一冊の本に残さなければ死んでも死にきれない。

なぜ今もなお部落問題か。
回答。人類的危機のなかでこそ、部落問題や少数民族問題が大きな社会問題となる。
それはナチスがすでに示した。日本の関東大震災の折にも在日朝鮮人が犠牲になった。
天変地異など社会のパニックには、人々の眼が向くのは被差別民であり、食糧危機など切羽詰まった
状況では、真っ先に被差別民衆が襲撃される。

現在の人類史的危機をもたらしているのは明らかに資本主義であり、その経済成長主義である。
資本の増殖の論理は資本主義の本質であり、地球と人を蚕食しつくさなければやまない。
資本主義は労働者を使い捨て消耗させるだけでなく地球の自然環境そのものも破壊し食い尽くすのである。
だから、プロレタリアートは部落民など少数被差別民と手を組み資本主義を廃し社会主義的な共同社会
を建設し、地球消滅を防止しなければならないのである。危機に臨んでプロレタリアートはその矛先を決して少数被差別民に向けてはならない。そうすれば真の敵を見失い自らの友軍を滅ぼしそうして自分自身も滅びなくてはならなくなるのである。

  残り少ない人生を有意義に生きていこう。最後まであきらめずに。

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2023年6月 8日 (木)

虚偽の哲学「梅原日本学」

『日本思想の古層』(2017年8月10日藤原書店 梅原猛 川勝平太)という本を読んでいる。
川勝氏は梅原猛の哲学を賛嘆して次のように言う、
「・・・日本において信仰が芸術に昇華したことは疑いないところである。芸術は文化の花である。

 

「花」自体が信仰と芸術の統合シンボルになる。・・・・芭蕉は「西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、その貫通するものは一なり。しかも風雅におけるもの、造化にしたがひて四時を友とする。見るもの、花に非ずという事なし。おもふところ、月にあらずといふ事なし。像、花にあらざるときは、夷狄にひとし」(『笈の小文』)と言った。」

 

梅原日本学という哲学の中核的思想は 草木国土悉皆成仏 という概念であり、それは縄文時代以来の日本の基層をなす文化・信仰である、という。それはそうかもしれないが、「夷狄」を差別・排撃する芭蕉の芸術論を称揚するのとどういう整合性があるのだろうか。

 

芭蕉の「笈の小文」は上の引用に続いて「心花にあらざる時は鳥獣に類ス。夷狄を出、鳥獣を離れて、造化にしたがひ造化にかへれとなり。」
造化とは天地自然のことか。しかし夷狄も鳥獣も草木国土悉皆のうちに入るのではないか。夷も狄も人間である。

 

梅原人間学は、西洋の哲学ではなく東洋の思想、特に空海の密教を高く評価する。しかし、空海こそは、その有名な「性霊集」でその夷狄である蝦夷を「非人」と激しく非難し断じた最初の人間であった。梅原ら日本の美学をいう連中は、その思想の根底に日本の神道的な聖と俗、貴と賎の感情的概念を持っている。梅原は蝦夷を縄文の血を引くもので、後から入って来て大和朝廷を樹立した朝鮮系の人間集団によってカースト的差別を受けてきたと正しく位置付けていた。(『海人と天皇』268頁)

 

私は、蝦夷に対する激しい差別と収奪の名残が部落差別の原因だという考えをもって部落史を研究している。だから、梅原の日本学には大いに期待してその著作をよく読ましてもらったが、上に引用した芭蕉の美学論の差別性の無批判的な評価はいただけない。部落問題をまともに考えられない学者は、結局そこで陥穽に落ちてその思想の学問性を崩してしまうのである。

 

 

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2023年5月 6日 (土)

ウクライナ侵略戦争

ウクライナへのロシアの侵略、無差別爆撃、民間人の大量虐殺がやまない。このロシアの侵略行為についてよく、ナチスの蛮行が比較される。

だが、日本人はロシアの蛮行・侵略行為については、日本軍がした中国や朝鮮、アジア諸国での侵略と虐殺の数々と比較するべきであろう。

ロシアやナチスの蛮行を非難するだけで日本は何をしてきたか一つも語らないのはあまりにも不誠実で虚偽の真骨頂だ。

いつまでもいつまでも我々日本人は、日本人がやったアジア侵略とそれによる無辜のアジア人民の死を語り伝えねばならない。

ロシアによるウクライナ人民への残虐行為はかつてほんの少し前日本がアジア人民にしてきたことであることを、ロシアを非難しつつ我々の過去をも非難しなければならない。

その事だけは忘れてはならない。招集されたとはいえ私の父や叔父たちは中国の土地を軍靴で踏み許されない不当な行為をしてきたのである。その責任を我々は引き継がねばならない。

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2022年9月21日 (水)

安倍国葬の法的問題

私は、友人とともに高知県監査委員会に、高知県知事濱田氏及び県議会議長らが、今月27日の安倍国葬に出席することについて差し止め請求の住民監査請求を行った。

理由は、内閣が安倍国葬を行うことは⓵憲法に違反するということと、安陪元総理が②様々な反動的行動をした人物であることの二つである。

地方公共団体が、憲法など法律に違反する行為は地方自治法第2条の第16項、で禁じられ、第17項では法令に反する行為は無効と規定されている。
違法かつ無効な行為に公金を使うことは当然違法であり、差し止めや賠償の請求の対象となる

⓵の憲法違反は二つある。

一つは、内閣法第1条第1項で、内閣の職権は、憲法第73条他憲法で定められた職権を行うと明記されていて、国葬を行う職権などを
定めた条項は憲法にはない。戦前の勅令のように内閣がきめたことが法であるというのはファッショ的な考えだ。

権力は法定されたことしか執行できない。吉田茂の国葬も当時の自民党内閣は「超法規的」行為であることを自覚していた。
現在の自民党権力はそのような意識すらもないから権力を握ったら何でもできると考えているのである。これはファシズムだ。

もう一つの憲法違反は、憲法20条の第3項違反だ。「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動してはならない」
という規定に違反する。国葬も葬儀である。葬儀は宗教活動だ。無宗教的葬儀は現在の日本には存在しない。

明治5年6月28日太政官布告で自葬祭が禁じられ、葬儀は全て神式か仏式に限定され,神官か僧侶によって挙行されることになった。
勝手に自分で葬式ができなくなったのだ。この太政官布告は今でも生きている。明治4年のいわゆるエタ解放令の太政官布告が生きているように。
明治5年6月以来、日本人の葬式は宗派宗教の独占物となった。

「葬式仏教」は国のお墨付きとなり、寺院のドル箱となった。
国葬も例外ではない宗教行事であるから、憲法では国が宗教行事は執行できない。
マスコミや学会は、安倍国葬について法的根拠がないというだけでなく、憲法違反だという法的根拠を国民に示すべきだ。

そして安倍国葬に出席する連中もこの憲法違反について理論的に反論すべきだ。憲法違反と知って、超憲法的行動をとることの

政治的責任についてどう考えるのか、聞きたいものだ。憲法を破っていいのか。統一教会のような、日本人にとっては売国奴的教義(日本は韓国の属国だから金を貢げ)を持つ団体と一体となって権力を築いた安倍晋三の葬儀に、憲法を破ってまで奉仕しなければならないのか。

反社会的な宗派宗教の広告塔となっていた男の葬儀は二重に宗教的であり憲法違反だ。

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2022年8月 1日 (月)

右翼思想

左翼が混迷し国民の支持を失い国会等の議席を減らしている。それにくらべ、各種の右翼の政治勢力がうじょ、うじょとはびこっている。

日本の右翼思想は、教育や軍隊をはじめ政府中枢などに入りこみ、日本の超国家主義として日本国の支配的政治思想となった。

そしてその思想は強固な日本軍国主義体制を築き、日本を日中戦争から太平洋戦争に引きずり込み、日本の無条件降伏に導いた。

亡国の思想だ。無条件降伏というのは日本列島すべて失っても文句が言えないという屈辱なのである。
だが右翼の流れは消えず、保守党に食い込み、維新の会や参政党などの新しい独自の政党として台頭している。

右翼思想の核心は、第1にアジア侵略であり、第2に天皇中心の政体、第3に反民主主義だ。改革だとか、美しい日本だとか、神道だとか、新しい歴史教育だとかいうが、その核心は、侵略と天皇とファシズムだ。その何れもが無辜の民衆の血の犠牲を要求する.
右翼思想とは血なまぐさい残虐行為を美化する思想だ。

その一方で右翼思想を推進する連中は利権にまみれ権力に群がって専横をこととし、言論封殺、反体制派の大弾圧、国民の奴隷化体制を必然化する。

右翼思想に無関心であれば革新勢力だけでなく自由主義的な中道に立つ勢力もあっという間に葬られるであろう。
この日本伝統のカルト集団は、統一教会やオウムや。。。学会のように優しい姿と声で我々に近づいてくる。

オオカミが羊のぬいぐるみを被って世間を餌食を求めてうろついているのである。断じて加担をしてはならない。

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2022年7月25日 (月)

自民党補完勢力の台頭 参政党

今次の参院選挙ではいよいよ日本維新の会の勢力が定着し、中道、左翼勢力の凋落と安倍晋三の犠牲による反動勢力の台頭が明らかになってきた。

とりわけ、参政党なる新しい整理力の選挙演説を聞いても、日本のアジア侵略の歴史的事実を全面的に否定し、戦前軍部が掲げた大東亜圏とか八紘為宇などの侵略的用語まで使って天皇中心とした日本国のアジア支配の野望まで堂々と主張している。

コロナ対策のワクチンやマスクについても攻撃しているからほとんど狂気的集団と思われるが、この政党に参加しているのが一見まともそうな大人だからどうなっているのだと思う。ネットなどを通じてこれに賛同し熱中する若い者が多く出ているという。世も末だという感じだ。

私もワクチンは一切受けていないが、マスクや口の消毒は厳重にしている。戦後の歴史教育を選挙で公然と否定する団体は参政党だけだろう。

今ロシアがウクライナでやっている残虐なことをもっと大々的にアジアでやったのが日本なのである。
我々日本人は、100年たっても1000年たっても侵略の歴史的事実を忘れてはならない。それを否定する政治家にいかなる議席も与えてはならない。

それが最低限の日本人の良心だ。
我々は、誇らしい良い歴史も恥ずべき悪い歴史も、事実をありのまま認識し、反省すべきことは反省し、謝罪し、できる限り償いをしなければならない。

歴史的事実を認識することを自虐史観と言って非難する連中、自尊史観とか虚偽の歴史観を宣伝する連中の魂胆は、夢よもう一度で国粋主義的アジア侵略の思想を復活させようとするものであり、再び祖国を灰燼の中に引きずり込もうとする亡国の徒なのである。

「霊の御柱」などの荒唐無稽な平田派国学の流れの皇国史観を唱道する連中をいかなる政治的舞台にも挙げてはならない。権力に近づけてはならない。

それは侵略戦争と身分差別の根源であり、無辜の民の累々たる屍の上に咲くあだ花だ。

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2022年4月26日 (火)

大河ドラマ

現在進行中の大河ドラマ「鎌倉殿と・・・・」で少し気になる場面が出ていた。

それは、頼朝が上総の介を討ち果たす場面である。御家人の謀反の動きに掣肘を加えるのに無実と思われる有力武士を血祭りにあげた。

また、義仲の使者を何の罪もないのに切り殺しその生首を義仲に送り返した。

また、だいぶ前のシーンでは義経は野原で鳥を射落とそうとしたが誰か別の人間の矢で仕留められていたが、義経はその者を無造作に殺して獲物をわがものにした。作者NHKはこのような残虐な画像を見せて武士とは非情な者だということを教えたいのだろうか。

これが武家の支配の本当の姿だといいたいのであろうか。しかし、これまでの大河ドラマのヒーローたちは、これほどまでも残忍な姿は描かれなかった。勧善懲悪的なストリーで子供たちが見ても愉快なものであった。自己の利害のため、自己の欲望のためには平然と人を殺しても構わない、という大河ドラマは、何か恐ろしい気がする。

ウクライナでのロシアの鬼畜の所業をこのNHKの画像でどうやって非難できる?娯楽映画であるから、韓国の時代劇の様に悪い奴が必ず滅びるということにし、英雄たちは正義人道の戦士であってほしい。確かに史実は血と涙で彩られ悪が栄えてきた。弱い多くの民衆は殺され奪われ泣いて生きてきた。

私は、市民との学習会では、常に次のように言っている。「正義はほとんど常に敗北する。この世では金と縁故の強い者、悪党が勝つ。ただ時々正義が勝つときがある。」と。

裁判所でもほとんど権力の側、悪の強い者が勝つのであるが、時々正しい者が勝つときがある。だから我々は心の中やドラマでは常に正しい者が勝ってほしいし、その者は決してむこの人を殺したりはしない。

判官びいきで大昔から日本人に好かれてきた義経までも非情で残虐な人間と描かれては夢も希望もなくなる。NHKを観て少年たちが自分の利欲のためなら人を殺しても構わない、プーチンを英雄だなどと考えるようにならないか心配だ。

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2022年3月30日 (水)

高知新聞の特集「水平宣言100年」2について

全国水平社が1922年3月京都岡崎で結成されてから100年がたった。
私の母はそれより4年前1918年4月に生まれ2004年2月に死んだ。

死期が近づいたとき、母の遺言のような言葉を聞いた。「戦争と差別がなければ幸せな人生があった。」と。
だから私にとっては戦争と差別が親の仇なのである。
高知新聞の特集の意図はわかるが、この記事では同情を誘うことはあっても部落差別を解消するきっかけにはならないだろう。

何故なら「ルーツ」について明確な説明がない。
インターネットの普及によって、差別的言辞や表現が簡単に流布し深刻な人権侵害状況が広がっているという。

その通りだ。悪意のあるルーツの暴露だ。そのもっとも重大な事例として「示現者」という出版社の全国被差別部落の地名リストが挙げられている。これについて東京地裁も「プライバシーを違法に侵害する」と判示して出版禁止などの命令が出た。

インターネットで自分の出身地区名がさらされ衝撃を受けたという「九州に住む30代の女性」は「小学生の子供にはまだルーツを伝えていない」となげいたという。また、関西大の教授のコメントも掲載している。その中で教授はいう。

「変えようのないルーツ、努力ではどうにもならない事情を考慮しない情報に接した時は・・・・」
これでは、「ルーツ」がなにか負のイメージとなり、その「ルーツ」を変えようとしても変えられない、「ルーツ」を世間に暴露することが悪い、ということでおわる。

もちろん人の「ルーツ」を勝手に暴露することは許されないし、とりわけ部落民であるぞとの「ルーツ」の暴露は重大な人権侵害だ。だが、ここで「ルーツ」そのものが何の問題もないことが明らかにされねば、「ルーツ」について何かを隠そうとしているのではないか、その「ルーツ」には問題があるのではないかという疑惑と偏見をかえって呼び起こすことになる。

だからここで部落史の研究の成果を少しなりとも紹介するのが部落問題を扱う教育や報道関係者の義務的仕事であろう。
部落の起源にはいろいろな学説が戦前から発表されてきた。しかし、一部を除いて多くのまともな歴史学者や研究者は日本の古代中世、又は近世になって権力者によって庶民の一部が賤民にされたことから起こったということでは一致している。

形質人類学的研究でも、部落民は異民族ではなく、むしろ東日本方面の住民、縄文時代人の血統を色濃く引き継いでいること
が明らかになっている。(人類学者小浜基次大阪大学教授)
部落民のルーツは、とくに誇るようなものではないが、日本人全般のルーツと全く同じなのである。

もとより、異民族のルーツだったとしても何も恥ずることも差別されるべきこともないことは言うまでもない。
部落問題の記事や話が、ルーツをさらした、とか、ルーツは秘密だ、プライバシーだなどということで終わっては、ルーツへの変な興味や疑惑を起こし、差別意識をかえってかき立てるだろう。
報道関係者は日頃から、社内、社外を問わず部落問題の研究会や学習会を持ち、その記事に学問的な裏付けを持たせる努力をするべきである。

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2022年3月13日 (日)

3月11日 東北大震災の教訓


はや11年が過ぎた。その前日だったか数日前だったかの夕方、私は疲れていたので東洋町役場から戻って畳の上に横になっていたらしばしの間うたた寝に落ちた。夕食を告げる下宿のおばさんの声で私は眼を覚ましぼんやり坐ったままで、どういうわけか、そのおばさんにむかって「日本に大変なことが起こる」と語った。

なぜそう言ったかわからないし、大変なことが何なのか分からなかった。私の言葉は、そのおばさんから当時白浜のホテルに手伝いに来ていた私の実姉にも伝わっていた。
そうしてあくる日か数日後にか大震災が東北を襲い、原発までも爆発した。すぐにホテルで働いていた下宿のおばさんから私に電話があった。「町長さんの言う通りのことがほんまにおこった!」

*********
11年前の東北の大震災(平成三陸沖大地震というべき)は自然現象は仕方がないが、その被害は、原発大爆発も含め人災の側面が非常に強いと私は思う。なぜなら、三陸沖においては明治29年の震災(犠牲者2万2千人)、昭和8年の震災(犠牲者3064人) 昭和35年のチリ地震も含め三陸は激震による津波災害は繰り返されてきた。

どれだけ対策がなされてきたのであろうか。
私は東洋町役場に入って最初はもちろん高レベル放射性廃棄物処分場の町内導入問題を解消することが第一の課題であったが、それは直ちに解決した。第二の課題は、南海地震・大津波の対策であった。甲浦の方は一部を除いて山が近かったから問題は白浜・小池、生見、野根地区の津波対策には避難タワーを次々と建設することであった。

私は、県庁に備えられていた南海地震の記録を読んでいたし、その大部の記録書の中に差別的表現があることを県庁に指摘もしていた。とりわけ、作家吉村昭の「三陸海岸大津波」の本を読んでいて、この文庫本を数百冊購入して、職員や住民に渡して、津波対策の重要性を訴えてきた。役場内部の昇進試験の出題もその本から出すとして、受験者にコピーを用意した。

そして私は津波避難タワーの建設の計画を立て1期の任期中に2基のタワーを建て、さらに2基のタワー建設予算を残して役場を去った。吉村のこの小さな本を見れば、誰でもその津波のすごさに慄然とするだろう。

東北でも四国でも日本の沿岸にある市町村は、誰に言われなくとも、津波襲来への備えをしなければ住民の命は救われないということは自明のことだ。それは地震発生から数分の内に自然の高台か人工の矢倉かタワーに上るほかに助かるすべはないということだ。いくら強固な堤防を築いても津波は大蛇かところてんの様に堤防を這い上がり乗り越えて襲ってくる。

数度の津波大災害を経験していながら、11年前に三陸の沿岸の町にいくつの津波避難タワーが建設されていたのか。
災害時の当時の新聞記事(確か朝日だったと思う)でただ1件だけ、避難タワーに上って相当人数の人が助かったという記事があっただけだ。

明治・昭和の大被災を正しく教訓化し東北の沿岸の町や村の各所に避難タワーが建設されていれば、2万数千人という明治時代と同じ犠牲者を出すことはなかっただろう。家や田畑など財産は失ってもほとんどの人が命を落とすことはなかった可能性について学者や新聞やテレビが真剣に考えるべきであろう。

一時間ほどで読み切れる吉村昭のドキュメンタリを真剣に読んで備えをしていれば11年前の東北の犠牲者はほとんど出なかったと私は確信している。今も津波避難タワーの建設は一部の市町村を除いて遅々として進展していない。高知市内などには、大きなビルなどへの避難が準備されているようだが今度の南海地震の規模が尋常ではないものとすれば、市内の住宅街などに避難タワーが百基や2百基が建設されてもおかしくないはずだ。

室戸市中心部もそうだが高知市街ももともと低地でありこのままだと大災害を受け多大の犠牲者が出る可能性がある。
為政者や学者、マスコミは、災害の実態を繰り返し報じ嘆くだけでなく、正しく教訓を生かし、命を救う方策、避難タワーの建設などの具体的対策の進捗状況・予算の状況を点検し、国民に知らせる必要があろう。

古来、日本では戦災は別格としても、地震・津波・火山、風水害など災害対策が政治の一番重要な課題であることを肝に銘じるべきだ。

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2022年3月 4日 (金)

水平社100年


2022年3月3日、今から100年前の今日京都岡崎の地で全国水平社が結成された。

部落差別に対する戦闘宣言だ。当時は水平運動高で無きう、日本共産党の結成など労働者や学生・婦人など日本人民のの政治的台頭もあったが、日本軍部もまた虎視眈々とアジア侵略を準備していた。

世界的にもナチスドイツ、イタリアのファシストなどが権力奪取のためにうごめいており、革命後のロシアでもスターリンが共産党の主導権を握ろうとしていた。

ロシアプーチンのウクライナ侵略の物情騒然とした現代と何も変わらないのではないか。部落差別も少しも収まっていない。

私は60年代後半に全国部落研究会連合を結成し、激しい糾弾闘争を繰り広げた。狭山差別裁判糾弾闘争はその最大の闘争だった。その中で全国部落青年戦闘同志会をも立ち上げ、部落解放運動は武装闘争であるという理論と実践を敢行した。

道半ばで私の闘争は中核派関西地方委の橋本一派に暴力的に阻止されたが、それを乗り越えることはできなかった。
だがその理論と実践の旗幟は今も私の手にあり、一日として部落問題について考えない日はない。

私は大学は立命館の日本史学専攻に入学して以来、部落の歴史を勉強してきたが、今日までの研究では、部落差別は、北方のツングース系の騎馬民族(天孫族)によって日本列島の先住民が征服され、征服王朝大和朝廷に服属せず抵抗した被征服民蝦夷(奥州俘囚)に対する差別に根差す種姓差別が起源である。

それが徳川幕藩体制で法制的に固定化したものであって、明治維新後も天皇制下の資本主義体制の中で温存されたものである。

日本の資本主義も原理的にも前近代の身分差別を解消することなく、むろろ経済外的な様々な前近代的桎梏も徹底的に利用して原始的蓄積を遂行してきたのであり、かててくわえて、資本主義の帝国主義段階において資本主義化した日本では、部落差別を解消することなどは夢のまた夢であった。

部落差別は単なる身分差別ではない。それは血の穢れ、血統の差別の様相を呈しており、それはインドのカースト差別と同じであり、そのことは古代中世の高位の僧侶や貴族らによって旃陀羅と同じだと繰り返し指弾され、それがずっと続いているのである。

国連でも部落問題はDESCENT(血統)の差別問題とされている。
もちろん、部落民が蝦夷の後裔であるとしても蝦夷やアイヌの源流は縄文人であり日本人の原流(主流)をなすのであって、
朝鮮や中国方面から流れ込んできた外来征服民族ではないのである。

いまさら先住民とか外来民族とかといっていがみあうことはないが、部落民も一般日本人も日本列島に住む人間として何の変りもない。黒人や黄色人など人種によって差別するというその人種というのは、生物学的に何ら科学的根拠がないということは今や世界の常識なのである。

中学高校の生物の授業で人種差別について何の科学性もないということを教えるべきだ。肌の色や目の色、髪の毛などで人種差別などは笑うべきであり、科学的根拠がないのだ。まして外見上何の違いもない部落民への差別に何の根拠があろうか。
縄文人やエミシ系の血は濃淡の差はあれ混血人類日本人のほとんどが保有しているのである。

日本列島の人類の系統は二重構造であり一つは⓵アイヌ・蝦夷系、今一つは②朝鮮系だ。というのは人類学の支配的な学説である。⓵は東日本に多く、②は西日本に多いとされた。部落は②の地帯にありながら孤島のように⓵の形質をもっていると分類されていた。それは、昭和50年代大阪大学の小浜基次教授の調査研究で発表され明らかにされたものである。

小浜教授の研究を除いて蝦夷・奥州俘囚が部落民の先祖だという物的証拠はない。史料も存在しない。状況証拠はたくさんある。

日本史の学者で部落史を研究してきた学者の中には、中世、穢多と言われて特別な差別を受けてきた人々は狩猟漁撈民ではないかというところまで行っている。中世において狩猟漁撈民の代表格は蝦夷に他ならない。

いずれにしても部落民差別の科学的根拠は何もない。だが、差別は厳然と存在する。今も私自身しばしば差別を受ける。
全国水平社宣言の意義は今も有効である。
私は大学を卒業して奈良本辰也先生の推薦状を懐にして部落解放同盟中央本部(書記)に入った。

そこでは全国水平社の生き残りの戦士がまだ元気であった。朝田善之助(京都)、岡映(岡山)、北原泰作(岐阜)、上田音市(三重)、米田富(奈良)・・・
中央行動など東京で宿泊するときには。後のあの全解連委員長の岡映は常に私と同部屋にし寝物語に昔物語をしてくれたものだ。

綺羅星のごとく輝く水平社のレジェンドたちの熱い息吹を受けて仕事をしたことを生涯の誇りに思っている。

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