地方自治と原子力政策

2019年9月 6日 (金)

政治的中立


愛知県の展示会で慰安婦像と思われる少女像が出品されたことで河村名古屋市長ら嫌韓族が騒ぎ出し展示会がつぶされた。

地方自治体が、政治的な表現を公的な施設でどこまで受け入れるのか難しいという問題がある。金は出すが口は出さないとか愛知県知事の発言もある程度理解できる。

しかし、知事や市長村長の政治的中立というのは、あり得ないと私は思う。首長は政治家なのだ。公的施設の利用や行政の在り方にその政治的信念が反映するのはやむを得ない。
私は東洋町長在任中に、女性職員二人を東京の慰安婦問題の集会に派遣したことがあった。町長のメッセージを持たした。

若い職員に日本の侵略戦争の真相を知ってもらう必要があると考えたからである。また、高知の西の方の大月町に使用済み核燃料の貯蔵受け入れの話があった時にバスを1台出して町長自身を含め職員や住民をその地元の集会に参加させたこともあった。

また、核武装を唱えるある新しい政党が東洋町の施設で講演会を開きたいので会場を貸してくれという申し出があったが、これを私は拒絶したことがあった。その政党の女性活動家が政治的中立性がないなどと執拗に食い下がってきたが、絶対に施設は貸さないと峻拒した。私は政治的中立性ではなく、私の政治的信念を通すことが大事だと思ったし、それで正しいと思う。
もしNUMOが東洋町に再び現れて高レベル放射性廃棄物の説明会をやりたいと申し込んできても、公的施設の利用は認めなかったであろう。

「金は出すが口は出さない」という知事の発言は、そういう形で少女像を守ろうとするぎりぎりの政治的表現であろう。
人は、どちらの見方にもならない、天にも地にも所属しない空中を漂う存在ではありえないのである。

横浜市長のカジノ「白紙」の発言も「推進」の別の表現だったわけだ。
「政治的中立」の主張は、政治的に抑圧されて公共の施設の利用や道路での示威行動を拒絶されたり、著作物の出版が禁止されるるなど表現の自由がうばわれるときに被抑圧市民の人権を守る戦いの武器である。

戦争を憎み、核兵器や原発を憎み、人権を守ろうとする者には、一本の道しかなく政治的中立などは存在しない。
たとえその者が知事や市町村長であってもだ。

もちろん、首長の場合、自分の信念と相違するからといって、あるいは自分に不利益になるからといって、何でもかんでも反対したり禁圧するというわけにはいかない。その判断は憲法など法令の趣旨やその自治体の条例や慣例、またひろく人倫の公序良俗に依拠し説明できるものでなくてはなるまい。

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2019年8月20日 (火)

六ケ所村視察旅行

脱原発を目指す首長会議が六ケ所村など青森の原発施設視察旅行を企画し、私もこれに参加した。東洋町の高レベル放射性廃棄物騒動の、根源を製造する施設である。

この施設で全国の原発の使用済み燃料を集め、再処理してプルトニウムを取り出しこれをまた原発や高速増殖炉の核燃料に仕上げ、またそれを使った燃料からプルトニウムを取り出し・・・という夢の核サイクルの施設であるが、それはまた無限の高レベル(低レベル)放射性廃棄物を生産する施設でもある。今それは破綻し成功するという見通しも立たないが、政府や電力会社は止めようとしない。

高レベル放射性廃棄物はこの六ケ所村には置くことは許されていない。政府はこれを日本のどっかで地層処分するという法律を作っている。経産省やNUMOが血眼になってその最終処分場を探してきた。

小さな日本一貧しい東洋町はこの企てに巨大な拒絶の鉄槌をくらわした。もはやどこの市町村も自ら手を挙げて受け入れようとするところはないだろう。民主主義が続行する限り国がどこかに勝手に押し付けて建設するということもできない。

何億の札束を積まれようともプルトニウムの人工活火山を故郷の町や村に作ろうという人間は決してその村や町の多数派にはなれない。

今、最終処分場がないまま、日本は、高レベル放射性廃棄物や何万トンともいう膨大な使用済み燃料を地震・津波という大蛇の餌食に供しようとしている。これからこれら今でも始末に負えない毒物をさらに増やそうというのは狂気というよりほかにない。

①原発の稼働、②再処理工場の稼働、③その廃棄物の最終処分をめぐって、巨大な国民的騒動が起こらなくてはならない。これまでの裁判闘争は①に集中していたが、むしろ③の方から②、①に攻め上るという方策が必要である。

特に③については現在①や②の施設内に保管される方策がとられているが、これは違法状態であることをはっきりさせる必要がある。

国の法律(「核原料物質、核燃料物質及び原子炉に関する法律」43条3の5第2項8)には原発設置の許可申請の段階で使用済み燃料の処分法について明確にする義務が規定されていて、施設内に保管するなどというのは処分方法には当たらないのであるから原発稼働の許可は無効となる。

原発の稼働をめぐる裁判では、安全かどうかの判断は裁判官の恣意の裁量に左右される。権力におもねる裁判官では原告は100パーセント敗訴する。だが、核廃棄物の処分をめぐっては、裁判官の恣意のはいる要素はほとんどない。

核廃棄物の処分をめぐってこそ国民運動、裁判闘争が必要である。稼働する原発の脅威ももとよりだが、残存する核廃棄物の脅威はさらに大きい。福島第一でももし使用済み燃料に火がついていれば、今頃関東地方はどうなっていたかわからない。

核廃棄物、その地層処分をめぐる問題(闘争)こそ国民の圧倒的賛同を得、勝利の道が望めると考える。
今回の視察旅行で私はこのことを痛感した。

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2018年3月22日 (木)

裁判闘争での敗北

News & Letters/624
函館地裁の大間原発差し止め裁判、佐賀地裁玄海原発3,4号機差し止め裁判が相次いで敗訴。
国策をめぐる事案で裁判で争って勝つのは至難の業である。
それは、事実や法令をもとに利害をめぐっての争いではなく権力を相手にする政治裁判であるからである。
裁判官の圧倒的多数は権力の側にその意識を保って生活し仕事をしている。
住民訴訟を含む行政訴訟で勝つのは至難の業である。
だから反原発運動では裁判闘争での勝利を最終的勝利目標にしてはならない。
原発を止めさせるのは権力の構成を変革することによるから、選挙も含む大衆的な政治闘争によって決着をつけることである。裁判闘争はその政治闘争の中に位置づけられる。
すなわち、政治闘争を活性化させ、敵の姿を鮮明にし、我々の政治目標がいかに正しいかを明らかにすること、そのことによって大衆的政治闘争の大義を鮮明にし闘争を活性化させる、そのために裁判闘争をするということである。
選挙戦を含む大衆闘争の発展のなかで裁判所の姿勢も変わる。裁判闘争至上主義に陥り、原発のある市町村への大衆的な扇動工作、選挙戦など政治闘争を主体にした反原発闘争の原則を忘れてはならない。
東洋町での経験では、一個の裁判闘争もせず、もっぱら署名活動や宣伝活動、そして選挙戦で決着をつけたのである。裁判闘争で勝てばよし、負けても裁判で明らかになった事実をもとに大衆運動の発展の足場を築きあげねばならない。原発東京都問題は政治決着だということを肝に銘ぜねばならない。
現地の議員選挙、首長選挙に登場することは当然の戦術である。
玄海町議選では永く保っていた反原発1議席も失うようでは、あるいはそれを受け継ぐために立候補の一人も出さなかったでは、その運動の本気度が問われよう。
政治闘争で無力なのに、さなきだに難しい裁判闘争で勝てるわけがない。
このままでは福島のように取り返しのつかない大事故が起こってから初めて原発の恐ろしさが分かった、ということになりかねない。

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2018年2月18日 (日)

続 高知新聞「核廃迷走 東洋町から10年余」について

News & Letters/619
この連載の最後⑧に、国が主導する最終処分場の選定のための「科学的特性マップ」をもとにした国民への説明会を取り上げ、説明会へのやらせ動員のフェークが露呈した事を取り上げた。このような世論操作の例として九電のやらせメールもとりあげ核廃や原発稼働に対する「国民の不信感」、「不信続く処分事業」を強調する。
国や電力会社への国民の不信はそのとおりだが、それでは、高知新聞が東洋町の「騒動」前、その後の新聞広告でNUMOの核廃最終処分場(地層処分)の安全広告を繰り返したのは、どのように説明する。?
連載記事⑦で、日本学術会議の核廃問題についての提言を取り上げたが、その提言で日本列島では核廃問題を解決する地層処分は不可能だという最も核心的な疑問的提言を記事から没却したのは何故だ。
連載記事⑦で日本学術会議の提言で核廃の「暫定保管」を紹介しているがそれは、日本における核廃の最終処分としての地層処分に対する疑問を前提にしている。「長期に安定した地層が日本に存在するかどうかについて、科学的根拠の厳密な検証が必要である。日本は火山活動が活発な地域であるとともに活断層の存在など地層の安定性には不安要素がある。」(2012年9月12日日本学術会議(「回答 高レベル放射性廃棄物の処分について」)
地層処分の有益性を宣伝した新聞社が日本学術会議の核心的提言を隠そうとするのは自然なことだ。
国民の死活に係ることで、政府や電力会社のフェーク宣伝を紙面いっぱいにして広告費を稼ぐ新聞には倫理も正義も何もないのか。
東洋町の「騒動」のことも「表面化したのは2006年9月。」(連載記事④)という。それは確かに私が9月の室戸市議会で東洋町の核廃問題を質問通告したとき、それを契機にして高知新聞が取り上げたのが最初でそれから「騒動」は本格化した。
だが、高知新聞の室戸市局は、私が知る何か月も前から東洋町役場や議会の核廃への極秘の動きを知っていたが東洋町長との約束でそれを伏せていたという。新聞社の使命は、国民に対して一刻も早く真実を報道することだ。
敵側の体制が整うまで攻められる国民には情報を隠してもよいという姿勢が、報道機関の誠意であろうか。

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2016年11月21日 (月)

原発の規準地震動

News & Letters/536

九州の玄海原発に対して二つの訴訟団がある。私が所属しているプルサーマル裁判の会と「原発なくそう九州玄海原発訴訟」の会である。両方に特徴のある有意義な訴訟だ。
だが、共通したものがある。両方の訴状や準備書面を見ても政府「地震調査研究推進本部」の「修正レシピ」又は最近の「新レシピ」が出てこない点である。

他の原発の裁判では住民側が政府作成のそのレシピを強く押し出して、それで計算せよ、そうするとほとんどの原発はそれぞれの電力会社が作成し規制委員会が認めた基準地震動を超過し、再稼働ができなくなる。と主張している

。両方の規準地震動に対する批判、一方では入倉方式はだめだ武村方式を使えという主張、他方では基準地震動が過去の地震の平均像にすぎず、平均を超える地震動が無視されているから、基準地震動そのものが無効だ、という主張はその通り正しいと思う

しかし、その主張に加えて、政府作成のレシピの試算を示すことを入れてもその主張を何も損なうことはないだろう。むしろ、それぞれの主張を補強する証拠となるし、裁判官や一般国民には分かりやすい。規準地震動というのは原発が受けるであろうと想定される最大の地震動のことである。

各原発の定めている基準地震動は政府の作成した計算方式で計算した地震動の数値を大きく下回り、原発施設の耐震性がない、という話は難しい地震学の話が分からない者でもだれにでもわかるし、素人の裁判官に受けやすいだろう。まさか政府の定めている計算方式を裁判官が電力会社と一緒になってこれを否定するわけにはいかないだろう。

裁判に勝利する、原発を止める、ということより以外の目的があるのではないか、という深い疑念を持たざるを得ない

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2016年11月 9日 (水)

誰がために鐘が鳴る

News & Letters/533

誰がために鐘が鳴る

Never send to know for whom the bell tolls,
It tolls for thee.

昨日、プルサーマル裁判の会の佐賀事務所で、先に行われた3県にまたがる原発事故避難訓練の観察報告会が開催され、それらは貴重な学習材料となった。

参加した行政や関係住民のずさんな訓練の姿が映し出され、とても本番では対応できない、何のためにやっているのかさえ分からないものだったということであった。

私が知っている南海地震による津波を想定した避難訓練の方がはるかにましであろう。
なぜこういう結果が毎回くりかえされるのか。
それは段取りが悪いとか、設備が不十分だとか、・・・そういう段階のものではないだろう。

それは原発事故の恐ろしさ、福島事故を対岸の火事のように見ている意識の低さが反映しているからに他ならない。県や市町村の行政関係者が第一に原発事故が起こることについて現実的感覚が全くない。

唐津市役所の公務員や議員のように熊本地震級の地震が原発を直撃しても原発施設の健全性は損なわれない、という見解を堂々と市議会本会議で答弁し、その答弁について誰も何とも反応しなかったのである。

このような危機感のない人間たちが、避難訓練だといって集まっても何ができるだろうか。
だが、問題はそんなところにあるのではない。
その弛緩しきった避難訓練を観察してあざ笑うことはたやすい。
だが、誰が誰をあざ笑うのか。

そのような避難訓練の実態は、この佐賀県周辺の公務員や住民の低レベルの危機感しか持たせなかった我々の問題に返ってくるのではないか。
あざ笑うのは、我々の努力のなさ、われわれのこれまでの運動の姿を笑うことになるのではないだろうか。

後藤曜子(立命館大学出身)さんという人がプルサーマルをやっている玄海原発の事故のシュミレーションを作ってネットで公表していた。
それによると、最悪のシナリオでは、玄海町など原発周辺の3町村数万人の住民は全員急性死亡、旧唐津市8万人のうち7万5千人も急性死亡・・・・という悲惨な想定がなされている。この想定を拒むことができるであろうか。

福島と違って玄海原発の場合は海の方から陸上に風(西風)がほとんど常時吹いている。
放射能の濃厚なプルームは玄海町や唐津市を長時間にわたって完全に飲み込み、佐賀、福岡、長崎をも包み込み、中国四国地方に広がって放射能が人々の肺腑に浸透するだろう。
このような想定をほとんどの公務員も住民も知らない。無知ほど強いものはない

。死が迫っていても泰然として暮らすことができる。この死のシナリオを我々はどれだけ人々に知らせたであろうか。人々は電力会社の金で潤うマスコミの安全神話に浸され続けている。
それに勝る情宣活動を我々はどれほどしてきたのであろうか。

避難訓練のみじめさをあざ笑うのは、我々の運動のみじめな努力の低水準を笑うのではなかろうか。

中世イギリスの詩人牧師が歌うように語った

誰(た)がために弔鐘(かね)が鳴ると思うなかれ、そは汝のためなるぞ。
という言葉を心に響かせば、人を見て笑っている場合ではないだろう。

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玄海町民の監査請求書

News & Letters/532

玄海町民による反撃が始まった。玄海町長岸本に対する住民監査請求です。
原発5キロ圏内の住民の健康診査が昭和48年~平成22年まで行われていた。
約3000万円の公金をかけて実施されたが、その報告書は一切公表されず、破棄または隠匿されてきた。

開示請求しても、保存期間を過ぎて不存在という回答である。
玄海原発周辺の住民の健康状態についてはすでに森永徹氏が統計資料を使って明らかにしており
原発から放出されるトリチウムが原因で白血病の異常な罹患率として表れていた。
玄海町の健康診査も森永氏の分析結果と同じものが出ていたと強く推定される。
それがゆえに玄海町長と九電はその診査結果報告書を抹殺しようとしているのであろう。
監査請求書は、藤浦町議らによって明日朝9時に玄海町監査委員に提出される。

玄海町職員措置請求書(住民監査請求書)

                   2016年 月  日
玄海町監査委員殿
                   請求者
                       住所
                      氏名
                    同
                      住所
                      氏名                          
                    同
                      住所
                      氏名
【請求の趣旨】

玄海町は、岸本英雄町長の公文書(「北部地区健康診査」報告書)の違法な破棄により、その文書作成に要した2921万3446円相当の損害を被っている。
また岸本町長らの違法行為により、医学的見地からも高い評価を得られる価値ある著作物である上記報告書について、少なくとも1千万円相当の著作権益を喪失した。
よって、玄海町は岸本ら関係職員に対し上記合計金額を玄海町に支払うよう請求する義務がある。

【請求の理由】

一、添付資料の通り、「北部地区健康診査」(これを単に診査と呼ぶ)は、玄海原発周辺直近の地域住民に限定して昭和48年~平成22年までほとんど毎年実行された。
玄海町はこの診査のために上記の公金を出費した。

この診査の目的は、時期や対象地域から見て新設された玄海原発(昭和50年1月28日臨界)から発する放射能の、地域住民の健康への影響について明らかにし、これを行政施策の参考にすることであった。このような診査が正規の行政機関で行われたのは全国ではこれ以外には存在しない貴重なものである。この診査の結果について岸本町長が議会や住民に全く報告もせず、秘密のうちに破棄またはそれと同等の処理をしたことは重大な背任的違法行為である。

その行為は、単に一文書の破棄にとどまらず、その長期にわたる診査とそれを集約した報告書の作成には上記の費用を要したのであるから、その公金を捨て去ったも同然であり、同額の損害を玄海町に被らせたものである。
また、その破棄行為は、同報告書が国内だけではなく国際的にも貴重な学術上の成果であることから極めて高額な著作権益を台無しにしたことになる。玄海町は、岸本町長ら関係職員に対し損害賠償の請求権を行使すべきであるがこれを怠っている。

二、玄海町議会議事録(平成28年3月議会)によると、この診査は、堀田医院など地元の医師たちに委託されて実行されたという。平成22年に終了した際に委託先から報告書が届いたというが、住民の健康には問題がないということで報告書が委託先に「回収」されたとの岸本町長の答弁があった。(町職員は請求人に対し初めはプライバシーにかかるので公開できない旨の口頭での回答をしていた。)
しかし、最近の請求人らの情報開示請求に対して、町側の通知書では厚生労働省令の5年の保存期間が過ぎているので、保存していないという回答であった。

三、しかし、玄海町文書規程第31条の文書の保存期間(別表第3)や32条の保存年限の計算では、その報告書は未だ保存期間中であった。すなわち、文書規程31条別表第3では、「重要な調査又は統計関係文書」は永年保存か又は「行政執行上必要な統計関係文書」と考えても10年の保存の義務があるものである。本件診査はその性質からして永年保存に当たることは明らかである。

もし仮に5年の保存義務としても請求人の藤浦が町議会で質問した時点(平成28年3月)、また、情報開示請求の時点(同年10月18日)では、その報告書は保存期間中であった。
保存期間中の公文書を確保しなかった事実、誰かに「回収」させたり、まして保存期間中に破棄した事実は、文書の破棄の刑事犯罪に該当すると思料する。

四、玄海原発周辺の住民の健康については、すでに森永徹氏の研究論文が存在していて、玄海町及び唐津市などでは白血病の罹患率が原発稼働の前に比べ稼働後に異常な高数値が出てきているという指摘がなされている。これは政府が発表している統計資料に基づくものであって何人も否定できない。森永氏はこの異常な数値の原因は玄海原発の異常に高いトリチウムの放出に原因があるのではないかという推定をしている。

福島第一原発など事故を起こした原発からの放射能の汚染は事故後も日に日に深刻になりそれが拡散して収まりがついていないが、事故を起こしていないとされる原発の通常運転で周辺住民に看過できない被害を及ぼしているとなれば、重大な人権侵害であり、そのことは本件診査報告書にも何らかの痕跡を残している可能性が高いと考えられる。
住民の生死にかかわる第1級の重要な疫学的調査の結果を違法な方法で破棄したことは天人共に許されない行為であり、その住民の健康上の損害額は本件請求額の何十倍にも登るものである。

  添付資料1  「北部地区健康診査に要した費用」(玄海町役場作成)
  添付資料2  玄海町議会議事録
  添付資料3  玄海町文書規程第31条別表第3
  添付資料4  森永徹 「玄海原発と白血病」

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2016年10月27日 (木)

宮殿を相手に、玄海4号機の差し止め請求 佐賀地裁

News & Letters/529

本日、佐賀地裁に玄海4号機の稼働差し止め請求の仮処分を申し立てた。
その中心的主張は、九電が規制委員会に出した基準地震動の計算のまやかしについてである。

そもそも、原発を止めるには、政治的解決と司法的解決の二つの道がある。
新潟の最近の県知事選挙は、原発阻止の政治的解決の巨歩を記す快挙であった。
しかし、佐賀の玄海原発については、政治的優勢は敵側推進派にある。
山口知事も古川前知事よりはましであるが基本的には推進側にある。

また、立地自治体の玄海町や、原発直近の唐津市はあからさまな推進の癌となっている。
最近の地元紙のアンケート調査では、原発を認めない世論は過半数となっているが、この県民の要望に応える

政治勢力は弱く、今の時点では、政治的な解決の道は、きわめて困難な状況である。
この困難を何とか突破するために奮闘中である。

焦点は2年後の玄海町長選であろう。
司法の道も容易ではない。すでにわれわれは3号機のMOX燃料、プルサーマル裁判で一敗地にまみれた。

しかし、ひるまずに裁判所で県民の声、当たり前の科学の真実を訴え続ける必要がある。

裁判の要は、地震だ。
地震の恐ろしさは、第1に揺れであり、第2にずれである。そして第3に津波だ。
裁判はこのうち第1の揺れ、基準地震動(GAL)である。九電が出している基準地震動の計算は、日本の地震の特性を反映していない。

入倉・三宅方式は世界の地震の平均値で計算していて、我々が主張する武村方式に基づけば、これが日本の地震の平均値に基づくリアルなものであって、前者と比較すれば基準地震動は4倍~5倍の強振となり、現行の玄海原発や川内原発の620ガル程度では原発施設や機器類はもたない。これが佐賀地裁での裁判の焦点である。

さらに、問題なのは、川内原発や玄海原発は、基準地震動の計算では、規制委員会規則で定めている3つの地震のうち一つの型の地震しか計算していない疑いがある。3つというのは、①地殻直下型地震②プレート間地震③プレート上の地震である。九電の地震動に関する解説のパンフレットでは①だけしか記載されていない。

②の東海、東南海、南海地震などプレート間の地震でも九州や中国地方、裏日本もゆすぶられてきた。幕末の地震では遠く中国でも観測されたという。

③のフィリピン沖プレートのように沈み込んだプレートは九州北部など日本海の下にも達しているといわれる。

その沈み込んだプレートにも地震が起きる(スラブ内地震)。規制委員会の規則は内規ではなくれっきとした法令である。
法令に定められた基準地震動の計算を提出していないなら、今回提出した補正書は違法、無効となる。

これが、地震の揺れに基づく危険性であるが、
第2のずれの問題はまた別である。

ずれは、隆起・沈降、左右水平のずれ、液状化などが原発敷地を直撃した場合、いかなる頑丈な地盤でもその上の施設は一発で崩壊する。このような直撃を日本の原発の安全審査では全く考慮に入れていない。活断層が見つかったところだけ避ければいいというわけにはいかない。未知の活断層は無数にあるだろう。柏崎刈羽原発はかろうじて施設の大破は免れたが、地震による地盤の上下・水平断裂の直撃の恐れは日本原発すべてに潜在している。

日本の原発は、立地が決まってから活断層の有無を電力会社自身が調査するというやり方で来たから、断層があっても隠ぺいしたり、その断層を切り刻んだりして過小評価してきた。玄海原発の立地する岸壁は、地震による隆起や沈降、褶曲など断層活動でできたものではないのか。今日目覚ましく発展し活断層発見で威力を発揮している変動地形学で照射すれば、どのような驚くべき結果が出てくるかもしれない。

第3の地震による津波についても、玄海原発は最大波高3~4メートルとして、引き潮もマイナス3メートルとしている。

どのような計算でこんな安易な数値を出したのか知らないが、日本海側でも10メートルを超える津波が来ないとは限らない。
玄海原発は標高11メートルの岸壁にあるから大丈夫というが、串崎の対岸(原発から500メートル)から見た限りでは、ほとんど海面数メートルのところに施設が設置されているように見える。

しかも九州電力の解説絵図面で見ると施設の建っている敷地は岸壁から10メートル下で海抜0メートルとなっている。玄海原発には堤防もなく、また引き潮に備えた取水口前面の海水滞留堰も設置されていない。津波は日本近海だけではなく、朝鮮や中国方面からも押し寄せてくる可能性もある。

地震の直撃を受けなくても海からの津波の襲来(その前兆である激しい引き潮)でも原発を守ることはできないのではないか。

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2016年8月26日 (金)

唐津地区労の学習会

News & Letters/515

8月26日の夜、唐津市民会館で、地区労の学習会に参加した。地元の弁護士が講師で玄海原発の裁判について話がありその後参加者から意見があった。

その中で唐津での反原発活動を永年やって来た男性の話では、本年4月27日づけの毎日新聞の岸本町長の例の高レベル放射性廃棄物受け入れ発言(すぐにあわあわと取り消した)の後、7月28日玄海町主催の高レベル放射性廃棄物地層最終処分についての説明会があり、九大大学院の出光教授が説明に登場したという。

そして、原発施設の数百メートル至近距離の対岸にある串崎(唐津市)という方面で九電及び業者が買収の話を仕掛けているという情報もあるということである。ここは10年前にもその話が持ち込まれたが住民に拒否されたということである。

まだ十分固まった話ではないが、①4月27日の新聞報道騒動、②7月28日の町主催の説明会(15人程度の住民出席)を考えるといよいよ、全国漫遊中のNUMO の狙いの照準が定まって来たという感をぬぐえない。

我々は、臨戦態勢を早急に組まなくてはならない。

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2016年4月15日 (金)

九州の地震

News & Letters/476

4月11日、12日九州の大地が揺れ動いている。人は外に飛び出す、家や塀が壊れ、道路が陥没、水道管が破裂、列車は止まった。だが、どうして原発を止めないのだ。列車は線路や施設や機械類の安全確認がなされなければ動かない。

余震が活発な間も動かないだろう。動いて事故や故障が起きたら止める、というバカげた考えはしない。

だが、原発。この世で一番恐ろしく、この世で一番vulnerabilityのか弱い壮大な装置。これだけの激しい大地の震動が続いているのに、川内原発は止めないという。異常が出ていないから、事故の報告がないから・・・という。

しかし、異常事態や事故が発生してからでは遅いのだ。列車の場合でも走っていて事故や不具合が発生したら大惨事になるから、事前に列車を停止し、安全の総点検をするのである。列車の大惨事はその列車の範囲で収まる。

原発の場合事故や不具合は一旦起こると全世界を危殆に陥れる可能性がある。事故は止まらないのである。

相当な地震が起こった時には、いったん原発をとめて総点検をし、余震が収まり安全を確かめてから動かす、というぐらいのことはやってもらわないと困るのである。九州の大地が鳴動する中、川内原発を全九州、全国の心ある人が注視している。

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