原子力産業の是非

2023年4月 3日 (月)

危機感欠如の高知新聞記事


本年4月2日付高知新聞の地球温暖化についての論評は極めて危機感が欠如したものである。

国連の気候変動に関する政府間パネルの報告書について、という事である。

今世紀末の気温上昇幅を産業革命前の1.5度に食い止めるためには、2030年に二酸化炭素排出量を現在の半分に削減する必要があるなどの報告を紹介するが、危機感が見られない。

二酸化炭素を半減するという目標は不可能であること、日本政府も国民もそのための生活方法、産業構造の変換などは全く考えていないこと、このことの指摘は何もしない、高知新聞の危機感のなさも明らかであろう。

地球温暖化対策には二つの面がある。二酸化炭素を削減するという面と、現に進んでいる温暖化対策の面である。

今年も世界各地で耐えがたい猛暑が襲来してくる。日本でも40度を超える灼熱が襲ってくる。劇的な気候変動への対策を具体的に進めなければ、灼熱による冷房のない家屋での生活不能、飲料水の枯渇、田畑の旱魃、作物の収穫不能、豪雨による山の崩落、大洪水、巨大台風の襲来など止めどもない自然災害・・・・これらへの対策をしなければならない事態になっていることについて論じなければ危機感は生まれない。

例えば田畑に熱射を防ぐ防熱遮蔽ネットを用意する、干ばつに備え池や地下タンクをつくる、総ての家庭に冷房設備を用意する、裏山にトンネル型穴居住居を掘る、・・・・・

また、二酸化炭素を削減するためには、自動車や船、航空機などの利用や生産を大幅に削減するという抜本的な生活や産業構造の転換が必要であるが、高知新聞の記事にはそんなことは示唆することさえできない。

そして何より、ロシアによるウクライナなどでの侵略戦争や日本を含む世界各国の軍拡競争が、そしてまた、原発の世界的な稼働が、地球温暖化にいかに
大きな悪貢献しているかについて言及しなければウソになる。

かつての橋本大二郎知事らが原発を支持する理由として原発が地球温暖化を
抑止するなどと言っていたが、とんでもない。原発は放射能をまき散らすだけでなく、その稼働までに膨大な化石燃料をを使う事実、稼働中には膨大な温排水を出すことも没却してはならないのである。

自動車を使い、電気を使っている自分のことを棚に上げてこのような他者への批判を書くことには躊躇を覚えるが自分の事も含めて現代人の危機感のなさ、無責任さには慙愧に耐えない。

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2023年1月21日 (土)

無罪判決

東京高裁は地裁に続いて福島原発事故による数多の殺人事件について刑事責任の被告を全員無罪にした。

その理由は、政府の調査機関(地震調査研究推進本部)が発表した長期評価が当時として対策を講じるほどの確実性はなかったとするものであるが、この判断は民事(昨7月東京地裁株主訴訟、昨6月最高裁判決)事件の判断と根本的に相違するものであった。

まず第一に、原発を稼働させること自体に犯罪性がある。
⓵原発稼働によって施設から大気や海洋に放射能がまき散らされること、
②また、処理することができない超危険な使用済み核燃料を産出することであり、その廃棄物は広範な範囲の周辺住民や不特定多数の国民に危害や損害を与える。
③周辺住民に事故による被害の脅威が日常的に与えられ続ける。
原発稼働の責任者はこれらだけでも十分重罪に処せられる理由がある。
まして、実際にその稼働によって事故を起こし、それを防止できなかった結果多数の人間を殺害したのであるから当然極刑に処せられるべきであった。

津波だけでなく、地震動によって配管などが毀損されていたという事実もあり、無数の配管などがぶら下がって稼働する原発では些細な地震でも重大事故に
つながる損傷がありうること、またそれを防ぐことは不可能であること、その不可能性を認識してそのうえで稼働していたのであるから、これはほとんど故意か少なくとも未必の故意というべきだ。

人通りの多い繁華街を速度制限を無視して猛スピードで車を走行させること、そして実際そうして事故を起こし多数の人間を殺傷した場合、無罪で済むだろうか。いったん事故が起こればその機会も事故も制御できず、何万何十万の人間の死につながるという機械の稼働をh会は許すべきではないし、ましてその機械が正常に稼働しても、放射能をまき散らし、どうすることもできな使用済み燃料という放射能の塊を作り出す、こんな人類滅亡にもなる危険物をもてあそぶことを犯罪として裁けない裁判所は何の価値があるだろうか。

今回の判決は、資本家とその権力機関の走狗化した裁判所の哀れな姿がさらけ出された。

政府の巨大地震についての長期評価の認識の程度がどうであれ、テロや敵勢力による攻撃は固より、原発を稼働させておれば大地震はいうまでもなく中小の地震でも、あるいは経年劣化によっても、配管や原子炉などが毀損し重大事故につながるという認識は、誰でも持っていたことであり、その事故が実際におこったのである。

政府の巨大地震の長期評価を知っていた以上は故意であり、対策を講じなければ大変なことになるかもしれないという認識ぐらいはあったはずだから、少なくとも未必の故意という犯罪の範疇で処罰されるべきだ。

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2022年4月 7日 (木)

ジェノサイド


ロシアプーチンの軍隊によるウクライナ市民への恐るべき大量の虐殺は全世界を驚愕させた。21世紀になってこのような惨劇を見るとは。

だが、日本人は考えてみなくてはならない。このようなことの何十倍の民間人の虐殺を日本天皇軍がアジア各地で行ってきたということだ。

他人事の様にロシア軍を非難する政府や報道を見て、過去の日本について知らぬふりをしているように見える。

プーチンやロシア戦争指導部や天皇や日本軍の指導部だけでなく、一般兵士が直接手を下したということの罪と責任を考えなくてはならない。

我々も、状況によっては、またロシアや日本の兵隊の様に残虐行為をする可能性はないのか。何らかの恐怖であるいは無抵抗の女性や老人子供を殺すことに

快感を覚えるのか、戦争であるとはいえ、なぜ人は無力な人々をかくまでも殺戮できるのか。

私の父は弱いことで知られた大阪の8連隊に招集され中国東北部に出征し、敗戦でシベリアに抑留され、昭和25年ごろ舞鶴に帰還した。
その父が言うのには、抑留されているときロシア兵が、月を指さし「日本でもこの月が見えるのか」と尋ねたという。

これについて父親は、ロシア兵の教育水準の低さをあざ笑っていた。
科学的な教養のなさはともかく、人権についての教養がなければ人を殺したり奴隷化したりしても平然としておられるだろう

部落差別や女性差別、障がい者差別、そして民族差別などについての人権教育をおろそかにしてはならない。強固な人権教育をしておかねば、我々は、昔の日本軍や今のロシア軍と同じように他国に侵入し人を殺したり家を破壊してもなんとも思わない残虐な人間になりかねないのである。過去の反省もせず、他のアジア民族の者へヘイトスピーチをし、部落差別を当然と思う連中がうようよしている日本では、状況の変化ではロシア軍と同じことをしかねないだろう。

これだけ毎日ロシアのウクライナ侵略のニュースがテレビや新聞で報道されているが、一つも日本軍の先の大戦で行った数々の蛮行について触れられないのはどうしたことだろうか。

少年時代、家では時々親戚の男どもが集まって酒盛りが開かれていた。そばで私など子供はその酒盛りでの話に耳をそばだてていたが、その男どもは、中国戦線で日本刀で中国人を切りころした話を自慢げに話していた。日本兵の多くは、残虐行為をするために出征し、それを実行していたのである。

戦争だから許されるものではない。自分の人権も人の人権も人権や人命の尊さを我々は全力を挙げて我々自身そして子供や子孫に伝えなければならない。

そしてその思いは、およそ生きとし生けるものに向けられねばならない。牛、豚の肉や鳥の肉を食い、魚を食う人間は、アイヌの熊祭りのような思想で生命に対し感謝と畏怖をもって暮さねばならない。
なるだけ生きものの肉を食うのを少なくすることだ。

    諏訪神社勘文

 業尽有情(ごうじんうじょう)  雖放不生(すいほうふしょう)

 故宿人身(こしゅくにんじん)  同証佛果(どうしょうぶっか)

この勘文は狂言にも出ている位だから中世の日本庶民の口に膾炙されていたものだ。

古来、鹿や猪など獣の肉を食ってきた日本人は、アイヌと同じように食用にした生きものに対して敬虔な思いを抱いて感謝してきた。
まして、人間の生命を理由なく奪うことなどあってはならないことだ。

人権教育以前に、生きものの殺生に対して中世の日本人の様に、慈悲や畏怖の念をもつように我々の感性を深めていかねばならない。

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2022年3月 5日 (土)

ウクライナの戦い


核兵器をはじめ何十倍もの強大な武力のロシアの侵攻に対し、ウクライナは徹底抗戦を続けている。
詩経の柏舟に次の詩がある。

    我心匪石 (わが心 石にあらねば)
    不可転也 (ころばすべからず)   
    我心匪席 (わが心 むしろにあらねば)
    不可巻也 (まくべからざるなり) 
    威儀棣棣 (威儀たいたい 威儀を堂々として)  
    不可選也 (選ぶべからず 他に何もない)

核兵器を含む数十倍の武力でロシアのウクライナ侵略が続く。
ウクライナ国民の英雄的な戦いが続いている。死をも恐れぬ不退転の気迫が感ぜられる。

  詩経の柏舟の一節を思う。

我心匪石 不可轉也 

(わが心石にあらねば 転ばすべからざるなり)


我心匪席 不可巻也 

(わが心むしろにあらねば 巻くべからざるなり )


威儀棣棣 不可選也 (威儀棣棣として 選ぶべからざるなり  威儀堂々とする他になすことはない) 

ロシアは、ついに巨大原発を砲撃しウクライナ人民だけでなくヨーロッパ全体、人類に向かって襲撃を始めた。

欧米もアジア・アフリカも全人類は、ウクライナの人民の辛抱にだけ依存するのではなくもはや国内法を超えて気が違ったプーチンに対峙しなくてはならないのではないか。

ナチスドイツや天皇軍国主義の日本と同じようにロシアは人類への犯罪を開始した。
世界戦争に発展する前に、このプーチンの行動を阻止すべきだ。

世界人類は、こんなバカげたプーチンを打倒し、地球温暖化に対する本格的な戦いを急がねばならないときだ。

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2021年8月14日 (土)

地球温暖化

高知新聞8月11日号の社説「警鐘を対策強化に生かせ」の末尾の文章がよくわからない。

「エネルギー分野は、火力発電は国際的な縮小圧力を受け、原子力は安全性への懸念が強い。それだけに、再生可能エネルギーへの期待が膨らむ。技術開発や送電網の整備に時間がかかり早急な導入拡大は難しいとはいえ、移行へ向けた積極的な対応が求められる。」
「移行へ向けた積極的な対応」というが文脈から再生可能エネルギーへの「移行」をいうのであろう。

しかし、「地球温暖化」問題は何もエネルギー問題だけではない。再生可能エネルギーに移行しても、地球温暖化は収まらない。

問題は石油や石炭、ウランなどのエネルギー関係資源だけでなく、鉄鋼、森林などあらゆる鉱物、植物などの地球資源の乱開発と大量消費 を抑制することが問題なのである。ますます過熱化する地球資源の大量消費活動、それによる処理できない大量の廃棄物と汚染にブレーキをかけなくてはならないのである。

例えば大量の太陽光発電パネルを生産するしても又やがてそれらの大量の廃棄物化を処理するにも、あるいは電気自動車のための大型バッテリーを製造したりそれを廃棄したりするのにどれだけの地球資源を消費するか、その廃棄物でどれだけ地球環境が汚染されるか、それら総体による二酸化炭素の膨大な発生はどうするのか。

コバルトやリチュームなどのレアメタルなどの鉱物を発掘するのにどれだけのエネルギーを使い、どれだけ地球環境を破壊し汚染しているか。今の自動車を全部電気自動車に替えたとしたら、破滅的な環境破壊なしには、そんな社会に「移行」できないだろう。新聞社の幹部はそれぐらいのことは考えねばならない。

原発にしてもそれはただ「安全性への懸念」とか安全な稼働だけが問題になっているのではない。原発を建設しそれを稼働し、廃炉にするのにどれだけのエネルギーを使うか、どれだけの二酸化炭素を発生するのか、膨大な量の温排水が海水の温暖化にどれだけ寄与しているのか、原発は放射能だけではなく、二酸化炭素発生に関して火力発電との違いがどれだけあるのか。高知新聞の論説には知性というものが感じられない。

現代の人類は、公正に平等に生産物を分け合って暮らせば、さほどがつがつして働く必要はない。
衣食住が足り、医療や介護が行き届き、スポーツや音楽、学問研究の自由と余裕が保証されていればそれで十分であろう。

経済成長とかGDPとか資本主義(日本やアメリカだけでなくロシア、中国など国家資本主義)の論理に振り回されて地球資源を食い尽くし自分が作り出した熱波や洪水の中であえいでいる。
このままでは、人類破滅の大団円を迎えるのは、早くて10年か、遅くても数十年のうちのことであろう。

環境破壊の報いともいうべきコロナパンデミックでさえ押さえることはできないだろう。
我々が「移行」しなければならないのは資本主義から社会主義(ソ連・中国などスターリン主義ではない)へであり、資本主義を可及的速やかに終息させることである。

コロナ禍の今こそその移行を試みるチャンスであろう。国民一人一人に食料と医療や介護、教育を保証した上で、原発の廃止はもとより、自家用車の生産、武器の生産・・・をストップし、労働時間の大幅削減、食事は三食をやめて、二食に改め・・・・⇒ 経済の大規模スローダウンを実行しなければならない。

昔学生の頃、「25時」という小説を読んだが、もうすでに間に合わないかもしれない。ドラスティックな変革が起こらなければ人類はずるずると破滅に向かうと考えられる。やがてとかいつかではなく、我々の世代でその断末魔を経験する可能性が高い。

2019年国連での、スウェーデンの少女グレタさんの我々に対する鋭い叫び WE WILL NOT FORGIVE YOU  に真剣に答えなければならない。若い学生だけではなく年老いた「青年」たちも革命的行動に決起するべきであろう。

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2021年7月28日 (水)

暑い夏

暑い夏がやって来た。五輪のさなか、コロナのパンデミックはますます増大している。東京の罹患者数は驚異的だ。

日本全体が東京化する可能性もある。このパンデミックは地球の生態系破壊・崩壊の結果であろう。CO₂の高濃度、温暖化・異常気象による豪雨洪水、高温、山火事、原発爆発、放射能の蔓延、・・・産業革命以降世界の資本主義の発展によって地球環境そのものが破壊され食い尽くされてきた。

グレタ・ツーンベルクさんの叫びがむなしく響いている。大人たちは、オリンピックの騒ぎをやめようとしない。
地球が破滅に瀕しているその間、人類の人口の数パーセントの栄耀栄華のために、残りの90%以上の人類が飢餓や貧苦の中にあえいできた。

その元凶は資本主義(帝国主義)なのだ。常に発展と成長を願い、利潤追求を唯一の使命とする資本主義(帝国主義)をやめない限り地球は救えない。

今資本主義が問われれている最中に大河ドラマで渋沢栄一が登場している。日本資本主義発祥のリーダーをたたえるときであろうか。

資本主義は商品生産の原材料の確保のため発展途上国を徹底的に食い物にし、原材料と製品の市場をめぐって二度の世界大戦を含め数多くの戦争を繰り広げ夥しい血を地上にしみこませてきた。資本主義は、あらゆる鉱物を掘りつくし、世界中の熱帯雨林を滅却し、川も海も大気までも汚染し今や人類の生存そのものでさえ脅かしている。

二酸化炭素だけではない、凍土が解けシベリアのメタンガスが噴き出した場合にはもはや防ぐ方法はない。爆発的な大気の温暖化(過熱化)が起こるのは、もうまじかではないか。グレタさんの悲痛な叫びが聞こえる。

飛行機をやめよ、自家用車をやめよ、新幹線を止めろ、これらの製造をやめよ。バスや電車を無料にせよ。原発や石炭火力発電をやめよ。武器の製造・販売をやめよ。人は、夕食をやめて朝と昼の二食制にせよ。肉食を大幅に制限せよ。電気の使用量を半減せよ。廃材の利用・断熱材の採用を・・・・ドラスチックな生活の変革が必要なのである。

太陽光発電にしても原発や化石燃料の発電よりはましであるが、パネル製造のためにまた使用済みパネルの廃棄のために膨大な二酸化炭素を発生するし、電気自動車も高性能のバッテリーの製造のために多大な資源と二酸化炭素発生を必然にする。

一番大事なことは、人間が自然に適応し、資源をできるだけ使わないようにすることが肝心なのである。
食事を朝夕二食にすれば食費が大幅に削減され血液検査の結果が驚異的に改善し、免疫力が飛躍的に高まり病体が健康体に転化する。

国民経済的には、食糧事情は好変し、余剰食糧は途上国の人類を救済するだろう。
そして何より、二酸化炭素や放射能の源泉である資本主義を廃止せよ。

ここ数年のうちに、二酸化炭素を大幅に削減し0にするために人類はあらゆる努力を惜しんではならない。資本主義に依拠するあらゆる政治勢力をこの世よから一掃しなければ、人類は資本主義とともに滅亡する。シベリアのメタンガスが噴き出したら、人類は死滅する以外にない。

資本主義をやめてどうするのか。
共産主義とか社会主義とか言われる国があるが、これらの国は全く共産主義でも社会主義でもない。ロシアも中国も北朝鮮も国家資本主義的な全体主義国家に過ぎず、資本主義の異形である。国家資本主義では、生産手段は国有化されるが、国有化だけでは社会主義ではない。

社会主義(共産主義)は疎外された労働が止揚され、搾取のない、自由な社会でなければならない。あくなき成長戦略は廃止され、グローバル・サウスという発展途上国への植民地主義的支配と搾取による人間の奴隷化、地球資源の収奪・枯渇化をやめさせなくてはならない。

先進国の一部富裕層の資本主義的略奪を止めるためには、今の政治手法・制度では、不可能である。今の国会や地方議会では何の役にのたたない。これらは金権腐敗勢力化しているか地域利権代表化している。二酸化炭素や放射能で追い詰められた地球を救済しようという意思もなければ何の知性もない。

現代社会を変革し、地球規模の環境破壊を阻止するために街頭に出て戦う者たちの直接民主主義が必要だ。
学生や労働者が再び学園から職場から街頭に出て赤旗をへんぽんと翻して前進する必要がある。

全国各地にパリコミューンが必要だ。直接民主主義でなければ地球を救えない。
ジャンヌダルクのようなグレタさん、彼女にすべての青少年が、大人や年寄りが、呼応しなければならない。

帝国主義に発展した腐朽しきった資本主義(国家資本主義化したスターリン主義も含め)を直ちに打倒せよ。

   Down with Imperialism , Down with stalinism !

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2021年4月11日 (日)

放射能水海洋放流

ガースー総理はいよいよ福島第一の莫大な放射能汚染水を太平洋に
放流することを決めた。太平洋の歴史に一大画期となる暴挙である。
放流される放射能は太平洋から世界の7つの海へ拡散し還流して、年々その濃度を高めていく。

地球上の生態系への最後的な打撃となるだろう。
今日コロナウイルスに全世界の人類が感染してやまないのも、核兵器や原発からの放射能によって人間の免疫系が破壊され弱体化しているせいではないかと思う。

人間の免疫系が破壊され続けるならウイルスとの戦争には勝てない。放射能はそれ自体でがんなど様々の病変の原因となる、人間や生き物の免疫系を破壊することによって生き物たちは病原菌への抵抗力を失うから、もはや生きていけなくなるのである。

今回の放流決定は人類死滅へのファンファーレとなるものだ。

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2021年3月21日 (日)

伊方原発の判決

本年3月18日伊方原発の判決分は実に恐るべきである。
「大規模自然災害の発生時期や・・・現在の科学的知見では具体的に予測できない。」
「原子力規制委員会の判断に対しても様々な見解があり、どれが正しいとは言えない。」・・・

まるで不可知論だ。しかし、これは厳密には不可知論とは言えないだろう。原発や地震は、我々が経験しないことがらは、認識できないという意味の不可知論の世界の話ではない。

原発も地震など自然災害も、最も恐ろしい結果をもたらすという痛切な人類の経験の世界の話だ。この世界の話を不可知論的な煙幕の中に投げ込み、しかし、その闇の中で地震や原発災害を容認する確信犯的判決を下すのである。

地震や原発災害が予測できないのであれば、それが経験上避けることができない事象である以上、合理的な結論は、原発稼働には否定的であるはずだ。いつ起こるかわからないが必ず近い将来には起こるということがわかっておれば正しい判断はできる。

それができないというのであれば裁判官をやめるべきだ。裁判所にそのような科学的知見はないというのであれば裁判所は無用ということだ。この世の人為についての事案は、それが人の命や権利に関することであればすべて裁判に係る。

科学的に難しい事件でも裁判官は通常の一般常識的レベルで判断しなければならない。
そしてまた、機器類や薬品など高度に難解な科学的知識が必要な事柄で安全か危険か判断がつかない場合は、それを稼働したり投薬しようとするものが、その安全性を普通の言葉で実証する責任があろう。

国民の側に立証責任を負わせるのはあずかり知らぬことについて説明せよというとんでもない話だ。少なくとも裁判所は、科学的な事案について一方をけ他方を支持するというのであれば、その科学的根拠を国民に分かるように説示する必要がある。

国民の主張を否定し電力会社等の主張を肯定する以上、裁判官(裁判所)に科学的知見がない、ではすまされない。
、 
原発や地震について科学的知見がないと自覚する裁判官は、原発事件について担当するなら、福島第一原発の現場に行って勉強してくるべきであろう。それは現代の人類の科学的レベルがなんであるかはっきりわかるところだ。

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2020年12月23日 (水)

コロナ禍対策

政府や地方自治体の政治家たちのうろたえぶりは滑稽である。
コロナウイルスの前に完全に無能力をさらけ出し、国の責任だ、東京の責任だ、国民の責任だ・・・とわめきあっている。

経済とコロナ退治と、二兎追うものは一兎も得ず、というのではない。経済と防疫の二者は相矛盾するものだ。
経済に力を入れればウイルスが広がり、ウイルス退治に力を注いで人の交流・経済活動を抑えると人が生きていけなくなる。
だからこの二者を同時に遂行するという戦略は誰が考えても愚劣な作戦である。
Go TO TORAVELLなどにより日本国中にコロナは浸透した。それはあたかもガースー総理自体がコロナの親玉になったようである。防疫が何より大事であるという判断がどうしてできなかったのであろうか。

それは現在においてそうであるが、日常不断に防疫と病気治療が何よりも優先するという政治哲学が現代の政治家に欠如していた。全国の保健所を大幅に縮減したり、医療・特に防疫についての施設やそれにかかる予算や人員を削減したり、やることなすことが全部今日のコロナな猛威に手を貸すことばかりだ。

インバウンド4000万人だ、爆買いだ、大型客船だといって有頂天になって、そのインバウンドが持ち込んでくるありがたくないお土産の対策は、全くしない、あるものも縮減する。

医療体制のひっ迫だけでなくその根底の政治哲学がひっ迫しているのだ。
原発もそうだ。原発が生み出す巨大な電力に目がくらんで、それによって出来する巨大な事故、また、使用済み核燃料・膨大な核のゴミについては何の対策もない。人類を滅亡させかねない原発事故や核廃棄物については何も考えず今も原発を稼働させようと構えている。

コロナウイルスと原発、インバウンドなどによる経済の賑わいと巨大電力、だが、ヒューマニズムの観点が明確であれば、パンデミックと放射能の蔓延による人類の災厄は歴然と見えたはずだ。

人類が類的存在をやめるわけにはいかないが、その存在の在り方・人類の生存とその環境の保全を優先しない資本主義的社会・資本家階級の世界支配に弔鐘を鳴らさなくては、世界戦争だけでなくウイルスと原発にっよってもいづれ人類は死滅するだろう。

ガースー総理がゴーツーキャンペーンをやめようとしなかったのは当然である。

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2020年12月 4日 (金)

アイヌモシリの歌

私が北海道に行ったのは、
北海道に核廃棄物を埋めるというからだ。
そんなことをさせるものかアイヌモシリの大地を放射能の土地にするなど
許せることではない。

だが、私が北の大地に行っているのは
それだけではない。
以前から、
北海道 アイヌモシリが私を呼んでいたからだ。
アイヌモシリに放射能の物体を導びこうとしているのは
アイヌモシリの地を征服した子孫たちだ。
決してアイヌではない。

見よ、表面的には、アイヌモシリの征服者たちの子孫の中には核のゴミ
受け入れに反対している者もいるようだが、その弱弱しい声を聴いてみよ。

かつて大阪大学の小浜基次という人類学者は実証した。
部落民は、京阪神の朝鮮系の支配的な形質を持った人間の海のなかで、ただひとり孤島のようにアイヌ系の形質をもって存在してきた、と。

だから北海道が、私を呼んでいた。
私の母方の先祖はウラカワという。その姓の元祖は北海道ではなかろうか。
私の村にはいくつもアイヌの言葉が残っており高齢者は今も使っている。
ユーカラの最も大事な言葉にイタクというのがある。英語でTALKまたはSAYで日本語には全く存在しないとされる。だが、私の村ではイタクという言葉を今でも高齢者は使う。

古代、蝦夷をエミシ、イミシ、などと読むがその読み方の理由がわかっていない。だが、私の村の言葉では、イビシ(イ)=DIRTY、汚い人  という意味で使っている。

奈良時代から平安時代にかけて桓武天皇らが坂上田村麻呂らを使って奥州征伐が繰り広げられたが多くの原住民が俘囚とされ近畿・西国方面に連行された。

日本書記、続日本紀にその事実は克明に記述されている。その末裔が「同和地区」民の核となって残った。そういう考えは私だけではない。

同和地区民が蝦夷奥州俘囚の末裔であるとしなければ部落の歴史は説明がつかない。1950年代に今であれば許されない調査が行われた。阪大の小浜基次教授は近畿地方の部落民について血液型などあらゆる形質を調べて部落民を人類学的にアイヌ系だと断定した。

私はそれを誇りに思う。阿弖流為の末裔だと思えばわが身に流れる血を尊いと思う。東北のアイヌ系蝦夷の同族は北海道に存続し、北海道は平和で美しいアイヌモシリであった。
アイヌは幕府のそして明治政府の収奪と差別の迫害下に置かれたがアイヌモシリを守ってきた。やがてアイヌの天地であった北海道に多くの本州人が入植し北海道を制圧した。

だが、アイヌモシリの正当な継承権は依然として根源的にアイヌ民族にある。
アイヌからむしり取った北の大地に、勝手に核廃棄物を持ち込むことは許されない。

明治以降新たに北海道に入植した人たちの子孫にももちろん北海道で生きる権利はある。だが、北海道を汚し、北海道の自然をほしいままに破壊し乱開発する権限はその者らにも誰にもない。

そして、近代の入植者の子孫が偉そうに北海道への核廃棄物を阻止しに来た人間に対して、北海道から出て行けなどという暴言を吐くことも許されない。その者どもこそ北海道から出て行って先祖の出身地に帰れといってやりたい。

アイヌモシリは私を呼んでいた。
はるか前から私は呼ばれていたから北海道に来たのである。
血が私を呼んでいた。アイヌモシリは私のまほろば、血が私を呼んでいる。

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