政治思想ノート

2018年7月 2日 (月)

西岡智氏の訃報に接して

News & Letters/639
昨日大阪の大久保哲夫氏より部落解放運動の大先達大阪の西岡さんがタイのチェンマイで客死したことを知らされた。部落解放運動だけではなく日本の大衆運動においてまさに巨星落つという感がするのは私だけではないだろう。
師岡祐行氏が書いた「戦後部落解放運動論争史」全5巻の中で書かれている数百名の運動家で生き残っていたのは片手の指で数えるほどしかいなかった。その中で、否、全国水平社以来鬼籍に入った群星の中でも3本の指に入るほどの存在感を示していたいえる。
即ち、全国水平社の松本治一郎、同泉野利喜蔵、そして戦後の西岡智である。
西岡智と同時代の解放運動家は上田卓三、朝田善之助、岡映(おかあきら)、大賀正行、
上杉佐一郎など全国に数多いたが、やはり西岡智の業績や影響力が勝っていただろう。
私は、学生運動から、部落解放運動(中央本部及び大阪府連本部書記)に入ったものだが、直接西岡氏の指導を受け大衆運動とは何かをまなんだ。それは何も理論とか、流派とかというものではなく、イメージとして教わったものである。
市役所の一角を占拠して部落大衆おっちゃんやおばちゃんのなかから、声を上げ差別と貧困の不当性を挙げて権力を追及している姿。
これが大衆運動のイメージであった。西岡さんは、府議会議員はもとより国会議員にすらなることができたと思うが一切そのようなものに目もくれずただひたすら大衆と同じ地点にたち、そこから声を上げるということに徹していた。
学生運動から参加した私はその姿に感銘を受け人間の在り方として最も尊いと思った。
私は狭山闘争を独自に全国闘争に発展させるため解放同盟を離れたが、同盟を離れても西岡さんとは接触を保っていた。
近年もたびたび会い、又高知の私の闘争になにくれとなく助言をしてくれ、幾度も来高してくれて陣中見舞いを受けた。
西岡さんは私を「愛弟子」だと目を細めて人に紹介してくれていたが、最も統制の利かぬ弟子であったと思う。
晩年西岡さんはたびたびチェンマイに赴き、誘ってくれたが、私は一度も同行しなかった。
おそらくタイの東北の人々の生活や素朴な人情が昔の日本のそれらと通うものがあり安住の地を得たと思われたのであろう。
冥福をお祈りする。やがて任務を終えて私もそちらに行きますから、そのとき、よくやった、という声をかけてくれるよう有終の美を飾りたい
と思う。その間いつものように目を細めて見守ってください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月20日 (日)

正義論

News & Letters/633
正義は勝つ。だが滅多に勝つことはない。
むしろ正義は負ける、極めてまれに勝つこともある、というべきだ。
我々の多くの戦いは敗北であった。勝ったのはごくわずかだ。
負けても負けても闘い続けるうちに、ひょっとして正義が勝つときがある。
イエスキリストも最後には刑死した。
西郷隆盛も、坂本龍馬や中岡慎太郎も最期は敗滅した。
反原発の裁判も、オンブズマンの住民訴訟もほとんどは敗北だ。
選挙もそうだ。正義が必ず勝つのであれば、安倍や麻生などはとっくに国会から消えているだろう。
もとより、われわれの正義と右翼反動どもの正義とは異なる。
自民党などの掲げる正義は嘘だ、不正義だと我々は考える。
それでは、現代の正義とは何か。
私のようにマルクス主義を正義と考える人は少なくなった。
国民的には憲法が現代の正義だというのが一番妥当だろう。
 
吉田松陰の言葉に
  生もまた我が欲するところなり
  義もまた我が欲するところなり
  二者兼ぬるを得べからざれば
  生を捨てて義を取らんものなり
 
正義を奉じて生きるものは、必ず生(安楽)と正義との選択の岐路に立つ時がある。
松陰は、正義を取れば、ほとんど死(敗北)が待っていると考えるべきだというのである。
正義を取って闘うものは、その信念と闘争に生を賭けることに精神の満足を得るのであり
即ち正義の追及に幸福を覚えるのである。
松陰は刑死するとき、その時、至福の境地にあったから、慫慂として断頭台に臨んだのであろう。
正義はほとんど勝つことがない。だが、我々は正義のために人生をかけて進んでやまない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月 6日 (日)

憲法の覚悟

News & Letters/632
憲法9条は文字通り死守されねばならない。
憲法9条は非現実的だとか、専守防衛の自衛隊の存在は合憲だ、
自衛隊が違憲だというのは一部の学者だけだ、など左翼という人士まで
そういうでたらめな意見を発表し続けている。
自衛の権利は自然法でも認められているから自衛隊は合憲だという者もいる。
だが、だれがどう見ても自衛隊は武装した軍隊であり、戦前の旧軍隊よりも
強力な火力を持っている事実は何人も否定できず、憲法9条に真っ向から矛盾することは火を見るより明らかだ。
この矛盾をなくするために改憲だというのが安倍たちの論拠だ。
自民党や野党といわれる連中も憲法9条違反の罪科を課されるべきだ。
それでは、外国が攻めてきた場合どうするのだ、というだろう。
憲法ができた当時も当然同じ疑問が出された。それでもなお、制定時の政党や国民は
現行の9条を掲げた。当時の政治家たちが何故非武装不戦の憲法を選択したのか。
それはただ単純にアメリカに強要されたからなどとは言えない。
新憲法を制定する国会審議で9条の条項を改変し、軍隊を保有する憲法にすることは可能であった。
可能であったがしなかったのだ。なぜだ。
それは仮に他国から侵略を受ける事態が発生しても構わない、国が他国により滅亡に追いやられても構わない、という覚悟があったからであろう。
戦争によらず武力によらず他国を信頼して交渉や対話を通じて国を守る、ということには限界があることは容易に想像できたはずだ。それでも9条を選んだのは、なぜか。
回答。他国の侵略によって植民地にされても耐えて生きていこう、いつかはその侵略を克服できるまで耐え忍ぼう、むしろ軍隊を持ち、戦争を外交の手段として再び他国を侵略し人に多大の犠牲を強いるよりも耐え忍ぶ方を選択する、という覚悟があったはずである。
安倍自民党らの北への制裁・武力行使一辺倒を批判し、対話路線が大事だという主張もなるほどと思うが、それだけでは憲法9条の精神は反映されない。例えば、どういう状況であろうと日本政府や国民が北朝鮮への医療や薬剤を無償で提供し続けるということをしたれどうだろう。われわれは朝鮮人民には天文学的巨額の血の負債を背負っている。
南北分裂の民族の悲劇の根因も日本の植民地支配だ。恒常的に医療や食料、衣服など北朝鮮人民の生活の糧になるものを提供し続ける方が、「対話」よりいっそう日朝の平和に効果があると思う。
相手が核を持とうがミサイルを持とうが、我々はなすべきことをする以外に道はない。するべきことをしなければだれも信用してくれない。
北の脅威に対しては砲弾ではなく、医薬品や食料で応戦してみろ。憲法の覚悟は、はいつくばっても相手の心をつかむ行為を促している。
拉致被害家族の願いに応ずるのも、武装対決や経済封鎖ではなく、朝鮮へのわれわれの朝鮮半島植民地化への償いの行為だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年4月29日 (日)

自衛官の暴言

News & Letters/631
小西議員に対し自衛官三佐が街頭で「お前は国民の敵だ」といきなり罵った、というニュースが走った。
三佐は後になってそんなことは言っていない。「あなたのやっていることは日本の国益を損なうことじゃないか」といったという。
国益を損なうことをやっている者は、国民の敵になるから、三佐は、実質上小西議員の告発を認めたことになる。
問題は、議員や国民の意見の表明に対し、暴力装置たる軍隊の幹部が敵意を持ち、暴言を吐きかけたという事実だ。
国を守る軍隊という暴力装置が独自の政治的意思をもって国民に牙をむきだしたということだ。
だから、憲法9条の意義がある。
戦争をするしないに関わらず、軍隊を持つということは、その軍隊が独自の政治勢力
に転化し、軍事権力に向かって暴発する可能性を持つということを認めるということだ。
他の規定と矛盾しようがすまいが、憲法に自衛隊を明記することはそのことを明示的に承認することとなる。
銃や大砲、戦車や戦闘機、戦艦を持った連中にまともに立ち向かって勝てるわけはない。
軍隊は二つの危険性がある。他国への侵略と、クーデターによる軍事権力の樹立だ。
軍隊が決意さえすれば、この二つの危険を阻止することは極めて困難だ。彼らに自己を民主的に抑制するという理性を期待することは夢の夢である。まして、安倍晋三などのような低能の好戦的政治家が「文民統制」の頂点に立っているときにはなおさらである。
今回の自衛隊三佐の暴言は、やがて民主主義体制を打倒して彼らが軍事権力を樹立する意思があることの予言に他ならない。
憲法9条を実現すること、戦争をしないだけではなく、武器弾薬を持たず、軍隊を持たないこと、憲法9条の文字通りの死守は、アジア人民の為だけでなく日本国民のためにも現今最高の使命である。
いまの共産党を含む野党6党らも自衛隊を事実上認めているが、軍隊の悪魔的本性にやがて遭遇してノー天気だった自分を嘆くことになるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年4月 6日 (金)

情報隠蔽?

News & Letters/626
陸自のイラク戦地日報問題は情報隠蔽というべきであろうか。むろんそれもある。だが、
戦地からの報告書を大臣はもとより自衛隊の幹部ですらも目を通していない、ということが問題なのではないか。
戦地に派遣した軍隊の日日の戦闘記録を幕僚や将官が見ようとしない、そんな軍隊があるだろうか。
戦闘員が記録した日報が行方不明になっていた、隠していた、などというようなことで騒ぐというのが理解不能だ。
普通の会社でもこんなことは起こらない。例えば海外などに営業に出した社員の報告は今か今かと首を長くして待つのが会社の役員の普通の姿だ。現地からの報告で一喜一憂する。現地からのその報告書は宝であり、会社や組織の生命線のはずだ。
イラクやスーダンからの報告書は、誰よりも最高級の将官や文民たる大臣の手元で共有されていなければならなかった。
大臣が日報を探索するよう部下に指示した、などと自慢げに答弁する姿は余りにも愚かで笑うこともできない。
日本の軍隊、日本の官僚組織は自己の職務より何か別のことで夢中になることがあるのではないか。
現地の状況に無関心で、それで作戦を立てて戦争を始め戦争を続行する、そういう軍隊がさきの旧軍隊の姿だ。
現地の状況を知れば、無謀な戦争はできない。他国の民衆の激しい抵抗があり、その現実の報告があってもその報告を無視し、己の野望と図上作戦で侵略戦争を拡大しアジアの民衆を殺し祖国を敗亡に追いやった。
その一丁目一番地が現地からの報告の無視である。
行方不明になっているのは、戦地の状況を何よりも重視する軍人としての感性であり、
また、高級軍人や「文官」たちの職務専念の観念だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月28日 (水)

絶望

News & Letters/625
森友事件で決裁文書の書き換えが行われていたことを政府が認めた。
安倍自民党政府は憲法の改正ももくろんでいる。
しかし、幾ら憲法を飾っても公文書をいくらでも改ざんするのだから意味がない。
文書を改ざんし、現実にあったことを隠す政府を信頼する根拠がないから、仮にいい憲法だといってもそれを尊重してくれるという保証はないことになる。
戦争中はともかく明治以来これほど権力の正体をあらわに示す事件は余りないだろう。
今日の森友事件をめぐる状況は、資本家階級の支配では、まともな法治など全く期待できないということが国民みんなが分かったということだ。
佐川の証人喚問を見て、絶望 という衝撃が日本の政治に広がり、国民の胸に広がった。
政治家がいかに腐敗してもそのもとにある官僚や役人はそれほど悪くはない、と信じてきた国民は多い。しかし、役人も政治家と結託して国民をだますために文書改ざんまでやるという姿を見て国民の絶望感は深い。
しかし、絶望は深ければ深いほどその反発力は威力を増す。
それが失恋からであれ、事業の失敗からであれ、そして今回の森友事件の佐川や安倍の顔からであれ、絶望は革命的な熱情を生みだす。レ・ミゼラブルのジャンバルジャンが最後にパリの内乱のバリケードに走って参加したのも、大切に育てた女性が他の青年にとられたという 絶望 からだった。
 
この政府は基本的には民衆の実力(武装闘争からデモ・集会・選挙戦を含む)で打倒しなければ根本的にはよくならない。そのことは沖縄の基地問題でも原発問題でも同じである。
プロレタリアが権力を奪取しないまでも、圧倒的多数の民衆の実力闘争が発展しなければ権力は変わらない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月22日 (木)

裁判闘争での敗北

News & Letters/624
函館地裁の大間原発差し止め裁判、佐賀地裁玄海原発3,4号機差し止め裁判が相次いで敗訴。
国策をめぐる事案で裁判で争って勝つのは至難の業である。
それは、事実や法令をもとに利害をめぐっての争いではなく権力を相手にする政治裁判であるからである。
裁判官の圧倒的多数は権力の側にその意識を保って生活し仕事をしている。
住民訴訟を含む行政訴訟で勝つのは至難の業である。
だから反原発運動では裁判闘争での勝利を最終的勝利目標にしてはならない。
原発を止めさせるのは権力の構成を変革することによるから、選挙も含む大衆的な政治闘争によって決着をつけることである。裁判闘争はその政治闘争の中に位置づけられる。
すなわち、政治闘争を活性化させ、敵の姿を鮮明にし、我々の政治目標がいかに正しいかを明らかにすること、そのことによって大衆的政治闘争の大義を鮮明にし闘争を活性化させる、そのために裁判闘争をするということである。
選挙戦を含む大衆闘争の発展のなかで裁判所の姿勢も変わる。裁判闘争至上主義に陥り、原発のある市町村への大衆的な扇動工作、選挙戦など政治闘争を主体にした反原発闘争の原則を忘れてはならない。
東洋町での経験では、一個の裁判闘争もせず、もっぱら署名活動や宣伝活動、そして選挙戦で決着をつけたのである。裁判闘争で勝てばよし、負けても裁判で明らかになった事実をもとに大衆運動の発展の足場を築きあげねばならない。原発東京都問題は政治決着だということを肝に銘ぜねばならない。
現地の議員選挙、首長選挙に登場することは当然の戦術である。
玄海町議選では永く保っていた反原発1議席も失うようでは、あるいはそれを受け継ぐために立候補の一人も出さなかったでは、その運動の本気度が問われよう。
政治闘争で無力なのに、さなきだに難しい裁判闘争で勝てるわけがない。
このままでは福島のように取り返しのつかない大事故が起こってから初めて原発の恐ろしさが分かった、ということになりかねない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月 2日 (火)

民主主義

News & Letters/613
どのような組織でも、革命団体から行政機関、反体制運動・・・あらゆる組織でそれが反動的な目的でない限り、その運営は民主主義的でなければならない。それは、道義的な選択の問題だけではない。
組織を一元的な上から下へ上意下達方式では、危機的な事態を乗り越えることができないことが明らかになった。
それが福島第一の原発事故で、吉田所長らの懸命な事態収拾の努力も水泡に帰すという教訓が導出された。
それが、MHKスタッフが作った「福島第一原発 1号機冷却失敗の本質」(講談社現代新書2017年10月)という本である。
1号機に必死に冷却水をちう入しているが、実は、ほとんど原子炉に水は入っていなかった。
Fukusimagenoatuhigai
それを東京電力の現場も司令塔もわからなかったが、他所にある柏崎刈羽原発の所長が気が付き重大な疑惑を提起していたが、取り上げられなかった。その原因は、組織の運営方法にあった。
 
「事故の際、組織の意思決定の方法は大きく分けて二つの形に分類される。ガバナンスとマネージメントである。
ガバナンスというのは、複数の意思決定主体がいる中で、それをうまく調和させていくように体制をつくる手法、一方でマネージメントは縦の意思決定のフローを作り、意思決定を一元化していく方法だ。
畑山は「ガバナンス構造をちゃんと持っていたら、柏崎と福島第一原発がダイレクトに話をし、意見交換をすることもできたかもしれません。
しかし、東京電力の組織対応は、マネージメントの体系をとっており、本店を介さずに重要な意思決定を行うことは難しかった」とデータから浮かび上がった組織体系の課題を分析した。」
 
しかも、福島第一には、中央制御室と免震棟の連絡線も一本の電話しかなかったという。
多様な意見、多様な意思決定主体が、協議をし、調整をしながら共同した行動をとる。これを「ガバナンス」と呼ぶならそれでもよい。
一定の意思決定に対し、異議や異論を問答無用に排除する組織の運営は、人類史的な危機を克服できないばかりかそれを増幅する。
原発も戦争もあらゆる人類の問題の解決には、民主主義的な組織の運営が不可欠である。
原発に反対するなら自民党でも誰でもよいという考えは間違っているのである。
民主主義であれば必ず反原発・反戦になるとは限らないが、民主主義に反する組織の運営や連中は、必ず原発推進となり戦争推進となる。
そして反民主主義は危機管理の際に決定的な弱点を露呈し、破滅的結果を招来する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月19日 (火)

高校友の会

News & Letters/610
角岡伸彦の「ふしぎな部落問題」という本を読んでみた。
週刊朝日や新潮社などが大阪市長だった橋下氏の出自(部落民)を明らかにし
それと橋下氏の政治手法とを結びつける差別キャンペーンについて厳しく批判していた。
これについて解放運動側がほとんど何の反応も示さなかった事実。
また、屠場を描いた記録映画について解放運動側がこれの上映に否定的でつぶしてしまったことについてその考えが、旧来の寝た子を起こすな、差別の実態を隠せという方向で動いていた事実が厳しく追及されている。
そして箕面の部落の解放運動が市民に向かって新し取り組みをしていることが興味深く記述されていた。
その中で、「高校(生)友の会」のことも触れられていた。
その箕面の部落でも高校友の会の青年たちが、守旧的な年寄りを乗り越えて革新的な解放運動を推し進めたという。
まさにその高校友の会は、私が大学を出てすぐ解放同盟大阪府連の書記として大阪府下50数部落を歩いて組織した最初の成果だった。
高校友の会の名称もその規約も私が発案し作成した。「大学友の会」も同時期に作り私が会長になったが人が集まらずあまりうまくいかなかった。
泉南や能勢の方では解放同盟未組織の部落もかなりあった。能勢のいくつかの部落では夕方バスがなくて雪がちらちらする中を歩いて山を越えたこともあった。同和奨学資金を受けている高校生の名簿を頼りに一軒一軒訪ねて村の集会所に彼ら及び親たちを集めて
部落問題を話した。高校生らにとっては、衝撃的であっただろう。その学習会合で自分が被差別部落の人間であることを初めて知った者も多くいたかもしれない。私は、彼らに、差別は必ず受ける。受けていないと思っても周囲のものは知っている。結婚や就職のとき突然それは我々に襲い掛かってくる。差別から逃げず、みんなが団結してこれと戦って生きていこう。
部落で生まれたことを悲しんだり恥ずかしいと思うのではなく、むしろ部落で生まれ育ったことを自分の原点とし、これを誇りに思って、間違ったこの世を変革して差別のない社会を建設しよう、と熱っぽく語った。
何せ当時の私は恐れを知らぬ革命戦士のつもりで生きていたのであるから私の熱風に感受性の強い高校生は奮い立ったであろう。
私が住んでいた矢田を中心に、住吉、浪速などの大阪府下の部落高校生が澎湃と立ち上がった。高校友の会は全国に広がったようだ。
府下の高校友の会の集会などでは府連から派遣された執行委員の講演内容がおかしい、融和的であるといって友の会の活動家が演壇上のその男を大勢で取り囲んで「糾弾」
したこともあり後で府連執行委員会(私は書記として出席していた)で私が扇動したのではないかと批判されたこともあった。
その当時のNHKの教育番組テレビでも取り上げられ「部落高校生は語る」という題で数回繰り返し放送された。当時の友の会の活発な活動が見て取れる。
その番組で私は司会をしていて発言していないが、NHKに対する高校生の厳しい発言はすべて割愛されていた。
数年して私は切迫する狭山事件を全国的に発展させるため解放同盟を脱藩したのでその後の各支部の高校友の会がどうなったかわからなくなったが、狭山闘争に多くの部落高校生が参加したことは間違いない。各地区で高校友の会が新しい運動の中核となって行ったことは間違いないだろう。
角岡氏の記述では箕面の部落でも高校友の会のメンバーが支部の中心をになっていったことがかかれている。
今や、解放運動はその当時の面影もない。屠場の記録映画をつぶしてしまう、部落の出自を週刊誌で暴かれても何らの大衆的な糾弾闘争も起こらない。
ヘイトスピーチが蔓延する現在の世情は部落解放運動の低迷が大きな原因であると私は思っている。
高校友の会とは違って、大学友の会は成功しなかったが、ただし大事な人物二人に会い二人を親友として革命的な解放運動を進めることができた。
一人は国守の住職斎藤君であり、もう一人は荒本の中西君である。のちにこの二人の縁で国守と荒本の部落が私の解放運動の拠点となった。
 
角岡氏の部落問題の捉え方には私のほうに異議がある。次回に続く

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月26日 (日)

従軍慰安婦像の建設

News & Letters/608
サンフランシスコの議会や市長が、いわゆる従軍慰安婦の像を受け入れたことについて
維新の党の大阪市長らがご立腹で、友好都市の関係も断絶するといきまいている。
私はこの連中の考えが全く理解できない。
第一に、朝鮮や中国など日本軍の餌食になった女性が多数いたということは歴史的事実であり、日本政府もそれを認め償いの金も出している。少々のお金を出したからといって女性凌辱の罪が消えるわけはない。
この屈辱的な歴史的事実について朝鮮の人民が恥を忍んでこれを追悼し記念するのは当然のことであり日本軍への癒されぬ怨恨を世界に、特に日本人に対してアピールするのは自然なことだ。
日本人、特に政治家はこの慰安婦像の前で跪き許しを請う必要があり、それは永続的に続けられべきだ。
かつて、70年代にドイツのプラント首相は、ワルシャワのゲットーでユダヤ人犠牲者追悼碑の前に跪いた。
そこまで覚悟できないとしても、少なくとも日本の政治家は、他国の国民の感情の自由な発露について文句を言う何の権利もない
ということを自覚するべきであろう。言論は自由なのだ。
第二に、なぜ大阪市長や維新の会=自民党どもが、この慰安婦像が世界各地に建設されるのが嫌なのか、理解できない。
従軍慰安婦について、恥を感じているというのは評価すべきだ。しかし、恥をすすぐ方向と姿勢が間違っている。
自らが犯した恥の原因である従軍慰安婦の事実を抹消し、隠蔽する努力、従軍慰安婦像を建設したりそれを支持する人々に対して怒りのこぶしを振り上げる姿は、人間の姿としては最もいびつで下劣なものだ。このほうが良心のかけらもない国辱というべきである。
犯罪者は現場検証で犯行現場に連れられて行くのを恐れるが、連行する官憲に腹を立てたり、嫌がって大騒ぎなどはしない。
ナチスドイツのユダヤ人の大虐殺(ホロコースト)についてドイツの政治家や国民は、これを忘れないために自ら様々な記念碑や記録を残す努力をしてきた。
1985年ドイツの大統領(ヴァイツゼッカー)は、次のような有名な演説したという。
 
「罪の有無、老幼いづれを問わず、我々全員が過去を引き受けねばなりません。
誰もが過去からの帰結に関わりあっており、過去に対する責任を負わされております。
心に刻みつけることが何故かくも重要なのかを理解するため、老幼互いに助け合わねばなりません。
また助け合えるものであります。問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。
後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。・・・」
 
過去に間違いを犯したことは悔やんでも仕方がない。問題はそれを直視し、その事実と教訓を永続的に反省し現在と未来に生かすことだ。
憲法9条は、従軍慰安婦や日本による侵略戦争の犠牲者への、誓言であり罪障の証だ。
日本政府は、非難ではなく、世界各国での従軍慰安婦の少女像の建設については予算を組んでこれを援助すべきだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

ふるさと産品の開発 り・ボルト社 ウェブログ・ココログ関連 エッセイ オンブズマン町長の視点 スポーツ ニュース パソコン・インターネット ヘーゲル哲学 ホワイトビーチ・ホテル マスコミの報道のありかた マルクス・ノート ローカルエネルギー 三位一体改革と地方自治 世界の核事情 世界遺産 交通問題 人権問題 住民参加のありかた 住民監査請求と地方自治 佐賀での講演会と交流 佐賀との交流 健康づくり 公務員の気概 別件やみ融資事件 医療・福祉の問題 南海地震対策 原子力政策と地方自治 原子力産業の是非 反核運動 司法のありかた 国との折衝 国政問題 国政選挙 土佐電鉄バス 土佐電鉄問題 地域のリーダー 地域評議会 地方の公共交通のありかた 地方自治と原子力政策 地方自治の学校 地産地消 報道のありかた 大月町低レベル放射性廃棄物問題 守口市との交流 室戸市の改革 室戸市政 室戸市民新聞 市民オンブズマンの観点 市民自治のありかた 市町村合併問題 平和の問題 心と体 情報公開 情報公開のありかた 情報化時代について 憲法改正問題 政治思想ノート 教育のありかた 教育委員について 教育行政のありかた 文化・芸術 旅行・地域 日本の歴史 日本国憲法と地方自治 日記・コラム・つぶやき 映画・テレビ 書籍・雑誌 最高裁の判例 有機農業 東洋町のあるものさがし 東洋町の改革 東洋町の教育問題 東洋町の歴史 東洋町よもやま話 東洋町不正融資事件 東洋町庁議 東洋町役場の日常 東洋町町会議員の解職請求(リコール)に関する裁判 東洋町町長選挙2015 東洋町議会報告 東洋町議会選挙 核廃棄物拒否条例 歴史観・世界観 民主主義の実現と最高裁 民主主義は産業 水産業について 水産物 海の駅東洋町 環境にやさしいまちづくり 環境問題 生涯学習 生見海岸 甲浦地区 町政 町長日誌 白浜海岸 県闇融資事件 社会問題 社会思想 福祉問題 経済・政治・国際 育児 観光開発 読書ノート 警察・司法のあり方 農産物 近隣市町村との交流 道の駅・海の駅開設の為に 部落解放運動 野根地区 関西地区との交流 防災対策 青少年教育 食育 高レベル放射性廃棄物最終処分場 高知県政 高知県議会 高齢者問題 NUMO