政治思想ノート

2017年1月29日 (日)

慰安婦像

News & Letters/549

セックス奴隷というべき日本軍の慰安婦たちの抗議が続いている。
慰安婦の女性像が韓国や世界の各地で建てられていることは当然のことだ。
なぜか日本政府やその追従者らがそれを恥ずかしがり嫌がって、約束違反だといってわめいている。

10億円でこの問題が「不可逆的に」解決したといい張るのである。
過去の残虐行為があるいは歴史的事実が不可逆的に解消されるはずはないし、お金で過去の
国民的な屈辱の歴史が消せるはずはない。せいぜい我慢する、黙っているということである。
しかし、政府を黙らせることができるとしても言論の自由のある国民をも黙らせることはできないし、それを要求する権限まで買い取ることはできない。韓国は日本の植民地ではないからである。

また、どういうわけか韓国の女性教授が、韓国女性が慰安婦に「自主的」になった者もいる、とかいう本が出版され告発・裁判にされたということであるが、確かに言論の自由において、慰安婦についてどのような「学説」を発表しようとそれを罰することはできない。しかし、およそ植民地下においてはもとよりどの社会でも売春しなくては生活ができなくなった女性の陥った状況について、その売春行為を「自主的」と呼ぶのは適切ではない。被差別部落だけではないが戦前だけでなく戦後においても親に売られ

あるいは覚悟してからゆきさんや女郎になって生涯を苦界に沈めた女性がたくさんいた。主として家庭の経済的困窮がそうさせたのであり、「自主的」に売春婦になったという人は絶無であろう。 

慰安婦像が各地に建てられることに日本政府が恥を感じるのはまだ少し健全性がある証拠だ。恥を隠そうというのは恥じている証拠だ。

アジア太平洋戦争で残虐の限りを尽くした恥じ多き日本民族が、この地上に繁茂する資格があるのかどうか慰安婦女性像に照らして考えてみてはどうか。われわれ日本人が生きるのは、とこしなえの反省の行のためであり、憲法9条を世界に実現するためである。それ以外の享楽の生は許されていない。アジア何千万の人を殺し、幾万人の女性を虐げてきた歴史的事実を永久に子々孫々に伝えることはその大前提である。日本の安倍が住んでいる東京の官邸前や橋下徹のいる大阪にも慰安婦像が建設されるべきだ。

最近の国会では、北朝鮮のミサイル基地を破壊する行為も専守防衛だ、憲法に違反しないと息巻いているが、そういうめちゃくちゃな憲法解釈こそ恥ずべきだ。
憲法は、殺される前に殺せ、という論理や感情を政治として主張し、行動することは許していない。国家間の紛争はあくまでも平和的手段で解決することが日本の国民に課せられている。

日本国憲法はクラウゼヴィッツの『戦争論』を禁じているのである。
しかし、その前に、韓国などの物言わぬ慰安婦像に対面し、我々日本人が民族として繁栄すべき資格があるのか、問うことから出発しなければならない。

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2017年1月26日 (木)

天皇制の危機

News & Letters/547

天皇制が直ちにつぶれるというわけではないが、少なくとも近代日本が成立して
最大の危機にあることは間違いない。

①天皇制の根幹である血統主義と男系主義が断絶しようとしている。
 血と性による差別は、日本社会の身分差別の中核であり、聖と賤の差別の軸であるが
 天皇制はこれにより長く存続してきた。いまそれが途絶しようとしている。

②年を取ったから退位したいという天皇の意向は、改めて天皇の「現人神」性を自ら否定  した。
 天皇も人であり、公務に耐ええない年齢が来るのである。
 昭和天皇は終戦において明確にしなかったが、現天皇は、その談話において「現人神」  から「神去る」=崩御以降も天皇は不死であるとされている天皇観を打ち消した。
 天皇は自らの死後の簡易な埋葬方法にも言及した。

③そして、重大なのは現天皇・皇室は、政治的に現政権と明らかに対立しだした。
 憲法9条など現憲法擁護の天皇の姿勢、安倍政権の憲法改悪政策と思想的にも、政治的  にも皇室が国民側に立って権力と対立することを辞さないという姿勢が誰の目にも明ら  かになった。
 天皇皇后が先の大戦に関連して一部であるがアジアの激戦地や沖縄に赴き、慰霊の旅を繰り返すのは、明らかに第二次大戦への反省と、反戦的意図が見えるし、また、皇后美智子は日本人草莽の手になる憲法草案を見学して現憲法がアメリカ進駐軍によって押し付けられたものでないということまではっきりと言明した。
 これは、現政権やそれを取り巻く右翼勢力と皇室が鋭く対立していることを表している。

④従って皇室が、リベラルな独立した政治勢力として登場した。
 国会も、行政府も、そして裁判所など司法権力も、右翼反動勢力によって牛耳られている現在、安倍政権が思いのままにならぬ、しかも「神聖」であるはずの皇室の存在が浮かび上がった。
 そして一部雑誌によると、右翼反動の巨魁となっている安倍晋三は、天皇皇后が各地の被災者を見舞い、ひざを曲げて被災者を慰藉する姿を真似をして天皇皇后を侮辱した。そうすることによって政権側がこの対立を決定的に認識している。
 日本の右翼勢力が天皇・皇室を敵に回す状況、皇室が右翼連中を嫌忌する状況が生まれたのである。

⑤これまでの国民の皇室に対する畏敬や親しみの念は、単に尊王の域にとどまらず、政治性を帯び、幾分の革新性さえ持ち出した。
 民百姓のことを思い、戦禍を厭う皇室が、悪代官、悪大名にいじめられているという構図が次第に浮き彫りになりつつある。

①の生物学的必然性が、②~⑤の事象と併行している。これらの兆候は天皇制の終焉の兆しでなくて何であろう。

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2017年1月24日 (火)

クラウゼヴィッツノート(1)

News & Letters/545

プロレタリア革命においてクラウゼヴィッツの『戦争論』は有効か。
彼の『戦争論』が19世紀、20世紀を超えて、21世紀の今日でも軍事学の
基本的な古典として使われている。

アメリカ軍のヴェトナム戦争の総括でもその反省のベースは彼の『戦争論』であるという。すなわち、アメリカ軍がヴェトナムに対し殲滅戦を挑まなかったことが敗北の原因とされている。革共同中核派の本多論文(共産主義者第23号所載)もこの『戦争論』を基本的に支持した。

私はクラウゼヴィッツの『戦争論』を支持しない。
この『戦争論』と真っ向から対置しているのは日本国憲法の第9条である。

クラウゼヴィッツの『戦争論』の骨格的なテーゼは二つある。

① 戦争は政治の継続である。

② 戦争では敵を殲滅することが基本的な戦略である。

①について

 この思想は根底から間違っている。それは戦争の合理化であり永続的戦争論である。
確かにクラウゼヴィッツの考えは、これまでの政治家や軍人の考えを反映したものであるといえるが、戦争は政治の継続ではない。戦争は政治の破たんの結果であり、それは、逆に政治の否定であって、人類が市民社会形成以前の野蛮状態における暴力の行使に戻ることを意味する。 これに対決する絶対反戦論を構築する必要がある。

②について

 戦争の目的が、敵の完全な打倒、敵のせん滅であるという理論は、確かに第一次、第二次大戦の実相を予言し、特に戦後の原水爆の登場による核戦争の時代を予想したものとなった。従って、『戦争論』はその理論を丸ごと受け入れるのではなく、一つの壮大な反語として受け止めるべきである。

 すなわち、政治、政治的交渉を止め、国家などが暴力で相手に対処するならば、それは、よく統制されていれば限定戦争に抑制されるが、戦争(暴力)の性質上、いったん戦端が開かれたら互いに絶滅戦を展開することになり、人類の破滅に至ることになるから、政治の継続として戦争を選択してはならない、という反語である。

 しかし、問題なのは、プロレタリアートの反戦・革命闘争及びパルチザン闘争をクラウゼヴィッツの『戦争論』に関連して、その理論的発展として位置づける考え(カール・シュミットら)である。すなわちレーニン、毛沢東、カストロ、ホーチミン・・・・、第二次大戦時のヨーロッパのパルチザンらの戦いをクラウゼヴィッツの理論の発展としてとらえられるのか、である。

そして何よりプロレタリア革命が武装蜂起であるとすれば、その具体的な姿はどうなのか、である。

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2017年1月 6日 (金)

クラゥゼヴィッツ「戦争論」

News & Letters/544

本多延嘉氏の暴力革命論は、結局クラウゼヴィッツの『戦争論』に行き着く。本多氏はクラウゼヴィッツの『戦争論』を高く評価する。
本多氏の共産主義者第23号の論文(「戦争と革命の基本問題」)はクラウゼヴィッツの焼き直しであろう。

ナポレオン時代のこの『戦争論』については、今も世界中の軍人や政治家がほめそやす。
それを最も称賛したのはヒットラーである。問題は、エンゲレスとレーニンがこれを高く評価している点である。

マルクスがこれをどう評価したかについては、私は未だ知らない。
結論から言うと、反戦運動をしてきた私は学生時代からこのクラウゼヴィッツの戦争理論を評価しない。

なぜか。この書は、徹頭徹尾戦争肯定論である。戦争(暴力)は政治の継続であるとしたが、逆に言えば政治は戦争の継続という位置づけだ。
それは外敵だけでなく内部の敵対勢力・民衆にも向けられた国家の暴力の正当化の論理である。

マルクス宛の手紙ではエンゲレスの評価は、この戦争理論はあたかも商取引と同じであると理解しているから、プロレタリアートの理論として評価しているようには見えない。レーニンの評価は、戦争は政治の継続であるというクラウゼヴィッツの主張を特に評価している。

レーニンは経済学や軍事的戦略家としては素晴らしい能力を発揮した。しかし、マルクスの経てきた哲学(特にフォイエルバッハを媒介としたヒューマニズム)の思想は探求した後がない。だから我々は、マルクス・レーニン主義であって、レーニン主義ではない。

レーニンはパリコミューンの総括で、二つの欠点を挙げた。その一つが武装したプロレタリアートの「寛大さ」であった。

確かに反革命のヴェルサイユの政府を打倒しなかったのはパリの労働者の最大の失敗であるが、しかし、それはプロレタリアートの「寛大さ」とは関係がないと思う。プロレタリアートの「寛大さ」はプロレタリアの本性であり、革命の性格から発したものである。
クラウゼヴィッツは、近代戦争の性格は、いろいろな事情で緩和されるとしても原理的には敵勢力のせん滅にあると主張する。皆殺し理論だ。

反戦の旗を掲げてきた我々は、クラウゼヴィッツの『戦争論』とは全く違った想念で現代の戦争に立ち向かってきた。
国のため、民族のための一切の戦争を認めない。外敵に侵入されるときブルジョワジーは敵に国土と人民売り渡すことも辞さないだろう。

自国のブルジョワジーであれ、他国の外敵であれ、われわれは、それらを撃退するプロレタリア革命を遂行するだけである。
プロレタリア革命を達成するには、それだけに頼ることはできないが平和的手段が使える場合は、できる限りそれを使わねばならない。

しかし、結局は武装闘争の修羅場をくぐらねばならないということは片時も忘れてはならないし、その準備を怠ってはならない。

ドイツの戦争扇動詩人シラーの熱情が込められたクラウゼヴィッツの『戦争論』(その行き着くところはヒットラーナチスであり、軍国日本)の根底的拒否がマルクス主義の出発点でなければならない。クラウゼヴィッツの戦争肯定論に根差した本多氏の暴力革命論もきっぱりと拒絶されねばなるまい。

クラウゼヴィッツの戦争理論についてさらに考究して行く。

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2017年1月 3日 (火)

続 革命と暴力(2)

News & Letters/544

現在の日本や世界の情勢は、混迷を深め収拾の目途が全く立たない。
戦争や核兵器の問題にしても、原発の問題、労働者の過重労働と低賃金、原発以外の環境公害問題、差別や迫害・・・・どれも深刻化し、拡大している。
独裁体制の社会ではもとより民主主義政治体制の社会でも、真に民主的に人類の課題を正しく解決できる糸口も見えない。

反体制の大衆運動や革命を目指す諸党派の内部でも、思いあがった指導者が、独善的な運営をしてやまない。
人類を救う正しい政治思想、正しい革命の手法は何か、我々は全力を挙げて研究し討論を深めなければならない。

現在の世界を覆っている資本主義体制を打倒し、新しい人間中心の平和な社会を構築するのはどうしたらよいのか。
回答:プロレタリア革命。確かに圧倒的大多数で社会の生産を担っている労働者大衆が決起する以外にないことは間違いない。
プロレタリアートが決起した際、現行の議会や官僚組織を使って革命の課題を遂行することは到底期待できない。

必ず現体制を擁護している警察、軍隊、裁判所、監獄などの暴力装置がそのプロレタリアートの前に立ちはざかる、ということも確実である。
このブルジョワジーの暴力の発動を阻止するためには武装したプロレタリアートがその暴力装置を暴力的に破壊しなければならない。これも間違いない。
暴力の行使がどの範囲にまで及ぶかは、敵の出方次第である。

我々はこのプロレタリアートの武装蜂起と暴力の行使について初めから予定し準備するものでなければならない。

だが、だからといって、プロレタリアートによる、ブルジョワ体制を転覆し社会主義を目指す革命を暴力革命というべきではない。
敵の暴力装置を破壊する行為は確かに実力行使であり暴力の行使であるが、その暴力はプロレタリア革命の本性を表現するものではなく、革命を生みだす際の助産婦的な意義を持つにすぎない。

革命の母体と生まれた主体は人間であって、時には、ほとんど助産婦の手を煩わすことはない場合もある。
70数年前、高知県の吉良川町の西灘部落で、実際私は産婆さんが来る前に一人でこの世に出てきたということだ。

革共同中核派の最高指導者であった本多延嘉氏の『共産主義者』第23号の論文「戦争と革命の基本問題」は、革命的転変の折に暴力の行使の具体的内容についてはほとんど記述せず、「プロレタリア革命の暴力性」すなわち、「プロレタリア暴力革命」について論ずる。

本多氏はいう
『もともと共産主義革命の暴力性の根拠は、プロレタリアートによる「ブルジョワ的私有財産の専制的侵害」(マルクス『宣言』)のもつ決定的な意義に規定づけられている。』
しかし、そうだろうか。
「共産主義革命の暴力性の根拠」が「ブルジョワ的私有財産の専制的侵害」に求められるのであろうか。

ブルジョワ的私有財産の労働者階級の共有財産化は、プロレタリアートによる権力奪取の後で遂行される最も重要な課題だ。

その時点では、ブルジョワジーの武装解除がなされプロレタリア大衆による民主主義の体制が達成されているから、それは、暴力過程ではなく、社会の圧倒的多数の多数決によって民主的にかつ平穏に遂行される。「専制的侵害」といっても独裁者による専制ではない。プロレタリアートの暴力の行使は、敵権力を打倒し敵権力の暴力装置を破壊するときだけである。

ブルジョワ財産への「侵害」といっても、本来的な侵害ではない。プロレタリアート大衆にとっては当然の回復行為にすぎず、きわめて人間的行為である。
また本多氏は言う、『暴力はプロレタリアート人民の革命的共同体、偉大な世界史的事業を達成する能力を回復するための不可欠の表現形態である。』

この文章は前後二つに分かれている。前の「暴力はプロレタリアート人民の革命的共同体」の文章は、どこへつながっているのか、どこにもつながっていないのか不明である。
後の①・・・ための不可欠の表現形態 につながるのか②・・・を達成する能力を回復・・・・につながるのか、それとも、後のどこにもつながれず独立しているのか、すなわち、暴力は・・・革命的共同体であり、という文章なのか不分明である。しかし、いずれにしても暴力が敵権力を破壊するということよりも、プロレタリアート人民や革命的共同体の本性を形成する上で重要だということである。

そして、本多氏はいう、
『暴力は革命の助産婦である、というとき、革命の担い手と革命の助産婦である暴力の担い手が統一されていることを無視して、あたかも暴力が革命の外部にあって、それが革命をとりあげるように考えるのは、暴力革命に対する許しがたい反革命的敵対の理論である。』

革命の担い手と暴力の担い手が同じプロレタリアートであることは自明であるが、本多氏はその同じというのを「統一」という。

革命の動乱の中でプロレタリアートがするべき課題はたくさんある。敵権力を封殺するための暴力の行使もその一つである。だが、プロレタリアートの任務は、それだけではない。
革命遂行の行為に本命とするものとそれを補完したり助けるものと重要性において差等があるのは当然である。敵権力を暴力で打倒することは最大限重要であると位置づけたとしても暴力の行使が革命の本命ではない。敵を打倒するという暴力行為も革命行為の一つであり、「助産婦」という表現はそれを最小限に抑えようという「表現形態」である。

暴力助産婦論は、何も暴力がプロレタリアートの外部にあるといっているのではない。ここではむしろ、本多氏の助産婦論排撃の意図がマルクスやエンゲルス批判であり、プロレタリア革命がプロレタリアートだけでなく、農民やプチブルジョワ連中に対する説得と合意の獲得(宣伝工作)が最も重要な課題であることを無視し、革命運動の党派や大衆運動の中で異論を唱えるものを片っ端から糾殺する理論を作り上げようとしたところにある。

中核派の「革命軍」の主要な標的はブルジョワ権力やその手先ではなく、党派や自分の言うことを聞かない活動家に向けられていたということは、本多氏の論文の当然の帰着であり、それこそが「反革命的敵対の理論」であろう。自分も又、60年代から70年代にかけて本多氏の下でその部下の一員として活動して、この本多暴力論を読んでいたが、当時はよくわからなかった。

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2016年12月30日 (金)

続 暴力と革命

News & Letters/543

プロレタリアートが革命情勢の中で、権力を奪取するためには、その統治機構を「暴力的に転覆」する必要がある、とマルクスは『宣言』で書いた。
だからといって、本多氏の唱えるようにプロレタリア革命が本質的に暴力主義革命ということにはならない。

本多氏は、人間の歴史の根源から、すなわち原始共同体の時代から共同体の意思の形成過程も含めて社会そのものが暴力によって作られてきた、プロレタリア革命も「プロレタリア暴力革命」であり、プロレタリアートの共同意思の形成・権力の奪取、革命の遂行の全過程が暴力の貫徹過程というとらえ方をする。

権力と渡り合う闘争だけでなく、党派闘争はもとより人民内部の革命運動の組織活動もまた暴力過程に位置づけられるというのである。
暴力はすでに革命の助産婦ではなく、革命の本質であり、「規範」でもある。

しかし、レーニンが『国家と革命』で高く評価したマルクスのパリコミューンの描写(『フランスにおける内乱』)では、全くそのようなものではない。
『フランスにおける内乱』の第2章や第3章をつぶさに見ればわかる。その一節を以下引用するが読者はこの際その本を読むべきだ。

”3月18日からヴェルサイユ軍のパリ進入まで、プロレタリア革命は、「上流階級」の革命に、ましてその反革命にふんだんに見られる暴力行為を、まったくともなわなかったので、ルコント、クレマン・トマ両将軍の処刑と、ヴァンドーム広場事件と除けば、その敵が騒ぎ立てる材料となるような事件はなにも起こらなかった。”

悪逆無道な両将軍の処刑や、ヴァンドーム広場事件についてやむを得ない理由を述べながら、マルクスは、パリコミューンでのプロレタリアの「寛大さ」、「武装した労働者の雅量」をむしろ強調している。パリコミューンはもとより一時的な達成物にすぎなかったし、プロレタリアートも未成熟であったが、ブルジョワ的な常備軍や官僚機構、議会が廃止され真の民主主義(Representative democracyではなく Direct democracy)が徹底された。

革命的転変の中で激しい市街戦などで死者が出るとしても、殺戮そのものが目的でもなく、あくまでも暴力そのものは革命の助産婦であり必要悪にすぎない。

プロレタリア革命は、すでに現体制の中にはらまれ、支配階級の桎梏のもとに抑圧された、人間本来の自由・平等への意思の実現、労働の解放を通じて人類の再連帯を勝ち取る運動であって、そのはじめに、敵の暴力装置を破壊し(この時暴力の行使もひるまない)、革命を守るために武装蜂起が必要なのである。

憎しみと復讐による、あるいは「規範」とまで高められた暴力の解放行為ではない。

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2016年12月25日 (日)

革命と暴力

News & Letters/542

革共同中核派の関西派が84年三里塚闘争での第四インターへの当時の中核派のテロ攻撃について自己批判した、という。

また、「革共同の敗北」という本で、中核派の元再考幹部らも同様な反省を示した。
しかしもとより、その自己批判は不十分であろう。第一、犠牲者に対する謝罪と賠償はどうするのか、

暴力をふるって半殺しにしました、それは間違っていました、という総括だけですむわけではない。
犠牲者のところへ行って頭を下げ、できる限りの償いをするのが人間というものだ。
しかし、反省は、そんな次元にとどまらない。

①、唯我独尊的な前衛党意識の問題
②、暴力論(とりわけ本多延嘉の「共産主義者第23号」の「戦争と革命の基本問題」での暴力論)の問題
③、糾察隊の組織と実践
これらについて根源的な反省をしなければ、中核派の歴史的な敗北は総括されえない。
①、②、③、 の誤りを具象化した人物は今も組織の中でひそかに生き続けている。私もこの連中の組織した糾察隊の餌食にされたのである。

ここでは、②の本多論文の暴力賛美論について論じる。
本多の暴力論は、マルクスが言う、暴力は革命の助産婦である、などという次元を超えて、暴力の発現が革命そのもの、革命とは暴力の行使だ、プロレタリアートは暴力の権化だととらえた。

これは暴力論としては画期的であり、恐るべきものである。資本主義以前の階級社会では、人民は武装しなければ自己を防衛し人間としての尊厳と理念を実現できないことは確かだ。
しかし、武力によって他を圧倒し自己を暴力体として我意を支配的に社会に打ち立てるというのは常軌を逸脱している。

暴力や武力は社会変革や組織拡大のの手段であり助産婦的なものであって必要悪なのだ。殴りあったり憎悪したりすることはあっても社会変革の基本は大衆的な合意の獲得であり、同意を原則とした組織活動であって、異論を唱える者を暴力的に抹殺することは論外なのである。プロレタリアが武装するのは、常時武装した敵権力の暴力に対抗し、権力を奪取するためである。

不必要に暴力を振るい、敵を殺戮する必要はない。まして、人民内部において、反対派に凌駕するために暴力的殲滅戦のために糾殺行動を組織するなどはそれ自体反革命行為であろう。
本多論文は、その糾殺隊の論理であり、驚くべきものだ。

     1、暴力の原理論 暴力の万能性

【暴力は、かならずしも人間性に敵対する粗暴な行為を意味するものではなく、人間社会の共同利益を擁護するための共同意思の積極的な行為なのである。すなわち、本質的に規定するならば、暴力とは共同体の対立的表現、あるいは対立的に表現されたところの共同性であり、人間性に深く根差したところの人間的行為である。】

暴力は、「共同利益」、「共同意思」、の行為、人間の、行為ではなく、「人間的行為」という口吻には強い肯定的響きがある。これが本多氏の暴力の原理論だ。
さらに、【暴力は原理的には共同利害を前提とし、それを擁護するための人間的な行為なのであって、その意味では、共同利害をつくりだしたり、共同利害を貫徹する手段なのである。
つまり共同利害に基づく共同意思の形成とその対象化された意思を知性としつつ、共同利害を擁護し、維持し、発展させていくためのテコとして強制行為が発現していくのである。】

暴力は、「共同利益」を擁護するだけでなく「共同利害を作りだし」、それを貫徹する「手段」でもある、共同利害を擁護し、維持し、発展させるテコ、ということだから、暴力が人間の歴史をつくり、発展させたということになる。ほとんどジンギスカン的な暴力・征服歴史論ということだろうか。

【共有財産に基礎をもつ原始共同体においては暴力は私有財産や支配、被支配関係を生みだす根拠であったどころか、まさにぎゃくに共同利害、すなわち共同体の成員の人間生活の社会的生産過程(労働における自分の生活の生産と生殖における他人の生活の生産の二契機の統一)の意識的規範であり、したがってまた社会的生産の物質的な前提条件をなす土地を含む生産手段の共同所有ならびに共同管理とそれを基礎とした社会的総労働の比例的な配分と生産物の社会的分配、さらにかかる労働過程を基礎とした生殖=人間関係を規制する意識的規範としての役割をはたしていいたのである。】

暴力についてのこの長い文章の意味が分かる人がいるだろうか。書いてあることはわかるが意味が不明である。
文字通りに読めば、暴力が人間の社会的生産過程の「意識的規範」だというのである。規範というのは法令のようなものであろう。

暴力が人間関係を規制する規範だというのだから、暴力団が暴力で社会を支配するそういう社会の話か、戦国時代の話なのだろうか。この話は特殊な歴史的社会のことではなく、
人間の原理的な暴力の性質を記述するところだから、暴力が歴史の創成、社会の維持、規範など人間生活全般を貫徹し、支配している原動力のようなものということを意味するのか。

法令や倫理など「規範」は、階級社会では、支配階級の利害を確保するためにつくられるが、暴力そのものではない。原始共同体でも社会には規範はあったであろう。その規範を支えるために強制力=暴力が行使されるということもあったであろう。しかし、規範は暴力そのものではない。それが人間社会の意識的規範だというのは、規範のないあからさまな暴力社会の話であろう。

あるいは、暴力を優勢的に行使することが社会の規範となったということか、いずれにしても本多氏は、社会が暴力でもって成り立っているということを言いたいのであろう。

     2、プロレタリア暴力革命  マルクスを超越

【プロレタリア暴力革命は、「敵の出方」や「一定の条件」や「身の程知らぬ敵の反撃」なるものによって採用される革命の戦術的形態を意味するものではなく、プロレタリアート人民の自己解放の本質的規定性を意味しているのである。】

これはどういうことか。少し長くなるが本多氏の最も核心的な主張を引用する。

【暴力はプロレタリアート人民の革命的共同性、偉大な世界史的事業を達成する能力を回復するための不可欠の表現形態である、ということである。
もともと共産主義革命の暴力性の根拠は、プロレタリアートによる「ブルジョワ的私有財産の専制的侵害」(マルクス『宣言』)のもつ決定的な意義に規定づけられている。
しかし、われわれは、この規定の内包する意義について、ただたんにブルジョワ的所有権の侵犯の不可避というような理解におしとどめてはならない。

そうではなしに、われわれは、労働力の商品化という「平等」の交換過程をとおして形成される労働者の非人間的現実の根拠であるブルジョワ的私有財産をプロレタリアートが専制的に没収し、労働者階級の共有財産として転化していく暴力的過程が、まさにプロレタリアートの革命的共同性を現実に形成し、自己解放の物資的前提条件とその主体的な自覚と能力を統一的に創成する過程である、と積極的に位置づけることから出発しなくてはならないのである。

プロレタリアート人民の革命的蜂起とその武装の問題、革命的前衛党の指導のもとでの計画的、系統的準備の問題は、プロレタリア暴力革命の最も高度な内容をなすものである。平和革命になるか、暴力革命になるかは敵の出方による、という見解(日共)、一定の条件のもとで、しかも敵が身のほどを知らずに反撃してきた場合には暴力革命をとることもある、という見解(カクマル)をもって、プロレタリア暴力革命に敵対するものは、プロレタリアート人民の革命性、自己解放の事業のもっとも深部の敵対者である。】

共産党宣言では「ブルジョワ的私有財産の専制的侵害」について暴力的過程を必然とするとはいっていない。
それを記述する前に『宣言』は、プロレタリアートを支配階級にすることと同時に「民主主義を闘い取ること」を前提にしている。

プロレタリアートが支配階級になるには、耐えがたい抑圧と搾取への革命的爆発の中でブルジョワジーを「暴力的に転覆」するとしているが、プロレタリアートが権力を握ったら、ブルジョワジーの私有財産の収奪など革命の諸目的の遂行はブルジョワ側から見れば「専制」的であっても、あくまでも民主主義的に実行されるのである。
『宣言』では、暴力は、革命情勢の中でプロレタリアートがブルジョワ体制を転覆するときに使われるとした。

本多氏は、ブルジョワジーの私有財産の「専制的侵害」を暴力とし、それを暴力過程に入れた。
それだけでなくさらにマルクスを超えて、「プロレタリアートの革命的共同性を現実に形成し、自己解放の物質的前提条件とその主体的な自覚と能力を統一的に創成する過程」をも「暴力的過程」として「積極的に位置づける」必要があるという。だから、革命だけではなくその準備段階から人民内部での組織活動や党派闘争も暴力過程に含まれることになる。

暴力が、「プロレタリア人民の自己解放の本質的規定性を意味している」、というのは、プロレタリア人民は、暴力の権化であり、プロレタリアートの指導機関であり、暴力の発動機関である前衛党の暴力装置として位置づけられる、ということである。
第四インターへのテロの自己批判は、このような暴力礼賛、マルクス主義というより暴力主義思想に汚染された革共同中核派の核心的思想まで踏み込んだ反省にまで及ばなければならない。

この本多氏の暴力理論は、権力に対してその暴力が振るわれるとき、それ相応の威力があり意義があったであろう。だが、人間解放の哲学であるマルクス主義とは、何の関係もない。

激動の60年代~70年代に諸戦線で果敢に権力に立ち向かって戦った中核派の青年たちは、本多氏の暴力論に取りつかれて立ち上がったのではない。
だが、一部の中核派内部の幹部には、(いまもなお)この本多暴力論に心酔し、糾殺隊までを組織して暗躍した連中がいた。

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2016年12月19日 (月)

北方領土

News & Letters/541

北方領土4島は日本の固有領土である、という。
ロシアは、経済的にも軍事的にもこの領土をロシア化した。
ロシアは絶対に日本に返還する意思は持たない。

日本が侵略戦争をした結果、植民地はもとより当然であるが、固有の領土まで失った。

その責任は①もともと、無謀な戦争を繰り広げポツダム宣言の無条件受諾をした昭和裕仁天皇や安倍晋三の祖父岸信介ら戦犯たちにある。
沖縄は天皇制の存続と交換されたという。

そして②今、ロシアが、頑強に返還を拒むのも、天皇裕仁や岸信介、そして安倍晋三と続く国賊どもが沖縄や日本各地を米軍の軍事基地に提供し、日米安保体制を築いている事実を作って来たところにある。

北方領土が日米安保の新たなる拠点になることが分かっているロシアがそれをわざわざ返還するはずがない。平和条約締結と2島返還とかいうが、戦争法案を強硬可決した安倍晋三は相手に刃を突き付けて何の平和条約といえるのか。

原因①も結果②も裕仁と岸信介らの係累売国奴によって作られた。
マスコミは、虚妄の返還ストーリーを国民にばらまくのではなく、上の①,②の真実を報道すべきである。

日米安保を破棄し「憲法9条を文字通り実行しなければ、隣国とのいかなる平和もあり得ないし、固有の領土も戻ってこない。
北方領土を返還せよ、のスローガンは日米安保体制解体、九条を守れのスローガンと一緒に叫ばなければ実現性は全くない。

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2016年12月 9日 (金)

天皇制

News & Letters/540

 天皇制についてこれを解消すべきだと主張しているのは日本共産党だけだ。さすがだ。
 共産党(綱領)は、しかし、天皇制を廃止するには憲法を変える必要があるから、時機を見て取り上げるという。

 しかし、憲法第1条では、天皇の地位は国民の総意で決めるということになっている。
したがって、天皇制を廃止することも国民投票によって決することができる。
 皇室典範があってもそれは天皇一家の私的な法律となり、国政に影響しない。
 天皇の地位は、国民一般と同等とするという決議を国民投票で可決すれば天皇制は実質的に終わるだろう。

  皇室典範は法律であるから、その決議に基づいて国会で自在に改変することができる。
現在天皇自身がその過酷な公務から悲鳴を上げておられる状況から根本的に開放するには
天皇の地位そのものを国民投票で決すべきであって、耄碌した有識者や右翼論客に任せるべきではない。

 この措置は憲法第14条の趣旨にも合致するものである。
 天皇といえども人が嫌がることを強制しようとする右翼学者たちの言動は、強要罪が該当するのではないか。

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共産党の綱領

News & Letters/539

 日本共産党の綱領(2004年1月改定)の中で、原発という文字は一字も見えない。
エネルギーに関連する文章は次のところだけである。

「四、民主主義革命と民主連合政府」の章で「経済的民主主義の分野で」の箇所で
「3 国民生活の安全の確保および国内資源の有効な活用の見地から食料自給率の向上、安全優先のエネルギー体制と自給率の引き上げを重視し農林水産政策、エネルギー政策の根本的な転換を図る。

 これでは、原発に反対かどうか、何のことかわからない。むしろ、原発推進と受け取られる可能性すらある。
 「安全優先のエネルギー体制と自給率の引き上げ」では、電力会社の原発推進の宣伝文句と酷似している。
  使用済み燃料の再処理による核のリサイクルでは電力会社や政府はエネルギーの自給だとうそぶいている。「エネルギ^-政策の根本的な転換を図る」といっても何から何へ転換させるのか全く分からない。

 チェルノブイリ原発事故から相当たっている2004年に、脱原発・脱化石燃料→再生エネルギーへの転換という明確な方針がなぜ綱領に出せなかったのか。
原発は放射能汚染で人類の生存をも危機に落とし込めているし、化石燃料とともに地球温暖化の巨大な装置なのである。
  野党共闘で日本共産党の重みは誰も否定できない。いい加減な綱領はいま直ぐに改訂し、市民と野党共闘の闘争に反原発・反核兵器の戦略を基軸に据えなければならない。

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