政治思想ノート

2019年9月24日 (火)

福島第一原発の事故責任

高知新聞の9月20日付長官の判決文についての社説の冒頭に「原発とは根拠もなく安全性や経済性を強調し、想定しない過酷事故を起こしても、だれも責任を取らなくてもいい事業なのだろうか。」という不可思議な文章が出ていた。

①「想定しない過酷事故」であったのだろうか。また②「想定しない過酷事故」であれば、刑事責任を追及するのは困難であろう。

①想定
東電では大津波が来る可能性というのは、社内ですでに大問題になり正規の幹部会議でも対策まで議論されていた。
想定は十分にされていたのである。政府の地震調査研究本部の長期予報がでたのを最高幹部はみな知っていた。

地震本部というのは、日本の主な地震学者の大半が参加しているという。地震本部や中央防災会議の学者が提起した警告を無視した東電の幹部が刑事責任を問われるのは当然であろう。

日本の一流の地震学者たちの地震の予想を、無視してきたのは何も東電だけではない。日本の電力会社と原子力規制委員会が今もなお頑強に抵抗し地震動について現実に合わない独自の計算式を固守して日本の原子力施設を累卵の危険の上に放置してやまないのである。

悪名高いいわゆる入倉・三宅方式である。北米の過去の地震から導き出したという計算式は、日本の現実の地震動を過小評価するものであり、電力会社のお気に入りでクリフエッジを極力低くし耐震設備に金をかけなくてもいいような結果を保証してきた。

地震本部が2008年に出したいわゆる「新レシピ」は日本国中どこでも取り入れられているが、原発だけがこれを適応させない。電力会社や規制委(規制庁)は治外法権のように日本や世界の科学の成果も世間の声も聴かない。

新聞やテレビは、まさにこれを大問題にしなければならないのである。熊本地震でも、入倉・三宅の計算式は非現実的で「新レシピ」が現実をより正確に反映していることが実証されている。

日本の地震学のアカデミズムが阪神淡路の大震災の反省から総力を挙げて立ち上げた地震調査推進本部の見解を「信頼性がない」とか言ってこれを無視して大事故を起こした、これをどうして「想定しない過酷事故」といえるであろうか。

地震本部の学者を会社に呼んで、その見解を詳細に説明してもらうというのが会社経営者の筋であろう。島崎という地震学者が規制委の委員長までして玄海原発の審査にもあたった。しかし退職してから、入倉・三宅方式では原発の地震動の計算は過小評価になるといって猛烈に規制委を批判している姿は、それを物語る。

規制委に在職中は電力会社の味方をし、やめてからそれを批判している。
むしろ圧力を加えて、規制委が地震本部の見解に従わないようにさせたのは電力会社、東電そのものであろう。

地震動の計算式は三通りあり、a入倉・三宅式、b武村式、c松田式である。武村式は反原発側の想定に近く地震動の値が現実に近く大きく出るが、まだ未完成だという。

地震本部の出した「新レシピ」は松田方式であり、入倉方式と武村方式の中間を行くとみられている。

玄海原発の活断層の評価にこの松田方式で計算してもらったところ、これでも原発の基準地震動を超える結果が出た。

伊方や川内、若狭湾の原発などもこの「新レシピ」でアウトになるという。判決文では地震本部の長期評価は信頼できないと東電の被告らは言ったというが、それどころか信頼させないぞ、全国都道府県がそれを受け入れても原発だけは受け入れないぞという行動をとったのが被告らであろう。今もそうだ。実際には何千ガルもの地震が起こっているのに原発の地震動の設定はせいぜい5,6百ガルどまりだ。特に六ケ所村など東北の原子力施設は450ガル程度の低水準だ。

②会社の幹部など個人に刑事責任を負わせるのは困難だという意見も出ている。
だから、組織罰の規定を設けるべきだという。それも必要であろう。個人と組織の両罰にするべきだ。
だが、会社の責任者、組織の責任者の罪を問わないでは、かえって企業の犯罪は抑止されず増大するだろう。

 組織は個人、複数の個人が動かしている。東電の幹部は、津波が施設の高さ10メートルを超える危険性を知っていたし、知る立場にあった。原発を止めることへの躊躇があったというが、止めても止めなくてもしなければならないことがあったはずだ。 

非常用発電機を高所に移動させるとか、使用済み燃料を移転しておくとか、最低限のことでさえ、しなかったのである。自ら警告に呼応し対策の陣頭に立つべきものが、幹部社員の意見(15.7メートルの津波予想まで計算していた)をも封殺して大惨事を招いたのであるから、未必の故意の典型例だ。東電への今回の判決の評価に、新聞やテレビにこの 未必の故意 という言葉が一つも出てこないのが不可解だ。  
  

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2019年9月12日 (木)

香港人民の決起

香港の学生・労働者市民、そして中高生達の粘り強い戦いには
本当に頭が下がる。世界史的な素晴らしい戦いだ。

その特色は、前衛党的な政治的党派が存在していない、まさに自然発生的な民衆の革命的行動だ。
アメリカの革命思想家ラーヤ・ドウナエフスカヤの思想を地で行く。
直接的には、中国スターリン主義体制への反乱であるが、それにとどまらない。
やがて、香港を支配している自由主義(資本主義)体制に対しても根底的に反乱しだすだろう。
戦術的にはデモや集会、官憲との乱闘だけに終わらず、市民の投票による人民議会の樹立、
そして言論集会の自由など暫定的憲法を制定し、・・・・プロレタリア革命に進むべきだ。

プロレタリア独裁権力は、反革命的内乱を企てる者以外で徹底した民主主義(行政だけでなく生産現場に至るまで市民のあらゆる所で)を施行し、福祉や教育を無償化する・・・・・。1871年のパリコミューンの再来を2019年香港にみる。

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2019年9月 6日 (金)

政治的中立


愛知県の展示会で慰安婦像と思われる少女像が出品されたことで河村名古屋市長ら嫌韓族が騒ぎ出し展示会がつぶされた。

地方自治体が、政治的な表現を公的な施設でどこまで受け入れるのか難しいという問題がある。金は出すが口は出さないとか愛知県知事の発言もある程度理解できる。

しかし、知事や市長村長の政治的中立というのは、あり得ないと私は思う。首長は政治家なのだ。公的施設の利用や行政の在り方にその政治的信念が反映するのはやむを得ない。
私は東洋町長在任中に、女性職員二人を東京の慰安婦問題の集会に派遣したことがあった。町長のメッセージを持たした。

若い職員に日本の侵略戦争の真相を知ってもらう必要があると考えたからである。また、高知の西の方の大月町に使用済み核燃料の貯蔵受け入れの話があった時にバスを1台出して町長自身を含め職員や住民をその地元の集会に参加させたこともあった。

また、核武装を唱えるある新しい政党が東洋町の施設で講演会を開きたいので会場を貸してくれという申し出があったが、これを私は拒絶したことがあった。その政党の女性活動家が政治的中立性がないなどと執拗に食い下がってきたが、絶対に施設は貸さないと峻拒した。私は政治的中立性ではなく、私の政治的信念を通すことが大事だと思ったし、それで正しいと思う。
もしNUMOが東洋町に再び現れて高レベル放射性廃棄物の説明会をやりたいと申し込んできても、公的施設の利用は認めなかったであろう。

「金は出すが口は出さない」という知事の発言は、そういう形で少女像を守ろうとするぎりぎりの政治的表現であろう。
人は、どちらの見方にもならない、天にも地にも所属しない空中を漂う存在ではありえないのである。

横浜市長のカジノ「白紙」の発言も「推進」の別の表現だったわけだ。
「政治的中立」の主張は、政治的に抑圧されて公共の施設の利用や道路での示威行動を拒絶されたり、著作物の出版が禁止されるるなど表現の自由がうばわれるときに被抑圧市民の人権を守る戦いの武器である。

戦争を憎み、核兵器や原発を憎み、人権を守ろうとする者には、一本の道しかなく政治的中立などは存在しない。
たとえその者が知事や市町村長であってもだ。

もちろん、首長の場合、自分の信念と相違するからといって、あるいは自分に不利益になるからといって、何でもかんでも反対したり禁圧するというわけにはいかない。その判断は憲法など法令の趣旨やその自治体の条例や慣例、またひろく人倫の公序良俗に依拠し説明できるものでなくてはなるまい。

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2019年8月23日 (金)

征韓論

安倍内閣がやっている韓国への貿易規制措置は、ほとんど新しい征韓論というほどの過熱さである。

低劣な安倍内閣と自民党だけでなく、野党の立憲民主党や国民民主党らがこれに悪乗りし、マスコミも批判せず同調している。戦前の日本民間企業の悪辣な強制労働に対して、被害者が賠償を求めるのは当然であり、日韓請求権協定の本文を見ても、また議事録を見ても解決済みとはなっていない。

議事録中の請求権について韓国側の8項目の請求について協定本文と同じように原則的に解決されるという規定があるだけで、本文第一条の経済協力資金の提供によって解決されたなどという文言は全く見ることはできない。

すでに指摘されているようにそのことは条約調印者である椎名悦三郎の国会答弁(65、11、19国会答弁)、さらに外務省柳井俊二条約局長の答弁(1991年)で明らかなように、徴用工など韓国国民の請求権は解決されていないのである。

今回の安倍の暴挙は、明治六年の政変を起こした征韓論の無謀な争論よりもなお一層無謀である。
明治の征韓論は、国内で内戦を引き起こすことにはなったが、直接朝鮮や外国を損なうことはなかった。今の征韓論は韓国だけでなく日本も含めて世界の電子機器の生産・流通に対して大きな打撃を加えるものであり、特に日本は最重要貿易で大切な顧客を失うことになるといわれている。

隣国国民の正当な賠償請求をつぶすだけでなく世界経済に打撃を与え自国の国益をも損なう大暴挙で、その張本人安倍と歩調を合わせる「野党」などというものが選挙で勝てないのは当然であり、またマスコミにも理性や良識あるものがいないのか、暗澹たるものがある。

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2019年8月 9日 (金)

続 日韓請求権協定

安倍は、「韓国は国際条約違反」だと一つ覚えのように叫んでいる。日韓請求権協定のことであるが、すでに述べたように、この協定の第1条は、経済協力上の資金供与であり、第2条に請求権等の問題について規定されていて、その規定は、決して第1条の資金供与で、請求権問題が解決されるという風にはなっていない。

英語では 請求権問題等は the problem ・・・ is settled completely and finally.完全かつ最終的に解決される。または、解決されるものとする、という意味であり、この協定の日本語のように解決された、という既定の事実を述べたようなものではない。

Is settled となっているが、これは、現在形であり、この文章が歴史書ではなく文法的に歴史的現在とは言えないから現在形の文章を…された、という風に過去のこととして理解することは許されないだろう。

韓国語がどのようにこれを表現しているかわからないが、日本側のように・・・解決した、という風に表現しているかどうか疑問である。

すでに述べたように内容的にも、何によって請求権等が解決されるのか明記されていないし、条文表現上もすでに解決されたものとは解釈できない。

協定では、請求権問題は解決されるという一般的な原則を日韓両締約国が確認したものであってそれ以上ではない。どのように解決するのかは、請求権者の提起と請求されたものが誠実にそれに対応するということによって決まる。

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2019年8月 7日 (水)

日韓請求権協定

安倍は常に、1965年に日韓の間に締結された基本条約の付随として締結された日韓請求権協定を取り上げ、徴用工問題などの請求権はすでに解決済みであり、国と国の約束事を守れと韓国非難を繰り返している。

かつて学生時代に私らは日韓会談反対の運動に明け暮れ、日韓の条約締結を批判したものである。
今あらためて、この協定を見てみるとこの協定が奇妙なものであることに気づく。

この日韓請求権協定の第2条に
「両締約国及びその国民の財産、権利及び利益、並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が・・・・完全かつ最終的に解決されたことを確認する。」と規定されているが、請求権などの問題がどのように解決されたのかその中身がなにも記されていない。当然、独裁者朴大統領と日本政府の間でその解決の内容は協議されたはずである。おそらく権利も請求権も何もかも0にするという合意がなされたと思われるが、それが明記されていない。解決したとしかかかれていない。

第1条の規定には、日本が韓国に無償・有償の経済協力の供与がうたわれているが、その経済協力と交換に第2条の「解決」があるという風には推定はされるが、論理的につながってはいない。厳密にいえば、韓国国民の財産や権利、請求権問題についてどのように解決したかまたは解決していくのか不明の協定なのである。第1条の経済協力的な資金の「供与」や「貸付金」の供与の規定はそれはそれで独立した箇条であり、第2条の請求権等の「解決」についての条項は第1条との関連はなく、これも独立した文章である。「解決」したと書いてあるだけだから、チンプンカンプンだ。

「解決」という言葉を「解消」という風に受け取れという意図があったとは思われるが、法文の条理上そういう風には読むことはできない。この協定は韓国語、日本語、そして英文に翻訳されており「・・・解決」は英文では is settled completely and finally となっている。落着したということであって、解消したとは読めない。
資金供与で問題を解消したというのであれば第1条の資金の供与でもって、という一文を入れなくてはならない。

したがって、強制労働者たちや慰安婦たちの損害賠償、慰謝料の請求などの請求権は、この協定によっては何ら消滅せず、韓国国民が具体的な「解決」の内容の提示を求めるのは当然のことである。賠償や被害の請求権問題は加害者によって弁済か被害者によって免除されなければ解決しない。

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2019年8月 6日 (火)

安倍の貿易戦争


韓国に対するさらなる貿易規制が開始される。
ほとんど空爆に等しいやり方だ。

韓国に対する国民の「嫌韓」意識に悪乗りし、宿念の韓国へのヘイトの塊が日本の旧植民地の歴史を肯定し開き直るために電撃的な行動に出た。これは完全な開戦である。

安倍は、中国や北朝鮮に対する安全保障上の同盟関係も捨てて新しい北東アジアの新秩序を目指す。その手始めが韓国を力でねじ伏せる作戦だ。安倍自民党が続く限り再び韓国と友好関係を結ぶことはないだろう。

アメリカの後ろ盾もこれから先はどうなるかわからない。ロシア、中国、北朝鮮には、日本は単独で対決する、そういう軍事・経済体制を築かねばならない。そのためにも憲法改正と核武装は絶対的な課題だ。

破滅的なドンキホーテ的作戦がうまくいくかどうか。
憲法改正の本当の狙いは、核武装である。軍隊も持っているし武器も持っている。しかし今日の北東アジアでは、ロシア、中国、北朝鮮に対抗するには通常兵器では歯が立たたない。
核武装こそ憲法改正の真の目標である。

そして核武装のためにプルトニウムが必要だ。
プルトニウムを確保するために原発が必要なのである。
中谷元らが雑誌「プルトニウム」に結集し安全保障上の立場から原発の稼働を支持するのである。

低能だが、政治的狂人を総理大臣にもった日本は、裕仁昭和天皇の時代に戻っていっているようだ。裕仁の時代には軍事的には日本はアジアでは突出していたが、今は、核武装なしでは圧倒的に劣勢である。

憲法改正・核武装・・・旧植民地・大東亜共栄圏の肯定と再来・・・、裕仁の夢を今安倍が実現しようとしている。

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2019年7月28日 (日)

国政選挙

 政治は地方から、人民から変わっていかねば変わらない。
地方は、都道府県、市町村だ。ここの政治状況は岩盤のように保守であり、革新的な動きは牢固として停滞している。

地縁・血縁そして金だ。地縁・血縁だけでは動きは鈍い。金が地縁・血縁を動かす。多数の運動員を動かすのは金の力である。選挙では資金を持ち、それを大胆に使う勇気のあるものが勝つ。運動員の運動量が断然違う。

日本の歴史でも、一見して権力者たちの策動が歴史を動かすがごとくであるが、しかし、歴史の大きなうねりは権力の下にある人民の動向にある。人民の地底の動きや声を無視して権力者は動けない。

ラーヤ・ドウナエフスカヤというアメリカの革命思想家が
次のように言った。
There is nothing in thought ,even in the thought of the genius ,that has not previously been in the activity of the common man.(Raya Dunayevskaya Marxism and Freedom)

(いかなる思想も、たとえ天才のそれであっても、あらかじめ民衆の活動の中に存在しなかったというようなものは、存在しなかった。)
この名言は暗唱しているのでまちがっているかもしれない。

地方の知事や市町村長、議員の選挙で革新的勢力がなにも伸調しないのに、地方が金権腐敗の政治状況のまま低迷し続けているのに、国政選挙で大勝利を収めるなどというようなことは夢のまた夢だ。

日本の地方の政治から金権腐敗の泥沼を浄化することなしには、日本は変わらない。私はそう思う。

毎回政党要件で四苦八苦している社民党にしても党を立て直すためには、地方の大都市はもとより小都市や片田舎にも政治的学校が作られ学習会や集会が常時開かれている、住民の学習と戦いの発表の場が開かれ、活動家が輩出するという状況を作ることから始めるべきだ。

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2019年7月14日 (日)

参議院選挙

今選挙戦中に大きな出来事が二つあった。

一つはハンセン病患者が起こした裁判で国側が敗訴したこと

二つ目は、日本が韓国に対して重大な貿易規制を加えたということである。これは政府にとって選挙戦で大きな打撃になる事案である。

しかし、野党は、これについてほとんど有効な反撃(追撃)をしていない。それどころか、安倍はこれを逆手に取って選挙戦を有利にするいい材料としている。

ハンセン病は明治以来時の権力が患者やその家族を棄民化し迫害を加え過酷な隔離政策の犠牲とされた。重大な人権問題であり、国は、裁判にかけられてもその責任を回避しようとしてきた。法律があったからそれを履行したまでだ、時効だなどと責任を取る姿勢は全くなかったのである。

今回の裁判で国の反論(厚生省・安倍の名前での答弁書)を見れば明白である、だから野党は、判決文やこの裁判資料を見て国民に卑劣な国の姿勢を暴露し、糾弾するべきである。
安倍は裁判にかけられた段階で、降参し謝罪したのではない。裁判中は患者側と対立し反論していた。敗訴して初めて非を認めそれで国民にいい顔をし謙虚そうにふるまって選挙戦を有利にしようとしているのである。盗人猛々しい。

二つ目の韓国への貿易規制の措置もそうだ。
明らかにこれは徴用工問題での韓国裁判所の判決とこれを支持する韓国政府に対する日本帝国主義政府の反撃なのであり、この措置は両派の剣であって韓国だけでなく日本の企業にも重大な打撃を与えるものである。戦前の国策企業の悪辣な朝鮮労働者の搾取に対して当然の償いを無視し、両国経済に打撃を与えてもその戦前の悪行を擁護しようという魂胆には、あきれるばかりだ。

問題は野党が、選挙戦でこの暴挙をほとんど取り上げないのはなぜかという点だ。保守陣営でもこの暴挙を問題にしてもいいと思うが野党が沈黙するのは合点がいかない。

安倍の外交は対ロシア、対北朝鮮、対中国、対アメリカ・・・すべて破綻している。保守的な考えの者でも、一部の大企業の過去の悪行を守る邪悪な動機だけで日韓の経済関係を破綻させていいのかという声も出てきてもいいぐらいだ。まして野党においておや、となるべきであろう。

野党にはいままともな戦略家がいないのであろうか。

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2018年7月 2日 (月)

西岡智氏の訃報に接して

News & Letters/639
昨日大阪の大久保哲夫氏より部落解放運動の大先達大阪の西岡さんがタイのチェンマイで客死したことを知らされた。部落解放運動だけではなく日本の大衆運動においてまさに巨星落つという感がするのは私だけではないだろう。
師岡祐行氏が書いた「戦後部落解放運動論争史」全5巻の中で書かれている数百名の運動家で生き残っていたのは片手の指で数えるほどしかいなかった。その中で、否、全国水平社以来鬼籍に入った群星の中でも3本の指に入るほどの存在感を示していたいえる。
即ち、全国水平社の松本治一郎、同泉野利喜蔵、そして戦後の西岡智である。
西岡智と同時代の解放運動家は上田卓三、朝田善之助、岡映(おかあきら)、大賀正行、
上杉佐一郎など全国に数多いたが、やはり西岡智の業績や影響力が勝っていただろう。
私は、学生運動から、部落解放運動(中央本部及び大阪府連本部書記)に入ったものだが、直接西岡氏の指導を受け大衆運動とは何かをまなんだ。それは何も理論とか、流派とかというものではなく、イメージとして教わったものである。
市役所の一角を占拠して部落大衆おっちゃんやおばちゃんのなかから、声を上げ差別と貧困の不当性を挙げて権力を追及している姿。
これが大衆運動のイメージであった。西岡さんは、府議会議員はもとより国会議員にすらなることができたと思うが一切そのようなものに目もくれずただひたすら大衆と同じ地点にたち、そこから声を上げるということに徹していた。
学生運動から参加した私はその姿に感銘を受け人間の在り方として最も尊いと思った。
私は狭山闘争を独自に全国闘争に発展させるため解放同盟を離れたが、同盟を離れても西岡さんとは接触を保っていた。
近年もたびたび会い、又高知の私の闘争になにくれとなく助言をしてくれ、幾度も来高してくれて陣中見舞いを受けた。
西岡さんは私を「愛弟子」だと目を細めて人に紹介してくれていたが、最も統制の利かぬ弟子であったと思う。
晩年西岡さんはたびたびチェンマイに赴き、誘ってくれたが、私は一度も同行しなかった。
おそらくタイの東北の人々の生活や素朴な人情が昔の日本のそれらと通うものがあり安住の地を得たと思われたのであろう。
冥福をお祈りする。やがて任務を終えて私もそちらに行きますから、そのとき、よくやった、という声をかけてくれるよう有終の美を飾りたい
と思う。その間いつものように目を細めて見守ってください。

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