政治思想ノート

2020年6月29日 (月)

広島買収選挙

河合夫妻の選挙での金のバラマキが連日報道されている。
だが、この買収選挙の実態は、日本のあらゆる選挙で横行してきた。
金権選挙が日本の公の選挙だ。

それは、買う人も問題だが売る人がもっと問題なのである。
金を出さずに投票をお願いしますというのは、厚かましく、誠意がないとみなされている。

金品をくれる人が誠意があり立派な人なのである。
私の経験だが、ある先輩議員は議会控室で、買収資金の額と報酬の額と収支計算して見せてくれた。

その議員は金を使わずに選挙をやっている議員はほんの少しでほとんどはなにがしかの金品をばらまいているといった。
ある市民の言うのには、以前は投票日の前夜には、深夜に至って路地を何者かがバタバタと走る音がやかましかったという。

ある議員のインターネットでは、当選した長が、支援してくれた自分を含む議員ら有力者に礼金を配っていたと暴露した。
勿論、買収資金など一銭も使わずに当落選する組もいるが、極めて少ないと思われる。

これを根絶する方法は何か。

第一は、議員や首長の報酬を激減させることだ。報酬が相当高額であり、利権行政の推進に加担できるから
だからそれを目当てに議員や首長になりたがる連中がうじょうじょでてくるのである。

それらは買収資金と報酬などとの収支計算をする。私はオーストラリアのポートリンカーンという町に友好使節団として行ったとき、相手側の議員は、私がそれで生活するだけの高額の議員報酬をもらっているということを知ってびっくりしていたことを思い出す。

私は身の置き所もなく恥ずかしかった。議員は、交通費など最少の費用の弁済を受けるだけであとはボランティア活動にすべきなのである。議会の開会を夜とか土日にすればよい。

そうすれば、票を金で買うなどという人品の卑しい連中は選挙には出てこないであろう。

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2020年6月 7日 (日)

アメリカの暴動

黒人に対する差別的虐殺に対し、全米・ヨーロッパなどで反撃の「暴動」が
始まった。白人警官による黒人殺害行為は、これまで全く訴追されず、無答責だ。

今回は一応加害警官が訴追されたが、有罪になるかどうかわからない。
人種差別の実態は、今も昔も変わっていない。部落差別もそうだ。

日本の場合、官憲が直接被差別民を迫害するという事象はなくなっているが、
差別行為や加害行為を放置するというやり方で今も差別は息づいている。

数年前ある同和地区の男性が死体の状況から明らかに殺人事件の被害者だと思われる事件について住民が訴えたが警察は病死として扱い、耳を貸さなかった。新聞も被差別民の事件や犯罪は大々的に扱うが彼らが被害を受ける場合は多くの場合無視される。

権力と癒着した連中は、犯罪を犯しても訴追されることはわずかで、悪がはびこることは江戸時代と同じだ。
アメリカで暴動が起こるのは当然だ。日本に暴動が行らないのが不思議なほどだ。

権力の無答責は暴動によってしか治癒されない。香港を弾圧するスターリン主義、黒人を迫害するアメリカ帝国主義。

暴動が新しい世界プロレタリアートの権力奪取に向かう日を心から望む。

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2020年5月22日 (金)

ばくちうちの検事

黒川検事長は、最後の仕事として、東京高検の黒川弘務と新聞記者3人に対する賭博罪(常習犯)での逮捕令状を発行するべきだ。権力の腐敗がこれほどまでに明らかになったのは珍しいが、今まで隠されていただけだろう。

1、検察官の定年延長議案についての認識

 新聞記事やネットの論調では、安倍政府への批判として「問題意識の低さ」(高知新聞)とか、「無神経」(田原総一郎)だ、という程度のそれ自体低い批判調である。
 しかし、安倍総理の認識は、検察という職能集団に対する民主的統制として内閣の検察人事への介入を正当だとしているのである。検察は行政官であり行政官の長である総理大臣が任免権を持つのは当然と主張している。自衛隊に対する総理大臣の指揮命令権限(民主的統制)と同様の立場である。

 この安倍の考えの前提を批判せずに安倍の「問題意識の低さ」をあげつらっても新聞読者には批判の意味がよくわからない。
 検察官はGHQの憲法草案では、最高裁に所属するはずであった。

 Public procurators shall be officers of the court and subject to its rule-making power.

検察庁は、法務省にではなく最高裁に所属すべきであった。なぜ現在のようになったか。

少なくとも今日の学説でも検察官は、行政官でもあるが司法官でもあり、現行憲法第77条第3項では司法官としての検察官は最高裁の定める規則に従うとなっている。

検察官は、刑事事件について原告として犯罪人を訴追する立場にあり裁判官とともに司法の一翼を担う職責と権限を持っている。立件(起訴)や裁判遂行については、行政官の長(総理大臣や法務大臣)の指揮圏外にある。

だから、総理大臣が検察官の身分や職責について干渉する場合には三権分立を干犯することになるのである。

無論、検察の暴走とかいう事態、検察自身の権力への忖度、検察の腐敗・職務怠慢などの問題についてこれをどう食い止めるか、検察の公正な運営については、国民の監視と国民審査が及ぶような適切な検察の制度改革が必要である。

しかし、今は不祥事を続発させている時の政権が延命のために検察を自己の番犬化さそうとする動きを封殺することが急務であるから、安倍内閣の司法の一角への民主的統制論に基づく内閣の介入を批判し阻止しなければならないのである。問題意識が低いとか国民の意識への無神経さとかではなく、敵は明確な意識と目的をもってことに臨んでいることを指摘しそこへの反論が必要ではないかと考える。

2、昨日今日の高知新聞の黒川検事長辞任の記事には違和感を覚える。

「問題のすり替え許されず」論である。要するに本題は政府の検察定年延長議案であり、「個人的な不祥事」事件ではないという論説である。それはその通りであるが、今回の定年延長問題とマージャン賭博事件とをすり替えの利く別個の問題とする考え方である。その論そのものがすり替えではなかろうか。

検察定年延長議案の中に仕込まれた特例規定とマージャン賭博事件とは切っても切れない関係があると考えるのが普通ではないか。安保法制、森友、加計、桜、検察定年延長・・・とマージャン賭博事件、これらは、法令を自己流にひん曲げ、自分らは国政を利用してやりたい放題の犯罪行為を繰り返してきた。

秋霜烈日、国民にはこれを押し付け、恐ろしい疫病にかかっても自宅待機だといって検査も拒否し続け、他方、自分らは賭博など好き放題の酒池肉林か。権力を握ったものは、法令を曲げ、無視しても構わないという。

検察番犬化を目論む検察定年延長法案とその渦中にある政府高官の犯罪的遊興行為とは切っても切り離せない。
すり替えを許すなという論には、政府高官のマージャン賭博事件を個人的不詳事件化しすり替えができるとする前提の論であり、ゆるされない。

権力とマスコミの癒着の犯罪行為は個人的不祥事ではない。そして、この賭博事件は黒川の性格的な問題ではなく、こういう形で日常的に権力とマスコミの闇の交流があったことを証するものであり、これ自体驚くべきだ。

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2020年5月21日 (木)

公務員の定年延長

検察官の定年延長問題はどうやら先送りになった。
しかし、予断は許さない。これについては別に論ずるところがある。
問題はそれだけではない。それが国家公務員の定年延長と抱き合わせなのである。

国家公務員の5年間の定年延長をする理由が明らかにされていない。
世の中には若い層の多勢の労働者が正規社員ではなく、ふりーらんすなど不正規労働に従事し、結婚もできない、不安定な生活を強いられている。国や市町村の公務員に定年を延長しなければならないほどに仕事が多いのであれば、青年労働者をどんどん雇用するべきだ。

特に今回のコロナパンデミックで明らかになったのは、防疫や公衆衛生方面での医療スタッフの弱体ぶりだ。
本来の医師や病院スタッフが動員されてばたばたと感染し医療崩壊寸前までになった。防疫や公衆衛生の従事者を大規模に養成しなければ、通常の医療スタッフでは到底持たない。

公務員の定年延長をするぐらいならその資金で大量の青年労働者を特別に教育し、全国の保健所を復活・強化し防疫・公衆衛生のスタッフを急速に補強・整備すべきだ。学校教育にも医学や保険科目を主要科目に格上げし、大学の医学部も増強すべきだ。

防疫や公衆衛生の従事者養成のために特別な専門大学や学部を増設すべきだ。
パンデミックはこれからも世界規模で猛威を振るうだろう。これに立ち向かう資金は、パンデミックによる被害額を考えれば微々たるものだ。

公務員の定年延長など何の理由もないことに金を使うのをやめよ。それこそ不急不要だ。
日本の労働貴族のかたがたこそ火事場泥棒ではないか。いま、野党も与党も労働貴族のご機嫌をとる場合であろうか。不正規労働で呻吟する若者に正規の職を与えよ。

そして何よりも今大事なのはパンデミック対策の体制、人材確保だ。
従来の医療体制をパンデミック対策に回せば医療はマヒするのは目に見えている。医学教育を見直しこれを増強し、全国の保健所を再建し、国、都道府県、市町村、小中高校・大学、そして企業などに防疫・公衆衛生の専門家を常時配備する新しい医療体制の構築こそが急がれる時だ。

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2020年5月 3日 (日)

再度の非常事態(行政崩壊)

政府や地方自治体の無為無策(愚策)によって日本では新型コロナの蔓延が深化している。

安倍政府のコロナ対策の大きな柱は、検査をしない、である。
検査をしなければ陽性者の数値も抑えることができる。
検査をしなければ、医療崩壊も抑えられる。
検査をしなければ対策費用もごくわずかで済む。

検査をしないので日本人のコロナ死亡者数も抑えることができている。
検査を押さえろ、これが安倍政府と地方自治体の至上命令だ。
罹患して苦しんで保健所に電話しても通じないし、通じても自宅待機の指示だ。
例えば昨日高知県は、高知県の感染者は数日続いて0人だと発表した。
何人検査したのかといえば、たった7人だったという。
高知新聞も注意深く隅々まで見ないとこの検査数はわからない。

政府も新聞も感染者数は発表するが、検査数の分母は隠したままだ。

ノーベル賞の山中教授は、検査数の分母と感染者数の分子の陽性率に注意せよというが当然のことだ。その率はだんだん高くなり外国と比べてもはるかに高いとい。

日本の行政府は中央も地方も、世界パンデミックの最中でも何もしなければ乗り切ることができるという信念をもち、その信念は絶対に替えようとしない。確信犯だ。

これはもう日本には行政崩壊が進んでいるというべきだ。コロナだけではない。原発などあらゆる分野で行政不在、行政崩壊が進んでおり、コロナ流行で顕在化したのである。

スペイン風邪のように病原菌の自然消滅を待つ政策、国民の免疫が自然にできるのを待つというのである。

医療上の対策は、PCR国民皆検査→陽性者即隔離・治療であり、他方国民の生活を支える完璧な補償、コロナ徳政令の発布、税金、借金返済、家賃などの凍結をしなければならない。

今の行政崩壊の放置では何人犠牲が出るかわからないし、コロナ感染を永続化させるつもりである。

防災以外の沖縄辺野古など不急の公共工事を中止し、軍事費を大幅削減、高級官僚や国会議員などの報酬や給料の大幅削減など財源を確保することだ。どんなパンデミックの中でも農漁業など食糧関係産業が途絶えることなく存続する手立ても必要だ。

苛政は虎よりも猛という。自民党政府を打倒すること、まともな行政を樹立することも大事な感染対策だ。

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2020年4月15日 (水)

コロナ感染爆発 死に至る虚構

元は習近平中国から発生したコロナウイルスは安倍自民党内閣の浅はかな患者隠蔽政策―検査・治療拒否政策によって病原菌は日本の隅々まで蔓延し、病院崩壊すらも始まった。

それは、直接的には安倍―小池体制でコロナパンデミックのさ中にオリンピックを強行しようとしたところに原因があるし、それは今も続いていて医師や看護師の力ではどうすることもできなくなっている。韓国でさへも徹底的な検査と早期治療という医療の原則を実行してコロナを抑えつつある。なぜ政府はこれを見習わないのだ。地方自治体は国の非人間的な愚策にとらわれることなく独自に韓国方式をとって、コロナ消滅策を実行すべきだ。
が、しかし、問題はもっと深刻なところにある。

中世の人類社会あるいは現代の発展途上国は別として、現代のように医療が発達した社会でどうしてこのような爆発的な疫病が流行するのかである。イタリア、フランス、ドイツ、イギリス、そしてアメリカ、中国、日本・・・これらの「先進国」が軒並みやられている。
なぜか。

回答:私は、核兵器製造・爆発実験と原発など原子核施設の稼働による大量の放射能の地球的規模の拡散・蔓延が人類の免疫機構を破壊し、弱体化して「免疫不全」の病変を起こしていると考える。現在、新型コロナウイルスの蔓延で苦しんでいる欧米・中国・日本などはみな核施設の密集地だ。

それは、かつて肥田舜太郎さんらが翻訳した『死にいたる虚構』(ジェイM。グーグルら)の本で、核実験やスリーマイル島原発事故、チェルノブイリ原発災害などでまき散らされた放射能によるがんの発症やエイズの発症の詳細な証明によって、推定できると思うのである。

それは人類の側の免疫不全だけではなく、放射能は野生動物に宿っていた病原菌にも影響し、突然変異によって人間に感染するような強力な伝染性を持つようになってきたのではないか。近代医学を麻痺させるほどの猛威を振るうウイリスの登場と、放射能によって免疫力が衰えた大勢の人類の存在が今回のコロナパンデミックの背景にあると考える。

だから、人類は核分裂をエネルギーや兵器に利用するという政策の恐ろしさを今こそ感ずるべきであり、一日も早く核を封殺しなければならないのである。
安倍政府の非人間的な愚策によるコロナの蔓延で、多くの中小の企業や貧しい多勢の労働者が路頭に迷い始めている。わずかな施しでは一時しのぎにすぎず、収入の道を絶たれた母子家庭の親子が餓死するかもしれない、大多数の貧しい日本のプロレタリアに終戦直後の社会的混乱と不安が押し寄せている。

中世ヨーロッパの詩人が警告したように
誰がために弔鐘(かね)が鳴るとおもうなかれ・・・。
政府。それに追従するテレビや新聞が社会的ディスタンスとかを強調している。

だが、日本や世界のプロレタリアートは今こそ団結し、連帯し、世界中の帝国主義とスターリン主義体制を打倒するために立ち上がるべきである。戒厳令下のごとき外出禁止を突き破って コロナ革命 ともいうべき変革にまい進すべきだ。

香港の労働者や学生のように分厚いマスクの大集団をあらゆる都市の街頭に登場させ、今日の破滅的な病気を蔓延させ、その前に無力をさらしている権力者たちを引きずり下ろすことだ。病原菌のその元の病原菌は、安倍政府であり、トランプであり、習近平・・・である。
日本の労働貴族のリーダーはメーデーをやめるというが、とんでもないことだ。

病院のベッドの上で死ぬのか、それとも戦って街頭で死ぬのか。
パンデミックを乗り越え日本のプロレタリアートの前進を期待する。

古陵の松柏天ぴょうに吼ゆ
山寺春を尋ぬれば春寂寥
眉雪の老僧時に掃くことをやめ
落花深きところ南朝を説く

今、この清らかな漢詩を口ずさみながら、遠く四国の山で、桜花はないが落葉の舞う中で、南朝ではなくマルクスを思いながら、眉雪の私は、京都河原町を翩翻と翻した赤旗の波を、夢見ている。

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2020年2月16日 (日)

検事長の定年延長事件

東京高検の検事長の定年問題が重大な政治問題となってきたのは当然である。

時の権力が司法を思いのままに動かすという深刻な事態の背景には、日本の民主主義の脆弱性が横たわっているように思われる。

第一に三権分立ということの法的根拠が明確でない。日本国憲法ではそれが明示されていない。
むしろ、一権独裁という感じだ。国会で多数派が内閣を構成するから総選挙後直ちに立法と行政の2権が多数党に取られる。

そして最高裁長官もその判事も総理大臣が人事権を持つから司法も取られ、三権が一権(行政権)に収斂される。

それまで高級官僚の任命などには政府は遠慮していたが五年前の内閣人事局の設置によって官僚組織の首根っこが押さえられた。

私は提案する。日本国憲法の精神は明確だから、法律で三権分立を明確に定めるべきである。

そして、内閣の人事権が司法に及ばないこと、検察庁を含む各省庁の官僚の人事権にも内閣が干渉できない
ことを明確にすべきである。そして官僚についてもキャリア・ノンキャリアの差別を撤廃すること。

ここで憲法第15条第1項が重要である。

憲法は、国民固有の権利として国民が公務員を選任、罷免するとなっている。
しかしその実施方法を担保する法令がないので空文化され、憲法上何の権限もないのに総理大臣や首長が勝手気ままに人事権を振り回し、三権分立の建前をぶっ壊しているのである。

15条が言うこの公務員というのは、何も公職選挙法で選ばれる議員や首長に限られていることではない。

野党は、政府の独断専行・法令無視についてその度に驚いて異議を述べるが、そのような消極的な姿勢ではなく、日頃民主主義を保証・補強する法令を提案するなどもっと積極的な攻勢を持つべきだ。

私は、10数年前小さい町の首長であったが、毎年の人事異動については、まず全職員の希望をアンケートにとり、実際の移動の調整については総務課長にやらせ、特別に不適任と思われる場合以外は、口出しをしなかった。

選挙で選ばれ政治性を持つ首長が人事を切り盛りすれば必然的に中立であるべき行政職員が党派性を帯びるからである。

選挙で選任する場合とは違う憲法で謳われた国民の公務員任免権が空疎になっていること、これが、今回の検事長問題の基底にある。少なくとも、国や地方自治体の不法行為や不公正な公務員人事について国民が、現在の住民監査・住民訴訟制度程度のチェックができるような制度を作るべきだ。

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2020年2月 9日 (日)

コロナウイルスの感染

中国が発生源といわれるコロナウイルスの蔓延・封殺の失敗は
第一に、中国スターリン主義体制(全体主義的社会主義国家)の強権的官僚制に原因がある。

いくら良心的な医師らが現場で警鐘を鳴らしても最高幹部が危機感を抱くまでは、対処されない。

国民の健康などまともに考えたこともない病的に腐敗した権力者の支配が続く限り、スターリン主義国家では、このようなパンデミックは繰り返し起こるだろう。

このウイルスの発生は食用として小動物をも売買する大衆的な市場の低劣な衛生状況を根源とするといわれる。

豪華客船のお客が騒がれているが、り患しやすいのは貧しい人民であり、ホームレスや病弱な人々だ。

貧しい無権利状態の大多数の民衆、放置された低劣な生活環境、そして独裁的な権力者の存在、この三つがあるところ常に致命的なpandemic が発生し、多くの犠牲者が出てくる。

安倍独裁が続く日本政府(地方の市町村も同じ)の対処もマスクが払底する状況を見ても明らかなように習近平と同程度の鈍感さだ。
徹底した民主主義政治が欠如するところでは、死ななくてもよい場合でも死ななくてはならない。

民主主義は、人民の命を救い、村や町を救う。

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2020年1月 2日 (木)

謹賀新年

新しい年を迎えたが、何の感慨もない。

私は昨年3月29日に何者かによって家が焼かれ、焼け残った離れの一室に新たに物置を手作りで建ててなんとかこの身を収容し生活する場を確保した。

その間、裁判三件を続行し、地元の困った人の手助けをしながらなんとか生きている。これまで絶望的な状況に何度か陥ったことがあるが、最も酷烈な打撃を受けた。

中でも大事な本がほとんど灰燼に帰し、また3台のパソコン全部が焼けて、フロッピーディスクやUSBなど保存していたあらゆるデータが消えたことは、痛恨であった。まるで戦災に会ったようだ。

通報があり駆けつけて燃え盛る火の中に私は入ろうとした。それはフォイエルバッハの原作著作集をそれだけは取り出したかった。
だが、私服の警察数人が私を強力に抑留し一歩も家には入れなかった。年齢も高く、肉体も衰えた。絶望の中から私は立ち直れるだろうか。

わかっていることは、私はオンブズマンを続行すること、部落問題を研究すること、現代の政治問題、とりわけ原発問題にかかわり続けることである。私はケチではないが、質素倹約的生活が好きである。昔の子供の時代のつつましやかな生活が好きなのである。最期は誰にも迷惑をかけずに死ぬことだ。

だが、この汚濁に満ち、人類的危機が迫るこの世界をこのままにしては死ねない、悪党どもを一人でも多く粛清しないでは冥途の旅には出られない、そう思っている。イタリアパルチザンの歌を歌いながら日課の庭内散歩をしている。

新年に臨んで悪政に苦しんでいる人々に少しでもいいことがあるように祈っている。

私には七難八苦がこようともびくともしない。

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2019年11月30日 (土)

尊王攘夷

新天皇の即位をめぐる狂騒曲がやっと静まった。
今時、天皇族を崇め奉ることに日本国民はどれ程反応しているのであろうか。

ばかばかしくて見ていられないというのが本音であろう。

しかし、ばかばかしい行事もこれほどまで銭をかけ、大掛かりな虚構をうやうやしくやっていると、本当に威力を発揮することになるかもしれない。

歴史を振り返ると、なおさら空恐ろしい。
幕末の基本スローガンは尊王攘夷であった。
この四文字には、王と夷が対句になっている。一方はあがめられ、他方は卑しめられ迫害される。

もともと攘夷の夷は、蝦夷の謂いであってアイヌを含む東北以北の民衆のことだ。

幕末において異国人を軽愚して敵対するために伝統的な蝦夷への蔑視・敵愾心を借りてそれを利用した。東北の民衆への差別心を外国人に向けたのである。

平安時代以前から日本の朝廷や武家政権は、蝦夷・奥州俘囚への激しい差別心をもって政治の要諦としてきた。桓武天皇らは蝦夷征伐と都建設を最大の政治的課題にしてきたし、鎌倉、室町、江戸幕府の権力の中核は征夷大将軍であった。蝦夷への蔑視と天皇や将軍への敬意は絶えず一本に結ばれていた。現代の皇室への尊敬(特別な敬愛)は必ず他方に軽愚され抑圧される者がいるはずである。

今も東北の民衆は原発の業苦を背負わされ犠牲に供されている。
そしてまた遠い昔全国数十か国に配流された奥州俘囚の裔孫である部落大衆、その被差別の忍苦の生活も続いている。
天皇一族の晴れやかなパレードを見るにつけ情けない思いが突き上げる。

支配階級の権力の象徴である天皇とその天皇制に対し、日本国民は、いかなる敬愛の念も抱かず、その血塗られた歴史(崇徳上皇は配所で血書でもって天皇の皇統を呪うと誓った)の実相を直視し心の武装を解いてはならない。

     解放歌の一節

ああ、虐げに苦しめる 三百万の兄弟よ
踏みにじられしわが正義 奪い返すは今なるぞ
涙は憂いの為ならず 決然たちて武装せよ

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