地産地消

2019年8月25日 (日)

高知県知事


尾﨑知事が、3期目を終わって国政に転出するということで知事職を辞するとのことだ。
後釜も用意しているという。権力の私物化も極まった感じだ。

東大→大蔵省(財務省)→知事→国会議員→大臣 というエリートコースのために知事職を利用したのではないか。

尾﨑氏に聞きたい。あなたは高知県勢浮上のために何をやったのですか。
何もやらなかった。12年間空気のように知事の姿が見えなかった。全国最低水準の県をそのまま維持管理する官僚にすぎず、経済はもとより、文化、教育、スポーツ、そして医療福祉、防災など・・・・あらゆる面で高知県を低迷させ続け人口も激減させた。

農産物・水産物でさえ、高知県は1千億円の入超だ。第一次産業で黒字にならなければ、何をもって黒字にできる?
地元では他県からの農産物を買って巨大な赤字をきたしているのに、何が地産外商だ。銀座に開店してどれ程もうかったのだ。

イオンだのなんだのという県外の巨大量販店を野放しにするのではなく、高知市内に、県下東西の農産物・魚介類を集めて売る地場産センターの一つでも作るべきではなかったのか。
農産物などの生産が第一義的な県で、その第一次産業で入超などという経済構造、この抜本的な改革なしに県勢浮上はあり得ない。

私が東洋町長であったとき、県下の市町村長が知事に召集された会議で、この点を指摘したが、尾崎知事は無反応であった。

格好はいいし弁も立つたが、無為無策、無能のそしりは逃れられない。所詮秀才おぼっちゃま知事ではこの最低県のかじ取りは無理であった。
これが国政に出て何ができる?尾崎さんはまだ若く健康で秀才だから、民間社会に出て辛酸をなめてからやり直すことができる。

高知県の知事は、もっと企業家的性格の政治家が必要だ。竜馬のように表面でちゃあちゃあするタイプではなく、地下をはいずり回って舞台のお膳立てをする慎太郎のような泥臭い政治家が必要だ。

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2012年8月 4日 (土)

迫害は続く 海の駅への焼き打ち

News & Letters/302

     海の駅の焼き打ち

反革命分子はついに海の駅を炎上させるに至った。
7月26日午後10時50分ごろ、卑劣な犯罪者は、海の駅の勝手口の錠前をバールのようなもので破壊し、建物に侵入してレジスター周辺で放火し、勝手口のドアも閉めずあわてて逃走した。火はやがて建物の内部をほぼ完全に黒こげに焼いてしまった。

なにゆえの放火なのか。これが、「脱沢山」路線を追求する反革命分子の最後の仕上げであることは間違いないだろう。この建物が建つ迄、年間2万人程度のビジターだったこの白浜の緑地公園が、ここ4年間ぐらい毎年10数万人以上のビジターでにぎわっていた。今回の襲撃はそれの繁昌ぶりを見て我慢するのが出来ない連中の仕業であろう。

「脱沢山」とは新聞社の造語だ。福祉や教育への手当を打ち切り、失業対策事業をやめ、農林水産の産業復興施策をストップし、温浴施設を打ち切るなど観光事業に打撃を与え、わずか1年かそこらで厖大な借金の山を築く。これが「脱沢山」だ。

産業復興のシンボルであった海の駅を何とか消し去るというという行動・放火は、その「脱沢山」の当然の延長線にある。東洋町は泣いている。

以前その新聞記事は、海の駅は地元の商店街を圧迫しているとかき立てた。
しかし、出店者は、日曜市組合をはじめ地元や近隣の生産者や商売人が中心であり常時50人、不定期の出店者も含めると数百人に上る。今みんな路頭に迷っている。

例えば、4,5年前には東洋町には魚屋はつぶれて無かった。海の駅が出来てだんだん復活し5軒ほどの魚屋が新鮮で安い地場の魚を商うようになっていた。それを目当てに地元はもとより近隣市町村から多くのお客が集まっていた。

それがどうして地元商店を「圧迫」しているというのであろうか。そのような嘘八百を記事に書くことこそ、地場産業を圧迫し、今度のような海の駅焼き打ち行為をあおり立てることにつながったのではないか。

反革命分子らは、自分らの「脱沢山」路線が大方の住民のひんしゅくを買い、怨嗟の声が高まる中で、腹立ちまぎれの反撃の対象として海の駅を標的に選んだのであろう。
東洋町の歴史の中でこれほど大きな凶行はなかった。

5年前、核廃棄物の呪いを払しょくしたのに、今またこのような反革命の攻撃にあっている。反革命に魅入られた東洋町こそ悲しけれ。

だが、われわれはいかなる迫害にも負けないだろう。迫害の業火によって我々の魂はいよいよますます固く鍛錬されるであろう。われわれのゆく手にも、花は、花は咲く。

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2011年10月 3日 (月)

高知新聞への糾弾状

平成23年9月8日高知新聞地域報道部長への糾弾状

高知新聞の㈱東洋リ・ボルト及び同社社長澤山保太郎に対する業務妨害及び誹謗中傷記事に対して徹底糾弾をする上で、執筆者の室戸市局長真崎裕史記者と責任者として岡村啓太郎地域報道部長に9月8日午後東洋町に来ていただいて、おおよそ次の内容の糾弾を行った。新聞社は今後適正な記事を書いてゆくつもりだと答えた。糾弾の内容は以下の通りだ。

一、産地表示事件について二つの高知新聞記事、とりわけ8月30日高知新聞朝刊記事
  について

   1、 落花生などの誤表示事件

 1月の落花生事件では、リ・ボルト社が徳島の八百屋から産地等一切の表示のない落花生と干し芋を購入した際、購入先の県名を産地として表示した誤りがあったことは事実であるが、高知新聞はこれをことさら大げさに取り上げ、われわれがあたかも産地を偽装して販売したかのような記事を書いた。

①元の徳島の八百屋の産地無表示の事実については一切報道せず、これを擁護した。
 件の八百屋は、県の立ち入り検査を受け一定の行政指導か何かをうけているのであり、 その証拠に店内に、産地表示についての謝罪と落花生及び干し芋の販売中止を掲示していた。公正な報道であれば当然海の駅が商品を購入した元の八百屋の問題性も指摘するべきはずであるが、一方的に問題の八百屋の話を好意的に報道し、海の駅だけを攻撃した。著しく不公正だ。

 その八百屋こそは落花生らがどこの産地であるか知っていたのであり、故意に産地を表示しなかったと考えられるものである。

 過誤を犯すものがたくさんいるとしてそのうち誰を攻撃してももちろん構わない。
 人は、政治的、思想的傾向に基づいて、あるいは個人的恨みでもって数ある犯罪や過失の中から特定の人を選んで攻撃することは自由だ。しかし、報道機関は自由ではない。報道機関は事案について公正な取り扱いが求められる。他の地域では何が起ころうと問題にしないが特定の地域の犯罪については徹底的に大きく報道する、とか、一連の事件で、2社が関連して起こしていながら、他方の会社については何も問題にせず、片方の会社の事だけ書きなぐる、という事では報道機関とはいえない。

②記者らから落花生等の事件を聞かされてから、澤山は町長として町役場の公用車で海の駅の店内とリ・ボルト社の倉庫を探索し、二つの商品の残りをその車に収容した。
その車を町の温浴施設の駐車場に置いて、さらに関係者の話を聴取していた。そこは人通りのある場所で車の荷台や座席は誰でも除く事ができた。

 新聞記者がたずねて来たので、その車の荷台を開け落花生の袋と、さらに座席に置いてあった干し芋の残品を記者に見せ、写真を撮らせた。

所が、新聞記事は、問題の商品を澤山が隠蔽しようとしたかのような内容であり、さらに商品が箱に入れたものを仕入れたのに、そうでないといっていた。短時間のうちに前言を翻したなどと悪しざまに書いた。澤山は基本的に社長と記者とのやりとりの立会にはいっていたのであって、箱に入れた商品の有無について質問のやり取りが新聞記者と澤山の間であるはずもなく、第一そのような応答があったとしても、1個か2個買ったのではなく、数十個購入してきたから商品は全て何らかの箱か袋に入れられて販売され搬送されたのである。

箱で買ったと言えばその通りであり、箱に入れたものを買ったとしてもそれらは個々にばらばらの袋であるから、箱買いではないともいえる。箱で買ったのかという質問に何の意味があるであろう。前言を翻すといっても前言の質問自体ナンセンスなのだ。
そこの八百屋で買う場合は、車に乗せる前に段ボール箱に入れてくれたが、その段ボールはほとんど外国産のバナナやパイナップルなどの空き箱であった。箱に印刷されている商品名と中身は大概違っていたのである。

③最後の日に仕入れた落花生は中国から直輸入したと思われる梱包物であった。
その事については購入したリ・ボルト社の社長も気が付いていない。
要するにその梱包物は1週間以上開封されず倉庫に入れたままであって、一殻も売られていない。落花生を担当している販売員も触っていず、何物か知らなかったという。
今までは、落花生購入は100グラムほどの透明の子袋か、赤ちゃんほどもある大きな透明の袋入りであった。それは店の高い棚に載せてあって、こちらがあれをといって指をさして注文し、レジを通してから、店員が大きなカートに他の商品と一緒に載せて私が運転する車に載せていた。もちろんなんの表示もなかった。

最後に購入した中国直輸入と思われるその梱包物は、レジを通さず店長が裏の倉庫から駐車場の澤山の車に直接載せたという。その日澤山は、買い物にはまったく関与せず、となりにある本屋で本を物色して、帰る用意ができたという連絡であわてて駐車場に帰った。

社長はレジを通過する商品については全て把握していたが、裏の倉庫から店長が運んできた大きな箱については何の商品か知らなかったが注文した何かの商品だと思ったという。その時は既に夕暮れとなっており、たくさんの荷物を積んでそのまま運転して東洋町に帰った。すでに夜8時ごろになっていた。帰着して荷物を積んだまま車を置いて別の車で澤山は立ち去った。

その荷物は当時の社長らによって倉庫にそのまま収容された。
翌日以降、倉庫に入れた商品を点検し仕分けして販売するのは海の駅等の社員であり、倉庫に出入りする社員は4、5人である。中国直輸入の梱包物はしばらくそのまま1週間以上は倉庫に置かれていた。

誰かが「偽装」するとすれば、そのままの形ではおかなかったであろう。
澤山が記者の取材のあと、倉庫に調査に入ったところ、密封された梱包物は、誰かが上部を垣間見るためにか少しはがしてあったが、ほとんど梱包されたままであった。よく見ると箱には中国語が印刷されていた。その梱包物については購入した社長も、運搬した澤山も中身がなんであるか知らなかった。倉庫によく出入りする落花生担当の社員も知らなかったという。

われわれは、徳島の八百屋に商品を外国から輸入することを依頼したものではない。
あくまでもその八百屋から仕入れようとしたものである。八百屋は中国のものであればそのように表示するなり、われわれに告げるべきであろう。そこの野菜や果物類は大概外国産品の段ボールに入れてわれわれに渡されてきた。中国語の段ボールに入れてあるから中国産と分かるはずだ、とか、産地表示のラベルは貼らなくてもいいという事にはならない。

県庁も確認したが、そこの商店からの伝票を見ても産地表示は何もなかった。伝票にも産地表示は義務付けられている。われわれは産地を確認すべきであったが、真実の産地を知っている販売者がまずもって表示なり告知なりをするべきではないか。今でも、中央市場の卸商から送られてくる商品の伝票には産地表示の欠けているものが見受けられるのである。

④高知新聞は2月21日の朝刊で、われわれが購入した仕入れ先の店は産地表示をしていたと大見出しで弁護した。
高知新聞社に聞きたい、正しく産地表示をしていたものが、どうして県庁に指導されて店内に販売中止の告示をしなければならなかったのだろうか。
東洋町の担当職員が、事件の後徳島のその八百屋に行ったところ次のような張り紙が店内にしてあったので写してきたという。

徳島県くらし安全課よりラベル表示が適切でないとの指摘を受け、しばらくの間、落花生と干し芋の販売を中止します。
仕入れ先が産地を誤って表示、または、まったく表示しなかったかであろう。
その八百屋の話では、商品を載せてある箱の中かふちに、段ボールの切れ端で中国産と表示していたという。

しかし、われわれはそのような表示は一切見ていない。落花生1袋120円とかの立て札は確かにあったと思うが、その立札に中国産の文字はなかった。東洋町の課長が高知新聞の記事の出たあと数日たって見に行ったが、落花生を入れた袋の箱にうつぶせになってその段ボールのような紙切れがあって、中国産と書いてあった。それで、それを起こして見えるように立ててきた、という。これが事件が判明してからのちの高知新聞が擁護する徳島の八百屋の産地の表示である。

われわれが購入に店に入っていた当時は、安くていいものがないか、眼を皿のようにして店内を見てきたが、他の国の名前や県名は見たが、中国産の産地名は見た覚えがない。
仮に段ボールの切れ端に産地を書いてあったとしても、それは正規の産地表示ではない。

高知新聞の記事には写真が添えられていてそれにはちゃんと中国産、落花生、1袋120円と表示した立て札が立てられている。しかし、新聞社が写真を撮った以外の時に、その段ボールの切れ端が産地表示をして置かれていたかどうかは分からない。置かれていても目につくように置かれていたかどうかわからない。事件直後でもぞんざいな形で置いてあって倒れて表示面が伏せられていたという程度なのだ。

落花生は加工品であるから、正規には商品1袋1袋に産地を含む品質表示のラベルが貼られていなければならない。果物のようにその近くに紙きれや厚紙か何かに表示すればよいというわけにはいかない。だから徳島の八百屋の落花生の表示はJAS法に則った表示はしていなかったのである。善意に見ても高知新聞はJAS法で示された加工品の表示基準を知らないのであろう。読者や消費者の多くもJAS法の定めなどは知る由もないだろう。

だから、読者は、高知新聞の写真で徳島の業者は立て札で品質表示をちゃんとしていたと感じるであろう。

しかし、高知新聞朝刊平成23年2月11日号「(25頁)の写真の立て札をよく見てみると、横文字で小さい文字を含めると5段に表示がある。立て札は、縦25センチ、幅15センチ程度の長方形のものだ。

すなわち、

中国産
落花生 
1袋  
120円

 この新聞に載った写真の立て札表示では、落花生以下の文字の濃さと中国産の文字の濃さは明らかに相違している。他の文字は鮮やかな黒であるが、高知新聞が「明記されている」と太鼓判を押す「中国産」の文字は薄くかすれた感じだ。

この立札の文字について合理的な推定は、①中国産の文字と他の文字は濃さの違うボールペンで書きこまれている、②中国産の文字を書いた時期が違う③それを書いた人も違うということだ。なぜなら落花生の生の字と産地の字の産の中の生という字の書き方が違っていること、落花生、1袋、円のそれぞれの字の横線が全て細くなっているが、中国産の文字は縦よこの線は同じ太さである、だから、筆跡が違うので筆者が違うと考えられるのだ。

右下のにんにくの表示(にんにくの場合は加工品ではないから立て札だけでも構わない)は産地の表示文字と商品名や値段の文字は同じ濃さであるから、一枚の紙の上のそれらの文字が同じボールペンで同じ時に同じ人が書いたものと推定される。

落花生の立て札の文字の濃淡、特に産地表示の文字が他の文字と明らかに濃さが違う事実は誰も否定できないだろう。問題の表示であるだけにそこに不自然さ、すなわち作為を感ぜざるを得ない。

新聞社の取材が始まったのちにあわてて産地名を書き足したと推定される。その作為には、お客さんには産地表示が薄くて気が付かなかったかもしれない、しかし、チャンと産地表示はしていましたよ、という店の弁解の声が聞こえる。
事実高知県職員の海の駅の確認書では、それは薄くて見えぬくかったかもしれないが・・・とその八百屋が社長に言いわけをしたという記録がある。

当時の社長に言いわけを言ったとしても一枚の立て札を書くのに同じ人がわざわざ違うボールペンを使ったという言い訳は通らないだろう。作為の歴然とした証拠に基づいて、徳島を擁護し、我々を攻撃する高知新聞。徳島の八百屋が「中国産と表示」という大見出しの唯一の証拠がこの写真に見る作為の痕跡だ。この写真を見ても、落花生の袋には何のラベルの表示もないことがわかるであろう。それが、違法だということは読者にはわからないし高知新聞室戸市局長にも分からないのであろう。

文字の表示を商売にしている新聞屋の頭に、1枚の紙の上に書かれた産地表示の文字と 他の文字の明らかな相違について、書いた時期が違うのではないかという疑念がどうして浮かばなかったのであろうか。われわれには産地を偽装する必要性はなかった。

われわれは間違った表示をしたことは確かであるが、高知新聞がわれわれを産地偽装だ
と攻撃する根拠は何もない。徳島の業者は、店頭でその商品を天日乾燥をしていたから、当時のリ・ボルト社長らは徳島で加工して製品にしている、自分所で製造しているから産地表示を省略しているのだ、だから徳島産と考えて販売したというのであった。

安く仕入れられたので安く販売した、せいぜい300グラムかそこらで販売価格が150円程度で20円程度の利を取っていたのであるから、海の駅の手数料15パーセントを除いたり、傷んだものを差し引くと仕入れて販売したリボルト社にはほとんど利益はのこらない。ほとんどない利益、あってもわずかな利益しかない仕入れのために「偽装」までしなければならない動機はあり得ないだろう。

それでは中国産を隠そうとしていたのか。しかし、中国産品は、他種類の落花生や春雨や小豆など多数の商品を同時に海の駅で販売しているのであるから、われわれが中国産であることに引け目を感じこれを隠そうとしていたということにもならない。
あたかも中国産の商品を意図的に産地偽装して販売していたという高知新聞の記事はほとんどでっちあげだという事になる。

⑤高知新聞はでっちあげを補強するために、その中国産の落花生が薬臭いという話を付加した。薬臭いという事になると、農薬などの薬品が残留又は混入していたということになり、商品のイメージ、販売店の信用性は致命的である。

薬臭いという事実は全くない。薬物は何も入っていない。
海の駅の販売員は毎回大袋に入った落花生の封を開けて匂いを嗅いでいるが、香ばしい落花生のにおいがした、他の異臭はないもなかったと証言しているし、大阪の中国の領事館や中国の落花生出荷工場に問い合わせても、その落花生については薬物混入や農薬の残留はあり得ないという回答であった。中国では今は出荷については厳しい検査をしているし日本でも中国産品について厳しいチェックがなされているという。

われわれは、中国山東省の「山東糧花生製品進出口有限公司」という出荷先に問い合わせた。その企業体の回答では、「この商品は100%落花生で、添加物は一切使いません。」といい、加工工程も明示してきた。

誰かが、薬臭いと言ったとしてもそれを記事として書いた場合どうなるか。
人が根拠もないことを口走ったからと言ってそれを記事にするからには、記者そのものがその記述の責任者である。誰それが泥棒だとか、売春婦だとか言う話を聞いたのでそれを記事にした、何が悪いのだ、と言えるだろうか。あくまでもその話が事実かどうか記者自身が確かめなければそんなことを書けるわけはない。

生産元や製造元を尋ねるなり、うわさの根拠を確認するべきだ。
海の駅が売った落花生が、薬の臭いがしたという人が本当にいたのかどうか、さらに、その人の話が真実なのかどうか、高知新聞は如何なる根拠で薬物の話を載せたのか、説明しなければならない。このような悪質なでっちあげを平気でするのは週刊誌以下であり、新聞というレベルではない。

   2、キャベツ事件

本年7月から8月にかけて海の駅に商品を持ち込んでいる地元の出店業者が、群馬県産のキャベツを徳島産で売っていた事件について、海の駅側はこれを委託販売していたが、この事実を探知できなかった。海の駅の店員はそれを知らずに売ったわけで、その事によって消費者と海の駅そのものが被害をこうむったのである。7月中旬から全国的にキャベツは群馬県産がほとんどの市場を占めており、当然関東域からの出荷物については福島第1原発の放射能汚染が大なり小なりかかっていることが予想された。

群馬県庁の発表ではこの夏以降ではキャベツその他ほとんどの野菜類からは放射能は検知されない、安全だとなっているが、疑わしいのである。消費者は産地選択の権利がある。

わが社は消費者でもあるので、群馬県産と正しく表示せず徳島県産として海の駅に持ち込んで売りだした業者に厳重に抗議し、10日間ほど出店を禁止した。
しかし、今のところ福島産はともかく、関東地方の根菜類まで海の駅が取り扱いを控えるというところには至っていない。

今回のキャベツの産地表示には、直接的には、海の駅には法的な責任はない。
海の駅には地元町民は誰でも出店できる。

よほど不良品や不潔なものでない限り、海の駅はこれを拒むことはできない。
出店者は自己の責任で生産したり、仕入れをしたものを、自分で商品の品質表示のラベルを貼って定められた店内の棚に出品する。商品に対する苦情も出店者が対応し、残品の処理も出店者の責任で処理することになっていた。だから、委託販売をしているにすぎない海の駅としては責任をとる余地はない。不心得な出店者があって、海の駅で問題のある商品を出店した場合は、海の駅を利用している消費者はもとより、海の駅にとっても他の出店者にとっても迷惑なことである。そういう意味では海の駅も被害者なのである。

産地の誤った表示だとか、記入漏れが分かれば海の駅の販売員はそれを指摘し出店者に是正させる。しかし、仕入れや生産の段階のことまで責任をもってチェックできない。それらはすべて出店業者の責任だとしてスタートしたのである。

ところが、高知新聞は、本年8月30日の朝刊で県庁職員の言葉だとして海の駅に道義的責任があるかのような記事を書いた。県庁職員に聞いたところそんなことは言っていないと高知新聞の引用箇所を言下に否定した。県庁は今回の事件で調査のため、海の駅にやってきて、海の駅に責任はなく、出店業者に責任があると言明して帰った。

その県庁の担当職員が、新聞で公表されることを知った上で海の駅に責任があるような発言をするはずはない。高知新聞は何故嘘まで書いて他の業者のキャベツ誤表示事件の責任を海の駅に、すなわち澤山攻撃に向けるのであろうか。しかも、問題の業者の名前は伏せて報道した。

問題の業者は海の駅とともに店内に自分の名前でお詫びの告示をしたのであるから、店に出入りをする消費者には名前は公表されているのである。仮に公表され社会的制裁を受けるべきであるならば、それは、違法行為をなした業者でなければならない。
以前の落花生事件でもそうだが、元凶の行為は容認され、とばっちりを受けた者を罰せよというのである。高知新聞にとっては、要は、事件の真相や、本当の責任の所在を明らかにするのが目的ではなく、澤山個人への攻撃になれば何でもいいのだ。

PDFファイルにもしてあります。

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2011年9月29日 (木)

8月30日付高知新聞朝刊記事 産地問題相次ぐ「海の駅」ついて

      高知新聞への抗議声明

                  平成23年8月30日
                                    ㈱リ・ボルト社長澤山保太郎

       全体としてでたらめな内容

問題点は、5点ある。

1、「海の駅」は民業圧迫か

海の駅の営業が[民業圧迫だ]批判があるという。
  しかし、「海の駅」も「民業」そのものであり、「海の駅」出店者の主なものは町内の商売人または生産者達であって、地元商店を圧迫するなどというのは見当違いだ。
  例えば主力である鮮魚の販売は5店であるが、それぞれ独自に町内において営業をしながら「海の駅」に出店しているものたちである。
  「海の駅」には地元優先であるが、誰でも出店できる。地元商売人らが独自の営業をする傍ら「海の駅」に出店し商売を拡大するのは何も「民業圧迫」にはならない。それは、民業の進展であり産業振興ではないのか。これくらいの事が新聞記者に分からないのか。
  「町内の小売店経営者も憤りを隠さない。」という発言が本当にあったかどうか疑わしいが、もし本当に憤っているとしたら、見当違いもはなはだしい。
 「海の駅」に商品はそんなに多くは出せないが、誰でも自由に出店できるのに、自分は出店しないで出店して努力している人の営業に「憤り」を示すことも非常識だが、その邪悪な「憤り」を新聞記事に載せるというのも常軌を逸している。

2、地場産品の直販だけか

また、「海の駅」の取り扱う商品について、運営規約を引用して「地場産品の直販」だけだという解説であるが、その運営規約は、平成19年の仮設プレハブ時期の暫定的なものであり、正規の管理・運営規則は平成21年3月19日に制定された条例である。

    条例はどう書いてあるか

①東洋町の「海の駅」設置条例には、第3条の業務の規定で「地場・近隣地域産品」の販売と「名産品」の販売と明記されている。
 リンゴやダイコンやジャガイモ、海藻類など各地の名産品を集めて売ることは条例の趣旨にかなっている。県境にある東洋町は、高知県も徳島県も近隣地域である。

②そしてまた、「海の駅」の位置づけは条例第1条に「観光物産交流拠点施設」と定義され、その中に「地場・近隣産品等の直販及び特産品の広報・・・・」がうたわれている。
したがって、地場産品だけではなく近隣の産物、さらには各地の名産品の販売を通じて観光と物産交流を「海の駅」で展開することになっている。
物産の交流とは、地元のみならず各地の産物をも集めて販売することを意味している。
主として近隣地域である高知県産や徳島県産の物産を扱う事は何ら問題はないし、その他の名産品を扱う事も問題ない。
さらに、高知新聞はゴミ袋を売ったり筆記用具を売ることも非難しているが、ゴミ袋を取り扱うのは消費者へのサービスであり、町役場の仕事の一端を委託されたものであって、公共施設では自然な事だ。また全部売っても数千円程度のボールペンやノート類を扱ったからといって如上の施設の目的を損なうものではない。社会の公器を誇る新聞社がそのような言いがかりをしてはずかしくないのか。

③ 何が想定外か
県外産青果の販売を「想定外」と「町関係者」が言ったという。
東洋町役場の、担当課の職員が、この様な発言をするとは思えないが、仮にそういったとしても、上記の通り「海の駅」の施設設置・管理条例では、この施設は観光物産の交流を目的に建設されているのであり、東洋町内の産物だけの直販所ではない事は最初から明らかであるし、担当課は、開業の第1日から「海の駅」の毎日の販売や仕入れのデータをすべて把握してきたのであるから、営業しているうちに「想定外」の事が起こって驚いている等と言うことがあるはずはない。もし、そういう風に言って驚いているとしたら、担当職員が故意にでたらめ新聞記者に媚しているか、気がどうかなって聞き違えたのか、何かおかしな状況だったのであろう。

「海の駅」のスタート当時は、地元からの出品物が過小状態でほとんどはよそから間に合わせに購入した雑貨類で棚を飾ったものである。
それがだんだんと町内の日曜市の主力が出店し出すなど、地元住民が生産物や自分が売っている弁当・総菜類を棚に並べ始め、やっと現在の段階にまで到達したものである。
役場も「海の駅」も地元産品の出店を極力優先し奨励してきた。
地元産品で大半の棚を埋めることは理想だが、主力の魚でも100%地場産とはいかない。

鮮魚、ポンカンなど幾種類かのかんきつ類は別として根菜類や雑貨など加工品を地場産業として出店する力は、2年や3年の短期間ではこの東洋町の実状では到底不可能だ。
「海の駅」の出品物の実態を「想定外」というとしたら、それは東洋町の第1次産業の実態を何も知らない者の言であって、それを真に受けるとすれば新聞記者の無能力を証明するというものである。野にも山にも耕作を放棄した草ぼうぼうの残骸が広がっているのであり、わずかに耕されている農地には高齢者の疲れ切った姿があるのみだ。
そのような中で、事態はむしろ逆であって、ここまで地場産物の出品を伸長したかという点で想定外というべきなのである。

取材をチャンとすればこれくらいの事はすぐにわかる。

3、当社に道義にもとる行為があったのか

今回の群馬産キャベツの誤表示販売について、海の駅の販売側の責任について県庁の発言として「道義的部分は残るのでは」と言ったという。
しかし、高知新聞の取材を受けた県庁の職員(地域農業推進課の主幹)はそのようなことは言っていないと明言し、高知新聞の記事中の発言をはっきり否定している。
高知新聞は何故うそを書くのか。新聞の記事は今回のキャベツの誤表示についてリ・ボルト社が社会的に非難される責任があるかのような記事を書こうとしている。
「海の駅」を経営しているリ・ボルト社は今回のキャベツの事件について責任がないと言っているのではない。出店者の仕入れ、出店者の性格などまで十分に把握しきれなかった、問題を防ぐための努力が足らなかったという点で、社長は責任を感じているのである。

それは今回のキャベツ事件の法的責任、道義的責任とは全く違うものだ。
この事件については社長も海の駅の店員も直接的にはまったく関知していない。
一部出店業者の行為について結果として消費者の皆さんに迷惑をかけたのでお詫びをしているのであって、その業者の行為そのものには道義的にも責任を取らなければならないような関与の事実はない。

4、県や町には全てありのまま報告している

高知新聞の記事では「町もリ社にキャベツ産地表示問題の詳しい経緯などの報告を求めている」という。しかし、町からそのような求めは一度もない。その必要性もない。
求められるまでもなく、リ・ボルト社は最初の日(8月20日)から、口頭や文書類ですべて町役場に報告している。
翌日21日には日曜日であったが県庁にも詳しい報告をファックスで送ってある。
店内の告示は、事件を社長が察知して数時間後に貼りだしてある。

5、不透明感とは、何が不透明か不透明だ

高知新聞は、運営実態に対する町民の不透明感は強まるばかり、という。
商品販売について何が「不透明」というのであろうか。商品はすべて店頭や販売だなに公然と並べられている。各出店業者の営業実績についてはプライバシイだから公表するわけにはいかないが、リ・ボルト社の「海の駅」の営業実態はすべて公然としている。毎日の売り上げも町が集計し、それについては非公開ではない。以前には町長のブロッグから月々の営業実績を公表もしてきた。販売商品は「情報公開」しなくても店に入ってくればわかる事だ。

品質表示事件については、処罰性のあるものは「公表」の措置が取られ、社会的制裁が加えられる。それは悪質な詐欺的偽装販売であって、事例は極めて少ない。それ以外の年間何百件もの無数のこの種事件は、処罰性がないとして公表されない。近隣のスーパーでも、生協の共同宅配販売でも時々産地などの誤表示の張り紙や通知を見るが、大々的に新聞報道されることは聞いたことはない。長い商業の慣習の中で急に出てきたJAS法と無数の基準に適応すること、その法の周知徹底は時間がかかるという事だろう。

長い間日曜市などで露店で商いをしてきた農家には、厳格な法令順守への急速な意識転換は困難であろう。監督官庁が処罰せず公表もしないものを新聞社がリンチよろしく特定会社だけをターゲットに大々的に報道することは異常であろう。
その魂胆こそ不透明である。
この前の落花生事件でも当社が正確に産地を確かめずに誤って仕入れ先の県名を産地として表示したのは、われわれの落ち度であるが、問題の商品を当社に販売した徳島の業者も、当該県当局によって店内お詫び文書の告示を余儀なくされており、何らかの処分又は指導の対象となったのであり、その事実については高知新聞も徳島新聞も報道しようとしない。むしろその間違い表示事件の本元店を擁護さえしていた。無数の類似事件が発生しているのに当社だけを取り上げるその報道基準の不透明さをこそ多くの県民がいぶかしく思っているのではないか。

       海の駅の産業振興効果

海の駅の産業効果は、年間13万人以上のレジ通過客の数を記録し、売り上げも20年度途中から4千万円、21年度1億1千万円、22年度1億3千万円と順調に伸びてきていること、また、県境の東洋町内の消費者の大半が、隣県海陽町のスーパーに買い物に行き、そこのいくつかのスーパーが東洋町からの客でにぎわっていたが、「海の駅」が出現してから、それらが売れ行きが画然と落ち込んだと言われる。地元町民が消費先をUターンし出したのだ。それだけではなく、事実、徳島方面の飲食店旅館の主人らが格安新鮮な生鮮食品を求めて「海の駅」に買い出しに来ている姿が見える。つい最近まで東洋町の商店は寂れ切ってしまい、商工会の存続も危ぶまれていたが、二つのスーパーをはじめ町内の商店はここ数年やや活況を回復してきたと言われている。

その原因は、町内にのみ通用する商品券が町役場関係から一億円近く流通するようになった事もあるが、いくつもの町内商店が海の駅に出店して合計一億数千万円以上の売り上げをしている事も一つの要素であろう。

今回の高知新聞の記事は、地元民業対「海の駅」の虚偽の対立構図を作り、県下一円に虚偽事実をばらまいたことで、「海の駅」に対する意図的な業務妨害をなしたものであると断定される。

       高知新聞の取材拒否について

なお、リ・ボルト社社長としての澤山保太郎が、高知新聞室戸支局の取材について拒否していると高知新聞は書いている。それは事実ではない。
これまでの高新の度重なる悪意あるでたらめ報道記事があり、また、新聞社をかさに着た強引な取材態度には社員一同納得していない。

営業を終わって電灯を消し玄関を閉めた深夜のホテルのドアをこじ開けて侵入してきたり、社長は不在だと言って断りをしているのにホテル2階の事務所に強引に入り込んだり、リボルト社の内部の会議に勝手に侵入して、議長席に座りこんで動かなかったり、威圧的行為を繰り返し、また、リボルト社販売の落花生に薬物が入っているかのごとき虚偽の報道をしたり、また、昨年町会議員選挙の折、入ってはならない選管開票場に侵入して自分ら記者が「騒然」行為をしていながら、東洋町住民がそれをやったように偽装記事を大々的に書いたり、・・・数々の無法行為をしてきたこと、その事について抗議したり質問しても高知新聞は一切答えず無視し続けてきた。

これらによって、社長澤山は高知新聞室戸支局には誠意がないのでその取材を拒否したいと考えてはいる。今回の記事も又、でたらめな内容であって、まともな新聞記者として認めることはできない。しかし、取材そのものは事実上拒否していない。必要なコメントや回答はしている。
海の駅など現場のリ・ボルト社の社員にも取材については自由であり誰も拒否していないが、この間も以前の落花生事件でも高知新聞からの海の駅販売員への取材は一切なかったという事である。

新聞社が取材に来たか、と販売員に何度も聞いたが、一度も取材はされていないという答えだった。ラベル貼りなど誤表示事件の直接の担当部署の者に何の取材もしないというのも不可解である。
また、社長は昼間ホテルや海の駅周辺で行き来し、用事がある人は海の駅周辺でほとんど毎日仕事をしている社長と出会う事が可能である。記者がリ・ボルト社の会議に侵入して出て行ってくれ、出ていかないというやりとりをした時以外は、社長は記者から直接声をかけられた覚えはないし、出会ってもいない。話をするかどうかは別として自然体で接触しようとすればいくらでも可能であったであろう。真崎ら高新記者二人が、宿泊客以外の者の立ち入りを厳重に禁止しているホテルの深夜、仮眠中に無断で侵入して来た時は、はっきり対応を断ったことはあるが、それは当然であろう。
今回の事件について真崎記者から取材の要請が一度ファックスであったので、直ちに丁寧に文書で回答しファックスで送信した。

事件の公表は数日後に予定されている県の調査と判断のあとにしてくれと、答えた。
また、事件について社長のコメント文や発行文書は担当部署(海の駅)で自由に手に入るようになっていると回答している。今回の真崎の記事でもファックスの通信文や社長コメント文の文章が引用されている通りだ。実際には必要な取材材料は提供しているし、回答もしている。今回の8月30日の「取材拒否」記事は事実に著しく反する。
ちなみに、

リ・ボルト社と出店者との勉強会を兼ねた最近の会議について高知新聞はこれを秘密集会だという誹謗記事を書いているとのことであるが、新聞社の同席のもとに団体内部の運営等について相談したり会議をすること自体異常であり、民間団体は新聞社の監視のもとで会を開かねばならないのか。高新記者真崎は、公共施設で開く会合だから自分は出席する権利がある、町長の許可も得ている、などと言って一時会の開催を妨害した。異常な感覚の持ち主であろう。町役場の説明では、記者が公共施設に入るのは自由だが、そこで誰かに取材をする場合には相手の同意を得なければならないとはっきり記者に言ったと、言っている。

公共施設の会議場であれどこであれ、任意の住民の会議でも娯楽会でも一人でも部外者を入れることを嫌だというものがあれば、部外者は入室を断られるのは当然であって、関係者だけで会議をしたからと言ってそれを「秘密集会」だなどと非難する方が異常であろう。

これら誹謗中傷記事や記者の行為は度が過ぎており、リ・ボルト社への業務妨害行為と言わざるを得ない。
リ・ボルト社は、創業から数年であり、試行錯誤、時々過ちを犯すことはあるが、常に公明正大であり、50名以上の地元の雇用を確保し、地元産業復興の基盤の一つとなるべく、休むことなく活動している。立ち上がる時町から500万円の出資金を受けた以外は、運営について国からも町からも1銭の補助金も受けていない。
経理は公認会計士が総覧し、役場のリ・ボルト担当職員が毎日の収支の動きを把握し監視している。会社として昨年払った公租公課は1千数百万円に達する。何の不正もない。
特定新聞社から業務妨害、会社つぶしの攻撃を受けるいわれはない。

「海の駅」事業は、県知事のアクションプランの一環に位置付けられ、施設建設に当たっては県から千数百万円の補助金も交付された戦略的な事業である。この事業に何の魂胆で妨害行為を続けるのか高知新聞社は答える必要がある。多くの人が喜んで利用し、出店者や従業員が一生懸命働いている重要な地場産業を、これのつぶしに躍起になっている新聞社の姿は異常と言うほかはない。
高知新聞は最近一連の当社への業務妨害的事実について釈明し、責任を負うべきである。

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2011年7月10日 (日)

権限ゆ越

News & Letters/258

どうしたことであろう。町長、副町長、総務課長ら3人の行政のベテランの決裁印が押された通知がわが社に届いた。「行政指導」をするという。当社「海の駅」の落花生事件をいまだに追及しているらしく、海の駅の業務について休業命令等「行政指導」をするというのである。

一体普通市町村レベルで民間企業に対し「行政指導」や命令行為ができるであろうか。
一般民間企業の業務に対する行政指導は、基本的に国であり、その権限を委任された都道府県である。一般的にもそうであるが、特に商品の品質表示や食品衛生関係はそれぞれの法律で指導・監督機関が明記されている。

普通の市町村には、会社の監督などは国からの権限移譲はまだない。
また、市町村の事務も何でもやるというわけにはいかない。交通の取り締まりは警察、関税は国、外交・防衛は国、原発の安全審査は国、海岸の管理は・・・というように責任と権限は明確になっている。町役場の権力を握ったからといって民間企業や家庭の生業について市町村が「行政指導」をする法的根拠などあるはずはない。

今回の通知によると、その「行政指導」は町議会特別委員会の決定に基づく要請だという。私が町長時代にその特別委員会に呼ばれて落花生問題について聞かれたが、その時私が反問した。「ところで、あなた方はこの事件を調査する上でJAS法を見たのか」、と。並みいる議員たちは誰もそんな法律は見てもいないし、私が指摘しても見る気もないという風で動じないのであった。

さらに議会事務局長に向かって私は、この事件で調査をするというのであれば関連法令をコピーして議員に渡すべきではないかと私が「指導」的提案をしたが、馬耳東風であった。調査の基準となるのは法令であって、それに照らして事案の評価をしなければならないのは当然だ。法令の勉強から始めなければならなかったのである。

法律も満足に知らなかった議会が、新しい町執行部に株式会社に対し「行政指導」をせよというのである。役場も法人なら会社も法人である。リ・ボルト社は第三セクターではあるが、町の資本の保有は4分の1に過ぎず、ホテル購入の際の実際の投資額から言えば十分の一に足らない。巨額の税金もちゃんと払っているし、民間主導の会社に対し、役場が助言や協力はあっても指導したり監督したりする権限などあるはずもないのである。

それくらいの事がどうして分からないのであろうか。
法令を知らずかそれを無視して権力を乱用するのは正気の沙汰ではない。
権限をゆ越した行為をした場合どういうことになるか、少し考えてみたらどうだろう。
そして、令の高知新聞も、そのような法令もものかは、常軌を逸した町議会の決議を大々的に報道するのである。会社側の意見は何も取材なしで。

報道は事実をありのままに報道すればいいというものではない。また、戦争や原発問題などで明らかなように、国民の重大な生活や権利について実際上、報道機関が事実をありのままに報道するという事はほとんどない。しかし、少なくとも報道される事件や事実について批判的吟味を加えた形跡は残すべきであろう。
東洋町を再びあの数十年前の「現代の映像」(NHK昭和45年1月16日上映)の闇に戻してはならない。

お問い合わせ
                       平成23年7月7日
東洋町長殿
                東洋リ・ボルト
                   社長澤山 保太郎
いつもお世話になっています。
貴庁平成23年7月6日付 「海の駅」東洋町の産地表示問題について
と題する文書が当社に届きました。
不審がありますのでお問い合わせをいたします。

1、「海の駅東洋」の業務内容について「行政指導」をするとのことですが、東洋町は如何なる法的根拠で企業等の業務について行政指導する権限がるのでしょうか、この点をつまびらかにしていただきたいと思います。
食品など商品の販売に関しては、管轄する行政機関があり、「海の駅」も日常的に指導を受けたり、また、相談を持ちかけたりしています。
産地表示問題についても、管轄官庁の指導を受けています。
その管轄官庁は東洋町などの町村ではありません。国及び県庁です。
食品衛生や品質管理等についての指導にはそれなりの専門知識が必要であり、権限も必要です。いつから東洋町はそのような権限を保有するようになったのでしょうか。

2、さきの品質表示事件についてはすでに「指導」という措置を受け監督官庁の指導を受けています。事案について「公表」するという措置は免除されています。
 
以上のとおりでありますのでこのたびの通知は権限を超え、管轄を違えた何かの勘違いではないかと思いますので、よろしくご回収されますようお願い致します。
早急にご返事を頂きますようお願い致します。

(参考)
  食品表示等の監督指導の権限については
    JAS法、特に第23条等に記載されています。

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2010年12月30日 (木)

謝罪

News & Letters/210

この間の12月議会で私は謝罪を一つしました。
それは、私が、海の駅の出店者に当てた通知文が問題になりました。
どこが問題なのか議会の一般質問では事前に明確にされなかったので、まったくわかりませんでした。

どうも私の通知文にある「海の駅の貧しい出店者」という表現が問題のようだとのことでまったく合点がいきませんでした。
実際の議場での質問でわかりました。

この通知文は、出店者に対し、公共施設で売店の従業員に物品の授受をしないように呼びかけたものでした。

その際、貧しい出店者には従業員にプレゼントする余裕がありません・・・・という言葉を使ったわけですが、議員の質問では、出店者の誰かが、「私らも貧しいのですか」という苦言が議員に呈せられたということであります。
要するに、その出店者は、自分らも貧しい者の仲間にされたということに憤慨したようなのであります。

私は、謝罪を求めるこの質問に対し、謝罪しました。私の言葉が、貧しくない出店者の沽券にかかわる及んだのであるというのですから、謝る以外にありません。
ただ、その議員は心優しく私の真意を問うという形で私の逃げ道を用意して下されましたので、私はその真意について弁解を一席やらせてもらいました。それを補充します。

1、この「貧しい出店者」はあくまでも海の駅数十人の出店者のうち貧しい人に限定された言葉であることは言うまでもありません。貧しい人に言った言葉を貧しくない人がその範囲を拡大して自分に当てはめるというのは牽強付会ではないでしょうか。

 東洋町の貧しい町民は、とか貧しいお年よりは、とか私はしょっちゅう貧しいという言葉を使っています。これまでゑ一度もこの表現について苦情はありませんでした。これは貧しくない町民には耳障りなことかもしれませんが、厳密に言って決して豊かな生活を送っておられる人は含んでいないということは明らかなことだからです。

2、東洋町は全体として貧しいです。税などの徴収率は県下最低でありおそらく全国最低でしょう。
 町民が生活を依拠するのは第1次産業しかないが、その産業が廃れていっているのです。
 海の駅の出店者は一人か二人を除いて貧しくないものはいません。だから、一生懸命年中無休で商品を出店しているわけです。

もしかすると、広大な屋敷に住み資産をいっぱい持って生活していらっしゃると思われる人が混じっているかもしれませんが、しかし、出店する以上は、わずかな利益でも得ようというのであるから、その人も何らかの意味で手元不如意で貧しい人のうちに入るのではないでしょうか。

3、ところで、私は、東洋町の圧倒的大勢の貧しい人々の立場に立って行政を遂行している。東洋町役場も議会も貧しい人々のために主として働いているわけです。
 満ち足りた人のために行政はあるのではありません。戦後どこの国の行政も福祉が中核であることは知れたことです。
 特に地方政治では福祉行政が行政の代名詞です。福祉は自分で生活をできない人のためにあります。

 介護保険制度など福祉を金で買う時代になっていますが、それは邪道です。福祉はあくまでも無償でなければなりません。
 有償の福祉 などというのは自家撞着です。お金持ちには福祉は無用でしょう。だから、東洋町では極力町の福祉事業は無償にしようと努力しています。 住民は貧しいということを前提にして福祉行政は全住民に行われます。

4、さて、私の貧しいという言葉に不快な思いをしたという貧しくない出店者に言いたい。貧しいということは何も恥ずかしいことではないし、人の威厳を損なうことでもないのです。

 実は、貧しいということはいいことなのです。先年『清貧の書』とかいう本がよく売れたそうです。『貧しい人々」とか『レ・ミゼラブル』とか、多くの文学作品で貧しい人々のことが描かれています。描かれた主人公や登場人物は何も恥ずかしい人々ではありません。働けど働けどわが暮らし楽にならざり・・・と啄木は歌いましたが、誰も啄木を卑しんだりしません。

 聖書にも、貧しい人こそしあわせなれ・・という言葉もあります。
 貧しい人々は決して人を搾取したり、交易で差額をせしめて儲けたりしません。貧しい人は、贅沢をしないから電気やガスを使う量も少ないし自然破壊もその分少ないはずです。肉食は膨大な家畜の飼料を必要とし、穀物生産のため広大な森林破壊進められるが、肉も食えない貧しい人々には、その責任もわずかでしょう。

 貧しいということは、苦しいことですが、衣食住最低限度の生活の保障が確保されていれば、むしろ貧しいほうがいいのです。

5、私が学生自分には大変貧しかった。一日一食で、京都の百万遍の食い放題の食堂で腹いっぱい食べて暮らしていました。

 私はいつも70円出して、お櫃(ひつ)を一個平らげて揚々として引き上げていきました。私がその食堂に現れると女子店員がいつもくすくすと笑うのでした。
 その時分に、日本書紀を読んでいるとき、その天智紀のくだりで次のようなわざ歌に出会いました。前にも紹介したと思います 
 が、
   み吉野の 吉野のあゆ
       あゆこそは 島辺もえき
        ゑくるしゑ 
          なぎのもと せりのもと
            吾は 苦しゑ

 王朝の正史にさえも、民衆の苦しみの声が反映されています。
 この日本最初の民謡に私は独自の節をつけて、これを今も歌っています。

 東洋町の役場や議会が貧しい町民の、苦しい苦しいという声で満たされるよう、住民の本当の声が私たち公務員の胸に響き渡るようにしなければなりません。

 美しい清流ですいすいと泳いで生きている人のことではなく、なぎの木やせりの水草の泥沼であえぎ苦しんでいる人のために地方行政は存在しなければなりません。

皆さん、いい年を迎えてください。

6、貧しいということは何も恥ずかしいことではない。

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2010年10月29日 (金)

地場産業

News & Letters/211

 東洋町の場合、地場産業というのは、農業、漁業、林業、観光業、そして商業があり、若干のサービス業、その他には釣り針製造業などがある。

 しかし、主力である農業、漁業が著しく衰退し、これまでの雇用を支えきれない。

もはや、やせ衰えた住民の力で農漁業を存続する事は難しい。新しい経営形態を模索しなければならない時に至っていると考える。それは、行政と民間が合体し、農業や漁業を第三セクターの経営に移行させるしかないであろう。

 沿岸漁業では、船やそのエンジン部のやり変え、網の修理など漁家が個人的に負担し漁獲で支払うというのは難しい。
採算が全く合わないから後継者がほとんど存在しない。ここ十年かそこらで大半の漁家が消えてゆくであろう。

 これを座視傍観するわけにはいかない。何とかしなければならない。これは、漁業だけでなく農業もそうだし、林業に至ってはなお一層そうである。公的資金がなければ地場産業は維持できない。

 しかし、公的資金にも限度がある。際限なく投資する金はない。採算性を如何に担保するか。ある程度のした支えをする程度で、民力を発揮する組織でなければ、親方日の丸式で行政にもたれかかってくれば地場産業は遅かれ早かれ滅びる。

 いずれにしても新しい生産組織を立ち上げなければ日本の貧しい沿岸部では第1次産業は存続しがたい。

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2010年9月 7日 (火)

阿久根市長

News & Letters/205

阿久根市長と議会の対決は非常に興味深い。
異常な事態であるが、それだけに地方自治の問題点が浮き彫りになっている。
普通は、まあまあで、首長・議会が相手を尊重しあいながら、悪く言えば妥協しあいながら何とか役所を運営してきた。しかし、阿久根市では譲り合いや妥協と言う点がほとんど無いので先鋭な形で戦後の地方自治の問題が出てきた。今の所解決の方法はないようだ。

最大の問題点は、次の点だ。

地方自治を行う上においては予算はもとより人事にいたるまで多くの重要案件で議会の承認議決が欠かせない。議会での承認が得られない場合、首長はどうすればいいのか。
いったんその案件を引っ込めて時期を待って再提出するか。それとも完全に諦めるかだ。
首長の専決処分が問題になっているが、そうすると、かえって議会の専決が問題になってくる。いかなる議案でも議会はそれを否決することよって現状維持案や議会が好む別案を決議し、首長に強制すると言う事になる。明らかに行政権限を行使することになる。
地方自治法上では、議会はいかなる決定を下しても法律上は無責任と言う事になっている。

市民の生命財産にかかる重大問題でも、議会は責任を負うことも無く、処分権を保有し行使しているのである。違法な公金支出事件でも罰せられるのは首長であって、その事業を議決して推進した議会は何のとがもない。
このような存在・・・強大な権限を行使しても無答責である、というのは民法の法典上では存在していない。幼児など当事者能力を欠如している者を除外して、人はその言動において責任を負うことになっている。

戦前、天皇にはこのような無責任行政権・法律制定権が与えられていた。
戦後地方自治法では議会にこれが与えられているのである。これを掣肘する制度は直接的には無い。

リコール請求など直接請求制度や、選挙などの方法があるが、リコール権を行使するのは大変なことであり、地方の住民では地盤に密着しているので別の議員を過半数に達するほど交代させる力はきわめて少ない。普通は首長の専横は一応議会にそのブレーキが与えられている。翼賛議会でブレーキをかけずそのまま執行してもその専横の責任はずっしりと首長にかかってくる。しかし、議会の専横にはブレーキのかけようはないし、しかもその専横の付けは議会ではなく、首長にかかってくるのである。

かくて、戦後地方自治が整備される中で、全国各地に、無答責の小天皇が制度的に確立された。双方が立場をわきまえて、その権能を尊重し、妥協しあっていくのが法律の前提であるが、阿久根市のように議会やその係累にかかる利害が絡む場合、いい加減にしてきたその地方自治法の空白部・・聖域化された無答責の権力がまともに首をもたげ威力を発揮する。

今私は、阿久根市長の言い分が正しいか、正しくないかのことについていっているのではない。心情的には、市長の気持ちは充分分かる。そのやり方をもっとうまくやればと言う気もする。だが、市長の主張の可否を超えて戦後地方自治の重大な問題が提起されていることは間違いない。法の改正が必要であろう。

それは、議会にも普通人と同じように、それ相応の責任をもたせることであり、間違った公金支出の議決をした場合、または、住民にとって本当に必要な公金の支出を伴う事業を拒否した場合、その議決に賛同した者に賠償責任など適切な責任を負わせるべきであろう。

民法上その行為に何の責任も負わないという存在は責任能力を欠如した者だけである。
議会の議決は普通の人以上に行政機関や一般市民の生活に大きな影響を与えるのだ。

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2010年5月23日 (日)

木炭自動車

News & Letters/192

東洋町は、政府の特別独創的な事業に対する補助金について応募している。木炭自動車の製造開発である。
これに当選すれば1000万円が交付される。
私たちの幼い時代は自動車類はほとんど木炭自動車であった。車の後ろに炭俵を積んでいた。

急な坂道になると乗客がバスを後ろから押すというものであった。今は日本国中どこにも見あたらないようだ。実験的に走らせているというのがちらほらあるが、本格的営業者はない。フィリピン当たりではまだ走っているという話もある。
炭よりも木のペレットの方が火力(ガス)は強いようだ。当選したらどっかの整備工場にその研究費を渡すので町と共同で開発してもらうつもりである。

東洋町は、温浴施設も薪炊きボイラーでやっている。これは極めて効率がよい。夜営業をやめても
明くる朝まで釜は70度を保っている。タンクも60度ぐらいのままだから、直ぐにまた再開できる。

薪代は山や浜に捨てられている間伐材や廃材だからただだ。
もう1年以上にもなるが、東洋町は生ゴミを回収して、これを炭窯で乾燥し、炭化した生ゴミを肥料に使っている。その薪代もただだ。
町全体の生ゴミをこの乾燥方式か、または、ある種の菌を使って発酵させて肥料にして処理しようとしている。

小さな事であるが、
町長は毎朝6時ぐらいから「海の駅」の厨房で使ううどんなどの湯を炊いているが、その燃料は、浜の流木を集めて担ってきたものや、町有林の山に捨てられた樹木類を集めて使っている。

ガス代を節約し、塵芥となる樹木を清掃し、そして地球温暖化問題に少しでも貢献するというものだ。

クリーンエネルギーといいながら不経済なことをしていては普及しない。原発などはクリーンどころか死の灰の固まりであり、ウラン鉱の掘削から純度の高い燃料棒を製造するまでのコストは膨大であり、石油精製のコストなどとは比べものにならない高価なものだ。しかも廃棄物の処理も出来ない。

政府や電力会社は地層に埋設すると言うが、それをやったとしても天文学的な額の費用が要るのである。

クリーンエネルギーは、労力は要ってもコストが大きく削減できる、というものでなければならない。

大事なことは、十年前、二十年前の昔の生活をとりもどすことだ。いや原始時代に近づけば近づくほどいいのである。ライフスタイルを根本的に変えることなしには、今進行中の地球温暖化を止めることは出来ない。出来ることからはじめよう。

木炭自動車が町中に、日本中に走り回るようにしたらずいぶんと環境が良くなるだろうし、経済的にも得をすると思う。木のペレット代などは知れたものである。
東洋町が応募に当選し、木炭自動車の製造・開発事業が出来れば・・と夢はふくらむ。

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2010年2月 2日 (火)

新議会お祝いのあいさつ

News & Letters/172

       平成21年2月1日    東洋町長澤山保太郎

 皆さんこんにちは

 さる1月17日の激しい町議会選挙を勝ちぬかれた皆さんに敬意を表するものであります。
この数年いろいろな面で東洋町の活性化の徴候が表れてきていますが、多くの候補者が今回の選挙に名乗りを上げて争われたことは、これも地域活性化の一つの表れではないか、と考えるところであります。町民を代表しまして皆さんにお祝いを申し上げます。

 現在、東洋町では、福祉と教育の充実、そして産業復興を目指して行財政活動をしてきていますが、前の議会のご協力や町民の皆さんのご協力によって相当な成果を上げてまいったと思います。

1、これまでになかった新しい福祉事業としては、

①福祉の分野:児童生徒への医療費の無償化の拡大(6歳未満を中3年生まで)
       お年寄りの医療費の無料化(85歳以上)
       インフルエンザワクチンの無料接種
       肺炎ワクチンの無料または半額接種
       在宅介護者への助成金の大幅増額(月5000円を3万円に)    
       有料福祉バスの無料化
       配食サービスの実質無料化
       デイサービスの半額化(1000円→500円)
       保育園児への米支給(月5㎏)
       保育園児への通所助成金月3000円(商品券)

② 児童生徒高校生への米の配給(月10㎏)
    教育教材費の町負担
    給食の完全実施

③ 資格取得への助成
     ヘルパー資格講習(1万5千円の実費だけ徴収)
     チェーンソウ講習(1万円徴収し8千円の商品券と昼食2回分支給)
     草刈り講習(5000円徴収し3000円の商品券と弁当支給)
     自動車運転免許講習費用(10万円助成)

新年度はこれにさらに加増して

①75歳以上のお年寄り全員に毎月米5㎏支給。
②出産祝い金、妊婦助成金 などの支給を計画しています。
③また、大学進学の奨学資金の復活、高校生への通学助成金も計画しています。
④小学校・中学校の新入生への入学助成金
⑤さらに保育園児への通所助成金の上乗せ。
⑥デイサービスの完全無償化
⑦配食サービスの人数拡充
⑧また、小型船舶操縦資格取得にも助成金を用意しています。
⑨男性に多い前立腺がんの早期発見無料検診も実施する予定です。
 新しい計画につきましては当初予算の議会審議でよろしくお願い申し上げます。

2、産業復興事業

 産業復興事業は容易ではありません。野も山も荒れています。米、ポンカンなどの農産物も価格の低迷で収入が上がっていません。漁業も同じく低価格で苦しんでいますが、紺年あたりは漁獲そのものが落ち込んでいます。町内外の土建業も廃業や事業縮小で失業者が多く出ています。職を失って都会から戻ってくる人もいます。これは、高知県だけではなく全国的傾向ですが、東洋町のような小さい町へしわ寄せは一層厳しいものがあります。
したがって町の税収も大きく打撃を受けています。

 こういう中で、昨年「海の駅」を立ち上げています。生産と販売の拠点を白浜ビーチに建設し、昨年1年の試運転では4千万円、今年度本格営業では1月現在すでに9500万円を超え、集客数も10万人を超えています。水産物と農産物の拠点としてもっと大きく発展させる必要があると考えています。

 国の失業対策事業もできる限りとりいれ、間伐・ホームセンター、農耕、ゴミ処理、介護サービスの分野等に展開しています。これらを採算・自立化ペースに乗せるのは大変な努力が必要でありますが、国や町の助成で何とか維持・推進していきたいと考えています。

漁業では、古い設備の整備のしなおし、冷凍施設の導入などを鋭意推進していますが、
漁家経営の悪化に対する対策、助成の必要性も検討課題に挙がっています。

 農業では、水路、農道などの基盤整備が遅れている。また、米などの地産地消により、農家の収入を支える事業も進める必要があります。後継者がなく農地・果樹園がいながら放置されるという状況が拡大しています。町は、有害鳥獣の駆除や、防柵ネット、開墾費や機械代金などへの資金援助を強化していますが、いまひとつ効果が上がっていません。若者を募って農村に定着できるよう施策を立てるなど抜本的な対策が必要であります。

 林業は現在まったく採算が取れない状況ですが、ホームセンター事業や、木質バイオマス事業を推し進める中で、林業自立の契機を作っていきたいと努力中であります。
また、町有林では、炭やシイタケの原木、しきびなどを植えたり、油をとるアブラギリを植樹していきます。東洋町は薪や炭など木質バイオのエコ産業を活発に推進します。

 商工・観光面では、地の利を生かしたサーフィンと海水浴がありますが、キャンプやホテル・民宿、さらに海の駅の集客と合わせ毎年数十万人の来客があります。大勢の来客に対するサービスを向上させ、地元に落ちる金を増やさねばなりません。
 自然休養村の改装整備・温浴施設の設置、青少年旅行村の再開、ホテル経営などをてこに観光業の一層の発展を図る所存であります。
商工会と提携して地域商品券も役場の給付金や補助金をもってこの2年間で数千万円普及しました。

 また、市町村ではほとんど存在しない生活支援・企業運転資金の貸付制度も設けています
これら産業復興のひとつの強力な起爆剤として、リボルト社を拡充し、事業を増やし、雇用を拡大していかねばなりません。リボルト社は民力を主力にしますが、町の一定の統制下に置いておく必要があります。

3、公共施設の整備

 学校施設など老朽化している公共施設の整備、町道や農道・林道など道路の整備、また、各地に津波避難高台の構築、橋の補強を急がねばなりません。
 教育委員会では、この1年で県下最低であった学校の耐震補強を完了します。ただ、野根中学校の校舎がこれ以上使用に耐えないというところから、中学校の統合は避けられないという結論が出ています。また園児の激減による保育所の統廃合も検討課題になりつつあります。現状のまま放置することはできません。

4、行財政の一層の効率化、役場の戦闘力の強化

 福祉・教育の一層の充実と公共施設の整備、そして、困難な産業の復興のためには大きな資金が必要であります。そのためには、行財政の経費を節約し、同じお金でも町民のための多くの施策が遂行できるようにしなければなりません。
 雇用場所の少ない東洋町では、役場の人員を削減するわけにはいきません。そのかわり、大いに働いてもらって東洋町の福祉と産業復興のための大きな戦闘力として効果を発揮していただかねばなりません。長年続けてきた町職員の給料のカットも一切やめました。
臨時職員や派遣職員の賃金も増額しました。包括センターの派遣職員は全員町職員になって頂きました。

財政:

 借金はこれ以上増やさない→減少させる、基金はなるだけ取り崩さない→少しでも増やす、というのが私の町政の大きな方針であります。
 今年度末で新町政になってから3年間で約10億円ほど減少させてきましたことは、前の議会のご協力、役場職員の努力の結果であります。

 平成22年度これから1年間は学校の整備事業などが集中したり、政府の財政特別債が大きく増大した関係で、あまり借金の削減はできませんが、事業を効率よく推進できれば相当な余剰が出てくると考えています。たとえ1000万円でも借金を減らし、基金に上乗せができればという考えで行政を厳しく推進してまいる所存でありますので、新しい議員皆さんのご協力とご鞭撻を伏してお願い申し上げます。

 課題は山のようにあり、資金や力は小さい。押し寄せる不況と産業の衰退、人口の高齢化に抗して、我々は奮闘しなければなりません。ふるさと東洋町を守るため議会と執行部が一致団結してこの困難にたちむかわねばなりません。
私もあと1年ばかりの任期を死力を尽くして働きたいと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。

今後の課題

1、税、新築資金貸付金等の滞納整理

2、健康行政推進、国保会計・介護会計の支出抑制

3、産業基盤の整備、新規起業による雇用の拡大

4、中学校の統合、保育所の統廃合の検討

5、エコ・エネルギーの開発・導入

 これらの諸課題は、一朝一夕には達成できませんが、町民が協力し合って一歩一歩成果を追求して行かねばなりません。

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