部落解放運動

2019年12月 1日 (日)

ファミリーヒストリーに抗議する


NHKの番組にファミリーヒストリーというのがある。
週1回月曜の夜7時半ごろにやっているようだ。何度か見た。

何代もの家族の歴史をたどり今の自分を考える企画は大変意義があり他人のものでも興味深い。

だが、自分の家族や先祖について知られたくない人にとっては、恐怖となる。家族の歴史は、プライバシーの中のプライバシーだ。士族とか平民とかの戸籍上の身分もテレビに映し出されてくる。

職安など雇用や労働関係の当局、また市町村役場では、採用試験の折には、決して旧身分や本籍地、国籍、家族の職業や資産等について履歴書に記載させたり、面接のときに尋ねたりしてはいけない、ということになっている。雇用における差別は部落差別の最大の問題であった。

NHKのファミリーヒストリーの番組は、人権の流れに逆行し、平然として旧身分を暴露する。
今まで新平民とか新民とかいう旧身分は出てないが、士族という身分のファミリーはいくつも映像に出ている。
旧身分制が肯定的に報道されたら、不当に卑賎視された旧身分も肯定される。

ファミリーのヒストリーはプライバシーであり、自分や個人がそのあとを探索するのは自由だ。
だが、本人の同意があるからといって旧身分まで明らかにする必要はない。

今までこの番組に批判がないのが、不可解だ。現在部落差別は厳然と存在している。

NHKは、家族の歴史(旧身分)が世間に知られることを恐れている多くの国民がいることを知るべきである。
映像で少なくとも戸籍を洗い出し旧身分を摘示することだけは即刻やめるべきである。

旧身分を肯定的に報道するNHKのファミリーヒストリーの番組は、憲法第14条に抵触していると考える。
現代の日本の法律では、皇族以外の身分はすべて廃止されている。

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2019年11月30日 (土)

尊王攘夷

新天皇の即位をめぐる狂騒曲がやっと静まった。
今時、天皇族を崇め奉ることに日本国民はどれ程反応しているのであろうか。

ばかばかしくて見ていられないというのが本音であろう。

しかし、ばかばかしい行事もこれほどまで銭をかけ、大掛かりな虚構をうやうやしくやっていると、本当に威力を発揮することになるかもしれない。

歴史を振り返ると、なおさら空恐ろしい。
幕末の基本スローガンは尊王攘夷であった。
この四文字には、王と夷が対句になっている。一方はあがめられ、他方は卑しめられ迫害される。

もともと攘夷の夷は、蝦夷の謂いであってアイヌを含む東北以北の民衆のことだ。

幕末において異国人を軽愚して敵対するために伝統的な蝦夷への蔑視・敵愾心を借りてそれを利用した。東北の民衆への差別心を外国人に向けたのである。

平安時代以前から日本の朝廷や武家政権は、蝦夷・奥州俘囚への激しい差別心をもって政治の要諦としてきた。桓武天皇らは蝦夷征伐と都建設を最大の政治的課題にしてきたし、鎌倉、室町、江戸幕府の権力の中核は征夷大将軍であった。蝦夷への蔑視と天皇や将軍への敬意は絶えず一本に結ばれていた。現代の皇室への尊敬(特別な敬愛)は必ず他方に軽愚され抑圧される者がいるはずである。

今も東北の民衆は原発の業苦を背負わされ犠牲に供されている。
そしてまた遠い昔全国数十か国に配流された奥州俘囚の裔孫である部落大衆、その被差別の忍苦の生活も続いている。
天皇一族の晴れやかなパレードを見るにつけ情けない思いが突き上げる。

支配階級の権力の象徴である天皇とその天皇制に対し、日本国民は、いかなる敬愛の念も抱かず、その血塗られた歴史(崇徳上皇は配所で血書でもって天皇の皇統を呪うと誓った)の実相を直視し心の武装を解いてはならない。

     解放歌の一節

ああ、虐げに苦しめる 三百万の兄弟よ
踏みにじられしわが正義 奪い返すは今なるぞ
涙は憂いの為ならず 決然たちて武装せよ

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2019年11月 1日 (金)

身の丈

荻生田文化相の身の丈発言が顰蹙を買っている。
身の丈とは身分ということである。

身分(差別)をわきまえろという発言が日本の政府閣僚から出てくるとは。
かつてはそうだった。差別をわきまえろが大義名分論の中核だった。

だが、戦後部落解放運動などの発展で、差別だ という声に震え上がる時代が出てきた。
差別を受けてきた人々がほう被りをして往還の隅を歩いていた時代から堂々と出身身分を名乗り権利を主張する時代がやってきていた。やりすぎもあったが激しい糾弾闘争も歴史的には重要な役割を果たし社会の迷妄を切り開いてきた。戦前戦後の解放運動がなければ部落大衆は今のような扱いは受けられなかったであろう。

だが、近年解放運動の沈潜などで、ヘイトスピーチなどが横行し、差別だといってもその差別を開き直る連中が出てきた。ネトウヨだけでなく荻生田のような身分差別を当然視する政治家も出てくるだろう。

人ながら 如是畜生ぞ 馬牛の 河原の者の 月見てもなぞ
これは16世紀初めの「七十一番職人歌合」の中の一首である。

ある学者はこの歌は穢多・河原者の立場になり代わっての歌だ、として
(人間でありながら、このように馬牛なみの扱いを受けている者なれば、美しい月を見ても心が晴れぬ)という解釈を示した。(「部落史を読む」阿吽社発行)

私の解釈では、この歌は差別を受けた当人が詠んだ歌であろう。如是などというお経の言葉を使っているから僧体のものかもしれない。

初めの、人ながら如是(にょぜ)畜生ぞ という句には、同じ人間でありながら畜生同然の扱いぞ という激しい叫びともとれる断定的義憤がある。

後の句には、馬牛とさげずまれる河原者であっても、月を見ても人並みに美しと感ずる、
それなのになぜこのような仕打ちを受けるのだ、という胸を打つ強い抗議の声が悲しげに響いている。

現代の解放運動は、抗議の怒りの思いを持つ多くの部落民がいるのにこの学者らの解釈のようにその声を感傷的詠嘆でしか理解しない、そのような低調な運動に似ている。

部落民だけではない。多くの受験生には経済的格差が厳しい。有名高校や大学に入学する大半は裕福な家庭の子供たちだ。部落を底辺としながら、大多数の国民が身分的格差ともいうべき差別の中で苦しんでいる。

中世の賤民たちの心の怒りは数百年たってもまだ晴れない。

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2019年10月24日 (木)

関西電力問題と解放運動

関電にたかっていた高浜町の元助役についての報道について、10月9日に部落解放同盟中央本部が声明を出している。
一時的に元助役森山が解放同盟に所属し、高浜町支部や福井県連の結成に貢献したと認めるが、今回の事件と解放同盟は全く無関係であると釈明する。
しかし、今回の事件については、まず原発に対して基本的な批判的姿勢を鮮明に示すべきであろう。

原発は、差別的棄民思想なしには建設されえない。立地地域の住民、部落民も含む従事する労働者に対する差別こそ、原子力産業の根幹にある。反原発闘争は解放運動にとっても重要な闘争でなければならない。

次に、確かに、今回明らかになった事件には、解放運動は何のかかわりもなかっただろう。

だが、かつて、れっきとした同盟の一員であったものが、原発マネーを操り原発推進の地域の中心人物になったことについて国民に謝罪し、反省の言葉がなくてはなるまい。元助役森山の事件で、今回の声明で糾弾している通り、一部マスコミによって部落差別が増長される結果を招いた、それを防ぐことができなかった事実が厳然として存在する。

被差別部落の人間が起こした事件について何もかも責任を取るというわけにはいかないが、森山にはかつて荊冠旗を渡していたのである。関電こそ部落差別を利用して原発を発展させ、今窮地に立つと部落差別を利用して責任を逃れようとしているのである。解放運動側は原発マネーとは関係がないが、しかし、関電側の利権工作は部落問題を利用していたのである。「人権教育」の講師で関電の先生だった「特定の人物」に脅されて怖かったから、怪しい金を戻せなかったというのである。

原発マネーではないが同和利権も問題だ。

考えてみれば、同和対策特措法を成立させて以降、何兆円という膨大な対策費が部落に流れた。
その特措法を制定させるとき、私は中央本部青年対策をやっていて、全国青年集会に集まった1千の部落青年たちとともに総理府突入闘争の先頭に立っていた。厳重に防護していた機動隊を突破し、総理府構内を占拠し、それと呼応して100人の中執と中央委員が庁舎内デモ行進、5人の決死隊による屋上の占拠、

庁舎正面に巨大な垂れ幕を屋上から垂らした、これらの闘争を敢行し、床波長官の部屋の前に座り込んで法律制定を約束させた。
その実力闘争自体は長い解放運動の中でも特筆すべき歴史的なものであったが、その後が十分でなかった。

何兆円もの国の予算措置がなされた。その巨額の金に十分な対策もなしに同和予算に浸かってしまい、利権が渦巻いた。
同和対策予算の受け取り方をもっと慎重にすべきであった。

同和地区だけがよくなっているという逆差別が横行した。逆差別自身は、無理解から起こったものであるが、その無理解も貧しい国民の感情としてはやむを得ないものであった。だから、同和対策予算は、同じ市町村区域の貧しい住民とともに同じ額を受け取る、そうでないと受け取らないというやり方をすべきであった。

部落民だけが高額の奨学資金を受ける権利がある、部落民だけが・・・・。いくら貧しくても部落民でないから受給できない、住宅にも入れない、そういう状況を作ったのでは、逆効果・逆差別が生まれるのは当然だった。・・・・この際、同和利権や原発マネーはもとより、いかなる利権についても
解放運動側は毅然とした方針を持っていることを鮮明にすべきだろう。

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2019年10月 5日 (土)

関電利権のフィクサーーの「人権教育」

関電事件も、かつて追求した高知県のモードアバンセ事件、また、現に追及している室戸市の利権行政と同じ構図だ。事件の中心に「同和」利権ボスが存在していた。

関電幹部が言う「人権教育」の講師だったとか、また新聞報道では、森山フィクサーは福井県の「客員人権研究員」、「福井県人権施策推進審議会委員」であったという。

まぎれもなくこのフィクサーは部落問題を政治的に利用し、利権を確保するために使ってきた人物である。
そして関電は今この人物の異常な姿、「怖い」存在を強調して、すなわち部落差別をあおることで罪を逃れようとしている。原発を建設し維持し発展させるために関電はこの「怖い「」男を十分活用してきたのであるが、逆に身を守るためにこの差別像を活用する。脅されてお金を返せなかった・・・。

現在進行中の関電の事件とは規模も性質も違うが、
20数年前高知県にのモードアバンセ社事件があった。1996年ごろから解放同盟高知県連幹部が関係する協業組合に県が数十億円の巨額の闇融資をし、これが焦げ付き、副知事ら県幹部が背任罪などで逮捕されるという県庁始まって以来の大事件であった。県庁に大規模な捜査が入ったとき橋本知事はイタリア方面に飛んでいた。

モード社の安原という社長と副知事らが刑責を負ったが、県の同和対策審議会などでこの事業を称揚した連中と県庁の最高責任者は罪をとわれなかった。
高知新聞らもこの事件を報道するのに当初は実名を使わず「特定の協業組合」などというわけのわからない名前を使っていた。

室戸市の利権行政も目を覆うものがあり、有力特定議員がのさばってきた。
その一例(新火葬場建築工事事件)が裁判中であるが、高知地裁は最近、利権行政の事実を全面的に免罪する判決を下した。近くそのでたらめな地裁の判決文を批判する控訴趣意書を書くのでそれを見てもらいたい。

特定の業者のために特定有力議員が議会で請負金額のつり上げを声高に叫び他の議員を脅かしたりして、業者が実際の工事費の2倍の請負金を行政からせしめていた。・・・・

ほかの団体と同じように部落解放運動にも、徹底して反権力に徹する勢力と、権力と妥協したりその一翼を担おうとする勢力があり、かつては内部でのその攻防が厳しいものがあった。

(それは、師岡祐行著「戦後部落解放運動論争史」全5巻に詳しい。この著作に紹介されている論客や活動家の殆どはすでに黄泉に旅立ち生存者は数人である。)
同和対策特別措置法などで国や地方自治体には巨額の対策予算が組まれ70年代以降「同和利権」が顕著となり、解放運動内部の反権力派が退潮した。

その中で狭山闘争が運動内の反権力闘争の中核として発展しようとしていたが、これも挫折し、今や単に冤罪反対運動になっている。

高浜のフィクサーは、同和利権派の申し子でありそれを背景に地元行政を牛耳り、電力会社を揺すぶってこれと合体し、日本最大級の原発産業、関電の、その推進の最悪の使徒となった。
全国津々浦々の大小利権行政を根絶しなければ、原発はもとより核の最終処分場や中間貯蔵施設など原子力産業はいつどこに根付きだすかわからない。

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2019年5月29日 (水)

長谷川豊の差別発言

最近、長谷川豊という維新系の政治家が講演会で部落差別発言をしたということで参議院選挙の公認候補から降ろされた。

北方領土の問題で同党の丸山穂高議員が戦争による解決を言い立てたが、戦争と差別問題が日本維新の会や自民党らの政治的体質をあらわにする。

長谷川豊の部落差別発言:

マスコミなどで指摘されているその差別発言の内容は

①江戸時代士農工商の下に人間以下の穢多・非人がいた。
賤称語をそのまま使った。

②その連中が侍の家族を襲った。侍は刀を振るって抵抗したが殺された。
 なぜなら相手は犯罪のプロだから。

①については、問題はあるが差別発言とは言えないだろう。学校ではそのように教育されていた。
問題は②である。部落民が、性欲を満たすために集団で罪もない者を襲うという話をでっち上げた。
このでっち上げには悪意がある。

このような話は、狭山事件そのものだ。映画「橋のない川」にもそのような場面が描かれて、若い時分の私らがその映画を糾弾する行動を起こしたものだ。

戦前の高松差別裁判もそのような差別的逆相が原因だった。
その逆の話はいくらもあるが、部落民が一般庶民を襲うなどということはあり得ない。部落民は、差別迫害の中で戦々恐々と生きてきた。侍の刀は、問答無用で賤民の命を奪ってきた。
賤民の命は、塵よりも軽く扱われていた。長谷川の描いた着想が事件なのである。部落民は恐ろしい、違う人間だ、人間ではない、無辜の民を襲う・・・という差別幻想が問題なのである。

長谷川豊らこそが狭山事件の真犯人なのである。狭山事件とは、善枝ちゃん殺しではない。
重大犯罪事件で権力やマスコミなどが部落民を寄ってたかって犠牲(犯人)に祭り上げたという事件なのである。だから冤罪事件流に公判で証拠の真偽をあげつらうだけでは狭山闘争とは言えない。

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2018年7月 2日 (月)

西岡智氏の訃報に接して

News & Letters/639
昨日大阪の大久保哲夫氏より部落解放運動の大先達大阪の西岡さんがタイのチェンマイで客死したことを知らされた。部落解放運動だけではなく日本の大衆運動においてまさに巨星落つという感がするのは私だけではないだろう。
師岡祐行氏が書いた「戦後部落解放運動論争史」全5巻の中で書かれている数百名の運動家で生き残っていたのは片手の指で数えるほどしかいなかった。その中で、否、全国水平社以来鬼籍に入った群星の中でも3本の指に入るほどの存在感を示していたいえる。
即ち、全国水平社の松本治一郎、同泉野利喜蔵、そして戦後の西岡智である。
西岡智と同時代の解放運動家は上田卓三、朝田善之助、岡映(おかあきら)、大賀正行、
上杉佐一郎など全国に数多いたが、やはり西岡智の業績や影響力が勝っていただろう。
私は、学生運動から、部落解放運動(中央本部及び大阪府連本部書記)に入ったものだが、直接西岡氏の指導を受け大衆運動とは何かをまなんだ。それは何も理論とか、流派とかというものではなく、イメージとして教わったものである。
市役所の一角を占拠して部落大衆おっちゃんやおばちゃんのなかから、声を上げ差別と貧困の不当性を挙げて権力を追及している姿。
これが大衆運動のイメージであった。西岡さんは、府議会議員はもとより国会議員にすらなることができたと思うが一切そのようなものに目もくれずただひたすら大衆と同じ地点にたち、そこから声を上げるということに徹していた。
学生運動から参加した私はその姿に感銘を受け人間の在り方として最も尊いと思った。
私は狭山闘争を独自に全国闘争に発展させるため解放同盟を離れたが、同盟を離れても西岡さんとは接触を保っていた。
近年もたびたび会い、又高知の私の闘争になにくれとなく助言をしてくれ、幾度も来高してくれて陣中見舞いを受けた。
西岡さんは私を「愛弟子」だと目を細めて人に紹介してくれていたが、最も統制の利かぬ弟子であったと思う。
晩年西岡さんはたびたびチェンマイに赴き、誘ってくれたが、私は一度も同行しなかった。
おそらくタイの東北の人々の生活や素朴な人情が昔の日本のそれらと通うものがあり安住の地を得たと思われたのであろう。
冥福をお祈りする。やがて任務を終えて私もそちらに行きますから、そのとき、よくやった、という声をかけてくれるよう有終の美を飾りたい
と思う。その間いつものように目を細めて見守ってください。

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2017年12月20日 (水)

続「ふしぎな部落問題」

News & Letters/611

角岡伸彦氏の「ふしぎな部落問題」で現在の差別の状況と解放運動の実態がよく分かった。
ただ氏の部落問題の認識には大きな限界を感ずる。

それは部落問題が、人々の差別意識によって形成され温存されたという考えである。

1、「誤解を恐れずに言えば、被差別部落や部落民は、あってはならない存在である。
一義的には、差別があるから残った。差別がなければ存在しなかった。・・・
他のマイノリティは、あってはならない存在では必ずしもない。あってしかるべき、あるいは一定の割合で存在する。」

被差別部落や部落民そのものがあってはならない存在だ、というのは誤解を呼ぶであろう。
在ってはならないのはその部落に対する偏見や差別意識であって、部落そのものは消すことはできない。

2、多くの部落民が被害を被った「賤民」解放令に反対する農民一揆について語ったのち、氏は言う、「このようにして、差別する人々が、自分たちと区別(差別)した結果、部落民が残ったのである。」

「明治政府によって,賤民制は廃止された。ところが人々の意識は変わらず、あってはならない「特殊部落」がのこった。周辺の身分意識、差別意識がそれを残存させたのである。」氏の意識には差別制度を作り維持してきた権力が抜けている。人々の意識は、制度やそれを作った権力によって二次的に作られるものだ。

もちろんつくられたその意識が、制度という下部構造を強化したり下部構造の基盤が崩れても自律的に生き続ける場合もある。
上部構造たる意識の自立性を見ないのは現実的ではないが、原因と結果をしっかり認識することは角岡氏のようなインテリゲンチャのいろはだ。

3、さらに氏は言う、
「差別が部落を残存させ、反差別運動もまた部落を残すことを選んだ。」
解放運動は、えたであることを誇りに思い自分たちが部落民であることを堂々と主張した。だから、部落を肯定し自分達の拠点とした。

解放運動でなくても、私たちにとって部落は故郷であり、親やきょうだい、親戚や知己が住むところである。周囲の差別があろうがなかろうがそれが何より大切な場だ。
近代社会では部落問題、差別問題はあってはならないが、封建時代であれ近代であれ部落や部落民は自己主張する存在である。

そもそも部落民の発生には諸説があるが、私は江戸中期の土佐の南学の中興の祖と言われた谷秦山の説が最も真実に近いと考えている。
秦山は、穢多の先祖を奥州俘囚即ち蝦夷(えみし)の子孫であり、同じ日本民族だという。毛皮を扱うなどは古い日本民族の習俗であって何も異族ではない、と喝破した。中世大和朝廷は幾たびも東北地方を侵略しそのたびに東北の民を「俘囚」としてこれを拉致し全国各地に配布した。

「俘囚」の配布された全国の国々は続日本紀に詳しく記載されている。そして各地の「俘囚」たちはいたるところで反乱や騒動をおこしたことが記されている。
鎌倉時代のころ、朝廷は今から「俘囚」という名前を歴史書に使わないと宣言した。
そのころより、「俘囚」に代わって穢多とか非人とか河原者とかいう「賤民」が歴史書に登場しだすのである。

もし、秦山が言う通り「奥州俘囚」が部落民の先祖であるなら、これは明らかに征服・被征服の関係で出来した古代日本の階級闘争の結果であり、部落問題は、階級支配の刻印を持っている。部落民は奥州の蝦夷(えみし)の血を引く人間集団であって、差別はされても決してもともと差別されるべき存在ではない。

戦後、ある有名な人類学者が日本人の形態的特徴について調査した。それによると、日本人は西と東に分かれ西は朝鮮系、東はアイヌの特徴を持つと分類された。
その時特に部落民(京都)の調査もした。その結果がある学術雑誌に発表された。

それによると京都という朝鮮系の支配的な人類学的特徴のなかで、まるで「孤島」のように被差別部落は「アイヌ系」の特徴を持っていたと報告されたのである。

私の部落にもアイヌ・ユーカラに出てくる言葉が多く残っている。例えばユーカラにしょっちゅう出てくる いたく (英語でSAY 言う)という言葉は言語学者の説では
日本語には残っていないという。だが、私の部落では、年配の人は知っているし時々使ってもいる。

私も、母も血液型などからその人類学者の分類でいえば「アイヌ系」=えみし系であろう。
私の沢山という苗字も蝦夷の共同集落の特徴を表現しているようだ。東北地方には、敵から防御のため周囲が沢に囲まれた山の上に集落遺跡がいくつも残されているという。
日本のブルジョワ革命では、部落差別は解消できなかった。それは日本資本主義の帝国主義段階の特殊的発展の結果だ。

部落は階級闘争、(征服・被征服)の中で生まれそれ故に差別抑圧されて存在してきた。古代蝦夷の英雄(「古代蝦夷の英雄時代」工藤雅樹著)たちのように部落民は自己を誇り、自己を主張し差別抑圧するものと闘って生きる。階級支配が廃止され世代が交替していけば必ず部落差別は解消するだろう。それでも部落そのもの部落民そのものは残る。残らねばならない。

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2017年12月19日 (火)

高校友の会

News & Letters/610
角岡伸彦の「ふしぎな部落問題」という本を読んでみた。
週刊朝日や新潮社などが大阪市長だった橋下氏の出自(部落民)を明らかにし
それと橋下氏の政治手法とを結びつける差別キャンペーンについて厳しく批判していた。
これについて解放運動側がほとんど何の反応も示さなかった事実。
また、屠場を描いた記録映画について解放運動側がこれの上映に否定的でつぶしてしまったことについてその考えが、旧来の寝た子を起こすな、差別の実態を隠せという方向で動いていた事実が厳しく追及されている。
そして箕面の部落の解放運動が市民に向かって新し取り組みをしていることが興味深く記述されていた。
その中で、「高校(生)友の会」のことも触れられていた。
その箕面の部落でも高校友の会の青年たちが、守旧的な年寄りを乗り越えて革新的な解放運動を推し進めたという。
まさにその高校友の会は、私が大学を出てすぐ解放同盟大阪府連の書記として大阪府下50数部落を歩いて組織した最初の成果だった。
高校友の会の名称もその規約も私が発案し作成した。「大学友の会」も同時期に作り私が会長になったが人が集まらずあまりうまくいかなかった。
泉南や能勢の方では解放同盟未組織の部落もかなりあった。能勢のいくつかの部落では夕方バスがなくて雪がちらちらする中を歩いて山を越えたこともあった。同和奨学資金を受けている高校生の名簿を頼りに一軒一軒訪ねて村の集会所に彼ら及び親たちを集めて
部落問題を話した。高校生らにとっては、衝撃的であっただろう。その学習会合で自分が被差別部落の人間であることを初めて知った者も多くいたかもしれない。私は、彼らに、差別は必ず受ける。受けていないと思っても周囲のものは知っている。結婚や就職のとき突然それは我々に襲い掛かってくる。差別から逃げず、みんなが団結してこれと戦って生きていこう。
部落で生まれたことを悲しんだり恥ずかしいと思うのではなく、むしろ部落で生まれ育ったことを自分の原点とし、これを誇りに思って、間違ったこの世を変革して差別のない社会を建設しよう、と熱っぽく語った。
何せ当時の私は恐れを知らぬ革命戦士のつもりで生きていたのであるから私の熱風に感受性の強い高校生は奮い立ったであろう。
私が住んでいた矢田を中心に、住吉、浪速などの大阪府下の部落高校生が澎湃と立ち上がった。高校友の会は全国に広がったようだ。
府下の高校友の会の集会などでは府連から派遣された執行委員の講演内容がおかしい、融和的であるといって友の会の活動家が演壇上のその男を大勢で取り囲んで「糾弾」
したこともあり後で府連執行委員会(私は書記として出席していた)で私が扇動したのではないかと批判されたこともあった。
その当時のNHKの教育番組テレビでも取り上げられ「部落高校生は語る」という題で数回繰り返し放送された。当時の友の会の活発な活動が見て取れる。
その番組で私は司会をしていて発言していないが、NHKに対する高校生の厳しい発言はすべて割愛されていた。
数年して私は切迫する狭山事件を全国的に発展させるため解放同盟を脱藩したのでその後の各支部の高校友の会がどうなったかわからなくなったが、狭山闘争に多くの部落高校生が参加したことは間違いない。各地区で高校友の会が新しい運動の中核となって行ったことは間違いないだろう。
角岡氏の記述では箕面の部落でも高校友の会のメンバーが支部の中心をになっていったことがかかれている。
今や、解放運動はその当時の面影もない。屠場の記録映画をつぶしてしまう、部落の出自を週刊誌で暴かれても何らの大衆的な糾弾闘争も起こらない。
ヘイトスピーチが蔓延する現在の世情は部落解放運動の低迷が大きな原因であると私は思っている。
高校友の会とは違って、大学友の会は成功しなかったが、ただし大事な人物二人に会い二人を親友として革命的な解放運動を進めることができた。
一人は国守の住職斎藤君であり、もう一人は荒本の中西君である。のちにこの二人の縁で国守と荒本の部落が私の解放運動の拠点となった。
 
角岡氏の部落問題の捉え方には私のほうに異議がある。次回に続く

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2016年11月18日 (金)

部落問題と天皇問題

News & Letters/535

期せずして部落問題と天皇問題が取りざたされている。
一つは、部落問題を解消するという法律を制定するという。

もう一つは、天皇の退位をどうするか
「聖と賤」の問題は関係があるという。
今回の部落問題の法案は、よろしくない。部落問題のために特別な行政施策をすること、調査をすることなどを掲げている。

部落問題という特別な施策ではなく、すべて国民に平等公正な行政施策をすることが徹底される必要がある。
旧選民制度の偏見に惑わされて行政機関や司法が差別施策をすることを禁じるという法律が必要なのだ。憲法第14条などのような「社会的身分」に対する偏見差別を
禁ずることが必要である。部落民にだけ特別な施策は有害となる。逆差別的に部落差別が固定化されるだろう。

部落又は部落問題についての特別な「調査」も有害な問題を新たに惹起する可能性がある。もともと部落については何か根拠があったわけではない。

封建時代の支配者も法的にえた、非人の制度を作ったわけではない。土佐藩の元禄大定目という藩法に出てくる身分は武士と町人・農民だけである。
時々の為政者が行政施策として差別を事実的に遂行してきただけだ。士農工商穢多・非人という言葉も明治時代に作られたものにすぎない。

だが、部落差別がないというわけではない。それは厳然としてある。だから差別を禁ずる憲法や地方公務員法などにそれと同じ文句を書いた法令がたくさんあるのである。
憲法第14条やそれと同じ趣旨の条項を持つ法令をまとめて、権力が差別をしてはいけないという趣旨の法律を作るのは意義があるだろう。

特別な施策や調査をすることはやめるべきである。同和対策を利用してあくどい利権の中に部落大衆を巻き込むべきでない。
人は生まれながら平等である。部落民や穢多・非人などというのはもともと何の根拠もない。私もそうだが本人がそれを嫌がっているのだから社会が押し付けるべきではない。

天皇問題。いやだという天皇の意思を無視して無理に皇位に縛り付けようという連中は不敬も甚だしく宸襟を悩ますこと甚だしい。

天皇制を国民が維持したいといっても天皇本人が嫌がっている場合は天皇の意思が尊重されるべきである。さらに天皇制そのものを超えて同じ人間として開放してあげるべきだろう。

ある人間集団が、天皇などという尊称を名乗ること自体根拠のないことであって、はたからサルが見たらおかしいというだろう。

人は生まれながら平等なのである。部落民とか、天皇民とかいうものは何の根拠もないことである。天皇の地位は国民の総意で決めることになっているが、本人に拒否権があることは言うまでもないことである。

部落問題も天皇問題も解決するには何よりも社会がそれを当人に強制してはならない。本人の意思を尊重すべきことが大前提である。
皇室典範が言う男系の後継者が絶えるという絶好の機会が到来するというのだから、天皇制を解消し、皆さんを普通の人間として社会が迎えるべきだ。

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