マルクス・ノート

2022年1月 6日 (木)

新資本主義

岸田総理は、昨年の自民党総裁選当たりから、今年の正月にかけてしきりに新資本主義という言葉を連発している。
その中身は漠然としてわからないが、憲法の上からは、許されない。

日本は資本主義で行くということは、政府は、明治から現代までだれも言明していない。
明治憲法にも現行憲法にもそんなことは書いていない。特定の経済思想(思想信条)を公権力に持ち込みこれを掲げるのは憲法違反ではないか。

資本主義が今や地球を過熱化し人類を滅亡させようとしていることは、誰の目にもあきらかだ。
明治維新の前の幕末、日本の封建体制が崩壊しかかったときの選択肢として、果たして資本主義でもって近代化を推し進めたことは正しかったのか、このこと自体が大きな疑問となっている。
資本主義が必然だったというマルクス主義の歴史観も疑問になっている。

徳川幕藩体制は、強固な身分制国家であった。その身分制国家社会が崩壊しかかっていた。資本主義以外の、富の分配が平等で公正な新しい社会が建設できたかもしれない。

明治維新は確かにブルジョワ革命であったが、しかし、日本のブルジョワ革命はほとんど消滅しかかっていた天皇を担ぎ出し、天皇制絶対主義(天皇制ボナパルティズム)を打ち立てた。ほとんど反革命だ。

そして、封建時代の武士階級が変身して有司専制の強固な身分制国家を作った。導入した資本主義も部落民を含め国民の大半は半プロレタリア又はルンペンプロレタリアのまま押しとどめ低賃金に呻吟せしめた。そして、国民を押しつぶしながら中国・朝鮮などアジア諸国を植民地化し、そこの人民を徹底的に搾り上げた。人種差別をあおり三光作戦で殺し、焼き、凌辱し嵐のような破壊を加えた。もちろん石炭・鉄鋼など自然資源を略奪し大規模な自然環境の破壊を伴いながら、そうして後進資本主義の日本資本主義は世界帝国主義の仲間入りした。
これは間違った資本主義ではなくそれが資本主義の典型的な姿なのである。初期の資本主義の革命的な役割があったというが、日本をはじめ世界の資本主義には原理的にも実際にもそのような進歩性など少しも存在しない。

前近代の身分制を解消するどころか、身分差別や人種差別、性差別など前近代のあらゆる遺制を徹底的に利用し市場原理の中に組み込んだ。それらは腐朽する資本主義の帝国市議段階だけの特徴ではない。武力や権力による海外諸国民に対する商品の不等価交換・略奪は資本主義が最初から謳歌してきた蛮行であった。

アメリカなどに見る通りアフリカの黒人を捉え奴隷船で拉致し奴隷として農場で使役して暴利をむさぼったやり方は、資本主義の原理的な姿だ。資本主義は利潤追求が最大の目的でありそのため人間を破壊しあらゆる差別を駆使し富の分配の極端な偏奇をもたらし・・・・そして自然を破壊し地球を熱球化してやまない制度である。こんな野蛮な制度を政府の目的とするというのであれば、それこそ国民投票でもして決めるべきである。

日本国民は資本主義を選択した覚えはないし、また資本主義は歴史の必然であったわけでもない。
天保から幕末にかけて、商人や農民の台頭と公家や武士階級の疲弊だけでなく、被差別民たちの最底辺からでも身分差別をぶち破る行動が全国各地に起こっていた。封建体制は自壊しかかっていた。資本主義はさしたる考えもない幕末・明治の武士らが欧米に追従し取り入れた制度であり、今岸田ら自民党の劣紳らが金科玉条のように縋り付くようなものではない。

西郷隆盛が新政府に反旗を翻したのも単に武士の不平というものでもない、深い意味があったのかもしれない。

謹賀新年

 と言いたいが、迫りくる気候変動の劇的悪化、南海地震とそれによる大津波、
 また、富士山の噴火、そしてまた台湾海峡のぶきみな状況・・・などを考えると新年を祝う気になれない。

 だから私は、今年度は年賀状を出していない。この新年に私はバリカンで頭を丸刈りにした。
 心身を鍛え、一生懸命勉強して余生を暮らしたい。オンブズマンは戦い続ける。
 皆さん、今年もよろしく。

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2021年10月20日 (水)

総選挙の日本の課題


二酸化炭素の排出量が近年飛躍的に悪増加し、後戻りができないティッピングポイントの瀬戸際にある今、すなわちここ10年で(2030年までに)、劇的な改善をしなければ人類存続が絶望的になる。

欧米の気象学者建は「壊滅的な地球温暖化を回避するための時間はまだ残されているが、現在のような資本主義のルールの中ではそれは不可能だということだ。」という。革命家がこういうのではなく科学者たちの大方の結論が資本主義打倒なのである。

けれども、資本主義を否定してきた日本の既成左翼の政治家たちは、危機的な地球に対する気候正義の科学者の声、多くの若者たちの深刻な不安に何の応答もなく旧態依然とした政策を掲げて選挙戦にうつつを抜かしている。

今掲げるべき左翼の政策は、厳格な二酸化炭素排出制限のもとで大胆な気候正義の諸政策を貫く中で、経済の脱成長・グローバリズムを排し、それによって貧国と差別をなくし、労働時間を大幅に削減し・・・、自由な社会を建設する、ということだ。

それは数百年続いた資本主義を廃止し共産主義社会を作ることであって、真実のマルクス主義の道なのである。労働者の搾取と地球の破壊・搾取とは切り離せない一つのパッケージであり資本主義の根幹的な事業だ。

科学者らは、低賃金と差別と抑圧は二酸化炭素排出量に比例していると指摘する。日本やアメリカはもとより、国家資本主義のロシアや中国の現実だ。

特に中国の国家資本主義体制は最もひどい。日本や欧米の資本主義国の進出を受け入れ、古い文明を誇る中国を世界の工場・世界の二酸化炭素排出煙突に替えてしまった。

中国人民は汚染空気で息も十分にできない。中国人が悪いのではなく、工場を移転し二酸化炭素排出をそこでやっている資本主義国どもが悪いのだ。

いま、最も身近で切実かつ深刻な問題、地球温暖化・気象変動について、科学者や若者たちの真実の声を政治に反映できないなら、もはや人類に明日はない。

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2021年9月27日 (月)

自民党の総裁選挙


腐りきった安陪・菅内閣が崩壊し、新しい腐り党首の選挙である。
彼らは改革どころか保守思想・反動の競争で集票を競っている。
議員はともかく、党員大衆は、さほど恵まれた国民層ではないであろう。

それなのになぜ安陪などの政治貴族の影響下にあり、それを領袖として仰いでいるのか。
なぜ貧しい国民の多くが政治的サラブレッドの金権保守勢力の指導者を選挙で勝たせるのか。

カールマルクスの「ルイ・ボナパルトのブリューメール18日」という本がそれを解明している。
ルイ・ボナパルトはナポレオン一世の甥であり、クーデターで権力を奪ったのであるが、この男は、間抜けで、女たらしで、
ばくち打ちであったというが、当時のフランス国民は国民投票で彼に圧倒的支持を与えた。

日本国民もどうして字もろくに読めない間抜けで、ただの土豪劣紳にすぎない連中に投票し、国政選挙や地方選挙で大勝利を与え続けるのか。

マルクスは、それは過去のフランスの栄華への郷愁を共有する親近感だといういことだ。

戦前の日本の「栄光」への郷愁(ノスタルジー)、天皇制・日本神話・靖国神社・・・の思想というより情感を共有するということ、それに反射する排外主義的人種差別や身分差別観念の共有ーの親近感の醸成に成功しているからなのであろう。

そのような親近感をあおることが日本の保守政治家の最も大切な行事なのである。日本の保守政治家の多くは世襲制であり、選挙は金権選挙で、貧しい国民とは生活の上では全く違った人種となっているから、日本人民がそやつらに投票するはずはあり得ないのだ。

安陪や菅ら自民党議員らが靖国神社参りをやめないのは彼らが戦争で無駄死にを強要させられた「英霊」を本当に追悼する心があるからではなく、過去の栄光とする日本の虚像をでっち上げ国民大衆にそれを共有させて、投票を引き寄せるためなのである。

トランプも同じだ。パックスアメリカーナの過去のアメリカへの郷愁を掻き立てそれを共有していると錯覚させることに成功して大統領になった。

日本国民は、日本の歴史(人民の歴史)がどんなに悲惨であり、武家はもとより天皇家の歴史が崇徳上皇が自分の血で書き残したように如何に呪わしいものであったかを知るべきである。

天皇制は現行憲法上では実権を抜かれているように見えるが、それは日本の反動勢力のノスタルジーの象徴となり、国民にこの郷愁を共有させることでルイボナパルトやトランプ(そして日本の安倍や菅)のようにいかに間抜けでどう欲で馬鹿であっても当選が得られる呪術的背後神となっているのである。

だから、在日アジアの人への人種差別や、ほとんど種姓(人種)差別化している部落差別はやまない。今展開されている自民党総裁選挙は保守思想の競争であるが、それは一種の差別排外思想の競争でもある。

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2020年9月19日 (土)

ゾンビの登場

最近の報道によると中核派の清水丈夫がある政治集会に登壇したという。
60年安保闘争の輝ける指導者であり、70年前後の激動の時代の勇者集団、
革共同中核派の牽引車であった。だが最近の集会の様子では何か「反省」を強いられたようで昔日の面影がない。

私は一度だけそのシミタケに面談した。私が27歳ぐらいの時だ。
関西のAという男に付き添われ東京へ出て、東京からは車で何度も乗り換えてぐるぐると走り回ってやっとアパートのような一室に案内され、畳の座でシミタケに会った。

何を語り何を答えたか覚えていない。
その時から私の日常生活はがらりと変わった。私は当時狭山闘争の勝利のため解放運動の全国的な戦闘化、革命化を図ることに全力を挙げていた。中核派の組織的な運営には携わることはある程度は仕方がないにしても、それどころではなかったのである。

狭山闘争の大規模な闘争を展開するためには、組織力と資金力が私の細い肩にずしりとのしかかっていたのである。解放運動が革命戦線の一翼に登場することが、私の夢であったから、誰も助けてくれない組織と資金作りの苦労もなんとか切り抜けてきた。

シミタケに会ってから以降警察の私への尾行がほとんど24時間体制で布かれた。
前進社のいろいろな任務が私に課せられた。迷惑至極であった。・・・・・
シミタケらが領導した闘争はたしかにすごかった。敬服に値する。
しかし、私の思想とシミタケの思想は根本的に違っていたと思う。

一つは、シミタケの思想にはブンドの名残が色濃くあった。前衛主義だ。
前衛主義は、プロレタリアの主体性思想を否定する。その実践的帰結は大衆運動を軽視することだ。哲学でいえば梯明秀的なマルクス主義の思想性が、シミタケ派には欠如していると感じた。

もう一つは、農業問題や民族問題、そして部落問題の捉え方において、宇野経済学的資本主義(帝国主義段階論)の解明が必須であるが、シミタケや中核派は全体にその傾向が希薄であった。

労農派的資本主義の認識から出ていない。レーニンでいえば「ロシアにおける資本主義の発展」の段階の経済学であり、後年の「帝国主義論」の段階の認識ではなかったのである。

それは部落問題でいえば部落解消主義になるのである。
現代資本主義の宇野経済学的捉え方をしない実践的帰結は、民族排外主義と部落差別主義である。

プロレタリアの主体性論と宇野経済学的資本主義の解明の、この二つの思想的基盤がなければ革共同中核派の再生はない。

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2020年7月19日 (日)

矛盾


コロナ感染の急増のなかでGo to トラベル をめぐってにっちもさっちもゆかなくなっている。

政府は、感染対策と社会経済活動の「バランス」をとるなどともいう。

しかし、有効な治療薬がない今、三密を避けるなど感染対策と経済活動は、根本的に対立するものであり、バランスのとりようがない。類的存在である人間は、社会的経済的に相互依存し密接に交流しなくては生きていけない。

とりわけ資本主義経済では、人の命や健康よりも資本の増殖が優先される社会では、アメリカやブラジルのように社会経済活動がコロナ対策を無視して推し進められる。

仮に有効なワクチンや医薬品が開発されても、次々に発生する新たな新型ウイルスの蔓延には対処できない。

新型コロナに対する有効な感染対策はこれまでの人類の生活・文明そのものの存在の在り方、存在の意義そのものをゆすぶるものである。広くは国際社会、国内社会全体、地域や職場、学校や電車・飛行機、家庭まで感染対策はくさびを打ち込んでくる。社会的活動をしなければ人類は生きていけない。コロナ対策はそれを問題にして社会活動の遮断を要請するのである。

資本主義を揚棄することはもとよりであるが、新しい人間の生き方と思想の模索が始まらねばならないだろう。その社会は、自然・環境の破壊をやめ自然と共生し、都市の政治経済の集中をやめ、それへの人口の集中をやめ自立性の高い地方の創生・・・・。

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2017年10月29日 (日)

日本共産党の凋落

News & Letters/600
マスコミではあまり論じられていないが今総選挙で日本共産党の大敗北は
画期的ではないか。都議選では都民ファーストとともに共産党も評価され、議席を伸ばした。
だが、今度の総選挙では、立憲民主党に食われたか、一敗地にまみれた。
党首の責任が問われる事態だ。立憲民主党の躍進には共産党の下支えが大いに貢献したことも明らかだ。
テレビ討論や国会論議では既成政党の中では、日本共産党の主張が一番ましであることはだれでもわかる。
特に小池書記局長の発言はいつもさえわたっている。
どうして今回の結果がもたらされたのか。小池ー前原の波乱があったとしても今回の凋落はひどいであろう。
それはやはり共産党の体質にあるのではないか。党内で議事は常に満場一致で一枚岩を誇る。
異端者が出れば、裏切者など千万言の罵倒を浴びせられて追放される。
それは党内民主主義が保証されていないのではないか、という疑念を抱かせる。
その疑念は、中国や北朝鮮の共産勢力の国家の恐怖支配の実態につながっていく。
私の知っている限り多くの共産党員は、誠実で有能な人が多いが、党内民主主義の問題のほかに党としての活動では、今回の小池百合子のように排除の論理が厳しい場面もあった。
例えば、東洋町の高レベル放射性物質の反対運動→町長選挙では、日本共産党の高知県員会は反対派の町民の運動には全く参加しなかった。たくさんの反原発活動家や団体が全国から野根の反対派の事務所に出入りしたが日本共産党県員会のものは、誰も来なかった。
おそらくその運動の中心に元中核派の澤山がいたことに関係していたのであろう。中核派は東洋町とは何の関係もなかった。
しかし、澤山保太郎はオンブズマン活動でも共産党系の活動家と一緒に活動していたし、共産党系の弁護士と連絡して日弁連にこの核廃棄物の問題を訴えていた。共産党の国会議員の現地調査も招請して実現していた。
私の方は、共産党でも自民党でも同じ目的のものは一切拒んでいない。
反対派町民の活動家の家に、町長選挙直前共産党を名乗る人から、澤山保太郎を町長にすることに反対せよという電話があったという。あの時点で町長選挙を妨害する行為は、反革命行為そのものだ。
選挙後共産党はその高知版の民報紙で東洋町内の反動分子の文書を紹介して執拗に澤山を攻撃していた。それでも私は、学生時代は別として共産党を攻撃したことはない。
 
私は学生時代から今日までスターリン主義と戦ってきた。
1921年ごろ、ロシア革命の中でレーニンは、パリコミューンの教訓から、リベラル派はもとよりメンシェヴィキに至るまで次々と弾圧し党大会でボルシェビキ党内での分派活動を禁止した。
レーニンはマルクス主義を奉じ、マルクスの予言を実行しロシア革命を実現した。だが、その革命を防衛するという名目で党内民主主義、プロレタリア民主主義を放擲した。そのことによってソ連邦やそれに影響された全世界の共産党の全体主義(スターリン主義)をもたらしてしまったのである。レーニンがそれに気づき始めた時すでに病魔はレーニンにその是正の時間を与えなかった。
日本共産党はいかに正論をはき、いかに奮闘努力をしても、いかに有能な党員を持っても、党内民主主義を実現し、開かれた党の体質を改善しない限り、大衆からの支持は期待できない。光と闇は、隠すことはできない。山原健次郎氏らのような大衆性のある党と党員を養成することだ。
政党でも大衆運動団体でも民主的な運営の有無はその組織の命運を決する。

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2017年1月 6日 (金)

クラゥゼヴィッツ「戦争論」

News & Letters/544

本多延嘉氏の暴力革命論は、結局クラウゼヴィッツの『戦争論』に行き着く。本多氏はクラウゼヴィッツの『戦争論』を高く評価する。
本多氏の共産主義者第23号の論文(「戦争と革命の基本問題」)はクラウゼヴィッツの焼き直しであろう。

ナポレオン時代のこの『戦争論』については、今も世界中の軍人や政治家がほめそやす。
それを最も称賛したのはヒットラーである。問題は、エンゲレスとレーニンがこれを高く評価している点である。

マルクスがこれをどう評価したかについては、私は未だ知らない。
結論から言うと、反戦運動をしてきた私は学生時代からこのクラウゼヴィッツの戦争理論を評価しない。

なぜか。この書は、徹頭徹尾戦争肯定論である。戦争(暴力)は政治の継続であるとしたが、逆に言えば政治は戦争の継続という位置づけだ。
それは外敵だけでなく内部の敵対勢力・民衆にも向けられた国家の暴力の正当化の論理である。

マルクス宛の手紙ではエンゲレスの評価は、この戦争理論はあたかも商取引と同じであると理解しているから、プロレタリアートの理論として評価しているようには見えない。レーニンの評価は、戦争は政治の継続であるというクラウゼヴィッツの主張を特に評価している。

レーニンは経済学や軍事的戦略家としては素晴らしい能力を発揮した。しかし、マルクスの経てきた哲学(特にフォイエルバッハを媒介としたヒューマニズム)の思想は探求した後がない。だから我々は、マルクス・レーニン主義であって、レーニン主義ではない。

レーニンはパリコミューンの総括で、二つの欠点を挙げた。その一つが武装したプロレタリアートの「寛大さ」であった。

確かに反革命のヴェルサイユの政府を打倒しなかったのはパリの労働者の最大の失敗であるが、しかし、それはプロレタリアートの「寛大さ」とは関係がないと思う。プロレタリアートの「寛大さ」はプロレタリアの本性であり、革命の性格から発したものである。
クラウゼヴィッツは、近代戦争の性格は、いろいろな事情で緩和されるとしても原理的には敵勢力のせん滅にあると主張する。皆殺し理論だ。

反戦の旗を掲げてきた我々は、クラウゼヴィッツの『戦争論』とは全く違った想念で現代の戦争に立ち向かってきた。
国のため、民族のための一切の戦争を認めない。外敵に侵入されるときブルジョワジーは敵に国土と人民売り渡すことも辞さないだろう。

自国のブルジョワジーであれ、他国の外敵であれ、われわれは、それらを撃退するプロレタリア革命を遂行するだけである。
プロレタリア革命を達成するには、それだけに頼ることはできないが平和的手段が使える場合は、できる限りそれを使わねばならない。

しかし、結局は武装闘争の修羅場をくぐらねばならないということは片時も忘れてはならないし、その準備を怠ってはならない。

ドイツの戦争扇動詩人シラーの熱情が込められたクラウゼヴィッツの『戦争論』(その行き着くところはヒットラーナチスであり、軍国日本)の根底的拒否がマルクス主義の出発点でなければならない。クラウゼヴィッツの戦争肯定論に根差した本多氏の暴力革命論もきっぱりと拒絶されねばなるまい。

クラウゼヴィッツの戦争理論についてさらに考究して行く。

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2017年1月 3日 (火)

続 革命と暴力(2)

News & Letters/544

現在の日本や世界の情勢は、混迷を深め収拾の目途が全く立たない。
戦争や核兵器の問題にしても、原発の問題、労働者の過重労働と低賃金、原発以外の環境公害問題、差別や迫害・・・・どれも深刻化し、拡大している。
独裁体制の社会ではもとより民主主義政治体制の社会でも、真に民主的に人類の課題を正しく解決できる糸口も見えない。

反体制の大衆運動や革命を目指す諸党派の内部でも、思いあがった指導者が、独善的な運営をしてやまない。
人類を救う正しい政治思想、正しい革命の手法は何か、我々は全力を挙げて研究し討論を深めなければならない。

現在の世界を覆っている資本主義体制を打倒し、新しい人間中心の平和な社会を構築するのはどうしたらよいのか。
回答:プロレタリア革命。確かに圧倒的大多数で社会の生産を担っている労働者大衆が決起する以外にないことは間違いない。
プロレタリアートが決起した際、現行の議会や官僚組織を使って革命の課題を遂行することは到底期待できない。

必ず現体制を擁護している警察、軍隊、裁判所、監獄などの暴力装置がそのプロレタリアートの前に立ちはざかる、ということも確実である。
このブルジョワジーの暴力の発動を阻止するためには武装したプロレタリアートがその暴力装置を暴力的に破壊しなければならない。これも間違いない。
暴力の行使がどの範囲にまで及ぶかは、敵の出方次第である。

我々はこのプロレタリアートの武装蜂起と暴力の行使について初めから予定し準備するものでなければならない。

だが、だからといって、プロレタリアートによる、ブルジョワ体制を転覆し社会主義を目指す革命を暴力革命というべきではない。
敵の暴力装置を破壊する行為は確かに実力行使であり暴力の行使であるが、その暴力はプロレタリア革命の本性を表現するものではなく、革命を生みだす際の助産婦的な意義を持つにすぎない。

革命の母体と生まれた主体は人間であって、時には、ほとんど助産婦の手を煩わすことはない場合もある。
70数年前、高知県の吉良川町の西灘部落で、実際私は産婆さんが来る前に一人でこの世に出てきたということだ。

革共同中核派の最高指導者であった本多延嘉氏の『共産主義者』第23号の論文「戦争と革命の基本問題」は、革命的転変の折に暴力の行使の具体的内容についてはほとんど記述せず、「プロレタリア革命の暴力性」すなわち、「プロレタリア暴力革命」について論ずる。

本多氏はいう
『もともと共産主義革命の暴力性の根拠は、プロレタリアートによる「ブルジョワ的私有財産の専制的侵害」(マルクス『宣言』)のもつ決定的な意義に規定づけられている。』
しかし、そうだろうか。
「共産主義革命の暴力性の根拠」が「ブルジョワ的私有財産の専制的侵害」に求められるのであろうか。

ブルジョワ的私有財産の労働者階級の共有財産化は、プロレタリアートによる権力奪取の後で遂行される最も重要な課題だ。

その時点では、ブルジョワジーの武装解除がなされプロレタリア大衆による民主主義の体制が達成されているから、それは、暴力過程ではなく、社会の圧倒的多数の多数決によって民主的にかつ平穏に遂行される。「専制的侵害」といっても独裁者による専制ではない。プロレタリアートの暴力の行使は、敵権力を打倒し敵権力の暴力装置を破壊するときだけである。

ブルジョワ財産への「侵害」といっても、本来的な侵害ではない。プロレタリアート大衆にとっては当然の回復行為にすぎず、きわめて人間的行為である。
また本多氏は言う、『暴力はプロレタリアート人民の革命的共同体、偉大な世界史的事業を達成する能力を回復するための不可欠の表現形態である。』

この文章は前後二つに分かれている。前の「暴力はプロレタリアート人民の革命的共同体」の文章は、どこへつながっているのか、どこにもつながっていないのか不明である。
後の①・・・ための不可欠の表現形態 につながるのか②・・・を達成する能力を回復・・・・につながるのか、それとも、後のどこにもつながれず独立しているのか、すなわち、暴力は・・・革命的共同体であり、という文章なのか不分明である。しかし、いずれにしても暴力が敵権力を破壊するということよりも、プロレタリアート人民や革命的共同体の本性を形成する上で重要だということである。

そして、本多氏はいう、
『暴力は革命の助産婦である、というとき、革命の担い手と革命の助産婦である暴力の担い手が統一されていることを無視して、あたかも暴力が革命の外部にあって、それが革命をとりあげるように考えるのは、暴力革命に対する許しがたい反革命的敵対の理論である。』

革命の担い手と暴力の担い手が同じプロレタリアートであることは自明であるが、本多氏はその同じというのを「統一」という。

革命の動乱の中でプロレタリアートがするべき課題はたくさんある。敵権力を封殺するための暴力の行使もその一つである。だが、プロレタリアートの任務は、それだけではない。
革命遂行の行為に本命とするものとそれを補完したり助けるものと重要性において差等があるのは当然である。敵権力を暴力で打倒することは最大限重要であると位置づけたとしても暴力の行使が革命の本命ではない。敵を打倒するという暴力行為も革命行為の一つであり、「助産婦」という表現はそれを最小限に抑えようという「表現形態」である。

暴力助産婦論は、何も暴力がプロレタリアートの外部にあるといっているのではない。ここではむしろ、本多氏の助産婦論排撃の意図がマルクスやエンゲルス批判であり、プロレタリア革命がプロレタリアートだけでなく、農民やプチブルジョワ連中に対する説得と合意の獲得(宣伝工作)が最も重要な課題であることを無視し、革命運動の党派や大衆運動の中で異論を唱えるものを片っ端から糾殺する理論を作り上げようとしたところにある。

中核派の「革命軍」の主要な標的はブルジョワ権力やその手先ではなく、党派や自分の言うことを聞かない活動家に向けられていたということは、本多氏の論文の当然の帰着であり、それこそが「反革命的敵対の理論」であろう。自分も又、60年代から70年代にかけて本多氏の下でその部下の一員として活動して、この本多暴力論を読んでいたが、当時はよくわからなかった。

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2016年12月30日 (金)

続 暴力と革命

News & Letters/543

プロレタリアートが革命情勢の中で、権力を奪取するためには、その統治機構を「暴力的に転覆」する必要がある、とマルクスは『宣言』で書いた。
だからといって、本多氏の唱えるようにプロレタリア革命が本質的に暴力主義革命ということにはならない。

本多氏は、人間の歴史の根源から、すなわち原始共同体の時代から共同体の意思の形成過程も含めて社会そのものが暴力によって作られてきた、プロレタリア革命も「プロレタリア暴力革命」であり、プロレタリアートの共同意思の形成・権力の奪取、革命の遂行の全過程が暴力の貫徹過程というとらえ方をする。

権力と渡り合う闘争だけでなく、党派闘争はもとより人民内部の革命運動の組織活動もまた暴力過程に位置づけられるというのである。
暴力はすでに革命の助産婦ではなく、革命の本質であり、「規範」でもある。

しかし、レーニンが『国家と革命』で高く評価したマルクスのパリコミューンの描写(『フランスにおける内乱』)では、全くそのようなものではない。
『フランスにおける内乱』の第2章や第3章をつぶさに見ればわかる。その一節を以下引用するが読者はこの際その本を読むべきだ。

”3月18日からヴェルサイユ軍のパリ進入まで、プロレタリア革命は、「上流階級」の革命に、ましてその反革命にふんだんに見られる暴力行為を、まったくともなわなかったので、ルコント、クレマン・トマ両将軍の処刑と、ヴァンドーム広場事件と除けば、その敵が騒ぎ立てる材料となるような事件はなにも起こらなかった。”

悪逆無道な両将軍の処刑や、ヴァンドーム広場事件についてやむを得ない理由を述べながら、マルクスは、パリコミューンでのプロレタリアの「寛大さ」、「武装した労働者の雅量」をむしろ強調している。パリコミューンはもとより一時的な達成物にすぎなかったし、プロレタリアートも未成熟であったが、ブルジョワ的な常備軍や官僚機構、議会が廃止され真の民主主義(Representative democracyではなく Direct democracy)が徹底された。

革命的転変の中で激しい市街戦などで死者が出るとしても、殺戮そのものが目的でもなく、あくまでも暴力そのものは革命の助産婦であり必要悪にすぎない。

プロレタリア革命は、すでに現体制の中にはらまれ、支配階級の桎梏のもとに抑圧された、人間本来の自由・平等への意思の実現、労働の解放を通じて人類の再連帯を勝ち取る運動であって、そのはじめに、敵の暴力装置を破壊し(この時暴力の行使もひるまない)、革命を守るために武装蜂起が必要なのである。

憎しみと復讐による、あるいは「規範」とまで高められた暴力の解放行為ではない。

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2016年12月25日 (日)

革命と暴力

News & Letters/542

革共同中核派の関西派が84年三里塚闘争での第四インターへの当時の中核派のテロ攻撃について自己批判した、という。

また、「革共同の敗北」という本で、中核派の元再考幹部らも同様な反省を示した。
しかしもとより、その自己批判は不十分であろう。第一、犠牲者に対する謝罪と賠償はどうするのか、

暴力をふるって半殺しにしました、それは間違っていました、という総括だけですむわけではない。
犠牲者のところへ行って頭を下げ、できる限りの償いをするのが人間というものだ。
しかし、反省は、そんな次元にとどまらない。

①、唯我独尊的な前衛党意識の問題
②、暴力論(とりわけ本多延嘉の「共産主義者第23号」の「戦争と革命の基本問題」での暴力論)の問題
③、糾察隊の組織と実践
これらについて根源的な反省をしなければ、中核派の歴史的な敗北は総括されえない。
①、②、③、 の誤りを具象化した人物は今も組織の中でひそかに生き続けている。私もこの連中の組織した糾察隊の餌食にされたのである。

ここでは、②の本多論文の暴力賛美論について論じる。
本多の暴力論は、マルクスが言う、暴力は革命の助産婦である、などという次元を超えて、暴力の発現が革命そのもの、革命とは暴力の行使だ、プロレタリアートは暴力の権化だととらえた。

これは暴力論としては画期的であり、恐るべきものである。資本主義以前の階級社会では、人民は武装しなければ自己を防衛し人間としての尊厳と理念を実現できないことは確かだ。
しかし、武力によって他を圧倒し自己を暴力体として我意を支配的に社会に打ち立てるというのは常軌を逸脱している。

暴力や武力は社会変革や組織拡大のの手段であり助産婦的なものであって必要悪なのだ。殴りあったり憎悪したりすることはあっても社会変革の基本は大衆的な合意の獲得であり、同意を原則とした組織活動であって、異論を唱える者を暴力的に抹殺することは論外なのである。プロレタリアが武装するのは、常時武装した敵権力の暴力に対抗し、権力を奪取するためである。

不必要に暴力を振るい、敵を殺戮する必要はない。まして、人民内部において、反対派に凌駕するために暴力的殲滅戦のために糾殺行動を組織するなどはそれ自体反革命行為であろう。
本多論文は、その糾殺隊の論理であり、驚くべきものだ。

     1、暴力の原理論 暴力の万能性

【暴力は、かならずしも人間性に敵対する粗暴な行為を意味するものではなく、人間社会の共同利益を擁護するための共同意思の積極的な行為なのである。すなわち、本質的に規定するならば、暴力とは共同体の対立的表現、あるいは対立的に表現されたところの共同性であり、人間性に深く根差したところの人間的行為である。】

暴力は、「共同利益」、「共同意思」、の行為、人間の、行為ではなく、「人間的行為」という口吻には強い肯定的響きがある。これが本多氏の暴力の原理論だ。
さらに、【暴力は原理的には共同利害を前提とし、それを擁護するための人間的な行為なのであって、その意味では、共同利害をつくりだしたり、共同利害を貫徹する手段なのである。
つまり共同利害に基づく共同意思の形成とその対象化された意思を知性としつつ、共同利害を擁護し、維持し、発展させていくためのテコとして強制行為が発現していくのである。】

暴力は、「共同利益」を擁護するだけでなく「共同利害を作りだし」、それを貫徹する「手段」でもある、共同利害を擁護し、維持し、発展させるテコ、ということだから、暴力が人間の歴史をつくり、発展させたということになる。ほとんどジンギスカン的な暴力・征服歴史論ということだろうか。

【共有財産に基礎をもつ原始共同体においては暴力は私有財産や支配、被支配関係を生みだす根拠であったどころか、まさにぎゃくに共同利害、すなわち共同体の成員の人間生活の社会的生産過程(労働における自分の生活の生産と生殖における他人の生活の生産の二契機の統一)の意識的規範であり、したがってまた社会的生産の物質的な前提条件をなす土地を含む生産手段の共同所有ならびに共同管理とそれを基礎とした社会的総労働の比例的な配分と生産物の社会的分配、さらにかかる労働過程を基礎とした生殖=人間関係を規制する意識的規範としての役割をはたしていいたのである。】

暴力についてのこの長い文章の意味が分かる人がいるだろうか。書いてあることはわかるが意味が不明である。
文字通りに読めば、暴力が人間の社会的生産過程の「意識的規範」だというのである。規範というのは法令のようなものであろう。

暴力が人間関係を規制する規範だというのだから、暴力団が暴力で社会を支配するそういう社会の話か、戦国時代の話なのだろうか。この話は特殊な歴史的社会のことではなく、
人間の原理的な暴力の性質を記述するところだから、暴力が歴史の創成、社会の維持、規範など人間生活全般を貫徹し、支配している原動力のようなものということを意味するのか。

法令や倫理など「規範」は、階級社会では、支配階級の利害を確保するためにつくられるが、暴力そのものではない。原始共同体でも社会には規範はあったであろう。その規範を支えるために強制力=暴力が行使されるということもあったであろう。しかし、規範は暴力そのものではない。それが人間社会の意識的規範だというのは、規範のないあからさまな暴力社会の話であろう。

あるいは、暴力を優勢的に行使することが社会の規範となったということか、いずれにしても本多氏は、社会が暴力でもって成り立っているということを言いたいのであろう。

     2、プロレタリア暴力革命  マルクスを超越

【プロレタリア暴力革命は、「敵の出方」や「一定の条件」や「身の程知らぬ敵の反撃」なるものによって採用される革命の戦術的形態を意味するものではなく、プロレタリアート人民の自己解放の本質的規定性を意味しているのである。】

これはどういうことか。少し長くなるが本多氏の最も核心的な主張を引用する。

【暴力はプロレタリアート人民の革命的共同性、偉大な世界史的事業を達成する能力を回復するための不可欠の表現形態である、ということである。
もともと共産主義革命の暴力性の根拠は、プロレタリアートによる「ブルジョワ的私有財産の専制的侵害」(マルクス『宣言』)のもつ決定的な意義に規定づけられている。
しかし、われわれは、この規定の内包する意義について、ただたんにブルジョワ的所有権の侵犯の不可避というような理解におしとどめてはならない。

そうではなしに、われわれは、労働力の商品化という「平等」の交換過程をとおして形成される労働者の非人間的現実の根拠であるブルジョワ的私有財産をプロレタリアートが専制的に没収し、労働者階級の共有財産として転化していく暴力的過程が、まさにプロレタリアートの革命的共同性を現実に形成し、自己解放の物資的前提条件とその主体的な自覚と能力を統一的に創成する過程である、と積極的に位置づけることから出発しなくてはならないのである。

プロレタリアート人民の革命的蜂起とその武装の問題、革命的前衛党の指導のもとでの計画的、系統的準備の問題は、プロレタリア暴力革命の最も高度な内容をなすものである。平和革命になるか、暴力革命になるかは敵の出方による、という見解(日共)、一定の条件のもとで、しかも敵が身のほどを知らずに反撃してきた場合には暴力革命をとることもある、という見解(カクマル)をもって、プロレタリア暴力革命に敵対するものは、プロレタリアート人民の革命性、自己解放の事業のもっとも深部の敵対者である。】

共産党宣言では「ブルジョワ的私有財産の専制的侵害」について暴力的過程を必然とするとはいっていない。
それを記述する前に『宣言』は、プロレタリアートを支配階級にすることと同時に「民主主義を闘い取ること」を前提にしている。

プロレタリアートが支配階級になるには、耐えがたい抑圧と搾取への革命的爆発の中でブルジョワジーを「暴力的に転覆」するとしているが、プロレタリアートが権力を握ったら、ブルジョワジーの私有財産の収奪など革命の諸目的の遂行はブルジョワ側から見れば「専制」的であっても、あくまでも民主主義的に実行されるのである。
『宣言』では、暴力は、革命情勢の中でプロレタリアートがブルジョワ体制を転覆するときに使われるとした。

本多氏は、ブルジョワジーの私有財産の「専制的侵害」を暴力とし、それを暴力過程に入れた。
それだけでなくさらにマルクスを超えて、「プロレタリアートの革命的共同性を現実に形成し、自己解放の物質的前提条件とその主体的な自覚と能力を統一的に創成する過程」をも「暴力的過程」として「積極的に位置づける」必要があるという。だから、革命だけではなくその準備段階から人民内部での組織活動や党派闘争も暴力過程に含まれることになる。

暴力が、「プロレタリア人民の自己解放の本質的規定性を意味している」、というのは、プロレタリア人民は、暴力の権化であり、プロレタリアートの指導機関であり、暴力の発動機関である前衛党の暴力装置として位置づけられる、ということである。
第四インターへのテロの自己批判は、このような暴力礼賛、マルクス主義というより暴力主義思想に汚染された革共同中核派の核心的思想まで踏み込んだ反省にまで及ばなければならない。

この本多氏の暴力理論は、権力に対してその暴力が振るわれるとき、それ相応の威力があり意義があったであろう。だが、人間解放の哲学であるマルクス主義とは、何の関係もない。

激動の60年代~70年代に諸戦線で果敢に権力に立ち向かって戦った中核派の青年たちは、本多氏の暴力論に取りつかれて立ち上がったのではない。
だが、一部の中核派内部の幹部には、(いまもなお)この本多暴力論に心酔し、糾殺隊までを組織して暗躍した連中がいた。

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