白浜海岸

2015年9月 1日 (火)

ホテル経営とのお別れ

News & Letters/434

この8月31日をもって私どもは白浜ホワイトビーチホテルの経営から実質的に手を引くことになりました。

平成21年9月から丸6年間一生懸命働かせてもらい、株主はもちろんお客さんや地域の方々に支えられなかったらとっくの昔破産していただろう。今日近隣のホテルは皆赤字で苦しみ、高知市内でもホテル経営は大変だという

ほとんど毎日24時間体制で食事の煮炊きから客室のメイク、洗濯、フロントの応対、そして宿直、おかげで経営者の苦労、労働者の苦労がよくわかった。
今日の零細中小企業では、社長や役員が全部の仕事を担当し、補助として人を雇う、という考えで奮闘しなければ、とても持たない。

安倍が総理大臣になってから客数が著しく減った。夏休みの海水浴客も少なくなった。白浜のキャンプ場も以前は隙間もない超満員であったが今年などは半分かそれ以下のさびしい賑わいである。いつもの顔なじみたちの姿がついに現れなかった。

観光業はどんどん寂れるであろう。飲食店もホテルの食堂もコンビニには勝てない。ホテルに数十人泊まっても夕食を注文するお客は数人にすぎない。これでは、板前や調理師をかかることは出来ない。

雇用を増やしたいが、仕事がない。少しばかりのお客のために人を雇う力はない。

我々が住む高知県東部の選挙区からは中谷元がずっとでている。土建屋の息子で自衛隊出身だ。

この男は地方の再生や活性化など何の関心もなく、ただ、沖縄の米軍基地の増強と戦争法案の推進に狂奔するだけで人民のためには何の役にも立たたない。かつて高知県東部は自由民権運動の拠点であり、植木枝盛を国会に送っていた地盤であった。今は正反対の愚直な反動家の基盤と化した。

経済的にも政治的にももっとも惨めなところであるがゆえに高レベル放射性廃棄物の捨て場所にまで選ばれたのである。

こんなところでいつまでもくすぶっていていいのか、という人もいるが、こんなところであるからこそ私はここでしこを踏んで相撲をとろうと考えているのである。私は明日から厳しい束縛の身から自由になろうとしている。しかし、東洋町で掲げた旗はあくまで降ろさない。

ここを出撃基地として全世界に夢を広げる。新しい人生の出発点に立って闘志はみなぎる。

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2015年2月11日 (水)

まるごと東部博のパンフ

News & Letters/397

高知県の尾崎知事の肝いりで高知県の東部安芸郡市9市町村の観光業を掘り起こす「高知家・まるごと東部博」というのをやりだした。

それはいいが、そのパンフレットが発行された中で、ホテル・旅館の一覧表が掲載された。しかし、他の市町村のホテルや旅館は巨細無く網羅されているが、東洋町のホテルや旅館はただ一軒だけしか紹介されていない。

十指に上る宿屋やホテルが東洋町に有って、観光客をもてなし、苦戦しながらもそれを生業としてきた。私が経営しているホテルも年間数千人のお客が宿泊する。
龍馬パスポートも取り扱っている。

この東部博の観光パンフレットの「宿泊施設一覧」に数十件の旅館が載っているが、それから排除された感じで、一般に存在せず、営業していないという印象だ。
これを編集したのは東部博の事務局(安芸市役所内)だということだが、東部の各市町村に足を運んで実状を調べて編集したのか疑わしい。

東洋町へ来れば生見には民宿街があり、白浜へ来れば大きなホワイトビーチホテルを誰でも目にすることができる。

このパンフレットは相当な公金がつぎ込まれている。費用は県が半分市町村が半分だという。私的な雑誌なら何を書こうと構わないだろう、だが、公金を使って差別的な冊子を作って県内外にばらまいていいのか。まるごと東部博は、丸ごと切り捨てるという意味か。このような冊子を平然と編集するものが、何の観光振興に役立つのだ。

年間数百万件の税金を払っているが、その税金が自分たちを差別するのに使われるというのは耐え難い屈辱であろう。

東部博の事務局や県庁に抗議したが、抗議の意味が分からないらしい。
一言の謝罪の言葉もない。 今週土曜日の1時に東洋町に説明に来るという。

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2013年6月 5日 (水)

ホテル

News & Letters/349

私が今必死で支えているのが、「白浜ホワイトビーチホテル」である。
白亜の5階建てのホテルで約30室あり、満室となると100人近くのお客を収容する。
私の勤める会社東洋リ・ボルトがこのホテルを購入して5年目を迎えている。

このホテルの建っていた土地には元々東洋町が国の補助金などで建てた「東洋町青少年旅行村」という建物が建っていて、町の観光行政の拠点となっていて、特別会計を設けていた。しかし、ある時、突然この建物はぶっ壊されて更地となった。

そしてすぐにある阪神方面の会社に格安値段で売り飛ばされ、そこにホテルが建てられた。平成6年のことである。「青少年旅行村」をぶっ壊す上において政府の許可もなく、町としての正規の手続きも何もなかった。驚くべきことだ。当時の町長は死んでいないが、担当課長らは今も生きている。東洋町ではここには今でも「青少年旅行村」が存在していることになっている。

特別会計も残っており、その中央管理棟の宿泊施設等の利用規則も存在している。
だが、実際はホワイトビーチホテルが厳然と存在し、青少年旅行村の管理棟は存在しない。私が町長の折、そういう状況ではまずいので買い戻そうとした。政府からの交付金を全額貰って購入のための予算を組み議会にかけた。

 しかし、町議会は1票の差でこれを否決した。このホテルが他の者に買われる可能性もあるので、仕方がないから、町の第三セクターの会社㈱東洋リ・ボルトが買うことにた。
資金は私と姉と私の友人知人に呼び掛けて金をかき集めてこれを買ったのである。

東洋町は一文も出していない。このホテルを経営する上において、徹底的に改善をした。
ホテル経営では一度も赤字は出さなかった。空調施設など設備も一新した。私は毎日ホテル事務室に泊まり込んで年中無休で働いている。朝の炊事、客室の清掃、洗濯、フロント業務、宿直業務など3人分も4人分も働いているだろう。私と姉の出した金は別として他の人からの借金はほとんど返済した。

借金完済の見通しがついた今、私は再び政治活動の自由を得ようとしている。安倍、橋下ら腐敗堕落した国賊どもののさばる日本社会を放置しておくわけにはいかない。闘う日本人民、アジアの人民の戦列の、そのはしくれであっても、ついていかねばならない。

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白浜ホワイトビーチホテル

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2012年9月21日 (金)

高知県庁の防災対策意識

News & Letters/310

別添の申し入れしたところ、すげなく断られた。

わが社の ㈱東洋リ・ボルト(白浜ホワイトビーチホテル)は県の海岸緑地公園内にある。今は、民有地となっているが、東洋町の台帳ではこのホテルは今でも「東洋町青少年旅行村」が建っているはずである。白浜観光地の県の条例の下にこの緑地公園は運営されている。指定管理者制度で東洋町が委託管理をしているが本体は県庁の管理下だ。
この白浜海岸は海水浴客やサーファ、キャンプ客、それに海の駅の買い物客でここ3、4年間は十数万人のビジターでにぎわっている。

国や県の警告するところでは、次の南海地震ではこれまでの予想をはるかに超えて19メートルの津波が襲来するとなった。

5分か6分ぐらいで最初の津波が押し寄せやがて数十分のうちに十メートル以上の津波が押し寄せる。この海岸に夏は千人以上の客がい集しているが、近くには以前に県が造った高さ7メートルほどの人工地盤という避難所があるだけである。
地元住人からは、海に向かって避難する人はいないのに、と不評であるが、海辺で遊ぶ人にとっては唯一の避難場所であり得た。しかし、今や7メートルの高さでは避難所にはならなくなった。

そこで、 ㈱東洋リ・ボルトが別紙のような申出をしたのである。
ホテルの海側の全ての扉を開放し、海辺や芝生、駐車場にいる全ての人がホテルの20数メートル以上ある屋上に避難させることである。

しかし、県庁の答えは、避難所を提供なんていう事は、市町村がやることで県庁が直接するという事はない、という返事。
しかし、県の施設に集まっていた観光客らが津波にのまれて死んだという事になれば何も対策を講じなかった県として申し訳が立たないだろう。
市町村に管理を委託しているのは通常の公園管理であって、それでは危機管理については委託契約上、県と市町村とはどのような協定を結んでいるのか。

県の海岸公園の近くの高層のホテルの経営会社が、観光客のためにホテルを避難所に提供すると申し入れているのに、縦割り行政の筋を通し、涼しい顔をしていいのであろうか。明日来るか、今晩来るかという大地震を控えて、南海地震対策課の課員が県の施設のお客さん達の逃げ場所の確保について、これまで何も考えず、提案されても人ごとのようにしている。

先日フィリピン沖の地震の際に津波警報が出された。その深夜、ホテル前の芝生のキャンプのお客さんがホテルへ駆け込んでこようとした。
キャンプを経営している町役場はこちらが催促しなければ浜辺のキャンプ客を誘導することも知らないのである。
わがホテルは、何の協定もなくとも、いざという時には避難民を収容するであろう。
しかし、県の施設が正規に、したがって事前に、ホテルを避難場所と指定することは、その時の避難行動をスムーズにする。避難者も遠慮なく入ってこれる。ホテル側も責任感が違ってくる。それだけの準備もしなければならない。

沿岸部の高知県民を全て津波から避難させるには、3000基の鉄骨高台が必要だ。
これを遅くとも3年以内に建設しなければならない。
1基3000万円としても300億円の費用がかかる。そんな巨額の金は出せないというかもしれない。しかし、高知県にはそのぐらいの金はある。
県庁にはないが、県民が持っている。銀行や郵便局にタダ同然の金利で死んだ金が眠っている。

公募債を募って金利1%程度にすれば、あっという間に300億円ぐらいの金は集まる。その金利は、銀行に払う金ではない、県民に払うのだから、決して損にはならない。福祉と思えばよい。県民も持っている金を有効に生かし、しかも自分たちの命が守られるのだから、これほどハッピィなことはないだろう。そしてこの事業を失業対策事業として位置付けたら、土木関係の労働者も助かる。
この公募債は誰もすぐに元金を返せとは言わないであろう。金利を払う代わりに100年単位で子々孫々まで引き継いでもらえるかもしれない。
この避難鉄骨高台をどこへ建てるんだ、土地がないではな
いか、というかもしれない。
そうであれば、交差点等の道路を利用すればいい。普段は駐車場や介護の詰め所などに使い、いざという時には最上階を避難所にすることだ。


今の県庁は以前とは違って掛け声は勇ましくなったが、依然として県民に犬馬の労をとるという姿勢がない。そして、危機管理に危機感がないのである。

甲浦緑地公園での避難場所提供についての申し入れ

             平成24年9月18日
高知県知事 殿

     ㈱東洋リ・ボルト

 大地震・大津波が高知県沿岸に襲いかかってくることは確実であります。
県営甲浦海岸緑地公園(白浜ビーチ)には、近年年間十数万人のビジターが訪れるようになっています。キャンプ場も公園内にあります。
既にこの公園には、津波に備えて人工地盤の避難所が建設されていますが、高さは7メートルほどしかありません。周知のとおり甲浦・白浜地区では最大19メートルの高い津波が押し寄せてくる可能性が警告されています。
当ホテルは、この公園に隣接し、白浜ビーチで目立った建物で、堅牢な鉄筋コンクリート建て6階の造りで、地上から20数メートルあります。

一番高い場所では25メートル以上あろうかと思います。
屋上には数百人の人が避難できます。

津波の第1波は2,3メートルの高さで地震後5分か6分ほどで襲来すると言われています。この海岸公園ではそれこそ1分1秒を争って、高所に避難をしなければ助かりません。

幼児やお年寄りが逃げ遅れる可能性があります。この近辺では10メートル以上の建物は他にありません。幸い当ホテルへは海浜から数分~5分で大方の人が逃れて到着できると思います。

申入れ

1、大地震・大津波の際には、多数の県内外の観光客ら近辺に集まっている人を一時避難させる施設として当ホテルを利用させること。

2、玄関はもとより駐車場側のホテル側面扉も全て開放し屋上へ上がれるようにすること。

3、ホテルにある水や食料、布団類をすべて無償で供与又は貸与すること。

4、この申し入れの趣旨を公園内に告知して頂くこと。

5、避難民が浜、駐車場側からホテル側面扉に殺到すると思われるが、低い旧堤防があるので、ホテル側面扉側にゆるい階段(数メートル幅)を設置すること。

6、上記趣旨につき県と当社との間に何らかの協定書を締結すること。

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2012年8月 4日 (土)

迫害は続く 海の駅への焼き打ち

News & Letters/302

     海の駅の焼き打ち

反革命分子はついに海の駅を炎上させるに至った。
7月26日午後10時50分ごろ、卑劣な犯罪者は、海の駅の勝手口の錠前をバールのようなもので破壊し、建物に侵入してレジスター周辺で放火し、勝手口のドアも閉めずあわてて逃走した。火はやがて建物の内部をほぼ完全に黒こげに焼いてしまった。

なにゆえの放火なのか。これが、「脱沢山」路線を追求する反革命分子の最後の仕上げであることは間違いないだろう。この建物が建つ迄、年間2万人程度のビジターだったこの白浜の緑地公園が、ここ4年間ぐらい毎年10数万人以上のビジターでにぎわっていた。今回の襲撃はそれの繁昌ぶりを見て我慢するのが出来ない連中の仕業であろう。

「脱沢山」とは新聞社の造語だ。福祉や教育への手当を打ち切り、失業対策事業をやめ、農林水産の産業復興施策をストップし、温浴施設を打ち切るなど観光事業に打撃を与え、わずか1年かそこらで厖大な借金の山を築く。これが「脱沢山」だ。

産業復興のシンボルであった海の駅を何とか消し去るというという行動・放火は、その「脱沢山」の当然の延長線にある。東洋町は泣いている。

以前その新聞記事は、海の駅は地元の商店街を圧迫しているとかき立てた。
しかし、出店者は、日曜市組合をはじめ地元や近隣の生産者や商売人が中心であり常時50人、不定期の出店者も含めると数百人に上る。今みんな路頭に迷っている。

例えば、4,5年前には東洋町には魚屋はつぶれて無かった。海の駅が出来てだんだん復活し5軒ほどの魚屋が新鮮で安い地場の魚を商うようになっていた。それを目当てに地元はもとより近隣市町村から多くのお客が集まっていた。

それがどうして地元商店を「圧迫」しているというのであろうか。そのような嘘八百を記事に書くことこそ、地場産業を圧迫し、今度のような海の駅焼き打ち行為をあおり立てることにつながったのではないか。

反革命分子らは、自分らの「脱沢山」路線が大方の住民のひんしゅくを買い、怨嗟の声が高まる中で、腹立ちまぎれの反撃の対象として海の駅を標的に選んだのであろう。
東洋町の歴史の中でこれほど大きな凶行はなかった。

5年前、核廃棄物の呪いを払しょくしたのに、今またこのような反革命の攻撃にあっている。反革命に魅入られた東洋町こそ悲しけれ。

だが、われわれはいかなる迫害にも負けないだろう。迫害の業火によって我々の魂はいよいよますます固く鍛錬されるであろう。われわれのゆく手にも、花は、花は咲く。

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2012年3月 9日 (金)

独断専行の「新・町政」の問題点

News & Letters/290

風邪をひいて3日間も寝てしまい体力を消耗しました。やっとパソコンの前に座っています。

最近の高知新聞で、突如として沢山町政の福祉無料施策の大半が全廃されたという記事が出ました。東洋町執行部が3月議会への議案でわかったことだ。

福祉無料施策が実行されていたという記事はこれまで全く出ていなかったから読者は初めて、沢山町政4年間で、教材費無料から給食費無料や医療費無料、米の配給実施等たくさんな福祉無料政策が実施されていたという事実を知らされたわけだ。

一つ一つの福祉無料の事業の開始や実施が報道されず、ばらまきだとかいうさんざんな悪口雑言を書き連ねそれで選挙キャンペーンまでやった新聞の「脱沢山」の総仕上げが無料施策の全廃報道だ。ざま見ろと言いたいのであろうか。

しかし、県民はバカではない。新聞を拾い読みすれば「全廃」された施策の一部でも何であったかがわかるから、澤山町政の本当の姿勢がわかったであろう。
新町政は、過去一年間は澤山が組んだ23年度予算を実行してきた。

だが、24年度は新町政の作成した予算だ。それは、福祉や教育予算をぶち切っただけではない、あれだけ澤山が力を入れてきた失業対策も
ほとんど切ってしまった。
漁業や農業への施策も見るべきものは一つもない。
そして、光ファイバーに14億円を投入するという事で大幅な借金財政に急旋回を開始した。澤山は4年間かけて10億円ほど借金を減額し健全財政を堅持して来たが、新町政はたった1年で10億円の借金を積み上げた。

新聞が拾い上げた一つの積極施策は、澤山が凍結したというサーファーへの助成金を200万円差し出したという話だ。ほとんどが県外であるサーファーへのサービスには熱い思いをかけ、町内のお年寄りや子供たちへのサービスは打ち切る、確かにこれは斬新な行政の在り方だ。福祉打ちきりでは大阪の橋下に似ている。

澤山も最初は徳島方面のサーファーに助成金を出していた。しかし、実績報告書を挙げてこなかった。ほとんどの補助金は徳島方面で使われていた。
澤山は、補助金を出す条件として町内での宿泊と弁当も町内仕出し屋利用を出したが、にべもなく断られた。だから、その条件が満たされない限り助成金は出せないと言明したのだ。

観光協議会とかにも400万円の補助金を出すという。澤山町政では観光協会に30万円出したが、何もすることもなく年々そのほとんどが残っていた。

県の観光振興課では、東洋町の観光拠点施設として海の駅とホワイトビーチホテルを挙げている。いずれも私が経営している施設であって、新町政や議会が口をきわめて非難攻撃をしている施設だ。

しかし、東洋町の観光施設は生見海岸の民宿街と白浜のホテルと海の駅が主力であることは誰でも知っている。中でも、年間10数万人ものお客が来る白浜海岸が東洋町の観光の拠点であることは県の統計でも明らかだ。その海の駅やホテルを除外して何の観光というのであろうか。

リボルト社や沢山町政へのヒステリックな攻撃の現実は、「町内融和」と地元出身を二枚看板にして当選した新町政と大きく矛盾するものであり、その新町政は、独断専行型の町政を敷いて町民を犠牲にした財政破たんの道を歩んでいくであろう。冷酷な福祉打ち切りを実行する現実を前に、新町政に期待した多くの町民が離反することはすでに見えている。

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2011年7月27日 (水)

青少年旅行村の話

News & Letters/262

 今から数十年前にもなろうか、昭和40年代に全国各地で政府の補助金をもとに青少年旅行村という施設が造られた。今でも、四国や九州に散見する。東洋町にも建設された。政府によって東洋町も選ばれたのである。その旅行村が設置されることが決まった時の新聞報道を見ると当時の安岡一郎助役が喜びのコメントをしている。

  当然東洋町もその施設の管理条例や規則を作った。
  その施設は東洋町白浜地区の海岸部に中央管理棟があり、町内にキャンプ場や付属施設が設けられている。
  中央管理棟は、木造であるが当時としては巨大な施設であり、中には事務所のほかに宿泊施設もあった。

  現在も条例もあり、その運営のための特別会計もある。キャンプ場も一応あり夏にはにぎわっている。だが、中央管理棟が存在しない。

  中央管理棟のあった敷地には今、私が勤務している5階建てのホテルが聳立している。
  中央管理棟は平成6年ごろに町によって破却され、跡地は整地され測量されて、そして、民間企業に破格の値で売り飛ばされていた。民間企業はここに白亜五階建てののホテルを建設した。

  これは完全な犯罪行為であった。
  それに関与した元職員や現職職員は、素知らぬ顔で開き直って高知新聞社が言う「脱澤山」活動にまい進してきた。

私は、売り飛ばされた青少年旅行村中央管理棟の失地を回復するために、政府の交付金でこのホテルの買収を試みたが、議会が反対し議案を否決したので、やむなく第三セクターであったリボルト社に買わせた。その時私は人生初めて給料などをかたにして、銀行から多額の借金をした。

 そして、そのホテルの2階部分を借りて、そこに青少年旅行村の事務所と宿泊施設を設置した。それで、東洋町の青少年旅行村の条例の事業は回復し、政府にも世間にも顔向けできるようにしたのである。
   
  ところが、高知新聞が「脱澤山」の一つの重要成果として書き立てたようだが、東洋町の新執行部は、ホテル2階に設置したその青少年旅行村の宿泊施設と管理事務所借り受けの契約を一方的に破棄したのである。
  キャンプ場の運営はそのままリボルト社に委託することを継続しているが。

契約破棄にも手続きルールがあって、一方的には破棄できないが、それよりも何よりも条例や規則で定められている青少年旅行村の宿泊施設などは何処にあることになるのだ。リボルト社との契約を破棄したからといってそれで能事終われりという事になるわけはない。政府の台帳では今でも東洋町に青少年旅行村が存在していることになっている。ホテルのあるところは、町の台帳には行政財産のままである。

  何よりも、条例はどうする?条例は町民の代表が作ったもので、町の意思の具現化したものであり、執行部はその条例に定められた事業を執行する義務と責任がある。
  宿泊施設をまったく廃止したいのであれば議会で条例改正の手続きをしなければならないし、政府にも届け出る必要がある。

何の故にか澤山の生霊に悩まされ「脱澤山」に血道をあげる高知新聞の室戸市局長は、よく反省してみよ。「脱澤山」の主張をすることは、例えば、この青少年旅行村の政府の補助金をないがしろにし、白昼公然と何の手続きもせずに公共施設を破壊して公有地をたたき売った手合いを擁護することになるのであり、そうして、現在、付属物だけでその中核が空虚になった施設(存在しないのに存在している)を表示する虚偽の条例を擁護することになる。インターネット上に表示された東洋町の青少年旅行村、宿泊料金まで掲示されているが、そこに宿泊したい、施設はどこにありますかという問い合わせがあった場合、町職員はどうこたえるのであろうか。
  今年はやっていません、をペテン的に毎年繰り返すことしかできない。

  それでは、澤山町政以前はどうしていたのか。
  もちろん条例はそのままだ。

  それは驚くべきペテン的手法を使って、世間をごまかしてきたのである。
  この青少年旅行村(現ホワイトビーチホテル)の南側に東洋町自然休養村という施設がある。この施設は整備されず、使い物にならなかったものを私の時代に政府の交付金を当てて温浴施設付きの宿泊研修施設に変えたものだ。

  長い間、この施設を青少年旅行村とも呼んでお茶を濁していたのである。
  ようするに自然休養村に二枚看板を掲げさしたのだ。両者は、補助金の出た管轄官庁が相違する別々の施設だ。いっしょくたにしていいわけはない。
  中央管理棟を滅却したのでキャンプ場の受け付けなど青少年旅行村の業務は、この自然休養村で行うことにした。だから、青少年旅行村を売り飛ばし、それが引っ越してきたので、今度は自然休養村が乗っ取られて消えたという状態になったのである。
  新執行部は、この様な反社会的なペテンを又しても繰り返すつもりかもしれない。」
   
   
  報道は、そのような反社会的な事象をこそ追及し、行政の姿勢を正すべきであろう。
  そのようなまじめなことを室戸市局長に期待するほうが馬鹿という事になろうか。

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2011年4月 8日 (金)

統一地方選挙及び町長選挙

News & Letters/237

統一地方選挙が始まっている。
東洋町の町長選挙は4月19日告示、24日投票です。
今回の町長選挙はきわめて静かなものになると思います。

福島の災害や原発のこともあるので、町内を騒がせないように、
町民一人ひとりに話しかけるような選挙になると思います。
行事は粛々とせねばならないが国民的な服喪中であることを忘れてはならない。、
マイクでがなり立てたり、大勢の人が気勢を上げるというようなことはやめましょう。

選挙の課題は、前回と同じです。

①核や自然災害(南海地震と大津波)にどう対処するのか

②福祉・教育と産業復興をどうするのか です。

前回は特に①が緊急の差し迫った大きな課題であったが、今回も東北の震災によって引き続き大きな課題になってきました。
津波からどのようにして町民の命を守るのか、施策を計画しています。

今建設してきたまたは建設予定の4基の鉄骨の避難高台を、さらに増やして合計で8基建設し、野根と甲浦の山の上にそれぞれ地域防災センターを建設し大勢の人を収容できるようにします。

宝永の時代には、大津波によって東洋町の甲浦や白浜は人家が滅亡したという記録があります。

必ず津波は襲来してくるものとしてこの数年間に体制を整えなければなりません。これは一種の戦争です。

行財政改革の方向は基本的に定まった感じです。日常行政はもう職員に任せても大丈夫です。

週1回の庁議と各課との臨時の協議で十分やっていけます。福祉行政も定着しています。

私は防災対策を最重視しながら、今後は、産業復興という大仕事に取り掛かろうと思います。

それは第1次産業、農林業と漁業を基軸にして、それに商工観光です。
現場に出て事業推進に尽力しようと思います。私自らがやらずに人を頼みにしていては道は開けない。

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2011年3月12日 (土)

津波

News & Letters/225

三陸沖でついに巨大地震と巨大津波が起こった。
被害は甚大であり深刻だ。

私は、数年前から吉村某のドキュメント三陸沖の津波の小冊子(文庫本)を役場で勉強してきた。

私はこのドキュメントを読んで戦慄した。これ以上にいい津波の資料はない、と思ったので職員に配布した。
昇進試験にもこのドキュメントを資料として使った。そして、津波避難用の高台の建設に力を注いできた

いま、テレビではあるが目の当たりにその三陸沖の津波の脅威を見ている。
海に面した東洋町内の甲浦と白浜と生見と野根の海岸に鉄骨の避難高台の建設を急いできた。

すでに二つが完了し、あと二つも入札を間近に控えている。もっと作らねばと思っている。

私は海岸部の集落にはすべて10メートル以上の避難高台を建設するべきだと思う。
広大な0メートル地帯を持つ高知市などは数百ヶ所にそれを建設しないと、津波での溺死者がいかだを組んだように浸水に浮かぶということにもなりかねないだろう。
     
   スリーマイル島

福島の原発が危ない。冷却装置が稼動しない。放射能が放出されている。燃料棒が損傷していることは明らかだ。
津波や沖合いの地震は大きいとはいえ、陸上での揺らぎ具合は想定内の数値だ。

実質上スリーマイル島事件が起こっているし、少なくともそれに発展する可能性が大である。
地震のたびに、地震の打撃だけでも大変なものであるのに、その上にその地震を上回る巨大な放射能被害が迫ってくる。
    
    三志士像

県からアンケートが来た。何かというと、桂浜に坂本竜馬と一緒に中岡慎太郎と武市半平太の像を建てるのはどうおもいますかということだ。私は大変結構な企画だと答えた。それに反対する人の気が知れないし、そんなことでいちいち私らにアンケートをとるという人の気も知れない。よほど暇なんだなあというのが私の感想である。三志士像を建設するというのは一つの立派な企画であり、けちをつける理由はない。歴史に根ざした観光振興は結構なことだ。銭があれば。

そんなことより、人はもっと大事なことがあるのではないか。
今回の津波の映像を見てみよ。数万人の市町村の街中に、数メートルの堤防があるだけで、避難する高台はほとんどない。
低い木造の家屋は全部なぎ倒されていた。わずかに残る役場や病院だけが残っていた。

政治や行政は、災害対策をもっと政争の課題とすべきだし、マスコミも、災害対策とその実績をもっと報道の焦点に取り上げるべきであろう。坂本竜馬らの三志士像問題などをでかでかと一面記事にするのではなくて、財政力の極少の東洋町が次々に建てている避難高台を見上げてみてはどうか。

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2011年2月23日 (水)

海の駅の最近の実績

News & Letters/220

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海の駅東洋町の実績は好調であり、すでに昨年度の実績を超えたと思われる。

私の過ちで大変迷惑をかけている状況で従業員や出品者がよく忍んでがんばっている。

   海の駅東洋町の2月売り上げ表(下記PDFファイルをクリックください)

 「toyo-uminoeki-uriage.pdf」をダウンロード

ホテルも昨年一昨年のこの時期としては断然盛況である。温浴施設も冬場はどうかと心配していたが、だんだんに固定客が増え客数全体が安定的に上がっている。

ホテルが困るのは食材の確保だ。予約状況が数日単位でしかつかめず、ホテルの冷蔵庫が1週間分程度しか保管できない。

米や野菜や魚は地元で相当確保できるが、そのほかのホテル用食材を地元で適宜(速やかに)、大量に購入することはできず、どうしても高知市や徳島に出向かねばならない。今の客の入りでは、1週間分の食材もあっという間に消費してしまう。

ホテルは、一昨年9月から、3年目でようやく経営が板についてきたといえる。まだまだ、収益を上げる工夫をし経費節約しなければならない。シベリアの俘囚となって冬に耐えた父など多くの兵士たちのことを考えて忍ばねばならない。

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