ふるさと産品の開発

2020年9月17日 (木)

ふるさと納税のまやかしさ、いかがわしさ

私は、菅総理のアイディアで成功例とされるふるさと納税は邪道であると批判した。しかしこのアイディアで菅は大分地方票を集めたようだ。

他候補もマスコミもこのふるさと納税(脱税)を批判するものはいない。
官僚が抵抗したようであるが、その意見も公表されていない。
地方を活性化するには、地方交付税交付金を増額・充実する方策をとるべきだ。

例えばふるさと納税をごく単純に絵解きをすると、ここに100万円の納税義務のある者(多分金持ち)がふるさと納税で100万円を寄付すると、返礼品という形で50万円返ってくる。すなわち50万円節税したことになる。

「ふるさと」という市町村には50万円は残る。
しかし、市町村全体の税金としては50万円しかとれず、50万円損失(納税者が得)したことになる。

元のように100万円徴税して、そのうち指定の「ふるさと」に50万円交付し、残りの50万円を元の市町村に残す方が正常ではないか。「ふるさと」に交付された50万円を地場産業の振興(たとえば産物の価格抑制の補償、漁船の燃料費の軽減、産物発送料の公費負担など)に使えばよい。

現行のように調達する返礼品で地場産業に金が回るとしても、それに相当する正規の交付金の支給で地場産品の生産・販売の増進を図るべきであろう。

小さな市町村で十数億円以上のふるさと納税を集めているところがある。
奈半利町は別格として、室戸市もそうだ。例えば返礼品のマグロなどは、市内では取れない。

そこで返礼品供給者一覧表を見ると市外の大きな水産会社の名前が出てくる。
これでは地場の産業復興には何の役にも立たないだろう。地場産だといってウソがまかり通る。

ふるさと納税は結局金持ち富豪層の公認の脱税方式でありこれが何千億円、何兆円の巨額になれば大きな財政上のひずみ(損害)となろう。菅はこの富豪たちのための脱税制度を作って得票を伸ばしたのである。獅子身中の虫だ。

マスコミはふるさと納税に抵抗した官僚の視点を隠ぺいし明らかに国全体の税収が大幅に減少している事実を報道しない。

今回の自民党総裁選の主役、安倍、菅、二階のこの三人は、河井安里議員の選挙における1・5億円の大買収作戦の真犯人であってこのことは誰の目にも明らかである。まともな国家であれば、すでにブタ箱に入らねばならない連中であるが、腐りきったマスコミはこれも隠ぺいしかかっている。

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2020年7月23日 (木)

奈半利町職員の贈収賄事件

果たしてこの事件で贈収賄事件が刑事犯罪として成り立つのであろうか。

ふるさと納税の金を返礼するとして一つの自治体の返礼品業務を親族企業が大儲けするように仕組み、その大儲けを担当職員自身ら親族が山分けした、という事件である。

贈賄側は柏木雄太の叔父夫妻である。

第1に、雄太が叔父の精肉店を返礼品の精肉購入先に指定したのは違法であるのか、業者や品物の指定には、何の法的規制も作られていない。 

第2に、その時の精肉の取引値段が通常よりもはるかに高額であったことは違法性があるのか。業者が品物をいくらで取引するかは、全く自由である。

第3に、叔父夫婦の精肉店が儲けた多額の金の大半を寄越せといって雄太親子が取った行為は如何なる刑法上の犯罪に当たるのか。
 分け前について当事者らが合意しておればだれが文句を言えるか。
事件の全容から判断して、叔父の精肉店が権限ある公務員に賄賂を渡し(あるいはそれを約束し)精肉店に有利な取引をさせたという構図ではない。

公務員である雄太が、利益の大半を手に入れるために返礼品の業務の仕組みを作ってそれを実行した、というのが真相だろう。叔父夫婦や父母などは雄太の計画の道具として使われた、ふるさと納税の金の流れの一時的受け皿、そのごちそうのおこぼれに預かったということだ。

ではこの雄太が作った業務の仕組み、その仕組みを作って巨額の利益を得た公務員雄太の所業は、刑法では第何条に抵触し、そして第何条の罰条に当たるのであろうか。

ふるさと納税の金を、巧妙な業務の仕組みを使って横取りした、詐欺か横領の罪に当たるのではないか。

ただ、雄太は、この行為も雄太が意図的計画的に仕組んだのではないと言い張るだろう。結果としてこうなった、金は叔父夫婦がやるといったので受け取っただけだというだろう。

いづれにしても、贈収賄事件で立件するのは無理があると思われる。さりとて、無罪というのも納得できないだろう。そして、このような犯罪的な業務の仕組みを野放しにしてきた町長ら町執行部の責任は免れない。

少なくとも雄太らが手にした金は町に残るはずの金である。町が巨額の損失を被ったことは事実であるが、町会議員や町民からその声が上がっている様子はない。。

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2020年7月 4日 (土)

ふるさと納税最高裁判決

確かに、安倍政府の泉佐野市などへのふるさと納税の新法律適用には違法性がある。だが、泉佐野市のふるさと納税制度を使った通販的商行為は、地方自治法の趣旨に違反しているから、勝訴はあり得ない。

都道府県や市町村など地方自治体の業務は地方自治法第2条の2に包括的、例示的に示されていて、地方自治体そのものが商法501条などでいう商行為をすることは許されていない。

寄付金に対する返礼品という範疇を超えて、寄付金に相当する豪華な返礼品を品揃えしこれを不特定多数の人に展示して寄付を誘致するとなると一般の通販と同じであり、商行為である。少なくとも地方自治法に違反している。

泉佐野市や奈半利町は、ふるさと納税の法制にこのような通的商行為が規制されていなくても地方自治の本旨に基づいて自ら規制するべきであったし、政府の処分に対し提訴する資格はなかったのである。

しかし、他方、ふるさと納税制度は、地方自治体同士の共食い制度であり、この制度を作った国自体の無責任かつ狡猾な政策が弾劾されるべきである。
もともと地方の自治体からは、人口を養っても成年になれば大半が都会に移住し都会で働いて税金を都会の自治体に落とし、年取って田舎に帰った人口はまた多大の費用をかけて地方の自治体が面倒を見なければならない、という事情について不満の声があった。

これらの問題は地方交付税交付金で是正されるべきであって、現行のふるさと納税のような偏奇な制度で代替されるものではない。
ふるさと納税制度は直ちに廃止するか、5年程度の時限立法にし収束させるべきである。

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2020年5月12日 (火)

奈半利町のふるさと納税偽装事件

奈半利町の組織的なふるさと納税への返礼品の割合が偽装されていた問題について高知県濵田知事は、奈半利町を信頼していたとして県の責任を否定した。
これでは県の存在意義が問われる。

産地については、確かにチェックしがたい。よほどのことがない限り信ずる以外にないだろう。
しかし、返礼品の内容と価格は妥当かどうかは容易に評価できる。
県庁の機能は、県独自の政策の展開と、もう一つは監督官庁としての役割だ。
私はかねてより県独自の行政施策は縮小し、それらは極力市町村や市町村の広域連合体に移譲すべきで、県庁は、監督機関としての役割を強化すべきであると主張してきた。その監督機関の役割が極めておざなりで存在感が見えない。

奈半利町のふるさと納税の場合を含め、県庁も県議会も県下の市町村への補助事業や漁協など各種団体の運営上の監督責任をないがしろにしている状況が目に余る。

県立大学の図書の焚書事件などもそうだ。大学の一方的なせいにして遺憾だ残念だという評論家だ。

しかし、国の法律では、現在の大学法人に移行しても従来同様に県の大学法人への監督責任は日常の運営や人事、財産管理、中長期の計画作成に至るまで県知事の承認、指示が法令化されている。

新聞もこの県庁のずさんなありようについてほとんど問題にしていない。
県の監査委員会に住民監査請求しても却下、却下の連発である。
裁判所では監査委員の却下の処分は間違いだという判決がでても素知らぬ顔である。

奈半利町の事件の偽装はおそらく奈半利町だけではないであろう。
ふるさと納税の制度自体に問題がある。

地元産業振興に納税を絡めるのがいいのかどうか。ある特定の市町村に寄付が増えてもその分税金が減少する市町村があるのではタコが自分の足を食っているのと同じでないか。

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2020年3月 5日 (木)

高知県奈半利町のふるさと納税事件


ふるさと納税で驚異的な好成績を上げていた奈半利町幹部職員が、
業者と結託し、不正を働いていたとして、逮捕された。

事件の背景を考えてみる。
まず第一に言えることは、この納税によって役場がじかに営利的営業活動の拠点になっていることである。

実質的に普通の企業と同じように、商品を並べ顧客を募り販売する。公務員が商売をするのである。
寄付を募るとはいえ、公務員が商売をするのは邪道であろう。この制度自体が邪道なのだ。

寄付は寄付、商品の販売は商売で、税金の問題を介在させるべきではない。寄付が増えて大儲かりする市町村の一方で税収が激減する市町村も出てくる。

また、見返りの品を整え送付(販売)するのに業者と結びつく。その結びつきには何らの法的規制はないから、担当公務員と、人気の商品を提供する業者との癒着が当然生まれる。
公務員を営利活動の担当者にする制度をやめるべきである。

市町村内で商売を活発にさせるには民間に力がない場合、行政が会社や第三セクターを立ち上げる必要がある場合がある。
このふるさと納税の制度を続けるにしても、行政がじかに営業するのではなく、民間を引き込み営業・企画活動は民間にしてもらうべきだ。行政はこれを援助したり監視したりする立場に置かねばならない。

ふるさと納税の制度を作っても、それを実際に運用する制度も設計しなければ行政機関が不正な利権の温床となり、有能な公務員が巻き込まれる。毎日利権の波の中で身を保つことは 難中之難無過斯だ。

奈半利町の事件は、菅現官房長官の設計ミスだ。

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2019年8月25日 (日)

高知県知事


尾﨑知事が、3期目を終わって国政に転出するということで知事職を辞するとのことだ。
後釜も用意しているという。権力の私物化も極まった感じだ。

東大→大蔵省(財務省)→知事→国会議員→大臣 というエリートコースのために知事職を利用したのではないか。

尾﨑氏に聞きたい。あなたは高知県勢浮上のために何をやったのですか。
何もやらなかった。12年間空気のように知事の姿が見えなかった。全国最低水準の県をそのまま維持管理する官僚にすぎず、経済はもとより、文化、教育、スポーツ、そして医療福祉、防災など・・・・あらゆる面で高知県を低迷させ続け人口も激減させた。

農産物・水産物でさえ、高知県は1千億円の入超だ。第一次産業で黒字にならなければ、何をもって黒字にできる?
地元では他県からの農産物を買って巨大な赤字をきたしているのに、何が地産外商だ。銀座に開店してどれ程もうかったのだ。

イオンだのなんだのという県外の巨大量販店を野放しにするのではなく、高知市内に、県下東西の農産物・魚介類を集めて売る地場産センターの一つでも作るべきではなかったのか。
農産物などの生産が第一義的な県で、その第一次産業で入超などという経済構造、この抜本的な改革なしに県勢浮上はあり得ない。

私が東洋町長であったとき、県下の市町村長が知事に召集された会議で、この点を指摘したが、尾崎知事は無反応であった。

格好はいいし弁も立つたが、無為無策、無能のそしりは逃れられない。所詮秀才おぼっちゃま知事ではこの最低県のかじ取りは無理であった。
これが国政に出て何ができる?尾崎さんはまだ若く健康で秀才だから、民間社会に出て辛酸をなめてからやり直すことができる。

高知県の知事は、もっと企業家的性格の政治家が必要だ。竜馬のように表面でちゃあちゃあするタイプではなく、地下をはいずり回って舞台のお膳立てをする慎太郎のような泥臭い政治家が必要だ。

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2012年8月 4日 (土)

迫害は続く 海の駅への焼き打ち

News & Letters/302

     海の駅の焼き打ち

反革命分子はついに海の駅を炎上させるに至った。
7月26日午後10時50分ごろ、卑劣な犯罪者は、海の駅の勝手口の錠前をバールのようなもので破壊し、建物に侵入してレジスター周辺で放火し、勝手口のドアも閉めずあわてて逃走した。火はやがて建物の内部をほぼ完全に黒こげに焼いてしまった。

なにゆえの放火なのか。これが、「脱沢山」路線を追求する反革命分子の最後の仕上げであることは間違いないだろう。この建物が建つ迄、年間2万人程度のビジターだったこの白浜の緑地公園が、ここ4年間ぐらい毎年10数万人以上のビジターでにぎわっていた。今回の襲撃はそれの繁昌ぶりを見て我慢するのが出来ない連中の仕業であろう。

「脱沢山」とは新聞社の造語だ。福祉や教育への手当を打ち切り、失業対策事業をやめ、農林水産の産業復興施策をストップし、温浴施設を打ち切るなど観光事業に打撃を与え、わずか1年かそこらで厖大な借金の山を築く。これが「脱沢山」だ。

産業復興のシンボルであった海の駅を何とか消し去るというという行動・放火は、その「脱沢山」の当然の延長線にある。東洋町は泣いている。

以前その新聞記事は、海の駅は地元の商店街を圧迫しているとかき立てた。
しかし、出店者は、日曜市組合をはじめ地元や近隣の生産者や商売人が中心であり常時50人、不定期の出店者も含めると数百人に上る。今みんな路頭に迷っている。

例えば、4,5年前には東洋町には魚屋はつぶれて無かった。海の駅が出来てだんだん復活し5軒ほどの魚屋が新鮮で安い地場の魚を商うようになっていた。それを目当てに地元はもとより近隣市町村から多くのお客が集まっていた。

それがどうして地元商店を「圧迫」しているというのであろうか。そのような嘘八百を記事に書くことこそ、地場産業を圧迫し、今度のような海の駅焼き打ち行為をあおり立てることにつながったのではないか。

反革命分子らは、自分らの「脱沢山」路線が大方の住民のひんしゅくを買い、怨嗟の声が高まる中で、腹立ちまぎれの反撃の対象として海の駅を標的に選んだのであろう。
東洋町の歴史の中でこれほど大きな凶行はなかった。

5年前、核廃棄物の呪いを払しょくしたのに、今またこのような反革命の攻撃にあっている。反革命に魅入られた東洋町こそ悲しけれ。

だが、われわれはいかなる迫害にも負けないだろう。迫害の業火によって我々の魂はいよいよますます固く鍛錬されるであろう。われわれのゆく手にも、花は、花は咲く。

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2011年10月 8日 (土)

高知新聞糾弾状2

平成23年9月8日高知新聞地域報道部長への

糾 弾 状

高知新聞の㈱東洋リ・ボルト及び同社社長澤山保太郎に対する業務妨害及び誹謗中傷記事に対して徹底糾弾をする上で、執筆者の室戸市局長真崎裕史記者と責任者として岡村啓太郎地域報道部長に9月8日午後東洋町に来ていただいて、おおよそ次の内容の糾弾を行った。新聞社は今後適正な記事を書いてゆくつもりだと答えた。糾弾の内容は以下の通りだ。

一、産地表示事件について二つの高知新聞記事、とりわけ8月30日高知新聞朝刊記事について

   1、落花生などの誤表示事件

 1月の落花生事件では、リ・ボルト社が徳島の八百屋から産地等一切の表示のない落花生と干し芋を購入した際、購入先の県名を産地として表示した誤りがあったことは事実であるが、高知新聞はこれをことさら大げさに取り上げ、われわれがあたかも産地を偽装して販売したかのような記事を書いた。

     元の徳島の八百屋の産地無表示の事実については一切報道せず、これを擁護した。

  件の八百屋は、県の立ち入り検査を受け一定の行政指導か何かをうけているの  であり、その証拠に店内に、産地表示についての謝罪と落花生及び干し芋の販売中止を掲示していた。公正な報道であれば当然海の駅が商品を購入した元の八百屋の問題性も指摘するべきはずであるが、一方的に問題の八百屋の話を好意的に報道し、海の駅だけを攻撃した。著しく不公正だ。

  その八百屋こそは落花生らがどこの産地であるか知っていたのであり、故意に産地を表示しなかったと考えられるものである。

  過誤を犯すものがたくさんいるとしてそのうち誰を攻撃してももちろん構わない。

  人は、政治的、思想的傾向に基づいて、あるいは個人的恨みでもって数ある犯罪や過失の中から特定の人を選んで攻撃することは自由だ。しかし、報道機関は自由ではない。報道機関は事案について公正な取り扱いが求められる。他の地域では何が起ころうと問題にしないが特定の地域の犯罪については徹底的に大きく報道する、とか、一連の事件で、2社が関連して起こしていながら、他方の会社については何も問題にせず、片方の会社の事だけ書きなぐる、という事では報道機関とはいえない。

     記者らから落花生等の事件を聞かされてから、澤山は町長として町役場の公用車で海の駅の店内とリ・ボルト社の倉庫を探索し、二つの商品の残りをその車に収容した。

その車を町の温浴施設の駐車場に置いて、さらに関係者の話を聴取していた。そこは人通りのある場所で車の荷台や座席は誰でも除く事ができた。

 新聞記者がたずねて来たので、その車の荷台を開け落花生の袋と、さらに座席に置いてあった干し芋の残品を記者に見せ、写真を撮らせた。

所が、新聞記事は、問題の商品を澤山が隠蔽しようとしたかのような内容であり、さらに商品が箱に入れたものを仕入れたのに、そうでないといっていた。短時間のうちに前言を翻したなどと悪しざまに書いた。澤山は基本的に社長と記者とのやりとりの立会にはいっていたのであって、箱に入れた商品の有無について質問のやり取りが新聞記者と澤山の間であるはずもなく、第一そのような応答があったとしても、1個か2個買ったのではなく、数十個購入してきたから商品は全て何らかの箱か袋に入れられて販売され搬送されたのである。箱で買ったと言えばその通りであり、箱に入れたものを買ったとしてもそれらは個々にばらばらの袋であるから、箱買いではないともいえる。箱で買ったのかという質問に何の意味があるであろう。前言を翻すといっても前言の質問自体ナンセンスなのだ。

そこの八百屋で買う場合は、車に乗せる前に段ボール箱に入れてくれたが、その段ボールはほとんど外国産のバナナやパイナップルなどの空き箱であった。箱に印刷されている商品名と中身は大概違っていたのである。

     最後の日に仕入れた落花生は中国から直輸入したと思われる梱包物であった。

その事については購入したリ・ボルト社の社長も気が付いていない。

要するにその梱包物は1週間以上開封されず倉庫に入れたままであって、一殻も売られていない。落花生を担当している販売員も触っていず、何物か知らなかったという。

今までは、落花生購入は100グラムほどの透明の子袋か、赤ちゃんほどもある大きな透明の袋入りであった。それは店の高い棚に載せてあって、こちらがあれをといって指をさして注文し、レジを通してから、店員が大きなカートに他の商品と一緒に載せて私が運転する車に載せていた。もちろんなんの表示もなかった。

最後に購入した中国直輸入と思われるその梱包物は、レジを通さず店長が裏の倉庫から駐車場の澤山の車に直接載せたという。その日澤山は、買い物にはまったく関与せず、となりにある本屋で本を物色して、帰る用意ができたという連絡であわてて駐車場に帰った。

社長はレジを通過する商品については全て把握していたが、裏の倉庫から店長が運んできた大きな箱については何の商品か知らなかったが注文した何かの商品だと思ったという。その時は既に夕暮れとなっており、たくさんの荷物を積んでそのまま運転して東洋町に帰った。すでに夜8時ごろになっていた。帰着して荷物を積んだまま車を置いて別の車で澤山は立ち去った。その荷物は当時の社長らによって倉庫にそのまま収容された。

翌日以降、倉庫に入れた商品を点検し仕分けして販売するのは海の駅等の社員であり、倉庫に出入りする社員は4、5人である。中国直輸入の梱包物はしばらくそのまま1週間以上は倉庫に置かれていた。

誰かが「偽装」するとすれば、そのままの形ではおかなかったであろう。

澤山が記者の取材のあと、倉庫に調査に入ったところ、密封された梱包物は、誰かが上部を垣間見るためにか少しはがしてあったが、ほとんど梱包されたままであった。よく見ると箱には中国語が印刷されていた。その梱包物については購入した社長も、運搬した澤山も中身がなんであるか知らなかった。倉庫によく出入りする落花生担当の社員も知らなかったという。

われわれは、徳島の八百屋に商品を外国から輸入することを依頼したものではない。

あくまでもその八百屋から仕入れようとしたものである。八百屋は中国のものであればそのように表示するなり、われわれに告げるべきであろう。そこの野菜や果物類は大概外国産品の段ボールに入れてわれわれに渡されてきた。中国語の段ボールに入れてあるから中国産と分かるはずだ、とか、産地表示のラベルは貼らなくてもいいという事にはならない。県庁も確認したが、そこの商店からの伝票を見ても産地表示は何もなかった。伝票にも産地表示は義務付けられている。われわれは産地を確認すべきであったが、真実の産地を知っている販売者がまずもって表示なり告知なりをするべきではないか。今でも、中央市場の卸商から送られてくる商品の伝票には産地表示の欠けているものが見受けられるのである。

     高知新聞は2月21日の朝刊で、われわれが購入した仕入れ先の店は産地表示をしていたと大見出しで弁護した。

高知新聞社に聞きたい、正しく産地表示をしていたものが、どうして県庁に指導されて店内に販売中止の告示をしなければならなかったのだろうか。

東洋町の担当職員が、事件の後徳島のその八百屋に行ったところ次のような張り紙が店内にしてあったので写してきたという。

徳島県くらし安全課よりラベル表示が適切でないとの指摘を受け、

しばらくの間、落花生と干し芋の販売を中止します。

仕入れ先が産地を誤って表示、または、まったく表示しなかったかであろう。

その八百屋の話では、商品を載せてある箱の中かふちに、段ボールの切れ端で中国産と表示していたという。

しかし、われわれはそのような表示は一切見ていない。落花生1袋120円とかの立て札は確かにあったと思うが、その立札に中国産の文字はなかった。東洋町の課長が高知新聞の記事の出たあと数日たって見に行ったが、落花生を入れた袋の箱にうつぶせになってその段ボールのような紙切れがあって、中国産と書いてあった。それで、それを起こして見えるように立ててきた、という。これが事件が判明してからのちの高知新聞が擁護する徳島の八百屋の産地の表示である。

われわれが購入に店に入っていた当時は、安くていいものがないか、眼を皿のようにして店内を見てきたが、他の国の名前や県名は見たが、中国産の産地名は見た覚えがない。

仮に段ボールの切れ端に産地を書いてあったとしても、それは正規の産地表示ではない。

高知新聞の記事には写真が添えられていてそれにはちゃんと中国産、落花生、1袋120円と表示した立て札が立てられている。しかし、新聞社が写真を撮った以外の時に、その段ボールの切れ端が産地表示をして置かれていたかどうかは分からない。置かれていても目につくように置かれていたかどうかわからない。事件直後でもぞんざいな形で置いてあって倒れて表示面が伏せられていたという程度なのだ。

落花生は加工品であるから、正規には商品1袋1袋に産地を含む品質表示のラベルが貼られていなければならない。果物のようにその近くに紙きれや厚紙か何かに表示すればよいというわけにはいかない。だから徳島の八百屋の落花生の表示はJAS法に則った表示はしていなかったのである。善意に見ても高知新聞はJAS法で示された加工品の表示基準を知らないのであろう。読者や消費者の多くもJAS法の定めなどは知る由もないだろう。

だから、読者は、高知新聞の写真で徳島の業者は立て札で品質表示をちゃんとしていたと感じるであろう

しかし、高知新聞朝刊平成23年2月11日号「(25頁)の写真の立て札をよく見てみると、横文字で小さい文字を含めると5段に表示がある。立て札は、縦25センチ、幅15センチ程度の長方形のものだ。すなわち、

中国産

落花生 

1袋  

 120

    

 この新聞に載った写真の立て札表示では、落花生以下の文字の濃さと中国産の文字の濃さは明らかに相違している。他の文字は鮮やかな黒であるが、高知新聞が「明記されている」と太鼓判を押す「中国産」の文字は薄くかすれた感じだ。

この立札の文字について合理的な推定は、①中国産の文字と他の文字は濃さの違うボールペンで書きこまれている、②中国産の文字を書いた時期が違う③それを書いた人も違うということだ。なぜなら落花生の生の字と産地の字の産の中の生という字の書き方が違っていること、落花生、1袋、円のそれぞれの字の横線が全て細くなっているが、中国産の文字は縦横の線は同じ太さである、だから、筆跡が違うので筆者が違うと考えられるのだ。

右下のにんにくの表示(にんにくの場合は加工品ではないから立て札だけでも構わない)は産地の表示文字と商品名や値段の文字は同じ濃さであるから、一枚の紙の上のそれらの文字が同じボールペンで同じ時に同じ人が書いたものと推定される。

落花生の立て札の文字の濃淡、特に産地表示の文字が他の文字と明らかに濃さが違う事実は誰も否定できないだろう。問題の表示であるだけにそこに不自然さ、すなわち作為を感ぜざるを得ない。新聞社の取材が始まったのちにあわてて産地名を書き足したと推定される。その作為には、お客さんには産地表示が薄くて気が付かなかったかもしれない、しかし、チャンと産地表示はしていましたよ、という店の弁解の声が聞こえる。

事実高知県職員の海の駅の確認書では、それは薄くて見えぬくかったかもしれないが・・・とその八百屋が社長に言いわけをしたという記録がある。

当時の社長に言いわけを言ったとしても一枚の立て札を書くのに同じ人がわざわざ違うボールペンを使ったという言い訳は通らないだろう。作為の歴然とした証拠に基づいて、徳島を擁護し、我々を攻撃する高知新聞。徳島の八百屋が「中国産と表示」という大見出しの唯一の証拠がこの写真に見る作為の痕跡だ。この写真を見ても、落花生の袋には何のラベルの表示もないことがわかるであろう。それが、違法だということは読者にはわからないし高知新聞室戸市局長にも分からないのであろう。

文字の表示を商売にしている新聞屋の頭に、1枚の紙の上に書かれた産地表示の文字と他の文字の明らかな相違について、書いた時期が違うのではないかという疑念がどうして浮かばなかったのであろうか。われわれには産地を偽装する必要性はなかった。

われわれは間違った表示をしたことは確かであるが、高知新聞がわれわれを産地偽装だと攻撃する根拠は何もない。徳島の業者は、店頭でその商品を天日乾燥をしていたから、当時のリ・ボルト社長らは徳島で加工して製品にしている、自分所で製造しているから産地表示を省略しているのだ、だから徳島産と考えて販売したというのであった。

安く仕入れられたので安く販売した、せいぜい300グラムかそこらで販売価格が150円程度で20円程度の利を取っていたのであるから、海の駅の手数料15パーセントを除いたり、傷んだものを差し引くと仕入れて販売したリボルト社にはほとんど利益はのこらない。ほとんどない利益、あってもわずかな利益しかない仕入れのために「偽装」までしなければならない動機はあり得ないだろう。それでは中国産を隠そうとしていたのか。しかし、中国産品は、他種類の落花生や春雨や小豆など多数の商品を同時に海の駅で販売しているのであるから、われわれが中国産であることに引け目を感じこれを隠そうとしていたということにもならない。

あたかも中国産の商品を意図的に産地偽装して販売していたという高知新聞の記事はほとんどでっちあげだという事になる。

     高知新聞はでっちあげを補強するために、その中国産の落花生が薬臭いという話を付加した。薬臭いという事になると、農薬などの薬品が残留又は混入していたということになり、商品のイメージ、販売店の信用性は致命的である。

薬臭いという事実は全くない。薬物は何も入っていない。

海の駅の販売員は毎回大袋に入った落花生の封を開けて匂いを嗅いでいるが、香ばしい落花生のにおいがした、他の異臭はなにもなかったと証言しているし、大阪の中国の領事館や中国の落花生出荷工場に問い合わせても、その落花生については薬物混入や農薬の残留はあり得ないという回答であった。中国では今は出荷については厳しい検査をしているし日本でも中国産品について厳しいチェックがなされているという。

われわれは、中国山東省の「山東糧花生製品進出口有限公司」という出荷先に問い合わせた。その企業体の回答では、「この商品は100%落花生で、添加物は一切使いません。」といい、加工工程も明示してきた。

誰かが、薬臭いと言ったとしてもそれを記事として書いた場合どうなるか。

人が根拠もないことを口走ったからと言ってそれを記事にするからには、記者そのものがその記述の責任者である。誰それが泥棒だとか、売春婦だとか言う話を聞いたのでそれを記事にした、何が悪いのだ、と言えるだろうか。あくまでもその話が事実かどうか記者自身が確かめなければそんなことを書けるわけはない。

生産元や製造元を尋ねるなり、うわさの根拠を確認するべきだ。

海の駅が売った落花生が、薬の臭いがしたという人が本当にいたのかどうか、さらに、その人の話が真実なのかどうか、高知新聞は如何なる根拠で薬物の話を載せたのか、説明しなければならない。このような悪質なでっちあげを平気でするのは週刊誌以下であり、新聞というレベルではない。

   2、キャベツ事件

本年7月から8月にかけて海の駅に商品を持ち込んでいる地元の出店業者が、群馬県産のキャベツを徳島産で売っていた事件について、海の駅側はこれを委託販売していたが、この事実を探知できなかった。海の駅の店員はそれを知らずに売ったわけで、その事によって消費者と海の駅そのものが被害をこうむったのである。7月中旬から全国的にキャベツは群馬県産がほとんどの市場を占めており、当然関東域からの出荷物については福島第1原発の放射能汚染が大なり小なりかかっていることが予想された。

群馬県庁の発表ではこの夏以降ではキャベツその他ほとんどの野菜類からは放射能は検知されない、安全だとなっているが、疑わしいのである。消費者は産地選択の権利がある。

わが社は消費者でもあるので、群馬県産と正しく表示せず徳島県産として海の駅に持ち込んで売りだした業者に厳重に抗議し、10日間ほど出店を禁止した。

しかし、今のところ福島産はともかく、関東地方の根菜類まで海の駅が取り扱いを控えるというところには至っていない。

今回のキャベツの産地表示には、直接的には、海の駅には法的な責任はない。

海の駅には地元町民は誰でも出店できる。

よほど不良品や不潔なものでない限り、海の駅はこれを拒むことはできない。

出店者は自己の責任で生産したり、仕入れをしたものを、自分で商品の品質表示のラベルを貼って定められた店内の棚に出品する。商品に対する苦情も出店者が対応し、残品の処理も出店者の責任で処理することになっていた。だから、委託販売をしているにすぎない海の駅としては責任をとる余地はない。不心得な出店者があって、海の駅で問題のある商品を出店した場合は、海の駅を利用している消費者はもとより、海の駅にとっても他の出店者にとっても迷惑なことである。そういう意味では海の駅も被害者なのである。

産地の誤った表示だとか、記入漏れが分かれば海の駅の販売員はそれを指摘し出店者に是正させる。しかし、仕入れや生産の段階のことまで責任をもってチェックできない。それらはすべて出店業者の責任だとしてスタートしたのである。

ところが、高知新聞は、本年8月30日の朝刊で県庁職員の言葉だとして海の駅に道義的責任があるかのような記事を書いた。県庁職員に私が尋ねたところそんなことは言っていないと高知新聞の引用箇所を言下に否定した。県庁は今回の事件で調査のため、海の駅にやってきて、海の駅に責任はなく、出店業者に責任があると言明して帰った。その県庁の担当職員が、新聞で公表されることを知った上で海の駅に責任があるような発言をするはずはない。高知新聞は何故嘘まで書いて他の業者のキャベツ誤表示事件の責任を海の駅に、すなわち澤山攻撃に向けるのであろうか。しかも、問題の業者の名前は伏せて報道した。

問題の業者は海の駅とともに店内に自分の名前でお詫びの告示をしたのであるから、店に出入りをする消費者には名前は公表されているのである。仮に公表され社会的制裁を受けるべきであるならば、それは、違法行為をなした業者でなければならない。

以前の落花生事件でもそうだが、元凶の行為は容認され、とばっちりを受けた者を罰せよというのである。高知新聞にとっては、要は、事件の真相や、本当の責任の所在を明らかにするのが目的ではなく、澤山個人への攻撃になれば何でもいいということなのだ。

二、高知新聞の澤山町政についての誹謗中傷

澤山町政に対する高知新聞室戸市局長真崎の攻撃はすざましい。新聞の公正、中立などかなぐり捨てた記事は一体何に由来するのであろうか。何らかの政治的思惑があるものと判断されるが、その攻撃性は、やはり私のやった行政に由来すると考えて糾弾するほかない。

それはこうだ。

1、平成23年5月4日高知新聞朝刊

その攻撃の最たるものは、本年5月4日の朝刊であるが、それに次のようにのっている。

「沢山氏は当選後、町長の月額報酬20%削減や住民投票条例の制定など`オンブズマン町長`らしい大胆な行革を推進。一方で議会との亀裂を生み、教育長不在という・・・町内対立を深めた。」と。

この文章では、オンブズマン町長らしい「大胆な行革」が町内の「亀裂」や「対立」を生んだという事らしい。報酬の20%削減や住民投票条例の制定も行革ではあるが、これらが何か問題を起こしたというものではない。それらは誰も反対する者はいなかった。

高知新聞は、町内の亀裂や対立を引き起こした澤山の「大胆な行革」について当日の新聞では何も書いていないし、これまでも書いたためしはない。この朝の記事でいくつか澤山行政の悪口を書いているが、それらを「大胆な行革」に入れているのであろうか。そうではあるまい。

悪口の数々は次の通りだ。

     議会との対立②近隣自治体(室戸市)や関係団体(社協)と疎遠③サーファーへの補助金カット④町長の独走、トップダウン⑤教育委員長不在⑥東洋リ・ボルトの不透明な運営

①議会との対立について

議会と執行部が対立するというのはよくあることだ。何もかも対立していたら行政は混乱するから、議会は執行部に是々非々でくる。否決や修正を受けることは日本の地方自治のあり方、議会制度上やむを得ないことだ。私の4年間の町政においてはほとんどの議案は議会の承認があった。人事案を含めても否決された議案は片手の指で数えるほどで、私の町政遂行上大した支障のあるものではなかった。それがどうして、問題となるのだ。議会と執行部は形式的には対立する。一方は執行部のチェック機関なのだ。

最終的には合致して行政を進めるが、合致しない場合は執行部が妥協するか、引き下がる以外にない。対立関係のない翼賛議会では、執行部と議会が何らかの利権関係などで癒着している可能性があり、執行部も議会も腐敗するのは必至である。

私の任期中では議会との癒着などは最も遠く、人事案を含め議案について議員個別の事前根回しは一切していない。議会と対立しながら行政を進めていくのは困難なことではあるが、理想的であると私は考えている。問題は対立の内容なのだ。

新聞は、無内容な「対立」とか「亀裂」とかをかき立てる前に、東洋町においては、議会から「どんどん、どんどん事業をやっている。」とか、「あまりにも素晴らしい議案だから私たちは賛成できない。」などと町長が批判されたことについてその内容を少し解明したらどうだろうか。

     近隣自治体との関係

特に室戸市の清掃関係事業であるが、これは東洋町の総合計画でもむしろ

 疎遠にして行こうというのが基本政策だった。ゴミ収集・処理事業は安芸広域に入り、室戸市の関係は全体として解消段階にあり、清掃行政の二重行政を解消することは喫緊の課題であった。し尿処理事業が残っているが、これも転換期にあり、室戸市と離れて効率性と経済性を勘案して独自処理を目指そうとしていた。

 室戸市の無駄行政についていくことはもうこりごりだというのが本音だ。

 無論私に代わる町政ではまたぞろ巨額の負担のある室戸市と協同の道をたどることになるであろう。

 室戸市との消防での関係は元々希薄だ。何故消防事業で室戸市と組んでいるのか不可思議なほどだ。消火活動はほとんど東洋町の地元消防団がやっている。室戸市からではとても間に合わない。むしろ東隣りの徳島県海陽町と組んだ方が合理的だ。

 室戸市と何か関係が悪化したわけでもないが、し尿処理の新たな巨額事業を計画している室戸市に私が簡単に乗らず、東洋町にある下水処理施設を利用した格安で合理的な独自計画を練っていることについて、室戸市関係者が不快に思っていたことは明らかであろう。室戸市とは手を切り、東洋町独自のし尿処理事業によって、私は数千万円の年間経費を削減し、かつ、汲み取り料の無料化、下水料金の半額化を達成しようとしていた。

 また東洋町の社協(社会福祉協議会)であるが、私が町長に就任した当時にはその本拠である地域福祉センターはほとんどその活動を止めていて、閑古鳥が鳴いていた。

機械類も錆ついて使い物にならなかった。それは何故かと言うと、福祉事業は損だ、これを「全廃」し町外近隣の施設経営者にお年寄りの世話をしてもらおう、という政策をとっていたからである。だから盛況だったデイサービスや訪問介護など社協の主な仕事はなくなっていた。にもかかわらず、社協の職員の給料などは従来通りと言うことであったので、私がそれはだめだと言ったのである。補助金は補助事業がなければ出せない、これが国の補助金に関する法律の原則だ。以前にやっていた福祉事業をやってくれるならこれまでの補助金も出すが、そうでないなら、職員は臨時職員並みの給料にしてくれと私が迫ったのである。そして当時、東洋町の社協には補助金の残額を町に返さずに、勝手に蓄積した700万円以上の裏金があることも判明した。さらに社協の団体として何よりも問題なのは、役員ばかりで会員がいない、法で定められた構成会員が存在しない、いわば幽霊組織であるということだ。今でも社協は頑として会員組織を作ろうとしないのである。

社協の「総会」だと言うので行ってみても役員の「総会」だったのである。理事は誰が決めたのですか、評議員が決めました、では評議員は誰が決めたのか、理事が決めた、という鶏と卵の問答で、要するにお手盛りであり、しかもその理事には兼職を禁じられている町会議員もはいっているのであった。すったもんだの挙句、何とか社協は以前の福祉事業を再開するという事で補助金は出すことになったが、正常化するまでに「軋轢」があったことは確かだが、それを乗り越え福祉センターに再び多くの高齢者が集まり、居宅サービスも復活したのである。その「軋轢」がなければ、町の福祉事業の拠点は閑古鳥が鳴いてやまなかったであろう。新聞は、社会が騒々しい時には、騒動があった、と記事にするだけではなく、その記事に騒動の原因や経緯も書かなくてはならず、その結末も書くべきであろう。

③徳島県のサーファーへの補助金削減

 私は最初の年は、従来通り徳島のサーファー団体に補助金を出した。そしてその効果を探ってみたが、地元への経済効果はほとんどないという事がわかった。サーファーらは地元の旅館や民宿にもとまらず日が暮れたら徳島方面へ引き上げていった。弁当も徳島で買って浜に持ち込んでいた。しかも、年度が過ぎても何度も催促するにもかかわらず、補助金の実績報告をあげてこなかった。実績報告もないのにまた補助金をくれという。事業報告書は嘘か本当か分からないが一応夏ごろになってやっと出してきた。

私は補助金を出す上において条件を二つ出した。宿泊は主として東洋町の民宿などで行う事。弁当は東洋町内で注文する事。この二つの条件を受け入れるなら補助金を前年並みに出すと。ところが、徳島の団体ははっきり、そんなことはできませんと言って私の提案をにべもなく拒絶した。交渉は決裂したままであった。

そもそも、具体的な経済効果がはっきりしないのに県外の団体に補助金を出すなどというのはありえないことだ。

④町長の独走、トップダウン。

高知新聞は、私を攻撃するのに私が独断専行するイメージを描く。

しかし、記者は、この4年間その180度逆の現象を見てきたはずなのに、敢えて、独裁者として断罪させようというのである。私が町政を独断専行できるわけはない。

最も独断専行しづらかった町政というのは澤山町政であろう。議会の承認がとれるかど

うか、与野拮抗し一票差でいつもやきもきしながら、町政を進めてきたのである。

 もちろん、行政事務はすべて最終的には首長の決裁で決まる。部下が実質上決めたことにただハンコを押せばいいというものではない。いかに議論を尽くしても最後に決断するのは一人の首長だ。町の行政実務で澤山がやったことで議会にかけず、庁議にもかけず、一人で勝手にやったことは何もないし、ありえない。

    高知新聞は、鹿児島の阿久根市長のように議会の承認もないのに副町長を決めたとか、何か具体的に「独走」とか「トップダウン」とかの事実をあげなければならない。 

 例えば私は議会の質疑では発言者の質問をメモするぐらいで原稿も作らずに答弁してきたが、それでも、庁議で質問の一つ一つを討論し合い、さらに、あらかじめ担当課長らに答弁の原稿を作らせ、十分打ち合わせたうえで議場に臨んでいるのである。

 議会が終わればその日のうちに庁議を開き、議会での質疑応答を反芻し、指摘事項ですぐに取り組むこと、検討課題を拾い出すなど必ず総括をしてきた。

日常業務の上でも、私ぐらい担当職員の意見や提案をほしがった者はいないのではないかと思っている。毎週の各課職場会議の励行、総務課では毎朝の職場会議の実行、そして、各課職場会議への町長の出席をやってきた。

私が他の首長と大きく相違していると思われるのは、事業を実行する上で現場で先頭に立ったという事だ。出来る限り現場に出、新しい事業ではまず私がやって見せたという事だ。予算編成する場合でも屋根の上でもどこでも這い上がって現状を確認し、じかに現場や町民の声を聞きながら仕事を進めたということだ。そしてついでに言っておくが私は町民の陳情については、予算がないなどと言って断ったことはほとんどない。今スグにやります、か、なんとかします、とか、言って極力実行してきた。

 そういうやり方が、これまでの首長のあり方と比べて異常であり、突出していて、独断専行に見えたのであろう。それは「独断専行」ではなく、率先遂行とか有言実行とかいうものではないか。

 ところでトップダウンという言葉自体何か悪いように使われているが、会社でもどこでも学級会でない限り組織は基本的にトップダウンである。

 軍隊であれ市民運動であれ組織行動はすべてトップダウンしなければ、てんでばらばらとなるわけであるから、問題はトップが物事を決定する場合に、どのようなプロセスで、どのような知見に基づいて決定し実行するのか、なのだ。その事を論ぜずにトップダウンしているから悪いという印象を醸し出し人を非難するのは、畢竟、読者の知能を低く見(あるいは低くし)てその水準でその首長を貶めるという事に外ならない。

⑤教育長の選任について

それは、町長の責任と言うよりも、教育委員の人事を否決し続けた議会の責任であり、また、教育長を互選して決めなかった教育委員の責任でもある。

国の教育委員会の法令では、教育長が不在の場合は、教育次長が代行する規定であり、教委はその法令を実行した。それは法令に則っていて、制度の枠内の適法な処置である

町長が教育委員会の業務に直接関与するわけにはいかないのである。

東洋町では教育委員会を統括するのは教育次長となっていて、管理職である。

県の教育委員会は長年この東洋町の教育次長が教育委員会の事務局を統括するという独特な方式を是認してきた。その方こそ異常であり違法なことだったのだ。

⑥東洋リ・ボルトの経営の不透明さ

この題目も高知新聞のおはこになっている。「不透明」だという攻撃は、第三セクター㈱リ・ボルト社は澤山の独占するところであり、経営実態が不透明だ。不正と専横がまかり通っているのではないかという疑惑を感じさせるのに効果的な言葉だ。一部の町会議員らが言っている事をうのみにした形をとっているが、繰り返しこれを載せるからにはこれは新聞社の主張と言う事になる。

読者にとっては、リ・社の経営の実状はまったく分からないから、「不透明」だという記事は全く正しいという感じになる。それは、高知新聞社の経営は不透明だ、と人が言えば、多くの人はその通りだと感ずるであろう、というのと同じである。読者のほとんどは誰もその経営の実態を知り得ないからだ。仮に、どこかの新聞なりテレビが、高知新聞社の雇用はコネばかりだ、採用試験は不透明だ、と言えば、社員採用試験の実態を知らない(又は知り得ない)多くの人は、その通りだ、と思うであろう。そして、どこの会社も経営や採用試験の中身を公表して説明するわけにはいかないから、反論の仕方に窮するであろう。

リ・ボルト社への攻撃はそこが狙いだ。

何を誰にどの程度明らかにすれば「不透明」でなくなるのか、誰にもわからない。

しかし、おそらく東洋町と言わず県下一円探してもリ・ボルト社ほど透明な株式会社はないのではないか。

例えば最近こういう事件があった。ある町会議員が、リ社内部の取引の資料を調べて、不当な取引があると言って追及しだした。海の駅に出していたある商品についてであるが、リ社が原価で購入している、問題だというのだ。確かにある商品について原価で購入していた。しかしそれは売れ残りの恐れがあるので、担当者がリ社に買ってくれと言う事でリ社が原価で受けたというものであって、そこには何の不正もない。その資料はリ社が出したのではなく、町会議員が役場に開示請求して役場から取り出したものであった。その出された資料には、個人名も含め細かい商売上の取引が記載されていて、普通の会社では到底外に出さないものである。東洋町役場の担当課は何時でもリ社の内部資料を見ることができ、持ち出すこともできる。

この事件でリ社の経営実態が不透明であるといえるかどうか判断してみるがよい。

情報開示では町会議員だからといって特別扱いはない。取引の機微に至るまで一般町民である町会議員がその情報資料を取り出している。私は、社長として、そのような資料を公開する場合会社の了解を求めてもらいたいと申し入れた。

その運営実態を役場が把握するのはいいとして、それを全て公開されるわけにはいかない。

会社には企業秘密があり、とりわけ出店者の個人情報や社員のそれは秘匿する義務がある。

情報開示の実態を知らない多くの読者には、何もかもすべて開示されなければ透明とはいえないと思うかもしれない。例えば公共的団体である農協や漁協の決算書でもその団体に請求しても手に入らないし、それら団体の経理状況の監督官庁である県に開示請求しても出される情報はごく限られ、具体的数値は墨で真っ黒にされている。

新聞社が特定団体の経営について透明だとか不透明だという記事を書く場合は、その団体の情報開示の枠を十分説明し、その範囲での透明性、不透明性を評価するべきだ。

社会の木鐸であるとか公器であるとかいう高知新聞社は、例えばその新聞が高レベルの核廃棄物の処分を進める原環機構の宣伝を大々的にやってきたが、そのことについて新聞社の内部決定はどうだったのか、その経緯や広告料の多寡などを公に説明できるであろうか。そして3・11のあと、その宣伝を打ち切ったのかどうか、その決定の過程や役員会の議事録を公開で説明できるであろうか。新聞社の内部の動向こそ読者にとって最大の関心事だが、まったく闇の中だ。表現されたものは見えるが何をどのように表現するかの過程はまったく見えないし、表現者が如何なる者か、その姿もまったく分からない。

新聞社の特定の記者が、県庁幹部らと一緒に飲んだり食ったりしている実情があるとした場合、それについて説明してもらいたいものだ。

株主や社員が知ることができる情報でも株式会社として公表するものとしないものがある。

リ社の場合、町役場はすべてを把握し、問題があれば直ちに是正させることができる。

しかし、海の駅の出店者の売り上げとか取引先、ホテルの宿泊者名簿など知り得た情報ならなんでも公表していいというものではない。

高知新聞は、リ社の経営状況が[不透明]だと攻撃するが何をもってそういうのか具体的事例に即していうべきだ。その攻撃そのものが不透明な動機から発出しているのではないか。

リボルト社の経営について新聞社の攻撃はもう一つある。私の姉が1カ月余り臨時に社長になった事だ。それは何も不透明なことではなく、正規の株主総会を開き、株主皆が頼んでそうしたことだ。他に引き受け手がなかったのである。現在の出資金の構成では町長は法令で社長になれない。

平成21年、旧東洋町青少年旅行村であったホテルを買い戻す議案が町議会で否決され、やむなくそれをリ社が独自の資金を集めて購入した。議会内外でホテル購入反対の激しい運動がなされた。ホテルは赤字経営で町が損をするという合唱だ。このホテルは元々は町の公共施設「青少年旅行村」が建っていたところだった。平成6年ごろ当時の執行部と議会が政府から多額の補助金をもらって建てたこの施設をぶち壊し、無法にも土地を民間会社に格安値段で売り飛ばしたのであった。正式には今でも東洋町の「青少年旅行村」は存在していることになっていて条例や特別会計まであるのだ。れっきとした行政財産だ。ホテルを買い戻し、「青少年旅行村」を回復することは、東洋町にとっては絶対的な責務のはずだ。私は、国に申請し、全額国の交付金で買い戻しの議案を出したが、理不尽にも町議会はこれを葬ったのである。やむなく私ら姉弟らが私財をなげうって第3セクターにこの財産を確保したのであった。高知新聞の記事では、私ら姉弟がこの会社の財産や経営を私物化している印象を描いているが、それは全く逆であって、私らは返済されるあてもない巨額の金を公のために出資したのである。私の姉はある時期、臨時に社長に就任したが、何の報酬もない。私たちには多くの従業員の世話と苦しい経営努力だけがその報酬なのである。

私らが出資する事によって町一人であったリ社の株主は数人の出資者に拡充され、町の持ち株は4分の1に縮小された。すなわち当初500万円から2000万円になったのである。ホテルを購入するために、私は自分の持ち金を全部出し、さらに給料や退職金を担保にして銀行で2千万円近く借り、それでも足らないので実姉や友人に頼んで数千万円借り入れた。私の分はともかく、姉にはとんだとばっちりを食わせることになった。

すなわち、私ら姉弟で5000万円近い金を第3セクターリ・ボルト社に注ぎ込んだのである。町内の事業を発展させるために町の出資を導引とし町内外から資金を集め雇用を増やすことは町として大事なことだ。それを妨害し非難するものはすなわち反動分子であり、東洋町の町是である総合計画に反するのである。資本が町主導から民間主導に変わることこそ理想的であり、それを乗っ取られた、などと言う頓馬な徒輩の尻馬に乗るのが新聞社の役目ではないだろう。そしてもちろん主たる出資者が会社経営の責任を担うのは当然のことなのである。

私は町長職をやめて、そのあくる日からホテルの夜勤を毎晩やって会社全体の管理監督をして月々15万円の報酬を頂いている。毎日数時間の休息の時間以外は、会社の仕事をしている。休みの日はない。金を出し労力を出し日当程度の報酬を得ている。

会社はいざという時、金を用意できる者が、経営の任につかねばならない。

誰が、現在のリ社のために、金を出すであろうか。会社を黒字経営するには、率先垂範、1銭でも節約するしかない。

2、平成23年8月30日朝刊

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2010年10月29日 (金)

地場産業

News & Letters/211

 東洋町の場合、地場産業というのは、農業、漁業、林業、観光業、そして商業があり、若干のサービス業、その他には釣り針製造業などがある。

 しかし、主力である農業、漁業が著しく衰退し、これまでの雇用を支えきれない。

もはや、やせ衰えた住民の力で農漁業を存続する事は難しい。新しい経営形態を模索しなければならない時に至っていると考える。それは、行政と民間が合体し、農業や漁業を第三セクターの経営に移行させるしかないであろう。

 沿岸漁業では、船やそのエンジン部のやり変え、網の修理など漁家が個人的に負担し漁獲で支払うというのは難しい。
採算が全く合わないから後継者がほとんど存在しない。ここ十年かそこらで大半の漁家が消えてゆくであろう。

 これを座視傍観するわけにはいかない。何とかしなければならない。これは、漁業だけでなく農業もそうだし、林業に至ってはなお一層そうである。公的資金がなければ地場産業は維持できない。

 しかし、公的資金にも限度がある。際限なく投資する金はない。採算性を如何に担保するか。ある程度のした支えをする程度で、民力を発揮する組織でなければ、親方日の丸式で行政にもたれかかってくれば地場産業は遅かれ早かれ滅びる。

 いずれにしても新しい生産組織を立ち上げなければ日本の貧しい沿岸部では第1次産業は存続しがたい。

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2009年1月18日 (日)

「海の駅」の活況

News & Letters/150

「海の駅」の出品物では最大の売り物は魚です。
魚は地元で捕れたものがほとんどです。売り上げの半分以上は魚です。干物、マグロの切り身が都会の半値ぐらいで売られています。新鮮さと安価とで隣県のスーパーも太刀打ちできないでしょう。

野菜類も半分ほどは地場の産物です。
その他は近隣のものを集めています。

全てを地場のもので埋めるのは今の段階では困難です。近隣の産物も店頭に出しています。他の「道の駅」、「海の駅」では、全国の産物を集めて売っている所もかなりあります。

東洋町の「海の駅」は、地場産品が主となるよう奨励しています。「海の駅」ですからどうしても魚が主力になります。当初立ち上げの時には、「海の駅」に非協力的だった人々も目の色を変えて出品に精を出しています。
徳島から主婦や旅館など水商売をしている経営者が毎日続々と買いに来ています。新年以降、去年の状況とは全く違う活況が続いています。

徳島と高知の県境ですから、両方からお客が来、両方の生産者が出入りしてその産物を出品・売買するのは当然です。

今までは高知の人間が一方的に徳島に流れていました。今、徳島の大きなスーパーを通過して甲浦白浜の「海の駅」へと、逆転現象が始まっています。
「海の駅」の勢いはもはやとまりません。

新しい「海の駅」が建築中ですが、基礎もできあがりました。3月には、やがて美しい立派な建物が出現するでしょう。従業員もすっかり仕事になれてきたようです。昨年末12月1ヶ月で500万円を売り上げました。小さなプレハブ小屋で年間4000万円ほどを売り上げたわけです。出品者の収益は別として、店としても4人分の人件費ぐらいの収益はありました。今年は、黒字が出るようになるでしょう。

もはや東洋町の「海の駅」は私の手を離れ自己運動を始めたと言うべきです。
私は次々と新しい事業に取り組んでいきます。

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