読書ノート

2012年11月 9日 (金)

猪木正道氏の死去

News & Letters/317

政治学者猪木正道氏の訃報に接した。
彼は、河合栄次郎氏の弟子と自他ともに認めている人だ。
しかし、戦闘的自由主義者LIBERALIST MILITANTである河合栄次郎氏とは猪木正道氏とは相いれない。むしろ正反対だ。

猪木氏が良かったのは少壮気鋭の学者であった時期に書かれた「ロシア革命史」という著作だけだ。猪木氏は徹頭徹尾現実主義的な政治理論家であり続けた。
河合はそうではない。河合は理想主義哲学がバックボーンに貫かれていた。

「トマス・ヒルグリーの思想体系」という大著があるとおり、河合は、現実政治に対して新カント派の哲学に裏打ちされた政治的理想を対置して果敢に戦った。
私は大学1年の秋、河合栄次郎の著作に読みふけった。

戦前戦時中に軍国主義と闘った人間のもの以外の本は読む気がしなかった。
河合は2・26事件を公然と批判する等十代後半の私の目から見ても最高の学者であった。
「学生に与う」など河合の著作の中でも、イギリスの哲学者T・H ヒルグリーンの思想をまとめたその河合の著作を私は深い感銘をもって読んだ。

私はマルクス主義を奉ずる前に河合主義者であった。
だから、学生運動に入って共産主義思想に没入するときにはすでに、ソ連や中国流の共産主義とは全く相いれない思想的土壌の中にあった。

現在、アメリカ大統領選、中国共産党大会、そして日本の維新の会等の登場による混乱
せる日本の中で依然として河合栄次郎の問題意識が生きている。

今の世界や日本において政治的理想とは何か。

回答:

プロレタリア大衆が政治権力を握って、人と人が平和で、地球の自然環境を破しない生活文化を構築すること、これに尽きる。
 アメリカでも中国でも、そして日本でも、大多数のプロレタリア人民、大多数の貧民たちの願いや声が権力に反映される道はほとんどまったくない。
この世は、ますます金権腐敗勢力が権力を独占する、その構造が揺るがない。
 金権腐敗勢力は、絶対に人類の平和な世界を築かせないし、原発や核兵器による放射能汚染や一酸化炭素拡散など地球環境の破壊をやめない。

 だから方法はともかく、プロレタリアート独裁が必要なのである。
 独裁といえば聞こえは悪いが、決して共産党独裁ではなく、階級の独裁、プロレタ
リア階級による徹底した民主主義的統治が実現されねばならない、ということである。

すべからく政治家には哲学が必要だ。そして、真の唯物論に到達するには理想主義(別名観念論)哲学を一度はくぐるが必要があろう。マルクスも若い日には急進的へーゲリアンであった。

政治的理想。それは、マルクスの共産党宣言では「各人の自由なる発展が自余の人間の妨げにならないばかりか、その条件となる」という社会と表現されているが、それを実現することだ。

河合栄次郎はそれを猪木正道のように「空想」だ、などとは決して言わないであろう。猪木氏のリアルポリティクスには河合栄次郎の影はなく、彼猪木自身が若き頃にものした「ロシア革命史」のパトスですら喪失していた。   

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2011年8月19日 (金)

リスボン震災

News & Letters/276

リスボン大震災再論

今日初めてリスボンの大震災とその歴史的意義についての論評が出た。
日経新聞(8月19日付)だ。ある建築家で大学教授がいう。
「リスボン地震は、歴史のハンドルを90度切るほどの大きな災害であったと言われている。

近代科学も、啓蒙主義も、フランス革命も、すべてこの災害の産物であったと考える人さえいる。・・・リスボン地震は、神が人類を見捨てたのではないかと考えざるを得ないほどのショックを人々に与えた。その絶望から近代科学や啓蒙思想が始まったのは、極めて自然な流れである。」、「すべてがリスボンの災害から始まり、その流れの行き着いた先が20世紀の文明社会であった。」という。

原発事故を含む今度の東北の大震災は、リスボン大震災に比肩されるべきだ。

リスボン震災では神への信仰が根底から揺らぎ、今回の東北震災はそれに代わる科学への信仰が揺らいだ。今や人類は思想的に、突然、大空位時代に陥落し、生きる支えを失ったかのようである。
震災の始末も原子力産業の始末も急がなければならないが、空虚となった精神の再建も急がなければならない。それはどのような思想か。

回答:

神や観念論体系を否定し、原子力産業という悪魔的な産業を生み出し人類や生態系を滅亡させてもかまわないという資本主義のこの様な姿を予見し、その克服を自然主義・人間主義の立場で訴えてきたカールマスクスの思想以外に現代の人類の思想的危機を脱する方法はない、と私は考える。

マルクス主義といっても、原子力産業を核の平和利用などと言って賛美してきた連中、それどころか、広島・長崎の原爆さえもその威力を謳歌していた共産主義者たちのことではない。えせ共産主義者について、私が敬愛するラーヤ・ドゥナエフスカヤ女史がその著「疎外と革命」(MARXISM AND FREEDOM)の序文で次のように書いている。
1945年8月8日フランスの共産党機関紙「ユマニテ」は次のように広島への原爆の効果を賛美したという。

「広島に投ぜられた原爆は相当の破壊をもたらしたように思われる。アメリカの報告は30万人の人口を擁する都市がまさに地表から姿を消したとのべている。原爆が発見されたことの効果はまことに著しい。それにもかかわらず、法王庁ヴァチカンは、すすんで原爆の効果を承認しようとは決してしなかった。! 

ここに、われわれがこのことを知った時感じた驚きの念を率直に表明させていただきたい。・・・」という。
ユマニテというのは人間性という意味のようであるが、こっちの方がその非人間性に驚きである。

また、イタリア共産党の機関紙「ウニタ」(団結)も1945年8月10日号で広島・長崎への原爆の効果を賛美した。

「われわれは決して若干の新聞の解説の中に示された恐怖感にくみするものではない。
なぜなら、われわれは恐るべき破壊のエンジンによってなされた具体的な効果のことを考えているからだ。」

ラーヤ女史は、マルクス主義のスターリン主義的歪曲に抗し、マルクス主義の本来のヒュウマニズムを明らかにしてアメリカの最底辺で活動してきた。

右であろうと左であろうと、神を否定し、人間性を踏みにじる科学の信奉者たちは、人類の破滅も恐れない。現代人は、18世紀の西洋人がしたように、大震災を文明のエポックとして思想の大転換を図らねばならない。そうでないと、原子力産業を究極的に止めることもできないであろう。

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2010年4月 3日 (土)

私の系譜

News & Letters/185

 私は、昭和19年の1月17日に生まれました。
1月17日は歴史上いろいろ不幸な事件が起こっています。近くでは、阪神大震災も1月17日でした。
この1月17日はすでに明治の文豪尾崎紅葉が金色夜叉」という小説で予言しています。

 場所は熱海の海岸。人は間寛一とお宮さんです。
「今月今夜のこの月は、僕の涙で曇らせてみせる」

 私の父は阿波の徳島の川田という駅の近くで、父母までは天の村雲神社の神主をしていたという。

 母は高知県室戸市の吉良川町西灘という寒村で小作農の娘として生を受け、父とは19歳の時に大阪で結婚し、私と姉を生みました。
父母は私が小学校2年生の時離別し、私と姉は母と一緒に高知に逃げ帰ってきました。母は父の籍に入っていず、従って私と姉はいわゆるててなし子という事になりました。父が、母を入籍しなかった理由ははっきりしませんが、母の出身が同和地区であるこに関係があったのではないかと思われる。

 私が大阪の高校生の時、60年安保闘争がありました。多くの労働者のデモの隊列を見て感激し、いつしか渦の中に入っていました。
その前に中学生の時勤評闘争があり、私らの先生が赤いはちまきして座り込んでいました。

 私が大学にはいるときには、赤旗と立て看板をくぐりながら校門に入り度肝を抜かれました。

 学生部長が天皇のことをてんちゃんとか、皇太子のことをちびてんとか呼んでいて、これにもびっくりしました。
 私は、1人の貧しい人民として人民のために勉強しようと決心して大学に入ったのでした。

 私は、当然のことのように反体制運動に入っていきましたが、最初からマルクス主義になびいていたわけではありません。

 私が最初に心を打たれ一生懸命勉強したのは、自由主義者たちの著作でした。
河合栄次郎に深く傾倒し、この人の本を買い集め繰り返し読みました。この人はリベラリスト・ミリタント(LIBERALIST MILITANT)とも言うべき人で、かの2・26事件を公然と批判し、ついには大学を追われる事になった人です。
河合には「T.H グリーンの思想体系」という大著があり、それを下宿で一生懸命に読みました。

 新カント派の理想主義哲学で、私は完全な観念論者になった気でいました。そして、河合の系統の学者の本を読みあさりました。その弟子である猪木正道などには直接会って話を聞いたりもしました。
河合は命がけで軍国主義に抵抗しましましたが、マルクス主義を批判する立場でした。

 さらに、私は、N.A ベルジャーエフというロシアの思想家に傾倒し、この哲学者の本を読みあさりました。特に「ドストイエフスキーの世界観」という著作には深く感銘しました。ベルジャーエフはキリスト教的な哲学者でレーニンと同じ世代です。ロシアのツアーリズムには抵抗しましたが、彼も共産主義に批判的でした。マルクス主義をひん曲げたスターリン主義に対する批判はすでにベルジャーエフやドストイエフスキーの思想の中心にあったのです。

 私はマルクス主義の文献も読みましたが、科学的な分析はその通りだと思うのであったが、どうもマルクス主義には、私の主体的な意志や熱情を根拠づける思想性がないのではないか、という疑問を抱き続けてきました。学生運動に参加し政治的にはラジカルであるが、思想的には保守的な観念論的であり、ちぐはぐな気持ちを持ち続けていました。

 私は、自分がマルクス主義者になるうえで、河合栄次郎とベルジャーエフの思想の煉獄を通過して洗礼をすましていて良かったと思っています。

 私がマルクス主義に傾倒しましたのは、確か大学2回生の秋ぐらいだったと思います。

 今でもはっきり覚えています。立命館大学の清心館の日本史研究室で、そこの書架にあったマルクスエンゲルス選集補完第4冊を読んで、私は感動し、マルクスが自分の理想主義哲学と同じ出発点にいたことがわかりました。その補完4はマルクスの若い時代の論文集でしたが、中でも「経済哲学草稿」や「ヘーゲル法哲学批判」などは感動的であり胸がふるえるような興奮を覚えました。

「ドイツの解放は人間の解放であり・・・・
「人間を人間の最高の本体なりと宣言する、そのような理論にたってする解放、・・・」

 私は夕暮れの京都の町を歩きながら、私の思想の方向をマルクス主義にはっきり向けることを決意しました。

 若い時分のマルクスの論文には、後年の著作には見られない彼の生の声(ヒューマニズムと変革のパトス)がわき出ていました。
この様な私のマルクスへの接近が正しいことが分かったのは、梯明秀とアメリカのラーヤ ドゥナエフスカヤ女史の著作によってでした。私は2人に実際に会いました。梯教授は京大と立命の教授でしたので生前に何度も会うことが出来ました。
梯教授の本の名前は手元にないので忘れました。

 ラーヤはロシア革命の指導者トロツキーの秘書をしていた女性でした。私は集会の壇上でラーヤ女史と肩を組んでインターナショナルを歌いました。私の肉体は確かにロシア革命につながったのだと思いました。ラーヤ女史はその時ドイツ語で歌っていました。彼女の本は「MARXISM AND FREEDOM](翻訳「疎外と革命」)です。
梯とラーヤのこの2人の偉大なマルクス主義者の哲学はマルクス主義をプロレタリア・ヒューマニズムの根底でとらえており、ドストイエフスキーやベルジャーエフの批判にも十分答えることの出来る真の革命の哲学でした。

 私は、若い世代の人々が梯教授やラーヤ女史の本を読んで、いま資本主義の破滅が地球の破滅をもたらそうとしている時、マルクス主義の思想と実践に踏み出すよう勧めるものであります。

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2009年5月13日 (水)

天皇の戦争責任について

News &Letters/124

  コメントへのお答え

 News &Letters/123の記事「麻生政権の誕生」にて大学生の方からコメントがありました。それに対する回答です。

 天皇の戦争責任については、多くの本が出ていて大きな図書館にもあります。
中でも最も分かりやすいのは、井上清の確か「天皇の戦争責任」という題の文庫本です。

外国もので古典的なものは

①DAVID BERGAMINIの
JAPAN’S IMPERIAL CONSPIRACY

②また、HERBERT P.BIXの
HIROHITO AND THE MAKING OF MODERN JAPANがあります。

これは洋書屋に注文すれば手にはいると思います

①については いいだももの部分訳「天皇の陰謀」という本があります。
また、①の英文の原書は数部私が保有していますので貸し出しが出来ます。

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