観光開発

2015年9月 1日 (火)

ホテル経営とのお別れ

News & Letters/434

この8月31日をもって私どもは白浜ホワイトビーチホテルの経営から実質的に手を引くことになりました。

平成21年9月から丸6年間一生懸命働かせてもらい、株主はもちろんお客さんや地域の方々に支えられなかったらとっくの昔破産していただろう。今日近隣のホテルは皆赤字で苦しみ、高知市内でもホテル経営は大変だという

ほとんど毎日24時間体制で食事の煮炊きから客室のメイク、洗濯、フロントの応対、そして宿直、おかげで経営者の苦労、労働者の苦労がよくわかった。
今日の零細中小企業では、社長や役員が全部の仕事を担当し、補助として人を雇う、という考えで奮闘しなければ、とても持たない。

安倍が総理大臣になってから客数が著しく減った。夏休みの海水浴客も少なくなった。白浜のキャンプ場も以前は隙間もない超満員であったが今年などは半分かそれ以下のさびしい賑わいである。いつもの顔なじみたちの姿がついに現れなかった。

観光業はどんどん寂れるであろう。飲食店もホテルの食堂もコンビニには勝てない。ホテルに数十人泊まっても夕食を注文するお客は数人にすぎない。これでは、板前や調理師をかかることは出来ない。

雇用を増やしたいが、仕事がない。少しばかりのお客のために人を雇う力はない。

我々が住む高知県東部の選挙区からは中谷元がずっとでている。土建屋の息子で自衛隊出身だ。

この男は地方の再生や活性化など何の関心もなく、ただ、沖縄の米軍基地の増強と戦争法案の推進に狂奔するだけで人民のためには何の役にも立たたない。かつて高知県東部は自由民権運動の拠点であり、植木枝盛を国会に送っていた地盤であった。今は正反対の愚直な反動家の基盤と化した。

経済的にも政治的にももっとも惨めなところであるがゆえに高レベル放射性廃棄物の捨て場所にまで選ばれたのである。

こんなところでいつまでもくすぶっていていいのか、という人もいるが、こんなところであるからこそ私はここでしこを踏んで相撲をとろうと考えているのである。私は明日から厳しい束縛の身から自由になろうとしている。しかし、東洋町で掲げた旗はあくまで降ろさない。

ここを出撃基地として全世界に夢を広げる。新しい人生の出発点に立って闘志はみなぎる。

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2015年2月11日 (水)

まるごと東部博のパンフ

News & Letters/397

高知県の尾崎知事の肝いりで高知県の東部安芸郡市9市町村の観光業を掘り起こす「高知家・まるごと東部博」というのをやりだした。

それはいいが、そのパンフレットが発行された中で、ホテル・旅館の一覧表が掲載された。しかし、他の市町村のホテルや旅館は巨細無く網羅されているが、東洋町のホテルや旅館はただ一軒だけしか紹介されていない。

十指に上る宿屋やホテルが東洋町に有って、観光客をもてなし、苦戦しながらもそれを生業としてきた。私が経営しているホテルも年間数千人のお客が宿泊する。
龍馬パスポートも取り扱っている。

この東部博の観光パンフレットの「宿泊施設一覧」に数十件の旅館が載っているが、それから排除された感じで、一般に存在せず、営業していないという印象だ。
これを編集したのは東部博の事務局(安芸市役所内)だということだが、東部の各市町村に足を運んで実状を調べて編集したのか疑わしい。

東洋町へ来れば生見には民宿街があり、白浜へ来れば大きなホワイトビーチホテルを誰でも目にすることができる。

このパンフレットは相当な公金がつぎ込まれている。費用は県が半分市町村が半分だという。私的な雑誌なら何を書こうと構わないだろう、だが、公金を使って差別的な冊子を作って県内外にばらまいていいのか。まるごと東部博は、丸ごと切り捨てるという意味か。このような冊子を平然と編集するものが、何の観光振興に役立つのだ。

年間数百万件の税金を払っているが、その税金が自分たちを差別するのに使われるというのは耐え難い屈辱であろう。

東部博の事務局や県庁に抗議したが、抗議の意味が分からないらしい。
一言の謝罪の言葉もない。 今週土曜日の1時に東洋町に説明に来るという。

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2012年3月 9日 (金)

独断専行の「新・町政」の問題点

News & Letters/290

風邪をひいて3日間も寝てしまい体力を消耗しました。やっとパソコンの前に座っています。

最近の高知新聞で、突如として沢山町政の福祉無料施策の大半が全廃されたという記事が出ました。東洋町執行部が3月議会への議案でわかったことだ。

福祉無料施策が実行されていたという記事はこれまで全く出ていなかったから読者は初めて、沢山町政4年間で、教材費無料から給食費無料や医療費無料、米の配給実施等たくさんな福祉無料政策が実施されていたという事実を知らされたわけだ。

一つ一つの福祉無料の事業の開始や実施が報道されず、ばらまきだとかいうさんざんな悪口雑言を書き連ねそれで選挙キャンペーンまでやった新聞の「脱沢山」の総仕上げが無料施策の全廃報道だ。ざま見ろと言いたいのであろうか。

しかし、県民はバカではない。新聞を拾い読みすれば「全廃」された施策の一部でも何であったかがわかるから、澤山町政の本当の姿勢がわかったであろう。
新町政は、過去一年間は澤山が組んだ23年度予算を実行してきた。

だが、24年度は新町政の作成した予算だ。それは、福祉や教育予算をぶち切っただけではない、あれだけ澤山が力を入れてきた失業対策も
ほとんど切ってしまった。
漁業や農業への施策も見るべきものは一つもない。
そして、光ファイバーに14億円を投入するという事で大幅な借金財政に急旋回を開始した。澤山は4年間かけて10億円ほど借金を減額し健全財政を堅持して来たが、新町政はたった1年で10億円の借金を積み上げた。

新聞が拾い上げた一つの積極施策は、澤山が凍結したというサーファーへの助成金を200万円差し出したという話だ。ほとんどが県外であるサーファーへのサービスには熱い思いをかけ、町内のお年寄りや子供たちへのサービスは打ち切る、確かにこれは斬新な行政の在り方だ。福祉打ちきりでは大阪の橋下に似ている。

澤山も最初は徳島方面のサーファーに助成金を出していた。しかし、実績報告書を挙げてこなかった。ほとんどの補助金は徳島方面で使われていた。
澤山は、補助金を出す条件として町内での宿泊と弁当も町内仕出し屋利用を出したが、にべもなく断られた。だから、その条件が満たされない限り助成金は出せないと言明したのだ。

観光協議会とかにも400万円の補助金を出すという。澤山町政では観光協会に30万円出したが、何もすることもなく年々そのほとんどが残っていた。

県の観光振興課では、東洋町の観光拠点施設として海の駅とホワイトビーチホテルを挙げている。いずれも私が経営している施設であって、新町政や議会が口をきわめて非難攻撃をしている施設だ。

しかし、東洋町の観光施設は生見海岸の民宿街と白浜のホテルと海の駅が主力であることは誰でも知っている。中でも、年間10数万人ものお客が来る白浜海岸が東洋町の観光の拠点であることは県の統計でも明らかだ。その海の駅やホテルを除外して何の観光というのであろうか。

リボルト社や沢山町政へのヒステリックな攻撃の現実は、「町内融和」と地元出身を二枚看板にして当選した新町政と大きく矛盾するものであり、その新町政は、独断専行型の町政を敷いて町民を犠牲にした財政破たんの道を歩んでいくであろう。冷酷な福祉打ち切りを実行する現実を前に、新町政に期待した多くの町民が離反することはすでに見えている。

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2011年5月25日 (水)

東洋リ・ボルトの社長

News & Letters/246

  私は5月から再び東洋リ・ボルト社の社長となった。
  最初は私が社長であった。その後、資本構成の変化で私が社長を続けることができなくなり、誰彼に頼んでなってもらった。社長のなり手がなかなかいない。

それというのも、リボルト社は様々な事業を行ってきているが、ホテル以外はそのほとんど町がらみの委託事業であり、町の意向が直接支配的に影響する。誰が社長になっても、社長の独自性は見えず、実質的には町執行部の方針が貫徹する。だから、経営的に独自の意欲で会社を運営するという企業心が発揮できない、町の下請けのようなものだからつまらないわけだ。

町の委託事業では人件費など経費以上のものはあげられないし収益はないのである。収益はなく、ただ、雇用を確保するというだけの事業で人事管理だけが仕事であるから、金銭上の苦労はないが管理上の負担は負うことになる。委託事業の遂行では社長はただのロボットであり、社長の個人的な意向や経営努力、まして個人的な利害的関与の余地は皆無である。町の委託事業は個別にも全体的にも経営の状況は行政が完全にコントロールしている。

 誰が社長になっても私物化出来る筋合いのものは何もない。責任はあるが、メリットは何もない。
  私が社長を退任してから社長に就任するものが無く苦労した。数人短期間づつ転々としてきたが、結局私にお鉢が回ってきた。
  これからは私が社長をやって行くが、委託してくる事業が続く限りは雇用確保事業として淡々と遂行する以外にない。それは会社にとっては無収益・負担事業にすぎない。

  それどころか、税金の負担がのしかかってくる。
  これまで短期間に社長に就任したものは4、5人いた。私の姉以外はすべて報酬があったが、それは、一般従業員以下の金額にすぎなかった。私も社長の報酬として月額15万円という事になった。私は会社全般の業務遂行と監督の仕事の上に、毎日ホテルの夜勤をしている。従って私には休暇の日はない。

  従業員も含めせめて公務員並みの給与や報酬にしたいと考えている。

そのためには、独自の収益事業を拡大していく以外にない。今は、リボルト社では、ホテル経営だけが誰にも指図されない、独自の収益事業だ。一昨年ホテル購入について公的資金は一銭も入っていないから、行政からの関与は全く入る余地はない。出資者の独断場であり、気を抜いた経営をしているとたちまち赤字となり自分に跳ね返ってくる。今、リ・ボルト社の社長として経営能力が問われるのはこのホテル経営だけである。幸いホテルは購入して2年連続黒字である。

  将来誰が経営するようになっても大丈夫だという経営基盤を固めなければならない。
  独自収益事業を少しずつ拡大し、雇用の場を広げながら、東洋町の復興に寄与していかねばならない。

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2010年9月 2日 (木)

(株)東洋リ・ボルト社

News & Letters/204

(株)東洋リ・ボルト社は東洋町の唯一の第三セクターである。
従業員はすでに50人に達し、清掃など施設管理、「海の駅」の運営、ホテル経営、役場への社員派遣、間伐など国の失業対策事業受託など多様な事業を営んでいる。動いている金は数億円である。

資本金2000万円の内、町が立ち上げ時に出した500万円と、後は民間人のものである。私自身も600万円出資した。

この出資金は、会社が事業を止め清算するときでないと返ってこないであろう。
ところで、当然の事ながら私はこの会社のために、随分協力している。朝たっぷり2時間~3時間、夜3時間、合計5時間~7時間、土曜日曜日は朝から夜にかけて釜たきや洗濯など雑用である。

その協力行為には何にも報酬はない。
例の連中に言わせると、その協力も自己の利益のためだ、などといっているそうである。

何の報酬もない行為は利益行為とは言えない。私自身、リボルト社に出資(600万円)したり、大枚の金(2300万円)を貸し付けたりしているが、それらが返ってくる見込みはほとんど無い。貸し付けた2300万円の内1700万円は銀行から私の報酬をかたにして、すなわち毎月の報酬からさっ引かれて出したものであるが)辛うじて利子2%を払ってもらっている。しかし、1700万円の利子は銀行から借りた利子3%には足らないのである。

リ・ボルト社は第3セクターであり、びた一文も私の自由にはならない。将来相当なもうけが出てきても、他の人の貸付金の返済や、設備の改修費、さらに、労働者の退職金や手当などの基金にしなければならず、出資者への利益還元は近い将来到底見込めない。私は全財産をこの会社に傾注したが、ここ十年やそこらでは見返りは何にもあり得ない。せめて貸付金が返ってくればと願っているばかりである。

本来、リ・ボルト社所有のホテルは町が公費で買い戻す必要があったものである。この敷地にはれっきとした宿泊施設を持った観光施設があったものを、それをぶっ壊して民間会社に超安値で売り飛ばしたのであった。それは完全な犯罪行為である。
町議会が買い戻しを否決したので私など民間の力で買い戻して、町の観光事業の中心に据えて運営している。

これは公益事業であって、私利私欲の事業ではない。私の協力によってホテルの洗濯代だけでも毎月数十万円節約されている。釜炊きでも月に5万円前後の節約である。
だからといって私は会社に一銭の利益も求めていないし、もらうことはない。私が町長を辞めて会社で働くようになれば別であるが、今は、私の協力は全て町の第三セクターのためである。

第三セクターは、地域の雇用を確保し、産業基盤を発展させるために、町長はもとより、議員も町職員も、町民もみんなが協力して守っていかねばならない。

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2010年8月30日 (月)

第3セクター

News & Letters/202

  激しい夏が終わろうとしています。ブログを書くのも久しぶりです。
第三セクターリボルト社の支援活動に忙殺されました。

朝晩の釜たき、ホテルのシーツなどの洗濯、部屋の掃除メーク、皿洗い・・・、
めまぐるしい肉体労働、そして公務。体重は5キロ以上減量。ずぼんのバンドの穴2つ分腹がへっこみました。盆の3日間が最高のピーク。山のような洗濯物を1人で処理したため、左手首が炎症のため腫れ上がりました。今も少し腫れたままです。夜は氷で冷やしています。

よく第三セクターが赤字だ、つぶれた、残った債務はどうする、など議会や新聞で騒いでいますが、その場合出資者ら関係者がどのくらいその事業に力を入れたか、誰かに任せっきりではなかったのか、その点が少しも問題にされていない。

まかせるにしても、常にそばに行って点検をしなければならないし、出来るだけの支援・声援をしなければならない。

自分が出した金のように、市町村が出資した場合でも、金を出しっぱなしでどうでもせえや、ではいけないのである。
公金が生きるように出資側も真剣に事業に参加しなければならない。

まして、町長や職員が第三セクターに関わること、それを支援することを議会内外で非難しようと構えている人がいるが、一体どういう感覚なのであろうか。

外から企業を誘致することが困難な過疎の地域で、その産業基盤を強化するために導入し設立した第三セクターを死守すること、これは公務の延長であり、最も大事な公務の1つである。

釜で湯を炊くことによってガス代が半分に節約され、地元の学生アルバイトを雇って洗濯を自ら手洗いをすることによって毎月数十万円の節約が可能となった。徳島市内の洗濯業者に年間巨額の金を払うよりも自力で処理することの利益を教訓として残した。西の方の市でホテル経営が赤字だという新聞記事が大きく載っていたが、確かにホテル経営は厳しい。収益が上がらない反面、経費が大きい。だから、経費を削減することが最も肝心なのである。洗濯などを外注していたのでは、採算が取れない。

      澤山保太郎はもう入らない、か。

昼行灯と呼ばれた播州赤穂の城代家老大石義雄。
しかし、いざというとき主君の仇を討って歴史にその名を残した。
大石義雄は、普段は無役であった。太平が続いた時代においては城代家老は仕事はない。 平和なときには、何もしないで良いのである。いざ鎌倉と言うときに軍隊を率いて戦闘を指揮し、領地と城を守る。 江戸時代ではそれで良かった。

しかし、3000人少しの小さな市町村では、その首長はそういうわけにはいかない。
昼も夜も四六時中働かねばならない。その労働も、単にデスクワークであってはならないのである。

  確か、出典は定かではない。諸葛孔明を評した中国の古文に「出でては将、入りては相」(いでてはしょう、いりてはしょう)という言葉があった。

ふるさとや祖国の危機にあっては将軍となって軍隊を率いて戦野で闘い、平時には宮廷で宰相として国民の福祉のために働くという意味である。

私は高校生の時には、この漢文を愛読し、常に朗読しては「出でては将、入りては相」を男子としての理想像としてきた。

最近、人が言うのには、澤山保太郎は核騒動など戦時のときに必要な人間であった、平時においてはもういらないとのこと。

核騒動の戦時においては怖じ気づいて隠れていた連中が、戦後、利権屋どもを引き連れてのこのこと現れて、平時の安楽をむさぼろうというのであろうか。しかし、出でても、入りても、困難は同じである。

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2010年5月 8日 (土)

薪炊き温浴施設

News & Letters/188

5月1日、東洋町白浜の自然休養村管理センターを改装し温浴施設を拡張設置した。
この施設は、国(旧農林省)の補助を受けて建てたもので、老朽化して数年間放置されていた。
全額国の交付金を頂いて平成21年度事業として1階部分に風呂とサウナ、事務所を設置し、22年度には、2階部分の研修室や宿泊設備の改修をしようとしている。現在1、2ヶ月は支援営業だ。
当初風呂代はただにしようとしたが、大方の反対があり、600円頂いて500円の商品券を返す、実質100円風呂にすることにした。
入浴した地元住民や観光客にはなかなか好評である。
ところで、例の高知新聞。原環機構の高レベル放射性廃棄物地層処分安全の誇大宣伝の広告料で生計を営んでいる新聞であるが、早速反核東洋町のこの100円風呂にかみついた。

シニカルな警句を載せる「出放題」というコラムで、
垢と赤字をかけて「アカが出る」と揶揄した。
東洋町の100円風呂が報道された明くる日に早速「出放題」に掲載したのだから、一般読者の寄稿とは思われない。

しかし、この「出放題」さんは風呂を誤解しているようだ。

、風呂は、垢が出るところではなく、仕事やスポー 
 ツだけではなく生理的自然に出て、体にこびりつ 
 いた汗や垢を洗い流すところであり、石鹸をつけ
 て体を清浄するところである。風呂に入って初め 
 てアカが出てくるというものではない。

2、私はこの風呂を金儲けのために作っているのではない。新聞の私のコメントでも福祉と観光目的だと明確にしている。
風呂の歴史はよくわからないが、日本の民衆の間に温浴が一般的にあったわけではなかろう。

温浴は貴族階級が楽しんでいたと思われる。
実際、私が小中学生までは私の家には風呂はなく、もらい風呂をするか、庭でタライで湯浴みをして暮らしていた。姉が庭で湯浴みをしているのを盗み見したことを覚えている。千年も昔から貧しい多くの家庭はそうして体を清めていた。私が旅をした東南アジアのどこの農家に温浴の風習はなく水で体を洗うのが普通だった。、

中世の寺院関係の記録などには、僧が鴨川などで施行として簡易な風呂を設け、アカにまみれた庶民を世話していた、という。
温浴の原点は、福祉である。福祉事業に赤字の概念はない。

、観光目的について。
人口3000人少しの東洋町ではあるが、ここには多くの観光客が来る。サーフィンや海水浴で十数万人が毎年やってき、また最近では「海の駅」での買い物客が昨年1年間レジを通過した者だけでも13万人という数字が上がっている。

このお客さんに100円風呂を提供したい。
東洋町の役場の予算の95%前後は、国からの交付金や補助金で賄っている。この金は都会の人の税金である。都会の人のお陰で町の予算が成り立っているのであるから、その恩義の万分の1でもお返しをしなければなるまい。

癒やしを求めて東洋町にお越し頂いた国民に少しだけのサービスをさせて頂いている。

恩返しに損得はない。しかもこのささやかなサービスによって東洋町への来客数が飛躍的に上昇する事は十分可能である。数百万円のアカに拘泥するどころではあるまい。

4、果たしてこの風呂の経営は赤字になるであろうか。予算上は赤字を見込んで浴客1万人程度と見て収入は年に120万円程度に設定してあるが、そんな数では収まるまい。
東洋町の財政は、健全とは言えないが、私の1期の任期中に、48億円の借金が38億円にまで削減され、1億円積立金を増やしている。
高校生までの子供と、75歳以上のお年寄りに米を配給するなど日本一の福祉事業を推進し、さらに、多くの失業対策事業を展開し、学校や漁業施設、道路の整備など公共事業も断然増加させてきた。
そのなかで、福祉事業の一環として数百万円の費用をかけて風呂を運営することが、揶揄や茶化しで批判されることとなるのであろうか。

灯油やガスを使わず、山や浜に捨ててある薪で炊く銭湯を復活させること、これが今日のエコエネルギーの時代にどのような意義があるか考えてみるべきではないか。
新聞は、記事を書くとき

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2010年2月 6日 (土)

ホテルの経営

News & Letters/174

東洋町のリ・ボルト社が民間会社からホテルを購入して5ヶ月が過ぎました。1日も休業していません。
そして、大方の予想に反し、5ヶ月間一度も赤字にはなっていません。全月黒字です。

本来このホテルは、東洋町が公有財産として取得しなければならないものです。このホテルの敷地は東洋町の行政財産であり、東洋町青少年「旅行村」という施設が建っていたのです。それを白昼公然と破却し、土地も格安値段で民間業者に売り飛ばしていたのです。まだ国の補助事業の継続中の施設であり、現在でも行政財産のままであり、管理条例も特別会計も存在しているのです。

町議会では1票の差でこのホテル買い戻しの議案が否決されてしまいました。実に残念でした。
5階建てで、大広間を除いて27室の立派なホテルを5500万円で購入するというものでしたが、議会の理解を得られなかったのです。反対の理由は理由は赤字になる、という一点でした。

それで仕方がないから、私と私の姉が4300万円を出し、足らない金は町内外の知人に頼んで資金を調達して、この町の財産を確保したのです。
私は手持ちのあり金を1000万円、銀行からの借金1700万円、合わせて2700万円出し、姉とその長男が1600万円出しました。
こんなことをしてと人は笑うかも知れません。

私の借金は私の報酬から天引きされています。
ホテルの食事のメニューは毎日全部私が作成し調理の担当がつくっています。安くて豊富ですので大変好評です。

ホテル購入に反対した皆さん、白浜ホワイトビーチホテルはこのシーズンオフの期間を黒字の採算ペースでしのいできました。これから春から夏、秋の観光シーズンではさらに売り上げを伸ばしていくでしよう。次々と従来の方法を変えて効率的運営を図っていますが、まだまだ経費を節約する余地があります。隣に温浴施設もまもなくできあがります。
東洋町の観光の目玉としてホテルは十分やっていけるのではないか、という感触を持っています。

このホテルをホテルとして存続するかどうか、もっと外の良い目的のために転用すべきかどうか、まだはっきりしていませんが、何にしろ人が捨てたものでも智恵を使い労を厭わず頑張って動かせば何とかなるのではないでしょうか。

隣の「海の駅」はますます盛況です。今月中に1億円の水揚げを達成するでしょう。10万人以上の来客を記録しています。これは大きな経済効果です。

私は私財を投げ出しても少しも惜しくありません。
そこから利益を得ることが出来れば望外の喜びですが、何よりもこれが無駄な長物にならないように、雇用の確保、地域の活性化に貢献するように最後まで責任をもって運営します。

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2010年1月14日 (木)

町政報告

News & Letters/167

(新年の挨拶)

町民の皆さん、新年明けましておめでとうございます。
皆さんのご協力のおかげで、町政も大過なく遂行させて頂きました。
しかし、反省点もいろいろあります。これからの大小様々な課題もあります。
町役場職員一同、本年度も皆さんの暖かいご支援とご鞭撻をお願い申し上げます。
町民の皆さんの各ご家族が健康で平和な一年でありますことを心からお祈り致します。

東洋町の進むべき方向

エコ・ビリッジを目指して

現在私たちが暮らしてきた地球の生態系は大きく危険にされされています。
1つは、二酸化炭素などの過剰な排出による地球環境の温暖化現象であり、いまひとつは原子力産業や核兵器の生産・実験による放射能汚染の拡散であります。
二酸化炭素などの排出については、民主党政権に替わってから日本政府もようやく本腰を入れてその削減に取りかかろうとしていますが、世界全体では加速度的に悪い方向に進んでいます。南極や北極、高山の根雪が大規模に融解し、水面が高くなり海水が膨張したりして、異常気象で人類の生活も脅かされつつあります。

原子力産業については、旧ソ連のチェルノブイリ、アメリカのスリーマイル島の大事故から記憶が薄れていっているのか、再び無謀な原発の建設が世界各国で始まっています。
しかし、東洋町民の英雄的な闘いに見るように、核廃棄物の地下埋設の冒険的事業は頓挫し、原子力産業の発展の行く手は世界的な人民の良識によって押しとどめられています。
温暖化については、東洋町も今やっとその対策に乗り出しつつあります。

温暖化対策としては、石油石炭など化石エネルギーをやめ、風力や太陽光、そして木材を使う木質バイオマスのきれいなエネルギー資源に転換することが急務であります。
東洋町では風況調査では風力発電には適地ではなく、さりとて大規模な太陽光発電はとても資金がありません。木質バイオ(薪炭)であれば、豊富な山林があり、しかもその多くが利用されず、放置されていますから、これからの東洋町のエネルギー源としては極めて有望であります。

木質バイオマスをエネルギー源にしよう

薪(チップ状、又はペレット状)を使ってボイラーを湧かし、その熱を利用して風呂の湯や、温床ハウス、住居の暖房に使っていくことが出来ます。
また、東洋町では、昨年からアブラギリという木を植え始めました。樹木の種から油を取るという計画で、町有林などに何万何十万本というアブラギリを植樹する計画です。
これで取れた油で自動車や船の燃料がまかなえます。

材木や植物油を利用してタービンを回し発電することも可能です。
東洋町は、すでに生ゴミを乾燥して堆肥にするのに石油に頼らず、薪炊きの釜で行っています。今度、白浜につくる温浴施設(自然休養村)も出来る限り木質のエネルギーを使うように工夫しているところです。環境を汚さないと言うことと経費節約の効果を追求しています。これからの東洋町は化石燃料に頼らず、住民が、環境にやさしいきれいなエネルギーで生活するというエコ・ビリッジ(エコの村)を目指してまいります。
  
福祉行政の理想を求めて前進中

現在東洋町の福祉行政は、他の市町村に比べ相当高い水準に達しています。
来年度はこれまでの事業を維持しながら、さらに充実度を高めていきます。

理想は、東洋町の全ての住民が

①3度の飯を食べることに心配がないこと、

②病院にかかってもお金がいらないこと、

③保育園児、小・中・高校生が学校や保育園に通うのに費用の負担は一切かけない、ということが目標です。

健全な財政を維持しながら、この理想に一歩でも近づくため、私たち行政を預かるものは一生懸命に働いています。
政府のように子供たちの福祉を充実すると言っても、膨大な借金をして将来その子供たちに借金の付けを回すようでは話になりません。東洋町政は借金を減らしながら、福祉や教育を充実していきます。

      米の配給をさらにお年寄りにも拡大

1、現在、米の配給を保育園児毎月5㎏、小中高校生は毎月10㎏ずつ配給をしています。
米は東洋町産米で、勿論無料です。
今年4月からは、子供たちだけではなく、東洋町内の75歳以上のお年寄り(約730人)に毎月米5㎏ずつ配給しようと計画をしています。現在日本人の米の年間消費量は平均60㎏(月5㎏)といわれています。年がいって働けなくなったら、東洋町に帰ってきて暮らしてください。

2,東洋町では現在、医療費は、中学校卒業するまで子供たち全員無料です。
また、85歳以上のお年寄りも医療費は無料です。
  東洋町では、肺炎ワクチンも80歳以上は無料です。75歳以上は半額です。
  インフルエンザ・ワクチンは全員無料で受けられます。

3、家庭でお年寄りを介護されているところには、月々3万円の給付金を渡しております。

4、週1回ですが100人ほどのお年寄りへの配食サービスは実質無料です。

5、デイサービスは半額に減額しましたが、来年度は全額実質無料にする予定です。

6、野根の奥から町までの福祉バスも無料にしております。

  出産祝い金、子宝給付金を支給

7、来年度からは、出産祝い金(10万円の商品券)と、妊婦さんに子宝給付金(6ヶ月間毎月2500円の商品券)を支給する計画です。

8、学校でいる教育費については、学校は、保護者や生徒に請求するのではなく、基本的に町に請求するようにということになっています。各種の教材費は町役場が負担することになっています。

9、保育園児には、通園助成として毎月1人3000円の商品券を支給しています。
  今後、更にこれを上乗せできないか検討中です。

     高校生に月5000円の支援金給付

          大学生の奨学資金復活

10、来年度からは、政府は高校生の授業料を取らないことになりましたが、東洋町はそれとは別に、通学費として1人毎月5000円の支援金を支給する計画です。

11、また、来年度は、大学生や専門学校生に対して奨学資金制度を復活させます。
   4年生大学で入学時に80万円、短大・専門学校で60万円の無利子の貸付金です。

産業復興の基盤造り

「海の駅」の盛況

澤山新町政は、一部の利権に独占されていた白浜ビーチを解放し、町営駐車場を取り戻しました。白浜ビーチには「海の駅」を建設し、誰でも出品できる販売拠点を確保しました。
地元や近隣市町村から100人ぐらいの出店者が新鮮で格安な魚などを販売しています。
地元だけではなく、徳島や室戸方面からたくさんのお客さんが毎日やってきます。
今まで県外に流失していた逆転現象が起こっています。
小さな店が超満員になることがしばしばです。

4月から12月末まで9ヶ月の売り上げは8500万円に達し、年間売り上げ1億円を超え、集客は10万人を優に超えることが確実となりました。
それまでは、白浜ビーチは、特定個人が自動販売機を据えて個人営業の場とされていました。
また、特定個人に牛耳られ料金が取られていた生見の町営駐車場も回復しました。
その収益でリ・ボルト社を立ち上げ、様々な事業を行い、数十人の雇用を確保しています。
それまでは、毎年1千数百万円が何に使われていたか確たる領収書も無い有様で、十数年間で億単位の金が何の成果もなく消えていったのでした。

更にリ・ボルト社は、元々東洋町の行政財産であった白浜のホテルを買い戻し、東洋町観光のシンボルとしてこれを経営しています。リ・ボルト社は1億円企業として健全な運営で活発に事業を遂行しています。

学校等公共施設の整備事業

甲浦、野根の小中学校は、地震が来た場合の備え(耐震補強工事)が少ししか出来ていませんでした。高知新聞が発表した一覧表では、東洋町が高知県下35の市町村で最低の整備状況であると報道されていました。澤山新町政は、教育委員会と協力して全力で整備計画を立て、耐震診断作業を強行し、ここ1年位で何とか補強工事がほぼ完了するというところにまで到達しました。

来年度の補強工事の予定は、甲浦中学校の3階建ての校舎の耐震補強工事、甲浦小学校の2階建て校舎の耐震補強工事、甲浦小学校の体育館の耐震補強工事などが予定されています。

  野根中学校の手抜き工事

この間の調査で判明したことですが、野根中学校の教室の校舎(南側)は天井の梁を支える柱がほとんど欠如していることが判明し、その校舎は全て使用禁止にし、生徒たちは大急ぎで北側の丈夫な校舎に移転するという事件もありました。
重い梁は各部屋の壁の上に乗っけてあるだけでした。
震度5ぐらいでも支柱のないコンクリートの梁は崩落し、それと共にコンクリートの天井や屋根も落ちてきて、中国の四川省の学校のように生徒や先生を下敷きにする危険性があったわけです。人命軽視、手抜き工事にも程があります。
同じ並びの校舎の端に職員室がありますが、この部屋だけはしっかりした支柱が梁をささえてありました。
   
温浴施設建設

白浜の自然休養村の改装がいよいよ始まりました。温浴施設を拡充し、サウナも設置します。この施設は国の補助金を受けて建てたものですが、老朽化して、ボイラーやトイレなどが使えなくなり機能していませんでした。このままではまた国に補助金の返還を迫られる可能性がありますので、この度国の交付金で改装することにしました。1階は風呂、サウナ、食堂、2階は研修室など会議室です。

休養村と言う名が付いていながら、風呂も湯船が畳1畳ほどで2,3人しか入れないし、2階で宿泊させていましたが、避難階段もついていない欠陥施設であったのです。
風呂を拡充して数十人が入れる様にします。

入浴料も実質100円程度の格安料金にする予定です。ボイラーの燃料は廃食油か薪でまかなう方針です。地元の人はもとより近隣から多くの客が集まり芋を洗うほどの賑わいを現出すると思います。

風呂やサウナにはいるのに宍喰方面までいっていた町民や観光客も東洋町で超低料金ですませることが出来るようになります。

高齢者集合住宅建設

野根に待望の老人を収容する格安料金施設が建設され始めました。
東洋町はお年寄りを収容する施設を持っていません。県外の業者のお世話になっています。
そのため町は毎月数千万円の資金をその施設に支払っています。
施設の入所者が多いと、本人の負担以外に、町も大きな費用の負担があり、また、40歳以上の町民に係る介護保険料もますます高くなってきます。
施設のお年寄り1人に毎年数百万円の出費はさけられないのです。

そこで、東洋町は、町の負担を少々かけても超低額の老人施設を作ってそこでお年寄りをお世話をさせて頂いたら、本人の負担も町の負担も大幅に軽減されます。
町の経費節約だけが目的ではありません。毎月数万円の個人負担の低額老人施設を東洋町のあっちこっちに建設して、誰でもが愛着のあるふるさとで老後をおくってもらおうと願っているのです。

冷凍施設の設

最近、2千万円ほどをかけて野根漁協の施設や機器類の整備をやりました。
さらに、現在施工中ですが、例の活魚施設を改装して、そこに冷凍施設を設置しようとしています。3000万円ほどの経費ですが、全額国の交付金を使っています。
この施設を持って漁師が魚の販売において主導権をとれるようにしようと言うものです。冷凍施設がないので大漁であればあるほど低価格で買いたたかれる、漁がなければないで困る、という弱い立場を強いられてきました。
現在施工中の冷凍施設(約3000万円の全額国費)を第1弾として、様子を見ながら第2弾、第3弾の高性能の施設の導入を考えています。東洋町は漁業と農林業が基幹産業ですので、この産業を支えるために予算を惜しむものではありません。
   

東洋町の米を地産地消しよう

東洋町では無料で米の配給を行っています。

①保育園児には毎月1人5㎏を支給

②小中学生には毎月1人10㎏の米を支給

③高校生にも毎月1人10㎏の米を配給しています。

④4月からの来年度予算では75歳以上のお年寄り700名以上の人に1人月米5㎏が支給されます。

1家庭で毎月20㎏~30㎏も支給されるところもあります。
年間の配給米は約80トンに達する見通しです。
これらの米の配給は農協を通じてやっていますが全て東洋町産米をお願いしています。
なるだけ農民からは高く購入し、若干の手数料が要るとしてもそのまま消費者に渡していきたいと思います。東洋町の産米が安い値段で外に供出され、町内の消費者はどこかのブレンド米を高額な値段で買う、というばかげたシステムを変えなければなりません。

今、世界ではインドなどの不作などで米の国際取引値段が高騰しています。食糧の確保は生活のための最低の条件です。東洋町は良質の米を地産しています。これを地元の消費者に流通させられたら、農家も経営が楽になり、消費者住民も新鮮で安い、確かな地元米を食べることが出来るわけです。そうして備蓄しておくと災害が発生しても大丈夫です。

町道の整備など

甲浦、野根の旧街道筋の整備を始めています。一部の橋の耐震補強もやっています。
今施工中のは、甲浦、野根地区の旧道路の舗装工事と側溝の整備です。
林道にも国や県の補助金・交付金を利用して5000万円ほどの整備事業(河内林道)をやっています。

また、名留川地区が毎年夏に渇水で困っていましたが、新しい施設を建設し、水で心配がないようにしています。
白浜地区は海と川に囲まれ、住宅の過密状態ですので、旧道と国道をつなぐ大きな災害避難道路が必要であると考えています。

今後、農道や林道の整備、灌漑用の施設の整備に相当資金を投入しなければなりません。

避難高台の建設

甲浦、白浜、生見地区は土地が低く、津波に襲われる危険性が高いと考えられています。
周辺に高い建物がない地域では、地震発生から数分間で逃げられる高台の建設が是非とも必要です。急がねばなりません。まず白浜地区からその建設が始まろうとしています。
ここでは、とりあえず100人程度が収容出来ると思います。近い中に南海地震は必ずやってきます。野根沖から室戸岬にかけて最大級の地殻の陥没断層が横たわっています。
巨大な地震には恐ろしい津波がついているのです。子供や年寄り、子供を連れた親たちはすぐには逃げ切れないのです。早く各地に身近な避難高台を据え付けなければなりません。

借金を減らし健全財政を推し進める

平成19年3月末田嶋裕起町長までの借金は、一般会計と水道、下排水などの特別会計を含め48億円ありました。澤山新町政になり、毎年度数億円ずつ借金を減らし、平成21年度末の借金残高の予定は、30億円台に入ることになります。新町政3年間で10億円近い借金が減少したわけです。

例えば平成19年度末から平成20年度末までの借金の減少額は3億3744万円です。
すなわち、平成19年度末の一般会計、特別会計の借金の合計額は、45億7298万8千円でありましたが、20年度末では42億3554万8千円にまで減少させたのです。
一方、少ない基金(貯金)でありますが、これも少しも目減りさせず、毎年数千万円単位で増えています。

借金には利子がついています。この利子は全く何の役にも立たない無駄な金です。10億円の利子が仮に5000万円とすれば、大変な節約となります。5000万円というのは東洋町の税収の半額に相当する大きな金であります。
町財政でも会社や家庭の会計でも同じですが、借金をしないということが最も大事な心構えです。重大な災害でもないのに、税収の50倍、予算の2倍以上もの借金を背負うというのは無責任な放漫財政と言うべきで行政マンとしては失格です。

   東洋町健全財政の仕法

健全財政をやり通すためには、

第1に、事業をする上において国や県の金を引き出し、利用することです。「海の駅」の建設費用はほとんど国の交付金と県の補助金でまかない、町の出費は数百万円です。県の補助金1800万円を当てにしていたところ、国の臨時の交付金(1千数百万円)制度も急に作られ、それももらえると言うことになると、県は、県の補助金は出せないと通告してきた。町長はこの通告を粘り強く交渉して遂に撤回させ、国と県の両方の交付金を頂いたのであった。

第2に、請負契約において公正な競争入札を厳格に行う必要があります。
特定業者と結託し、予算を目一杯使われ、その上に付帯工事などといって追加予算を取られるというやり方ではなく、予算内で主な事業をやり、余った金でいくつもの付帯工事もやる、という手法が常道でなければならないのです。公正な競争入札を徹底することで請負工事の落札率を70%台から80%台にまで大きく削減したわけです。
また、町営住宅の改修費も年間数千万円もの予算を使っていて、近隣市町村の10倍もの出費をしていましたが、今は数百万円ほどの適度な支出に押さえられています。

そして第3に、機器類や日常雑品の購入においては、まず、自分たちで製作したり調達できないか、その次ぎにリサイクル店で良いものがないかどうか、どこかからただでもらえないかなどを問い合わせをし、どうしてもないと言うときに初めて新品を買うというやり方に変えてきました。今、生ゴミの乾燥に使っている釜はまともに買うと600万円もかかるとか言うものですが、これは土佐市のくず鉄屋からただでもらったものです。
リサイクル店を役場の取引相手に入れているところは、東洋町だけでしょう。
もちろん新品も見積もりを取って少しでも安い所から買うわけです。
自動車を買う替わりに単車を買って乗るようにしています。

新町政は、この様な節約方針で3年間やってきました。東洋町役場では、現実に価格破壊が起こっているのです。

東洋町青少年旅行村を復活

東洋町の青少年旅行村中央管理棟は、今、復活しました。
リボルト社が民間の資金を集めてホテルを購入し、その2階部分を青少年旅行村として設定しました。町は一銭も支出していません。本来ならこのホテルは町の行政財産として公金で買い戻して町の施設として稼働させなければなりません。
 
以前、白浜の青少年旅行村の中央管理棟は大きな木造建てで宿泊施設を持った立派な観光拠点でありました。この施設は今でも全国各地にあります。新聞記事によると、東洋町も国や県の補助を得て平成48年から平成5年まで存在していました。町は管理運営の条例を作り、特別会計をもうけてちゃんと運営がなされていました。今でも条例でも会計上でも青少年旅行村は存在していることになっています。

青少年旅行村の当時の写真もちゃんと残っています。建設してから20年もたっていない国の補助事業ですから、勝手にやめるわけにはいきません。これまでの町執行部は、青少年旅行村をぶっ壊して売り払っておりながら、それの正式な廃止手続きもせずに、隣の自然休養村の施設を「旅行村」と呼んでごまかしてきたのです。勝手に廃止したでは国や県に説明が付かないからです。
しかし、実際は、平成5年にその施設は除却されていて、跡地はホテル業者に超格安値段で売却されていたのです。当時の土地の評価では、9000万円ほどの行政財産がわずか1500万円で売られていたのです。

    施設破壊完全犯罪が白昼堂々とまかり通った

議会の記録でも役場の記録を探しても、どうして青少年旅行村の施設が破却されたのか何の資料も残っていません。これは重大な犯罪です。公共施設の建造物損壊の罪です。
当時の建設課長だった人も、その部下で土地を測量した職員もいますが、誰も真相を明らかにせず、知らぬ存ぜぬを決め込んでいます。

東洋町には、南山利権事業などいろいろな奇怪な事件がいくらもありますが、これほどの完全犯罪の事件はほかに見あたりません。小野、田島両議員はなぜこれほどの闇の乱脈行政を究明しようとしないのか、町長に反対するのであれば、それでは行政財産の回復措置について他にどのような方法があるのか対案を出さねばなるまい。これでは両議員は過去の利権行政を弁護し、不法な財産放棄を擁護しているに過ぎないことになる。

    財産売りとばしを書類上のミスだという

小野、田島議員の主張

昨年東洋町議会にこの青少年旅行村復活のためのホテル購入予算が計上されました。
資金は全額国の交付金であり、県も国も承認していました。
小野議員と田島議員がこれに猛然と反対をしました。
彼らの主張では、青少年旅行村が平成5年当時に破壊され売り飛ばされたことについては、それは「過去の手続きに瑕疵」(小野議員)、があった、「売却時の書類の不手際」だと言う程度であり、調査したければ町長がすればよい、ホテル購入する必要はないというのでした。施設破壊を犯罪だと決めつけるのは、町長の「でっち上げ」(田島議員)だという。

公共施設が破壊されたことがどうして書類上のミスでしょうか。現在も生きている条例で管理運営が義務づけられている施設を破壊した、その理由も手続きも何も存在しないことに何にも感じないのであろうか。大通りに面し観光地の中心にあった大きな行政財産が民間の利権施設に変貌したと言う一事は誰も否定することの出来ない事実なのに、「でっちあげ」だというのはどういう訳でしょうか。銭をもらって売り飛ばしたのだから、銭を払って買い戻すことは当然のことではないでしょうか。

条例が存在し特別会計が存在していることは書類上のミスでしょうか。
青少年「旅行村」を正式の手続で廃止することが出来なかったのです。存続し運営する義務があるからです。

また、小野議員はしきりに行政財産を民間ホテル業者に渡して固定資産税が入ったからその方がいいのだ、と主張します。しかし、十数年間ホテルがこれまで払った固定資産税はせいぜい数千万円であるが、破壊され売られた行政財産は今の価格では億単位である。
町の観光施設としての機能は金で換算することは出来ないが、その償いはまだまだ出来ていない。小野議員の論理でいけば、行政財産は次々と民間に売り飛ばして税金を取ればいいのか。

それでは旧室戸高校のグラウンドを緑風会にただで明け渡した行為はどう説明するのか。
緑風会からは一銭の固定資産税も入らないし、土地代金も新町長が交渉しなければ払おうとしなかったのではないか。法律では行政財産は貸すことも売ることも出来ない。公費をかけて多くの国民の利便のために活用されなければならない。そんなことぐらいは分かって欲しいものだ。

ホワイトビーチホテルの白い巨塔は、東洋町の利権の象徴とし化していたが、現在、東洋町長らの私財でリ・ボルト社に確保されホテルとして試運転されている。
その2階に東洋町青少年旅行村は再開された。この施設をホテルとして運営し続けるのか、あるいは他の有益な施設に転換するのか、今しばらく試運転と観察が必要であるが、東洋町青少年旅行村は出来る限り残して置かねばならない。2階部分には事務所があり、青少年が団体で宿泊できる大部屋があり、また大浴場もある。

町議選挙の争点

 澤山町政の改革路線を支持するかどうか

本年1月17日(期日前投票は1月13日から)に町会議員選挙が行われます。
新聞報道によれば甲浦から13人、野根から6人の候補者が出ると言うことです。
今回の選挙の焦点は特別な問題は何もなく、何と言っても澤山新町長の町政を支持するか、それとも反対するのか、という一点に絞られると考えられます。

これまでの議会内外で現れている澤山町政に対する批判の主なものは、

①旧来の利権をめぐるもの、

②行政執行の手法をめぐるもの、

のこの2点に絞られる。

①については、任意団体である東洋町観光協会及び社協をめぐる利権や裏金、また旧室戸高校グラウンドの緑風会の土地の占有、ホワイトビーチホテルの不法売却、町議リコール事件、南山利権問題等々、である。

これらの利権事案について澤山町政は、断固として利権は認めないという方針を押し通した。これらの利権に関わる者たちが悲鳴を上げ、澤山保太郎に牙をむいて非難をしてくるのは当然であった。貧しい多くの町民が正直に生きているのに、何の合法的な手続きもなしに町役場から特権を与えられて私利をむさぼることは許されない。
町営駐車場の巨額の公金を何らの適法な手続きもなしに任意団体を名乗る連中が取得して良いのであろうか。

澤山町政に反対するも者らは、それで良いというのです。
町からの補助金の大きな残りを、町に返さずに、自分たちで貯めて保有して良いのだろうか。その公金を自由に使って良いのであろうか。
澤山町政反対派はそれで良いというのです。

町の行政財産であるグラウンドに、民間業者の建造物を建てさせて良いのであろうか。
しかも無償で。彼らは、それで良いというのです。
これも町の行政財産で、国や県の補助事業である青少年「旅行村」の施設を、適法な手続もせずにぶちこわし、これを民間業者に格安で売り飛ばしても良いのであろうか。
彼ら反対派は、それでいいというのであり、取り戻す必要もないというのです。

超低額の老人施設や「海の駅」や温浴施設、ホームセンターなどの開設について、澤山町政に反対する者たちは、徳島の業者に悪影響があるから反対だというのです。

東洋町だけには、温浴施設がありません。そんな観光地はどこにもありません。温浴施設を白浜につくろうとすると、地震が来たとき女の人が裸で逃げ出したらどうするのだ、といって役場に電話をしてきて執拗に反対を唱えていた人もいました。
一体この人たちの反対にまともな理由があるのでしょうか。

  事業をどんどんやることが「独裁的」か

澤山町長の行政のやり方が独裁的だ、何でも相談せずに勝手にやっている、だから澤山町政に反対だ、という人もいます。

町長と言わずおよそ長たるものには、専決権があります。

何かにと協議したり討論したりしても結局最後に決めるのは首長です。
首長が最終的に決めなければ物事は前へ進みません。最高の責任者が最終的な判断を下すのです。法令規則でそれが義務づけられています。最終的な裁断をしない町長は、人形かロボットです。これは会社でも家庭でも、どんな団体組織でも同じ事です。

澤山町政での町役場は、庁議や職場会議や、担当者同志での協議やら徹底的に会を持って業務を遂行しています。おそらく全国どこの自治体でもこんなに協議をやっているところはないでしょう。

予算や事業について町民への説明会や意見交換はしょっちゅう行っています。町の総合計画でも原案を町執行部がつくり、それを産業団体の代表による審議にかけるだけではなく、各地区での説明会、町全体の討論会を開き、その都度修正を加えながら、そして最後に議会審議の後に決定してきました。

その総合計画は可及的速やかに実現しなければなりません。これまでの総合計画はその冊子を作成したらそれで終わりで、後は野となれ山となれというかたちで放置されてきました。澤山町政はそうはいきません。
総合計画はすぐ実行するために作成したものです。

澤山町政では新規な事業を新規な手法でどんどんやってきましたから、ゆっくり日を暮らしている手合いには驚きのあまり眼が回るほどの思いをしたであろう、とお察ししますが、町の多くの住民は、それでも遅い、もっと早くやれ、いままで何をしよったらや、という声でいっぱいなのです。

能天気な人たちから見れば、事業をどんどん進める、しかも何でも先頭に立ってすることが「独裁的だ」と写るわけです。町長は毎日酒を飲んで機嫌良くしておればいいんだ、と言いたいのでありましょう。そんな町長が恋しくなるのは仕方がないが、それでは町はやがて人が住まないゴーストタウンになるでしょう。

現町長は、皿洗いでも、にぎりめしでも、釜たきでも、便所掃除でも何でも先頭に立ってやります。中小企業の社長はどんな雑用でもしなければなりません。そんな町長が大嫌いな人は仕方がありません。
今度の町会議員選挙は、町が生き残るか死滅するかの選択です。死滅の道を選ばないようにしっかり人物を見極めて投票してください。

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2009年11月24日 (火)

町長の仕事

News & Letters/153

リ・ボルト社への出資者の中には、「町長は、役場の仕事をしておればよい、事業に関わるべきではない」、等といって、会社の経営権を握ろうという手合いが現れたようだ。会社はもうつぶれかかっているなど悪宣伝に余念がない。
その連中に近い人の話では、総会屋的な意図で、リ・ボルト社で「大もうけをする」といっていたという。

現在の日本の行政の実態を知らないようだ。否、日本の行政府の歴史を知らないのであろう。
一般には意外なことと受け止められることであるが、日本の官僚ら公務員の数は、欧米諸国の中では極めて少ない。半分以下ではないか。雇用者全体に占める割合でも、GDP全体の賃金が占める比率でも最低の数値に位置している。この少ない役人の数で、膨大な行政を遂行しているのは立派なものと言わねばなるまい。そのやり方は、官庁外に無数の外郭団体や補助金団体の樹状を張り巡らし、それら民間、半民間の団体を無数の規則や行政指導で動かしてきたのである。日本の役人は、その行政機構を通じて欧米に追いつけ追い越せの動因で経済行政をどんどんやってきたのである。このような能動的な役人軍団は世界的にいって日本だけであろう。

天下りなどそれについての毀誉褒貶はいろいろあるであろう。しかし、日本という国家は、明治以来そのような官僚や公務員によって成り立ってきたのである。それは、今、動脈硬化を起こして腐朽しつつあるあることは否めず、確かに歴史的な使命を終えようとはしているが、それに替わる政治形態は未だ出ていない。

民主党が如何に政治主導といっても政官業の癒着体制は容易に崩れない。しかし、それを非難するだけで能事終われり、というわけにはいかない。それに代替する政治機構を構築しなければならない。

それとは趣が少し違うが、地方では行政が主導して福祉や産業を推進するというシステムは社会を存続させる上で不可欠なものである。少子高齢化、過疎などで民力が著しく衰えている東洋町などでは、底力のあるのは行政機関だけである。そこが踏ん張らなければ、誰が社会を担当できるだろう。市町村役場が、その首長から職員らが鍬やかまをもって野や山に出かけ、海や川に入って産業を興し、雇用の場を開拓しないで誰がする。

祭も災害出動も公務員はその先頭に立たねばならない。それが何時の時代でも本来の公務員の姿だ。
そういうことで私は朝出勤前に出勤し、会社の用務員のような仕事で一汗かき、そうして役場で仕事をし、夕方はまた、会社の用務をこなしている。

それは薪釜で芋を煮たり、おにぎりを作ったり、洗濯をしたり、便所の消毒をしたり、「海の駅」で皿洗い・・・などの雑用である。産業復興とはこういう仕事のことを言うのであって机の上で計画を作ったり文書を作ったりすることではない。
かくて、「海の駅」はおかげで4ヶ月余りを残して悠々と7千数百万円台を越えている。

新しいホテルもオフシーズンではあるが、購入してから2ヶ月あまり、月々黒字が続いている。
首長が汗を流して住民と一緒に働くことが地域復興の要諦である。

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