国政問題

2020年9月19日 (土)

ゾンビの登場

最近の報道によると中核派の清水丈夫がある政治集会に登壇したという。
60年安保闘争の輝ける指導者であり、70年前後の激動の時代の勇者集団、
革共同中核派の牽引車であった。だが最近の集会の様子では何か「反省」を強いられたようで昔日の面影がない。

私は一度だけそのシミタケに面談した。私が27歳ぐらいの時だ。
関西のAという男に付き添われ東京へ出て、東京からは車で何度も乗り換えてぐるぐると走り回ってやっとアパートのような一室に案内され、畳の座でシミタケに会った。

何を語り何を答えたか覚えていない。
その時から私の日常生活はがらりと変わった。私は当時狭山闘争の勝利のため解放運動の全国的な戦闘化、革命化を図ることに全力を挙げていた。中核派の組織的な運営には携わることはある程度は仕方がないにしても、それどころではなかったのである。

狭山闘争の大規模な闘争を展開するためには、組織力と資金力が私の細い肩にずしりとのしかかっていたのである。解放運動が革命戦線の一翼に登場することが、私の夢であったから、誰も助けてくれない組織と資金作りの苦労もなんとか切り抜けてきた。

シミタケに会ってから以降警察の私への尾行がほとんど24時間体制で布かれた。
前進社のいろいろな任務が私に課せられた。迷惑至極であった。・・・・・
シミタケらが領導した闘争はたしかにすごかった。敬服に値する。
しかし、私の思想とシミタケの思想は根本的に違っていたと思う。

一つは、シミタケの思想にはブンドの名残が色濃くあった。前衛主義だ。
前衛主義は、プロレタリアの主体性思想を否定する。その実践的帰結は大衆運動を軽視することだ。哲学でいえば梯明秀的なマルクス主義の思想性が、シミタケ派には欠如していると感じた。

もう一つは、農業問題や民族問題、そして部落問題の捉え方において、宇野経済学的資本主義(帝国主義段階論)の解明が必須であるが、シミタケや中核派は全体にその傾向が希薄であった。

労農派的資本主義の認識から出ていない。レーニンでいえば「ロシアにおける資本主義の発展」の段階の経済学であり、後年の「帝国主義論」の段階の認識ではなかったのである。

それは部落問題でいえば部落解消主義になるのである。
現代資本主義の宇野経済学的捉え方をしない実践的帰結は、民族排外主義と部落差別主義である。

プロレタリアの主体性論と宇野経済学的資本主義の解明の、この二つの思想的基盤がなければ革共同中核派の再生はない。

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2020年9月17日 (木)

ふるさと納税のまやかしさ、いかがわしさ

私は、菅総理のアイディアで成功例とされるふるさと納税は邪道であると批判した。しかしこのアイディアで菅は大分地方票を集めたようだ。

他候補もマスコミもこのふるさと納税(脱税)を批判するものはいない。
官僚が抵抗したようであるが、その意見も公表されていない。
地方を活性化するには、地方交付税交付金を増額・充実する方策をとるべきだ。

例えばふるさと納税をごく単純に絵解きをすると、ここに100万円の納税義務のある者(多分金持ち)がふるさと納税で100万円を寄付すると、返礼品という形で50万円返ってくる。すなわち50万円節税したことになる。

「ふるさと」という市町村には50万円は残る。
しかし、市町村全体の税金としては50万円しかとれず、50万円損失(納税者が得)したことになる。

元のように100万円徴税して、そのうち指定の「ふるさと」に50万円交付し、残りの50万円を元の市町村に残す方が正常ではないか。「ふるさと」に交付された50万円を地場産業の振興(たとえば産物の価格抑制の補償、漁船の燃料費の軽減、産物発送料の公費負担など)に使えばよい。

現行のように調達する返礼品で地場産業に金が回るとしても、それに相当する正規の交付金の支給で地場産品の生産・販売の増進を図るべきであろう。

小さな市町村で十数億円以上のふるさと納税を集めているところがある。
奈半利町は別格として、室戸市もそうだ。例えば返礼品のマグロなどは、市内では取れない。

そこで返礼品供給者一覧表を見ると市外の大きな水産会社の名前が出てくる。
これでは地場の産業復興には何の役にも立たないだろう。地場産だといってウソがまかり通る。

ふるさと納税は結局金持ち富豪層の公認の脱税方式でありこれが何千億円、何兆円の巨額になれば大きな財政上のひずみ(損害)となろう。菅はこの富豪たちのための脱税制度を作って得票を伸ばしたのである。獅子身中の虫だ。

マスコミはふるさと納税に抵抗した官僚の視点を隠ぺいし明らかに国全体の税収が大幅に減少している事実を報道しない。

今回の自民党総裁選の主役、安倍、菅、二階のこの三人は、河井安里議員の選挙における1・5億円の大買収作戦の真犯人であってこのことは誰の目にも明らかである。まともな国家であれば、すでにブタ箱に入らねばならない連中であるが、腐りきったマスコミはこれも隠ぺいしかかっている。

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2020年9月15日 (火)

宦官の勝利


私は長い間、新聞記事で菅義偉を かんぎい と読んでいた。

今日、この男の自民党総裁当選のあいさつを聞いていたが、
省庁の縦割り行政の打破ということが改革で自分の仕事だと強調していた
のが印象的だった。

具体的な行政施策や外交課題、いわんや政治思想らしき
ものはひとかけらも語られなかった。縦割り行政の打破をズバリ換言すれば
官邸主導であり、自民党総裁の超然内閣を構築することである。

省庁は内閣の下ある程度の独立性をもって仕事をしてきた。総理大臣や内閣官房が直接学校教育などにまで踏み込んで「休校だ」とかわめいていいわけがない。

官邸が厚労省の上から生活保護の保護率の減少にくちばしを入れてよいはずはない。

省庁間には権力分立が相当程度必要である。省庁、特に司法分野・検察庁や裁判所の官邸によるコントロールは最も危険である。かけマージャンであえなく消えた黒川を検事総長に祭り上げるための官邸のあからさまな司法への権限の干犯が縦割り行政の打破のわかりやすい実例である。

これからの菅(すが と読むのか すげ と読むのか。植物の菅(すげ)は笠や蓑となって正体を隠す道具である。)の縦割り行政打破の仕事は、何もかも隠蔽し、国民の疑問をすべて封じてきた官房政治いわば昔の宦官政治の実現が主なテーマである。縦割行政を粉砕し、民主主義政治を機密の闇に閉じ込め、
権力を集中し私物化する仕事しか菅の頭にはないのである。

宮廷内官の宦官が王権を握った場合、官僚たちはもとより民百姓はどうなるか知れたものである。

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2020年9月12日 (土)

核廃棄物の最終処分場についての高知新聞社説

本日9月12日の高新朝刊の社説の見出しは「東洋町の教訓生かされず」だ。

1・北海道寿都町長が、文献調査への応募の意向を発表したことについて
「町民や議会の理解を得ないまま町長が、突然、応募検討を表明した。」
ことが、東洋町の教訓が生かされていない、ということのようである。

しかし、寿都町の片岡町長は、応募の意向を表明し、議員や町民と議論する、反対が多ければ応募をやめるというのだから、独断専行や秘密裏にことを進めるということではなかろう。
立場は違うが、今のところ片岡町長のやり方には問題はない。問題はその内容だ。

2・「東洋町で住民が分断される混乱が生じた際も、国が主体的にかかわる姿勢が見えなかった・・・」
 という。しかし、東洋町では、「分断」が起こったのは町長及び町長派議員と住民との間であって町民の間での分断や対立はさほど表面化していない。

核のごみ受け入れ推進派はごく一部を除いて大っぴらには活動せず、彼ら側からのビラや宣伝活動はほとんど見なかった。東洋町で突出したのは町長と国の代理人NUMOであって、表面に立ったのは反対派の町民やその支援者たちだ。

町長選挙戦が済んだのちにも核の問題で町民が「分断」されたとか、しこりが残ったいうことは全くない。核推進派の議員も新町政に賛同する者もいた。核廃棄物や核燃料の東洋町への持ち込み禁止条例には全議員が賛成して可決した。当時現地にはNUMOだけでなく経産省の担当職員も出てきていた。
NUMOではなく国が前面に出ろという社説は、高レベル放射性廃棄物の最終処分場建設(地層処分)をもっと強力にやれという意味にしか読めない。

この社説には東洋町で最大に問題となった高レベル核廃棄物の地層処分そのものについて何も論じていないが、これに賛成しているということだろう。高知新聞はかつて何度もNUMOの地層処分に関する巨大広告を掲載してきた。
社説は、最近政府が選んだ「科学的特性マップ」での「適地」が全国に多数あることも指摘する。

だが、地層処分の危険性こそ東洋町で最も問題になり町民から忌避された問題であった。2007年の東洋町での教訓は、高レベル放射性廃棄物を含む核廃棄物の地層処分が町民に否定されたことだ。

政府やNUMOの宣伝刊行物によると、地下300m以下の地底にガラス固化体にした核廃棄物を埋設するという。それには4重のバリャがあって人間界から半永久的かつ安定的に隔離されるというのである。

第一のバリャはガラス固化体であり、第二は鉄の容器、第三はベントナイトという粘土、第四は天然バリャという岩盤だという。

しかし、第一と第四のバリャはバリャとはならない。第一のバリャのガラス固化体は放射性物体の本体そのものであり、第四のバリャというのは我々の生存する自然界そのものなのである。あとは鉄と粘土だけの二つのバリャだけであり、鉄はすぐにさび付き粘土はすぐにひび割れ崩壊する。だから地層処分というのはバリャがない生ごみの埋め立てと変わらない。

生ごみならまだしも極度に高レベルの放射性廃棄物を生ごみ並みの埋め立てで当面を糊塗しようとする方法が地層処分である。

すでに地層処分は日本学術会議が地震・津波の常襲国で、地層は断層や裂け目だらけで地下水が充満している日本列島では不適であると発表している。北海道寿都町には、狭い面積に黒松内低地活断層が帯状に横たわっている。こんなところまで科学的に「敵地」とされているのだから無茶苦茶である。神恵町も同じだ。泊原発の近辺が活断層だらけだ。

新聞や報道機関に求めるのは、政府が発表した「科学的特性マップ」なるものがいかにでたらめかということを調査して国民に真実を知らせることではないか。

3・東洋町の教訓でもう一つ大事なことは、財政的行き詰まっているから核の交付金で財政を立て直すということが、嘘だということである。いかに財政が苦しくても市町村や都道府県は、地方交付税交付金で財政が支えられている。
私の町政4年間で、公共事業や、福祉事業、教育の施策は飛躍的に増大した。予算上もほぼ1・5倍ほど増えた。

それにもかかわらず借金は25%(10億円)ほど減少させ、基金も数億円増えた。町民全体の経済力を直ちには豊かには出来なかったとしても町民への行政サービスは前町政と比べ断然豊かになったのである。

高知新聞は、4年間の私の町政の実績を報道せず、町内のボス連中と同じようにバラマキだという風に否定的に報道したが、今、東洋町の核廃棄物問題の核心的部分、地層処分の可否、財政問題について何も語らずに東洋町の教訓を云々することは真実性、誠実性に著しく欠如している。

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2020年8月31日 (月)

安倍総理の辞任

安倍がこれまで7年8カ月の政権で、唯一素晴らしい決断をした。日本のトラウマであった安倍政権が終わることを祝福する。

アベノミクス、安保法制、数々の悪政を積み上げ、個人的にも行政を私物化するモリカケなど幾多の不祥事を繰り広げコロナ禍では、加持祈祷にも劣る無為無策で国民や医療機関を絶望的な状況に追い込んだ。

安倍の今回の病気の原因は、テレビなどでも時々報道されていたが毎日の美食、それと最近の広島の選挙違反に絡む1・5億円の買収資金の責任問題だろう。

さなきだに貧しい母子家庭や苦学生がコロナで職を失い、満足に食にありつけない中で毎晩高級食堂で豪勢な食事を楽しむ首相。健康な者でも美食を重ねると病気になる。まして持病があればなおさらだ。
権力と金を持てば美食は止められない。

河合夫婦の買収資金は明らかに自民党本部(安倍・二階堂)が出した金だ。検察がまともなら、安倍と二階堂は逮捕される。

金権選挙は多かれ少なかれ自民党政治の基盤だ。金があり、それを使えるものが勝つ。中央も地方も日本の政治は、金権選挙をやめない限り、正常にはならない。国民が選挙で金品が横行することに慣れきっている限り、希望はない。

無能でも金を使えば議員や首長に当選できるのが日本だ。検察も日本の金権政治を粛清する気概は全くない。

金権選挙の象徴、日本の絶望の象徴が安倍総理でありその後継者たちである。
辞任の決断は素晴らしかったが、遅きに失した。

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2020年8月27日 (木)

北海道寿都町を訪問

8月24日午前11時過ぎ、私は、文書をもって寿都町の長役場を訪問し、片岡町長と約30分ほど面談した。別添の文書と私の核廃棄物についての小論文のコピーを渡した。

片岡町長は案外気さくな人物で、私が町長室に入って高知県から来た元東洋町長でお話をしたいというと即座に応接ソファーに座るよう言われた。北海道放送局のテレビの取材陣が居て、面談のすべてを録画していた。

北海道内には放送されるとのことであった。
片岡町長の説明はおおむね次のとおりであった。

①核廃棄物の最終処分場調査への応募は昨年4月から始めた。
 産業団体や議員、職員たちと勉強を重ねてきた。
NUMOに来てもらっての勉強は今年の6月からであった。
その動きが最近リークされて大騒ぎになっている。

②北海道知事の、札束でほっぺたをたたくやり方だという批判には腹が立った。泊原発で自分も交付金をもらっているではないか。
自分がその交付金を返上してからいうべきだ。

③30キロ圏内に泊原発がある。原発から核廃棄物が出る。この始末について
どうするのか、勉強するのは何が問題か。原発を作ってそこから出る廃棄物について議論しない方が無責任だ。この議論・勉強を寿都町から全国に広げたい。

④最終処分場の寿都町内での適地は黒松内断層帯の両脇はいけるのではないかと思っている。

⑤自分の任期はあと1年かそこらだ。やり残した事業、とりわけ寿都湾の洋上風力発電の大規模プロジェクトがある。このプロジェクトを推進しているからこそ核の最終処分場も堂々と話せる。

⑥今後のことはまだ決めていない。文献調査に応募するかどうかは産業団体や議員と話し合って決める。
産業団体とは、漁業組合、商工会、土建業などである。

⑦寿都町には農業はほとんどない、観光も言うほどのものはない。ふるさと納税が十数億円ほどあり、助かっているが、このコロナ禍では都会の自治体から不満が出る。この制度自体がこのまま存続するとは思えない。
核廃棄物施設建設の調査を受け入れるだけで巨額の交付金があり、これに応募しないという手はない。この件で勉強を続ける。

だいたい以上のとおりである。印象としては、勉強を続けるというなかで、処分場設置まではともかく、文献調査―概要調査段階まで進もうという意欲を感じた。

ただ、東洋町2007年のように町長が独断で暴走するという雰囲気はないように見受けた。土建業など産業団体の一部や一部議員で強く後押しするものがあるのかもしれない。

なお、④の処分場の適地について黒松内低地断層帯(日本海側の寿都町から太平洋側のオシャマンベン側に複雑な活断層)について町長から話があった。
この断層を含め泊原発の立地地帯は複数の重大な活断層が存在し、マグニチュード8前後の地震がここ30年以内に引き起こされる恐れが高いとされている。このような地帯は原発はもとよりいかなる核施設も不適切で危険である。

また、②の鈴木知事に対する反論は痛烈であった。泊原発を容認して交付金をもらっていながら、寿都町が核施設で交付金をもらうことについて批判するのは根本的に矛盾する。泊原発をやめて札束を返上してから人を非難するべきだ。


核廃棄物の地層処分に反対します

寿都町の核廃棄物最終処分場文献調査受入について

元高知県東洋町長からの 申入れ

寿都町長片岡春雄殿               2020年8月

                  元高知県東洋町長 澤山保太郎
【申入れの趣旨】

1,いわゆる高レベル放射性廃棄物等の核廃棄物の地層処分は、少なくとも日本列島ではこれを安定的に貯留することは不可能であり、極めて危険です。文献調査も撤回すべきです。

2,地方自治体としては、町民や周辺道民の生命と生活、尊い生態系を守ることは如何なる場合も優先されるべきで、経済的な利益とこれらを安易に。引換えにはできません。

3,いかにコロナ禍などによって苦境にあるとはいえ、伝統のある美しいふるさとを猛毒の放射能プルトニウムの活火山にして、枕を高くして眠れるでしょうか。

【核廃棄物最終処分場について東洋町の騒動】

寿都町の財政事情については、私にはよくわからない。しかし、今から14年前2006年~2007年に起こった高知県東洋町では同じ財政ひっぱくを理由に交付金を目当てにして当時現職の町長が高レベル放射性廃棄物の最終処分場誘致の第一段階である文献調査に名乗りを上げました。

町長から政府への申し入れは最初は議会にも町民にも知らさず秘密裏に行い、翌07年には、町民のごうごうたる反対の中で正式に町長の職権でなされました。町民は、核廃棄物受け入れ反対の条例制定直接請求運動、ついで町長リコール運動を展開しリコール成立確実というところで町長が辞職して出直し選挙となりました。

私は隣の室戸市の市議でありましたが反対派町長候補に推され出馬しました。選挙戦では反対派が圧勝しました。新町長の私は一週間以内で文献調査を政府に返上し、1カ月以内に核廃棄物等放射性核燃料関係施設拒否の町条例を議会の満場一致で制定しました。

    【貧しい町でも財政の健全化は達成できます】

町財政のひっぱくなど行政の課題はたくさんありました。しかし、4年間ではありましたが、新町政では徹底的な行・財政改革によって無駄を省き、福祉・教育の無償化施策、防災など公共事業の推進、海の駅開設や失業対策事業をどんどん推し進めました。

50億円近くあった借金は38億円程度に縮小し、基金も数億円増やし、県下最低であった校舎の耐震補強工事もほとんど完遂、鉛筆・ノートに至るまで義務教育費の無償化を進めました。

職員の手当カットも全廃し、高齢者や児童生徒・高校生にまで毎月コメの無償配給までやれたのです。財政のために核廃棄物をというのは全くの虚偽であったことが立証されました。

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2020年8月14日 (金)

北海道寿都町の動き

第一の問題:財政問題

北海道寿都町の町長片岡氏が高レベル放射性廃棄物の最終処分場誘致に向かって動き出したようである。無謀なことだ。町民や北海道民が必ずやこの動きを封殺すると確信する。

町長の意図は町の苦しい財政問題を施設受け入れによる交付金で改善することだという。文献調査を受け入れるだけで20億円をもらえるという、それは平成18年の東洋町と同じ理由だ。

しかし、その財政問題の根拠は極めて根拠が薄弱であり、虚偽ですらある。
その代償として核廃棄物導入はあまりにも過大だ。東洋町でも私が町役場に入ったときには50億円に近い巨額の借金と貧困な福祉や公共事業の立ち遅れなど多大な行政課題が積もっていた。

しかし、それらは私の4年間の改革によってほとんど是正された。借金は30億円台に減少し、福祉事業は徳島県外に送り出すというでたらめな行政だったが、これを是正し町の福祉センターを基軸にした福祉事業を再開させデイサービスや配食サービスなどの福祉無料化政策をどんどん進めた。義務教育や保育行政もほとんど無料化した。高齢者や児童生徒には毎月コメの配給までやった。

学校の耐震化工事も県下最低であったがほとんど達成し東北大震災前であったが避難タワーも次々と建設した。海の駅開設、億単位の失業対策事業など公共事業も大幅に増やした。

職員の給料や手当のカットも全廃した。
核廃棄物を受け入れなくても行財政改革を徹底すれば断然町勢が回復することが実証されたと確信している。高知新聞など報道機関は、私が実証した東洋町の4年間の実証を明らかにしない。

東洋町の実例から町民や道民が片岡町長の虚偽性を見抜く必要がある。

第二の問題 核廃棄物の地下埋設

原発などから出された使用済み核燃料を再処理した結果できる高レベル放射性廃棄物、あるいは再処理せず使用済み核燃料を直接最終処理する最終処分場についてである。

使用済み核廃棄物の処分方法は現在のところ人類はこれを安全に処理する技術を手にしていない。
日本政府は法律で、地下処分を決めているが、日本の学術団体の判断でも、日本列島のどの地点での地下でも安全に核廃棄物を貯留することは不可能であるとされた。

地震や津波、膨大な地下水流の存在である。
核廃棄物を受け入れた市町村はいわばプルトニウムの活火山を受け入れたも同然であり日常不断に放射能の実害と恐怖を枕にして暮らさねばならない。
そもそも使用済み核燃料の始末については解決しなければならないことであるが、この地下埋設施設を建設する前に前提として日本から原発など核燃料に係るすべての施設の稼働をやめることだ。

現状のままで最終処分場を建設すれば始末に負えない廃棄物の処分場ができたということで核施設の稼働に手を貸すことになる。だから国民は現段階では最終処分場の建設に手を貸してはならない。

そのうえで、核廃棄物の最終処分の方法は検討しなければならないが、直ちに見つからないだろう。
地下処分は少なくとも日本では選択肢に入らない。政府は埋めて見えなくすればよいと考えているようだが、それが最も危険な方法となる。

最終処分に関する日本の現在の法律はいったん廃止し、地上での中間管理施設を考案しなければならないだろう。

現状の原発敷地や六ケ所村での高レベル放射性廃棄物や使用済み核燃料のずさんな保管方法は自然災害に打たれたら日本列島が壊滅するほどの大災害が起こるであろう。累卵の上に地上最危険猛毒物を置いていると同然だ。

最期に、核廃棄物の最終処分場問題が寿都町長と議会でのみ決められることがないように住民全員の意思を担保した憲法95条の2の「住民の投票」規定が発動されねばならない。

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2020年7月 4日 (土)

ふるさと納税最高裁判決

確かに、安倍政府の泉佐野市などへのふるさと納税の新法律適用には違法性がある。だが、泉佐野市のふるさと納税制度を使った通販的商行為は、地方自治法の趣旨に違反しているから、勝訴はあり得ない。

都道府県や市町村など地方自治体の業務は地方自治法第2条の2に包括的、例示的に示されていて、地方自治体そのものが商法501条などでいう商行為をすることは許されていない。

寄付金に対する返礼品という範疇を超えて、寄付金に相当する豪華な返礼品を品揃えしこれを不特定多数の人に展示して寄付を誘致するとなると一般の通販と同じであり、商行為である。少なくとも地方自治法に違反している。

泉佐野市や奈半利町は、ふるさと納税の法制にこのような通的商行為が規制されていなくても地方自治の本旨に基づいて自ら規制するべきであったし、政府の処分に対し提訴する資格はなかったのである。

しかし、他方、ふるさと納税制度は、地方自治体同士の共食い制度であり、この制度を作った国自体の無責任かつ狡猾な政策が弾劾されるべきである。
もともと地方の自治体からは、人口を養っても成年になれば大半が都会に移住し都会で働いて税金を都会の自治体に落とし、年取って田舎に帰った人口はまた多大の費用をかけて地方の自治体が面倒を見なければならない、という事情について不満の声があった。

これらの問題は地方交付税交付金で是正されるべきであって、現行のふるさと納税のような偏奇な制度で代替されるものではない。
ふるさと納税制度は直ちに廃止するか、5年程度の時限立法にし収束させるべきである。

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2020年6月 7日 (日)

アメリカの暴動

黒人に対する差別的虐殺に対し、全米・ヨーロッパなどで反撃の「暴動」が
始まった。白人警官による黒人殺害行為は、これまで全く訴追されず、無答責だ。

今回は一応加害警官が訴追されたが、有罪になるかどうかわからない。
人種差別の実態は、今も昔も変わっていない。部落差別もそうだ。

日本の場合、官憲が直接被差別民を迫害するという事象はなくなっているが、
差別行為や加害行為を放置するというやり方で今も差別は息づいている。

数年前ある同和地区の男性が死体の状況から明らかに殺人事件の被害者だと思われる事件について住民が訴えたが警察は病死として扱い、耳を貸さなかった。新聞も被差別民の事件や犯罪は大々的に扱うが彼らが被害を受ける場合は多くの場合無視される。

権力と癒着した連中は、犯罪を犯しても訴追されることはわずかで、悪がはびこることは江戸時代と同じだ。
アメリカで暴動が起こるのは当然だ。日本に暴動が行らないのが不思議なほどだ。

権力の無答責は暴動によってしか治癒されない。香港を弾圧するスターリン主義、黒人を迫害するアメリカ帝国主義。

暴動が新しい世界プロレタリアートの権力奪取に向かう日を心から望む。

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2020年5月22日 (金)

ばくちうちの検事

黒川検事長は、最後の仕事として、東京高検の黒川弘務と新聞記者3人に対する賭博罪(常習犯)での逮捕令状を発行するべきだ。権力の腐敗がこれほどまでに明らかになったのは珍しいが、今まで隠されていただけだろう。

1、検察官の定年延長議案についての認識

 新聞記事やネットの論調では、安倍政府への批判として「問題意識の低さ」(高知新聞)とか、「無神経」(田原総一郎)だ、という程度のそれ自体低い批判調である。
 しかし、安倍総理の認識は、検察という職能集団に対する民主的統制として内閣の検察人事への介入を正当だとしているのである。検察は行政官であり行政官の長である総理大臣が任免権を持つのは当然と主張している。自衛隊に対する総理大臣の指揮命令権限(民主的統制)と同様の立場である。

 この安倍の考えの前提を批判せずに安倍の「問題意識の低さ」をあげつらっても新聞読者には批判の意味がよくわからない。
 検察官はGHQの憲法草案では、最高裁に所属するはずであった。

 Public procurators shall be officers of the court and subject to its rule-making power.

検察庁は、法務省にではなく最高裁に所属すべきであった。なぜ現在のようになったか。

少なくとも今日の学説でも検察官は、行政官でもあるが司法官でもあり、現行憲法第77条第3項では司法官としての検察官は最高裁の定める規則に従うとなっている。

検察官は、刑事事件について原告として犯罪人を訴追する立場にあり裁判官とともに司法の一翼を担う職責と権限を持っている。立件(起訴)や裁判遂行については、行政官の長(総理大臣や法務大臣)の指揮圏外にある。

だから、総理大臣が検察官の身分や職責について干渉する場合には三権分立を干犯することになるのである。

無論、検察の暴走とかいう事態、検察自身の権力への忖度、検察の腐敗・職務怠慢などの問題についてこれをどう食い止めるか、検察の公正な運営については、国民の監視と国民審査が及ぶような適切な検察の制度改革が必要である。

しかし、今は不祥事を続発させている時の政権が延命のために検察を自己の番犬化さそうとする動きを封殺することが急務であるから、安倍内閣の司法の一角への民主的統制論に基づく内閣の介入を批判し阻止しなければならないのである。問題意識が低いとか国民の意識への無神経さとかではなく、敵は明確な意識と目的をもってことに臨んでいることを指摘しそこへの反論が必要ではないかと考える。

2、昨日今日の高知新聞の黒川検事長辞任の記事には違和感を覚える。

「問題のすり替え許されず」論である。要するに本題は政府の検察定年延長議案であり、「個人的な不祥事」事件ではないという論説である。それはその通りであるが、今回の定年延長問題とマージャン賭博事件とをすり替えの利く別個の問題とする考え方である。その論そのものがすり替えではなかろうか。

検察定年延長議案の中に仕込まれた特例規定とマージャン賭博事件とは切っても切れない関係があると考えるのが普通ではないか。安保法制、森友、加計、桜、検察定年延長・・・とマージャン賭博事件、これらは、法令を自己流にひん曲げ、自分らは国政を利用してやりたい放題の犯罪行為を繰り返してきた。

秋霜烈日、国民にはこれを押し付け、恐ろしい疫病にかかっても自宅待機だといって検査も拒否し続け、他方、自分らは賭博など好き放題の酒池肉林か。権力を握ったものは、法令を曲げ、無視しても構わないという。

検察番犬化を目論む検察定年延長法案とその渦中にある政府高官の犯罪的遊興行為とは切っても切り離せない。
すり替えを許すなという論には、政府高官のマージャン賭博事件を個人的不詳事件化しすり替えができるとする前提の論であり、ゆるされない。

権力とマスコミの癒着の犯罪行為は個人的不祥事ではない。そして、この賭博事件は黒川の性格的な問題ではなく、こういう形で日常的に権力とマスコミの闇の交流があったことを証するものであり、これ自体驚くべきだ。

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