国政問題

2019年11月30日 (土)

尊王攘夷

新天皇の即位をめぐる狂騒曲がやっと静まった。
今時、天皇族を崇め奉ることに日本国民はどれ程反応しているのであろうか。

ばかばかしくて見ていられないというのが本音であろう。

しかし、ばかばかしい行事もこれほどまで銭をかけ、大掛かりな虚構をうやうやしくやっていると、本当に威力を発揮することになるかもしれない。

歴史を振り返ると、なおさら空恐ろしい。
幕末の基本スローガンは尊王攘夷であった。
この四文字には、王と夷が対句になっている。一方はあがめられ、他方は卑しめられ迫害される。

もともと攘夷の夷は、蝦夷の謂いであってアイヌを含む東北以北の民衆のことだ。

幕末において異国人を軽愚して敵対するために伝統的な蝦夷への蔑視・敵愾心を借りてそれを利用した。東北の民衆への差別心を外国人に向けたのである。

平安時代以前から日本の朝廷や武家政権は、蝦夷・奥州俘囚への激しい差別心をもって政治の要諦としてきた。桓武天皇らは蝦夷征伐と都建設を最大の政治的課題にしてきたし、鎌倉、室町、江戸幕府の権力の中核は征夷大将軍であった。蝦夷への蔑視と天皇や将軍への敬意は絶えず一本に結ばれていた。現代の皇室への尊敬(特別な敬愛)は必ず他方に軽愚され抑圧される者がいるはずである。

今も東北の民衆は原発の業苦を背負わされ犠牲に供されている。
そしてまた遠い昔全国数十か国に配流された奥州俘囚の裔孫である部落大衆、その被差別の忍苦の生活も続いている。
天皇一族の晴れやかなパレードを見るにつけ情けない思いが突き上げる。

支配階級の権力の象徴である天皇とその天皇制に対し、日本国民は、いかなる敬愛の念も抱かず、その血塗られた歴史(崇徳上皇は配所で血書でもって天皇の皇統を呪うと誓った)の実相を直視し心の武装を解いてはならない。

     解放歌の一節

ああ、虐げに苦しめる 三百万の兄弟よ
踏みにじられしわが正義 奪い返すは今なるぞ
涙は憂いの為ならず 決然たちて武装せよ

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2019年11月 1日 (金)

身の丈

荻生田文化相の身の丈発言が顰蹙を買っている。
身の丈とは身分ということである。

身分(差別)をわきまえろという発言が日本の政府閣僚から出てくるとは。
かつてはそうだった。差別をわきまえろが大義名分論の中核だった。

だが、戦後部落解放運動などの発展で、差別だ という声に震え上がる時代が出てきた。
差別を受けてきた人々がほう被りをして往還の隅を歩いていた時代から堂々と出身身分を名乗り権利を主張する時代がやってきていた。やりすぎもあったが激しい糾弾闘争も歴史的には重要な役割を果たし社会の迷妄を切り開いてきた。戦前戦後の解放運動がなければ部落大衆は今のような扱いは受けられなかったであろう。

だが、近年解放運動の沈潜などで、ヘイトスピーチなどが横行し、差別だといってもその差別を開き直る連中が出てきた。ネトウヨだけでなく荻生田のような身分差別を当然視する政治家も出てくるだろう。

人ながら 如是畜生ぞ 馬牛の 河原の者の 月見てもなぞ
これは16世紀初めの「七十一番職人歌合」の中の一首である。

ある学者はこの歌は穢多・河原者の立場になり代わっての歌だ、として
(人間でありながら、このように馬牛なみの扱いを受けている者なれば、美しい月を見ても心が晴れぬ)という解釈を示した。(「部落史を読む」阿吽社発行)

私の解釈では、この歌は差別を受けた当人が詠んだ歌であろう。如是などというお経の言葉を使っているから僧体のものかもしれない。

初めの、人ながら如是(にょぜ)畜生ぞ という句には、同じ人間でありながら畜生同然の扱いぞ という激しい叫びともとれる断定的義憤がある。

後の句には、馬牛とさげずまれる河原者であっても、月を見ても人並みに美しと感ずる、
それなのになぜこのような仕打ちを受けるのだ、という胸を打つ強い抗議の声が悲しげに響いている。

現代の解放運動は、抗議の怒りの思いを持つ多くの部落民がいるのにこの学者らの解釈のようにその声を感傷的詠嘆でしか理解しない、そのような低調な運動に似ている。

部落民だけではない。多くの受験生には経済的格差が厳しい。有名高校や大学に入学する大半は裕福な家庭の子供たちだ。部落を底辺としながら、大多数の国民が身分的格差ともいうべき差別の中で苦しんでいる。

中世の賤民たちの心の怒りは数百年たってもまだ晴れない。

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2019年10月24日 (木)

関西電力問題と解放運動

関電にたかっていた高浜町の元助役についての報道について、10月9日に部落解放同盟中央本部が声明を出している。
一時的に元助役森山が解放同盟に所属し、高浜町支部や福井県連の結成に貢献したと認めるが、今回の事件と解放同盟は全く無関係であると釈明する。
しかし、今回の事件については、まず原発に対して基本的な批判的姿勢を鮮明に示すべきであろう。

原発は、差別的棄民思想なしには建設されえない。立地地域の住民、部落民も含む従事する労働者に対する差別こそ、原子力産業の根幹にある。反原発闘争は解放運動にとっても重要な闘争でなければならない。

次に、確かに、今回明らかになった事件には、解放運動は何のかかわりもなかっただろう。

だが、かつて、れっきとした同盟の一員であったものが、原発マネーを操り原発推進の地域の中心人物になったことについて国民に謝罪し、反省の言葉がなくてはなるまい。元助役森山の事件で、今回の声明で糾弾している通り、一部マスコミによって部落差別が増長される結果を招いた、それを防ぐことができなかった事実が厳然として存在する。

被差別部落の人間が起こした事件について何もかも責任を取るというわけにはいかないが、森山にはかつて荊冠旗を渡していたのである。関電こそ部落差別を利用して原発を発展させ、今窮地に立つと部落差別を利用して責任を逃れようとしているのである。解放運動側は原発マネーとは関係がないが、しかし、関電側の利権工作は部落問題を利用していたのである。「人権教育」の講師で関電の先生だった「特定の人物」に脅されて怖かったから、怪しい金を戻せなかったというのである。

原発マネーではないが同和利権も問題だ。

考えてみれば、同和対策特措法を成立させて以降、何兆円という膨大な対策費が部落に流れた。
その特措法を制定させるとき、私は中央本部青年対策をやっていて、全国青年集会に集まった1千の部落青年たちとともに総理府突入闘争の先頭に立っていた。厳重に防護していた機動隊を突破し、総理府構内を占拠し、それと呼応して100人の中執と中央委員が庁舎内デモ行進、5人の決死隊による屋上の占拠、

庁舎正面に巨大な垂れ幕を屋上から垂らした、これらの闘争を敢行し、床波長官の部屋の前に座り込んで法律制定を約束させた。
その実力闘争自体は長い解放運動の中でも特筆すべき歴史的なものであったが、その後が十分でなかった。

何兆円もの国の予算措置がなされた。その巨額の金に十分な対策もなしに同和予算に浸かってしまい、利権が渦巻いた。
同和対策予算の受け取り方をもっと慎重にすべきであった。

同和地区だけがよくなっているという逆差別が横行した。逆差別自身は、無理解から起こったものであるが、その無理解も貧しい国民の感情としてはやむを得ないものであった。だから、同和対策予算は、同じ市町村区域の貧しい住民とともに同じ額を受け取る、そうでないと受け取らないというやり方をすべきであった。

部落民だけが高額の奨学資金を受ける権利がある、部落民だけが・・・・。いくら貧しくても部落民でないから受給できない、住宅にも入れない、そういう状況を作ったのでは、逆効果・逆差別が生まれるのは当然だった。・・・・この際、同和利権や原発マネーはもとより、いかなる利権についても
解放運動側は毅然とした方針を持っていることを鮮明にすべきだろう。

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2019年10月16日 (水)

不自由展 愛知トリエンナーレ2019事件

10月15日の国会予算委員会で野党の質問と政府答弁を聞いた。
隔靴掻痒の感をぬぐえない。企画展の混乱予想を事前に申告しなかったということで
政府は補助金不交付を決定した。政府は内容ではなく手続き上の問題で決定したという。
野党の側もそのレベルの追及に終始したようだ。

しかし、安倍権力側の狙いは、河村名古屋市長があらわに示したように慰安婦少女像であった。
安倍政府は、積極的あからさまには表現の自由や文化の統制を始めたのではない。
今の段階では、真の狙いは煙幕を張って、反日本主義的傾向を抑える、申請など手続き上の事務段階で妨害をする

ということである。だが、煙幕は薄くその真の狙いは誰にでも透けて見える。徴用工や慰安婦問題で過去の植民地支配や侵略戦争を肯定する、そのためには隣国との対立・敵対も辞さない。
だから野党は、手続き上の瑕疵を追及するだけでなく、慰安婦問題や徴用工問題、日本の植民地支配・アジア太平洋への侵略戦争そのものを問題にしなければならない。

この内容の論戦を避けて、あるいは敵の狙いに内心同調して、政府と対決するといっても所詮は迫力のないアリバイ作りに過ぎない。

新聞やテレビの報道もそうだ。手続き上の形式論議は政府の日本主義的文化統制という実質的な内容をかくす役割を果たす。日本主義的イデオロギーはかつて(戦前に)戸坂潤(「日本イデオロギー」岩波文庫)が明らかにしたように、本体は無内容を特徴とする俗物の思想であるが、民主的なもの、科学的なもの、ヒューマニスティックなものなどを押しつぶす思想と行動を本命とする。

今次の安倍内閣は、一層日本主義的で反動的であるが、これを衝く好個の材料が愛知の企画展事件だ。
展示された朝鮮の少女の尊さと安倍権力の醜さをあぶりだすことなしに、権力の文化統制、表現の自由への弾圧を糾弾することにはならない。

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2019年10月13日 (日)

人災洪水


台風19号で東海、関東、東北の大小河川が氾濫した。未曾有のことだ。箱根では二日間で1000ミリを超える豪雨が降った。

近年の異常気象による自然災害の激増は政治を担当するものには十分予想されたことだ。
日本の治山治水の大敗北が今回の災害で覆うことがないほどに露呈された。治山治水は古来より政治の要だ。

それでなくとも山地の荒廃は放置され、下流の河川への土砂の流下、川床の土砂堆積、堤防の相対的低下→氾濫洪水という図式は、誰でもわかることだ。ここ十年、安倍政権、自公政権でどれだけ有効な治水事業がなされたのか。

数年前ある識者のブロッグ(降籏達生)で指摘されていたが、近年異常気象による自然災害の増大が見込まれているのに逆に治水事業の国の予算は激減しているという。

平成9年では2.3兆円だった治水事業予算は、平成24年以降3分の1程度にまで削減され(平成24年には0.8兆円、平成27年には0.9兆円)およそ3分の1になっているという。

河川には常時上流から土砂が流れ川床を浚渫しなければ水流が堤防を越え、超えたところで堤防が決壊することは当たり前だ。河川の浚渫や管理整備には金がかかる。これまでの予算を少なくとも維持するか増大させるのが政治の第一の義務だ。

国会や報道陣は台風の被害を嘆いてみせたり大々的に報道したりするが、この悲惨な治水事業の予算削減をなぜ問題にしないのだ。

台風15号も今回の19号の被災も、これだけの予算削減で無策であった事実がある以上、人災というべきである。
大型の台風が襲来し国民が深刻な被害にあっていても、首相も知事も素知らぬ顔で庁舎に当庁さえしない。

河床の浚渫もしない、堤防の増強もしない、有害無駄な軍備や原子力へのテコ入れの金はてんこ盛りの予算措置で、治山治水の金は、容赦なく削減する。政治に十分関与できない私は、テレビの災害報道を見て悔し涙だ。

苛政猛於虎也(苛政は虎よりも猛し) と孔子は言った。
虎の被害は耐えて村に残れるが、苛酷な政治では耐える方法がない、という。

安倍など自公政権という猛虎をしのぐひどい政治をのさばらしているわれわれ国民は繰り返し繰り返し自然災害の餌食になるだろう。

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2019年10月 5日 (土)

関電利権のフィクサーーの「人権教育」

関電事件も、かつて追求した高知県のモードアバンセ事件、また、現に追及している室戸市の利権行政と同じ構図だ。事件の中心に「同和」利権ボスが存在していた。

関電幹部が言う「人権教育」の講師だったとか、また新聞報道では、森山フィクサーは福井県の「客員人権研究員」、「福井県人権施策推進審議会委員」であったという。

まぎれもなくこのフィクサーは部落問題を政治的に利用し、利権を確保するために使ってきた人物である。
そして関電は今この人物の異常な姿、「怖い」存在を強調して、すなわち部落差別をあおることで罪を逃れようとしている。原発を建設し維持し発展させるために関電はこの「怖い「」男を十分活用してきたのであるが、逆に身を守るためにこの差別像を活用する。脅されてお金を返せなかった・・・。

現在進行中の関電の事件とは規模も性質も違うが、
20数年前高知県にのモードアバンセ社事件があった。1996年ごろから解放同盟高知県連幹部が関係する協業組合に県が数十億円の巨額の闇融資をし、これが焦げ付き、副知事ら県幹部が背任罪などで逮捕されるという県庁始まって以来の大事件であった。県庁に大規模な捜査が入ったとき橋本知事はイタリア方面に飛んでいた。

モード社の安原という社長と副知事らが刑責を負ったが、県の同和対策審議会などでこの事業を称揚した連中と県庁の最高責任者は罪をとわれなかった。
高知新聞らもこの事件を報道するのに当初は実名を使わず「特定の協業組合」などというわけのわからない名前を使っていた。

室戸市の利権行政も目を覆うものがあり、有力特定議員がのさばってきた。
その一例(新火葬場建築工事事件)が裁判中であるが、高知地裁は最近、利権行政の事実を全面的に免罪する判決を下した。近くそのでたらめな地裁の判決文を批判する控訴趣意書を書くのでそれを見てもらいたい。

特定の業者のために特定有力議員が議会で請負金額のつり上げを声高に叫び他の議員を脅かしたりして、業者が実際の工事費の2倍の請負金を行政からせしめていた。・・・・

ほかの団体と同じように部落解放運動にも、徹底して反権力に徹する勢力と、権力と妥協したりその一翼を担おうとする勢力があり、かつては内部でのその攻防が厳しいものがあった。

(それは、師岡祐行著「戦後部落解放運動論争史」全5巻に詳しい。この著作に紹介されている論客や活動家の殆どはすでに黄泉に旅立ち生存者は数人である。)
同和対策特別措置法などで国や地方自治体には巨額の対策予算が組まれ70年代以降「同和利権」が顕著となり、解放運動内部の反権力派が退潮した。

その中で狭山闘争が運動内の反権力闘争の中核として発展しようとしていたが、これも挫折し、今や単に冤罪反対運動になっている。

高浜のフィクサーは、同和利権派の申し子でありそれを背景に地元行政を牛耳り、電力会社を揺すぶってこれと合体し、日本最大級の原発産業、関電の、その推進の最悪の使徒となった。
全国津々浦々の大小利権行政を根絶しなければ、原発はもとより核の最終処分場や中間貯蔵施設など原子力産業はいつどこに根付きだすかわからない。

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2019年10月 4日 (金)

関電の崩壊

これだけの金まみれの企業はもはや原発を運転する資格はない。
ただ巨額の原発マネーを還流させていた、関電幹部が私腹を肥やしていたということだけではない。
もちろん関電が工事を直接するわけではない。
金をもらった連中は何の技術力もない素人だ。
原発の工事は、道路工事や防潮堤の工事とは比較にならない。

最高度に高い信頼ができる請負業者を選んで工事の発注がなされねばならない。技術力と適切なコスト計算をしている企業を厳格な選考手続きで決めなければならない。誰しも、原発を運転する電力会社は、そういうことをちゃんとやっていると思っていただろう。

だが、高浜町役場幹部出身のフィクサーの関連する会社に「特命発注」を含め地元企業にどんどん発注をしてきた。ゼネコンが請けた工事も、相当部分が地元企業に下請けにまわされたということだ。

森山が還流させた金は、単なるお礼ではない。ゼネコンが請けた事業も地元森山系列会社に下請けさせるように口利きをせよという請託とその実行の対価なのである。

巨額の還流資金がその地元企業に残ったというのは、もともと電力側の水増し設計金額があり、さらに下請け業者の従業員からの労賃のピンハネによると考えられるが、国民や社員の命がかかった原発の工事がコネと金ずるで遂行されていたとすれば、もはや原発の安全とか安心とかなど到底あり得ない。

原発施設内に何万何千とある配管の溶接一つとっても業者の確かな技術力が担保されていなければならない。何よりも技術力を入札の時に公募によって競わせた上で厳しく吟味し発注先を決めねばならない。

福島原発の事故も津波の前に配管のどっかが地震で壊れた可能性が強いとされる。福島第一の原発では配管をサポートとするのにホールインアンカーという信頼性の低い旧式のネジでかべから支えていたという。(豊田勝旦著「東京電力・帝国の暗黒」)

普通の企業でも収賄や背任行為は許されないが、その犯罪行為は行為者が罰せられたら、それで済む。反省して仕事を再開してもいいだろう。

しかし、原発は違う。
地元優先、コネ優先、金ずるで原発工事の請負業者を選定するなどということが
社風であるような会社は、原発を運転することは許されない。出来上がった施設の安全性が信頼できないからである。関電は失格であり原発から撤退せよ。

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2019年10月 1日 (火)

原発推進の哲学

高浜原発推進のフィクサー、高浜町役場の収入役や助役を務めてきた男によって、関西電力の腐敗した企業の実態が浮かび上がった。

電気料金を原資とした電力会社の金の流れは、

電力会社→①下請け業者→政治家・地域ボス・(電力会社)・・工事費の水増し
    →②東大-京大、東工大などの大学教授へ・・研究費などの補助金・・
    →③原子力関係省庁など官僚へ・・・天下りポストの提供
    →④メディアへ・・・広告料

こうして、電気料金を打ち出の小づちのように使って、原子力村が形成され、原子力産業が栄えてきた。

かつて班目春彦(フクイチの事故の時原子力安全委員会の委員長)とかいう先生は、核燃料の最終処分場の件で、「最後はお金でしょ。どうしてもみんなが受け入れてくれないっていうんだったら、じゃあ、おたくには二倍払いましょ。それでも手を上げないんだったら五倍払いましょ、10倍払いましょ。」といったという。(「六ケ所村ラプソディ」)

科学や常識では人を説得できない。彼ら原発マフィアの信念は、原発の研究は金になり職を得て出世し生活の糧になる、金でおびえる住民を説き伏せ原発開発を推進し、人を服従させることができる。金はいくらでも使える。

地震も津波も怖くはない。放射能も怖くはない、
福島の惨状も見えない。世の中は科学とか文化とか民主主義とかではなく金がすべてを解決してくれる。東電や関電には、そして自民党政府にはわれわれマフィアにいくらでも金を出せる。・・・・

広島・長崎に並ぶ日本有史以来最悪の惨状をもたらしたフクイチにもかかわらず、彼ら原発マフィアの哲学は牢固として揺るがない。資本主義が生み出した最後的な哲学であり、人格である。人類を滅ぼしても金を握ればいい手という連中だ。

東電の会長らの原発犯罪へ控訴が行われた。
しかしその求刑が軽すぎた。万死に値する人類への犯罪を禁固五年ではあまりもバランスが取れない。軽すぎるのである。

私は死刑制度に反対であるが、人類への罪(大規模な虐殺や人類への破滅行為)については例外にすべきだ。

いづれにしても、高浜のマフィアの一味は、よくぞメモを残し原発の闇、原発マネーを顕出させてくれたものだ。

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2019年9月28日 (土)

高浜原発の裏金露顕

福井に原発を導入した巨額の裏金の存在が国税調査から発覚した。

60年代、私は解放同盟中央本部の西岡智中執の供をして若狭方面のオルグ活動をやった。部落はどこも貧しく生計を立てるだけで精いっぱいの所ばかりであった。夜西岡さんと一緒に寝るとき断崖の下に打ち寄せる寂しい波の音が今も耳朶に残っている。

その福井の寒村が瞬く間に原発の侵出によって様変わりをしてしまった。
湯水のような金によって席巻されたのである。
電力会社は地元のフィクサーを使って請負業者から「手数料」を取っていたのである。電力会社から出る金は全部国民の電気料金だ。受け取った連中には全員背任罪を適用すべきだ。

社長の記者会見では、このフィクサーは「人権問題」で社長らに講釈をたれに会社へ来ていたともいう。何かえせ人権団体を名乗っていたのかもしれない。こういう政治的ボスが多くの市町村、都道府県でも暗躍している。

なかなか尻尾をつかむのは難しいが、市民オンブズマンの主な仕事はこれを追及することだ。
しかし、国民は、今回の高浜の腐敗の露顕で原発推進の実像を知ることができる。

電気料金→電力会社→下請け業者→フィクサー→政治家・地元有力者・電力会社これらの金の流れを統御しているのは、電力会社である。そうでなければ最後に自分のところにその金の一部が還流するはずがないし、第一下請けの工事費に巨額の水増しをしなければ、この金の流れは生じない。

社長らがしらばくれているが、業者からフィクサーに巨額の金が渡っていた事実は、工事費の背任的水増しなしには考えられない。

室戸市の業者が実際の工事費は1億円程度で仕上げ、市役所からはその倍の請負金をせしめる、というのと同じようなことだ。

福島の刑事裁判で無罪放免が出た直後、時や好しと無罪放免を目論んでの関電の収賄・背任事件の発表。国や行政がやることには、裁判官も検察官もいくら訴えてもとりあわない、良心のひとかけらも持ち合わせではない。

原発のことに関しては、人民は自らの実力で解決する以外にはないだろう。

金権腐敗の日本では、原発や高レベル放射性廃棄物の処理については、民主的な手続きを待ってはいられない。地震津波の脅威は切迫しており、猛毒の核燃料を抱えた原発や六ケ所村の再処理工場は必ず挫滅する。このような日本列島ばかりか世界人類まで破滅させる絶望的状況においては、心あるプロレタリア烈士は結集して武装蜂起など、なすべきことを準備すべきである。

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2019年9月24日 (火)

福島第一原発の事故責任

高知新聞の9月20日付長官の判決文についての社説の冒頭に「原発とは根拠もなく安全性や経済性を強調し、想定しない過酷事故を起こしても、だれも責任を取らなくてもいい事業なのだろうか。」という不可思議な文章が出ていた。

①「想定しない過酷事故」であったのだろうか。また②「想定しない過酷事故」であれば、刑事責任を追及するのは困難であろう。

①想定
東電では大津波が来る可能性というのは、社内ですでに大問題になり正規の幹部会議でも対策まで議論されていた。
想定は十分にされていたのである。政府の地震調査研究本部の長期予報がでたのを最高幹部はみな知っていた。

地震本部というのは、日本の主な地震学者の大半が参加しているという。地震本部や中央防災会議の学者が提起した警告を無視した東電の幹部が刑事責任を問われるのは当然であろう。

日本の一流の地震学者たちの地震の予想を、無視してきたのは何も東電だけではない。日本の電力会社と原子力規制委員会が今もなお頑強に抵抗し地震動について現実に合わない独自の計算式を固守して日本の原子力施設を累卵の危険の上に放置してやまないのである。

悪名高いいわゆる入倉・三宅方式である。北米の過去の地震から導き出したという計算式は、日本の現実の地震動を過小評価するものであり、電力会社のお気に入りでクリフエッジを極力低くし耐震設備に金をかけなくてもいいような結果を保証してきた。

地震本部が2008年に出したいわゆる「新レシピ」は日本国中どこでも取り入れられているが、原発だけがこれを適応させない。電力会社や規制委(規制庁)は治外法権のように日本や世界の科学の成果も世間の声も聴かない。

新聞やテレビは、まさにこれを大問題にしなければならないのである。熊本地震でも、入倉・三宅の計算式は非現実的で「新レシピ」が現実をより正確に反映していることが実証されている。

日本の地震学のアカデミズムが阪神淡路の大震災の反省から総力を挙げて立ち上げた地震調査推進本部の見解を「信頼性がない」とか言ってこれを無視して大事故を起こした、これをどうして「想定しない過酷事故」といえるであろうか。

地震本部の学者を会社に呼んで、その見解を詳細に説明してもらうというのが会社経営者の筋であろう。島崎という地震学者が規制委の委員長までして玄海原発の審査にもあたった。しかし退職してから、入倉・三宅方式では原発の地震動の計算は過小評価になるといって猛烈に規制委を批判している姿は、それを物語る。

規制委に在職中は電力会社の味方をし、やめてからそれを批判している。
むしろ圧力を加えて、規制委が地震本部の見解に従わないようにさせたのは電力会社、東電そのものであろう。

地震動の計算式は三通りあり、a入倉・三宅式、b武村式、c松田式である。武村式は反原発側の想定に近く地震動の値が現実に近く大きく出るが、まだ未完成だという。

地震本部の出した「新レシピ」は松田方式であり、入倉方式と武村方式の中間を行くとみられている。

玄海原発の活断層の評価にこの松田方式で計算してもらったところ、これでも原発の基準地震動を超える結果が出た。

伊方や川内、若狭湾の原発などもこの「新レシピ」でアウトになるという。判決文では地震本部の長期評価は信頼できないと東電の被告らは言ったというが、それどころか信頼させないぞ、全国都道府県がそれを受け入れても原発だけは受け入れないぞという行動をとったのが被告らであろう。今もそうだ。実際には何千ガルもの地震が起こっているのに原発の地震動の設定はせいぜい5,6百ガルどまりだ。特に六ケ所村など東北の原子力施設は450ガル程度の低水準だ。

②会社の幹部など個人に刑事責任を負わせるのは困難だという意見も出ている。
だから、組織罰の規定を設けるべきだという。それも必要であろう。個人と組織の両罰にするべきだ。
だが、会社の責任者、組織の責任者の罪を問わないでは、かえって企業の犯罪は抑止されず増大するだろう。

 組織は個人、複数の個人が動かしている。東電の幹部は、津波が施設の高さ10メートルを超える危険性を知っていたし、知る立場にあった。原発を止めることへの躊躇があったというが、止めても止めなくてもしなければならないことがあったはずだ。 

非常用発電機を高所に移動させるとか、使用済み燃料を移転しておくとか、最低限のことでさえ、しなかったのである。自ら警告に呼応し対策の陣頭に立つべきものが、幹部社員の意見(15.7メートルの津波予想まで計算していた)をも封殺して大惨事を招いたのであるから、未必の故意の典型例だ。東電への今回の判決の評価に、新聞やテレビにこの 未必の故意 という言葉が一つも出てこないのが不可解だ。  
  

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