教育のありかた

2017年3月16日 (木)

朕は不快である

News & Letters/556

明治時代に作られた教育勅語は、時代錯誤であるとか、国民主権に反するものだとか
いろいろな批判がある。籠池幼稚園では教育勅語が暗唱されている。私の母親も暗唱できていた。
しかし、教育勅語は国民の子弟が暗唱するようなものではない。こんな声が聞こえてくる。

朕は不快だ。爾臣民の子供らが、「朕思うに皇祖皇宗・・・爾臣民…父母に孝…」などというのは怪しからん。
朕の口真似をして 臣民の身分でありながら 朕とか爾臣民などという言葉を使って得意になっている。
教育勅語は、天皇である朕が爾臣民に教訓を垂れるもので、この文句を練習するのは、朕の息子以外誰にも許されない。
朕という言葉は、天皇にのみ許された自称だ。ただの臣民である籠池や稲田らが、朕という尊称を使った教訓文を
訳の分からない子供らに唱えさせるのは、立場をわきまえない不敬行為である。
朕はすでに死んだ。教育勅語も朕とともに死んだ。朕、朕というな。ばか。

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2017年3月 4日 (土)

豊中の安倍小学校の教育勅語

News & Letters/553
巨魁の表裏二つの醜い姿が現れている。
①国政国有財産を私物化し、②国民を権力者の臣民奴隷化する。
①と②が美しい日本の本性である。きゃつらが大好きなのは教育勅語だ。
「国憲を重んじ国法に遵ひ、一旦緩急あれば義勇公に奉じ、以って天壌無窮の皇運を・・・」
これらはすべて「爾臣民」に対してであって、自分たちは国民の犠牲の上に
国憲は軽んじ、国法は踏み破り、いつでも公のものを私物化し、残虐な歴史で血塗らた天皇家とともに安倍一族ら世襲権力族が永久に自由を満喫し?栄することをうたう。
彼らは天皇や皇室を尊崇する気持ちは全くなく、ただ支配の道具として使いたいだけである。
豊洲にしろ豊中にしろ、室戸市や東洋町、高知県庁・・・いたるところ公のものの私物化が進む。
住民訴訟の大半が、この私物化と人権蹂躙に対する抗議活動だ。
民主主義の下で、爾(なんじ)臣民を黙らせ何も見えないようにして 権力をとった連中が公共物を私物化しているのである。
だから、教育勅語は時代錯誤ではなく、現代も生きているのである。
教育勅語は、皇祖皇宗の虚偽の歴史認識にたって、美化された天皇を頂点とする権力者に対し、それに屈従する臣民の儒教的封建的義務を押し付けアジア侵略戦争体制を構築する教育の真髄を表すものである。
反体制側の種々の運動の中で果たして、これに対抗できる民主主義が構築されているだろうか。

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2013年12月21日 (土)

教育委員会制度

News & Letters/392

自民党政府は現行の教育委員会制度を骨抜きにし、教育の中立性を解消しようとしている。愛国主義教育、大東亜戦争史観の植えつけ、秘密保護法、憲法改正・・・など一連の反動攻勢の一つとして教育委員会制度の破壊を目論んでいる。

個々で現在の教育委員会制度について意見を述べる。
現在の教育委員会は制度としての建前は一応立派であるが、重大な問題がある。

1、二重の意味で現行の教委制度は自民党らの策謀が実態となっている。

①一つは、教育委員は教育行政の執行官であるが、現状では教育委員会事務局の飾りのようなもので、せいぜい諮問委員程度の機能しか働いていない。
従って実際は自民党らが策謀するとおり首長の教育委員会支配の実態になっている。

②また、現在の教育委員は首長が推薦し、議会の承認を得て委員が決まり、そしてその5人の委員の互選で教育長が決まる、ということになっている。従って実際には首長の意向で教育委員や教育長が決まっているのである。

③そしてさらに重要なことは、事務局の職員は結局首長が任命する。教育長の次のポストである教育次長が実権を握ることになる。
東洋町で私がびっくりしたのは、教育委員会の組織図であった。事務局を統括するのが教育次長と言う位置づけで、その下に事務局職員が束ねられるという図表であった。
教育長はその事務局の上で教育委員と一緒に並んでいた。教育長が事務局を統括するという図式ではなかったのであるから、教育長は委員会だけしっかり出てきて普段はぶらぶらしておればいいわけだ。この東洋町の組織図は毎年県教委に提出されていたが、県からは何も言われなかったという。

④教育委員会の予算の編成権も教育委員会にはなく、市町村長ら首長にある。
だから、権力から相対的に自立して教育行政を行うなどと言うのは単なる制度の建前であって実際はとっくの昔に権力の前に無力化していた。自民党らはこの悲惨な実態を新たな法制度にしようとしているにすぎない。それではどうするか。

改革案:

1、教育委員を公選化すること。首長選挙の時か議会議員の選挙の時に同時におこなえ 
 ばよいし、農業委員のように独自に行ってもいい。

2、委員の常勤化。5人のうち少なくとも3人は常勤としなければならない。
 常勤化しなければ、日常業務を執行できないし、教育現場の実態を把握できない。
 15万円以上出来れば議会議員と同等の待遇を与えることだ。
 教育委員は諮問委員ではなく法律的には行政執行官である。
 その分一般職の職員を本庁に返し、委員が全般的な事務をとららければ責任ある教育 
 行政とはいえない。ボランティアでやれというのも酷だ。

3、首長の教育予算編成権も大枠の予算と、施設整備や給食など学校費用だけにとど
 め、細部の個別事業への関与は排除すべきである。教育のソフト面に使う費用など教 
 育員会の独自予算編成権も設定するべきだ。


教育委員公選制でない以上、教育の権力からの独立と言ってもほとんど機能していない。

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2013年1月23日 (水)

暴力について

News & Letters/326

大阪桜宮高校の体罰―生徒の自殺を巡って例の橋下市長の強硬姿勢が問題になっている。
体罰は暴行であり、認められない。私も小学校の時に受けた体罰を忘れられない。

一つは、教室で頭の良い良家の同級生が、いたずらをしていた。
鏡を持って机の下にもぐって女子のスカートの下を写していた、自分はその子が何をしているのか知らずに呼ばれてその鏡を見せられた。何が写っているのかもわからなかったが、それを女教師が見て、私の頭を強くたたいた。
鏡を持って下から映しているのは安岡という子供であることは明らかだった。その子は大きな屋敷に住み、親は教師であった。

罰すべきはその子供であって私がたたかれるいわれはなかった。
私はその女教師が憎々しげな顔をして私に迫ってきた姿を忘れることは出来ない。
私は母子家庭で親は出稼ぎに行っておらず、二つ上の姉が所帯をしてさみしく暮らしていた。その女教師は地元出身で確か岡村という先生だった。私がどういう地区に住んでどういう家庭かを熟知していたはずだ。私はただ卑屈になって耐えていた。

もう一つは、小学校で運動会の行進の練習をしているとき、私の前を行進していた生徒が、隊列を離れて音楽が流れているスピーカーの位置を変えてすぐ元の隊列に戻った。いたずらをしたのだ。スピーカーは地面に置いてあった。行進曲の音調が変になった。それで私は隊列を離れてそのスピーカーの向きを元に直した。そうすると運動場の本部席にいた先生が色を変えて駆けつけてきて私の頭をいやというほど殴った。

その先生は私がいたずらをしたと勘違いをしたのであろう。
その先生は吉岡という男の先生だった。私が受けた体罰はこれだけであるが、今も許せないと思っている。

これらの先生は、腹立ちまぎれに生徒を殴ったのである。子どもの人権とか、子供の心とかは歯牙にもかけていないのである。私がいい家庭の子供であれば、このような暴行は受けなかっただろう。中学校3年生ぐらいになるともう大人のように威厳をもっているから先生も手が出せなかった。
小学校5年生、6年生時分以降は一度も体罰は受けなかった。

桜宮高校はまるで教師による暴力学校だ。橋本市長が強行姿勢を取る理由もある。
私は、関係した教師はもとよりそれを黙認していた教師も教員失格であると思う。辞職するべきだ。校長や教頭も教師を辞めるべきだ。市の教育委員も全員引責辞任するべきであろう。生徒が死をもって抗議したのである。

しかし、不思議なのは、高校生にもなっていながら、暴行を受けてただ黙って耐えていたという生徒の有り様である。試合に負けた、試合でミスをした、などということで暴行を受けたとなると私なら黙っていない。何をするんですか、といって逆に相手を叩き伏せるであろう。実力で対抗できなければ不登校で抗議する。

私は、この学校では人権教育は何もしていなかったと思われる。人権は他人の人権よりも何よりもまず自分の人権から始めねばならないのだ。
教師であろうが誰であろうが、人として対等であることが人権のはじめだ。
日常的に暴行を受ける関係は、今では牢獄でも存在しない。

生徒たちは自ら立ち上がり人権宣言をしなければならない。
橋本市長も、このような教育環境について行政としての責任がある。
いじめや暴力を学校現場から排除し、安全な教育環境を用意するということは、行政の仕事である。人権抑圧的で、競争と弱者切り捨て政策、人の心も配慮せぬぶっきらぼうな物言いの橋下市長の登場は、桜宮高校の暴行教育を一層助長させたと思われる。

橋下もこの際公職を退くべきだ。入試中止だとか予算を出さないとか強権を振るっても、暴行教育は治らない。それどころかこのような人に対する思いやりのない行政の仕法、権力を振りかざした姿勢が大阪の暴行教育の精神的支柱となる。
予算執行権を言う前に公務員の人権教育と生徒たちの人権意識の確立が先だ。

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2012年3月 1日 (木)

維新の教育思想(その2)

News & Letters/289

橋下は、教員が組合の政治方針を教育現場に持ち込んでいるではないか、教員は選挙の洗礼は受けていない、選挙で選ばれた首長が教育内容を決めるのは当然だ、と叫んでいる。しかし、
「組合の方針」というのは、それは教員たちの政治思想の結晶であり、倫理観である。持ち込んでいるのではなく、自らの精神を発現しているのである。

政治家は教育のあるべき姿を主張したり宣伝することは当然自由だ。しかし、政治家は教育者ではない。

教育の世界は思想と学問の世界だ。政治家の活動世界も思想(理念)が重要だが、理想通りにはいかず、現実の利害関係に拘束される。権力に関係しない全くの批判勢力の場合は比較的理想に合った主張や行動が現出されるが、権力にかかわる政治家の場合には、その言うところは利害関係の色合いが濃厚となる。時には虚偽の宣伝をし策謀、欺瞞がまかり通る。情勢が変われば転々とその主張を変えるし、その徒党は離合集散し、その政策的主張が180度変わっても平然としている。

そんなものが青少年の教育にふさわしくないことは言うまでもない。
政治家が教育者でありうるのは、その所属する政治団体、政党内部だけだ。
そこでの教育内容はおぞましい権謀術数の手練手管だ。

要するに政治家の世界は結果倫理であり、教育のそれは目的倫理なのである。
野球部は試合に勝ちさえすれば何をやってもいいというわけにはいかない。
負けても身につけるものを得なければならない。教育の世界は目的に達するまでの道程や動機が大事であり、結果だけ良ければいいのではない。

政治(戦争も含む)は、たとえ狡猾でダーティな動機で、卑劣な手段を使っても、政治目的が達成されればそれでいいのである。
動機が純粋でいくら善であっても、国民の福祉や災害対策などに無力であれば政治の世界では評価されない。

私の言うのは、政治の世界では動機は不純でも構わないと言っているのではない。
理想を高く掲げ動機も手段も清純でなければならないことは言うまでもない。

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2012年2月29日 (水)

維新の教育思想

News & Letters/288

橋下維新の会の教育思想は、その内容や手法において恐るべきだ。
内容的には、極右・反人権であり、手法は弾圧的権力の行使である。
やっこさんは、憲法九条を改悪し、アメリカ帝国主義の下で日本を軍事強国化する。
原発に反対するようだが、核兵器保有には身を乗り出すだろう。

労働者の団結権、政治的活動の自由を奪い、貧窮者の生活保護を切ってしまう。
そして、TPPに賛同しブルジョワジーのお先棒を担ぐ。

原発には反対の様だが、原発住民投票条例には反対だ。現行の議会や教育委員会制度を段々に破壊し、翼賛的議会のみを承認する。
この様な内容を教育の世界に持ち込むために、公務員制度と現行の教育体制に切り込んでくる。
教育の世界にストレートに権力の顔をむき出しこれをコントロールしようとする。

何度も言うが、首長も教育委員も、教育の内容に関与してはならない。

現在の法や制度では、首長や教育委員が出来ることは、教育条件の整備である。

その主なものは、①学校や公民館の施設を建設・維持すること、②教員や教育専門職を雇用しその生活と活動を支える財政を構えること、③教科書など教材や給食や制服など児童生徒らが通学し勉学に勤しむ材料を整えること。④私学や産業、地域での教育活動を財政的に支えること、などであろう。

これらのことが首長や教委のおもな仕事だ。これらの事業を通じて首長や教委は間接的に教育に自己の影響力を行使するのである。

世の中には、教育の場はいくつかある。学校教育、塾・各種学校、家庭、地域、職場、
各種団体だ。学校は先生であり家庭は親、それぞれの世界で、教育するものは決まっている。職場はもとより、各家庭での親の教育に関与できないと同じように、権力は学校や公民館の教育内容に直接関与してはならない。

学校での教育内容は、教員の担当である。教員が個人であれ団体であれ、教育を担当する。教員も一定の倫理観をもち、政治思想をもって政治活動をもする。教育は中立であるとはいえ、正しい政治教育をすることは義務付けられている。何が正しいかは、憲法の趣旨に照らし又本人の良心に基づいて判断されねばならない。

教員から教育の自由を奪うことはできない。その教育に彼らの道徳観や政治思想が出てくるのは仕方がないことだ。また、そうでなくては教育にならない。教育は、どのような知識や技術を教えても、それ自体に思想が入っている。原子力を教える場合に、原子力を肯定するか否定するかの思想は避けられない。

松下村塾の松陰先生に時の幕府に対する批判をやめよということは、松陰から教育事業を取り上げるのと同じだ。生徒や門弟は、その先生の思想を慕って集まって来る。

教員は大学で教育を受け、地方自治体の採用試験を受ける。教員の思想を左右したり関与したりできるのはその二つの場面だけだ。採用試験の場で、首長や教委は、論文などを書かせて、応募者の思想的傾向を把握できる。採否の決定には一定のルールがあるがある程度は、選考する側の裁量の部分がある。

私の経験では、ある年の採用試験で、小論文の選択的課題に南京事件を入れておいた。それをテーマに選んだ青年が、南京虐殺の史実を否定する論文を書いていた。

私は不快であった。論旨がはっきりしていなかった。他の試験委員はどう採点したか分からないが、私はかなり低い評点を出した。結局その青年は学科試験などが良好な成績であり、論文に配された点数はさほど多くなかったので、合格となった。このようにある限定された範囲内で採用者の思想的傾向が試験の評点に影響し、又受験者も、採用者の思想的傾向に迎合するような小論文を書くという場合もあるのである。

採否の決定に採用者の思想的傾向がある程度関与するのは避けられないだろう。しかし、私の経験でも、その影響は最小限でなければならない。小論文に決定的な評点を割いてはならないのだ。採否の評価において、思想性に大きな点数を割けば、権力者の考えが絶対正しいという姿勢となり、精神の自由が侵される。

最高学府である大学の教育では、もはや、学問の自由はだれも侵すことはできないから、権力者が、教員志望者の思想を左右することは困難である。そこで培った教養や専門知識・技能を学校などの現場で、既成の価値観をもって拘束しようとすることは、人権にかかわる事態となりそればかりか人類社会のためにならない。

教育者は次世代の人間を育てるのであって閉塞した現実の時代を切り開く人材にかかわるのであるから、現実世界の利害に制約された政治家や権力者の言うままになっては、その使命を果たせないのである。

教員は独立不羈であり日本国憲法に従うということと本人の良心とその研鑽した学問による以外何物にも束縛されてはならない。本人の良心の世界にその教員の世界観が入って来る。どんなに弾圧しても、真の教育者から思想や良心をはく奪することは出来ない。政治思想を含む思想のない教師からは立派な生徒は生まれない。

もし、橋下が己の思う教育をやりたいなら、一教員として教壇に立つことだ。自ら実践して己の教育が正しいかどうか見せるべきだ。
選挙で選ばれたからといって、教育を自由にしていいという権限まで与えられたわけではない。

但し、橋下が批判する現行の教委の有り様は極めて無責任体制だ。
教育委員は教育行政の執行官であるが、今の現状は諮問委員程度で教委事務局のイエスマン的存在である。

私は教育環境の整備については、教委や学校現場を超えてどんどんやってきた。
鉛筆から消しゴム、ノート、学級費やPTA会費に至るまで義務教育費を無償化する財政措置も取った。学校給食も100%実施し無料化した。中学3年生まで医療費も無償にし、保育園から高校生まで毎月米の配給もやった。

プラネタリウムや高性能の天体望遠鏡まで予算措置をしたが、議会の反対で実現しなかった。・・・・・。越境入学の惨状については厳しく対処した。

教育委員会や首長は、もっとこの様な教育条件の整備に力を注ぐべきだ。
不満は大いにあっても、しかし、教育の内容には一切関与はしてはならない。
ガサツな政治家が教育の世界を荒らし出せば、それは亡国の予兆である。
政治家自身が学問思弁の師を探し、常に教育を受けねばならない存在だ。

橋下は、教員が組合の政治方針を教育現場に持ち込んでいるではないか、選挙で選ばれた首長が教育内容を決めるのは当然だという。

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2012年2月14日 (火)

大阪府の学区制自由化

News & Letters/286

橋下維新の会は大阪府の高校の学区制を廃止する、とのことである。
これは子供たちの選択の自由をひろめる、ということで歓迎する向きもある。
しかし、維新の会は義務教育や高等学校で学区制が布かれた意義が全く分かっていない。私の町東洋町も学区制が相当崩れていた。いわゆる越境入学だ。

越境入学で東洋町にある二つの中学校の一つ(野根中学校)が消滅しかかっていた。
役場の職員でさえ子弟を越境入学させていたのだ。

越境先の中学校の運動会では、部落対抗リレーのとき、越境組の地区が優勝するなど
喜んでほめてやるべきか、それとも悲しむべきか、困惑したものだ。
私は越境入学に厳しく対処した。

学区制の崩壊は単にその地域の学校の存亡の問題だけではない。
それは明治初年の学制がしかれた時の歴史的事情にさかのぼる。

学区制によって、サムライだった家の子も商人の子も百姓の子も、そして旧被差別民の子供たちも、みんな一緒の教室、同じ机に座らされた。学区制は、身分や貧富によって学校が違うという前近代の制度を粉みじんに砕いた。教室の中だけは身分制度は廃止された。金持ちの子も貧乏人の子もみんな仲良く学び遊ばなければならない。それは単に学科の勉強だけではなく、教室が一個の現実社会を投影して、それを学ぶ場でもあった。金持ちの子や官吏の子が貧乏人の子供とも交流しお互いに理解し合うことになった。

そして、学問に王道なし、という言葉が毎日の教室にさらけ出された。貴族の子や金もちの子よりも貧乏人の子の方が学力が勝り体育も勝るという事態が遠慮なく実現された。
学校を一歩出れば旧身分差別を含む激しい階級差別の嵐が吹きまくっていたが、学校の子供の世界だけは、楽しい清風が吹いていた。

そこは雅に福沢諭吉の「学問のすすめ」の世界で、上下さまざまな身分や職業の子弟が集まり、彼ら自身はそれぞれ階級社会の出身と宿命を負いながらも、努力するものが称揚されるという自由平等の世界であった。この学区制は今も続いている。
学区制では、貧乏人を嫌い金持ちは金持ちの学校に、貧乏人は貧乏人の学校という事が許されない。

学区制を廃止するという事はとりもなおさず、学校を前近代の階級別教育機関に復旧させることである。そして、上流階級の子弟は、貧乏人の友達を失い、貧乏人の生活や感情について何も知らずに社会に出、権力を握り・・・・、ひどい階級社会や国家を形成する。橋下維新の会には、そのようなことは何も分からず、しゃにむに歴史への反動に挑んでいく。

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2011年8月18日 (木)

橋下大阪府知事

News & Letters/274

橋下大阪府知事を一言でいえばファシスト的政治家というべきだろう。

地方や国民を無視した新しい国家主義運動の扇動者であり、その行政手法は弾圧型だ。
何か分からぬ狂気で大衆を煽り、支持を急速に拡大する手法は見事なほどだ。
行政の弛緩したルーズさ、無駄、腐敗を厳しく追及して大衆の支持を得る。

そして向かうのは福祉切り捨て、弱者見放し、資本家たちへの財政的テコ入れ、強権的な命令と組織規律の徹底だ。これにサーベルを佩かせ軍靴を履かせたら立派なファシストが完成する。

例えば、君が代・日の丸事件。
橋下は、公立学校の教員はきょういく委員会の命令に従え、という。教育委員会の決定は上司の命令だ、従えぬものは学校をされ、という。そして、条例まで作った。
橋本は戦前と戦後を取り違えているのではないか。

教育委員会は教員に命令することができるのか。教育委員は教師の上司か、教育基本法や教育行政に係る如何なる法令を見ても、教育委員が、教師の教育活動を直接指揮したり監督したりする権能を定めた規定は何処にもない。

教育委員会の所轄業務はあくまでも教育条件の整備であって、教育内容ではない。
教育内容そのものを担当するのは学校であり、地域であり、家庭であり、職場である。
地域ではお年寄りや青年団や婦人会、消防団などが地域の若者に教育をし、家庭では祖父母、父母や兄姉らがその子女弟妹を教育する。職場では上司や先輩が教える。

学校では先生が教育担当だ。教壇の上の教師には如何なる権力も影響を与えることはできない。教壇上では教師は帝王であり、ただその良心に縛られるだけだ。

憲法で謳われた「思想及び良心の自由」(19条)とか、「学問の自由」(23条)とかは教育の場でこそ貫徹されねばならない。心ならずも強制された教育をしていた教師をわれわれは恩師と呼べるだろうか。第1、人は自分の思想信条に反する事を教えることができるであろうか。

日の丸や君が代は、私などはそれを見、聞けば震えが来る。少年時代に刻印された心情は消し難い。
しかし、日の丸にも君が代にも思想的には問題がある。国家が定めたものでも問題は問題だ。

君が世の歌詞は明らかに国民主権に反する。日の丸はかつてアジア全域の侵略の旗印であった。その事にこだわるのには現代的にも歴史的にも重大な意味がある。

君が代の君は天皇の事であるが、先の大戦で果たした天皇の戦争責任は何ら問われていない。侍従などの残された記録を見てもアジア太平洋戦争を実際に指揮しけん引したのは間違いなく天皇ひろひとであった。

戦争をおっぱじめ狂喜して追行しただけではない、終戦を遅らせたのも天皇であった。天皇身分に拘泥せずに速やかに無条件降伏をしておれば広島長崎の原爆投下もあり得なかった。太平記や雨月物語に出てくる話だが、天皇(上皇)が冥界の棟梁となって天皇家が統べるこの世をのろってやると遺言したというが、自らの血族に呪われた一家をどうしてわれわれが歌にしてまで尊崇しなければならないのだ。

これは思想信条にかかわる事であり、天皇制批判も学問の自由の中にある。
歌を歌いたくないものは歌わなくてもいいのだ。

ファシストには権力がすべてであり、選挙で勝てば官軍なのだ。法令も学問もなにもいらないのである。

角川新書の『大阪維新』(上山信一著)という本を見てみた。橋下改革が日本を変えるという副タイトルが付いている。行政の効率化が中心テーマのようだ。大阪市と大阪府を合体して橋下小国家とでもいうものを作ろうという。しかし、この本をどう読んでも、府民の生活がどう変わるのかさっぱり分からない。

大阪にどんな産業、どんな環境が現出するのかも分からない。行政の効率化、市場拡大、経済成長、競争激化、・・・経営者らしい衝動がこの本にあふれている。それを実現するために橋下司令官の権力行使が何の障りもなく行きとおるそういう行政体を作りたいという事らしい。

大阪府はもとより大阪市や衛星都市をディクテイターの号令下に置きたいのである。

私の対案:

1、大阪の文化や伝統は何処へ飛んで行くのだろうか。もういい加減に経済成長教はやめたらどうだろう。スローライフ、低成長でもいいのではないか、静かで優しい社会で生きていけばいいのではないか。薪や木炭をたいて飯や汁を作って暮らしても幸せになれるのではないか。日本には、自然主義的で人間的な生活の革命が必要ではなかろうか。機械文明とは違う新しい文明を創造する力は、東京ではなく大阪にあるように思う。

2、大阪は天下の台所であったのだから、もっと地方や外国と連携し、多種多様な地方の人と産物の交流の場として再生するべきだと思う。外国特にアジアからの学生らの大量の受け入れ、又地方や外国への人材の大量の投入、学習やレクレーションを地方・外国で行うなどして盛んに門戸を開放すべきである。大阪を小アジア社会に変えたらどうだろう。在日のアジア人も多い。

3、省エネルギーでエコ社会を建設する。人口もどんどん減らすべきだ。アスファルトの代わりに、田んぼや畑、緑の農園や果樹園が広がる、放牧の牛や豚が遊んでいて、いたるところに森や木立の茂みがあり、鳥や獣達がいる田園都市に変えていったらどうだろう。
海辺には、コンクリートの防潮堤やブロックの並立ではなく、砂浜に小舟が引き上げられていて、そのそばで漁師が網を繕っている、そのような浦の風景、昔の大阪に返したらどうであろうか。

 効率だの競争だの成長だのと、ぎゃあぎゃあ騒ぐのではなく、大阪がエコ社会への転換都市として、その澪つくしとなるべきではないか。

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2011年5月26日 (木)

(続)軋轢

News & Letters/248

越境入学は絶対に認められないという事ではない。事情によっては教育的配慮で越境して別の学校に通学させる必要もある。だが、住所をごまかし、ふるさとを嫌忌してする越境入学は法令上の問題だけでなく、人権問題でもある。これを放置していると特定の者たちにたいする差別感情を合理化する。

私は役場に入る前から東洋町のこの事実について聞いていたので教委の事務局にこれをただしたところ、そのような事実はありません、という回答であった。これを問題視し、議会内外で論議し出すと、多くの人たちから反目の目が私に注がれた。

いろいろな理由で多くの場合は教育委員会が現状を認めるという事になったが、越境して通学する子供の親たちは、苦々しい思いで私をみていたことであろう。野根中学校の生徒が激減し全校生徒が10人前後になっているのに、甲浦中学校の運動会では地域対抗のリレー競走で、野根地区のチームが優勝するという光景が見られたのである。

  正常な心でこの光景を見ていられようか。だが、教育委員会や父兄の方々ににとっては私の言動は許せない事であったであろう。

  ②校舎・体育館等の耐震補強整備

高知新聞の記事では、東洋町の耐震補強整備率は県下最低であり、その前提である耐震診断すらも満足にできていなかった。教育委員会は何をしていたのであろうか。補強工事ができないまでも診断は完了させ、全校舎の補強工事の計画ぐらいは立てておくべきではなかったか。全体の2,3割しか進んでいず、整備工事の残りはすべて私の行政時代に完遂しなければならないという事になった。

  教育環境の整備は教育委員会の最も重要な仕事である。私などは、予算を組む前に財政担当職員を連れて学校の状況を見て回り屋根裏までよじ登って修理個所を確認してきた。教育委員会が学校整備事業に無関心であったのではないか。

  ③東洋町だけではないが、学校教育で必要な教材はほとんど保護者負担ではないかという状況であった。

公費負担は極端に少なく貧しい子供たちへの請求書の方がはるかに比重が高いのであった。私は義務教育無償を段々と実現しようと決心し、公費負担分を拡大し、最後にはほとんどの教育費において無償化を実行した。

  鉛筆もノートも学級費もPTA会費もそして給食費も無償にした。
  教育委員会は、保護者や子供たちへの負担の転嫁について何の手だてもしようとしなかった。この4年間の教育に関する新しい事業はほとんど私の主導によるものであった。教育委員会の影がかすんだのではないか。

  ④東洋町の教育委員会では数年間教育長が不在であり、教育次長が教育長を代行していた。

議会が町長の推挙する教育委員を認めなかったからである。
  それは、高知新聞等が騒ぐような違法なものではない。教育長が不在の場合は事務局の職員が代行することが法令で決められている。
  しかし、実際上東洋町教育委員会では教育長は私が役場に入るずっと以前から不在であった。教育長は存在していたが、いないも同然であった。そのようなシステムになっていた。

  東洋町教委のパンフレット(これは県教委にも提出されていたという)を見ると、教育委員会の事務局を統括するのは、教育長ではなく、教育次長ということになっていた。法令では教育長が事務局を統括し事務遂行の中心ということになっている。

  東洋町の場合は教育長は教育委員として雲の上にあり、実務は教育次長が事務局職員を指揮してこなすというシステムだったのである。そのシステムが図表化されていた。だから、教育長はぶらぶらしていていいのであった。

  県教委も新聞も、東洋町の従来の奇妙な教育委員会体制、教育長が存在しているが教育長の任務を解除されている状況を何も問題にしてこなかった。
   
  このように社協や教委の問題点を浮き彫りにし、実践的に突き破っていく中では、軋轢も生じるし誤解も呼ぶであろう。社協や教委だけではない、行政の無責任体制について私は悪戦苦闘してきたが、これによって生じる軋轢や矛盾を恐れるようでは、行政をまともに担当することはできない。

  実践というのは新しい矛盾の創造的展開であり、矛盾のないところに発展はない。
  今までのやり方を続けていたのでは、自分の住む町や村が衰滅するという運命の中にある。

  今の時代で封建時代のようにのたりくたりと同じ平穏の中で息をして時を過ごすことはできないだろう。時代を切り開いていく仕事は、文字通り白刃と白刃の切り結ぶ前線の、血の滴る戦いであって、不立文字の世界である。
  これからおいおいにはっきりさせていくことになる。

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2011年5月25日 (水)

軋轢

News & Letters/247

   
  高知新聞では、澤山町政から東洋町が「改革」に向かうということででたらめな記事を書きだした。
  澤山町政では、教育委員会とか社会福祉協議会とかがうまくいかず、人の言う事を聞かない町長のトップダウン方式で軋轢があったという趣旨である。
  社会福祉協議会とか教育委員会と軋轢があったことは事実だ。
  問題は軋轢の内容ではないだろうか。
   
1、社協の問題

  社協にたいして私が問題提起したのは

①第1に福祉事業を再開する事であった。
福祉事業を止めてしまって、殿堂のような立派な福祉センターが閑古鳥が鳴いていたので、福祉事業をやらないのであれば、運営補助金を削減すると私が申し出たのである。

国の法律で補助金の交付はあくまでも実施している補助事業に基づいて必要経費を補助するというものであるからである。団体の組織を維持するためだけの補助金は出すことはできない。だから私の言いたいのはお年寄りなどを世話をする補助事業をやっていただけば、お金を出すということをるる説明したが、これが猛烈な反発
を招いた。やっと、私の方から数年前までやっていたデイサービス等を復活させて活動するという事業計画を提案してこれを承認してもらって補助金交付にこぎつけたのであった。福祉センターは再びお年寄りの集う場として再生されにぎやかになった。

②第2に、社協の「裏金」問題だ。社協はこれまでに町の補助金の残りをため込んで700万円以上の「裏金」を保有していた。社協の福祉事業はほとんど全額町からの資金であったから精算して残りは町に返還しなければならなかった。しかし、残りはなしとして変換せず、社協の金庫に累積されて裁判費用などいろいろな費用に使われていた。

私は当然これを調査し、返還命令を出して回収した。社協としては不快であったであろうが、公金をごまかすわけにはいかない。 
 
③第3の社協の問題は、その組織の在り方だ。
  東洋町だけではないが、社協は役員だけで会員がいないのである。

社協も福祉法人のれっきとした社団法人だ。社員(会員や組合員など)がいて、その社員総会によって役員が選出されなければならない。だが、誰に選ばれたわけでもないのに理事や評議員がいるのである。社協の「総会」だというので招待されて出席してみると、それは役員の総会なのであった。法令では、社協は、福祉関係の
団体や個人によって組織が構成されなければならないとなっている。

  兼職規定(議員失職)に触れる議員が勝手に役員に入り込むなどはもってのほかだ。
  地方自治法の規定で議員は理事など役員にはなれないのに堂々と役員席に座って意見を述べる。理事は誰が選任したのか、評議員が決めた。評議員は誰が決めたのか、理事が決めた、という問答が続くのである。行政と地域ボスのお手盛りというわけだ。
  会員を募り法令にのっとた民主的な組織に替えて下さいと要請しても馬耳東風なのである。

  そのようなわけのわからない組織であるから、不祥事も出てくる。
  昨年社協の会計事務上の不祥事があったが、社協の役員であってはならない議員から、その責任は町長にあるという糾弾を受けた。
  議事録を見ると、理事として報酬をもらいながら理事会では、事務局から業務報告もうけず、日常業務については何も審議していなかったのである。日常業務に無関心であったのである。そして社協の事務局長は自分がすべき任務なのに第三者風に[監督]不行き届きであったなどととぼけていたのであった。

  私は社協については上の3点について要請したり指摘したりしたが、「トップダウン」どころか日常業務については一切関与していないのである。
   

社協の実態についてはこれまで私はブロッグに書いてきたのであり、この実態はひとり東洋町だけではなく、又社協に限らず県下に多数あるのである。新聞記者であるなら、私を非難するだけではなく、私のブロッグを見て他の市町村の実態を検証して「改革」の機運を盛り上げるべきであろう。地域のボス支配の実態と地域の疲
弊と関係ないであろうか。戦後漁協や農協の法律が改正されたが、何よりもそれら地域の基幹団体のの民主化が地域活性化の要諦をなすというところに意義があったのである。
  網元など有力者だけではなくどんな貧しい漁師でも能力があれば漁協のリーダーになれるという改革が必要だったのである。

  社協とか漁協とかいう地域の公共的団体が民主的に運営されるという事は地域の活性化、地域の自治にとって重大な事であり、また、教育的にも民主主義の実際上の訓練の場でもあるのである。

  地縁血縁金縁や封建因習を打ち破り、地域社会や組織を民主的に運営する能力のある人士がどれほどいるかという事が地域社会ひいては近代国家の底力なのだ。
   
2、教育委員会の問題
   
  私と教育委員会との間に軋轢があったことも事実だ。
  東洋町の教育委員会にはいくつかの問題があった。
  ①一つは越境入学問題であり、②校舎の耐震補強工事、③教材・教育費④委員会の組織体制
  ①越境入学が野放しになり、一つの中学校が廃校になろうというほどすざましい状態であった。主として野根中学校への入学を回避して、甲浦中または甲浦小や徳島方面に越境するというのであった。その底には「同和」問題が潜んでいた。

市町村の条例で決められている義務教育での校区制というのはおろそかにできない重大な使命を持っている。それは、明治の初めから今日まで、金持ちの子も貴族の子も貧しいその日暮らしの家庭の子供も、校区にある子供はみんな同じ学校に入学し通学するという決まりである。四民平等とその意識はこの校区制によって子供の
ころから醸成されるのである。金持ちの子も高級官吏の子も貧民の子供と遊び友人になることによって学科の勉強以上に大いに得るところが出てくるであろう。

  貧民の子も金持ちの子よりも成績がいいという現象を見て卑屈にならず人生を実力で切り開く自信を得るであろう。校区制は近代日本の自由平等や民主主義の実際上の学校なのである。この制度を崩壊させることは、文字通り反動なのである

  東洋町教育委員会はこの校区制崩壊現象を野放しにしてきた。
  その乱脈ぶりは、一般住民はもとより、教育委員をやっていたこともある町会議員や市職員、さらには住民基本台帳の規定を率先して遵守すべき住民課長からして住所をごまかして子供を越境入学させていたのである。住民票や戸籍を扱う住民課長が住所不定という事だ。

  住所を偽るという事は校区制をさだめた条例に違反し、住基法の違反になるのみならず、公正証書原本不実記載の刑法に触れる疑いがあるのである。
  特段の事情も無いのに住居を偽って徳島県にまで及ぶ事態であるから、高知県教委にこの越境入学の実態について調査し指導するように申し出たところ、それは県教委には関係ないという答えであった。
                               (続く)

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