経済・政治・国際

2017年1月 3日 (火)

続 革命と暴力(2)

News & Letters/544

現在の日本や世界の情勢は、混迷を深め収拾の目途が全く立たない。
戦争や核兵器の問題にしても、原発の問題、労働者の過重労働と低賃金、原発以外の環境公害問題、差別や迫害・・・・どれも深刻化し、拡大している。
独裁体制の社会ではもとより民主主義政治体制の社会でも、真に民主的に人類の課題を正しく解決できる糸口も見えない。

反体制の大衆運動や革命を目指す諸党派の内部でも、思いあがった指導者が、独善的な運営をしてやまない。
人類を救う正しい政治思想、正しい革命の手法は何か、我々は全力を挙げて研究し討論を深めなければならない。

現在の世界を覆っている資本主義体制を打倒し、新しい人間中心の平和な社会を構築するのはどうしたらよいのか。
回答:プロレタリア革命。確かに圧倒的大多数で社会の生産を担っている労働者大衆が決起する以外にないことは間違いない。
プロレタリアートが決起した際、現行の議会や官僚組織を使って革命の課題を遂行することは到底期待できない。

必ず現体制を擁護している警察、軍隊、裁判所、監獄などの暴力装置がそのプロレタリアートの前に立ちはざかる、ということも確実である。
このブルジョワジーの暴力の発動を阻止するためには武装したプロレタリアートがその暴力装置を暴力的に破壊しなければならない。これも間違いない。
暴力の行使がどの範囲にまで及ぶかは、敵の出方次第である。

我々はこのプロレタリアートの武装蜂起と暴力の行使について初めから予定し準備するものでなければならない。

だが、だからといって、プロレタリアートによる、ブルジョワ体制を転覆し社会主義を目指す革命を暴力革命というべきではない。
敵の暴力装置を破壊する行為は確かに実力行使であり暴力の行使であるが、その暴力はプロレタリア革命の本性を表現するものではなく、革命を生みだす際の助産婦的な意義を持つにすぎない。

革命の母体と生まれた主体は人間であって、時には、ほとんど助産婦の手を煩わすことはない場合もある。
70数年前、高知県の吉良川町の西灘部落で、実際私は産婆さんが来る前に一人でこの世に出てきたということだ。

革共同中核派の最高指導者であった本多延嘉氏の『共産主義者』第23号の論文「戦争と革命の基本問題」は、革命的転変の折に暴力の行使の具体的内容についてはほとんど記述せず、「プロレタリア革命の暴力性」すなわち、「プロレタリア暴力革命」について論ずる。

本多氏はいう
『もともと共産主義革命の暴力性の根拠は、プロレタリアートによる「ブルジョワ的私有財産の専制的侵害」(マルクス『宣言』)のもつ決定的な意義に規定づけられている。』
しかし、そうだろうか。
「共産主義革命の暴力性の根拠」が「ブルジョワ的私有財産の専制的侵害」に求められるのであろうか。

ブルジョワ的私有財産の労働者階級の共有財産化は、プロレタリアートによる権力奪取の後で遂行される最も重要な課題だ。

その時点では、ブルジョワジーの武装解除がなされプロレタリア大衆による民主主義の体制が達成されているから、それは、暴力過程ではなく、社会の圧倒的多数の多数決によって民主的にかつ平穏に遂行される。「専制的侵害」といっても独裁者による専制ではない。プロレタリアートの暴力の行使は、敵権力を打倒し敵権力の暴力装置を破壊するときだけである。

ブルジョワ財産への「侵害」といっても、本来的な侵害ではない。プロレタリアート大衆にとっては当然の回復行為にすぎず、きわめて人間的行為である。
また本多氏は言う、『暴力はプロレタリアート人民の革命的共同体、偉大な世界史的事業を達成する能力を回復するための不可欠の表現形態である。』

この文章は前後二つに分かれている。前の「暴力はプロレタリアート人民の革命的共同体」の文章は、どこへつながっているのか、どこにもつながっていないのか不明である。
後の①・・・ための不可欠の表現形態 につながるのか②・・・を達成する能力を回復・・・・につながるのか、それとも、後のどこにもつながれず独立しているのか、すなわち、暴力は・・・革命的共同体であり、という文章なのか不分明である。しかし、いずれにしても暴力が敵権力を破壊するということよりも、プロレタリアート人民や革命的共同体の本性を形成する上で重要だということである。

そして、本多氏はいう、
『暴力は革命の助産婦である、というとき、革命の担い手と革命の助産婦である暴力の担い手が統一されていることを無視して、あたかも暴力が革命の外部にあって、それが革命をとりあげるように考えるのは、暴力革命に対する許しがたい反革命的敵対の理論である。』

革命の担い手と暴力の担い手が同じプロレタリアートであることは自明であるが、本多氏はその同じというのを「統一」という。

革命の動乱の中でプロレタリアートがするべき課題はたくさんある。敵権力を封殺するための暴力の行使もその一つである。だが、プロレタリアートの任務は、それだけではない。
革命遂行の行為に本命とするものとそれを補完したり助けるものと重要性において差等があるのは当然である。敵権力を暴力で打倒することは最大限重要であると位置づけたとしても暴力の行使が革命の本命ではない。敵を打倒するという暴力行為も革命行為の一つであり、「助産婦」という表現はそれを最小限に抑えようという「表現形態」である。

暴力助産婦論は、何も暴力がプロレタリアートの外部にあるといっているのではない。ここではむしろ、本多氏の助産婦論排撃の意図がマルクスやエンゲルス批判であり、プロレタリア革命がプロレタリアートだけでなく、農民やプチブルジョワ連中に対する説得と合意の獲得(宣伝工作)が最も重要な課題であることを無視し、革命運動の党派や大衆運動の中で異論を唱えるものを片っ端から糾殺する理論を作り上げようとしたところにある。

中核派の「革命軍」の主要な標的はブルジョワ権力やその手先ではなく、党派や自分の言うことを聞かない活動家に向けられていたということは、本多氏の論文の当然の帰着であり、それこそが「反革命的敵対の理論」であろう。自分も又、60年代から70年代にかけて本多氏の下でその部下の一員として活動して、この本多暴力論を読んでいたが、当時はよくわからなかった。

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2016年12月19日 (月)

北方領土

News & Letters/541

北方領土4島は日本の固有領土である、という。
ロシアは、経済的にも軍事的にもこの領土をロシア化した。
ロシアは絶対に日本に返還する意思は持たない。

日本が侵略戦争をした結果、植民地はもとより当然であるが、固有の領土まで失った。

その責任は①もともと、無謀な戦争を繰り広げポツダム宣言の無条件受諾をした昭和裕仁天皇や安倍晋三の祖父岸信介ら戦犯たちにある。
沖縄は天皇制の存続と交換されたという。

そして②今、ロシアが、頑強に返還を拒むのも、天皇裕仁や岸信介、そして安倍晋三と続く国賊どもが沖縄や日本各地を米軍の軍事基地に提供し、日米安保体制を築いている事実を作って来たところにある。

北方領土が日米安保の新たなる拠点になることが分かっているロシアがそれをわざわざ返還するはずがない。平和条約締結と2島返還とかいうが、戦争法案を強硬可決した安倍晋三は相手に刃を突き付けて何の平和条約といえるのか。

原因①も結果②も裕仁と岸信介らの係累売国奴によって作られた。
マスコミは、虚妄の返還ストーリーを国民にばらまくのではなく、上の①,②の真実を報道すべきである。

日米安保を破棄し「憲法9条を文字通り実行しなければ、隣国とのいかなる平和もあり得ないし、固有の領土も戻ってこない。
北方領土を返還せよ、のスローガンは日米安保体制解体、九条を守れのスローガンと一緒に叫ばなければ実現性は全くない。

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2016年11月10日 (木)

反知性の勝利

News & Letters/534

憎悪と弱者いじめ、金と暴言、反知性が選挙に勝った。
トランプ、フィリピン大統領、金正恩、そして安倍晋三、橋下徹・・・・反知性派たちがこの世を牛耳る時代。

ただ黙然と空を仰ぐのみ。反知性派は、いかなる不合理なことでも、人類の生存がかかるようなことでも狂気のうちに平気で遂行する。

例えば原発推進は、反知性派の象徴的な事業だ。狂った連中がやることだから、なかなか止めるのが難しい。しかもこの連中は政治権力に貪欲である。

民主主義は、この反知性派の優勢的な登場を抑えることができない。理性的人間は、この地上では少ないし、政治活動を疎んずる傾向があるからである。

従来の民主主義に代わる新しい民主主義の思想が必要であろう。

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2016年8月 4日 (木)

暴走内閣と北からのミサイル 累卵の危機

News & Letters/509

極右と知事が誕生し、防衛大臣に極右核武装論者の女性が就任した。
その日、北朝鮮からのミサイル一個が秋田沖に「落下」した。

北朝鮮は、日本列島に打ち込んだかもしれない。これを政府、新防衛相は「落下」という。
弾頭が「落下」という評価では初めから腰砕けである。日ごろ強硬、主戦派の連中が得たりやおうと北に向かって反撃的出撃に出る必要があったのではないか。?
それをしないために「落下」という認識にとどめた。日本には強大な武力があり、米軍もいる。
明らかな軍事的挑発、軍事的鏑矢に直面しても、実際には、戦端を開く度胸も根性もない。
日本としては、厳重に抗議し、国際社会にも訴えるという程度だという。

新防衛相は就任記者会見で北朝鮮の意図について聞かれて答えて曰く、
北朝鮮は「合理的説明」ができないのではないか、などと評論家のようなことをいった。寝とぼけているのか。

挑発行為の意図は、実際に戦争状態を作り出すことだ。北朝鮮はそれなりの勝算をもって行動に出た、とみるべきである。
日本海には原発がたくさんある。これを破壊すれば日本は立ち上がることができないほどの打撃を受ける。
日本は絶対的に戦争ができない国であることを北朝鮮は知っている。

北朝鮮のミサイルは次には確実に日本列島に打ち込まれるだろう。それが原発に当たる可能性もある。
累卵の危機とはこのことだ。

政府にはこの危機意識があるようには見えない。従ってこの危機を回避する方策を何も考えない。日本の水域にミサイルが打ち込まれても国防会議も召集されない。
しかし、この危機をもたらしたのは、金正恩だけのせいではない。
北朝鮮にこのような危険な軍事的挑発行為をさせているのは、安倍内閣、日本の政治そのものであろう。

日米米軍事体制の強化、安保法制の立法、沖縄基地の強化、オスプレイ全国展開、好戦極右政治家の登用・・・、これらは、すべて近隣アジア諸国への巨大な脅威であり、威嚇である。とりわけ中国や北朝鮮への圧迫は戦後頂点に達しつつある。
最近の中国の南シナ海への軍事的進出は、沖縄や台湾における日米の軍事的橋頭保の構築強化、日本や中国近海、南シナ海方面での米海軍の展開が大前提である。
今や、自分自身が作り出した近隣諸国との間が臨戦状況にあるという認識が日本政府のあほボンたちにはわかっていない。

近隣諸国の脅威とか緊張とか叫んで軍備増強に励んでいるが、その平和ボケは脳髄深くにありいざというとき何の役にも立たないだろう。ミサイルが陸にではなく沖合に「落下」したことを誰よりも喜び安どしているのは、安倍内閣であろう。

現在の危険な状況を解消する方法はただ一つだ。北朝鮮や中国の挑発、アメリカの誘いに決して乗らず、一刻も早く日本の軍事態勢を解体し、憲法9条で武装して、日本政府の首脳が北朝鮮や中国に行き金正恩や習近平とひざ詰め談判をし、挑発行為をやめさせるべきだ。西郷隆盛が、朝鮮に死を賭して談判に行こうとした殉国の決意が、安倍や新大臣にあるはずはない。

むしろ、我々は中国や北朝鮮の脅威よりも米軍による沖縄や各地の基地の存在、オスプレイの配置などの現実的侵略を直視すべきだ。米軍はかつては戦勝国としての占領軍であったが、敗戦処理が終わっている今は端的に侵略軍である。

戦後の右翼というのは、ロッキードの児玉誉士夫のように、もともと権力欲と利権欲にまみれ、アメリカ大国属国主義、排外主義と差別主義の塊であり、その本質は売国奴だ。アメリカが没落すればやがて中国に尻尾を振るようになるだろう。

安倍内閣には何よりも現在の状況について危機意識がなく、戦争によっては何も解決できないどころか、亡国の運命を再び味わうことになりかねない状況を、「落下」という言葉でごまかそうとしている体たらくだ。

安倍内閣には、専守防衛でミサイルを打ち落とす力もなく、侵略軍に国土を提供し、国を守る気概は一つもない。

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2016年7月 6日 (水)

過激派

News & Letters/496

バングラデッシュで20人もの人が殺された。
これは「過激派」のしわだだ。

日本の安倍晋三という右翼過激派がイスラムの戦士に挑戦状を送ったことへの返報だ。
これら過激派は、安保法制、原発、TPPなど過激な思想で国民を破滅に引きずろうとしている。
過激派というのは自民党やそれを後押ししている連中のことである。
安保法制に反対したり原発に反対する人たちは穏健派である。

護憲派というのは穏健派なのである。改憲して戦争をやろうという派は過激派というべきだ。

人類を破滅に追い込む原発を平然と推進したり支持したりする人間は、
狂的な過激派に他ならない。

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2016年5月29日 (日)

オバマの広島

News & Letters/492

これほどのパラドックスはないであろう。

核を保有し、実験を繰り返し、その廃絶の国際世論に背いてきたオバマが核爆弾の原料としてのプルトニウムの生産のため原発をやめず、核爆弾の装備も現実的選択肢にしている安倍晋三を従えて、広島の地を踏んだ。

その両人が、原爆で殺された数十万の御霊の前で「核無き世界」をちかったのである。
核廃絶の世界人類の願いの、その対極にある2人が、無数の爆死者の骨が埋まる地の上に立って無辜の民の犠牲をかたった。

このパラドックスこそが、現代の人類の悲劇だ。この二人の虚偽の誓いは、決して実現しないだろう。この二人は核の抑止力、核の傘の熱烈な信奉者であり、実践者なのである。
広島、長崎に原爆が投下されたのは、この戦争のためではない。

太平洋戦争は、すでに勝負がついていた。二つの原爆は、新しい世界戦争の制覇をめざし原爆の威力の実験、それを見るために投下された。死の商人とその番頭である米国政府・軍部がやったことだ。新しい戦争体系、世界核戦争、核競争の原点として広島と長崎が選ばれたのである。

オバマは広島に何しに来たのだ。

回答:それは原爆投下の真相を隠し、核戦争と核兵器競争を世界の人々から隠ぺいするためである。
多くの人がわけのわからない2人の今日の演説で眩惑されたであろう。この眩惑に涙を流す人もいるぐらいだ。

だが現実は、あの広島長崎の轟音と灼熱、長きにわたる病魔が夢ではなかったように、今も核の開発、核による脅し、核への信仰は深く広く人類を侵し続けている。

安倍が人の苦しみが本当に分かるのであれば、被爆者の賠償請求の訴訟で被爆者と対決しその訴えを無慈悲に却下するはずはない。オバマが本当に人の苦しみが分かるのなら、ビキニやユッカマウンテン山などでの核実験の犠牲者に手を差し伸べるはずだ。我々は、嘘が満てる中で生活しているので、嘘が大きいほどそれが見えなくなる。

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2016年5月 1日 (日)

高知新聞社説【基盤の立憲主義が揺らぐ」

News & Letters/481

平成28年5月1日高知新聞の朝刊社説で自民党の憲法改正案に対する批判がなされている。

その意図するところはいいのであるが、批判が緩いし、現行憲法についての理解が浅い。
現行日本国憲法前文の最大の主眼は、①第一に、国民主権の強調であり、②第二に国政の目標が反戦平和主義、自由平等など国民の基本的人権の実現、③第三に、これ(憲法)に反する権力の行使、立法、詔勅類の廃止をうたっている。

前文では、権力に対して法の支配そのものをは直接的には対置し表現していないが、それは③によって、担保されている。

だから、日本国憲法の立憲主義は①と②と③の全体が一体となっているのである。
①②③のどの一つが揺らいでも憲法の立憲主義の趣旨は揺らぐ。すなわち①②のために憲法を制定するというのが現行憲法制定の趣旨であり、③そうでない憲法や法令は認めないというのが立憲の本旨である。

立憲主義が平和主義や基本的人権などと分離・並立して論ぜられないように構成されているのである。

立憲主義でいうなら明治憲法も一応立憲主義の建前を取っているのである。
問題は、誰のため、何のための立憲かである。

自民党案の前文は第1に「国民主権」の言葉は一つ挿入されているがその内実がなく、それが天皇元首の下に据えられている。

第2に先の戦争への反省、反戦思想が欠如している。

第3に基本的人権という言葉があるがその内実がなく、それも政府ではなく国民の義務となっている。第4に国民に義務付けはあるが、政府の方に何の規制もない。第5に、憲法制定の目的趣旨を、日本の「伝統」と国家の存続においていて、戦争の廃絶、飢餓からの解放、政府による圧制からの人類の解放など現行憲法の趣旨を没却した。彼らが言う日本の「伝統」というのは圧政の伝統である。

それは、上掲現行憲法の①②を実現するための憲法ではなく、立憲は立憲であるが、国民のための憲法ではなく、圧政者の都合の良い立憲となっている。自民党案の立憲の最大の狙いは人民主権の打倒、その盗奪なのである。

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2016年3月29日 (火)

トランプ登場の詩

News & Letters/470

トランプ候補は破壊的というよりも破滅的である。
共和党を破滅させ、アメリカを破滅させるだろう。

パクス・アメリカーナは昔の夢だ。
アメリカが震源地となって全世界の現体制・帝国主義体制が崩壊に向かう。
その崩壊の土煙の下に、全世界のプロレタリアートが待ち望んでいた世界革命の新しい土壌が見える。

万国の労働者団結せよ、というマルクスの獅子吼が聞こえ、レーニンの熱烈な演説が聞こえる。
ようやく、日本のプロレタリアートも闇夜の眠りから覚め、地だたら踏んで立ち上がる時が来た。

喚けトランプ、大統領を奪取せよ。そうしてアメリカブルジョワジーを破滅させ、
日本をはじめとするその属国の土豪劣紳たちを地獄に叩き込め。
世界の労働者人民よ、中国などスターリン主義国家とともに帝国主義打倒の道を今こそ掃き清めよ。

トランプ大統領よ、天魔となってアメリカ社会を呪い、この世の秩序を解体せよ。
喜べ、安倍、橋下、…日本の腐敗バクテリアたちよ、トランプに引きづられて奈落の底へ落ちて行け。

同志よ、聞こえるか、世界同時革命の春雷(サンダース)の声が。
新しい世は、嵐の中から生まれる。

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2016年3月15日 (火)

皇室典範

News & Letters/465

国連の皇室典範に関する批判は全く正しい。その見解を日本政府の抗議で撤回したのは間違いである。

皇室典範は、日本社会のあらゆる差別の根源であり、女性差別はその根幹にある。
「皇統」、「皇族」、「男系の男子」という言葉がそれを象徴する。

この皇室典範という身分差別と性差別の、差別の塊が、日本軍のアジア侵略と従軍慰安婦問題を起こした直接の思想的根拠である。皇族の廃止、貴族制の根幹である天皇制の廃止、皇室典範の廃止、少なくとも男系天皇制の廃止は、近代日本の必須の改革的課題である。皇族を一般戸籍に入れること、皇族に憲法はもとより、民法と刑法が適用されるべきことは当然である。貴族あれば賤民あり、という言葉は今も真実であり、さすがに国連はそれを衝いたのである。

安部晋三ごときものが、何を根拠に、皇室典範は女性差別ではないなどというのか、今日女性を忌み嫌っていた伝統を誇る神社仏閣でも「女人禁制」の看板は掲げることはできない。女性を公然と排除する法律を持つ日本こそ世界の恥さらしである。
これと同じようなことを思い出す。

つい最近まで室戸市の寺で女人禁制の石碑を境内に置いてあったのを私が摘発したことがあった。その寺の石段には、女坂、男坂というのもあったがそれもなくなった。今でもその寺のふもとの道路の隅に女人結界の古い石碑があるが、これは歴史的遺産(女性差別の証拠)だとして室戸市の教育委員会(当時山中昭という優秀な職員がいた)に残してもらった。

その寺は、今から数十年前「土佐の西寺」というえげつない差別本を発行し、高知市民図書館に陳列してあったのを私が厳しく糾弾したことがあった。屠殺業を営む人間は、子供のころは純真だがその職に就くことによって残虐な性格の人間になるなどという内容の説教を収録していたのである。市民図書館はその本を一般陳列台から除けた。

身分差別と女性差別は同根であり、それを指摘した私は彼らから目の敵にされている。

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2016年2月21日 (日)

続2 丸山議員の差別発言

News & Letters/463

ところで丸山議員ら自民党の憲法改悪論の一つの大きな根拠は、これがアメリカによって作られたものだから駄目だという点である。

確かに、日本国憲法はアメリカ人が作ったと言えるだろう。敗戦当時米軍が注目した日本人独自の憲法草案があったことも事実であるが、進駐軍が作ったことは否定できない。
しかし、そのことが何も現行憲法の価値を下げるものではない。むしろいいことであったというべきだ。

当時の日本人が作ればどうしても天皇制に引っ掛かり遠慮してしまう。
天皇制や明治憲法、日本土着のわけのわからぬ差別意識などのしがらみのない誰かが作るべきであった。その場合最適なのは日本のことをよく知る外国人がいいに決まっている。

民主主義の原典であるジャンジャックルソーの「社会契約論」の一説を引用してみる。
「ギリシャの諸都市の大部分では、その法の制定を外国人に委ねることが習慣であった。近代イタリアの諸共和国は、しばしばこの慣習をまねした。ジュネーブの共和国もそうして、うまくいった。ローマは、その最も栄えた時代に、内部に専制のあらゆる犯罪が復活し、今にも滅びそうになったが、それは、同じ人々の手中に、立法の権威と主権とを集中したためであった。」

我々の憲法が外国人によって作られたことは何の問題もない。9条などの中身が大事だ。
安倍や丸山などの徒輩が立法府を壟断し、同時に行政府を専断して、戦争法案、原発再稼働、沖縄新基地、TPP・・など亡国の明らかな兆しを醸し出すのは当然の成り行きであり、権力をもつものが憲法を自分らの手で自分らの都合に合わせて作るのは、わがルソーが最も嫌忌した事態なのである。 安倍や丸山らにはルソーなんてなんだっけ、かもしれない。

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