書籍・雑誌

2015年10月 9日 (金)

読書感想 「部落解放同盟「糾弾」史」小林健治著ちくま新書

News & Letters/441

この本の著者小林さんが現在の解放同盟とどういう関係に刈るのかわからない。
戦後の解放同盟の糾弾の歴史でおもにマスコミ関係の差別事件への糾弾が描かれている。
しかし、糾弾闘争の歴史を書くのであれば、解放同盟の権力に対する糾弾闘争を主要に書くべきであって、マスコミや各種の著作者の差別用語だけを取り上げて主たる糾弾として描くべきではないだろう。

1、戦後澎湃と上がった解放運動の権力への糾弾闘争は後に「行政闘争」と呼ばれ各地方自治体へ向けられたものである。

 それは、行政や議会側に、同和地区へのあからさまな行政施策の放棄、排除、無視~あからさまな侮蔑に対して激しい憤激の 中で戦われてきた。私がごく若いころ土方鉄さんのもとで解放新聞の編集や取材のお手伝いをしていた頃、京都府連の糾弾闘争に参加した。それは部落の野犬捕獲人のささやかな要求(出勤しても服や私物を置くロッカーもない、なんとかしてくれ)を組合も行政も取り上げないという冷たい仕打ちを訴える糾弾であった。確かそれは市役所か府庁のロビーでだった。

今も覚えているが、府職労の大江書記長も糾弾されていた。京都の同盟員が、同じ労働者である野犬捕獲人が、なぜ差別をされ続けるのかせつせつと訴えていたが、党の方針では絶対に自己批判が許されていないかの書記長もさすがにその訴えに涙を流さざるを得なかった。その涙は、千年もの間差別を受けてきたものの悲痛な叫びが、強固な党派最高幹部の胸をもゆすぶり、してはならない差別をしていた自分たちを責めた、その悔悟の涙に違いない、と私は思った。

解放同盟の糾弾は、厳しいが、人の魂を揺さぶる美しいものでもあった。
全国各地で展開されたこのような行政に対する糾弾闘争を没却しては、解放同盟の糾弾の歴史とは言えない。

2、狭山差別裁判糾弾闘争をどうして書かないのであろうか。

 狭山の闘争は石川一雄さんから始まって67年ごろから私が全国闘争として設定して現在に至っているが、この闘争は、それ自体一個の差別裁判への糾弾闘争であるが、同時にこのような差別的冤罪事件にほとんどまともに取り組もうとしない解放同盟への糾弾も込めた戦いであった。結局解放同盟も組織を挙げてこの闘争に取り組むようになったが、それはどちらかというとこの闘争を放置しておれば同盟組織、少なくとも青年組織が過激派(すなわち全国部落研)に乗っ取られるという危機感があったからである。それは日比谷公園で今は亡き上田卓三さんがその危機感を絶叫していた。このままでは同盟が過激派に乗っ取られる、次の公判には同盟が主導権を取れるよう大動員をかける、という趣旨の演説をした。

全国から集まった多くの部落青年が「糾弾、奪還」を叫んで立ち上がったからである。
狭山の闘争は、解放運動全体を同和予算獲得運動から反権力糾弾闘争に転換させるべき大きな仕掛けでもあった。
小林の著作は、狭山差別裁判糾弾闘争をまったく書かない。

3、小林の記録したマスコミや文人たちへの差別糾弾には相当牽強付会のものがあったようである。

 ①作家筒井康隆の週刊文春誌上での「士農工商SF屋」の表現がやり玉に挙がった。
 版元の文芸春秋社はその「差別性」を認めたが筆者の筒井氏はそれを認めなかった、という。
「士農工商SF屋」がどうして部落差別になるのか全く不可解である。
それはSF屋を貶めることになるが、部落民を貶めることにはなりえないだろう。
士農工商という言葉自身明治か大正ごろに教科書用に作られた造語であり歴史的な概念ではない。

せいぜい中国あたりの儒教の本に中国の階級制度として載っているものである。日本には士農工商という身分制は存在していなかったのである。たとえば土佐の憲法といわれる元禄大定目やそれ以前の長宗我部百箇条に出てくる身分はせいぜい侍と百姓、町人程度であり、士農工商などという架空の身分制度は存在しない。農民が工商の上に立つなどあり得ない話だし、侍が士であったためしもない。士農工商の士というのは士大夫(貴族)のことであって武器を操り戦争することを生業とする武士(兵)ではない。

そんな日本では架空の身分制士農工商○○を自己を卑下するために使ったからといって何の問題がある。
士農工商○○の ○○は必ず穢多非人だと勝手に決め込んでいるが、それは教科書用の差別的造語をむしろ宣伝するようなものだ。日本の中世封建社会で穢多非人への激しい差別があったことは事実であるが、明確に法制化されたものではない。
だから、前近代社会では穢多に対する差別は当然であるのではなく、封建社会においても、一部の住民を穢多非人と侮蔑し差別迫害を加えた幕府や諸藩の仕打ちは、許されないのである。

筒井氏が糾弾を拒絶したことは正当である。

②「特殊部落」

 特殊部落という言葉を使ったということでたくさんの者が糾弾を受けている。
確かに特殊部落という言葉は明治以降に主に権力側によって旧穢多・非人に対して使われてきた。
その場合は明らかに差別性をもっていて糾弾に値する。私が糾弾した明治初年の土佐の漁業を記録した官制の記録では、私の村を含め土佐湾沿岸の「特殊部落」の光景や人物を一つ一つ取り上げ、そこの住民に侮蔑の記述を繰り広げ「特殊部落」が行政の妨げだなどとも書いていた。私はその資料の一部を図書館で発見し、高知県連らと一緒に副知事以下の県庁職員や県漁連の幹部を呼んで大衆的な糾弾を行った。その前代未聞の膨大な差別記録は、光内聖賢さんと相談して、人権センターの一室に保管することにした。いまでもそこにあるはずだ。
しかし、飛鳥田社会党委員長の「社会党は特殊部落」だとか、国会や芸能界などを特殊部落だという表現には、部落差別の意図も響きも何も感ぜられない。それは国会や芸能界は特殊な部落、特殊な集団だというにすぎない。

「特殊部落」という言葉が戦前に同和地区をさしてつかわれた歴史的事実はあるが、部落という言葉が普通の単語、集落を部落と表現し使用する以上、特殊な部落「特殊部落」はすべて同和地区を指していると決めつけるわけにはいかないであろう。
まして、社会党を特殊部落といっても、醜い派閥抗争の社会党の実態を指しているのであり、それを同和地区の実態と並べて連想することはありえない。
「特殊部落」という言葉が差別性を帯びるのはあくまでもそれが同和地区を指していること、さらに侮蔑的にさしていることによってである。それが有名な水平社宣言の差別の規定の趣旨だ。

③解放同盟の弱体化の今日の惨状の原因について

この本の筆者は解放運動の衰退の現状を嘆く。まともな糾弾闘争もできない現状。同盟員の激減。
しかし、筆者が解放出版社などに勤め出版物の差別表現に対する糾弾闘争に明け暮れていた当時、すなわち解放運動が勢威旺盛な時代にすでに解放運動の鋭意は失われていた。
それは、解放運動の大勢が政府が出す巨額の同和予算に押し流され鼻まで浸かって窒息状態になっていたからである。

だから、それより十年も前に私が解放同盟を見限り、それから逸脱し、新しい解放運動を建設するために狭山闘争で全国を行脚した理由だ。要するに解放運動はその目的を達成しさまざまな利権の山の中、大満足のなかで実質的に息を引き取っていた。狭山闘争も現在続行中であるが、差別糾弾の影は消え普通の冤罪事件、公正裁判要求運動に成り下がって久しいのである。寺尾判決に対する同盟の糾弾文章(おもに師岡先生の作文)」も寺尾判決の差別性をなんら暴くことはできなかった。

解放運動を刷新する唯一の闘争は私が率いた狭山闘争をはじめとする【解放運動は武装闘争である】という路線闘争であり、全国の部落青年を革命派に転換しつつあったが、それも中核派(主に関西の橋本利昭ら)の策謀によって暴力的に「打倒」された。「打倒」する理由を私に面と向かって言ってきた者はその当時からいまだに誰もいない。「前進」に載った部落問題をテーマにした秋口論文を私が「解消主義的」だと批判したことが「打倒」の理由ということか。路線上の対立で人殺し(殺人未遂)を平気でやる連中には本当に恐れ入る。その後の革命派の「部落解放運動」は実質的に部落解消主義的であり悲惨なものだ。実力闘争を基本に据えた糾弾闘争などとんでもないという状況だ。

だから糾弾闘争もろくにできない今日の解放運動の体たらくは、解放同盟本隊がさまざまな特権を得て現状大満足を達成しこの本の筆者が言うとおり差別を感ぜられなくなったこと、それに代わる新しい勢力がほとんど存在しないことに原因がある。
差別の諸相も変わってきているが、部落差別は潜在し、週刊新潮など週刊誌などの橋本徹攻撃のようにヘイトスピーチ的差別攻撃もあらわになってきているが、全国水平社的な鮮烈な解放運動勃興の兆しは見えない。

ちなみに、私はいくたびも首長選挙に出たが1勝しかできなかった。それは私の文字通り不徳の致すところであり力量(財政も含めて)のなさが主な原因であるが、厳しい部落差別の現実も言わなければウソになるだろう。どこの馬の骨か、これがこの近辺の寒村の価値判断に牢固としてある。この骨品制の壁を突き破ったのは一度だけであった。

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2014年3月26日 (水)

高知家

News & Letters/350

「高知家」とはどう読むのであろうか。

こうちや か、こうちけ、か、こうちか か?

高知県知事が何かしら唱えだして、広報誌やあちこちの看板で「高知家」が氾濫している。高知県民が一家の家族のようになって(大家族)、産業を興し助け合って生きていこうというのであろうか。

しかし、血族でないもの達が集まって血族的一家を名乗るというのは、あまり芳しくない。封建時代には血族の大家族が大きければ大きいほど強勢であった。金枝玉葉の血脈こそ神聖なのであった。その時代が去って、それを今もなお公然と追求している団体が二つある。天皇一族と、そして、暴力団だ。天皇族は我々の日常生活からはるかに遠い。しかし、暴力団は我々のすぐそばにうごめいている。

彼らは血族ではないが、血族となる誓いをし、親子、兄弟の酒杯を挙げ縁を結ぶ。
何百人、何千人の組員が一家の擬制的な血族集団、「大家族」となるのである。

そもそも日本の家制度は封建の身分制時代の社会の基礎であった。近代になってもなお強く日本の隅々に残っていた。家父長制のもと、人は悲惨な生活を強いられた。
伊藤左千夫の「野菊の墓」という小説を知っているだろう。高校1年生のとき、痛切な恋物語を私は何度も何度も読んで泣いたものだ。その墓は日本社会の家制度の残酷さの象徴であろう。

だが、やくざ達は、この封建のしがらみをその紐帯の基本に据えて固く結ばれようとする。
尾崎知事が統治する高知県にも、暴力団の影は消えない。

その県行政や市町村行政の土木事業に陰に陽に暴力団はうごめいている。土電事件だけではない。暴力団を利用しようとする社長さん達がまだうようよしているのだ。
名だたる親分が、県や市から指名を受けている会社に出入りしている。

暴力団の暗躍が活発なこの高知県で「・・・家」を喧伝する知事の感性はどうなっているのであろうか。高知県とか、高知県民でいいではないか、何も暴力団の向こうを張るかのように「高知家」などという一家を立ち上げなくてもいいであろう。

地縁・血縁で利害関係を結ぶ社会やそれを支える家制度は一度は完全に解体されなければならない。

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2013年2月 8日 (金)

続々「橋下徹現象と部落差別」について

News & Letters/331

3、糾弾闘争

「新潮」ら週刊誌が橋下徹攻撃に名を借りて全面的な部落差別攻撃を仕掛けてきたが、橋下はこれを個人の出自や血脈への攻撃だとしてその卑劣な手法に反撃をした。
しかし、決してこれを部落差別攻撃とはみなさなかった。

この本では、橋下のこうした対応を評価し称揚している。せいぜい個人への部落差別攻撃を「きょうだい」への攻撃として全体化することができなかったというに過ぎない。
しかし、今回の「新潮」者らの攻撃の場合は、個人への攻撃を超えて被差別部落全体への直接的な差別攻撃の様相を呈しており、「独裁者」、「裏切り」、「うそ」つき、「博徒」、「爬虫類のような目をしている」、「血も涙もない人間」という個人攻撃がすべて「橋下の生い立ち」としての被差別部落との関連性、「路地二つを、橋下はルーツにもっている」(以上「新潮45」2011年11月号)という事実、その悪い本性がすべて被差別部落ににつなげられているのである。被差別部落が悪の温床という宣伝なのである。

もちろん、橋下徹個人に対しては、この攻撃は、第1に誹謗中傷であり、第2に個人のプライバシイへの攻撃であり、そして第3に橋下及びその家族や地区の人々に対する部落差別攻撃であることは言うを待たない。最高裁の判例でも公的人間についてもそれがいかに真実であっても人身攻撃は許されないことになっている。橋本は当然裁判で相手を訴える権利がある。

しかし、橋下も、この本の著者らも、裁判闘争を否定する。
引用された橋下のツイッタ―によると
「今回の週刊朝日は、個人の人格否定、危険な人格の根拠として,血脈を利用しようとした。この「ロジック」が問題なんですよ。・・・・事実誤認でもプライバシーの問題でもない。ましてや記事の全ての発行を許して、、裁判で決着をつける問題でもない。表現にも許されない一線がある。その表現を許せば、回復できない著しい被害が生じるときには、表現自体が許されない。こんなの悠長に裁判なんかやってられない・・・。」(178頁)という。

またこの本の著者も橋下のこの考えに同調して「差別行為が行われたときに、法的に裁判に訴えて法廷で決着をつけるという、差別問題の解決にはあまりなじみのないやりかたではなくて、権利が侵害されたときに、法律上の手続きによらないで、直接自らの力で権利を守り実現する自力救済行為というやりかたー「糾弾」というのは、そうした自力救済行為として認められているという判決があることは前にいったが―、そういう闘いかたを選んでこそ、差別をめぐる係争の解決ができる、ということが示されたということにほかならないわけだ。」(230頁)といい、そもそも「差別事象は、いったんおこなわれたら、それによって受けた損害を回復することが法的にはできない。」(54頁)とか、差別に対しては糾弾という自力救済の方法で「社会的に」解決するしかないというのである。
糾弾によって相手が謝罪したり反省したりして解決出来たと考えているようであるが、今回の橋下の糾弾によって、何か解決したであろうか。

確かに、週刊誌らはこれ以上部落差別キャンペーンはやらないということになった。しかし、大々的に売りさばいた週刊誌や月刊誌はばらまかれたままだし、新聞等の雑誌の広告でのえげつない差別見出しは1枚も回収されていない。差別キャンペーの大きな効果は、糾弾によって解消されていない。

糾弾はもちろんしなければならない。差別者が振るえ上り、心から反省するまで糾弾の手を休めてはならないだろう。しかし、それをやったからといって何故裁判闘争を否定する必要があろうか。これまで解放運動は相手が仕掛けてきた不当な裁判に応訴し裁判闘争をやってきたが、こちらから差別事象について提訴して闘ったことは聞いたことがない。
しかし、裁判闘争の分野は糾弾闘争の一環として当然取り組むべきものであった。
差別は「社会的に」解決し「法的に」は解決できない、などという根拠のない駄法螺はおいておけばよい。何のためにこんなことを言うのかいぶかしい限りだ。

憲法で保障された人権を踏みにじられたもの、虐げられた者らが、その回復のために裁判に打って出るのは、それこそ裁判に最もふさわしいことだ。糾弾闘争は差別者に対して社会的に提起され裁判所でも差別反対の荊冠旗が翻らねばならない。

訴状の形式は損害賠償や謝罪広告を要求するということになるであろうが、法廷で不当な差別を糾弾し、部落大衆が天賦人権を等しく共有するという権利を確認しなければならない。全ての個別差別事象は、差別の当事者への糾弾だけではなく裁判闘争として普遍化させ裁判所を人権の砦として鍛えなければならない。

これまで差別者は個別的な糾弾で謝罪し反省の格好をしておれば許されてきた。
今回の週刊誌の差別キャンペーンでは、それらの謝罪や反省が心からのものではなく、糾弾の嵐が過ぎるのを待つほう被りに過ぎないことを露呈した。

糾弾闘争を民亊・刑事事件として裁判官や司法当局に部落大衆の怒りや悲しみをぶっつけ、部落大衆の法的地位を明確にさせることは極めて重要な戦線の拡大である。
身分差別は一般社会に根付いているのであるが、それは、元々は権力機構の中に胚胎したものだからだ。

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2013年2月 6日 (水)

「橋下徹現象と部落差別」という最近の本について

News & Letters/329

「橋下徹現象と部落差別」

解放運動の関係者と思われる二人の方が、2011年、12年に渡る「週刊新潮」らの橋下大阪市長への部落差別攻撃について論じている。
全体として言わんとする方向性にはうなづけるものが多い。しかし、かなり問題を含んでいる。摘記してみる。

1、橋下は、「新潮」らの攻撃を部落差別攻撃ととらえているのか。
 回答:とらえていない。橋下が問題にしたのは、出自をほじくり出して攻撃するその卑劣な手法が許せないというのである。この本が引用する記者会見での橋下は、
「僕は公人なので、両親、先祖について必要に応じて報じられるのも仕方がない。虚偽の事実でない限りは名誉棄損にはならない、・・・当該地域が被差別部落という話について、それが僕の人格を否定する根拠として、先祖、実父を徹底的に調査するという考え方を問題視している。
・・・血脈、DNA、先祖、実父という発想のもとで、どんどんぼくと無関係の過去を無制限に暴きだしていくということは、公人であったとしても、認めることができない・・・・。」と言っている。(22頁)
出自を調査しそれを暴きだすという手法を問題にしているのであって、被差別部落に対する攻撃を問題にしている訳ではない。

著者らは「橋下の人格が悪いのは部落の『血脈』を引いているからだ」という主張のもとに、個人の出自を暴くという行為が問題であるとされたわけだよ」(203頁)とか、
「橋下は、これが部落差別による個人攻撃であるという、問題の本質を一点にしぼって明らかにし・・・」と橋下を称揚する。

しかし、「新潮」など週刊誌の攻撃は部落差別攻撃が主眼であって、決して橋下への個人攻撃ではない。橋下自身は出自による個人攻撃だととらえ、その出自攻撃の手法を問題とした。著者らはその出自が部落差別であるとするが、個人への出自攻撃だとする点では橋下と同列である。

週刊誌の論調は、橋下のゆがんだ性格(非寛容な性格)、橋下の本性→橋下家のルーツ→被差別部落という流れであって、個人の性格からその先祖・出自、そしてそこから部落差別に向かっている。部落差別キャンペーンが週刊誌らの最大の目的であるし、結果としてもそうなった。今日、橋下徹ほどの人間をその出自を暴いたとして何の影響があるであろうか。権力の頂点に立ちマスコミの寵児となった男の出自が何であれ、本人も一般市民も蚊に刺されたほどの痒みしかないだろう。

少なくともこう考えるべきだ。
確かに週刊誌は、個人攻撃の手段に部落問題を用いたのかもしれない。そうとしても、主客転倒してもちいられた手段の方が大きな問題となる場合があるのだ。

        (以下続く)

            2、部落民について
            3、糾弾と裁判について

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2012年11月15日 (木)

週刊朝日の橋下市長へのお詫び

News & Letters/319

朝日新聞11月13日朝刊に新聞社として、週刊朝日の橋本市長攻撃記事についての
見解が掲載された。

一応の総括はなされている。問題は何故今回のような事件が起こったのかだ。
朝日の「報道と人権委員会」の見解も総括が浅い。部落差別攻撃をしたという自覚が欠如している。今回の記事は、部落差別の原型を見るような差別事件なのだ。

それは単に地区名を公表した、とか、記者の認識不足や勉強不足だった、ではない。
執筆者や記者・編集部の悪意が露呈されている。
その原因について以下箇条書きしてみる。

一、第一には、部落解放運動の低迷だ。

世は格差社会が深刻化していて、部落差別も依然として根強く残っているときに、
解放運動はさまざまな不祥事などで低迷している。
 この事件だけではないが、差別に対して憤りが見られない。火の出るような糾弾闘争が見られない。部落民の糾弾闘争が、それだけが、依然として差別者に対する差別
キャンペーンの社会的抑制として機能してきたのである。今度の事件はそのたがが
 外れた一事例だ。週刊朝日社ー朝日新聞社屋が荊冠旗で埋められるほどの大闘争
が巻き起こってしかるべきである。今回の朝日、先行した新潮社らの編集部はこの解 放運動の低迷をしっかり見定めている。

二、新潮社の差別記事への不問

直接的には、先に新潮社の週刊誌や月刊誌の同様の橋下攻撃がほとんど不問に付
せられたことである。朝日がわびるのであれば、新潮社もわびるべきだ。同じように部 落民の出自を取り上げて橋下を攻撃した。これが宥免されるのであれば、週刊朝日も
許されることになろう。だから、週刊朝日はたかをくくって今回の差別キャンペーンを開始してよい、負けてなるものかと判断したのである。

三、新聞や報道機関の退廃的傾向

真実の報道を軸として、人権擁護や国際平和の推進、環境保全の論陣を張るというの
ではなく、第四の権力者として報道機関が世論操作を通じて権力に影響を与え政治的
野望を実現しようとする。そのためにはでっち上げ、隠蔽、虚偽や人身攻撃、集中攻撃
など多彩な卑劣手段を講ずる。客観的な事実の検証も何もない、おのれらの思いつき
  しだいに記事を書く。福島の原発事故の放射能汚染の実態の隠蔽報道や最近起こっ
  た「大誤報」の腐敗事件の連続が端的にその姿を現している。

四、民族排外主義と格差(差別)社会、いじめ事件の増悪。

日本の報道機関による「竹島」=独島、「尖閣諸島」=釣魚島の領有をめぐる排外主義キャンペーン、及び日本社会の格差社会の傾斜発展は著しく国民全体の精神構造を
ゆがめ、社会的少数派、弱者に対する差別意識に攻撃性をもたせつつある。
そして、これは皮肉なことだが橋下自身が率いる日本維新や石原慎太郎、安倍総裁などがその排外主義や差別主義の代弁者となってメディアでもてはやされている。
影の報道機関であるインターネットでもヘイト(憎しみ)サイトが横行し陋劣な差別意識の解放の場と化している。・・・・・

対処の仕方の問題点

1、週刊朝日や週刊新潮は問題記事を載せた週刊誌や月刊誌を回収するべきだ。
2、週刊朝日も週刊新潮も、問題の出版物は廃刊するべきである。
3、社長がやめるよりも編集長や執筆記者がやめるべきだ。
4、この事件に関連して部落問題とは何か広く啓蒙的な記事を新聞等で掲載するべきである。その際、今回の朝日新聞「報道と人権委員会」の見解でかけている重大な問題は次のとおりであるので、総括のしなおしをするべきだ。

* この事件が、人身攻撃についての明白な刑事犯罪であること。

* このような人身攻撃・人格攻撃が狭山事件等冤罪事件の温床となり、ひいては、差別排外主義が戦争やホロコーストなど大量虐殺につながる恐れがあること。

* 単に被差別地区名を公表したからいけなかった、とか、人権への配慮がなかった、とかいうのではなく、週刊誌が地区名を挙げて部落差別攻撃をしたという事実を認めな
ければならない。被差別部落に生まれた事を原罪のように指弾したのだ。

 そしてその差別的攻撃には何の根拠もないこと、部落差別には正当な根拠は何もないということを闡明しなければならない。
差別には正当な根拠がないという事を言わなければならない。身分を明かしたから
悪かったといって謝るというだけでは、むしろその身分差別を強調するに過ぎない。
 それは、松本清張の小説のように暗い事件の主人公の過去の出生・身分あかしと変わらない。

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2008年9月10日 (水)

同窓会

News&Letters117/

高校時代の同窓会に初めて出席しました。
9月7日のことです。
46年ぶりの再会でした。
高校時代のことが思い出されました。

私の高校時代は、精神的には暗い、陰鬱な時代でした。室戸の田舎から大坂のごみごみしたところに出てきた。第1に、この世がこんなに悲惨で汚辱に満ちているということに圧倒されました。
田舎でもつらいことがいろいろありましたが、小中学校の時代では世の中のことは知りませんでした。

何かしら希望がありました。高校になって初めて世の中が見え、その中に置かれた自分が認識されてきました。大坂のごみごみした環境、享楽的な町並みになじめませんでした。私は自動車や電車など機械文明に拒絶反応がありました。
私は、次第に厭世的な気分なりました。

私は高山樗牛の「滝口入道」という小説の世界に耽溺し、また、国木田独歩の「武蔵野」という本を繰り返し繰り返し読んでいました。私は知らず知らず文章を暗唱までしていました。徒然草や方丈記、平家物語などは私にとっては受験勉強ではなく、人生の座右の書でありました。
私は友達と一緒にか単独にか、神社や史跡を訪ね懐古趣味的な心境でくらしていました。・・・・・

そういう毎日を過ごしているうちに60年安保闘争が勃発しました。私は、労働者が街頭でデモをする姿を見て感激しました。血湧き肉躍る思いでした。
国会の庭で全学連の樺美智子さんが殺された事件の衝撃は最大のものでした。
私は高校生の終わり頃には、社会の変革のために生きようと考えていました。

全学連は暗い人生を送っていた私をふるいたたせてくれました。「人知れずほほえまん」という樺美智子さんの言葉を胸に秘め、大学で徹底的に社会運動の勉強と実践をやろうと決意することになりました。

同窓会では、目をつぶると、走馬燈のように半世紀前の時分を思い出していました。
今も、全学連の闘士の心境を維持したいとがんばっているが、私の中には「滝口入道」の主人公である齋藤時頼の厭世的な心境がときどき飛来することもある。一度皆さんも樗牛の「滝口入道」をお読みになって下さい。

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