日記・コラム・つぶやき

2019年8月 1日 (木)

甲子園球児

大船渡高校の佐々木投手が、夏の高校野球岩手県大会の決勝戦で監督が、当番をさせなかったことをめぐって、特にテレビ番組での張本勲氏の発言について論議が沸騰し、張本氏への批判が厳しい。張本氏は監督の判断(故障を防ぐため出さなかった)を批判し絶対投げさせるべきだ、故障を恐れるべきではない、などという強い主張をした。

選手の健康や故障を心配する声が張本氏の主張と対立するのは筋違いだ。私は、張本氏の主張は正当なものと思う。
球児の健康や故障の対策については地方および中央の高野連の責任である。試合のスケジュールの過密さが特に投手の健康、肩の故障をむしばみ、原因となっていることは明らかである。張本氏は球児たちの心情を吐露しただけである。

球児の立場からすれば甲子園出場が最高の目的である以上、可能な限り、負傷や疲労・体力の限界が見えていない以上たとえ3回でも5回でも登板したい、登板させるというのは当然のことであると思う。

球児が、甲子園で燃え尽きるのか、プロの世界で燃え尽きるのか、選手自身の選択の余地がある。

監督が選手たちの生殺与奪の権を握っているような現在の高校野球の姿は、改善すべきだ。選手が一挙手一投足ベンチの監督の指図を仰ぎ、選手登録や出場枠の決定、レギュラー選手の決定など監督の権限が余りにも強大である。球児はほとんど監督に頤使される奴隷のようである。
1週間に400球程度の投球は普通の投手の投球練習の範囲である。

佐々木投手の体力や気力ではたとえ完投はしなくても、相当な回数の登板は可能であっただろう。監督の一存で決勝戦の出場を逃した投手、甲子園行きが夢と消えたチームメイト、球児の無念さを張本氏は代弁した。

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2019年5月10日 (金)

天皇の国事行為

天皇の国事行為は憲法第7条で10項目に限定されて定められている。
しかし、天皇・皇后が力を入れている戦没者の慰霊行為、地震・風水害など被災地へのお見舞い行為、各国外交官の謁見、また誕生日などで記者会見して意見を述べる行為なども国事行為には入っていない。誕生日などで意見を述べる行為もそうだ。

また、皇后をはじめ、皇太子、皇族たちが天皇の代替としていろいろな国や地方自治体等が係る公的なイベントに参加したりする行為はどういうことになるだろうか。憲法第5条では摂政が天皇の代わりに国事行為を行うとなっているだけだ。

憲法第4条2項では天皇は法律に基づきその国事行為を委任することができることになっているが、その法律「国事行為の臨時代行に関する法律」第2条によれば、委任するのは天皇が「精神若しくは身体の疾患又は事故があるとき」となっているから、天皇が健常であれば憲法上国事行為の委任者は誰もいない。病気か事故あるときに摂政となる順位の皇族だけが委任者でありうる。・

摂政となっていない皇太子(または皇嗣)をはじめ、皇后以下の皇族たちは国事行為はもとより、それ以外の天皇としての象徴行為の代行はいかに善意から出たものであっても、憲法や皇室典範などに規定されていない行為であり、脱法行為というべきであろう。被災地へのお見舞い行為などでは慈悲深い皇室への好感度はまし讃嘆の声さえあがっている。天皇制支持の機運はますますあがり、天皇制永続の地盤はいや増して強固となる。ただのさざれ石が巌をとなる。

巌がさざれ石になるのが自然ではなかろうか。
天皇制廃止論者はまず如上の脱法行為を問題にすべきであり、慰霊やお見舞いなど脱法行為が縮減すれば天皇や皇族への国民の関心も薄れることであろう。また、天皇ご一家の安息の日、家族団らんの時間も多くなるだろう。

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2019年5月 5日 (日)

哀悼

高知県安芸郡東洋町生見の弘田祐一さんが本年5月1日に亡くなった。丁度82歳だったとのことである。昨日葬式が終わってから甲浦の方から私に知らせがあった。その人も死亡したことを昨日まで知らなかったとのことである。

弘田さんは国家公務員で退職してサーフィンで有名な生見海岸の集落に住んでおられた。
弘田さんは2007年~2008年の東洋町での核廃棄物闘争の最も重要な人物であった。

彼は早い段階で反対運動に立ち上がり、高レベル放射性廃棄物埋め立て処分場反対の条例制定請求の署名運動、それに続く町長リコール請求運動の中心人物であった。私は表面に立ったが弘田さんは裏方に徹し東洋町の町民闘争を最後まで支え続けた。

私は当事者として弘田さんに感謝しなければならないが、また、日本国民を代表して弘田祐一氏に感謝の言葉を捧げたい。彼は、激動の中で常に冷静で穏やかであった。人格として完成された感があった。

私は、市民オンブズマンとして死ぬまで戦って生きるつもりであるから、天国でしばらくご冥福を待ってもらって、私のゆく手をお守りくだされ。

ただ哀悼の思いでいっぱいである。

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2018年9月 8日 (土)

県立大学の焚書事件お住民監査請求

News & Letters/648
この焚書事件についての高知新聞の連載記事「灰まで焼け」(天野記者)はよく書かれていたが、責任を追及する視点が欠如している。高知新聞の論調ではこの事件は裁量行為の非常識さという程度の話だ。
そうではない。この事件は純然たる犯罪であって、刑事上は県民の財産の損壊であり、民事上は財産上の損害なのである。
仮に学生か誰かが、何かの理由で図書館の本を一冊でも焼いたらどういう罪になるか。刑法第261条の器物損壊の罪は免れない。
図書館員が焼いたら、器物損壊の上に背任罪(刑法第247条)が付くだろう。そして民事上の弁償をしなくてはならない。
今回のように組織的に大規模のやった場合なら、罪にならないということにはなるまい。
天野記者の記事は常に冷静でち密であるが、県民の怒りが反映されていない。これほどの無法行為に対して、県民は立ち上がらないのか。
今朝、この焚書について監査委員会に出向き住民監査請求を提出したが、他の誰もやった形跡がない。
高知県職員措置請求書(住民監査請求書)
                     平成30年8月  日
高知県監査委員会殿
                   〒 781-6831
                     室戸市吉良川町乙2991番地  
                   請求人 澤山保太郎
    【請求の趣旨】
高知県立大学が、平成14年ごろからこれまでに焼却したという3万8000冊は法令によって高知県の財産とされねばならなかった。一部は教員の手に渡っているという。
知事は、処分された書籍に相当する金額を算定し、違法な処分を行った大学の責任者に
書籍の価値に見合う金額を賠償させるなど適切な措置をとるべきである。
   【請求の理由】
1、高知新聞等の報道によると、高知県立大学(高知県公立大学法人)はその「貴重な財産である蔵書」(平成30年8月18日学長声明)のうち約3万8000冊を不要だとして焼却(「除却」)したという。
しかし、この焼却されたり一部が同校教員らに譲渡されたという書籍は、もともと高知県が公金で賄ったものである。地方独立行政法人法の第42条2第1項の規定では、不要な財産はこれをもとの地方自治体に「納付」することになっている。
高知県知事は、この法令の規定に基づき処分された3万8000冊の「納付」をうけるうえで県議会などの議決等適切な措置を取る義務があった。
2、しかるに尾﨑高知県知事は、この焼却処分を残念だなどといいながら、やむを得ない処置であったかのように大学の行為を擁護した。(高知新聞平成30年8月22日朝刊記事)
 このような見解で、知事尾﨑は、大学側に勝手に処分された財産についてこれを回復させるなり、償わせるなど適切な措置を取らず今日に至っている。これは、高知県の財産の管理を怠る行為であるので直ちに是正の行動をとるべきである。
3、本件焼却処分は新しい図書館の建設事業によって生じたことであり、高知県はこの新図書館の建設の設計や本体工事に直接かかわっていたから、蔵書収容のスペース、その容量に合わない書籍の処分についても知る立場にあった。
たとえ、処分の事情を知らなかったとしても、事件が表面化した時点で調査に入り、焼却された書籍についてこれを鑑定にかけ相当な金額を見積もるなど財産破損の回復措置に動くべきであった。しかし、高知県は第三者的な立場から評価したり擁護するだけで財産管理の責任の自覚でさえ失っていて、その責任を遂行する意思が見えない。
  添付資料
 高知新聞平成30年8月  日号 ② 8月18日 学長声明文

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2018年7月11日 (水)

死刑

News & Letters/641



関西や四国の盆は8月13日から15日だ。監獄の盆は7月13日から15日にかけて関東の盆と同じだ。

オウム真理教の7人の死刑囚は今年の盆に間に合った。というより盆に係らぬように執行された。

1、オウムの罪は死によって償われるものではない。およそどんな罪も死によって償われるものは何もない。
罪は一生背負って一生続く苦行によっていくらかでも償われるようにせねばならない、と思う。
簡単に殺して良心の呵責から解放してはならない。

2、麻原らオウムの所業も恐ろしいが、上川陽子法相の所業も恐るべきだ。
今回の7人に加え以前の3人と合わせて10人の人殺しを実行した。人間の姿をした殺人鬼だ。

何人も人の命を奪う権利はない。相手を打ち倒さねば自分が殺されるという正当防衛
だけが人殺しを許される。それ以外は全部犯罪だ。裁判所の死刑判決も国家の名を借りた私刑であり殺人だ。

3、オウムの事件は謎に満ちている。ほとんどの犯行が容疑者らの証言しかない。
死刑執行は真相を隠す最高の手段で権力の伝家の宝刀だ。
死刑が犯罪抑止の効果の有無などで評価されてはならない。
私は以上、1、2、3、の理由で死刑制度を蛮行として容認できない。

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2018年7月 2日 (月)

西岡智氏の訃報に接して

News & Letters/639
昨日大阪の大久保哲夫氏より部落解放運動の大先達大阪の西岡さんがタイのチェンマイで客死したことを知らされた。部落解放運動だけではなく日本の大衆運動においてまさに巨星落つという感がするのは私だけではないだろう。
師岡祐行氏が書いた「戦後部落解放運動論争史」全5巻の中で書かれている数百名の運動家で生き残っていたのは片手の指で数えるほどしかいなかった。その中で、否、全国水平社以来鬼籍に入った群星の中でも3本の指に入るほどの存在感を示していたいえる。
即ち、全国水平社の松本治一郎、同泉野利喜蔵、そして戦後の西岡智である。
西岡智と同時代の解放運動家は上田卓三、朝田善之助、岡映(おかあきら)、大賀正行、
上杉佐一郎など全国に数多いたが、やはり西岡智の業績や影響力が勝っていただろう。
私は、学生運動から、部落解放運動(中央本部及び大阪府連本部書記)に入ったものだが、直接西岡氏の指導を受け大衆運動とは何かをまなんだ。それは何も理論とか、流派とかというものではなく、イメージとして教わったものである。
市役所の一角を占拠して部落大衆おっちゃんやおばちゃんのなかから、声を上げ差別と貧困の不当性を挙げて権力を追及している姿。
これが大衆運動のイメージであった。西岡さんは、府議会議員はもとより国会議員にすらなることができたと思うが一切そのようなものに目もくれずただひたすら大衆と同じ地点にたち、そこから声を上げるということに徹していた。
学生運動から参加した私はその姿に感銘を受け人間の在り方として最も尊いと思った。
私は狭山闘争を独自に全国闘争に発展させるため解放同盟を離れたが、同盟を離れても西岡さんとは接触を保っていた。
近年もたびたび会い、又高知の私の闘争になにくれとなく助言をしてくれ、幾度も来高してくれて陣中見舞いを受けた。
西岡さんは私を「愛弟子」だと目を細めて人に紹介してくれていたが、最も統制の利かぬ弟子であったと思う。
晩年西岡さんはたびたびチェンマイに赴き、誘ってくれたが、私は一度も同行しなかった。
おそらくタイの東北の人々の生活や素朴な人情が昔の日本のそれらと通うものがあり安住の地を得たと思われたのであろう。
冥福をお祈りする。やがて任務を終えて私もそちらに行きますから、そのとき、よくやった、という声をかけてくれるよう有終の美を飾りたい
と思う。その間いつものように目を細めて見守ってください。

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2018年5月30日 (水)

アメリカンフットボール

News & Letters/635


日大のアメリカンフットボールの選手の暴力的タックルがかまびすしい。
監督コーチが選手に指示してやらせたことは間違いない。

日大の体質、組織が問題になっている。
やった選手に同情するむきもある。

監督・コーチの責任、そして組織の在り方が問われるのは当然だ。
だが、指示に従って突撃をした選手もやはり問題がある。

たとえ未成年だとしてもやってはならないことの分別はあるはずだ。
人を殺すことになるかもしれない行為をやろうと決意した事実は否定できない。
上司の命令だから、市長の命令だから・・・といって悪事と分かっていることを
実行した者は、上司や首長とともに断罪されるべきである。

森友事件で公務員が自殺した。その人は、勝手に悪事を遂行したのではなく
上司の命令でやったに違いない。弁明をすれば誰も彼を責めはしなかったであろう。
けれども、彼は、自分のした悪事の責任を取って自裁したのである。

善悪を知らずにやった、とか、死の脅迫を受けてやむなくやった、というならともかく
そうでもない、普通の会社や市役所で、悪いことだとはっきりわかっていて、社長や市長がやれというからやった、俺に責任はない、という言い訳は通らないだろう。

組織の中で上司や仲間にやれと言われても不正義にははっきりくみしないと宣言する、
拒絶する自我を確立することが、家庭や学校で養うべき教養であり思想である。

悪事を働いた者は死ねとは言わないが、責任は明確にしなければならないし、世間も甘やかしてはならない。罪は組織ではなくあくまでも個人が負わねばならない。

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2018年5月20日 (日)

正義論

News & Letters/633
正義は勝つ。だが滅多に勝つことはない。
むしろ正義は負ける、極めてまれに勝つこともある、というべきだ。
我々の多くの戦いは敗北であった。勝ったのはごくわずかだ。
負けても負けても闘い続けるうちに、ひょっとして正義が勝つときがある。
イエスキリストも最後には刑死した。
西郷隆盛も、坂本龍馬や中岡慎太郎も最期は敗滅した。
反原発の裁判も、オンブズマンの住民訴訟もほとんどは敗北だ。
選挙もそうだ。正義が必ず勝つのであれば、安倍や麻生などはとっくに国会から消えているだろう。
もとより、われわれの正義と右翼反動どもの正義とは異なる。
自民党などの掲げる正義は嘘だ、不正義だと我々は考える。
それでは、現代の正義とは何か。
私のようにマルクス主義を正義と考える人は少なくなった。
国民的には憲法が現代の正義だというのが一番妥当だろう。
 
吉田松陰の言葉に
  生もまた我が欲するところなり
  義もまた我が欲するところなり
  二者兼ぬるを得べからざれば
  生を捨てて義を取らんものなり
 
正義を奉じて生きるものは、必ず生(安楽)と正義との選択の岐路に立つ時がある。
松陰は、正義を取れば、ほとんど死(敗北)が待っていると考えるべきだというのである。
正義を取って闘うものは、その信念と闘争に生を賭けることに精神の満足を得るのであり
即ち正義の追及に幸福を覚えるのである。
松陰は刑死するとき、その時、至福の境地にあったから、慫慂として断頭台に臨んだのであろう。
正義はほとんど勝つことがない。だが、我々は正義のために人生をかけて進んでやまない。

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2018年5月 6日 (日)

憲法の覚悟

News & Letters/632
憲法9条は文字通り死守されねばならない。
憲法9条は非現実的だとか、専守防衛の自衛隊の存在は合憲だ、
自衛隊が違憲だというのは一部の学者だけだ、など左翼という人士まで
そういうでたらめな意見を発表し続けている。
自衛の権利は自然法でも認められているから自衛隊は合憲だという者もいる。
だが、だれがどう見ても自衛隊は武装した軍隊であり、戦前の旧軍隊よりも
強力な火力を持っている事実は何人も否定できず、憲法9条に真っ向から矛盾することは火を見るより明らかだ。
この矛盾をなくするために改憲だというのが安倍たちの論拠だ。
自民党や野党といわれる連中も憲法9条違反の罪科を課されるべきだ。
それでは、外国が攻めてきた場合どうするのだ、というだろう。
憲法ができた当時も当然同じ疑問が出された。それでもなお、制定時の政党や国民は
現行の9条を掲げた。当時の政治家たちが何故非武装不戦の憲法を選択したのか。
それはただ単純にアメリカに強要されたからなどとは言えない。
新憲法を制定する国会審議で9条の条項を改変し、軍隊を保有する憲法にすることは可能であった。
可能であったがしなかったのだ。なぜだ。
それは仮に他国から侵略を受ける事態が発生しても構わない、国が他国により滅亡に追いやられても構わない、という覚悟があったからであろう。
戦争によらず武力によらず他国を信頼して交渉や対話を通じて国を守る、ということには限界があることは容易に想像できたはずだ。それでも9条を選んだのは、なぜか。
回答。他国の侵略によって植民地にされても耐えて生きていこう、いつかはその侵略を克服できるまで耐え忍ぼう、むしろ軍隊を持ち、戦争を外交の手段として再び他国を侵略し人に多大の犠牲を強いるよりも耐え忍ぶ方を選択する、という覚悟があったはずである。
安倍自民党らの北への制裁・武力行使一辺倒を批判し、対話路線が大事だという主張もなるほどと思うが、それだけでは憲法9条の精神は反映されない。例えば、どういう状況であろうと日本政府や国民が北朝鮮への医療や薬剤を無償で提供し続けるということをしたれどうだろう。われわれは朝鮮人民には天文学的巨額の血の負債を背負っている。
南北分裂の民族の悲劇の根因も日本の植民地支配だ。恒常的に医療や食料、衣服など北朝鮮人民の生活の糧になるものを提供し続ける方が、「対話」よりいっそう日朝の平和に効果があると思う。
相手が核を持とうがミサイルを持とうが、我々はなすべきことをする以外に道はない。するべきことをしなければだれも信用してくれない。
北の脅威に対しては砲弾ではなく、医薬品や食料で応戦してみろ。憲法の覚悟は、はいつくばっても相手の心をつかむ行為を促している。
拉致被害家族の願いに応ずるのも、武装対決や経済封鎖ではなく、朝鮮へのわれわれの朝鮮半島植民地化への償いの行為だ。

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2018年4月19日 (木)

中岡慎太郎

News & Letters/627
現在坂本龍馬とは違って中岡慎太郎の評価が低く大河ドラマで主人公になったこともない。
中岡は坂本龍馬の付属のようだ。
高知駅の三人(坂本龍馬、武市半平太、中岡慎太郎)の維新に尽くした人物の銅像についての説明でも薩長同盟の締結の功績は坂本龍馬にあり、中岡は陸援隊長だったという程度の紹介だ。
だが、史実は違う。また維新当時の人の評価でも、中岡慎太郎の実績と評価は龍馬どころではない。
薩長同盟、薩土同盟、そして宮廷の三条実美と岩倉具視との提携を実際に工作し実現したのは慎太郎の方だ。慎太郎は長州藩の久坂玄随や高杉晋作、桂小五郎らと肩を並べて倒幕運動にまい進し西郷ら薩摩の討幕派と親交を持った。維新直後、中岡が生きておれば西郷隆盛、木戸孝允らに引けを取らない維新の元勲になったことは間違いないと評価するものもいた。
長州藩の諸隊のリーダーとして実際にいくつもの戦闘に参加し、都落ちした五卿を護衛し、
京阪神から九州にかけて周旋・情報収集に奔走した中岡にくらべ、幕臣勝麟太郎の弟子でしかなかった龍馬など慎太郎の足元にも及ばない。確かに龍馬は京都での薩長同盟の盟約の折立会人としてその場に臨席したが、薩摩・長州に同盟をさせるお膳立ては主として中岡の功績であり、当時長州の村田蔵六(後の大村益次郎)が中岡の薩長同盟達成の功績を「宇宙の輝き」だと讃えたほどだ。
薩長同盟は、直接的には幕府の征長戦で滅亡の危機にあえぐ長州藩の窮地を救ったのであるが、それだけでなく、幕府を武力で打倒し、新しい日本を建設する政治勢力を創出することになったのである。
薩長同盟は、中岡の功績だと天才的な戦略家で日本陸軍の父として大阪の護国神社に祭られている大村益次郎が書いた。その証言に後代の誰が反論できるであろうか。
中岡は北川村の庄屋の息子だ。その家は、土佐の天保庄屋同盟の一拠点であった。
天保の秘密庄屋同盟こそ土佐勤皇党の底流にあり、その思想は天皇を頂点としているが、自分らを、武士の中間項を払いのけて直接天皇に直属する存在だと想念した。封建領主をはじめ武士支配を打破する革命思想だ。
中岡慎太郎を主役にし、龍馬らをわき役にした大河ドラマがつくられるべきであろう。
今も昔も、中岡慎太郎の武力討幕の方針は正しい。
少年時代から室戸岬の銅像を仰いで星雲の気を養ってきた私にとって中岡慎太郎の低い評価には我慢がならない。

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