文化・芸術

2016年9月 1日 (木)

茶の本 岡倉天心

News & Letters/517

福島原発事故は、かつてリスボンの大地震がヨーロッパの思想界に与えたと同じ衝撃を
私たちに与えている。神学の予定調和からヒュウマニズムへの転換。
原発を頂点とする近代科学神話からヒュウマニズムへの転換が必要だ。
ただ単にエネルギー源の選択の問題だけに終わってはならない。

岡倉天心の「茶の本」は、茶道について宗教的・芸術的な説明がなされているが、その中に次のような一説がある。

「西洋人は、日本が平和な文芸にふけっている間は野蛮国とみなしていたのである。
しかるに、満州の戦場に大々的な殺戮を行い始めてから文明国と呼んでいる。
近頃武士道ーわが兵士に喜び勇んで身を捨てさせる死の術ーについて盛んに論評されてきた。
しかし、茶道にはほとんど注意がひかれていない。この道はわが生の道を多く説いているのであるが。

もし我々が文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。我々はわが芸術及び理想に対して、しかるべき尊敬が払われる時期が来るのを喜んで待とう。」

我々が世界に対して誇れるのは、武器や強兵でもなく、大量生産大量消費、成長・成長の経済でもなく、平和な文芸にふける静かな世界であって、自然を愛し、上下差別なく人が交わる茶道の世界、岡倉が言う「野蛮国」なのである。

日本が日清日ロ戦争に沸き立ち、軍国主義にひた走る時代に、岡倉天心は堂々と反戦的文明批判を行っていた。

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2015年9月27日 (日)

楽譜 君死に給うことなかれ

News & Letters/439

今こそ、与謝野晶子の君死に給うことなかれの歌を歌う時である。
私はこれを中学2年の時に、歴史の授業で大寺美也子先生から教わって、その時から現在まで
ずっと歌ってきた。車を運転するときには大概この歌を1番から5番まで歌っている。
戦争法をこの歌で包み込もう。

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2015年8月24日 (月)

心情

News & Letters/433

私は、時々少年時代に覚えた(教えられた)歌を歌っています。

     庭の千草

  庭の千草も 虫の音も
  枯れてさびしく なりにけり
  ああ、白菊 ああ白菊
  ひとり遅れてさきにけり

  露にたわむか 菊の花
  霜におごるや 菊の花
  ああ、あはれあはれ
  ああ、白菊
  人のみさをも かくてこそ
                
 最近特にこの歌の意味が身にしみて理解できるような気がする。
 かつての同志は多くが年老いあるいは死去した。
 私は一人残っても、最期まで闘って生き抜かねばならない。

 また、少年時代には軍国主義教育の名残を持った母親から、母親が覚えている小学校唱歌などを教え込まれたものである。

 楠正成の青葉茂れる桜井の・・・の唱歌や 見よ東海のそら空けて、旭日高く・・・皇国とわに栄えあれ の歌など・・・・

 愛国少年に育てられたのであろう。その愛国の熱が転じてマルクス主義学徒になったのである。  

 
  親が教えてくれた唱歌の中で今しみじみと感ずるのは、南北朝戦乱時の人「児島高徳」という唱歌である。

    船坂山や杉坂と
    み跡慕いて 院の庄
    微衷をいかで聞こえんと
    桜の幹に十字の詩
      天勾賎を空しゅうするなかれ
      時にはんれい無きにしも非ず  
  
 私にとって忠誠を尽くす相手は勾賎や南朝の後醍醐帝ではなく、人民である。
      天プロレタリアを空しゅうするなかれ
      時にレーニン無きにしも非ず

                       墨痕淋漓、桜の大木に私はこう書きたい。

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2013年1月18日 (金)

1月17日

News & Letters/325

1月17日は18年も前、阪神淡路の大震災の日であった。

1月17日は歴史的に見て何かと大きな不幸が起こった。

阪神淡路の大震災、ロスアンジェルスの大地震もそうだった、湾岸戦争もそうだった、江戸の明暦の大火事もその日だった、朝鮮戦争も・・・・、

明治の文豪尾崎紅葉の「金色夜叉」のあの熱海の海岸で、貫一お宮の別れもその日だった。
間貫一:

「今月今夜のこの月は、僕の涙で曇らせて見せる」
と1月17日を呪ったのである。

 無教養な私の亡母であったが、熱海の海岸の別れの日が1月17日であることを 
私に教えてくれた。何故なら、高知県の寒村吉良川で昭和19年のこの日に母は私を生んだのであった。

 私が生まれた事は、この人の世に幸か不幸か。ただ親に感謝し、誠実に生きるのみだ。

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2011年6月14日 (火)

ヴォルテールの詩

News & Letters/251

1755年のポルトガルのリスボン大震災が如何にヨーロッパの思想界を揺るがしたかは、ヴォルテールの

       POEM ON THE LISBON DISASTER 

 という詩や、カンディードという物語に現れていて、とりわけ、「リスボン大震災の賦」とも訳される上の一編の詩には、ライプニッツら当時のヨーロッパ思想界やキリスト教神学への痛烈な批判を超えて、現在の原発楽天主義学者への激しい憤りをも感ずる。

東北の大震災、福島原発事故のあり様を目前にして、現代のインテリゲンチャを自任するすべての人々は、ヴォルテールのこの激しい詩を読むべきではないか。
  以下この詩の冒頭を引用する。
   
  Unhappy mortals !Dark and mourning earth !
  Afrighted gatharing of human kind!
  Eternal lingering of useless pain!
  Come, ye,philosophers,who cry,"All is well,"
  And comtemplate this ruin of a world.
  Behold these shreds and cinders of your race,
  This child and mother heaped in common wreck,
  These scattered limbs beneath the marble shafts -
  A hundred thousand whom the earth devours,
  Who, torn and bloody,palpitating yet,
  Entombed beneath their hospitable roofs,
  In racking torment end their stricken lives.
  To those expiring murmurs of distress,
  To that appalling spectacle of woe,
  Will ye reply:"you do but illustrate
  The iron laws that chain the will of God"?
  Say ye, o'ver that yet quivering mass of flesh:
  God is avenged:the wage of sin is death"?
  What crime,what sin,had those young hearts conceived
  That lie,bleeding and torn, on mother's breast?
  ・・・・・・・・・・・
      ・……
  テレビの前で福島原発の大事故にも動じず、大したことはないを連発する尊敬すべき学者先生方にこの詩をささげる。人民の奴僕にすぎない私にもこの詩の憤りが伝わってくる。

  人の苦しみや悲しみにこたえられない哲学や宗教に何の値打があるであろうか。
  人をたぶらかした原発信仰家の科学者達にこそ 

   God is avenged ,the wage of sin is death.

      でなければなるまい。
   

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