心と体

2017年5月11日 (木)

復帰

News & Letters/567
本年5月1日、私は東洋町から室戸市吉良川町の実家に住民票を移転した。
私は平成19年3月から、10年間の東洋町民に終止符を打った。
理由は、室戸市の方が利権行政が横行し、その規模が大きく深刻だからである。
東洋町の利権行政が治まったというわけではないが、私が室戸市民にならなければ室戸市行政の住民訴訟ができない。
特定業者と特定議員による市政の腐敗は底知れない。同志の名前で住民訴訟をやってもらっているが追いつかない。
 
また、私自身についても周囲に危険人物がおり、そのため多勢の住民が恐惶状態にあり、著しい人権侵害が十数年続いていて、警察や行政が何も手を打たない状態があり、これに対処し忙殺される毎日が続いた。
その家の近くのあばら家には赤いペンキで「殺す」という大きな文字が掲示されており、近隣の住民はその男に死刑宣告がされているのである。
周辺の畑は耕作ができず草を刈ることも許されず、災害避難道となっている道も誰も通れない。まるでシリアだ。
 
また、山の上の畑も草ぼうぼうで今これを開墾している。年老いた私には耕作はかなり重労働だ。しかし、山の風はすがすがしい。
 
このブログは元は「東洋町長日誌」であった。それが「東洋町民日誌」に変わり、今度は、→「室戸市民日誌」に。

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2016年9月 1日 (木)

茶の本 岡倉天心

News & Letters/517

福島原発事故は、かつてリスボンの大地震がヨーロッパの思想界に与えたと同じ衝撃を
私たちに与えている。神学の予定調和からヒュウマニズムへの転換。
原発を頂点とする近代科学神話からヒュウマニズムへの転換が必要だ。
ただ単にエネルギー源の選択の問題だけに終わってはならない。

岡倉天心の「茶の本」は、茶道について宗教的・芸術的な説明がなされているが、その中に次のような一説がある。

「西洋人は、日本が平和な文芸にふけっている間は野蛮国とみなしていたのである。
しかるに、満州の戦場に大々的な殺戮を行い始めてから文明国と呼んでいる。
近頃武士道ーわが兵士に喜び勇んで身を捨てさせる死の術ーについて盛んに論評されてきた。
しかし、茶道にはほとんど注意がひかれていない。この道はわが生の道を多く説いているのであるが。

もし我々が文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。我々はわが芸術及び理想に対して、しかるべき尊敬が払われる時期が来るのを喜んで待とう。」

我々が世界に対して誇れるのは、武器や強兵でもなく、大量生産大量消費、成長・成長の経済でもなく、平和な文芸にふける静かな世界であって、自然を愛し、上下差別なく人が交わる茶道の世界、岡倉が言う「野蛮国」なのである。

日本が日清日ロ戦争に沸き立ち、軍国主義にひた走る時代に、岡倉天心は堂々と反戦的文明批判を行っていた。

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2016年4月 4日 (月)

健康法

News & Letters/472

肉体は限界がある。人は死ぬ。同級生以上はもとより私らよりずっと若い世帯のものが老いさればえている姿を路上で見てぞっとする。だが、私の場合はそうはいかない。生きてこの世の悪と戦い続けねばならない。

自分一代が老後を平穏に生きればよいという考えで、何も考えず、何もせず、海を眺め、山を仰ぎ、畑に出て野菜を育て・・・

というわけにはいかない。むしろ、尼子の山中鹿之助のように、我に七難八苦を与えたまえ、と月に向かって吠えた故事に見習い、悪党を次々に発掘し、戦線を拡大し、戦い続け、精神と肉体を活性化させねばならない。

幸いにも、私は若い時分に左翼の陣営に参加させていただいたおかげで、安部晋三など敵の発見には事欠かない。オンブズマンに参加させてもらったことも大変良かった。原発や戦争だけでなく、身近な所でも悪事や悪党が雲のようにわいてくるから、私の戦線は活況を呈してやまない。

これが健康に非常にいいように思う。生きがい、というものが健康の第1の源泉なのである。
昔の同志たちよ、武器を拾って反戦・反核のパルチザンの隊列に入り、戦線に立って進撃せよ。
出来たら、オンブズマン活動にも参加せよ、これが最高の健康法だ。

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2015年8月24日 (月)

心情

News & Letters/433

私は、時々少年時代に覚えた(教えられた)歌を歌っています。

     庭の千草

  庭の千草も 虫の音も
  枯れてさびしく なりにけり
  ああ、白菊 ああ白菊
  ひとり遅れてさきにけり

  露にたわむか 菊の花
  霜におごるや 菊の花
  ああ、あはれあはれ
  ああ、白菊
  人のみさをも かくてこそ
                
 最近特にこの歌の意味が身にしみて理解できるような気がする。
 かつての同志は多くが年老いあるいは死去した。
 私は一人残っても、最期まで闘って生き抜かねばならない。

 また、少年時代には軍国主義教育の名残を持った母親から、母親が覚えている小学校唱歌などを教え込まれたものである。

 楠正成の青葉茂れる桜井の・・・の唱歌や 見よ東海のそら空けて、旭日高く・・・皇国とわに栄えあれ の歌など・・・・

 愛国少年に育てられたのであろう。その愛国の熱が転じてマルクス主義学徒になったのである。  

 
  親が教えてくれた唱歌の中で今しみじみと感ずるのは、南北朝戦乱時の人「児島高徳」という唱歌である。

    船坂山や杉坂と
    み跡慕いて 院の庄
    微衷をいかで聞こえんと
    桜の幹に十字の詩
      天勾賎を空しゅうするなかれ
      時にはんれい無きにしも非ず  
  
 私にとって忠誠を尽くす相手は勾賎や南朝の後醍醐帝ではなく、人民である。
      天プロレタリアを空しゅうするなかれ
      時にレーニン無きにしも非ず

                       墨痕淋漓、桜の大木に私はこう書きたい。

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