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2022年4月

2022年4月29日 (金)

憲法9条

ロシアによるウクライナ侵略は、全世界に大きな悪影響を与えている。日本にもガソリンなど物価上昇など経済的な面だけではない。

ロシアの攻撃は日本の憲法9条をもゆすぶっている。憲法9条は、現実の自衛隊という陸海空の軍隊の存在と厳しく矛盾している。
ウクライナの今の事態を理由に憲法9条では戦えない、ロシアや中国、北朝鮮などの侵攻を9条は阻止できないし撃退することもできない、という改憲派の鼻息が荒くなってきた。

私の見解:

1,いかなる事態が起ころうとも憲法9条は保持しなければならない。

2,自衛隊の存在は国が陸海空の軍隊を保持しないという憲法9条に違反していることはいうまでもない。

3,ロシアによるウクライナへの侵略を理由として憲法9条を廃止しようという動きは許されない。

4,憲法9条は、戦争や武力によって国際紛争を解決することを禁じており、日本を含めロシアに対する現在の国際的な経済制裁などはまさにこの憲法の趣旨の実行となっている。逆にだから今回のロシアの暴挙を理由として憲法9条の偉さを認識し、その実効性実現に人類は粘り強く邁進しなければならない。

5,憲法9条は、国の武装や戦争行為を禁じているが、被侵略の事態に対して国民が武装し敵を撃退する行為を禁止してはいない。禁じているのは「国権の発動たる戦争」、「国の交戦権」なのである。現存の自衛隊がこの原則を守る限り、すなわち国民の軍隊であり、国民とともに戦うというものである限り、存在意義がある。

6,だが、敵基地攻撃とか、敵の中枢を破壊する「反撃」行為は、先制攻撃を容認することになり、侵略戦争に発展することになる。

7,安保条約など他国との軍事同盟は、同盟の条件に拘束され憲法9条から逸脱しこれをないがしろにして日本が侵略戦争に引き込まれる可能性があるから、許されない。周辺国とは軍事同盟ではなく平和条約の締結をすべきである。
  
8,憲法9条は、それを実行するには大きなリスクを背負うが、しかし、目には目、歯には歯、武器には武器、戦争には戦争という国々の論理では軍拡競争・ 
  核武装化は防げない。この悪循環の連鎖をどこかの国が断ち切らなくては、人類の未来はない。日本はその理想とリスクを背負うことを憲法で闡明した。憲法9条はそのために、世界平和を切り開くために、わが身が、日本が滅んでも仕方がないという平和への自爆的決意であった。

9,台湾海峡での戦争の勃発を防ぐために日本は憲法9条の旗をを高く掲げて中国やアメリカの前に大きな巌の様に立たねばならない。

10, ウクライナを理由に憲法9条を曲げてはならない。  

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2022年4月26日 (火)

大河ドラマ

現在進行中の大河ドラマ「鎌倉殿と・・・・」で少し気になる場面が出ていた。

それは、頼朝が上総の介を討ち果たす場面である。御家人の謀反の動きに掣肘を加えるのに無実と思われる有力武士を血祭りにあげた。

また、義仲の使者を何の罪もないのに切り殺しその生首を義仲に送り返した。

また、だいぶ前のシーンでは義経は野原で鳥を射落とそうとしたが誰か別の人間の矢で仕留められていたが、義経はその者を無造作に殺して獲物をわがものにした。作者NHKはこのような残虐な画像を見せて武士とは非情な者だということを教えたいのだろうか。

これが武家の支配の本当の姿だといいたいのであろうか。しかし、これまでの大河ドラマのヒーローたちは、これほどまでも残忍な姿は描かれなかった。勧善懲悪的なストリーで子供たちが見ても愉快なものであった。自己の利害のため、自己の欲望のためには平然と人を殺しても構わない、という大河ドラマは、何か恐ろしい気がする。

ウクライナでのロシアの鬼畜の所業をこのNHKの画像でどうやって非難できる?娯楽映画であるから、韓国の時代劇の様に悪い奴が必ず滅びるということにし、英雄たちは正義人道の戦士であってほしい。確かに史実は血と涙で彩られ悪が栄えてきた。弱い多くの民衆は殺され奪われ泣いて生きてきた。

私は、市民との学習会では、常に次のように言っている。「正義はほとんど常に敗北する。この世では金と縁故の強い者、悪党が勝つ。ただ時々正義が勝つときがある。」と。

裁判所でもほとんど権力の側、悪の強い者が勝つのであるが、時々正しい者が勝つときがある。だから我々は心の中やドラマでは常に正しい者が勝ってほしいし、その者は決してむこの人を殺したりはしない。

判官びいきで大昔から日本人に好かれてきた義経までも非情で残虐な人間と描かれては夢も希望もなくなる。NHKを観て少年たちが自分の利欲のためなら人を殺しても構わない、プーチンを英雄だなどと考えるようにならないか心配だ。

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2022年4月17日 (日)

暴虐の雲光を覆い・・

ロシアのウクライナ侵略はナチスや日本天皇軍の蛮行を髣髴とさせる。
学生自分にうたってきたワルシャワ労働歌の歌詞

 暴虐の雲光を覆い 敵の嵐は荒れ狂う
 怯まず進め我らが友よ 敵の鉄鎖を打ち砕け
      ・・・・
 というありさまが如実にウクライナの天地で繰り広げられているのである。

 人類は、このような惨劇をくぐらなければ自由で平和な世界を手にすることができないのであろうか。

 いづれにしても、ロシアやアメリカ、中国など資源大国に依存しなければ成り立たない資本主義の世界から可及的速やかに脱却しなければこのような惨事は繰り返しやってくるだろう。

 核大国の世界支配から脱却する道は地球温暖化から脱却する気候正義の道と同一である。

 自然エネルギーなど代替エネルギーの模索もいいがそれよりも何よりも大量生産・大量消費の現代人類の病を治すことだ。資源やエネルギーの消費を激減することが一番簡単で確実な方策だ。

 資本主義は、人間の過剰な欲望を掻き立て資源や領土をめぐる人と人、国と国の争いを激化させ、むこの人民を暴虐の嵐の中で殺しあわせるである。


  宮沢賢治の「雨ニモマケズ」のように

  食を簡素にし日に玄米1食か2食、質素な家に住み、山の畑を耕し、浜辺で流木を拾いそのかたわら、人を助け、不幸な人を慰め、・・・・

 そういう生活をすれば資本主義の地獄がはっきり見えてくるだろう。
 荒れ狂う嵐と業火の中で勇敢に戦うウクライナの人々の姿にただ頭が下がる。

  若いころのワルシャワ労働歌がひしひしと耳朶を打つ。

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2022年4月16日 (土)

文通費

国会議員へ文通費(文書通信交通滞在費)が⇒ 調査研究広報滞在費に名を変えて従来通り月100万円支給される。

若干の改正があったようだが、使う範囲が余計にぼんやりし、好き放題に使える第二の報酬である。政党助成金の上にこの手当だ。
この制度は都道府県議員にもあり政務活動費であって、議員の特権化の財源措置だ。

論点はもっぱら使途の開示・説明の問題に集中しているが、それだけではない。

かつて高知新聞は高知県議会の政務活動費の使途は全国的に透明度が高いなどと虚偽内容の報道でほめちぎっていた。
私は住民訴訟で幾回か住民訴訟をして高知県議会の政務活動費(旧政務調査費)の濫用を問題にした。

政務活動費は、会派の分と個人の分を合わせて各議員月28万円支給されているが、例えば、高知県の条例では、費用への支出はすべてその根拠資料を提出することになっていたが、宿泊費については、長年ホテルなどからの領収書の提出は不要とし、一泊1万数千円の定額の出費を認めてきた。実際に宿泊していなくても宿泊をしたと記載すれば金がもらえたのである。

高知地裁の裁判官は、このような明らかな違法行為の事実についても問題がないとして住民側を敗訴にしてきた。その後さすがに県議会は宿泊についても領収書などの資料の提出を義務付けた。
公表されても使途が真実かどうかを検証することは国民にとっては極めて困難だ。

例えば広報紙を発行したといっても支払いの領収書は公開されてもその広報紙の実物が添付されていないからこれを検証することができない。

また議員の研究や調査のための費用に充てることが趣旨であるが、この調査を他人に依頼したり、他人を雇用して調査させたりする巨額の費用も出費することができることになっている。

こうなると議員という政治家の政治勢力形成の費用を公金で賄うということになり、政務活動費が政党助成金化
することになる。
そして最後に、では議員に支給されている毎月の報酬は何なのかということになる。報酬はあくまでもその労働に対する対価であるが給与とは違う。

給与の場合も労働の対価であるが、その仕事の材料や費用などは雇用契約をしている会社などが支払う。

報酬の場合はその仕事を引き受けて報酬をもらう者がその仕事にかかる費用を負担する。議員は雇用契約に基づいて働いているのではないから、給与所得者ではない。月28万円の政務活動費がその働きに対する報酬と解釈できるとすれば、本俸の方は報酬ではなく俸禄ということなる。

要するにそれは封建時代の身分につけられた家禄または職禄のようなもので身分給である。働く上での食糧費や宿泊費、交通費などの費用を賄う資金を別途にもらっていれば、本俸は議員として議場に出席さえすれば働かなくてももらえる俸禄である。

このような一種の貴族的特権を県会議員に与えることは、貴族制度を認めない憲法第14条に反する。私が高知県議会で政務活動費を違法としたのはこのような見解であった。
国会議員に支給される文通費月100万円も報酬であるから、本俸である歳費は議員という社会的身分の特権的な俸禄となり、憲法に反する。

共産党は政党助成金を拒否し今回の文通費についても反対した。現職に議員に圧倒的な資金を与え政治的に他の在野の政治家に優位を与える都道府県の政務活動費についても反対するべきだ。

特定の政治家や政治活動に対して公金を与えるというのであれば、在野のすべての政治活動家にも平等に支給するべきだ。

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2022年4月10日 (日)

ロシア軍の核兵器使用の可能性

プーチンの目的は肥沃な農地を持ち勤勉な国民のウクライナ領土を奪取することではなく、NATOの国々との間に軍事的緩衝地帯(人住まぬ荒廃地)を築くことであるから、プーチンのロシア軍の目的は、徹底的なウクライナ市街の破壊と住民の無差別殺戮(日本軍がかつて中国でやった三光作戦)なのである。

その目的ならば、今までやっていたような機銃掃射や爆撃よりももっと効果的なのは言うまでもなく核兵器の使用または生物化学兵器の使用である。

キーウ(キエフ)方面からロシア軍の全面的な撤退は、言われる通りウクライナ東部南部攻略のためであろうが、もう一つ秘められた目的は、それらの非人道的兵器の使用のため自軍兵士の被ばくを避けるためではないか、ということだ。

だからロシアの大軍やロシア系の住民が集結したり住んでいる東や南の方面にそれらの兵器は使わない。そのことは理論的に考えられるが現実的にも十分ありうる。

核兵器の使用は、ウクライナ首都キーウ方面に向けられていると考えるべきだ。ロシア、中国、インドらの外交官らはまだキーウに残っているのだろうか。

プーチンロシア軍は、ウクライナ焦土化作戦が最初からの戦略的目的であったから、当初から核兵器使用もその作戦の中心に据えられていたに違いない。

国際社会は、これを座視傍観するつもりであろうか。
一方、欺瞞的な日本は、石炭の段階的な輸入の削減をいうが、ロシアとのサハリン石油・天然ガス開発事業「サハリン1,2」や北極圏の液化天然ガス開発事業「アークティクLNG2]などからの撤退を拒否し、ロシアを実質支え続けようとしている。

日本人民は、日本帝国主義の人類の敵ロシアプーチンへの加担を許すべきでない。

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2022年4月 7日 (木)

ジェノサイド


ロシアプーチンの軍隊によるウクライナ市民への恐るべき大量の虐殺は全世界を驚愕させた。21世紀になってこのような惨劇を見るとは。

だが、日本人は考えてみなくてはならない。このようなことの何十倍の民間人の虐殺を日本天皇軍がアジア各地で行ってきたということだ。

他人事の様にロシア軍を非難する政府や報道を見て、過去の日本について知らぬふりをしているように見える。

プーチンやロシア戦争指導部や天皇や日本軍の指導部だけでなく、一般兵士が直接手を下したということの罪と責任を考えなくてはならない。

我々も、状況によっては、またロシアや日本の兵隊の様に残虐行為をする可能性はないのか。何らかの恐怖であるいは無抵抗の女性や老人子供を殺すことに

快感を覚えるのか、戦争であるとはいえ、なぜ人は無力な人々をかくまでも殺戮できるのか。

私の父は弱いことで知られた大阪の8連隊に招集され中国東北部に出征し、敗戦でシベリアに抑留され、昭和25年ごろ舞鶴に帰還した。
その父が言うのには、抑留されているときロシア兵が、月を指さし「日本でもこの月が見えるのか」と尋ねたという。

これについて父親は、ロシア兵の教育水準の低さをあざ笑っていた。
科学的な教養のなさはともかく、人権についての教養がなければ人を殺したり奴隷化したりしても平然としておられるだろう

部落差別や女性差別、障がい者差別、そして民族差別などについての人権教育をおろそかにしてはならない。強固な人権教育をしておかねば、我々は、昔の日本軍や今のロシア軍と同じように他国に侵入し人を殺したり家を破壊してもなんとも思わない残虐な人間になりかねないのである。過去の反省もせず、他のアジア民族の者へヘイトスピーチをし、部落差別を当然と思う連中がうようよしている日本では、状況の変化ではロシア軍と同じことをしかねないだろう。

これだけ毎日ロシアのウクライナ侵略のニュースがテレビや新聞で報道されているが、一つも日本軍の先の大戦で行った数々の蛮行について触れられないのはどうしたことだろうか。

少年時代、家では時々親戚の男どもが集まって酒盛りが開かれていた。そばで私など子供はその酒盛りでの話に耳をそばだてていたが、その男どもは、中国戦線で日本刀で中国人を切りころした話を自慢げに話していた。日本兵の多くは、残虐行為をするために出征し、それを実行していたのである。

戦争だから許されるものではない。自分の人権も人の人権も人権や人命の尊さを我々は全力を挙げて我々自身そして子供や子孫に伝えなければならない。

そしてその思いは、およそ生きとし生けるものに向けられねばならない。牛、豚の肉や鳥の肉を食い、魚を食う人間は、アイヌの熊祭りのような思想で生命に対し感謝と畏怖をもって暮さねばならない。
なるだけ生きものの肉を食うのを少なくすることだ。

    諏訪神社勘文

 業尽有情(ごうじんうじょう)  雖放不生(すいほうふしょう)

 故宿人身(こしゅくにんじん)  同証佛果(どうしょうぶっか)

この勘文は狂言にも出ている位だから中世の日本庶民の口に膾炙されていたものだ。

古来、鹿や猪など獣の肉を食ってきた日本人は、アイヌと同じように食用にした生きものに対して敬虔な思いを抱いて感謝してきた。
まして、人間の生命を理由なく奪うことなどあってはならないことだ。

人権教育以前に、生きものの殺生に対して中世の日本人の様に、慈悲や畏怖の念をもつように我々の感性を深めていかねばならない。

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