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2021年7月16日 (金)

無答責

7月15日高知新聞朝刊に奈半利町のふるさと納税にまつわる汚職事件の裁判のことが、また大々的に報道されている。
汚職事件はすべて、元課長補佐柏木雄太とその一族のせいだ、というストーリーにすり替えた。

図解入りで大変上手な筋書きだ。だが巨額の税金がからむこの犯罪事件が奈半利町役場で行われたこと、そこには町長や副町長をはじめ大勢の町職員がいたのであり、他の誰もこれを阻止しせず、大賛成し後押しをしていたということも事実である。

課長補佐に町の事業について何の決裁権があるであろうか。些細な事務上の決済権であり、巨額の金がかかわる事案についての決済権限は町長や副町長、課長らにある。今この連中は何食わぬ顔で被害者面をしてせせら笑っている。

巧妙な高知新聞は、この事件で特定地域への差別キャンペーンをしていることを表面に出さないが、暗々裏にそれが狙いだ。
役場を「犯罪」の巣にしたのは、町長ら幹部職員ではないか。それを糾問せずに特定地域の人々を実名入りで追及する。

贈収賄事件だという。しかし、「贈賄」側は、仕事をもらったいわば利益の分け前を要求されて支払ったのであって、仕事をもらうために自分の金を出したのではない。商売の仲間が分け前を分配しあったのである。また、課長補佐にはもともと明らかになったような巨額の金を自由にする権限はなかった。

彼は、注文先を親族に固定したのであるが、ふるさと納税の事業で特定の商人を固定的に扱っているのはどこも同じだ。その商品にどのような値段をつけるかも、担当職員と商人との話し合いや「談合」で自由に決められている。商人を誰にするか、商品の値段をどうするかについては何の法的規制もない。ふるさと納税事業では役場が商取引の仲介役になる。仲介人になる職員には大きな裁量権が与えられる。

奈半利の事件は、個人の「犯罪」というよりも、制度から必然的に胚胎する事象であり、役場に集まる公的な税金を原資とした商取引を役場でやらせるという制度設計が根本的に誤っていたのである。

この事件を「犯罪」として決めつける根拠があるのか非常に疑わしい。
また、今も狭山事件のように社会的に大きな犯罪が起こった場合、その犯人にはその事件の周辺の被差別部落民が選ばれる。

本当に責任ある者が無答責として免罪される。天皇の戦争責任から、総理大臣や政治家、幹部公務員らの無答責がこの日本を覆っている。
そしてこの世の不正が蔓延するときには、必ずそれを背負わされる特定集団への差別が強調されるのである。

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