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2021年2月 7日 (日)

森元総理の女性差別発言

森元総理大臣(東京五輪パラリンピック大会組織委員会会長)の女性蔑視発言が国際的に大きな波紋を及ぼしている。

しかし、国内の反響は少しおかしい。その典型的なのは高知新聞の昨今の社説などの報道内容だ。

「自らの立場をわきまえず、五輪精神と相いれない発言への反発すら想像できないのなら、東京大会の「顔」として適任でない。」(2月6日朝刊)、「新型コロナウイルスの感染収束が見通せず、開催に懐疑的な見方が強まっている東京大会。女性蔑視発言への対応を誤れば国民の機運にも影響しかねない・・・」(2月5日朝刊)という論理は、森の差別発言の人権蹂躙の問題よりも五輪開催への影響を心配している様子なのである。

森の発言は、日本の政治家や国民が人権について如何に劣等な感性を持っているかを暴露したものであり、日本の恥部の露呈なのであって、オリンピック開催国の資格がないことの証明なのである。

これは、朝鮮やアジア諸国の婦人の日本軍による慰安婦問題や徴用工事案についての日本政府の政策の根底に流れる病的な思想の一端なのである。

コロナ禍だけでなく日本は福島原発事故の未収束があり、この度の恥知らずな女性差別発言のような反人権感覚の政治家がごろごろしている国であるから、オリンピック開催は失格であり返上すべきなのだ。

女性理事の発言が多い、長いというのが事実であればそれはむしろ美徳であり非難されるべきことではない。
実際には男性も含め重要な会議では、えらいさんを忖度して誰も発言せず当局の言いなりに物事を良しとする会議が圧倒的に多いのが実情だ。くだんの「評議会」なるものの会議場でも森元総理の差別発言にだれも批判にたちあがる者がいなかったという。

日本では男性でもそうだが、特に女性がスポーツに参加するというのは大変なことだ。スポーツは心身、健康のために最も大切なことだが、時間や経済的な余裕がなければ不可能である。私の母や祖母がスポーツをした姿は全く想像できない。

オリンピックはともかく老若男女に等しくスポーツが保証されるような社会が実現されるために、各種スポーツや健康関係の団体において女性理事が多数登場し、スポーツから隔絶されている女性や老人のために、その壁を叩き壊す仮借ない長演説が必要なのである。

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