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2020年12月25日 (金)

議員のリコール

群馬県楠津町の女性議員リコールは、いただけない。
リコールの制度を悪用したものだ。その町議は、町長の行為を議会などで公に告発した。

告発された町長はそれに対し町議を逆に当局に告発などの対抗策を講じた。
町長の味方である町議会議長が告発した町議をリコールにかけた。市民がそれに応じてリコールを成立させた。

このリコールによって問題は何も解決しない。問題はますますセンセーショナルとなり深刻性を増している。
町長の行為についてもこのリコールによって消えずむしろ疑惑が広がっている。
そもそも女性の訴えを抑圧し、その女性を排撃するためにリコールという政治的制度を使っていいのか。
議員または議会そのものをリコールするためには、大儀(正当な理由)が必要である。

どういう理由であってもリコールをしてもよいというわけにはいかない。草津の町議リコールの場合、彼女の主張することの真偽がいまだ不明な段階で一方的に彼女を非難し排撃するのはむしろ人権侵害ではないか。

彼女の主張の真偽を何も知らない町民の判断で決するわけにはいかない。
人権侵害行為を実現するためにリコール制度を利用するというのは、リコールを定めた地方自治法の想定外のことで、権限の濫用であろう。彼女を議会から放逐するためには、正当かつ明白な理由がなければならない。

彼女は自己の体験に基づいて主張しているという。その体験の真実性は、彼女と相手(町長)しか知らないし、第三者(裁判官でも)にはわからない。分かりえない事柄について住民に判断を迫るというのはその女性に対する偏見をあおり人権侵害キャンペーンをするということである。リコール制度をそのようなよこしまな目的で使うべきではない。

北海道でも議会リコールを進めている町があるが、リコールには正当な理由が必要である。
提起された議案に賛成か、反対かをしたというだけでは当議会の評価が落ちたり、あがったりするものではない。
その賛否が住民の気持ちを反映しているかしていないかは、一方的に決めつけるわけにはいかない。

議会として不法、あるいは不当な手続き・不当な審議があったかどうかとか、町が定めた条例や計画、国の法令に違反する行為が行われたとか、・・・・、議会解散の正当な理由がなければならない。

そうして問題は、当該の問題や事件について議会解散によって解決できるものかどうかである。
首長の非民主的かつ独断でなされた行為について議会解散・再選挙によって解決されるのか、13年前の東洋町のように議会がどうあろうと(東洋町議会は反対派が多数であったが)首長の独裁的行為は止められなかった。

町政において首長と議会の対立、さらなる混迷を深める結果を招来するということになれば町民は嫌になるばかりだろう。
核導入を目指す独断専行の町長が悪いのであって、議会ではなくストレートに町長のリコールが必要なのである。

群馬県でも北海道でも議会(議員)リコールによって直接的に問題は解決しない。地方自治法のリコールの制度は多くの住民を巻き込み、署名活動によってさまざまな軋轢や疑心暗鬼が生じ、住民にとっては苦しい選択が迫られる一種の苦行である。

それだけに問題解決の方法としてリコールを行うなら、明白かつ正当な理由を掲げて最も直截で効果的な方策をとるべきである。
群馬県のように人権侵害キャンペーンのためにリコール制度を使うなどは許せることではない。こんなことが許されるなら
部落差別キャンペーンや人種差別などを目的にしたリコールがまかり通るようになる。

また、提起された議案に対し自分たちの気にいる議決がなされなかったというだけでは、全員解職リコール(住民に賛同する議員が半数近くいる議会)の正当な解散請求理由としてはあまりに薄弱であり、またそのリコールは問題解決の直截な方法でもない。

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