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2020年1月 2日 (木)

謹賀新年

新しい年を迎えたが、何の感慨もない。

私は昨年3月29日に何者かによって家が焼かれ、焼け残った離れの一室に新たに物置を手作りで建ててなんとかこの身を収容し生活する場を確保した。

その間、裁判三件を続行し、地元の困った人の手助けをしながらなんとか生きている。これまで絶望的な状況に何度か陥ったことがあるが、最も酷烈な打撃を受けた。

中でも大事な本がほとんど灰燼に帰し、また3台のパソコン全部が焼けて、フロッピーディスクやUSBなど保存していたあらゆるデータが消えたことは、痛恨であった。まるで戦災に会ったようだ。

通報があり駆けつけて燃え盛る火の中に私は入ろうとした。それはフォイエルバッハの原作著作集をそれだけは取り出したかった。
だが、私服の警察数人が私を強力に抑留し一歩も家には入れなかった。年齢も高く、肉体も衰えた。絶望の中から私は立ち直れるだろうか。

わかっていることは、私はオンブズマンを続行すること、部落問題を研究すること、現代の政治問題、とりわけ原発問題にかかわり続けることである。私はケチではないが、質素倹約的生活が好きである。昔の子供の時代のつつましやかな生活が好きなのである。最期は誰にも迷惑をかけずに死ぬことだ。

だが、この汚濁に満ち、人類的危機が迫るこの世界をこのままにしては死ねない、悪党どもを一人でも多く粛清しないでは冥途の旅には出られない、そう思っている。イタリアパルチザンの歌を歌いながら日課の庭内散歩をしている。

新年に臨んで悪政に苦しんでいる人々に少しでもいいことがあるように祈っている。

私には七難八苦がこようともびくともしない。

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