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2019年8月21日 (水)

戦没者追悼文

8月15日全国戦没者の追悼が日本武道館で行われた。
安倍首相および大島衆院議長らの追悼文にいつも疑問を持つ。
それは、先のアジア太平洋戦争への反省とか謝罪の言葉が全くないことである。天皇の追悼の言葉には「深い反省」があった。

 

それどころか、次のような言葉は常に繰り返される。
「今、私たちが享受している平和と繁栄は、戦没者の皆さまの尊い犠牲の上に築かれものであることを、私たちは決して忘れることはありません。改めて、衷心より、敬意と感謝の念をささげます。」(安倍首相)
この言葉で行くと、戦没者の死は意味があり、現在の平和と繁栄のためになった、ということになる。

 

戦没者が犠牲になったのは事実であるが、それが戦後の平和な社会のためであったわけではない。戦没者の犠牲は、天皇や日本の支配階級の侵略戦争のための犠牲であり、全くの無駄死にだった。多くの若者は、日本のため故郷のため、そして、妻や子、親への万感の思いを残し無念の死を迎えた。

 

水漬く屍、草生す屍として意味のない死を異国の地にさらした。遺族の代表たちがその死に意味があり平和な日本の礎になったと思うのは、それは仕方がない感情であり願いでもあろう。

 

現在の平和と繁栄の日本を建設するにも犠牲者はいた。それは低賃金と過酷な非人間的な労働で搾り取られた戦後の日本の労働者と国民大衆であり、巨大な日本列島の環境破壊であった。

 

戦没者の死が、戦後日本の復興に貢献したものとする追悼は、戦没者を侮辱するものであり、無謀な侵略戦争を意義あるものと位置付ける反逆罪的意図を示すものである。

 

平和憲法をないがしろにする発言や行動は反逆罪に相当する。
私も東洋町長として毎年8月15日甲浦と野根の2か所で戦没者への追悼文を読み上げてきた。


それは、アジアの人民への謝罪と侵略戦争への反省、そして無駄死にを強いられた「英霊」の御霊への慰霊の言葉であり、二度と戦争を起こさない決意を表明するものであった。
私の追悼の言葉について遺族らを含め誰も異議を唱える参列者はいなかった。

 

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