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2018年4月19日 (木)

中岡慎太郎

News & Letters/627
現在坂本龍馬とは違って中岡慎太郎の評価が低く大河ドラマで主人公になったこともない。
中岡は坂本龍馬の付属のようだ。
高知駅の三人(坂本龍馬、武市半平太、中岡慎太郎)の維新に尽くした人物の銅像についての説明でも薩長同盟の締結の功績は坂本龍馬にあり、中岡は陸援隊長だったという程度の紹介だ。
だが、史実は違う。また維新当時の人の評価でも、中岡慎太郎の実績と評価は龍馬どころではない。
薩長同盟、薩土同盟、そして宮廷の三条実美と岩倉具視との提携を実際に工作し実現したのは慎太郎の方だ。慎太郎は長州藩の久坂玄随や高杉晋作、桂小五郎らと肩を並べて倒幕運動にまい進し西郷ら薩摩の討幕派と親交を持った。維新直後、中岡が生きておれば西郷隆盛、木戸孝允らに引けを取らない維新の元勲になったことは間違いないと評価するものもいた。
長州藩の諸隊のリーダーとして実際にいくつもの戦闘に参加し、都落ちした五卿を護衛し、
京阪神から九州にかけて周旋・情報収集に奔走した中岡にくらべ、幕臣勝麟太郎の弟子でしかなかった龍馬など慎太郎の足元にも及ばない。確かに龍馬は京都での薩長同盟の盟約の折立会人としてその場に臨席したが、薩摩・長州に同盟をさせるお膳立ては主として中岡の功績であり、当時長州の村田蔵六(後の大村益次郎)が中岡の薩長同盟達成の功績を「宇宙の輝き」だと讃えたほどだ。
薩長同盟は、直接的には幕府の征長戦で滅亡の危機にあえぐ長州藩の窮地を救ったのであるが、それだけでなく、幕府を武力で打倒し、新しい日本を建設する政治勢力を創出することになったのである。
薩長同盟は、中岡の功績だと天才的な戦略家で日本陸軍の父として大阪の護国神社に祭られている大村益次郎が書いた。その証言に後代の誰が反論できるであろうか。
中岡は北川村の庄屋の息子だ。その家は、土佐の天保庄屋同盟の一拠点であった。
天保の秘密庄屋同盟こそ土佐勤皇党の底流にあり、その思想は天皇を頂点としているが、自分らを、武士の中間項を払いのけて直接天皇に直属する存在だと想念した。封建領主をはじめ武士支配を打破する革命思想だ。
中岡慎太郎を主役にし、龍馬らをわき役にした大河ドラマがつくられるべきであろう。
今も昔も、中岡慎太郎の武力討幕の方針は正しい。
少年時代から室戸岬の銅像を仰いで星雲の気を養ってきた私にとって中岡慎太郎の低い評価には我慢がならない。

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