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2018年2月18日 (日)

高知新聞 特集記事「核廃迷走 東洋町から10年余」について

News & Letters/618
 (論評1)            
高知新聞が最近高レベル放射性廃棄物の最終処分場をめぐる東洋町の騒動からこの十年余を総括する記事を連載した。
私は高知新聞を購読していないので全部は見ていない。
総括すること自体はいいことである。力作といいたいところだがどう見ても内容がうすっぺらで粗悪である。
おおざっぱに批評しても次の問題がある。
記事① 核廃問題で起こった東洋町での「騒動」の話をはぐらかしている。
現東洋町議会議長で当時核廃推進のリーダーだった西岡の話(「やらんでよかったと思う」)を載せそのきっかけが「やはり東京電力福島第1原発事故」という。
しかし、原発反対運動をした町民から何も取材せず推進派をのみ取材しその転向(改心)とそのきっかけとして福島の原発事故を挙げる。
高知新聞は何を言いたいのか不審を覚える。推進派の巨頭の一人だった男の変身の理由など問題外だろう。
東洋町の反対の「騒動」は東北大震災・福島原発事故の4年前に起こったのだ。なぜ原発とは縁もゆかりもなかった東洋町で猛烈な反対運動が沸き起こり町役場や政府の策謀が粉砕されたのか、この事実と経緯が第一の総括でなければならない。
福島原発事故を知らない町民が猛烈に立ち上がったのである。問題のすり替えも甚だしい。
記事②で九州の玄海町と東洋町との違いを論じる。
玄海町の状況、藤浦元共産党町議の発言(玄海町内で反対派の声が挙げづらい)を紹介し東洋町が町長選で住民がNOを突き付けた事例と比較して「核廃を意識した二つの町の違いは何か」と自問する。
記者の答え。玄海町の岸本町長の言(東洋町の場合は「反対派やマスコミに引きずられた結果」)やNUMO幹部の同様の発言を紹介し、「だが、07年の取材を思い返せば、この見方は一面的に映る。」として記者は「これまで東洋町を含む15以上の自治体で、候補地選定に向けた・・・・そのほとんどが原発とは無縁で、過疎にあえぐ小さな町村だ。それ故、「交付金を生かした振興のため」以外に、調査を受け入れる理由は説明しづらい。」という。
核廃問題が起こっても住民の反対運動が起こりづらいという玄海町と圧倒的な住民による反対運動が沸き起こった東洋町の違いは何ぞやと自問しておきながら
その回答として「調査を受け入れる理由」=「交付金」を挙げている。交付金は推進派の理由であり動機であって住民の反対運動の理由ではない。
この破たん調の論理の狙いは、意図するしないに関わらず核廃騒動が「交付金」をめぐって起こったかのような印象を読者に与える。
しかし、無論、東洋町の住民が起こした「騒動」は放射能への恐怖による本能的な拒絶感情からであり、お金の問題などではない。
高知新聞の今回の企画は核廃について東洋町住民の正しい戦いの歴史を矮小化しペテン的にすり替えようしていると言わざるを得ない。
 
核廃問題では、受け入れを表明した玄海町長は町内外の猛烈な抗議を受けて数日のうちに完全に撤回した。私は、玄海町に入って当時戸別にビラまきをしたが原発は別だが、住民の誰一人として核廃に賛同するものはいないと感じた。
原発の至近距離の唐津市民(串地区)の一部が受け入れに賛同する動きがあったがそれもすぐにつぶれた。
核廃については東洋町も玄海町もどこの住民も同じ感情であり、拒絶反応であることを記者は知るべきである。

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