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2017年3月16日 (木)

朕は不快である

News & Letters/556

明治時代に作られた教育勅語は、時代錯誤であるとか、国民主権に反するものだとか
いろいろな批判がある。籠池幼稚園では教育勅語が暗唱されている。私の母親も暗唱できていた。
しかし、教育勅語は国民の子弟が暗唱するようなものではない。こんな声が聞こえてくる。

朕は不快だ。爾臣民の子供らが、「朕思うに皇祖皇宗・・・爾臣民…父母に孝…」などというのは怪しからん。
朕の口真似をして 臣民の身分でありながら 朕とか爾臣民などという言葉を使って得意になっている。
教育勅語は、天皇である朕が爾臣民に教訓を垂れるもので、この文句を練習するのは、朕の息子以外誰にも許されない。
朕という言葉は、天皇にのみ許された自称だ。ただの臣民である籠池や稲田らが、朕という尊称を使った教訓文を
訳の分からない子供らに唱えさせるのは、立場をわきまえない不敬行為である。
朕はすでに死んだ。教育勅語も朕とともに死んだ。朕、朕というな。ばか。

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