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2017年3月 9日 (木)

高知県尾﨑県政

News & Letters/555
尾﨑県政では、日本共産党を含めほとんど全党派が与党化している。
けんかいでも在野でも批判勢力がほとんどないという状況である。
しかし、3期目の尾崎県政の問題は明白である。
第1に、日本最低辺にある県勢浮上には全く無力である。
第2に、伊方原発の再稼働を容認している。
第3に、安保戦争法案に賛成している。
この体たらくの尾﨑県政を堅実な県政運営であるとか、積極的な取り組みがあるとか、
いろいろ理由をつけて全党派支持で尾﨑県政万歳の状態である。
日本共産党は、第2の原発、第3の戦争法案の点では不満だとしているが、尾崎県政には
賛同である。しかし、第1の県勢浮上で無力であることについて何の対案も出さずに
尾﨑に追従するだけでは、県民が浮かばれない。
明治維新、坂本龍馬など取り上げて鐘太鼓をたたくのはいいが、
過去の偉人たちの業績を売りに出して当面を糊塗しようというのはあまりにも浅慮でみじめだ。
①行財政改革をやる方策も意図も持ち合わせがない
 改革をやるのは、産業やエネルギー、福祉・教育のための資金を確保するためである。
年功序列型の高給与システムを抜本的に整理すること(最高給与を30万円台に下げるなど)、人員を大幅に(半分から三分の一程度にまで)削減すること節減した資金は市町村に回し、産業復興、新エネルギー開発、 そして、介護、医療費の無料化、教育の無償化に使うことである。
 県庁の仕事は主として監査や点検そして防災事業に限定していくべきであろう。
②地産地消の政策もない。同程度の県で圧倒的に黒字である第1次産業においてでさえ、
高知県は大赤字なのである。他の鉱工業なではほとんど無力であり第1次産業で大きく稼がなくてはならない。
 それなのにその分野で輸入超過なのである。だから、銀座に出店とか地産外商などという考えが空振りなのだ。経済の立て直し方が根本的に間違っているのである。
 高知県のような最低の地ではまず地産地消で確実に底支えが必要なのだ。農漁林業で輸入超過であってはならないのだ。
 郡部の産物を高知市に集め、高知市民に新鮮な地場の食料を買ってもらう体制を作ることだ。
 
 行財政改革と経済政策が全く無為無策であり、間が抜けた旧態依然をつつがなく、誰からも批判も受けずに続行中なのが今の県政である。
 原発を廃止し新エネルギーを開拓しなければならないが、私は今近畿大学の学者が主唱しているサツマイモによるエネルギーの生産方式は、高知県のようなところでは最適であり、労働力人口の飛躍的発展と新エネルギー確保の一石二鳥となると考える。
 市町村の行政の運営方式も旧態依然であり、多くの事業で抜本的な経費節減と効率化が達成できる。
 県や市町村行政には宝の山(無駄の山)が積み重ねられていて、改革をすれば莫大な資金が節減され県民の産業や福祉に金が回せるだろう。
 いま必要なのは、明治維新を回顧しそれを売り物、見世物にするのではなく、明治維新的な改革が必要なのである。
 それは例えば、武士階級を解体した秩禄処分ほどの行財政改革(給与の大幅カット、人員の三分の一化)が必要だということである。
 県庁職員だけではない、県会議員も、第二の俸禄となっている政務活動費(総額毎年1億数千万円)を廃止し、ボーナスなど手当を廃止し、
 俸給は現行80万円ぐらいを→30万円程度にまで縮減することだ。
 幕末回転・明治維新を遂行した下級武士たちが偉いのは、銃や刀をもって闘って、自らの武士身分、封建官僚を廃棄し、国民を登用したたというところにある。(続く)

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