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2016年8月16日 (火)

戦争への反省

News & Letters/510

8月15日、先の大戦の犠牲者、戦没者に対する慰霊祭が各地で行われ、戦争への反省が語られる。

だが、何を反省するのだ。数百万人の日本人の犠牲者、数千万人のアジア伊人民の犠牲を出したことを反省するという。

武力を盛った軍部の独走、外交の失敗・・・、いろいろな反省の弁がある。
だが、戦争を起こした原因について語られるのはほとんどない。

1、資本主義の帝国主義段階での必然の結果であり、帝国主義国の競合が武力解決をよんだというのは全般的には正しい。
 だが、それでも勝てるはずもない、中国や米英を相手にして日本の無謀な戦争の理由は説明しきれない。

2、明治初年から始まった日本政府内の江藤新平ら民権派が、明治6年の政変、佐賀の乱、西南戦争の過程で敗退し、王権派、大久保、伊藤、山縣らが勝利して、以後、天皇・軍部が議会・官僚を抑えて絶対主義的権力を行使する体制を築いたこと。

3、総理大臣でさえ戦争を回避することができなかった。天皇・軍部が日本を支配していた。これを打破することができなかった。天皇裕仁が実際に戦争を指導していたことは側近の残された日記から明瞭である。
 
安倍ら改憲・戦争推進派達が狙うのは、議会や国民から超絶した戦前型の政権の構築であり、天皇の利用はその核心である。最近の天皇の動きは、安倍らの動きに不安を感じ、天皇自身がこれを忌避しているのではないか。
天皇を元首にするという自民党らの憲法改悪の狙いが奈辺にあるか、天皇や皇后、周辺の者たちが気付かぬはずはない。

むしろ、天皇制を廃止しない限りこの不安は払しょくできない。天皇は退位し、皇室典範にのっとり現皇太子をもって皇統を途絶するべきであろう。明仁天皇が御陵(墓地)を縮小し、葬儀を簡略にするという真の願いは、天皇の真の人間化であり、平民化であろうと考えられる。

今の時代に天皇などという道教由来の尊称を僭称するのは滑稽だという想念がすでに天皇自身にあると考えられる。そして、今上天皇が、沖縄、南方方面の戦没者の慰霊の旅をつづけるのは、先のアジア太平洋戦争の大きな原因が、統帥権を持った天皇制の存在であったことを天皇家自身が気付いていることを示すものではないだろうか。

天皇が必死で反省していることを、我々国民が無反省でいいのであろうか。民主主義を根底から否定し、戦争遂行政府の核となる天皇制を廃止することを決心することが8月15日の国民行事である。

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