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2016年4月18日 (月)

熊本の地震

News & Letters/477

1、気象庁の無責任な余震情報などによって熊本・大分地方の地震はとどまることがない。
 おそらくこの地震は数年間続く可能性があるだろう。その中で国民が最も恐れるのは、
 阿蘇山の噴火と、川内原発のメルトダウンである。原発の破局的事故は阿蘇山の大噴火に匹敵するだろう。
 九州一円が溶岩で覆われ1000万人の人間が生きていられない惨事と、たった数基の人間の作った原発事故の災難が同じ規模で九州の天地を襲う、これが同時に恐れられるのである。

2、それにしても、倒壊した建物のひ弱さは目を覆うほどだ。耐震とか防災とかこれほどやかましく言われてきたのに、まったくどこ吹く風でほとんど何の対策も備えもしていなかったことが明らかになった。
 そして救援体制のいかにのろく不効率なことか、これも目を覆うほどひどいものだ。

3、停電だ、食料がない、水がない、トイレがない・・・・被災者の悲鳴は、震災の度に、同じように挙がっている。
 日本人は失敗から何も学ばないのか。数十万人分の食料が直ちに必要だという事はわかりきったことだ。
 食料や毛布などは、陸から空から海から大地震が起こったら要請があるなしにかかわらずすぐにどんどん被災地に搬入・投下することだ。簡易トイレやプレハブ住居などは全国各地に大量に備蓄しておかねばならない。

4、首相、国政の重要ポストにある連中や政党の党首クラスがなぜ熊本の現地に行かないのだ。
 国会でTPPなどを議論する余裕があるのか。国民が危機に瀕しているときにその現場にいってその危難を打開するのが政治家なのだ。将軍は現場に立たなければ作戦が組めない。
 
私は今、非常に小さい住居にすんでいる。プレハブの小屋を50万円ほどで買って、それを菜園のふちにおいて、2m×5m=10㎡ほどの部屋で寝起きをしている。どんな大地震が来ても天井が落ちるという心配はない。家がひっくり返っても頭にたんこぶができる程度であろう。大きな屋敷の巨木の梁を回らした建物は地震の際には、悲惨な結果をもたらす。

日本のような地震国では、上部が軽量でできるだけ小さい家で住むようにするべきだ。
巨艦巨砲のような建物を競うのではなく、簡素で震動に強い、軽く、小さい建物へ発想の転換が必要ではないか。

我が家のここは、鴨長明という法師の方丈の宿のようだ。このブロッグもここで書いている。真に方丈記というものであろう。

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