大川小学校の被災現場
News & Letters/471
東北大震災で津波に襲われたところは明治以来同じところばかりです。
大川小学校は海のすぐ近くに建てられていました。
多くの子供たちが犠牲になりました。このすさまじい被害を未来に記念して残そうという。
だが、私は、大川小学校の生徒の犠牲は、行政の怠慢によるものであり、
その怠慢の責任を後世に残すべきでしよう。怠慢というものを具象化してみたらどうでしょうか。
なぜ、海の至近距離にある学校がその敷地内に避難高台を築かなかったのですか。
繰り返し繰り返し津波で被災しているのだから、必ず津波は来るのです。なぜ、備えなかったのですか。
私は残念でならないのです。
役所に押しかけ粘り強く説得すれば、建設されたでしょう。
役所が腰を上げないなら、それに取り組む首長を自分らで押し立てたらいい。
どうしても役所がやらなければ、保護者が、自費でも建てるべきではなかったのでしょうか。
避難櫓(やぐら)は、自分らで建てるなら、数十万から数百万円程度で作ることもできるはずです。
津波で流されるかもしれないですが、押しとどまることもありうるのです。
地下に杭を打ち、その上に鉄骨を建てればできる。保護者の中には土建業のものも
いたでしょう。命の大切さを考えない行政や議会、それを支える住民や保護者が
子供たちを殺したのだと考えるべきです。
その学校の片隅にでも、大人の怠慢 という大きな文字を刻んだ石碑を建てるべきです。
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