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2016年2月

2016年2月21日 (日)

続2 丸山議員の差別発言

News & Letters/463

ところで丸山議員ら自民党の憲法改悪論の一つの大きな根拠は、これがアメリカによって作られたものだから駄目だという点である。

確かに、日本国憲法はアメリカ人が作ったと言えるだろう。敗戦当時米軍が注目した日本人独自の憲法草案があったことも事実であるが、進駐軍が作ったことは否定できない。
しかし、そのことが何も現行憲法の価値を下げるものではない。むしろいいことであったというべきだ。

当時の日本人が作ればどうしても天皇制に引っ掛かり遠慮してしまう。
天皇制や明治憲法、日本土着のわけのわからぬ差別意識などのしがらみのない誰かが作るべきであった。その場合最適なのは日本のことをよく知る外国人がいいに決まっている。

民主主義の原典であるジャンジャックルソーの「社会契約論」の一説を引用してみる。
「ギリシャの諸都市の大部分では、その法の制定を外国人に委ねることが習慣であった。近代イタリアの諸共和国は、しばしばこの慣習をまねした。ジュネーブの共和国もそうして、うまくいった。ローマは、その最も栄えた時代に、内部に専制のあらゆる犯罪が復活し、今にも滅びそうになったが、それは、同じ人々の手中に、立法の権威と主権とを集中したためであった。」

我々の憲法が外国人によって作られたことは何の問題もない。9条などの中身が大事だ。
安倍や丸山などの徒輩が立法府を壟断し、同時に行政府を専断して、戦争法案、原発再稼働、沖縄新基地、TPP・・など亡国の明らかな兆しを醸し出すのは当然の成り行きであり、権力をもつものが憲法を自分らの手で自分らの都合に合わせて作るのは、わがルソーが最も嫌忌した事態なのである。 安倍や丸山らにはルソーなんてなんだっけ、かもしれない。

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続1 丸山議員の差別発言

News & Letters/462

日本国憲法がアメリカによって作られたことから、日本はアメリカの第51州だ、それだったら日本州からも大統領を出せる、それくらいアメリカはダイナミックだという反語の比喩として丸山は、オバマ大統領の黒人、奴隷の人種及び身分差別を持ち出し、そんなんでも大統領になったんだぞ、だから、日本州からも大統領を出せるというって何が悪い、といった。

昔、幕末土佐藩政下で、似たような話が合った。それは次の通りだ。
土佐湾に外国船がやってきて困った藩庁は、これを海上でうやうやしく接待した。
当時土佐藩は吉田東洋らを中心にして藩政改革の過程にあり、国難に備えるため、士分の厳しい身分制を緩めたり、農漁民からも兵士を選抜して登用しようとしていた。
それに反対する守旧派が匿名のにせ嘆願書を書いて役所や市中にばらまいた。
その嘆願書は、土佐藩のもとで身分差別に苦しんできた旧賤民がお上にお願いするという形をとっていた。

異人毛唐に対しても人間同様に扱うのであれば、我々旧賤民も人間同様に扱ってくだされ、という趣旨である。

これは、反語であって、外国人を異類として下等視していること、旧賤民を決して人並みに扱ってはならないという妄執(当時の常識)を前提にし、外国人や旧賤民を人間並みに扱わないのが当然であり、厳格な身分制度の改革などもってのほかだ、として藩庁に抵抗しようと試みたのである。

当時の土佐藩には南学系統の改革派と国学系統の差別的身分守旧派の鋭い対立があり、前者が主導して維新回転の土佐藩勢力を中原に引っ張っていったのである。
後者の抵抗は陰湿であり、卑劣にも部落差別や排外主義を煽って封建の旧体制を守ろうとしていた。

丸山の主張は、黒人・奴隷の子孫が大統領になれるのだから、日本からもアメリカ大統領が出せるではないか、という反語を使ったのである。黒人・奴隷と、日本国憲法の両方を侮蔑し否定すべきだというのが丸山の狙いである。
こんな男が国会にいるという事自体が国辱ものであろう。

(追記)上に紹介した差別的嘆願書は歴史学上では有名であり、多くの権威ある学者が、その反語性を見抜けず、この嘆願書をまともに受け、これを真実の部落民からの嘆願書であるとして高く評価している。このことについては近く私が刊行する部落問題の著作で明らかにされる。

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2016年2月20日 (土)

丸山議員の差別発言

News & Letters/461

丸山議員の黒人大統領オバマ氏への差別発言が問題視され、議員は謝罪はしたが、発言は撤回せず正当だと居直っているという。問題の発言は「アメリカは黒人が大統領になっているんですよ。黒人の血を引くね。これは奴隷ですよ。」

この発言は端的に言って差別発言であろう。特に最後の「これは奴隷ですよ」という発言には、差別感情が露骨に込められている。オバマ氏は、これは奴隷だ、といわれる理由は何もない。オバマ氏の父の先祖は奴隷にされたかもしれないが現在のオバマ氏は黒人の血を引くが、奴隷ではない。これは奴隷ですよ、という時の これ という言い方は、人を人として見ていない、物か動物を指すような、さげすんだ感情が剥き出ている。

この事件についていろんな報道を見てみると、丸山の発言の要旨は次のようである。
 丸山は、憲法を審議する国会の委員会で概要次のように言ったとされる。
①日本国憲法の改憲の立場から、日本国憲法は、アメリカによって作られた。それで、日本はアメリカの第51州目の州だと言っても何も問題ない。そうだから日本州からアメリカの大統領が出ても構わないではないか。

②アメリカは黒人が大統領になっているんですよ。黒人の血を引くね。これは奴隷ですよ。
  リンカーンの奴隷解放、マルチン・ルーサー・キングらによる公民権の回復があった。
  「でもですね」
  アメリカの歴史上信じられないこと、黒人、奴隷が大統領になるなんて。
  それはアメリカがいかにダイナミックに変革を遂げてきたかを示している。

丸山の差別性はこの①②の構文の上からもはっきり言えるだろう。①が丸山の主とする主張であり②は①を補完する比喩である。

①では、日本憲法の成立についてアメリカによって作られたことを自虐的に描いていて、日本をアメリカの第51州だとしてもいい、日本から大統領も出せるぞという。これはありえないこと、あってはならないこと、すなわち反語である。

②もまた反語であって、黒人が大統領になるなんていうのは通常はあってはならないこと、あってはならないことがほんとうにおこってしまった、という慨嘆なのであり、最後の「アメリカがいかにダイナミックに・・・・・」は付け足しに過ぎず、構文上意味をなさない。

アメリカによる日本国憲法。第51番目のアメリカの州としての日本。そのあってはならないことの例示として丸山は黒人大統領の出現を持ち出したのである。
出自を明らかにしたり強調することでも問題だが、「これは奴隷ですよ」という発言は、現にそういう身分だという蔑みが込められている。

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2016年2月 8日 (月)

高レベル放射性廃棄物と憲法

News & Letters/460

使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、その後にできる高レベル放射性廃棄物の処理方法については、未だに処理方法が決まっていない、という誤った見解が時々見られる。

しかし、この処理方法はすでに2000年に「特定放射性物質の最終処理に関する法律」に法律で決められている。

すなわち地層処分である。2007年に東洋町民が戦ったのはまさにこの法律であり、その適用であった。

日本学術会議は、日本で高レベル放射性廃棄物の地層処分を安全に行うところはない、と断定したが、政府の地層処分の法律と方針は変わらない。

最近昨年12月政府は、地層処分の「科学的有望地」の候補地を選定することを閣議決定した。海岸や島嶼部で港の近辺を選ぶ様子である。もちろん「科学的有望地」といってもそれは、知事や市町村長が賛同し、反対運動の弱そうなところという政治的有望地が優先的に選ばれるであろう。

最近の国会の論戦でも、担当大臣や安倍総理は、まともに答えられない。
一般の産業廃棄物では、処理方法と処分地が決まっていなければその産廃を排出する事業は許可されないのに、最終処分場がない原発はどうして稼働がゆるされるのか。政府は今や答えるすべがないのである。

世界中でその処分場はどこにも作られていない。ヨーロッパ、アメリカ、中国、日本、・・・いたるところに処理することのできない超危険猛毒物がどんどん積み上げられている。それが最終的に無害となるのは100万年単位の時間がかかる。われわれは、一代の栄耀栄華の付けを果てしなく続く子孫人類にその処理を押し付けるのである。
これほどの犯罪は、如何なる悪逆非道の専制君主も及ばないだろう。

ところで、この最終処分地の選定は、政府が勝手にするわけにはいかない。
日本国憲法では96条で憲法改正の時には国民投票が義務付けられている。
その条の前の95条には、特定の法律を特定地域に実施する場合、その地の地方公共団体の住民による住民投票が義務付けられている。

高レベル核廃棄物の最終処分に関する法律を特定の地区で実行するには政府や国会でそれを決める前に当該地区の住民投票が必要である。

2007年4月に行われた東洋町長選挙は、いわば、住民投票的な選挙であり、高レベル放射性廃棄物の東洋町での埋設事業は拒絶されたのであった。

近いうちに「科学的有望地」とやらの候補地が選定され発表されるであろう。最終処分場を決定するには、少なくとも、当該地区(近隣市町村含む)の住民投票が必要であること、憲法95条の規定を政府に実行するよう働きかけねばならない。

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