日本の裁判
News & Letters/455
日本の裁判は、裁判制度があるという程度で、ほとんど死にかけている。
行政訴訟はドイツでは年間50万件であるが、日本ではわずかに2000件。
要するに裁判官が、住民訴訟を徹底的に切り捨てるから、すなわち、法令を捻じ曲げ、首長の裁量権を大幅に認める結果、住民側が敗訴、敗訴、が累々と続く結果、国民は裁判をやってもらちが明かないとあきらめるからである。
原因:
1、裁判官の質が悪い。権力の盾になることで出世が保障されると考えている。2流の行政官僚として国民にはエラそうにし、
権力には卑屈に生きていくという性質が、裁判所で醸成される。
2、それに加えて、裁判所に対する国の扱いがきわめて悪い。裁判所への予算の配分は、ごくわずかで、最近のご老人方への特別給付金程度が年間の予算である。だから裁判官や書記官の人数が諸外国に比べ極端に少なく、裁判官は土曜日曜 の休日もままならず、毎日宿題を家を持ち帰って夜なべを重ねなければ裁判をこなせないという。
これは日弁連の発表している事実だ。裁判官がいない裁判所の支部が全国で50か所ぐらいあるという事だ。私らの近くの高知地方裁判所安芸支部では、公判の時だけ裁判官が見える。都会では、一人の裁判官が事件を数百件もっているらしい。ノイローゼになるくらいだ。こんな状況では、ろくに当事者の主張は読み取れない。
行政訴訟、とりわけ、地方自治法に基づく住民訴訟は訴える住民の個人的利益には関係ないから、一番先に軽視される。
3、裁判所での裁判官たちの人格の変質と制度の貧困によって日本の裁判は死んだようになっている。
原発裁判もその犠牲の最大のものである。判決文の非論理が平然とまかり通る。国民の生命や健康ではなく、権力に奉仕することが大事と考えるさもしい裁判官、恥を恥とは考えない裁判官を育成する現在の日本の裁判所のなかで、それでは国民はいかに生きるべきなのか。人民主権の残された住民訴訟というこの民主主義のかけらも、これら劣等な裁判官によって次から次へ破砕されていくのである。
回答:
それは僧侶が、甲斐もないのに、百万辺の念仏を唱えて毎日毎日修行するのと同じように、点滴が巌も穿つかもしれないと思うように、物言わずただ、繰り返し繰り返し、訴訟を続ける以外に道はない。
それは、ガンジーが言うように、それで世界を変えることはできないかもしれないが、少なくとも汚濁に満ちたこの世界によって自分が変節させられないということは確実であろうからである。
今日もまた阪神大震災の悲しい1月17日がきて、私の誕生日は激しい冷たい雨が降っている。
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