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2015年9月17日 (木)

前回の続き

News & Letters/436

前回の文章はやや不正確であった。

現憲法成立の歴史的流れ 
① 植木枝盛「日本憲法」で・・・  「主権は日本全民に属す」
② 鈴木安蔵の「憲法草案要綱」の冒頭・・・「日本国の統治権ハ国民ヨリ発す」
③ 英文日本国憲法・・・・

Government is a sacred trust of the people,the authority of which is derived from the people,
the powers of which are exercized by the representative  of the people,and the benefits of which
are enjoied by the people.

④ 現行憲法( ③の訳文)・・・

 そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。

憲法前文のこの箇所の文章が、③→④へ翻案される時に、もっとも重要な国政が誰にゆだねられて
いるかの冒頭文が誤訳または改ざんされたのではないか。

③の原文では、選挙による国民の代表に委ねられているのは権力の行使であって、国政そのものではない。

④では、国政そのものが、選挙による国民の代表すなわち国会議員、安部晋三らに委ねられているように解釈され、国政の信託を受けたとする国会議員らがほしいままに権力の行使が許される、ということになる。
これでは民主主義は骨抜きになり、金権選挙で選挙に勝った土豪劣紳どもに「信託」された国政ということになるだろう。


また、 a sacred trust of the people  の of は ・・・に所属するという意味であって、・・・による という用例はない。
of the  people を国民による と翻訳することは不可能であり、先見よりする付会の説である。 
 
さらに the authority of which is のauthority の訳も 権威とか威信というような抽象的なものではなく、
権限という風に実体的に訳するべきである。国政が国民のものであり、そこに保有されるすべての権限も官僚どもに専断させるのではなく国民から直接由来する、そのような制度が三権の全部面に構築されなければならないのである。

国民に天から信託された国政 a sacred trust
国民が誰かに信託する国政   
この二つの概念には天地霄壤の格差がある。
誰も気づかれないうちに日本国憲法の流れは③から④の過程で反革命的翻転がなされていた。

戦争法案に反対する多勢の国民の声は、 

Government of the people,by the people for the people shall never  be perished.
(人民の、人民による、人民のための政治は、これを滅ぼさせはしないぞ)
というリンカーンの言う民主政治の原理の実現を求めているのである。

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