ホテル経営とのお別れ
News & Letters/434
この8月31日をもって私どもは白浜ホワイトビーチホテルの経営から実質的に手を引くことになりました。
平成21年9月から丸6年間一生懸命働かせてもらい、株主はもちろんお客さんや地域の方々に支えられなかったらとっくの昔破産していただろう。今日近隣のホテルは皆赤字で苦しみ、高知市内でもホテル経営は大変だという
ほとんど毎日24時間体制で食事の煮炊きから客室のメイク、洗濯、フロントの応対、そして宿直、おかげで経営者の苦労、労働者の苦労がよくわかった。
今日の零細中小企業では、社長や役員が全部の仕事を担当し、補助として人を雇う、という考えで奮闘しなければ、とても持たない。
安倍が総理大臣になってから客数が著しく減った。夏休みの海水浴客も少なくなった。白浜のキャンプ場も以前は隙間もない超満員であったが今年などは半分かそれ以下のさびしい賑わいである。いつもの顔なじみたちの姿がついに現れなかった。
観光業はどんどん寂れるであろう。飲食店もホテルの食堂もコンビニには勝てない。ホテルに数十人泊まっても夕食を注文するお客は数人にすぎない。これでは、板前や調理師をかかることは出来ない。
雇用を増やしたいが、仕事がない。少しばかりのお客のために人を雇う力はない。
我々が住む高知県東部の選挙区からは中谷元がずっとでている。土建屋の息子で自衛隊出身だ。
この男は地方の再生や活性化など何の関心もなく、ただ、沖縄の米軍基地の増強と戦争法案の推進に狂奔するだけで人民のためには何の役にも立たたない。かつて高知県東部は自由民権運動の拠点であり、植木枝盛を国会に送っていた地盤であった。今は正反対の愚直な反動家の基盤と化した。
経済的にも政治的にももっとも惨めなところであるがゆえに高レベル放射性廃棄物の捨て場所にまで選ばれたのである。
こんなところでいつまでもくすぶっていていいのか、という人もいるが、こんなところであるからこそ私はここでしこを踏んで相撲をとろうと考えているのである。私は明日から厳しい束縛の身から自由になろうとしている。しかし、東洋町で掲げた旗はあくまで降ろさない。
ここを出撃基地として全世界に夢を広げる。新しい人生の出発点に立って闘志はみなぎる。
| 固定リンク
「旅行・地域」カテゴリの記事
- 豪雪突破(2021.01.12)
- 阿佐東線にDMVバスは無駄な投資(2020.12.27)
- コロナ禍対策(2020.12.23)
- ホテル経営とのお別れ(2015.09.01)
- まるごと東部博のパンフ(2015.02.11)
「観光開発」カテゴリの記事
- 阿佐東線にDMVバスは無駄な投資(2020.12.27)
- ホテル経営とのお別れ(2015.09.01)
- まるごと東部博のパンフ(2015.02.11)
- 独断専行の「新・町政」の問題点(2012.03.09)
- 東洋リ・ボルトの社長(2011.05.25)
「白浜海岸」カテゴリの記事
- 3月11日 東北大震災の教訓(2022.03.13)
- ホテル経営とのお別れ(2015.09.01)
- まるごと東部博のパンフ(2015.02.11)
- ホテル(2013.06.05)
- 高知県庁の防災対策意識(2012.09.21)
「東洋町の改革」カテゴリの記事
- 核廃棄物の最終処分場についての高知新聞社説(2020.09.12)
- 激戦の後の展望(2018.08.16)
- 大川村議会(2017.06.25)
- 読売新聞(2017.06.12)
- 裁判は続く(2016.12.06)


コメント