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2014年5月17日 (土)

続・集団的自衛権

News & Letters/360

確かに個別的自衛権の枠から集団的自衛権への逸脱は重大な変化であり、
しかもそれを憲法解釈という暴力的な方法でやろうとする事には法治国家の根幹を揺るがすものがる。

だが個別自衛権から集団的自衛権への拡大は、一つのレールにつながれていたものだ。今までその新しいレールに乗れなかったのは、国民の反戦意識と先鋭な反戦闘争の存在であった。憲法そのものには権力を抑制する力はない。それは建前だけだ。人民の力が、権力を抑制して個別的自衛権の枠にとどめていた。

しかし、権力は日本人民の闘争力の弱体化を見て、今回の暴挙に踏み切ったのである。中核派を始め多くの左翼が暴力革命の理論と実践を事実上放棄した。
権力は新聞やテレビも大方押さえた。何を恐れることがあろうか。むしろ権力は自信満々で海外へ武装侵略路線に舵を切った。

立憲主義だというが、法が権力の上に立ったことは一度もない。法が権力を抑制するなどというのは空論に過ぎない。法は権力の粉飾であり人民を縛る方面だけが有効であった。権力が法を守るのは、人民の力に依存している。

今、権力者が憲法を踏みにじり人民が武装蜂起する論理的情勢が開かれたとき、武装蜂起する集団は既に消滅していた。これ以上の歴史の悲劇はないだろう。

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