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2014年3月22日 (土)

Noblesse Oblige

News & Letters/349

STAP細胞事件で、学術論文でコピペなど不正な手法が非難されている。
中学校や高校の時から他人の論文を剽窃してはいけないとか、いろいろ教えなければならない、という意見が新聞やブロッグでやかましく論じられている。
他人の論文や学説を引用するときにはそのことを断って書かねばならない。
かつて私も苦い経験がある。

1966年ごろか私は卒業論文を書いた。私は近代における部落問題について、当時二つの対立する理論、奈良本辰也説と井上清説の両方の説を超えた新しい理論を打ち出した。今でもそれは正しいと考えている。その卒論の序説を「立命評論」という雑誌に掲載してもらった。「帝国主義と部落解放」という表題であった。それを載せたその雑誌は大変よく売れて増刷を重ねたという。

それから数十年後、私が本屋に立ち寄って、ある本を見てみると、私が唱えたと全く同じ趣旨の部落問題の捉え方を展開した内容となっていた。確かどっかの大学教授のものしたものであった。それは私の論文と関係なしに到達した論説であったかもしれないし、あるいは私の説が正しいものとして一般に流布したとも考えられたから、不快な思いをもちつつもそのことはどうでもいいやと忘れてしまった。

今考えると、やはり不快である。ただ自分はその後実践活動に専念し、自分の説を肉付けし一つの体系として発展させる作業をしなかった。だから、学者にはなれなかった。
私が打ち立てた理論は、私が学者になるために作ったのではなく、人民の中へという私の実践を根拠づけるためのものであった。それは、資本主義内部での改良ではなく、帝国主義打倒の実践のために立てた仮説であった。

現実社会を変革しようという激しいパトスがなければ、新しい理論は生まれない。
学説を自己の功名・手柄、営利のの手段とするとき、必ず腐敗し、科学は腐臭を放つ泥に溶ける。

学生の時から人の論文を盗んではならない、コピペはいけない、などということをいくら教えても効果はないだろう。泥棒はいけないということぐらいは誰も知っている。

 Noblesse Oblige というフランス語を教えるべきだ。
この言葉は以前は新聞や雑誌を読んでいたら1年に一回や2回はお目にかかったが、最近数年全く見えない。

この意味は、だいたい二様に解釈されている。

Whoever claims to be noble must conduct nobly.

   (誰であっても自分が高貴だというなら、そのように振る舞え。)

Privilege entails to responsibility.

   (特権には、それにふさわしい責任がついている。)

小保方さんの業績について私には何も言う資格はないし、第一分からない。
しかし、自分の仕事に誇りを持ち、仮に失敗やごまかしがあっても、他人を出すのではなく、自分が堂々と前に出て弁明し、謝罪し、なすべきことをなすべきであろう。

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