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2014年1月

2014年1月28日 (火)

東京都知事選勝利を祈る

News & Letters/398

祈るような気持ちで都知事選を見つめている。
権力とマスコミの重層的な包囲網を衝いて、都民に直接訴える方式で戦う細川陣営が脱原発で都民を説得し勝利することができるかどうか、多くの人がかたずをのんでこの歴史的事件を見守っている。

二人の元首相の経歴や政治的立場をあげつらって、この選挙戦を軽視しようという傾向が市民運動の中にあり、宇都宮陣営に固執する人がいる。その心情は判らぬではないが世界の大局を踏まえず自己満足的な思考の中に市民運動を閉じ込めようとすることはやめるべきだ。

福島の惨事に仰天した細川はともかく、小泉が脱原発に転換したのは、積極的な理由がある。

小泉の話では、フィンランドの核廃棄物の地下処分場オルキルオト島の「オンカラ」を見に行って、変身をしたという。普通ならば、「オンカラ」の立派な地下処分場を見て核廃棄物の処分方法が確立できると言って喜んで帰る筈だ。

ところが、かれは反対の結論、最終処分場は日本ではできない、という結論を持って帰ってきた。小泉が「オンカラ」の洞穴で見たのは、決して完成まじかな処分場の映像ではなく、日本の核廃棄物処分場計画の連続的な破綻、とりわけ東洋町での最終的な反対運動の勝利を、走馬灯のように思い浮かべたのである。

小泉の変身には、日本の反核運動が直接反映している。保守反動の小泉を今回の都知事選に誘導したのは日本各地の反核運動である。だからその戦いを我々が後押しするのは当然のことだ。

原発だけではない。福祉のことも秘密保護法も憲法も、TPPも靖国も、・・・我々の闘争が強ければ、保守反動の政治家でも雪崩を打ってわれわれになびいてくるのである。
国民は、マスコミの言うことに影響されてはならない。我々の独自の戦線を強化し、世論や政治家を我々になびかせることが肝要だ。

かつて、東洋町の高レベル放射性廃棄物地下処分反対闘争の折、私は県議会の自民党幹部を訪問し、東洋町への処分場設置反対の趣旨を説明し、議会決議案を四項目のメモにして手渡した。その時の自民党幹部は元木益樹氏と今は亡き山本議員であった。
彼らは快く私の提案を承諾し、高レベル放射性廃棄物の東洋町導入に反対する決議案を作成し、全会派の承諾をとってそれを可決させた。

当時、高知県の自民党には、山本有二と中谷元という二人の原発推進の国会議員がいた。今もそうだ。彼らの原発推進は強硬で、軍事使用のプルトニウムの確保のためにも原発稼働が必要だといういうものであって、そのような研究組織活動をしていた。
その機関誌の名が、ずばり『プルトニウム』というのだ。いわば、閻魔大王とか悪魔 と言う名の雑誌を発行しているようなものなのである。

そのような自民党であっても、我々の誠意と熱意で保守陣営の良心的な部分を動かし、人民の闘争を勝利に導くことができるのである

現実の歴史は清濁合わせ飲んでいく。われわれは自身はあくまでも清であるが、犬歯錯綜する戦線では濁流のしぶき、敵の血もうけなくてはならない。

日本の全ての神社仏閣の神や仏、我々の祖神の霊力を総動員して、このたびの都知事選で細川陣営の勝利が得られるよう、祈る。

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2014年1月23日 (木)

1/15高知新聞「町政混乱」の記事

News & Letters/397

高知新聞の愚劣な記事が又出た。本年1月14日に告示された東洋町議会選挙が定数いっぱいで無投票になったこと(19日に確定)に関連して、高知新聞の室戸市局長坂巻洋平記者は、この無投票の結果が私の町政時代の「町政混乱」の反動だ、という評価を下した。

私の町政の4年間が「混乱」していたというのである。
この新聞記事の挙げる「混乱」の具体的名事実は、
「反核を掲げて登場した前町長と議会の対立、住民間の軋轢などで町政は混乱」というのである。

この記事を書いた坂巻という記者は、事実関係を把握せず、誰かの話を聞いただけで書いているのであろう。前任者たちと同じように大きな間違いを犯している。

1、私の4年間の町政のうち、3年間は、色々あったが議会とはだいたいうまくいっていた。通らなかったのは白浜地区の防災道路の建設とホワイトビーチホテル購入の予算案だけであった。
 最後の1年間は新たに町会議員選挙があり議会構成が変わり、反対派が多くなったが、それでも基本的な議案はほとんど通過した。政府からの交付金でプラネタリュムと天体望遠鏡を設置するという議案が否決されたほかは行政に「混乱」も滞ることもほとんど何もなかった。高知新聞は何の事実で今回の記事を書いたか。

2、高知新聞が言う私の4年間の「町政混乱」期に、東洋町ではどのような行財政の改革
が進んだのか、まじめに検討してみたのか。
 ある反対派の議員の代表が私が提案した当初予算案に対して「この予算案は余りに 
も素晴らしいので、だから賛成できない」と言ったが、そのような前代未聞の理由で反 
対されていたということの意味を少しでも考えたらどうだ。
 
 この3年間に私が進めた画期的な福祉行政のほとんどを現在の松延町政が解体して
いるが、廃止された事業の一つ一つを検討してみてはどうか。
また、東洋町や近隣市町ではかつてない大規模な失業対策事業や、海の駅等の産業
振興政策、東北大震災前から推進していた数基の避難高台の建設事業・・・

ある口やかましい議員が悲鳴を上げて「次から次へどんどん事業を進めている、私
はついていけない・・」といって議会で非難した行政活動、これらを新聞は「町政混乱」というのであろうか。住民本位の財政運営を「ばらまきだ」と非難されたが、しかもそのなかで、基金は微増ながら、借金は20%(10億円)ほども縮小したのであった。
ギリギリぎりぎりと行財政の改革をしながら、政府や県の資金を取り入れ多くの事業を展開していった。県庁に無理難題を飲ませたこともいく度もあった。
町議会は悲鳴をあげながらも、しかし、承認するべきことは承認してきた。
「町政混乱」のなかで何がなされたのか、魂のある記者なら見えるはずだ。
  
3、私の町政4年目を迎えようとするとき(2010年)に町議会選挙があったが、定数の2倍近い立候補者でひしめいた。どこの市町村でも定数を超えるのは数名だ。
それも今回の記事では私の「町政混乱」のせいだということのようだ。
 しかし、そんな単純な現象ではない。
私は事あるごとに、議会だけではなく、特に新しい事業を始めるときには町民を集めて
討論に付した。激しい議論となることもしばしばであった。又私は、町長として事あるご
  とにタブロイドの新聞(「清風」を発行し町内にばらまいた。町民の多くは、今町行政(町長)が何をしようとしているか逐一分かるように情報を開いていった。また、その行政を進めている町長の私が何を考えているか、私が何者であるかについて包み隠さず、このブロッグに公表し、それが町民の間でコピーされ物議を醸したり評判になった
りしていた。私の4年間の町政について町民の関心は極めて身近に、強くなったことは
間違いない。これほどまでに調整について町民が議論したことはなかっただろう。

 立候補者が定数の2倍になったというのは、それは役場も町内も、町政の活性化(賛否こもごも)が図られた結果であって、町政を自分のものにしようという町民の意思の表現なのである。かつて昭和40年代にNHKテレビの「現代の映像」で政治意識の最も遅れた町として東洋町が映し出された過去を考えると、核反対闘争の高揚とそれに続く町政の目覚ましい活性化こそ、これこそNHKが、そして国民が、東洋町に望んだ事ではなかったであろうか。

  新聞記者もジャーナリストなら、事実の表面や偏った人の話だけではなく、事実を事実と見、さらにその深層を汲む姿勢が無ければなるまい。

今町議会は翼賛化したようで死んだように静かになった。改革はすべてやめてしまっ
たから、論議することもないのであろう。今回の記事が指摘するように、議会が貧乏のどんどこにある町民の願いや考えを反映する様子は少しもない。町執行部は以前と同じ、「普通の行政」を標榜し私が訴訟をしているように利権行政さえ横行している。今回の議員選挙も町民は、9人の定数しか立候補の意欲を示さなかった。

 この事態に至った大きな原因は、町内融和だとか言って私が進めた多くの福祉行政を廃止してきた松延町政を、これを絶えず持ち上げ、抜本的な行政改革を遂行した澤山町政(高知新聞はかつてこのように書いたが、具体的に何をやったかは一つも書かなかった)、その澤山町政を無視抹殺し、「町政混乱」をでっちあげている高知新聞の姿勢と記事の内容にあると考える。このような新聞記事を読んだ町民の多くは今行われている行政の現実に対して無力感と絶望にうちひしがれて立ち上がる気力もなくなるだろうからである。
 どん底の経済状態から立ち上がる方策が何も見えなくされているのである。 

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2014年1月19日 (日)

権力の分解

News & Letters/396

原発を巡ってついに権力の側に大きな亀裂が起こり、人民にとって大きなチャンスがおとづれようとしている。細川―小泉という元総理大臣が、反原発の世論の圧力によって体制側を割ってしまった。多くの人のこれまでの反原発闘争の力が権力の岩盤を揺さぶり崩壊させようとしている。都知事にだれが当選するかは第二の問題だ。

反原発のうねりをこの選挙で爆発的に発現させること、その爆発を全国に波及させることが大事な点だ。今になって、知事選はワン・イッシュウではだめだとか、元首相らは過去にいろいろ悪い事をしている、とかいって、この選挙をあいまいな普通の選挙にトーンダウンさせる「革新」派が動きをやめないが、どんな奴でも構わない、原発をとめる運動に参加する限り同志として歓迎すべきなのだ。

原発を止めることは、党派を超え、利害を超え、世代を超え、みんなが団結しなければならない死活問題である。原発を止めてから党派闘争でも何でもやればよい。
命あってのものだねであって、ものだねの争いを優先してはならない。

原発事故が起きたら、現に起こっている福島を収束できなければ、福祉や経済、人権もオリンピックも、職場もスポーツや趣味も、恋も老後の幸せも、何もかも吹っ飛んでしまうであろう。原発のワンイッシュウに絞ることが最も大事な戦略である。次の東京オリンピックは日本政府の原発事故隠しのキャンペーンであり、おとづれる世界の人に放射能を浴びせかけるという謀略なのである。

かつて高レベル放射性廃棄物のうけい入れをめぐる東洋町の町長選挙でも、選挙の直前に、争論があった。選挙に勝つためには財政改革等いろいろな公約を掲げて闘うべきだという意見があったが、私はこれを激しく峻拒し、核反対一本で戦わなければこの選挙の意義が無いと主張してそれをやりとおした。

郵政の民営化など虚偽内容の一本とはわけが違うのである。原発は市民の生活全般を破壊する力をもっているのである。
反原発の日本人民の闘いの高揚と、権力側の亀裂の深行によって新らしい政治的地平が開かれ、その彼方に疾風怒濤のプロレタリアの時代が待っているかもしれない。

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2014年1月 1日 (水)

誰が為に鐘が鳴ると思うなかれ

News & Letters/395

人は罪なき人を殺してはならない。殺したものは償いを受けるべきである。
無辜の民を殺戮した者は、死ななければならない。

今、ロシアや中国で起こっている自爆テロは、だから死をもって償っている。
その行為が正しい目的をもってしたものであっても、多数の無辜の人を殺したその罪の報いは当然支払わねばならない。

東条英機らA級戦犯らは、他国の厖大な無辜の民を殺した。誰に裁かれたかではなく
裁かれてその償いをさせられたことは当然のことである。本来なら日本人民の手でその犯罪を裁き、極刑を科すべきであっただろう。

我々は天皇を頂点とする日本の戦争指導者たちがアジアのおびただしい無辜の民をむごたらしい死に追いやった史実を永久に忘れてはならない。

中国、朝鮮、ベトナム、フィリピン、・・・・その死体を並べても地球を一周するほどの人を殺した、それは真に戦慄すべきことだ。その殺戮を指示した戦争指導者が、神社に祭られるいわれはない。それは神への冒涜である。

我々は、無残に殺されたアジアの人々の無念の運命を自分の身、自分の親兄弟の身に置き換えて考えてみなくてはならない。その弔いの鐘の音を、他国の人の悲劇として聞いてはんらない。

   誰がために鐘が鳴ると思うなかれ、そは汝が為なり。

(Never send to know for whom the bells tolls,its for thee.)

スペインの反ファシズムの戦いを描いたヘミングウェイの傑作「誰が為に鐘が鳴る」の小説のタイトルは、もともとイギリス中世の詩人が書いたものであった。
その文章の前には、いかなる人の死も、私自身の体の一部の死としてうけとめるという趣旨が書かれている。

ファシストの手で殺されたもの、日本の軍国主義で殺されたもの、原爆や原発で殺されたもの・・・・これらの人達の弔いの鐘を、自分自身への鐘として聞いて余生を過ごす。
 

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