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2014年1月23日 (木)

1/15高知新聞「町政混乱」の記事

News & Letters/397

高知新聞の愚劣な記事が又出た。本年1月14日に告示された東洋町議会選挙が定数いっぱいで無投票になったこと(19日に確定)に関連して、高知新聞の室戸市局長坂巻洋平記者は、この無投票の結果が私の町政時代の「町政混乱」の反動だ、という評価を下した。

私の町政の4年間が「混乱」していたというのである。
この新聞記事の挙げる「混乱」の具体的名事実は、
「反核を掲げて登場した前町長と議会の対立、住民間の軋轢などで町政は混乱」というのである。

この記事を書いた坂巻という記者は、事実関係を把握せず、誰かの話を聞いただけで書いているのであろう。前任者たちと同じように大きな間違いを犯している。

1、私の4年間の町政のうち、3年間は、色々あったが議会とはだいたいうまくいっていた。通らなかったのは白浜地区の防災道路の建設とホワイトビーチホテル購入の予算案だけであった。
 最後の1年間は新たに町会議員選挙があり議会構成が変わり、反対派が多くなったが、それでも基本的な議案はほとんど通過した。政府からの交付金でプラネタリュムと天体望遠鏡を設置するという議案が否決されたほかは行政に「混乱」も滞ることもほとんど何もなかった。高知新聞は何の事実で今回の記事を書いたか。

2、高知新聞が言う私の4年間の「町政混乱」期に、東洋町ではどのような行財政の改革
が進んだのか、まじめに検討してみたのか。
 ある反対派の議員の代表が私が提案した当初予算案に対して「この予算案は余りに 
も素晴らしいので、だから賛成できない」と言ったが、そのような前代未聞の理由で反 
対されていたということの意味を少しでも考えたらどうだ。
 
 この3年間に私が進めた画期的な福祉行政のほとんどを現在の松延町政が解体して
いるが、廃止された事業の一つ一つを検討してみてはどうか。
また、東洋町や近隣市町ではかつてない大規模な失業対策事業や、海の駅等の産業
振興政策、東北大震災前から推進していた数基の避難高台の建設事業・・・

ある口やかましい議員が悲鳴を上げて「次から次へどんどん事業を進めている、私
はついていけない・・」といって議会で非難した行政活動、これらを新聞は「町政混乱」というのであろうか。住民本位の財政運営を「ばらまきだ」と非難されたが、しかもそのなかで、基金は微増ながら、借金は20%(10億円)ほども縮小したのであった。
ギリギリぎりぎりと行財政の改革をしながら、政府や県の資金を取り入れ多くの事業を展開していった。県庁に無理難題を飲ませたこともいく度もあった。
町議会は悲鳴をあげながらも、しかし、承認するべきことは承認してきた。
「町政混乱」のなかで何がなされたのか、魂のある記者なら見えるはずだ。
  
3、私の町政4年目を迎えようとするとき(2010年)に町議会選挙があったが、定数の2倍近い立候補者でひしめいた。どこの市町村でも定数を超えるのは数名だ。
それも今回の記事では私の「町政混乱」のせいだということのようだ。
 しかし、そんな単純な現象ではない。
私は事あるごとに、議会だけではなく、特に新しい事業を始めるときには町民を集めて
討論に付した。激しい議論となることもしばしばであった。又私は、町長として事あるご
  とにタブロイドの新聞(「清風」を発行し町内にばらまいた。町民の多くは、今町行政(町長)が何をしようとしているか逐一分かるように情報を開いていった。また、その行政を進めている町長の私が何を考えているか、私が何者であるかについて包み隠さず、このブロッグに公表し、それが町民の間でコピーされ物議を醸したり評判になった
りしていた。私の4年間の町政について町民の関心は極めて身近に、強くなったことは
間違いない。これほどまでに調整について町民が議論したことはなかっただろう。

 立候補者が定数の2倍になったというのは、それは役場も町内も、町政の活性化(賛否こもごも)が図られた結果であって、町政を自分のものにしようという町民の意思の表現なのである。かつて昭和40年代にNHKテレビの「現代の映像」で政治意識の最も遅れた町として東洋町が映し出された過去を考えると、核反対闘争の高揚とそれに続く町政の目覚ましい活性化こそ、これこそNHKが、そして国民が、東洋町に望んだ事ではなかったであろうか。

  新聞記者もジャーナリストなら、事実の表面や偏った人の話だけではなく、事実を事実と見、さらにその深層を汲む姿勢が無ければなるまい。

今町議会は翼賛化したようで死んだように静かになった。改革はすべてやめてしまっ
たから、論議することもないのであろう。今回の記事が指摘するように、議会が貧乏のどんどこにある町民の願いや考えを反映する様子は少しもない。町執行部は以前と同じ、「普通の行政」を標榜し私が訴訟をしているように利権行政さえ横行している。今回の議員選挙も町民は、9人の定数しか立候補の意欲を示さなかった。

 この事態に至った大きな原因は、町内融和だとか言って私が進めた多くの福祉行政を廃止してきた松延町政を、これを絶えず持ち上げ、抜本的な行政改革を遂行した澤山町政(高知新聞はかつてこのように書いたが、具体的に何をやったかは一つも書かなかった)、その澤山町政を無視抹殺し、「町政混乱」をでっちあげている高知新聞の姿勢と記事の内容にあると考える。このような新聞記事を読んだ町民の多くは今行われている行政の現実に対して無力感と絶望にうちひしがれて立ち上がる気力もなくなるだろうからである。
 どん底の経済状態から立ち上がる方策が何も見えなくされているのである。 

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