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2013年8月13日 (火)

革共同7月テーゼ批判 階級意識

News & Letters/367

階級意識について

7月テーゼはいう。
『労働者階級は、まさに労働者階級であることによって本質的に階級意識に目覚め、自己を変革し、革命に向かって進むことができる力を自己の内側にもっているのだ。』
そうして他の全ての階級に「プロレタリア性を刻印し強制」するという。
しかし、「労働者階級であることによって」階級意識に目覚めることが自動的にできるであろうか。否である。

1、第一に労働者階級というのは、資本家社会が生み出した人間集団であり、その第一 
 の意識は労働力商品という物象化されたものの意識である。

2、さらに労働者階級の意識は資本主義の発展段階、資本家体制の危機の状況とそれ 
 に対する労働者階級としての認識の度合いによって大きな相違が出てくる。恐慌や戦争
 など危機でない状況では階級意識もはっきり形成され得ない。
 階級意識は危機の最大規模と深刻さを認識し、自己の歴史的任務を自覚する意識だ
 からである。

3、帝国主義の植民地にされた民族及びそのプロレタリアートに対する排外主義的差別。
 労働貴族的意識の形成によって階級意識は深く沈没する。

4、そして、自国内の旧身分制による差別意識によって、階級意識は曇り隠される。
  労働者が差別意識を持ち差別事件を起こすというのは、資本主義下の2大階級対立 
 以前の身分意識に拘泥しているということであって、身分意識は階級意識を鈍化しそれ
 を見えなくする。

プロレタリアートの階級意識については、ゲオルグ・ルカーチがその戦前の名著(「歴史と階級意識」 日本では60年安保直後に翻訳された)で詳しく論じている。
『プロレタリアートの「虚偽の認識」にも正しいものへの客観的な志向が内在していると言っても、その志向がー彼らの積極的な働きかけがなくてもーおのずからあらわれてくるのだ、ということを意味することには決してならない。

むしろ反対である。ただ意識を高めることによって、すなわち行為と自己批判が意識的となって初めて、認識は、正しいものを単に志向する段階から、その志向の虚偽のヴェールを取り払って脱出し、現実に正しい、歴史的に意味ある、社会を変革する認識となる。』

また、ルカーチはいう
『階級意識の客観的理論は、階級意識の客観的な可能性の理論なのである。』と。
労働者階級であればア・プリオリに、本質的に、階級意識の保有者であるわけはない。

「プロレタリアートの自分自身との闘争、すなわち資本主義制度がプロレタリアートの階級意識を破壊し低下させる作用との闘争、・・・・したがって、自己批判がかれらのもっとも重大な要素でなければならない。」(ルカーチ)。それは、誠実な不断の努力なしには形成されない。

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