« 監査請求書を補う意見陳述 | トップページ | ホテル »

2013年5月16日 (木)

戦時慰安婦ー性奴隷について

News & Letters/348

橋下大阪市長の戦時慰安婦肯定の発言がついに出た

石原新太郎が早速擁護論を出し、松井ら幹部らがそれをフォローする、維新の会は根底からの腐敗によって崩壊しそうだ。だが、スポーツやゲームとは違って、政治の世界では敵失を喜ぶわけにはいかない。日本人のアジア人民に対する過去の行為が問題となっている。歴史の反省を振り棄てた日本人には、この地上に存続する資格があるかどうかが問われている。恥ずかしくて人間の顔をしてこの地上を歩けない。

石原が言うとおり侵略軍の「軍隊と売春婦」は原理的に結びついている。それを肯定するか否定するかだ。
軍隊の士気と規律を保つために慰安婦が必要だという。
だが、そもそも軍隊の規律とは何なのか。

侵略軍は必ず軍規が乱れる。三光作戦の日本帝国陸軍がその象徴である。
乱れる、というよりも軍規として非侵略地の住民を凌辱する。それは殺し尽くし、奪いつくし、焼きつくす。侵略地で住民への暴行・殺戮、特に婦女子への性的暴行・殺害は侵略軍の性質から必然的に起こる現象であり、むしろそれが侵略軍のオペレーション(作戦)なのであって目的なのだ。

侵略軍は侵略した国や地域の住民を人間とは認めていない。他国を征服するとはその国の民を殺すか奴隷とするかだ。そういう精神構造を保有した軍隊が住民に何をしても軍規に反することはない。

かつて私が若いころ、ある団体に所属していた。その指導部の会議で最高指導部の男が、ある同志の脱落を批判して「そんなに女がほしいのなら金で買えばよい」と発言した。
うっかり本音が出たのであろう。私はその場で反駁できなかったが後でその発言を問題にした。

おれたちは何のために闘い、誰のために闘っているのか。差別圧迫に抵抗し人間解放のために闘う者が、その戦いの戦列を保持するためにただ性欲を満たす目的で女性を金で買うという考えはどこから出てくるのか。

一つのどどいつを思い出す。

   炭俵 元をただせば 野山のススキ 月と遊んだこともある

この歌を私に歌ってくれた女性が誰か私はいえない。
私は田舎から出てきて高校生の時には大阪に住んでいた。近くに「松島」という遊郭があった。町を歩いていると、きれいな衣装を着けた女性が通りに向かってずらっと店先に並んで座っていた。私はその女性らは歯医者か何かに来て順番を待っているのかな、と思った。しかし、後で分かったが、なんとそれが遊郭の売春婦たちであった。繁華街で人間が売りに出されているという衝撃的な情景を私は見た。

幼少のころから、家族のために身を売り苦界に呻吟する女性たちを多く知っている私は、優秀な革命運動の尊敬すべき幹部ではあったが、女性を犠牲にして組織の規律の保持を揚言するその男を許せなかったのであった。

革命軍と侵略軍の軍規とは峻別しなければならない。
橋下や石原、そして安倍らは日本帝国陸軍の侵略軍の精神構造をそのまま保持しているのであり、したがって今も彼らの軍規として「慰安婦」を必要としている。

選挙やあらゆる機会をとらえて、橋下ら日本国の汚物どもを一掃しながら、我々日本人のアジア諸国人民に対する歴史的な犯罪をなお一層明らかにし、その贖罪をなし尽くし、山のような血債を払わねばならない。

|

« 監査請求書を補う意見陳述 | トップページ | ホテル »

人権問題」カテゴリの記事

政治思想ノート」カテゴリの記事

社会問題」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/408473/51652020

この記事へのトラックバック一覧です: 戦時慰安婦ー性奴隷について:

« 監査請求書を補う意見陳述 | トップページ | ホテル »