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2013年2月24日 (日)

玄海原発意見陳述

News & Letters/333

2013年3月1日公判
意見陳述 要旨

          平成25年2月17日
            
           澤山 保太郎

はじめに
私は、高知県の東端にある東洋町という小さな町からやってきたものです。
東洋町は、平成19年日本政府及び原子力発電環境整備機構(原環機構 NUMO)によって、高レベル放射性廃棄物の地層処分地として認定され、正規に調査(文献調査)が始められていたところであります。私や町民をはじめ多くの国民の力でその政府の試みは阻止され、調査活動も中止となりました。私たちの町が何故高レベルの核廃棄物の受け入れに反対したのか、玄海原発の再稼動、とりわけそのMOX燃料を使ったプルサーマルをめぐる裁判において、その理由を簡単に申し上げたいと思います。

原子力の利用については、①核兵器という軍事利用の脅威②稼働中の原発の事故の恐怖③軍事利用・平和利用によって生じる核廃棄物の処理の不確定の3つの問題があるとされていますが、特に③について重点的に意見を述べます。

一、原発稼働の恐怖

周知のとおり、原子力発電は、広島・長崎に投下された原爆など第2次世界大戦中の核爆弾開発の副産物として、核爆弾製造の平和利用ということで生まれたものです。
当初から懸念されていたそれの人類に与える破滅的脅威は、アメリカペンシルヴァニア州のスリーマイル島(1979年)、旧ソ連(ウクライナ)のチェルノブイリ(1986年)、そして日本の福島第1原発(2011年)での事故という形で最大限に実証されました。

原子力推進派の学者たちの予想に反してこれまでの経験に拠る確率では少なくとも数十年に一度は原子炉のメルトダウンによる巨大事故が現出すること、原発の緊急停止事件を数えるとそれと同等の大事故が起こった可能性は世界各地で毎年のように存在していたことが明らかになろうかと思います。

福島の大事故以前のように日本で50数基も原発の稼働が続いていくとしたら、原発施設自身の欠陥や人為的ミスに加えて、火山活動が活発で大地震が頻発する日本列島では、福島やチェルノブイリ級の巨大原発事故が次々と起こって行くであろうということは容易に推測することができると思います。

二、
しかし、今日私が、述べようとすることは、稼働している原発の危険性についてではありません。私たちが高レベル核廃棄物の受け入れを拒絶した理由というのは、仮に原発が何の事故もなく完璧に安全運転され、効率よく稼働されて国民に喜ばれる大容量の電力を供給できたと仮定しても、それであればなお一層私たちは、原発が生産し続ける廃棄物のゆえに、これに反対しなければならないということであります。

1、 原子炉で1gのウラン燃料を燃焼させれば、必ず1gの使用済み燃料、核廃棄物(死の灰)が発生します。薪を焚けばその数10分の1の少量の灰がのこりますが、そんなものではありません。100万kwの原発では1日3㎏のウランが分裂し3㎏の核廃棄物が残されます。そして生産された核廃棄物の毒性(放射能)はもとのウラン鉱石と比べると1億倍にもなると言われています。今、1991年の湾岸戦争で米軍がイラクを攻撃するのに使ったウラン弾の被害は米軍兵士やイラク住民の身体に深刻な影響を及ぼし、次々と悲惨な病変が発生していることが報道されていますが、原発からの核廃棄物の害毒は想像を絶するものがあります。現在日本の原発の敷地内には1万7000トンもの核廃棄物が滞留されていると見積もられて、各原発のサイトでは数年すれば自らが生み出した核のゴミのおくところがなく、最近のNHKの報道特集番組でも全国の原発稼働は廃棄物の処理の困難さだけからもこれを止めるほかないという事態に確実に差し掛かると指摘されています。

電力会社の資料によると、玄海原発の場合は、使用済み燃料の保管事情は特に窮迫していて、あと2,3回の取り出しで満杯になる見通しであり、再処理工程の行き詰まった青森の六ヶ所村への搬出も難しい状況となっているから、これ以上の操業は自動的に不可能な状況と思われます。

  玄海原発3号機はMOX燃料を燃やすプルサーマルです。

プルトニウムはウランよりも20万倍も毒性が強いと言われますからプルサーマルに使われるMOX燃料の使用済みの核廃棄物の毒性も通常の原発の廃棄物に比べるとさらに強くなり、中性子の量が10数倍、発熱量でも数倍増大し、高熱のため地層処分が500年間できないとされています。

2、原発の使用済み燃料の処理として日本はこれを再処理工場におくってプルトニウムを取り出して燃料として循環再利用するということを企図してきましたが、仮にこれがうまくいったとしても、使用済み燃料棒を裁断し溶解するなど再処理の過程で出される厖大な高レベル放射性廃液の処理がまた雪だるま式に増大してきます。
プルトニウム1gは優に4千万人の1年分の一般人吸入摂取限度に相当するというおそろしいものですが、現在日本はすでに45トンものプルトニウムを保有するに至っています。このプルトニウムをどう使うか、軍事利用が公然とはできない日本はこれを持て余しています。

日本は、高レベル放射性廃液はガラス固化体にして地層深くに埋設して処分してしまうという計画ですが、いまだにその処分地も定まっていません。
プルトニウムなど猛毒の放射能を何万年という期間、半永久的に安全に保管することができるでしようか。原子力の恩恵を何も受けない世代の人類が、代々に渡って多額の費用と労力を費やしてその施設を防護してくれるでしょうか。

これまでにもアメリカ・ワシントン州のハンフォードや旧ソ連のチェリヤビンスクのマヤクで、大規模な核廃棄物の集積場が爆発したり、多量の放射性廃液を流失させていた事件がおこっています。

  昨年9月に日本学術会議は、その地層処分は日本では不可能だという見解を発表しました。そんなことは分かりきったことであって、日本のような地震国で、しかもとびぬけた多量の降雨地帯、地下はどこを掘っても豊かな水に浸っていて、その上過去の地震による断層が入り乱れ、岩石がボロボロの所で、高レベルの核廃棄物の地層処分など出来るわけがありません。

高熱で中性子など種々の危険な核種を発散させる高レベル放射性廃液を、ガラスや鉄、粘土のバリヤで包んだとしても、それらは瞬く間に腐食したり崩壊しますから、結局超危険な核廃棄物を一時的に土をかぶせて人眼から隠蔽するということにしかなりません。地下で何かの事故があっても誰がその埋設施設の修復作業ができるでしょうか。

たくさんな交付金を付けると言っても、私らの東洋町を始めどこの市町村からもプルトニウムの鉱山と化す最終処分地を、引き受けようという土地は一つも出て来ません。
 それを引き受けるというのは、特段の事故がなくても、プルトニウムの活火山の上で暮らすことになり、直ちにその町や村の廃村、廃町を意味するのであり、除染することが不可能ですから、何万、何十万もの広範囲の地域の住民は故郷を追われ流浪の民となるしかありません。
  
4、平成19年の1月、太平洋沿岸の高知県の1寒村である東洋町がその高レベル放射性廃棄物の地層処分の用地を提供するということで、最終処分の実施機関であるNUMO(原子力発電環境整備機構)の調査を受け入れることになりました。
その1年前の平成18年夏ごろから、町長や議員が経産省の職員などと高レベル放射性廃棄物の地層処分について「勉強会」をはじめていました。処分地の調査を受け入れるだけでも大枚の交付金がおりてくるからというのがその理由でした。
住民の大多数がこの企てに反対をしました。

埋め立てられる高レベル放射性廃液はガラス固化体となって子供の大きさほどの容器(キャニスター)にいれられ処分場に運び込まれというのであるが、その強度の毒性の ため100万年は人間界から隔離しなければならないと言われているものです。
日本全体の何万分の1の電力しか消費しない小さい町が、どうしてその恐ろしいキャニスターを4万本も受け入れなければならないのか、一寸の虫にも5分の魂がある、住民たちは決然として団結し国家に対して抵抗を開始したのでした。

しかし、推進派の町長の権限で最終処分の掘削地点の調査を受け入れの申入れがなされて、実際に正規の調査が開始されました。
東洋町はかつて昭和40年代にNHKの「現代の映像」というドキュメンタリ番組に取り上げられ、極めて保守的で政治的意識の遅れた町として紹介されたことがありました。
しかし、そのような町であっても、町民たちは放射能の危険性に目覚め、町長や議員が推し進める最終処分場の受け入れに反対して立ち上がり、平成19年4月、ついに核受け入れ推進派の町長を落選させ核反対派の町政を確立し一切の核施設の導入を禁止する条例まで制定しました。

3000人足らずの住民たちは、いかに貧しくとも、静かで美しい故郷での生活の貴さを迷うことなく選択したのです。
4、自分たち1代の贅沢のために、人知では始末に負えない、地上の全ての生命を何度も破滅させるほどの膨大な量の、燃え盛る危険物を子や孫に残していいのでしょうか。

ここ10年か20年のうちには日本でも世界でもエネルギーを原子力に依存しないという社会が急速に近づいています。
原子力から何の恩恵も受けない人類に、すでにある1万7000トンもの核廃棄物の貯蔵施設の管理を任せ、これを自然の腐食や地震の震動、津波の襲来、戦争やテロ等々ありとあらゆる事故から厳重かつ完全に遮蔽し、何千年何万年もこの危険物の維持管理を続行することを強要する、そういう権限が私たちにあるでしようか。

私たちが受ける放射能の被害は別としても、エネルギーのことで少なくともこれ以上
の迷惑を子孫に負荷させないことが、人間として最低の道徳ではないでしょうか。

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