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2013年2月 2日 (土)

アルティの精神構造

News & Letters/328

昨年末から正月にかけて、高橋克彦の東北の物語を読んだ。
「火怨」、「炎立つ」、「天を衝く」、そして「風の陣」

古代から中世にかけての東北蝦夷達の戦いの物語でものすごく迫力のある小説であった。私は立命の日本史学を専攻してきたが、歴史学ととして私たちは、蝦夷達の生活や戦いについてほとんど関心を持たなかった。

私は、被差別の問題を特に留意して歴史を勉強してきたつもりであるが、私の習った偉い先生方も蝦夷の問題をほとんど取り上げてこなかった。井上清、林屋辰三郎、奈良本辰也、北山茂夫、・・・これらの歴史学者は部落問題など被差別の問題を非常に重視してきていたが、東北のエミシ、及びその俘囚達については学問の対象としてこなかった。私が蝦夷について注目し出したのは出獄し戦線を離脱して田舎に帰ってからであった。30歳代の後半である。

部落民の遠祖として「奥州俘囚」、すなわち大和朝廷の征夷の戦争による蝦夷の捕虜達に注目し出してからであった。
今、高橋克彦の東北の物語を読んで蝦夷達の英雄的な戦争がいかにすごいものであったか改めて知った。

ただ、高橋氏の物語で気になる点が二つある。
一つは蝦夷のことを「俘囚」とが呼んでいるが、陸奥(みちのく)で戦っている蝦夷は「俘囚」ではないと思われる。戦い敗れて捕虜となって西国を中心に全国に配流された蝦夷をこそ「俘囚」と呼ぶのではないか。

もう一つは、高橋氏は蝦夷を都の人々ら他の地方の者とは別の人種のように描いているが、そうではなかろう。形体人類学的には日本列島に住む人間としては同種であり見分けがつかなかったと思われる。食べ物、言葉、衣装、宗教、祭り、所作、・・・など風俗の違いはあったと思われるが、朝鮮系の帰化した者とは少々は違っていただろうが、皮膚の色、体つきはそれほど違ってはいなかったと思われる。日本列島全体には蝦夷系の原住民が優勢であり、朝鮮系もそれとの混血が進み同化しつつあったと思われる。

蝦夷の反抗は、もちろん大和朝廷側の抑圧・差別にあるし、蝦夷側の公租公課の負担の拒絶又は逃避があったであろう。一方蝦夷の精神構造は、例えば多賀城周辺の朝廷の勢力下であっても酷い仕打ちを受ける蝦夷では、①同じ朝廷にまつらう同じ臣民であるのにこの差別は許されない、という意識であろう。また、むろん②蝦夷だからこの仕打ちも仕方がないとあきらめて従順にして耐える、またあるいは、③多賀城から遠く朝廷の支配の及ばぬところでは、蝦夷は朝廷側の人間とは別個で朝廷に支配され差別を受けるいわれはない、という独立自尊的意識もあったであろう。

戦ったのは、①と③の意識である。「火怨」のアテルイは③の意識であろう。朝廷の官吏となった「風の陣」の鮮麻呂(あざまろ)や嶋足(しまたり)は①である。
①は、吾等は朝廷の臣民であってもはや蝦夷ではない、不当な差別に反抗する、
②は、吾ら蝦夷は朝廷の臣民と対等であって、蝦夷として尊い、不当な差別には反抗する。というものであろう。

これは明治以来の被差別部落民の意識にも相当する。
明治憲法そして戦後の新憲法下では②の意識をもつ者、自分らは同じ日本人であって「エタ」、「部落民」ではない、というのが主流であろう。
決して異民族問題ではない。

だから、おれは蝦夷である、とか、私は部落民だ、という宣言(comming out)なるものは意味がない。「おれは部落民だとして差別されてきた者だ」、というのが正確な表現であろう。日本列島の上で人類学的に同種の人間で、種族的にも同族だということが、前提である。

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