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2013年2月

2013年2月24日 (日)

玄海原発意見陳述

News & Letters/333

2013年3月1日公判
意見陳述 要旨

          平成25年2月17日
            
           澤山 保太郎

はじめに
私は、高知県の東端にある東洋町という小さな町からやってきたものです。
東洋町は、平成19年日本政府及び原子力発電環境整備機構(原環機構 NUMO)によって、高レベル放射性廃棄物の地層処分地として認定され、正規に調査(文献調査)が始められていたところであります。私や町民をはじめ多くの国民の力でその政府の試みは阻止され、調査活動も中止となりました。私たちの町が何故高レベルの核廃棄物の受け入れに反対したのか、玄海原発の再稼動、とりわけそのMOX燃料を使ったプルサーマルをめぐる裁判において、その理由を簡単に申し上げたいと思います。

原子力の利用については、①核兵器という軍事利用の脅威②稼働中の原発の事故の恐怖③軍事利用・平和利用によって生じる核廃棄物の処理の不確定の3つの問題があるとされていますが、特に③について重点的に意見を述べます。

一、原発稼働の恐怖

周知のとおり、原子力発電は、広島・長崎に投下された原爆など第2次世界大戦中の核爆弾開発の副産物として、核爆弾製造の平和利用ということで生まれたものです。
当初から懸念されていたそれの人類に与える破滅的脅威は、アメリカペンシルヴァニア州のスリーマイル島(1979年)、旧ソ連(ウクライナ)のチェルノブイリ(1986年)、そして日本の福島第1原発(2011年)での事故という形で最大限に実証されました。

原子力推進派の学者たちの予想に反してこれまでの経験に拠る確率では少なくとも数十年に一度は原子炉のメルトダウンによる巨大事故が現出すること、原発の緊急停止事件を数えるとそれと同等の大事故が起こった可能性は世界各地で毎年のように存在していたことが明らかになろうかと思います。

福島の大事故以前のように日本で50数基も原発の稼働が続いていくとしたら、原発施設自身の欠陥や人為的ミスに加えて、火山活動が活発で大地震が頻発する日本列島では、福島やチェルノブイリ級の巨大原発事故が次々と起こって行くであろうということは容易に推測することができると思います。

二、
しかし、今日私が、述べようとすることは、稼働している原発の危険性についてではありません。私たちが高レベル核廃棄物の受け入れを拒絶した理由というのは、仮に原発が何の事故もなく完璧に安全運転され、効率よく稼働されて国民に喜ばれる大容量の電力を供給できたと仮定しても、それであればなお一層私たちは、原発が生産し続ける廃棄物のゆえに、これに反対しなければならないということであります。

1、 原子炉で1gのウラン燃料を燃焼させれば、必ず1gの使用済み燃料、核廃棄物(死の灰)が発生します。薪を焚けばその数10分の1の少量の灰がのこりますが、そんなものではありません。100万kwの原発では1日3㎏のウランが分裂し3㎏の核廃棄物が残されます。そして生産された核廃棄物の毒性(放射能)はもとのウラン鉱石と比べると1億倍にもなると言われています。今、1991年の湾岸戦争で米軍がイラクを攻撃するのに使ったウラン弾の被害は米軍兵士やイラク住民の身体に深刻な影響を及ぼし、次々と悲惨な病変が発生していることが報道されていますが、原発からの核廃棄物の害毒は想像を絶するものがあります。現在日本の原発の敷地内には1万7000トンもの核廃棄物が滞留されていると見積もられて、各原発のサイトでは数年すれば自らが生み出した核のゴミのおくところがなく、最近のNHKの報道特集番組でも全国の原発稼働は廃棄物の処理の困難さだけからもこれを止めるほかないという事態に確実に差し掛かると指摘されています。

電力会社の資料によると、玄海原発の場合は、使用済み燃料の保管事情は特に窮迫していて、あと2,3回の取り出しで満杯になる見通しであり、再処理工程の行き詰まった青森の六ヶ所村への搬出も難しい状況となっているから、これ以上の操業は自動的に不可能な状況と思われます。

  玄海原発3号機はMOX燃料を燃やすプルサーマルです。

プルトニウムはウランよりも20万倍も毒性が強いと言われますからプルサーマルに使われるMOX燃料の使用済みの核廃棄物の毒性も通常の原発の廃棄物に比べるとさらに強くなり、中性子の量が10数倍、発熱量でも数倍増大し、高熱のため地層処分が500年間できないとされています。

2、原発の使用済み燃料の処理として日本はこれを再処理工場におくってプルトニウムを取り出して燃料として循環再利用するということを企図してきましたが、仮にこれがうまくいったとしても、使用済み燃料棒を裁断し溶解するなど再処理の過程で出される厖大な高レベル放射性廃液の処理がまた雪だるま式に増大してきます。
プルトニウム1gは優に4千万人の1年分の一般人吸入摂取限度に相当するというおそろしいものですが、現在日本はすでに45トンものプルトニウムを保有するに至っています。このプルトニウムをどう使うか、軍事利用が公然とはできない日本はこれを持て余しています。

日本は、高レベル放射性廃液はガラス固化体にして地層深くに埋設して処分してしまうという計画ですが、いまだにその処分地も定まっていません。
プルトニウムなど猛毒の放射能を何万年という期間、半永久的に安全に保管することができるでしようか。原子力の恩恵を何も受けない世代の人類が、代々に渡って多額の費用と労力を費やしてその施設を防護してくれるでしょうか。

これまでにもアメリカ・ワシントン州のハンフォードや旧ソ連のチェリヤビンスクのマヤクで、大規模な核廃棄物の集積場が爆発したり、多量の放射性廃液を流失させていた事件がおこっています。

  昨年9月に日本学術会議は、その地層処分は日本では不可能だという見解を発表しました。そんなことは分かりきったことであって、日本のような地震国で、しかもとびぬけた多量の降雨地帯、地下はどこを掘っても豊かな水に浸っていて、その上過去の地震による断層が入り乱れ、岩石がボロボロの所で、高レベルの核廃棄物の地層処分など出来るわけがありません。

高熱で中性子など種々の危険な核種を発散させる高レベル放射性廃液を、ガラスや鉄、粘土のバリヤで包んだとしても、それらは瞬く間に腐食したり崩壊しますから、結局超危険な核廃棄物を一時的に土をかぶせて人眼から隠蔽するということにしかなりません。地下で何かの事故があっても誰がその埋設施設の修復作業ができるでしょうか。

たくさんな交付金を付けると言っても、私らの東洋町を始めどこの市町村からもプルトニウムの鉱山と化す最終処分地を、引き受けようという土地は一つも出て来ません。
 それを引き受けるというのは、特段の事故がなくても、プルトニウムの活火山の上で暮らすことになり、直ちにその町や村の廃村、廃町を意味するのであり、除染することが不可能ですから、何万、何十万もの広範囲の地域の住民は故郷を追われ流浪の民となるしかありません。
  
4、平成19年の1月、太平洋沿岸の高知県の1寒村である東洋町がその高レベル放射性廃棄物の地層処分の用地を提供するということで、最終処分の実施機関であるNUMO(原子力発電環境整備機構)の調査を受け入れることになりました。
その1年前の平成18年夏ごろから、町長や議員が経産省の職員などと高レベル放射性廃棄物の地層処分について「勉強会」をはじめていました。処分地の調査を受け入れるだけでも大枚の交付金がおりてくるからというのがその理由でした。
住民の大多数がこの企てに反対をしました。

埋め立てられる高レベル放射性廃液はガラス固化体となって子供の大きさほどの容器(キャニスター)にいれられ処分場に運び込まれというのであるが、その強度の毒性の ため100万年は人間界から隔離しなければならないと言われているものです。
日本全体の何万分の1の電力しか消費しない小さい町が、どうしてその恐ろしいキャニスターを4万本も受け入れなければならないのか、一寸の虫にも5分の魂がある、住民たちは決然として団結し国家に対して抵抗を開始したのでした。

しかし、推進派の町長の権限で最終処分の掘削地点の調査を受け入れの申入れがなされて、実際に正規の調査が開始されました。
東洋町はかつて昭和40年代にNHKの「現代の映像」というドキュメンタリ番組に取り上げられ、極めて保守的で政治的意識の遅れた町として紹介されたことがありました。
しかし、そのような町であっても、町民たちは放射能の危険性に目覚め、町長や議員が推し進める最終処分場の受け入れに反対して立ち上がり、平成19年4月、ついに核受け入れ推進派の町長を落選させ核反対派の町政を確立し一切の核施設の導入を禁止する条例まで制定しました。

3000人足らずの住民たちは、いかに貧しくとも、静かで美しい故郷での生活の貴さを迷うことなく選択したのです。
4、自分たち1代の贅沢のために、人知では始末に負えない、地上の全ての生命を何度も破滅させるほどの膨大な量の、燃え盛る危険物を子や孫に残していいのでしょうか。

ここ10年か20年のうちには日本でも世界でもエネルギーを原子力に依存しないという社会が急速に近づいています。
原子力から何の恩恵も受けない人類に、すでにある1万7000トンもの核廃棄物の貯蔵施設の管理を任せ、これを自然の腐食や地震の震動、津波の襲来、戦争やテロ等々ありとあらゆる事故から厳重かつ完全に遮蔽し、何千年何万年もこの危険物の維持管理を続行することを強要する、そういう権限が私たちにあるでしようか。

私たちが受ける放射能の被害は別としても、エネルギーのことで少なくともこれ以上
の迷惑を子孫に負荷させないことが、人間として最低の道徳ではないでしょうか。

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2013年2月20日 (水)

県庁の職権乱用につき公開質問状

News & Letters/332

公開質問状  平成25年2月20日

高知県知事、高齢者福祉課殿

           高知県安芸郡東洋町大字河内1081-1                       
                      東洋・室戸市民オンブズマン
           代表 澤山保太郎

平成24年12月28日貴庁が行った「高知県指令24高高齢1243号」、室戸市の有限会社「澤」に対する指定居宅サービス事業者等の指定取り消し処分は、正当な処分であるか、疑義があるので質問をします。 

1、【質問の契機】

介護給付費の不正請求及び不正受給について貴庁の上掲文書を見ても不正請求の事実及び不正受給の事実について何ら具体的な実証がない。貴庁が理由として挙げているのは、主に以下の二つである。

①「提供した具体的サービス内容等の記録がないにもかかわらず、介護給付費を請求し、受領した。」

②「訪問活動票を偽造して介護給付費を請求し、受領した」というものである。

2、【質問】

①の記録がないにもかかわらず、請求した、という点について、

 介護サービスの関係法令を見ても、サービスの記録がなければ請求できないという規
定は存在しない。そのような規定があればご教示願いたい。

サービスに係る介護給付費の請求は介護サービスの事実行為に基づいて行うのであって、記録に基づくということではない。無論、法令では記録はしなければならないし、一定期間保存もしなければならないことになっているが、本件の場合、サービス提供時には記録があり、それに基づいて請求をしていたと関係者は主張しているし、事実サービスを提供していることは利用者や従事したヘルパーも確認している。

サービスを提供していないという事実について、貴庁はいかにして実証するのかご教示願いたい。記録の管理について疎漏があったことは事実であろう。

しかし、記録はあくまでも事後の処理であり、事実行為とは別個の範疇にはいる。
何らかの理由で記録を失った事実があったことは確かの様であるが、サービスの記録がなくなったからといって、サービスがなかったとどうして言えるのか。
サービス不存在というならば、その立証責任は貴庁にある。

事実行為としてサービスを利用者に提供した以上、給付費を請求し、それを受領するのは当然である。例えば、マッサージ師が依頼を受けてある人にマッサージのサービスを行った場合、書類がなくても後日その代金を請求し、受領することは許される。

記録保存の法的義務は第1に利用者との関係で後日係争にならないためであり、第2には監督官庁の検査のためである。決してサービス当座の請求事務の為ではない。
記録保管義務の違反については、それ相応の処罰があるとしても、それが即事業者の指定取り消し事由にはなっていない。貴殿及び貴庁職員の職権乱用ではないか。

②の訪問活動票を偽造して給付費を請求・受領したという点について
ある特定利用者へのサービスについてサービスをしていないのにしたとして偽りの活動票を作成して請求したというのであるが、該当する平成23年11月23日から28日の6日間の特定利用者へのサービスは当該会社のヘルパーHさんが毎日サービスを実施したことは事実であり、その請求と給付費の受領は事実である。

平成24年12月12日の貴庁の本件に関する聴聞の記録、また、本件について当該会社の当時のヘルパーHさんへの事情聴取の記録「事情聴取における確認調書」(平成24年5月18日)によると、その際の活動票がHさんのほかにもう一人のヘルパーの名前のものが2重にあり、またHさんの活動票に1部欠落があるとのことであるが、これらの書類の記録で明らかなように、二重請求はしていないこと、二重の活動票はHさんに対し当該会社が記入説明例として作成しHさんに渡した分が混入していたこと、等が説明されていて、書類を偽造したと疑われる事実は何も存在しない。

文書「偽造」というのには動機や目的、故意が証明されなければならない。
これに係るサービスを受ける特定利用者の当時の状況は重いものがあり、毎日2度の介護サービスが必要であったから、サービスをしていないのにしたと偽ることは不可能なことであった。行ったサービスについて請求したと言うだけで、それ以外に何か特段の目的や意図があったのであろうか、本件「偽造」なるものが何のために、何の利益のためになされたと考えているのかご教示を願いたい。

特定利用者がサービスを受けていないとかいう苦情でもあったのか、サービス不提供の事実についてどのようにして確認したのか、ご教示願いたい。
その記録がないと言うだけでは事実行為の不存在の証明にはならない。
事実行為不存在の立証責任は貴庁にある。

特定利用者に対するサービスは確実に行われたということは当の利用者が認めているし、当該会社のヘルパーも証言している。これらの状況は、実際の現場の関係者の話を聞けば直ちに了解されるはずであった。
活動票の保管について不備があったであろうと思われるが、それをもって給付費請求に係る書類の「偽造」というのは余りにも飛躍しすぎている。

書類の粗漏があったという事実だけで、公金請求にかかる文書偽造の犯罪を押しかぶせることができるのか、関係者への名誉棄損を含む公務員による職権の乱用の疑いがあると考える。以上のとおり貴庁の出した本件処分は根拠がないし、その上に職権乱用や名誉棄損の疑いがあり、県民として許すことはできないと考える。
回答によっては法的措置を講ずる考えである。
知事とも検討の上、2週間以内に回答を賜りたい。

(なお、有限会社「澤」と私とは何の関係もない。)

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2013年2月 8日 (金)

続々「橋下徹現象と部落差別」について

News & Letters/331

3、糾弾闘争

「新潮」ら週刊誌が橋下徹攻撃に名を借りて全面的な部落差別攻撃を仕掛けてきたが、橋下はこれを個人の出自や血脈への攻撃だとしてその卑劣な手法に反撃をした。
しかし、決してこれを部落差別攻撃とはみなさなかった。

この本では、橋下のこうした対応を評価し称揚している。せいぜい個人への部落差別攻撃を「きょうだい」への攻撃として全体化することができなかったというに過ぎない。
しかし、今回の「新潮」者らの攻撃の場合は、個人への攻撃を超えて被差別部落全体への直接的な差別攻撃の様相を呈しており、「独裁者」、「裏切り」、「うそ」つき、「博徒」、「爬虫類のような目をしている」、「血も涙もない人間」という個人攻撃がすべて「橋下の生い立ち」としての被差別部落との関連性、「路地二つを、橋下はルーツにもっている」(以上「新潮45」2011年11月号)という事実、その悪い本性がすべて被差別部落ににつなげられているのである。被差別部落が悪の温床という宣伝なのである。

もちろん、橋下徹個人に対しては、この攻撃は、第1に誹謗中傷であり、第2に個人のプライバシイへの攻撃であり、そして第3に橋下及びその家族や地区の人々に対する部落差別攻撃であることは言うを待たない。最高裁の判例でも公的人間についてもそれがいかに真実であっても人身攻撃は許されないことになっている。橋本は当然裁判で相手を訴える権利がある。

しかし、橋下も、この本の著者らも、裁判闘争を否定する。
引用された橋下のツイッタ―によると
「今回の週刊朝日は、個人の人格否定、危険な人格の根拠として,血脈を利用しようとした。この「ロジック」が問題なんですよ。・・・・事実誤認でもプライバシーの問題でもない。ましてや記事の全ての発行を許して、、裁判で決着をつける問題でもない。表現にも許されない一線がある。その表現を許せば、回復できない著しい被害が生じるときには、表現自体が許されない。こんなの悠長に裁判なんかやってられない・・・。」(178頁)という。

またこの本の著者も橋下のこの考えに同調して「差別行為が行われたときに、法的に裁判に訴えて法廷で決着をつけるという、差別問題の解決にはあまりなじみのないやりかたではなくて、権利が侵害されたときに、法律上の手続きによらないで、直接自らの力で権利を守り実現する自力救済行為というやりかたー「糾弾」というのは、そうした自力救済行為として認められているという判決があることは前にいったが―、そういう闘いかたを選んでこそ、差別をめぐる係争の解決ができる、ということが示されたということにほかならないわけだ。」(230頁)といい、そもそも「差別事象は、いったんおこなわれたら、それによって受けた損害を回復することが法的にはできない。」(54頁)とか、差別に対しては糾弾という自力救済の方法で「社会的に」解決するしかないというのである。
糾弾によって相手が謝罪したり反省したりして解決出来たと考えているようであるが、今回の橋下の糾弾によって、何か解決したであろうか。

確かに、週刊誌らはこれ以上部落差別キャンペーンはやらないということになった。しかし、大々的に売りさばいた週刊誌や月刊誌はばらまかれたままだし、新聞等の雑誌の広告でのえげつない差別見出しは1枚も回収されていない。差別キャンペーの大きな効果は、糾弾によって解消されていない。

糾弾はもちろんしなければならない。差別者が振るえ上り、心から反省するまで糾弾の手を休めてはならないだろう。しかし、それをやったからといって何故裁判闘争を否定する必要があろうか。これまで解放運動は相手が仕掛けてきた不当な裁判に応訴し裁判闘争をやってきたが、こちらから差別事象について提訴して闘ったことは聞いたことがない。
しかし、裁判闘争の分野は糾弾闘争の一環として当然取り組むべきものであった。
差別は「社会的に」解決し「法的に」は解決できない、などという根拠のない駄法螺はおいておけばよい。何のためにこんなことを言うのかいぶかしい限りだ。

憲法で保障された人権を踏みにじられたもの、虐げられた者らが、その回復のために裁判に打って出るのは、それこそ裁判に最もふさわしいことだ。糾弾闘争は差別者に対して社会的に提起され裁判所でも差別反対の荊冠旗が翻らねばならない。

訴状の形式は損害賠償や謝罪広告を要求するということになるであろうが、法廷で不当な差別を糾弾し、部落大衆が天賦人権を等しく共有するという権利を確認しなければならない。全ての個別差別事象は、差別の当事者への糾弾だけではなく裁判闘争として普遍化させ裁判所を人権の砦として鍛えなければならない。

これまで差別者は個別的な糾弾で謝罪し反省の格好をしておれば許されてきた。
今回の週刊誌の差別キャンペーンでは、それらの謝罪や反省が心からのものではなく、糾弾の嵐が過ぎるのを待つほう被りに過ぎないことを露呈した。

糾弾闘争を民亊・刑事事件として裁判官や司法当局に部落大衆の怒りや悲しみをぶっつけ、部落大衆の法的地位を明確にさせることは極めて重要な戦線の拡大である。
身分差別は一般社会に根付いているのであるが、それは、元々は権力機構の中に胚胎したものだからだ。

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続「橋下徹現象と部落差別」という本について

News & Letters/330

既に述べたように橋下は、週刊誌の部落差別攻撃に抗議してはいない。
政治家の出自や血脈を暴露するその手法を問題だとしている。
「血脈を俺の現在の言動の源泉というなら、子供も同じだということだな。個人の人格よりも血脈を重視するという前近代的な考えだ。」(124頁)
被差別部落出身だとか部落差別の事実についての暴露や攻撃に抗議しているのではないのである。

この本は、「ここで問題になっている出自にかかわるような「事実」とは、当人の責任によって解決できる事柄ではなく、当人の努力では如何ともしがたい事柄、つまり抗弁することができない性格のものです。」といい、例としてアメリカのオバマ大統領が黒人であることへの差別攻撃を挙げている。しかし、部落問題は黒人差別問題、人種や民族問題と同じような出自の問題であろうか。

2、部落民について

この本が指摘するように、部落解放同盟は今回の一連の週刊誌らによる激しい部落差別攻撃に対し、有効に戦ってこなかった。声明を挙げたり抗議文を渡しただけである。本来なら出版社の建物に怒れる部落大衆と桂冠旗が押し寄せていなければならない。問題の週刊誌らを廃刊に追い込むぐらいの闘争があってしかるべきであろう。そんな糾弾闘争が全くなかった。これはどうしたことであろうか。
それは、腐敗堕落しているからだ、というだけでは何も解明されていない。
この「橋下徹現象と部落差別」という本では、一応それを分析している。少し長くなるが引用する。

「実際今回の事件では、・・・・解放同盟には、現に差別を受けて闘っている橋下徹を「きょうだい」として、ともに肩を組もうとする姿勢が見られなかった。橋下に対する差別攻撃を被差別部落民全体の問題として糾弾するところまでいかなかった。・・・・戦後の部落解放運動が人権と民主主義を掲げて闘ってきたこと自体がまちがいだったとはいわない。その根底に水平社以来の「差別糾弾」と「相互扶助」の精神がありさえすれば、人権を唱え、民主主義を唱えても、運動を誤ることはないと思う。」

「しかし、その根底の精神に、部落民は部落民であることにおいてそのままで貴いという「個人の尊厳」、部落民は自力で助け合って自ら救っていかなければならないという、「相互扶助」を置くのではなくて、人間は人間であるということにおいて貴いとする人間主義、すなわちヒューマニズム、公正な法による支配が正義を実現するという法治主義、すなわちコンプライアンスをとろうとするなら、解放運動に未来はない、といわなければならない。」

独自の見解なので訳が分からない面があるが、「部落民が部落民であることにおいて貴い」として、「人間であるということで貴い」という考えはだめだというのである。
この見解の積極面は、こういう形で部落民とは何かを問い、その上で運動論を主唱しようとする点である。

この本の論者(宮崎学氏)はどうも部落民を「血脈」でとらえているのではないか、ということである。血脈や人種で部落問題をとらえるということであれば、それこそ部落問題は部落問題たりえない。部落民の苦悩がわかっていないのではないか。
封建時代とは違って、現代の人は誰も部落民として生まれてこない。日本人という人間として生まれてきた。にもかかわらず身分差別の遺習を残す現代社会から部落民視され差別を受けてきた。ここに部落に生まれた人間の自己矛盾的精神が形成される。

同じ人間であるのに同じ人間として扱われない自分、藤村の破戒の主人公「丑松」の苦悩する存在となる。この自己矛盾的な存在が差別撤廃の解放運動の原動力となる。行政施策や教育、結婚や就職において差別と不公正撤廃の戦いとなる。平等と公正を求めて糾弾闘争が発展してきた。この外に向かった糾弾闘争は、自分は他の者と同じ人間、同じ日本人だという自己規定と、そうではないというい他者からの抑圧的規定が一個のアイデンティティ内で葛藤していることの、表出なのである。

この自己矛盾的存在としての部落問題を理解せず、人種問題的なとらえ方では、ユダヤ人問題や黒人問題など異人種問題のように独自の金融機関や生活基盤、「相互扶助」世界を築くことが解放運動ということにならざるを得ない。
戦前の水平社時代の糾弾闘争の意識は、おれたちは部落民だが同じ人間だ、差別は返上するというものであろう。それだけ強固な閉鎖性の強い部落差別を受けていた。
戦後は、おれたちは同じ人間だ、同じ日本人だ、部落だとして差別を受けるいわれはない、という意識からの糾弾闘争である。日本人として生まれたという所与の前提が強固にあるなかで、差別と向き合うことになった。

封建時代や戦前では身分差別が異族差別の様相を呈していた感がある。戦後は憲法や民主教育の中で、人間として日本人として平等に生まれたという意識が部落の中にも強く醸成されていた。
戦前も戦後も糾弾闘争の根底には強いヒューマニズムがあることは言うまでもない。

解放同盟的な運動がどうして今回の週刊誌の部落差別攻撃に立ちあがらなかったのか。
それは、解放同盟が既に社会や権力から一定の地位を与えられ既成の権益の中に入ってしまったからであろう。私は、狭山差別裁判に対する闘争によって解放運動の再生を試み一定の影響を与えた。一定の期間その糾弾闘争は清新な息吹を解放運動に吹き込んだ。しかし今は長い沈滞ムードの中に次第にその存在そのものを喪失しつつある。
解放運動は、大衆運動であって機関の運動ではない。

大衆運動は、発生し広がり、さまざまに変形し、・・・・するが、また急速にしぼんだり消滅したりもする。大衆運動が一定の大きさで常に存在して動いているということはあり得ない。
だから、解放運動も大衆運動である限り、新しい起動と爆発が必要である。新しい起爆剤で新しい運動を発展させなければならない。
今回の週刊誌の差別攻撃をとらまえてマスコミに対する全国的な一大糾弾闘争をしかける必要があろう。今日政府など権力機関だけでなくマスコミの権力やアメリカにに迎合する世論操作も大きな問題なのだ。

要するに現在の解放運動が立ち上がれないのは、橋下市長の様に、ある一定の社会的地位や権力を手に入れているので、部落差別を差別として感じる意識構造が閉ざされてしまっている、自己矛盾的精神が1本化して解消し、差別に不感症になっているからであると思われる。差別されても痛くも痒くもない立場にあるからであって部落民であることが特権化しているのである。(続く)

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2013年2月 6日 (水)

「橋下徹現象と部落差別」という最近の本について

News & Letters/329

「橋下徹現象と部落差別」

解放運動の関係者と思われる二人の方が、2011年、12年に渡る「週刊新潮」らの橋下大阪市長への部落差別攻撃について論じている。
全体として言わんとする方向性にはうなづけるものが多い。しかし、かなり問題を含んでいる。摘記してみる。

1、橋下は、「新潮」らの攻撃を部落差別攻撃ととらえているのか。
 回答:とらえていない。橋下が問題にしたのは、出自をほじくり出して攻撃するその卑劣な手法が許せないというのである。この本が引用する記者会見での橋下は、
「僕は公人なので、両親、先祖について必要に応じて報じられるのも仕方がない。虚偽の事実でない限りは名誉棄損にはならない、・・・当該地域が被差別部落という話について、それが僕の人格を否定する根拠として、先祖、実父を徹底的に調査するという考え方を問題視している。
・・・血脈、DNA、先祖、実父という発想のもとで、どんどんぼくと無関係の過去を無制限に暴きだしていくということは、公人であったとしても、認めることができない・・・・。」と言っている。(22頁)
出自を調査しそれを暴きだすという手法を問題にしているのであって、被差別部落に対する攻撃を問題にしている訳ではない。

著者らは「橋下の人格が悪いのは部落の『血脈』を引いているからだ」という主張のもとに、個人の出自を暴くという行為が問題であるとされたわけだよ」(203頁)とか、
「橋下は、これが部落差別による個人攻撃であるという、問題の本質を一点にしぼって明らかにし・・・」と橋下を称揚する。

しかし、「新潮」など週刊誌の攻撃は部落差別攻撃が主眼であって、決して橋下への個人攻撃ではない。橋下自身は出自による個人攻撃だととらえ、その出自攻撃の手法を問題とした。著者らはその出自が部落差別であるとするが、個人への出自攻撃だとする点では橋下と同列である。

週刊誌の論調は、橋下のゆがんだ性格(非寛容な性格)、橋下の本性→橋下家のルーツ→被差別部落という流れであって、個人の性格からその先祖・出自、そしてそこから部落差別に向かっている。部落差別キャンペーンが週刊誌らの最大の目的であるし、結果としてもそうなった。今日、橋下徹ほどの人間をその出自を暴いたとして何の影響があるであろうか。権力の頂点に立ちマスコミの寵児となった男の出自が何であれ、本人も一般市民も蚊に刺されたほどの痒みしかないだろう。

少なくともこう考えるべきだ。
確かに週刊誌は、個人攻撃の手段に部落問題を用いたのかもしれない。そうとしても、主客転倒してもちいられた手段の方が大きな問題となる場合があるのだ。

        (以下続く)

            2、部落民について
            3、糾弾と裁判について

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2013年2月 2日 (土)

アルティの精神構造

News & Letters/328

昨年末から正月にかけて、高橋克彦の東北の物語を読んだ。
「火怨」、「炎立つ」、「天を衝く」、そして「風の陣」

古代から中世にかけての東北蝦夷達の戦いの物語でものすごく迫力のある小説であった。私は立命の日本史学を専攻してきたが、歴史学ととして私たちは、蝦夷達の生活や戦いについてほとんど関心を持たなかった。

私は、被差別の問題を特に留意して歴史を勉強してきたつもりであるが、私の習った偉い先生方も蝦夷の問題をほとんど取り上げてこなかった。井上清、林屋辰三郎、奈良本辰也、北山茂夫、・・・これらの歴史学者は部落問題など被差別の問題を非常に重視してきていたが、東北のエミシ、及びその俘囚達については学問の対象としてこなかった。私が蝦夷について注目し出したのは出獄し戦線を離脱して田舎に帰ってからであった。30歳代の後半である。

部落民の遠祖として「奥州俘囚」、すなわち大和朝廷の征夷の戦争による蝦夷の捕虜達に注目し出してからであった。
今、高橋克彦の東北の物語を読んで蝦夷達の英雄的な戦争がいかにすごいものであったか改めて知った。

ただ、高橋氏の物語で気になる点が二つある。
一つは蝦夷のことを「俘囚」とが呼んでいるが、陸奥(みちのく)で戦っている蝦夷は「俘囚」ではないと思われる。戦い敗れて捕虜となって西国を中心に全国に配流された蝦夷をこそ「俘囚」と呼ぶのではないか。

もう一つは、高橋氏は蝦夷を都の人々ら他の地方の者とは別の人種のように描いているが、そうではなかろう。形体人類学的には日本列島に住む人間としては同種であり見分けがつかなかったと思われる。食べ物、言葉、衣装、宗教、祭り、所作、・・・など風俗の違いはあったと思われるが、朝鮮系の帰化した者とは少々は違っていただろうが、皮膚の色、体つきはそれほど違ってはいなかったと思われる。日本列島全体には蝦夷系の原住民が優勢であり、朝鮮系もそれとの混血が進み同化しつつあったと思われる。

蝦夷の反抗は、もちろん大和朝廷側の抑圧・差別にあるし、蝦夷側の公租公課の負担の拒絶又は逃避があったであろう。一方蝦夷の精神構造は、例えば多賀城周辺の朝廷の勢力下であっても酷い仕打ちを受ける蝦夷では、①同じ朝廷にまつらう同じ臣民であるのにこの差別は許されない、という意識であろう。また、むろん②蝦夷だからこの仕打ちも仕方がないとあきらめて従順にして耐える、またあるいは、③多賀城から遠く朝廷の支配の及ばぬところでは、蝦夷は朝廷側の人間とは別個で朝廷に支配され差別を受けるいわれはない、という独立自尊的意識もあったであろう。

戦ったのは、①と③の意識である。「火怨」のアテルイは③の意識であろう。朝廷の官吏となった「風の陣」の鮮麻呂(あざまろ)や嶋足(しまたり)は①である。
①は、吾等は朝廷の臣民であってもはや蝦夷ではない、不当な差別に反抗する、
②は、吾ら蝦夷は朝廷の臣民と対等であって、蝦夷として尊い、不当な差別には反抗する。というものであろう。

これは明治以来の被差別部落民の意識にも相当する。
明治憲法そして戦後の新憲法下では②の意識をもつ者、自分らは同じ日本人であって「エタ」、「部落民」ではない、というのが主流であろう。
決して異民族問題ではない。

だから、おれは蝦夷である、とか、私は部落民だ、という宣言(comming out)なるものは意味がない。「おれは部落民だとして差別されてきた者だ」、というのが正確な表現であろう。日本列島の上で人類学的に同種の人間で、種族的にも同族だということが、前提である。

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2013年2月 1日 (金)

東洋町職員措置請求書

News & Letters/327

東洋町職員措置請求書
                      平成24年12月  日
東洋町監査委員殿
                  請求人 東洋町大字河内1081番地1
                        澤山保太郎
            
【請求の趣旨】

旧甲浦支所跡地について特定個人に破格に安い貸付料(または地代)で賃貸しているのは、適正な公有財産の管理とは言えず、地方自治法237条第2項に違反している。
少なくともこの1年間分について正当な使用料に照らし、損をした金額を関係職員が賠償するべきである。

【請求の理由】

1、賃貸している土地は旧甲浦支所跡の大字河内151番1の土地のうち、794.22平米であるが、年間の貸付料は僅か84、087円(月に直して7000円ほど)にすぎない。車1台の駐車場代金程度の激安である。

2、1年間ごとの賃貸契約であるが、借受け人はこの土地上に、鉄骨コンクリート作りの堅固な建物(医院兼居宅)を建設し、平成6年ごろからここで営利事業を営み、ほぼ
排他的にこれを占有している。

3、この土地については、町は、数年前借受人が購入するという事で代理人(弁護士)と折衝していたが、現在その交渉も途絶している模様である。
このまま賃貸を続けるのであれば、近隣地域の市場価格相当の賃貸料を徴収するべきである。

4、町内には、仕事がない人や、農林・漁業での収入が極度に悪化して困窮している人が大勢いるが、それでも固定資産税など諸税を一生懸命払っている。中には、厳しい経営環境の中にありながら年に数百万円の固定資産税を払っている会社もある。
その中で、長年間にわたり、医院という看板を掲げている者に、公有地をほとんどタダ同然の賃貸料で貸し続けるのは余りにも不平等であろう。
よって、可及的速やかに現状を是正し、損害を補てんするなど、適切な措置を講ずる必要がある。

    添付資料

添付資料1 土地貸付契約書
添付資料2 土地台帳
添付資料3 周辺住宅地図

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